『ドリトル先生と京都の狐』




         第三幕  不思議な狐

 平安神宮の赤くて大きな、そしてとても立派な門を観てです。トミーはこれでもかと驚いて王子
言いました。
「ここも凄いね」
「うん、平安神宮も凄いよね」
「こんな立派な門があるお寺がまたあるなんて」
「あっ、ここはお寺じゃないからね」
 このことは断る王子でした。
「神社だよ」
「そういえばそうだったね」
「そう、宗教が違うんだ」
 これまでのお寺とはというのです。
「お寺は仏教、神社は神道じゃない」
「そういえばそうだったね」
「日本は色々な宗教があるからね」 
 それでだというのです。
「神社は神社なんだ」
「お寺じゃなくて」
「そうだよ、勿論キリスト教の教会もあるよ」
「日本にはなんだ」
「そう、あるからね」
 それでだというのです。
「その辺りは注意してね」
「わかったよ、いやそれにしても」
 その平安神宮の門を観てです、トミーはまた言うのでした。
「ここも本当に凄いね」
「しかも綺麗だね」
 先生も言います、その門を見上げながら。
「何か。ドラマや映画の舞台になりそうだね」
「そうそう、ここも歌舞伎の舞台になってるんだよね」
 王子は先生にもお話しました。
「ここはね」
「そうなんだ、南禅寺と一緒で」
「うん、三つ子が出る演目でね」
 その作品でだというのです。
「三つ子が揃う場面があるんだ」
「成程、南禅寺だけじゃないんだね」
「そうなんだ、あと五条大橋とかね」
 今度はこの橋です。
「歴史的逸話があったり舞台になっていたりする場所はあるよ」
「それでなんだ」
「そう、ここもね」
 この平安神宮の門もだというのです。
「舞台になっているんだ」
「そうだね、じゃあ」
「今から中に入ろう」
 王子はこう皆に言いました。
「この中がまたいいから」
「わかったよ。じゃあ中に入ろう」
 先生も王子に応えてでした、そのうえで。
 皆で平安神宮の中に入りました、すると平安神宮の中はといいますと。 
 緑の草と青い小川の庭園でした、日本の趣があるとても綺麗な庭園で。
 しかもそこには色とりどりの四季のお花が咲き誇っています、そしてそのお花のところにお札が立てられていてです。
 何か書かれています、その書かれているものは。
「これは和歌だね」
「和歌?」
「和歌っていうと?」
「うん、日本の詩でね」
 先生は自分の周りにいる動物達に答えます。
「五七五七七のね、とても短い詩なんだ」
「そうなんだ、これが」
「和歌なんだね」
「僕も最近勉強しだしているけれど」
 和歌をです、日本語を勉強していく中でそうしているのです。
「歴史ある、とても綺麗な詩だよ」
「ふうん、日本語はまだよくわからないけれど」
「そうなんだね」
「これも日本文化なんだ」
「和歌っていうのも」
「そうなんだよ、見ればどの和歌も」
 その和歌達を読みつつです、先生は言うのでした。
「名のある人が歌った名のあるものだね」
「そうみたいだね、僕も和歌はよくわからないけれど」
 王子も先生の傍でその和歌とお花達を見つつ述べます。
「これも日本の美みたいだね」
「文化であってね」
「うん、だからね」
「和歌を勉強するのも面白いね」
「じゃあ先生これからは」
「和歌も勉強するよ」
 日本のことを勉強するその中でだというのです。
「そうするよ」
「そうするんだね」
「うん、それにしても本当にここも」
 先生は平安神宮の中を見回しながらうっとりとして言うのでいsた。
「綺麗だね」
「何かここもね」
「この世にないみたいだね」
「綺麗過ぎてね」
「天国にいるみたいだよ」
 動物達もこう言うのでした。
「綺麗過ぎるよ」
「お庭だけでなくお花もあってね」
「何かこの世でないみたいな」
「そんな気がするよ」
 こう言うのでした、そのうえで。
 皆で平安神宮の中を見回してでした、そうして。
 平安神宮を後にします、すぐに傍の美術館も観て回りました。それが終わって京都タワーに行くところで。
 またです、ジップが匂いを感じて周りを見回して言いました。
「まただよ」
「また?」
「またって?」
「ここでも狐の匂いがするよ」
 そうだというのです。
「ううん、狐のお話が多い街だっていうけれど」
「そういえば匂うね」
「そうだね」
 他の動物達も匂いを感じました、その匂いこそはです。
「狐だね」
「狐の匂いがするよ」
「それと揚げの匂いもするよ」
「それもね」
「若しかして人間に化けてここに来ているのかな」
 王子は動物達の言葉を聞いて笑ってこう言いました。
「それでかな」
「ああ、日本の狐は化けるから」
「それでなんだ」
「うん、そうじゃないかな」
 こう言うのでした、動物達に。
「平安神宮を見ているのかな」
「へえ、狐もなんだ」
「平安神宮を見るんだ」
「そうなんだね」
「綺麗な場所を」
「うん、そうだよ」
 その通りだというのです。
「皆だって綺麗なものは好きだよね」
「うん、だから今も楽しんでいるよ」
「そうしているよ」
 その通りだとです、動物達も王子に答えます。
「平安神宮もね」
「清水寺や南禅寺もね」
「だから同じだよ、このことはね」
 皆と狐はというのです。
「それで来ているのかもね」
「そうなんだね、だからかな」
「ここでも狐の匂いがしたんだね」
「狐が多い街だし」
「それで」
「そうだと思うよ。さて次は」 
 次はです、何処に行くかといいますと。
「京都タワーだよ」
「そこだね、次は」
「あそこだね」
「高い場所だから」 
 京都タワーはそうした場所だというのです。
「皆高いところは大丈夫だね」
「月に行ったこともあるしね」
「あそこにもね」
 お空よりずっと高い高い場所にだというのです。
「だからどんな高い場所でもね」
「僕達は平気だよ」
「そうだったね、皆月にも行ったことがあったんだ」
 王子は皆の言葉からこのことを思い出しました。
「そうだったね」
「そう、だからね」
「高いところも楽しめるから」
「そこは気にしないで」
「じゃあ行こうね」
 こう楽しくお話してでした、そのうえで。
 皆で京都タワーに向かいます、そこに入ってそうしてその高い京都タワーに昇るとです。
 京都の街が隅から隅まで見えました、そこはというと。
「うわ、凄いね」
「街が端から端まで見えるよ」
「こんなに大きな街だったんだ」
「広いね、色々な建物があって」
「昔のものも今のものも」
「ここもいいね」
 先生もです、京都の街を三百六十度上から眺めながら言うのでした。
「京都の街が全部見えるよ」
「僕ここも好きなんだ」 
 王子は微笑んで先生に答えました。
「だからね」
「それでだね」
「ここにも案内したんだ」
「そうなんだね、有り難う」
「お礼はいいよ、僕も楽しんでるしね」
「ここに来てだね」
「京都を見て回ってね」
 そうしてだというのです、そして。
 そうしたお話をしながら皆で京都を回っているとです、不意にです。
 皆のところにある人が来ました、その人はといいますと。
 白いお顔に吊り上がった細長いお顔、高いお鼻の女の人でした。黒い髪の毛を後ろで上にあげて束ねていて絹の綺麗な、白地に紅の牡丹と桜の和服を着ています。その人を見てです。
 ジップがです、お鼻をくんくんとさせながら言いました。
「この人人間じゃないよ」
「あっ、確かに」
「この人人間の匂いがしないね」
「それに気配だってね」
「人間のものじゃないよ」
 他の動物達もです、こう言うのでした。
「この人は一体」
「誰なのかな」
「人間じゃないけれど」
「だったら」
「狐だよ」 
 ジップが女の人のお顔見上げながら警戒している顔で述べました。
「この人は」
「じゃあまさか」
「南禅寺からの匂いって」
「この人?」
「この人がなんだ」
「はい、実は」
 とても高い声で、です。女の人も皆に答えてきました。とても礼儀正しく落ち着いた動作でそうしてきました。
「私は狐です」
「やっぱりそうなんだ」
「狐だったんだ」
「人間じゃなかったんだね」
「思った通りだよ」
「ドリトル先生ですね」
 狐は先生の前から先生に対して尋ねました。
「そうですね」
「はい、そうですけれど」
「そうですね、実はです」
「実は?」
「神戸にいる親戚から。先生がこちらに来られると聞いて」
 それでだというのです。
「先生にお願いしたいことがあって参りました」
「神戸の親戚っていうと」
「はい、八条学園にいる狐でして」
「そういえばあの学園は狐も多いから」
「その狐達の中にです」
「貴女のご親戚がですか」
「あっ、敬語はいいです」
 狐はこのことはいいとです、先生に言うのでした。
「お気遣いなく」
「そうですか」
「私は先生にお願いがあって参りましたし」
 つまりです、立場が下だというのです。
「それに動物の為にいつも心を砕いて働いておられる先生ですから」
「だからですか」
「はい、敬語を使って頂くなぞ」
 恐縮だとです、先生は言うのでした。
「ですから」
「それでは」
「狐は学園のあちこちに。これは他の動物達も同じですが」
 犬や猫もです、そして狸達も。
「いて色々なお話を聞いていまして」
「それで僕達が京都に来ていることもなんだ」
「はい、知っていました」
「神戸から京都は離れているけれど」
「そこは神通力でのやり取りです」
「電話とかじゃなくてだね」
「電話も使えますが」
 それも使えるというのです、人間の文明のものも。
「ですが私達は基本的に私達の力を使います」
「だから神通力を使うんだね」
「はい、そうです」
 それでだというのです。
「使っています」
「そうなんだね」
「そうです、先生が来られることはわかっていました」
 そうだったというのです。
「ですから」
「そうなんだね、じゃあ」
「先生のところに参上した理由ですね」
「うん、それはどうしてかな」
「実は母が」
「貴女のお母さんが」
「病に臥せっていまして」
 ここで困った顔になってお話する狐でした。
「どの獣医さんにお見せしましても」
「駄目なんだね」
「ですから最後の望みの綱で」
 それでだというのです。
「先生にお願いしたいのです」
「それじゃあお母さんは何処にいるのかな」
「はい、それは」
「何処かな」
「四条です」
 そこにです、狐のお母さんがいるというのです。
「四条の裏手にいます」
「あっ、丁度いいね」
 四条と聞いてです、王子ははっとしたお顔になって言いました。
「丁度僕達も今から四条に行くところだったんだ」
「あっ、そうですか。では都合がいいですね」
「いやいや、お母さんが大変だから」
 だからだとです、王子は狐に答えます。
「そのことはね」
「気にしなくてですか」
「うん、いいよ」
 そうだというのです。
「ではね」
「それではですか」
「今から四条に行こう」
 そうしてだというのです。
「お母さんを治そう」
「お願いします、それでは」
「先生、それでいいよね」
「勿論だよ、観光よりもね」 
 先生がこう答えない筈がありません、何しろ動物達は先生にとっては動物の皆は大切な友達なのですから。
「大事なことだから」
「よし、じゃあね」
「今からね」
「行こう」
 こう言ってでした、そのうえで。
 皆で四条に向かいました、京都タワーから四条はすぐでした。その四条に向かってそのうえでなのでした。
 狐は四条の賑やかなお店が一杯並んでいる中でこう皆に言いました。
「それでは」
「うん、裏手だね」
「はい、こちらになるのですが」
「あっ、ここは」 
 王子は狐が案内してくれた場所を見てはっとした顔になって皆にお話しました。
「舞妓さんがいる場所じゃない」
「えっ、舞妓さんってあの」
「そう、京都名物のね」
 王子はトミーに答えます、トミーも舞妓さんのことは知っているのです。
「着物を着てお化粧をしていてね」
「お酒の相手をしてくれてお喋りをしている」
「そうした人だよ」
 王子はトミーに舞妓さんについてもお話するのでした。
「とはいっても今はお昼だからね」
「舞妓さんはお昼には出ないんだ」
「いるけれどああした格好じゃないんだ」
 舞妓さん格好ではないというのえす。
「普通の着物だから」
「ふうん、そうなんだ」
「そうだよ、夜にお酒の時に傍にいてくれてるんだ」
 こうトミーにお話してです、王子は先生に顔を向けて尋ねました。
「先生、舞妓さんは」
「ははは、僕に女の子はね」
 先生はトミーの言葉に笑って答えました。
「縁がないものだよ」
「あっ、そう言うんだ」
「お酒も女の人と一緒に飲むことはね」
 それもだというのです。
「そうしたお店にも行かないしね」
「じゃあイギリスにいる時と一緒で」
「女の子はいいよ」
 こう言うのでした。
「僕はね」
「けれど先生もね」
「いい歳だっていうんだね」
「結婚とかは」
「それはサラにも言われてるけれど」
 妹さんのあの人にとです、苦笑いと一緒に言う先生でした。
「縁があればね」
「結婚はなんだ」
「そう考えているよ」
「けれど先生ってね」
「そうだよね」
 ここで動物達もお話するのでした、どうかとです。
「自分からってことはないし」
「そうそう、女の人にはね」
「セクハラは絶対にしないけれどね」
「そもそも声をかけることだってね」
「それすらないからね」
「本当にね」
「声だってかけないし」
 そうしたことはです、本当にしない先生です。紳士なのですがこれといって自分から女の子にアタックすることは絶対にありません。
 だからです、とてもいい人なのですが。
「大学教授になっても」
「まだ独身なんだよね」
「日常生活や世間のことにはてんで疎いのにね」
「僕達がいないとどうなるか」
「凄く心配だよ」
「それでもね、本当にね」
 どうかとです、困ったお顔で皆に答える先生でした。
「女の子はね」
「やれやれだね」
「これじゃあね」
「本当に結婚出来ないね」
「これからもね」
 皆はそんな先生に呆れた顔で言います、ですがそれでもです。
 先生は舞妓さんもいいというのでした、とにかく女の人には縁がないのです。このことはイギリスにいた時からです。
 それで、です。四条のその裏手に入りますと。
 四条はお店が並んでいる場所から少し入るともう家々が並んでいます、しかもその家々は普通の人達のお家です。
 木が入っているお家も風情のあるお家も多いです、王子はその家々を歩きながらこんなことを言いました。
「こうした場所を勤皇の志士や新選組が歩いていたんだろうね」
「幕末だね」
「そう、その頃にね」
 今度は幕末のお話でした。
「志士と新選組が歩いていて」
「斬り合っていたんだったね」
「多分ここは坂本龍馬も歩いたよ」
 皆が今歩いているこの道をだというのです。
「高杉晋作や桂小五郎もね」
「ここも歴史があるんだね」
「そうなんだ、殺し合いだったにしてもね」 
 歴史があるのは確かだというのです。
「ここにもね」
「成程ね」
「池田屋はね」
 王子はこのお店の名前も出しました。
「もうないけれどね」
「その新選組が討ち入りをした場所だね」
「そう、祇園祭の時にね」
 まさにその時に斬り込んだのです。お祭りの賑やかな声と鳴りものを後ろに置いてそのうえで派手に斬り合いました。
「これも凄いことだけれど」
「幕末の名場面の一つだね」
「うん、先生も知ってるんだね」
「日本の歴史を勉強しているとね」
 その時にだというのです。
「出て来たことだからね」
「それで知ってるんだね」
「そうだよ、とにかくね」
「池田屋はもうないんだね」
「跡地はあるけれどね」
 それでもです、もう池田屋自体はなくなっているというのです。
「京都にしては珍しいけれど」
「日本人は何でも残すんじゃなかったのかな」
「時々そうでもないみたいだよ、今池田屋の場所にはお店があるよ」
「どういうお店なんだい?」
「まあ、よくわからないお店だよ」
 王子はそのお店については微妙な顔で先生達に答えました。
「どうもね」
「そうなんだね」
「そうなんだ、まあとにかくね」
「この四条にだね」
「はい、私のお家がありまして」
 ここでまた狐が言ってきました。
「そこに母が臥せっています」
「そうなんだ、じゃあお家に着いたらね」
「早速ですね」
「うん、診させてもらうよ」
 狐のお母さんの病気をというのです。
「是非ね」
「わかりました、それでは」
「すぐにね、ただね」
「ただとは?」
「日本の獣医の誰もが匙を投げるって」
 それはどういったものかとです、先生は歩きながら考える顔で述べました。
「どんな病気かな」
「そこが気になりますね」
 トミーもこう言うのでした、先生に。
「どうにも」
「相当に重い病かな」
「癌でしょうか」
 トミーはここでこの病気を出しました。
「あの病気だと」
「進行していたら厄介だね」
 癌はとても怖い病気です、早いうちに見つかればいいのですがそれが遅れるとです、大変なことになってしまいます。
 癌は動物もなります、それで先生も心配して言うのでした。
「それでなかったらいいね」
「全くですね」
「さて、まずはね」
 狐のお母さんを診てからでした、そうしたお話をしてです。
 一行は四条の路地裏に入りました、その中の木造の築何十年かのとても古いお家の前に来てでした。狐が先生達に言いました。
「ここがです」
「狐さんのお家だね」
「はい」
 そうだとです、狐は先生に答えました。
「母はこの中にいます」
「人間のお家だね」
「実は母も私も人間の世界の中で」
 狐はどうして自分達が人間の姿でいるのかもお話するのでした。
「舞妓をしていまして」
「あっ、そうだったんだ」
「母はもう引退していますが」
「人間の姿でだね」
「普段は暮らしています」
 その舞妓としてだというのです。
「そうしていますので」
「そうだったんだね」
「そうです、それで」
 狐は家の扉、木とガラスで左から右に開ける古い扉を開けながら先生達にお話していきます。
「私も今も舞妓をしています」
「人間としてだね」
「はい」
 まさにそうしてだというのです、ここでお家に入りますと。
 先生のお家と似た感じでした、木の玄関と廊下が見えます、家の廊下は奥に続いていて左右に襖が見えます。
「そうしています」
「だから人間のお家に住んでいるんだね」
「そうです、それで母は」
「どのお部屋にいるのな」
「一階の一番奥の部屋に」
 そこで寝ているというのです。
「ではいらして下さい」
「それじゃあね」
「あとです」
 狐は先生と一緒にいる動物達も見ました、その彼等も玄関からお家にあげながらとはいってもお馬さんとオシツオサレツは玄関の前で待ってもらいました。
「母も私も犬は平気ですので」
「あっ、平気なんだ」
「はい、慣れていますので」
 犬にだとです、犬のジップにお話します。
「安心して下さい」
「そういえば狐さん僕を怖がらないね」
「吠えない犬は」 
 全く平気だというのです。
「そして日本の犬は大抵狐を脅かさないので」
「日本の犬は大人しいのかな」
「イギリスの犬は狐狩りで人間と一緒にいますね」
「うん、僕達の仕事の一つだよ」
 その通りだとです、ジップも答えます。
「狐狩りはね」
「日本では狐はそれ程狩りませんし」
「けれど犬は狐に吠えるよね」
「それでも犬によります」
「僕はそうした犬じゃないしね」
「はい、街にいる犬は平気です」
 彼女が今いる京都の犬ならというのです。
「全く」
「だといいけれどね」
「はい、ですから」
「僕がお母さんのところに行ってもだね」
「大丈夫です」
 お母さんも怖がったり怯えたりしないというのです。
「ですから安心して下さい」
「わかったよ、それじゃあね」
「はい、それでは」
 こうしたお話をしてでした、そのうえで。
 一行はお家の奥のお部屋に入りました、するとそこに。
 年老いたお祖母さんが畳のお部屋にお布団を敷いて寝ていました、細長いおお顔で目が吊り上がっているところは同じです。
 そのお婆さんがです、狐と先生達を見てお布団の中から言ってきました。
「お医者さんだね」
「うん、来てもらったの」
「そのイギリスから来たっていう先生だね」
「ドリトル先生っていうの」
 狐はお母さん狐に先生のことをお話します。
「この人がね」
「よく来てくれました」
 お母さん狐は人間の姿のまま先生に微笑んで答えました。
「娘の頼みを聞いてくれて」
「いえいえ、僕は医者ですから」
 だから来たというのです、先生は。
「当然ですので」
「そう言って下さるのですね」
「それでなのですが」
 すぐにです、先生はお母さん狐の枕元に座って申し出ました。
「診察を」
「あっ、診てくれるんですか」
「はい、そうさせてもらいます」
 持っているバッグからお医者さんの道具を出しながらの言葉です。
「早速」
「それでは」 
 こうお話してでした、そのうえで。
 先生はお母さん狐を診察しました、お母さん狐も本来の狐の姿に戻ります。狐色の毛がとても綺麗な狐にです。
 その狐を診察してです、先生は難しい顔でこう言いました。
「肺の病ですね」
「肺ですか」
「結核です」
 その病気だとです、先生は狐の母娘に言いました。
「それも結構重いですね」
「だからですか」
「狐の結核は獣医にはわからなかったのでしょうか」 
 日本の獣医さんにはです。
「そうなのでしょうか」
「私達はいつもコンコンと鳴きますし」
 日本の狐の鳴き声です。
「だからでしょうか」
「そのせいですか」
「少なくとも狐の肺病は」
 それはといいますと。
「あまりないと思います」
「だからですね」
「はい、ですからどのお医者さんも」
 わからなくて匙を投げたのではないかとです、狐は先生にお話します。
「先生のお話でそう思いました」
「そうですか、とにかくですね」
「あの、それで母は」
「はい、今ざっと診たばかりですが」
 それでもと前置きしてお話する先生でした。
「まだ進行していません」
「それではですね」
「助かります、ですが狐ですね」
「はい、そうです」
「狐の肺病を治すとなると」
 どうすべきかとです、先生はここで腕を組んで考え込みました。お母さん狐の枕元で正座をしながら腕を組んでいます。
「人間のお薬や治療でいいでしょうか」
「無理じゃないかな」
 王子が難しい顔で先生に言ってきました。
「人間と狐じゃ身体の仕組みが違うからね」
「そうだね、動物はそれぞれ身体の仕組みが違うからね」
「病気もだよね」
「うん、狐はイヌ科だけれど」
 その意味ではジップと同じなのです、お母さん狐も。
 けれどです、先生はジップの方に顔を向けてこうも言うのでした。
「ジップは結核になるのかな」
「どうだろうね、そこは」
 ジップもよくわからないといった返事です、そのことにつきましては。
「わからないよね」
「うん、そうだよね」
「若しお薬が違うと大変だよね」
 ガブガブが言ってきました。
「人間のお薬が合わないと」
「うん、大変だよ」
 先生もこのことはよくわかっています、それでガブガブに答えるのでした。
「そうなるとね」
「そうだよね、だからここは狐のお薬を探さないと」
「狐のお医者さんいないのかな」
 トートーは狐に尋ねました。
「そうしたことを知っている人は」
「狐のですか」
「うん、獣医さんが駄目でもね」
 それでもだというのです。
「狐のお医者さんは」
「私達狐の中でお医者さんをしている人ですね」
「その人なら知っているんじゃないかな」
 トートーはこう考えてです、狐に言うのです。
「狐の結核に効くお薬もね」
「そうですね、狐のことでしたら」
 狐はトートーの言葉を聞いて真剣に考え込みました、そのうえで。
 暫く考えてからです、顔を上げて言うのでした。
「九尾の狐さんなら」
「その千年生きているっていう」
「はい、私達狐の棟梁です」
 それに当たる狐だというのです。
「この近畿にもおられます」
「あれっ、京都にはいないんだ」
「今はおられないです」
 その九尾の狐はというのです。
「残念ですが」
「京都は狐が多いのに?」
「はい、今は」 
 いないというのです、京都に九尾の狐は。
「京都から旅行に出ておられまして」
「そうなんだね」
「そうです、東京の方に」
 旅行に出ているというのです。
「安倍晴明様の従弟にあたられる方でして」
「そうそう、安倍晴明さんはね」
 王子は安倍晴明と聞いてこう言いました。
「狐が母親なんだね」
「その安倍晴明様の従弟にあたられまして」
「随分長生きだね、だからだね」
「はい、今は安倍の姓を名乗られていまして」
 その安倍晴明の姓を受けているというのです。
「安倍晴正といいます」
「その人が京都の狐の棟梁だね」
「はい、仙狐になります」
 狐はこうも言いました。
「お稲荷様のすぐ下に位置しておられる方です」
「それはまた凄く偉い狐さんだね」
 今度は先生が言いました。
「お稲荷さんのすぐ下って」
「そうです、安倍様ならおわかりかと」
「狐の肺病のお薬が」
「あの方でしたら」
「そうなんだ、ではその安倍さんにお会いしたいけれど」
「ですが今は東京に」
 旅行に出ているというのです、狐はこのことを残念なお顔でお話します。
「ですから」
「とてもですね」
「はい、ですから」
 それでだというのです。
「今は」
「いや、狐さんは神通力が使えたよね」
 ここで狐に言ってきたのはチーチーです、チーチーが言うには。
「そうだよね」
「はい、そうです」
「それならね、神通力で安倍さんにお話してね」
「そうしてですか」
「狐の結核のお薬のことを尋ねてみたらどうかな」
 そうしてみたらどうかというのです。
「ここはね」
「いえ、それは」
 狐はチーチーの提案を受けてです、恐縮して答えるのでした。
「安倍様に私なぞからご連絡することは」
「それはなんだ」
「恐れ多くて」
 それはです、とてもだというのです。
「あまりにも」
「それじゃあだね」
「はい、とても」
 滅相もないという口調で答える狐でした。
「出来ません」
「安倍様は九尾の狐ですから」
 ここでお母さん狐も言います、ここでお母さん狐は自分の尻尾を出してみせました。その尻尾の数は六本でした。
 娘狐も出します、こちらは四本でした。
「とても」
「狐は尻尾の数で生きている年数と妖力がわかります」
 このことは京都タワーからここに来るまでにお話した通りです、狐が。
「安倍様は千年も生きておられますので」
「とてもですか」
「恐れ多いです」 
 立場が違い過ぎるというのです。
「あの方は仙狐ですし」
「六百年生きている私では」
 とてもだというのです、お母さん狐も言います。
「何もかもが違います」
「あれっ、この辺りイギリスと同じだね」
「そうだよね」
 狐の母娘のお話を聞いてです、ホワイティとチープサイドの奥さんがお話します。
「階級があるんだ」
「そうみたいだね」
「いえ、狐の世界でも日本ではもう階級はありません」
 そこははっきりと断る狐でした、そのことはというのです。
「明治維新に四民平等になってから」
「それじゃあどうして?」
「どうして違うとか言うのかな」
「明らかに身分があるよね」
「そうだよね」
「棟梁ですから」
 確かにもう日本の狐の世界でも身分というものはありません、ですがそれでもです。社会的な立場というものがあるというのです。
「この辺りは日本でも同じかと」
「そうそう、日本でも社長さんとかね。そこの偉い人はいるからね」
 王子は狐の言葉を聞いて言ったのでした、王子もこの辺りはわかってきています。日本の社会にも色々なものがあるのです。
「だからだね」
「そうです、言うならば安倍様は私達京都の狐の顔役でして」
 そしてだというのです。
「京都の妖怪変化の中でも凄く立場のある人で知事の様な立場にも就いておられたことのある」
「狐さん達の間の長老だね」
「そうです、仙狐でもあられて」
 そしてだというのです。
「お心もとても立派な方で」
「尊敬出来る方だからこそ」
「私なぞではとても」
 直接聞くことは出来ないというのです。
「ですから今は」
「今は?」
「幸い母の病状はそれ程重くないとのことなので」
 それならというのです。
「ですから安倍様が戻られてから」
「それからだね」
「はい、顔役の方にお口添えをしてもらって」
 そうしてだというのです。
「お聞きしようかと思っています」
「そうするんだね」
 王子は狐の言葉を聞いて頷きました。
 そのうえで、です。王子は先生に顔を向けてそうして先生にも直接言いました。
「先生はどうかな」
「うん、僕もね」
 先生もこう王子に答えます。
「日本の狐の世界のことは全然知らないし」
「僕達は人間の社会にいるからね」
「部外者だからね」
 だからだというのです。
「狐さん達が言うのならね」
「自分から入るべきじゃないね」
「うん、それは失礼だからね」
 この辺り先生はしっかりしています、先生は野暮ったい外見ですがそれも紳士であります。とても礼儀正しい人なのです。
 だからです、こう言うのでした。
「ここはね」
「うん、そういうことでね」
「それではね」 
 先生は王子とお話してからです、そのうえでなのでした。
 狐に向かいなおってです、彼女に告げました。
「ではその安倍さんと顔役の人を仲介してお話をしてね」
「そしてですね」
「うん、詳しい治療法を聞いてね」
 それからだというのです。
「わかったらまた僕に連絡をしてくれたら」
「この京都まで来てくれますか」
「来るよ」
 そうすることをです、先生は約束したのでした。
「その時にまたね」
「はい、わかりました」
 狐は丁寧な口調で先生に答えました。
「ではお願いします」
「そういうことでね」
「じゃあ先生、明日はね」
 狐のお話を終わったとみてです、王子は先生にあらためて言いました。
「金閣寺とか行こうね」
「そこにだね」
「映画村は遠いからね」
 だからそこはというのです。
「またの機会でね」
「とにかくだね」
「そう、狐さん達のことはね」
 それはというのです。
「お話が済んでからだよ」
「そうだね、そうなるね」
「うん、仕方ないよ」
 王子もお母さん狐の結核は早いうちに何とかしたいと思っています、ですがそれでもです。今は仕方ないと判断してです。
 観光旅行に戻ろうと言います、ですが。
 ここで、です。不意にお年寄りの声が聞こえてきました。
「事情は聞いたぞ」
「えっ、そのお声は」
「まさか」
 その声を聞いてです、狐の母娘はびっくりして飛び上がってしまいました。
 そうしてです、その場で畏まって、お母さん狐はお布団の中でそうして言うのでした。
「安倍様」
「安倍様ですね」
「左様」
 まさにです、そうだと声は二人に答えました。
「久しいな」
「お聞きになられていたとは」
「そうでしたか」
「わしは京都のあらゆる狐をいつも見守っておるのじゃよ」
 それでだというのです。
「そなた達のこともな」
「では私の病のことも」
「気にかけておった、それで御主達が言ってきたらな」
 その時はというのです。
「力を貸すつもりでおった」
「左様でしたから」
「若しくは病が今以上に進んだ時にな」
 その時にもだというのです。
「そう思っていたが」
「そうでしたか」
「そうじゃ、それでじゃが」
 その九尾の狐、安倍晴正はこう言うのでした。
「ドリトル先生じゃな」
「はい」
 今度は先生に声をかけてきました、先生も応えます。
「そうです」
「さて、今からそちらに戻ってじゃ」
 それでだというのです。
「先生にお話しようぞ」
「えっ、ですが」 
 九尾の狐の言葉を聞いてです、先生は驚いた顔で言葉を返します。
「長老さんは」
「ほっほっほ、わしは長老じゃな」
「そうではないのですか?」
「その通りじゃよ。わしは長老じゃよ」
 実際にそうだと答えた九尾の狐でした。
「京都の狐達のな」
「そうですね、ですからこうお呼びしました」
「左様か、それでじゃが」
「はい、長老は今は東京では」
「いやいや、わしは雲に乗ってな」
 そしてだというのです。
「瞬時に移動出来るからな。あと縮地法も使えるぞ」
「縮地法?何それ」
 王子は長老のその言葉を聞いて目を瞬かせて先生に尋ねました。
「先生知ってる?」
「瞬間移動のことだよ」 
 先生は王子にこう答えました。
「東洋では昔からある術の一つなんだ」
「ああ、テレポーテーションだね」
「長老はそうした術も使われるんだね」
「左様じゃ、だから今すぐにな」
 また長老の声がお話してきます。
「ではな」
「こちらに来られるんですか」
「うむ、それではな」
 こう言ってでした、、そのうえで。
 今度は長老が先生達の前に現れることになりました。先生達の京都への旅行は思わぬ展開になってきました。



観光と食事で終わるかと思いきや。
美姫 「ここに来てまさかの展開ね」
病気の母を診て欲しいと。
美姫 「快く率いる先生ね」
本当に良い人だな。で、病名は分かったけれど。
美姫 「治療法がね」
それもどうにかなりそうだけれど。
美姫 「次回がどうなるのか気になるわね」
次回も待っています。



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