『ドリトル先生学校に行く』




                    第一幕  充実している学園

 いよいよ先生は学園において働く日を迎えました、先生はその朝皆と一緒にちゃぶ台を囲んで朝御飯を食べました。
 先生はダブダブの作った卵焼きにお醤油をかけてそれをお箸で切って御飯を食べつつ一緒にいる皆に言いました。
「じゃあ今日からね」
「お仕事だね」
「いよいよだね」
「うん、それじゃあね」
 卵焼きとです、それに。 
 若布とお豆腐のお味噌汁も飲んでこう言うのでした。
「このお味噌汁も飲んで」
「このスープ美味しいよね」
 ガブガブもそのスープを飲みながら先生に言います。
「お味噌もいいよね」
「そうだね。このお味噌はね」
「日本の調味料だよね」
「偉大だよ」
 そこまで素晴らしいとです、先生はお味噌汁を飲みつつ述べます。
「偉大な調味料だよ」
「和食はこれとお醤油だよね」
「その二つが大きいね」
 実際にそうだとです、先生はガブガブにお話します。そうしたお話をしながら海苔やお漬物も食べるのでした。
 その中の梅干も食べて先生はまた言いました。
「酸っぱい、けれど」
「この酸っぱさがね」
「いいんだよね」
「すっきりするね」
 先生は梅干の酸っぱさにうっという顔になりながらも笑顔で言います。
「この酸っぱさがね」
「そうそう、それにお漬物もね」
「これもいいんだよね」
「朝も梅干だね」
 先生はここでこんなことを言いました。
「お昼も夕方もね」
「いつもなんだね」
「先生は梅干なんだね」
「あれば食べるよ」
 和食ならというのです。
「こうしてね」
「じゃあなければなんだ」
「そう、食べないけれどね」
「逆にだね、あればだね」
「食べるんだね」
「そうするよ」
 今の様にだというのです。
「こうしてね」
「そうなんだね、それじゃあね」
「もっと食べる?梅干」
「うん、もう一粒ね」
 食べようというのです、そして。
 先生は実際に梅干をもう一粒食べました、そのうえで。
 御飯を一杯食べ終えて皆にこうも言いました。
「じゃあこれでね」
「朝はだね」
「充分なんだ」
「うん、歯を磨いて顔を洗ってお髭も剃って」
 そうした身支度を整えてだというのです。
「学校に行くよ」
「歩いていくんだよね」
 ジップが先生に尋ねます。
「そうするんだよね」
「いや、この街は乗馬で歩いてもいいらしいから」
 先生はジップにこうお話します。
「お馬さんに助けてもらおうかな」
「そうするんだね、じゃあ」
「お馬さんに乗ってだね」
「うん、そうして行くよ」
 学校までだというのです。
「そうしたら歩くより速いからね」
「運動になるしね」
「乗馬もね」
「ううん、まあ乗馬についてはね」
 そのことについてはどうかとです、先生は微妙な顔になりました。
「あまりね」
「運動だからなんだ」
「そっちの方は」
「苦手だけれどね」
 お馬さんに乗れるから運動が得意という訳ではありません、実は先生はお馬さんに乗るだけでそこから全く動かないのです。
 だからだとです、先生は言います。
「まあ乗っていいのならね」
「それならだね」
「乗って行くんだね」
「そうするよ」
 こう言ってなのでした、先生は身支度も整えてお馬さんに乗って学校に行きました。その途中お馬さんは自分に乗る先生にこう言ってきました。
「先生、行きはこうしてね」
「帰りだね」
「帰りはどうするの?」
 お馬さんが先生にそのことを尋ねます。
「その時は」
「歩いていくよ」
 そうするというのです。
「帰りはね」
「そうしていいの?」
「いいよ、何時帰るかはわからないしね」
「そこはお家で病院をやっていた時とは違うんだね」
「そうだよ、そこはね」
 実際に違うというのです。
「イギリスにいる時とは違うよ」
「けれどそれだと」
 帰りは歩くことになる、そうなればだとです。お馬さんは先生を気遣ってこう言うのでした。
「先生が疲れない?」
「大丈夫だよ、それよりもね」
 先生はお馬さんに笑って帰りはいいと答えました。そして逆にお馬さんに対してこんなことを言いました。
「僕を学校に送ってからだよ」
「僕の帰りだね」
「日本はイギリスより車が多いからね」
「そういえばかなり多いよね」
 お馬さんも今周りを見て言います、するとです。
 実際にです、今先生達がいる街の歩道にも時折車が通りますし前に見える車道は車が絶えません。朝からです。
 その車、至るところにいる車達を見てお馬さんも言いました。
「凄いね、ここは」
「そうだよね、だからね」
「交通事故には注意しないとっていうんだね」
「そう、このことは他の子達にも言っておいてね」
「車はロンドンより多いかな」
「そうかも知れないね」
 先生はお馬さんの言葉を否定しませんでした。
「何しろ世界でも一二を争う自動車大国でもあるからね、日本は」
「テレビとかだけじゃないんだね」
「そうだよ、何度も言うけれど今やイギリスよりずっと大きな国なんだ」
 それが日本だというのです。
「車だってね」
「もうイギリスよりずっと多いんだ」
「だから気をつけるんだよ、お馬さんもね」
「皆にも言っておくね」
 お馬さんは先生にこのことを約束しました。
「さもないと大変なことになるからね」
「車は怖いよ」
 先生はこのことを本当に釘を刺します。
「だから気をつけてね」
「そうするね」
「さて、じゃあね」
 そんなお話をしているとです、すぐに。
 学園に着きました、門を通ってでした。
 先生は大学の医学部まで行きました、そしてその校舎の前に来てです。
 先生はお馬さんから降りてそのお馬さんにこう言いました。
「有り難う、それじゃあね」
「今から僕はお家に帰って」
「後は僕のことだからね」
 お馬さんはお家に帰って遊んでいいというのです。
「そうしてね」
「わかったよ、じゃあまたお家でね」
「そうしようね」
 こうお話してなのでした、先生はお馬さんを見送ってから医学部の校舎に入りました。すると白衣に黒い髪を綺麗に整えた青年がいて先生に尋ねてきました。
「ドリトル教授ですね」
「おはようございます、そうですか」
「そうですか。おはようございます」
 青年は笑顔で先生に挨拶を返しました。
「私は医学部の准教授の一人で間といいます」
「間さんですか」
「はい、間白君といいます」
 准教授は先生ににこりと笑って名乗りました。
「教授の助手といったところでしょうか」
「そうですか、それでなのですが」
「何でしょうか」
「僕は教授と呼ばないで下さい」
 先生は准教授ににこりと笑ってこう言うのでした。
「そのこといはお願いします」
「では何と呼べばいいのでしょうか」
「いつも先生と呼ばれています」
「先生ですか」
「はい、ですから」
「先生とお呼びすればいいのですね」
「若しくはドリトルさんと」
 そう呼んで欲しいというのです。
「それでお願いします」
「そうですか、わかりました」
 准教授は丁寧な口調で先生に答えました。
「ではこれからは先生と呼ばせてもらいます」
「そうして頂ければ」
「では先生」
 准教授はあらためて先生をこう呼びました。
「先生の講義は今日からですが」
「そうですね」
「しかしそれは午後からでして」
「今はないのですね」
「そうです、午前中はありません」
 それはまだだというのです。
「ですからまずは研究室にお入り下さい」
「もう用意されているのですか」
「王子とその周りの方々がしてくれました」
 研究室の用意もだというのです。
「先生の蔵書もイギリスにあった机等も全て」
「王子達がやってくれたのですか」
「そうです、王子の通われている学部は違いますが」
 それでもだというのです。
「全てしてくれました」
「有り難いですね、それは」
「王子は親切な方ですね」
 准教授は先生を先生の研究室に案内します、それは医学部の校舎の一階の隣にある医学部の研究用の施設の一階にあるとこの時に先生に説明します。
「何かと先生の為に動いてくれています」
「そうなんですよね、日本に来たのも」
「王子からのお誘いでしたね」
「はい、声をかけてもらいました」
「この医学部の教授が一つ空いているからと」
「そう言われました」
「実はまだ教授に相応しい人もいませんでしたし」
 ここでこの事情もお話する准教授でした、先生の前に立って進み先生を研究室にまで案内しつつそうするのです。
「それでなのです」
「間准教授は」
「私は一年前に准教授になったばかりで他の者もです」
「教授になるにはですか」
「早かったので」
 まだそこまで至らなかったからだというのです。
「それで実績もある先生をと。王子が理事長に推薦されてです」
「それは僕も王子から言われました」
「先生はこれまで色々な方を治療もされていますし」
「いや、実は人を治療したよりも」
 先生はこのことは苦笑いで答えます。
「僕の場合は動物の方が」
「そうです、獣医も出来ますね」
「はい」
「そちらの実績も買われたのです」
「人間と動物のですか」
「医師でありながら獣医でもある」
 准教授はこの二つのことがだというのです。
「先生はその二つのことが大きいですから」
「では八条学園にも」
「医師であり獣医である者はですね」
「いないのですか」
「はい、いません」
 まさにです、先生だけだというのです。
「そうした意味でも先生は貴重な方なのです」
「そうだったのですか」
「そうです、ですから」
「僕はこの大学の教授に招かれたのですか」
「しかも医師にしてもです」
 先生の本来のお仕事にしてもだというのです。
「内科も外科も出来ますね」
「一応は」
「色々と出来ますので」
 そのお医者さんのお仕事もだというのです。
「理事長も是非にと仰って」
「僕を教授に迎えてくれたのですか」
「そうです」
 まさにその通りだというのです。
「先生は期待されていますので」
「ううん、期待されていると言われますと」
 先生は困った笑顔になって准教授に返します。
「困りますね」
「自信の程は」
「あまり自信がある方ではないので」 
 だからだというのです。
「そこまで期待されますと」
「では自然体でお願いします」
「そうさせてもらって宜しいでしょうか」
「はい、それでは」
 こうお話してでした、そのうえで。
 先生は准教授に研究室に案内してもらいました。研究室は広く奥に窓があります。そしてそれを背にして机と椅子がありその机の上にはパソコンがあります。その机の前に十人程が座れるテーブルと席があります。お部屋はそのテーブルが二つあっても十分な広さです。
 そして二方向が壁になっていますがそこは天井まで本棚で先生がい義理で持っていた本で埋まっています。
 その研究室、綺麗なそのお部屋を見て先生は言いました。
「いい研究室ですね」
「うちの学園はこうした設備が充実していまして」
「それでなのですか」
「はい、研究室もです」
 こうしてだというのです。
「充実しています」
「そうですか」
「そして無論医療設備も」
「そちらもですね」
「日本、いえ世界屈指のものがありますので」
「それでは僕も」
 ここで先生は笑顔でこう言ったのでした。
「学ばせてもらいます」
「先生は教え学ぶものですね」
「そうですので」
「そうですか。そういえば先生は日本語が堪能ですね」
 准教授はここで先生のこのことを指摘しました。
「それもかなり」
「そうでしょうか」
「はい、イギリス訛りもあまりなく」
 英語の訛りもあまり見られないというのです。
「日本語がお上手ですね」
「有り難うございます」
「日本に来られたのははじめてですよね」
「そうです」
 就職で来たのがはじめてだとです、先生も答えます。
「それだけに色々と学ぶことが多く楽しいです」
「その割には随分と日本に慣れておられる様な」
「そうでしょうか」
「日本語のこともそうですし」
「他のこともですか」
「何かと通じておられる様ですし」
「学んではいます」
 日本、先生達が今いるこの国のことはというのです。
「それを続けている」
「そうですか」
「いい国だと思います」
 日本、この国はというのです。
「お寿司もおうどんも素晴らしいですね」
「そういえば王子とご一緒に既にこの学園の中を見て回っておられますね」
「そうしていました」
「それでおうどんもですか」
「お寿司は王子からご馳走になりました」
 先生は准教授にこのこともお話します。
「あれもかなり美味しいですね」
「ええ。私も好きです」
 准教授もそのお寿司がというのです。
「とはいっても回転寿司の食べ放題が多いですが」
「回転寿司、確か日本のファーストフード店ですね」
「日本人の味の友の一つです」
「お寿司ですね」
「機械が作ってそれを回るコンベアの上に乗せて運びます」
「それを食べるのですね」
「お皿を手に取って」
 准教授は回転寿司の味を思い出してお口の中に唾を溜めながら先生にその回転寿司のことをお話します。
「そうしてです」
「食べるのですね」
「今度ご一緒しましょう」
「その回転寿司のお店にですか」
「それも食べ放題で」
 この条件も加える准教授でした。
「一度行きましょう」
「それでは今度」
「それでこの学園は既にご存知ですね」
「実は今日まで何度も見て回っています」
 八条学園の中をというのです。
「そうしてきました」
「では私が案内する必要はないですね」
「そうなりますね」
「では今からお茶でもどうでしょうか」
 准教授は穏やかな笑顔で博士にこのことを勧めてきました。
「そうしましょうか」
「お茶ですか」
「紅茶はどうでしょうか」
「日本は紅茶も美味しいですね」
「日本の紅茶も既にですね」
「はい、飲んでいます」
 先生にとってはこのことも楽しみの一つです、それで。
 研究室の中にポットやティーカップといったお茶を飲む道具を見付けてそのうえで笑顔でこう言うのでした。
「あれもイギリスから持って来てくれたのですか」
「先生はイギリスではいつもあのティーセットでお茶を飲まれているのですね」
「はい、そうしています」
「では私の研究室から私のコップを持ってきますので」
 准教授は笑顔で先生に述べます。
「二人で飲みましょう」
「湯沸かし器もありますね」
 先生はお部屋の中にそれも見付けました。
「ではお水をあそこに入れて」
「一階に炊事場もありますので」
「そこでお水を入れてですね」
「あれで簡単な。インスタントラーメンも作れますので」
「ではお腹が空いた時は」
「はい、湯沸かし器を使って」
 そうしてだというのです。
「インスタントラーメンを買って召し上がって下さい」
「この学園の中にはコンビニエンスストアもありますし」
「そこで買って」
「そうすればいいのですね」
「そうです」
 その通りだとです、准教授は先生に説明します。
「あそこに行けば真夜中でも食べものや生活必需品が手に入ります」
「ではこの学園の中での徹夜は」
「他の学園より遥かに楽です」
 実際にそうだというのです。
「あの学園は」
「そうですね、では研究が深夜に及んでも」
「この学園で寝泊りはされないのですね」
「家族が待っていますから」
 先生は准教授の今の問いには穏やかに微笑んでこう答えました。
「ですから」
「お家には帰られますか」
「はい、何時になっても」
 そうしてだというのです。
「お家に帰って休みます」
「成程、家庭があるということは有り難いですね」
「准教授にはご家族は」
「います、妻に娘が三人です」
 准教授はご自身の家庭のことをお話します。
「ただ。女家族の中に男が一人ですと」
「孤立しますか」
「ははは、娘にとって父親は弱いものです」
 そうしたものだとです、准教授は達観している笑い声と共に先生にお話するのでした。
「見守るだけで。あまり見守り過ぎると邪慳にされます」
 そうなるというのです。
「それはイギリスと同じですね」
「はい、父親はどの国でも一緒ですね」
「そうですね」
「いや、妻と結婚した時は二人だけで素直に幸せでしたが」
 今はどうかといいますと。
「気付けばそんなものです」
「そうですか」
「複雑なものです、女の家にいると」
 男一人では、というのです。
「全く以て」
「そうですか、では准教授はお家に帰っても」
「いえいえ、孤立はしていますがそれでも楽しくやっています」
 その家庭においてだというのです。
「仲良く」
「ご家族の仲はいいのですね」
「何だかんだで父親として愛され慕われてはいます」
 それはそうなっているというのです。
「家では猫もいますし」
「猫を飼っておられますか」
「それも三匹」
「そうなのですね。実は僕の場合は妻も子供もいませんが」
「聞いています、先生のご家族のことは」
 准教授はそのお話になると笑顔で乗りました。
「オシツオサレツのことも」
「ご存知でしたか」
「有名ですよ、もう」
 先生は今日この大学に正式に入りましたがそれよりも前に既にだというのです。
「先生は有名人ですから」
「だからオシツオサレツのこともですね」
「そうです、有名です」
 そうだというのです。
「先生のご家族のことも」
「そうなのですね」
「ええ、まあ私の家庭はそんな感じでして」
 それなりだっというのです。
「出来る限り家に帰る様にしています」
「そうですか」
「そうです、何はともあれ先生はですか」
「家には歩いても帰ることが出来ます」
 行きは確かにお馬さんに乗ってですがそれでも歩いて行けることは確かです。
「ですから」
「そうですか。それではですね」
「家に帰ることも簡単ですから」
 これから例えどれだけ遅く残ることになってもだというのです。
「ここで休むよりそうしたいですね」
「わかりました、やはりお家で休むことが一番ですしね」
「そうですね。ではこれから」
「宜しくお願いします」
 先生は准教授と楽しくお話しました、そのうえで研究室で早速本を読みはじめました。そうして午前中は研究室で過ごしました。
 そして午後です、講義が行われる講堂に行きます。今日の講義は実技のあるものではなく座学で講義自体は普通でした。
 ですが講義が終わってからです、先生は学生さん達に講堂から研究室に戻ろうとしたところで手を挙げてこう尋ねられました。
「教授、少しいいですか?」
「質問したいことがあります」
「何でしょうか」
 礼儀正しい学生さん達です、先生は彼等にいつもの調子で応えます。
「講義のことでしょうか」
「いえ、教授のことです」
「先生でお願いします」
 学生さん達にもこう言う先生でした、このことについては。
「教授と呼ばれると気恥ずかしいので」
「そうですか、それじゃあ」
「先生とお呼びしますね」
「それでお願いします」
 再び笑顔で言う先生でした、そのうえであらためてお話をするのでした。
 学生さん達は先生にです、こう尋ねました。
「先生は獣医でもありますよね」
「何でも動物とお話が出来るらしいですけれど」
「それは本当ですか?」
「犬や猫とお話が出来るんですか?」
「はい、出来ます」
 その通りだとです、先生は学生さん達ににこりと笑って答えました。
「オウムから教えてもらいました」
「オウムからですか」
「言葉を教えてもらったんですか」
「動物の言葉を」
「そうです、ポリネシアというとても頭のいいオウムからです」
 先生はポリネシアの名前も出し手お話をしていきます。
「教えてもらいました」
「犬の言葉もですか」
「猿の言葉も」
「そうです、あらゆる動物の言葉を」
 教えてもらったというのです。
「そうしてもらいました」
「そうですか、噂は本当だったんですね」
「先生は動物とお話が出来るんですね」
「彼等の言葉がわかるんですか」
「そうなんですね」
「そうです、それで動物の言葉の辞書も作っていますので」
 先生がこれまでしてきたお仕事の一つです、イギリスにいた頃に暇な時のそれをまとめて辞書にしたのです。
「よければ読んで下さい」
「英語の本ですね」
 学生さんの一人が先生にこのことも尋ねました。
「そうですよね、やっぱり」
「はい、イギリスにいた頃に書いたものです」
 実際にそうだと答える先生でした。
「全て英語で書いています」
「じゃあ英語が出来ないとですね」
「難しいですね」
「ですが皆さんはドイツ語も学ばれていますね」
 カルテはドイツ語で書きます、それでなのです。
「英語とドイツ語は近いですね」
「はい、そうですね」
「それではですね」
「ご心配には及びません」
 勉強することについてだというのです。
「皆さんなら出来ます、いえ誰でもです」
「誰でもですか」
「英語を勉強出来るんですか」
「日本では子供の頃から英語を勉強しているそうですが」
「はい、そうです」
「これが中々厄介でして」
「実は英語は誰でも簡単に身に着けることが出来るのです」
 先生はにこにことしてこうお話するのでした。
「恐れることも身構えることもないのです」
「そうですか?僕は苦労しましたけれど」
「僕もちょっと」
「英語は苦手です」
 学生さんのうちの何人かが先生のそのお話に難しい顔で応えます。
「どうにも」
「勉強しにくかったです」
「コツがありまして」
「コツ!?」
「コツがですか」
「はい、あるのです」
 こうお話するのでした、学生さん達に。
「皆さんにそのこともお話させてもらいましょうか」
「はい、お願いします」
 学生さん達は先生の今の言葉に目を輝かせて応えました。
「そんな簡単なんですか!?」
「でしたら是非教えて下さい」
「僕も知りたいです」
「僕もです」
 学生さん達は皆で先生にお願いします、先生はその学生さん達に優しい笑顔で応えます、そうしてなのでした。
 学生さん達は先生の研究室でそのコツを教えてもらいました、そのことを聞いてです。
 テーブルに着席している皆は唸る様にしてこう言いました。
「そうしていけばいいんですか」
「いや、凄いですね」
「そんな覚え方があるなんて」
「意外ですね」
「はい、僕はこのやり方で他の言葉も覚えています」
 学生さん達と同じテーブルに着いている先生は紅茶を飲みつつこう応えます。
「日本語や中国語も」
「そして動物の言葉もですね」
「それもですね」
「そうです、語学はコツなんです」
 難しく考えるものではなく、というのです。
「それなんです」
「そうなんですね」
「そのやり方でいけばいいんですね」
「わかりました、それじゃあ」
「頑張ります」
「それとです、この研究室の本ですが」
 部屋の壁を全部埋めている本棚の本達のこともです、先生は学生さん達にお話しました。
「今は日本語の蔵書は殆どないのです」
「やっぱり英語の本が多いですね」
「そうなっていますね」
「これから増やしていくつもりです」
 その日本語の本もだというのです。
「日本語もこのコツを使って覚えましたし」
「そういえば先生の日本語お上手ですね」
「凄く流暢ですよ」
 学生さん達も紅茶をご馳走になりながら先生の日本語について応えます。
「イギリス訛りがあまりないですし」
「言葉の使い方も」
「日本語をよくご存知ですね」
「僕達が知らない言葉まで」
 そのことが凄いというのです。
「素晴らしいですね」
「いや、本当に」
「有り難うございます」
 先生は学生さん達の言葉に穏やかな笑顔で応えます。
「これからも日本語を勉強していきますので」
「古典とか読まれますか?」
 学生さんの一人が先生に右手を挙げて尋ねてきました。
「そういう本は」
「古典ですか」
「源氏物語とか平家物語は」
「源氏物語は恋愛小説でしたね」
 先生は源氏物語と聞いてこう言いました。
「そうでしたね」
「はい、そうなりますね」
 学生さんも源氏物語についてはこう言います。
「学校の授業でも勉強しますが」
「英語訳されているものを読んだことがあります」
「日本語ではないのですか」
「源氏物語を読んだのは学生の頃です」
 先生は若き日に読んでいたのです、源氏物語を。
「中々面白かったです」
「そうですか」
「あの主人公の様にはとてもなれませんが」
「光源氏ですね」
「凄いですね、あの主人公は」
 先生は源氏の君については苦笑いを浮かべて言います。
「綺麗な人と次々にですから」
「そうですね、言われてみれば」
「光源氏は凄いですよね」
「とにかく美人といつもですから」
「恋仲になっていって」
「あんなことはとても無理です」
 またこう言う先生でした。
「あの主人公の様にはなれないです」
「先生にはですか」
「とてもですか」
「はい、とてもです」
 無理だというのです。
「あの人の様には生きられません」
「ううん、確かに凄いですし」
「あんな風にはなれませんね」
「修羅場もありますし」
「生霊も出てきたりして」
「僕にとっては恋愛はとても難しい問題です」
 先生は女の人に対してはとても奥手です、紳士でありますがそれでもまだ独身であることにはこのことに理由があります。
「とてもあんな風には絶対」
「いや、あの人は普通じゃないですから」
「普通の人じゃないですよ」
「小説の主人公ですから」
「実在人物じゃないです」
「そうですね、最後は悲しいですし」
 先生は源氏の君の晩年については寂しい顔でお話しました。
「そしてその続編も」
「宇治十帖ですね」
「あちらですね」
「あれは悲しい作品ですね」
 こう言うのでした、源氏物語の後半やその息子薫のお話については。
「最後まで読むと」
「ううん、最後まで読まれるとは」
「先生は凄いですね」
「日本人でもそんなにいないですよ」
「あの本を最後まで読んだ人も」
「そうなんですか」
 先生は日本人の中でも源氏物語を最後まで読んだ人が少ないと聞いて意外なお顔になりました、そのうえで言うのでした。
「日本人なら沢山の人が読んでいると思っていましたが」
「いや、古典ですから」
「文章が昔のものですから」
 学生さん達は読んでいるかどうかについては苦笑いをしてこう言いました。
「それはないです」
「その昔の文章の中でも難しいですから」
「しかも長いですし」
「登場人物も多いですから」
 だから読んでいないというのです。
「あの作品読むことはそれだけで冒険ですよ」
「かなり難しいんですよね」
「現代語訳も出ていますけれど」
「それでも長いですから」
 とにかく長い作品だからだとです、学生さん達は言います。
「読みにくいんですよ」
「とっつきにくいっていいますか」
「あれを読むのは冒険ですよ」
「最後まで読んだ日本人は少ないですよ」
「そうでしたか。英語訳を読んだのですが」
 先生はそれで読んだからだというのです。
「あまり難しいとは思いませんでしたが」
「英語訳なら簡単なんですか」
「読みやすいんですか」
「確かに長いですがすらすらと最後まで読めました」
 そう出来たというのです。
「確かに主人公にはなれないと思いましたが楽しめました」
「成程、英語訳ならですか」
「源氏物語は読みやすいんですか」
「それは意外ですね」
「そうしたものなんですね」
「そうみたいですね、僕も今ここで知りました」
 先生は紅茶のカップを手に目を丸くさせて言いました。
「日本語で読むより英語で読む方が難しい作品もあるのですね」
「あの作品は特にですね」
「紫式部の文章自体が」
「清少納言の方がずっと読みやすいですね」
「そんな感じです」
「清少納言は枕草子ですね」
 先生は清少納言と聞いてすぐにこう言いました。
「そうでしたね」
「はい、そうです」
「その人の作品です」
 その通りだとです、学生さん達も先生に答えます。
「源氏物語を書いた紫式部のライバルでして」
「紫式部と並び称されています」
「何か紫式部が悪口を書いていたそうですが」
 紫式部日記で批判的なことを書いていたそうです、とはいっても紫式部が宮中に入っていた頃に清少納言は宮中にはいなかったとのことですが。
「枕草子も読みました」
「ああ、あの本もですか」
「先生凄いですね」
「源氏物語だけでなく枕草子も読まれるなんて」
「日本人にも滅多にいないですよ、そんな人」
「いや、医学のことばかりを学んでいると気分転換がしたくなりまして」 
 先生は何故読んでいたのかをわらtgてお話します。
「それでなんです」
「ああ、何か一つのことをしているとですね」
「他のことをするといい気分転換になりますね」
「それでなんです」
 日本の古典を読んでいたというのです。
「文学も好きでして」
「やっぱり枕草子も英語訳で、ですか」
「読まれていたんですか」
「他にも更級日記等も」
 その本も読んでいたというのです。
「他には中国の本も。紅楼夢等も」
「あの本もですか」
「読まれていましたか」
「アメリカ文学は英語ですのでそのまま」
 こちらの本は同じ英語の国なのでそのまま読んでいたとのことです、先生は学生さん達にお話します。
「若草物語やトムソーヤを」
「何か先生って恋愛もの多いですね」
「冒険ものも読まれてますし、トムソーヤとか」
「いや、文学青年だったんですね」
「そうですね、本は子供の頃から好きでして」
 それで読んでいたというのです。
「英語訳で読んでいました」
「古典も英語なんですよね」
 学生さん達も笑顔でお話するのでした。
「本当に違いますね」
「それも全く」
「英語も日本語と同じで今とかつては違います」
 このことをです、先生はここでお話します。
「そのことはご存知でしょうか」
「あっ、そうでしたね」
「言葉は時代と共に違いますから」
「イギリスもそうなんですよね」
「昔と今で言葉が違いますね」
「そうです、シェークスピアの時代の言葉は違います」
 そうだというのです。
「どの国の言葉も同じですね」
「いや、凄く勉強になります」
「先生語学の先生も出来ますよ」
「僕達凄く勉強になりました」
「凄いですね」
「いや、僕も語学を学んでいますが」
 先生は学生さん達の言葉に笑顔で、しかし謙遜してその学生さん達に応えます。
「そこまではとても」
「至らないですか」
「そう仰るんですか」
「そうです、僕はそこまでの学識はないです」
 とてもだというのです。
「語学者は僕なぞよりとても言葉を知っていますから」
「だからですか」
「先生では、ですか」
「そうです、とてもです」
 語学者にはなれないというのです。
「なれません」
「そうでしょうか」
「先生凄いですよ」
「動物の言葉もわかりますし」
「日本語も中国語も読めますし」
「しかも日本の古典にもお詳しいじゃないですか」
「なれますよ」
「いやいや、僕はあくまで医者です」
 そして獣医だというのです。
「それで充分です」
「そうなんですか、けれどですね」
「これからもですね」
「日本にもいますので」
 学生さん達の今の問いにはです、先生は謙遜ではなく素直さで応えました。
「ですから」
「学ばれますね」
「日本文学を」
「文学だけでなく」
 それだけでなく、というのです。
「その他にも。日本自体を」
「勉強されますか」
「そうされるんですか」
「そうします」
 是非にというのです、先生は前向きでした。
「色々と行ってみたい場所もあります」
「じゃあ神戸はですね」
「この街は」
 学生さん達は笑顔で応えます、この人達も神戸にいますので。
 それで神戸のことを次々とお話します、それに大阪や京都、奈良といった関西のあちこちのことも。先生はその中で特にです。
「京都ですね」
「あの街ですね」
「あそこに行かれますか」
「面白そうな街ですね、よくお話は聞きますが」
「ただ夏は物凄く暑いですから」
 ここでこのことがお話する学生さんがいました。
「それに冬は寒いです」
「盆地だからですね」
「そうです、それは奈良もでして」
 奈良も盆地です、だからだというのですう。
「あそこも夏と冬は覚悟しておいて下さい」
「成程、では同じ関西でも神戸とは全く違う気候ですか」
「そうです」
「では神戸と大阪も」
「大阪は暑いですよ」
 このこともお話されました。
「神戸と比べると」
「そうなのですか」
「神戸は前に海、後ろに山がありますね」
「はい」
「それでその間の狭い場所に街があって」
 そしてだというのです。
「しかも山から風が下りて冬も厳しい寒さなんです」
「しかし夏はですね」
「そうです、涼しいんです」
 それが神戸の気候だというのです。
「大阪よりも」
「そして京都の夏よりもですね」
「そのことはご存知でいて下さいね」
「わかりました、日本はその地域ごとで様々な気候があるのですね」
「そうです、イギリスのことはよく知りませんが」
「イギリスよりも様々ですね」
 先生はイギリスの地域やそれぞれの気候のことを思い出しつつ学生さんに答えました。
「街ごとに気候が変わるということは」
「ないですか」
「そうです、ないです」
 そlこまではというのです。
「これでは同じ県であっても違っていそうですね」
「兵庫県もそうですよ」
 先生達が今いる神戸市がある兵庫県もだというのです。
「日本海側や中央の山の中もありますけれど」
「それぞれで、ですね」
「違いますから」
「成程、そのことを学ぶことも楽しそうですね」
 先生はにこりと笑って言いました、目をきらきらとさせてのその笑顔はまるで子供の様に素直で明るいものです。
「ではこれから」
「日本のことをですか」
「日本の様々なことを」
「はい、学んでいきます」
 学者としえそうしようと言う先生でした、先生は学生さん達と早速打ち解けると共に日本への興味をさらに深くさせたのでした。



いよいよ先生としての生活もスタート。
美姫 「学生たちとの対面も上手くいったみたいね」
今回は日本の色んな地域の話とかもでてきたな。
美姫 「そうね。とりあえず、初日は問題なくいったって所かしら」
だな。次回はどんな話になるのか。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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