『ヘタリア大帝国』




                   TURN76  青い石の力

 セーラ達エイリス側もカテーリン達ソビエト側も会議の場に入った。ヒムラーは彼等に対して席を立ったうえで笑顔でこう言った。
「ようこそ」
「はい」
「来たからね」
 セーラもカテーリンも警戒する顔でそのヒムラーに応えた。
「それではですね」
「今からよね」
「お話をはじめましょう」
 ヒムラーは二大国の主達を前にしても余裕綽々といった物腰だった。
「これからの我々のことを」
「そうね。それじゃあ」
「では着席をしましょう」
 ヒムラーに続いて他の者達、イタリン側も起立していた。ヒムラーはその彼等にも着席する様に告げた。
 こうして会議がはじまった、カテーリンがまず言った。
「こちらからのドクツへの要求だけれど」
「どういったものでしょうか」
「技術提供をしてもらうわ」
 戦勝国に近い立場での言葉だった。
「軍事技術にインフラの技術もね」
「どちらもですか」
「そう、それに各星域の開発への人員の派遣」
 今度は労働力の供与だった。
「施設や食事の費用もそちら持ちよ」
「その二つですか」
「あと対日戦への協力」
 カテーリンは領土や賠償金を得られないならとドクツに対して要求できるだけのものを要求したのである。
「東欧諸国の独立もね」
「それがソビエト側の要求ですね」
「そうよ。受け入れてもらうから」
「我が国はです」
 カテーリンの話が終わると今度はセーラが言ってきた。
「西欧及び北欧諸国の独立とです」
「そのことですね」
「そしてエイリス軍のドクツ国内の通行の自由、ドクツ軍基地の使用許可」
 セーラはヒムラーにこう要求する。
「インド洋の植民地奪還への協力です」
「それがエイリス側の要求ですね」
「そうです」
 エイリスの要求はこの三つだった。
「受け入れてもらいます」
「我が国は経済協力と技術協力だ」
 ぴえとろも何気に要求する。
「援助を頼む」
「ふむ」
 ヒムラーは三国の話を全て聞いた。そのうえで手袋に覆われた右手を己の口に当てて考える顔を見せた。
 そのうえでこう彼等に言った。
「東欧、北欧、西欧諸国は独立し欧州経済圏に参加するということで」
「ええ、そうよ」
「そうしてもらいます」
 ソビエトは共有主義なので経済圏とは物々交換の交易程度だがそれでも加わるのだった。尚ここには共有主義を欧州にさらに浸透させようという狙いもある。
「それでいいわね」
「この諸国からドクツ軍は撤兵します」
 このことはヒムラーから言った。
「イタリンへの経済協力も約束します」
「有り難いことだ」
 ぴえとろはこのことに素直に喜びを見せた。
「ではお願いする」
「そういうことで。そしてです」 
 ヒムラーはさらに言う。
「ドクツは太平洋諸国との戦いに参加します」
「そうしてもらいます」
 セーラはヒムラーを見据えて述べた。
「是非共」
「ただドクツ軍の指揮権は我々にあるということで」
「!?」
 ヒムラーの今の言葉にはエイリス側もソビエト側も言葉を止めた。
「それは一体」
「どういうことよ」
「この国の軍はこの国に指揮権があります」
 ヒムラーはセーラとカテーリンに平然とした顔で返した。
「だからです」
「あの、それは」
「違うわよ」
 セーラとカテーリンはドクツをすんでのところまで追い詰めたことからドクツ軍を自分達の指揮下に置きたかった、それで彼等を戦争の矢面に立たせるつもりだったのだ。セーラはそこまでは考えてはいなかったがカテーリンは露骨に考えていた。
 だがヒムラーはここでこう言ったのだ。
「自ら戦わせてもらいますので。それに」
「それに?」
「それにというと」
「ドクツ領内への他国の軍の通行、基地の使用は私が許可を出します」
 セーラの要求への返答だった。
「他国への人員の派遣もです」
「しないっていうの?」
「私が検討しそのうえで派遣します」
 今度はカテーリンの要求について答える。
「軍事、民間技術もです」
「あの、それは幾ら何でも」
「虫が良過ぎるわよ」
 セーラもカテーリンも眉を曇らせてヒムラーに言う。
「お言葉ですが貴国はです」
「ソビエトに負けかけてたのよ」
 何気に自分達だと言うカテーリンだった。
「それでどうして」
「そこまで言えるのよ」
「おや、ドクツは敗北も降伏もしていませんが」
 ヒムラーはこのことを盾に取って二人に返す。
「違いますか」
「こいつ、何なんだ?」
 イギリスもヒムラーを見て言葉を失う。
「ここまで図々しい奴はな」
「オフランスのタレーラン、フーシェ以来ですね」
 イギリス妹も唖然として兄に囁く。
「あの時はナポレオンに全ての責任を負わせられましたが」
「今のドクツはな」
「あの時のオフランスよりさらに立場が悪いというのに」
 やはり降伏の一歩手前まで至っていたことが大きい。
「それでここまでの要求とは」
「有り得ねえな」
「ヒムラー総統は一体何を考えているのか」
「図々しいのか?それとも」
「私達に認めさせられる何かがあるのか」
 イギリス妹はその可能性を考えた。ロシア妹もだった。
 怪訝な顔で兄にこう囁いた。
「あの、ヒムラー総統は」
「うん、凄いこと言ってるね」
「私達の要求を認めるしかないですが」
「それでどうしてあそこまで言えるのかな」
「ちょっとこれは」
「何を考えているのかな」
 二人もヒムラーの考えを理解しかねていた、そしてだった。
 首を捻りながらそして言うのだった。
「何か怪しい雰囲気もあるし」
「あそこまで言える根拠は一体」
 二人は首を捻っていた、今会議の場はほぼ誰もが?然となっていた。冷静な筈のゲーペも眉を微かに曇らせている。
 そのうえで彼女もミーリャに囁いた。
「この事態は」
「理解出来ないよね」
「我々の要求を全て受け入れるしかない筈ですが」
「どうしてあそこまで言えるのかな」
「わかりません」
 ソビエトの知恵袋であるゲーペもこう言う程だった。
「果たしてどういう考えか」
「あれっ、見て」
 ここでミーリャはヒムラーを見てゲーペに言った。
「総統さん手袋脱いだよ」
「そうですね、確かに」
 ゲーペもそれを見る、ヒムラーは今その白い手袋を見た。
 そしてその手の甲にある青い石を会議の場にいる面々に見せた、すると石からサファイアの輝きが放たれた。
 カテーリンも石を出してヒムラーに言うことを聞かせようとしたが遅れた、ヒムラーはそれを見せてから言ったのだ。
「それでお願いできますか」
「え、ええわかったわ」
「私もです」
 カテーリンもセーラもヒムラーのその言葉に頷く。
「ではドクツ側の条件を受け入れるわ」
「そういうことで」
「こちらもだ」
 ピエトロもヒムラーの言葉に頷く。
「それでいい」
「わかりました、それでは」
「ではです」 
 ヒムラーの秘書役になっていたドイツ妹がここで述べた。
「ドクツ第三帝国は自国の軍の指揮権を持ったうえで連合国に参加しそのうえで枢軸諸国に宣戦を布告する」
「そういうことでいいわね」
 イタリア妹もそれでいいと頷く。
「こっちもね」
「はい、そしてです」
 さらに言うドイツ妹だった。
「技術、経済協力はドクツ側の承認があり行われます」
「そしてだね」
 今度はプロイセン妹が話す。
「軍の通行や基地の使用もドクツの許可で行われる」
「人員の派遣等もです」
「それでお願いします」
「そういうことでね」
 プロイセン妹はヒムラーをちらりと見ながら言う。彼女も気付いていないが石の光を受けてしまっているのだ。
「お願いするね」
「ではです」
 またヒムラーが言う。
「我々はこれからはです」
「四国同盟だな」
 ぴえとろが言う。
「我々による」
「他の欧州各国も加わります」
 ヒムラーはポーランドやベルギーへのサービスも行った。
「欧州全土が等しく世界秩序を構成するのですよ」
「世界秩序ですか」
「そうです。太平洋のあの不埒な枢軸諸国は何か」
 エリザにまるで宦官の囁きの様に話す。
「これまでの欧州を中心とした銀河の秩序を乱す存在ですね」
「そうなるけれど」
「はい、だからです」
 エリザも石の光を浴びているのでヒムラーの話をそのまま聞いていく。
「我々は彼等を倒し世界秩序を元に戻しましょう」
「我が国は奪われた植民地を取り戻します」
 セーラはこのことは毅然として言った。
「そしてそのうえで、ですね」
「そうです。あの太平洋の連中を倒して秩序を築きなおしおましょう」
「じゃあそれでいいわ」
 カテーリンもそれでいいとした。
「そういうことでね」
「ではお話はこれで決まりですね」
「そうね。それじゃあね」
 マリーも頷く。
「欧州中心の新秩序を築きなおすということでね」
「ドクツも力を惜しみませんので」
 ヒムラーは余裕に満ちた笑みも見せる。
「それでお願いします。そうだ」
「今度は何よ」
 カテーリンは自分に顔を向けてきたヒムラーに応えた。
「ソビエトに言いたいことがあるの?」
「エイリスもです。捕虜のことですが」
 ヒムラーはこのことについても言うのだった。
「即時の帰国をお願いします」
「そうね、講和したし」
「それでは」
 カテーリンもセーラもそれでいいとした。
「皆帰してあげるわ」
「そのうえで戦争に参加してもらいます」
「兵器の返還もお願いします」 
 ヒムラーはこのことを言うことも忘れなかった。
「ではその様に」
「ええ、じゃあね」
 こうしてベルリン講和会議はドクツにとって一方的なまでにいい条件で話が整い終わった、カテーリンは会議が終わり控えのホテルに入ってミーリャ達に言った。
「何かおかしいわよね」
「うん、何かドクツの言うままだったね」
「こっちの要求は全部通らなかったけれど」
「どうしてなのよ」
 カテーリンはむっとした顔でホテルの席に座って言う。
「こっちが勝ってたのに」
「だからこっちも要求出来るだけ要求したのにね」
「どうしてなのかな」
 ミーリャとロシアも首を捻る。三人でホテルのテーブルを囲みそのうえでドクツのコーヒーを飲みながら話すのだった。
 その中でこう言うロシアだった。
「急に会議の雰囲気が変わらなかった?」
「そうよね、本当に急だったよね」
 ミーリャもロシアのその言葉に頷く。
「この状況って」
「ううん、どうしてかな」
「ヒムラーさんが手袋を脱いでからだけれど」
「あの青い石何なの?」
 カテーリンは青い石について言及した。
 そのうえで自分手の甲にある赤い石を出してそして言うのだった。
「私の赤い石と同じものかの?」
「あっ、そういえばあの青い石ってね」
「同じだよね」
 ミーリャとロシアもこのことに気付いた。
「カテーリンちゃんが皆を説得する為に使う」
「その石と同じよね」
「ヒムラー総統は私と同じなの?」
 カテーリンは首を捻って言う。
「あの青い石は皆を説得出来る石なのかな」
「ううん、だったら危険だよ」
 ロシアは不安になった顔で述べた。
「あの人の言うことに皆従うから」
「今度会った時は油断しないから」
 カテーリンは眉を曇らせて強い声で言った。
「私もね」
「そうね。下手なことをしたらね」
「その時は用心しないとね」
 こうカテーリンに応えるミーリャとロシアだった。カテーリンは二人の話を聞いてから今度はこう言ったのだった。
「あとね」
「あと?」
「あとっていうと?」
「このホテル贅沢過ぎるから」
 今度はこのことに怒るカテーリンだった。
「こんなの駄目よ」
「貴族の屋敷みたいよね」
「貴族は自分達だけ権力を持って贅沢をしているのよ」
 カテーリンの考えではそうだ、ロシア帝国では確かにそうした貴族が多く彼女は彼等を打倒する為に革命を起こした。 
 だから今彼女達がいるロイヤルスイーツにもこう言うのだった。
「そんな貴族の真似とかは駄目よ」
「そういうことね」
「コーヒーも嫌いだけれど」
 カテーリンは紅茶派だ、ジャムを舐めながら飲む。
「この貴族の屋敷みたいなお部屋はもっと駄目よ」
「このお部屋カテーリンちゃん一人に用意されたのよね」
「こんなふかふかの天幕のベッドも」
 カテーリンは忌々しげな顔でそのベッドも見る、それは別室に見えている。
「言語道断よ」
「じゃあお部屋替えてもらう?」
 ロシアがこう提案した。
「そうする?」
「うん、そうするわ」 
 実際にそう考えているカテーリンだった。
「普通のお部屋でいいから」
「ロシアのホテルみたいにね」
「ドクツを共有主義にしたらこんなお部屋は取り壊しよ」
 カテーリンはこの決意も述べる。
「絶対にね」
「何か皆まだ共有主義とは遠いわね」
 ミーリャは怒り続けるカテーリンに言った。
「贅沢ばかり追い求めて」
「皆一緒の生活をしないと駄目なの」
「それが一番幸せだからね」
「そう、同じお部屋に住んで同じものを食べて」
 そしてだった。
「同じものを着ないと駄目なの」
「そういうことだよね」
「ドクツはまだ私達にかなり似てるけれど」
 カテーリンはファンシズムと共有主義の類似性、もしかすると同一かも知れない双方のそれに気付いていた。ヒムラーはアイドルではないにしても。
「それでもこうしたお部屋は駄目よ」
「うん、じゃあ太平洋諸国をやっつけたら」
「エイリスと一所にドクツもやっつけるから」
 所詮それまでの同盟である。
「そうするから」
「けれど今はドクツとエイリスとは仲良くしないとね」
 ロシアは素朴な顔でこの現実を話した。
「さもないと太平洋諸国と戦えそうにないしね」
「そう、けれどあくまで一時的だから」
 あくまでこう考えているカテーリンだった。
「とりあえずお部屋は替えてもらってね」
「そうしようね」
 ソビエト側はこうした話をしていた、彼等はドクツのロイヤルスイートを唾棄すべきものと捉えていた、そしてエイリス側は。
「やっぱりこれかよ」
「コーヒーなのね」
 イギリスとマリーがコーヒーを前にして嫌な顔になっていた。二人はセーラに用意されたロイヤルスイートの中でテーブルに座っていた。
 そこでドクツのコーヒーを見て言うのだった。
「ドクツはコーヒーだけれどな」
「紅茶ないのかな」
「俺コーヒー駄目なんだよ」
「僕もだよ」
 こう二人で言う。そしてだった。
 二人と同席しているセーラも暗い顔で述べた。
「私はコーヒーは」
「女王さんコーヒー駄目だからな」
「はい、昔からです」
 イギリスに対しても暗い顔で答える。
「紅茶派なので」
「俺もだよ。っていうかな」
 イギリスもセーラに応えながら話す。
「これ俺達への嫌がらせか?」
「そうかもね。あのヒムラーっての意地悪そうだし」
 マリーは直感でこう察していた。
「というかあまり性格よくないよ、絶対」
「そこそこのやり手なのは間違いなくてもな」
 イギリスもヒムラーについて言及する。
「何か色々企んでる感じだな」
「にこやかに笑ってるけれどね」
「けれど軽い笑みね」
 セーラはコーヒーに口をつけないままマリーに返す。
「あの人の笑みは」
「何か水商売みたいな?」
「マリー、そういうお店に行ってるの?」
「例えよ、僕もそういうお店には行ってないから」
 王族である以上に姉のセーラが厳しいのでマリーはそういう店にはお忍びでも行けないのだ。エリザはどうかわからないが。
「例えだから」
「だといいけれど」 
 セーラは咎める感じの曇った顔で述べた。
「とにかく。そういう感じだというおね」
「うん、それもやっぱりあまりよくない人のね」
「ありゃホストか?」
 イギリスはヒムラーをこう例えた。
「よくドラマに出て来る女に金を貢がせて遊んでるタチの悪いな」
「そうそう、そういう感じよね」
 マリーもイギリスのその言葉に頷く。
「あの人ってね」
「だよな、何か胡散臭いんだよな」
「そんな雰囲気だからね」
「人間の質はよくないかもな」
 イギリスも長く生きている、こうしたことを見抜く目は備わっているのだ。
「あの人はな」
「そうだよね、信用出来る人じゃないね」
「気付いたらあいつの口車に乗ってたしな」
 そしてその言うがままの条件で講和となっていた。
「おかしな話だよな」
「ドクツは、特に今のドクツは信用出来ません」
 セーラは深刻な顔でこの結論を出した。
「油断すると何をされるかわかりません」
「そうだよね。ヒムラー総統は怪しいよ」
「経歴調べても何かな」
 イギリスはここでヒムラーについて情報部が調査したデータを出してそのうえで言った。
「おかしいんだよな」
「士官学校を中退してよね」
「北欧に旅行に行ってからな」
「それで実家の養鶏場の経営をはじめて」
「その養鶏場も急に大きくなってんだよ」
 イギリスはこのことも言った。
「あいつが経営やるまでは小さかったのにな」
「急になんだね」
「大手の銀行に無償で融資してもらったり洒落になってない規模の契約を幾つも取ったり」
「営業手腕あるって言えばいいけれど」
「何かおかしいんだよ」
 イギリスは本能的にこう察していた。
「しかも養鶏場にも仕事の契約先にもいないことが多かったのにな」
「その時に何をしていたのかもわからないし」
「おまけにな」
 イギリスはデータを見ながらさらに言う。
「あいつの周り結構行方不明者多いんだよ」
「はい、そのことですね」
 セーラもそのデータを既に見ている、それでイギリスに応えたのだ。
「少女ばかりが何人も」
「当時のドクツは身寄りのない子供が多かったけれどな」
 レーティア登場以前のドクツは無残なものだった、戦争の傷跡と賠償金、恐慌により社会の全てが崩壊していた、家庭もそうであり町には孤児が溢れていたのだ。
 それでその孤児の中の少女達が次々とだったのだ。
「何人も消えてるからな」
「殺した?」 
 マリーは彼女が考えている最悪のケースをあえて言った。
「あの人実は連続殺人鬼とか?」
「あの頃のドクツそういう奴多かったからな」
「キュルテンとかハールマンとかね」
「そうだとすると冗談抜きでやばい奴だな」
「そうなるよね」
「何時の間にか親衛隊も組織して隊長になってな」
 イギリスはこのことも奇妙に思っていた。
「カテーリングラードで死んだ筈が生きてるうえに」
「二十個艦隊に大怪獣まで持って来てね」
「ドクツの総統にまでなるなんてな」
「謎が多過ぎるし」
「不気味な奴だよ」
 これがイギリスのヒムラーへの評価だった。
「絶対に信用できないな、あいつは」
「そうだよね。気をつけないと」
「今のエイリスの敵は枢軸だけれれど」
 セーラも言う。
「枢軸を倒し植民地を全て奪還した時は」
「ドクツが相手ね」
「ソビエトもだけど」
 こうマリーに話す。
「今私達がいるこの国は敵になるわ」
「あくまで一時的な同盟ってことね」
「そうなるわ。やがては戦うことになるわ」
「政治だよね。けれどね」
 マリーはわかっている顔で言う。
「そうしないとやられるのは僕達だからね」
「だよな、しかし連合国ってのは顔触れが変わっても相変わらずだよな」
 イギリスはコーヒーに口をつけないままだった。それはマリーも同じだ。
「仲悪いよな」
「前の顔触れも大概だったよね」
「今もだからな」
「何ていうか利害だけで手を結んでるよね」
 マリーはそのものずばりだった。
「それだけの関係だよね」
「見事なまでにそうだよな」
「その辺り枢軸と違うね」
「あいつ等結構仲いいからな」
「向こうも利害なのにどうしてかな」
「俺のせいかもな」
 何となくこう考えているイギリスだった。見れば憮然とした顔になっている。
「まさかな」
「それは違うんじゃないの?」
「だといいけれどな」
 イギリスはマリーの言葉も今はストレートに受け入れられなかった。
「何か俺の関係って外は酷いからな」
「中は?」
「あんた達がいるからな」
 そういうことだった。
「違うからな」
「祖国さんはいい国だよ」
 マリーは微笑んで自分の祖国にこう言った。
「いつも皆のことを考えてるじゃない」
「いや、それ基本だからな」
「国家の?」
「国家は自分の国民のことを考えるんだよ」
「基本として?」
「当然のこととしてな」 
 考えるというのだ。
「そういうものだからな」
「だからなんだ」
「ああ、とにかくだよ」
 また言うイギリスだった。
「俺は中はいい感じだからな」
「いいのね」
「こうしてあんた達がいつも一緒だからな」
 イギリスは微笑んで話す。
「助かってるよ」
「私達もですから」
 セーラはそのイギリスに微笑んで言う。
「祖国さんがおられるからです」
「楽しいんだな」
「物心つく前から一緒にいてくれてますね」
「それもな」
 イギリスはそのセーラにも言う。
「当然のことだからな」
「国家ならですか」
「そうだよ。俺にとっては女王さんもマリーさんも妹みたいなものなんだよ」
「妹ですか」
「そういうのなんだよ」
 イギリスから見れば二人の母エリザもそうなる。このことを微笑んで言ったのである。
「だからこれからも宜しくな」
「はい、それでは」
「これからもお願いね」
 セーラとマリーは微笑んでイギリスに言った。そしてだった。  
 イギリスはその冷めてしまったコーヒーも見て言った。
「しかしな」
「コーヒーですね」
「これよね」
「こんなの飲む奴の気が知れねえな」
 これがイギリスのコーヒー評だった。
「何で紅茶を飲まねえんだろうな」
「オフランスもコーヒーなんだよね」
 マリーはエイリスの宿敵のことを言った、この前まで同盟関係ではあったが歴史的にはそうした関係なのだ。
「あの国は美食家っていうけれどね」
「フランスの奴にはどれだけ馬鹿にされたかわからねえよ」
 イギリスはその料理をけなされ続けている。これはフランスからだけではない。
「けれどあいつもな」
「コーヒーなんて飲むのよね」
「あいつの味覚もわからねえよ」
「そうそう、他人や他国のこと言えないじゃない」
「コーヒーなんて飲めるかよ」
 イギリスはどうしてもコーヒーを飲まなかった、セーラとマリーも同じだ。
「本当にな」
「お部屋はいいとしてね」
 マリーはセーラがいるロイヤルスイートはよしとした。
「それでもコーヒーはね」
「駄目だな。ただな」
「ただって?」
「いや、ドクツのディナーな」
 さっき食べたそれの話だ。
「あれどんなご馳走だよ」
「あれ凄かったよね」
 マリーもドクツのディナーについては驚きを隠せない。
「美味し過ぎるっていうか」
「違うよな、何だよあのご馳走」
「天才的なシェフですね」
 セーラも言う。
「あのディナーを作ったのは」
「ドクツは毎日あんな美味しいもの作ってるのかよ」
「美食ですね、本当に」
「全くだよ」
 彼等はドクツのディナーはこう見ていた、だがだった。
 ヒムラーは官邸において微妙な顔でこう言っていた。
「ディナーは豪華なものにするつもりだったけれどね」
「はい、イタリンに合わせて」
「そのつもりでしたが」
「けれどね」
 こう表向きの側近達に言うのだった。
「ソビエト側が抗議してきたからね」
「そうです。贅沢なものは出すなと言って」
「それであのメニューになりました」
「ソーセージにアイスバインにね」
 ヒムラーは具体的なメニューを言っていく。
「ポタージュにジャガイモのサラダに黒パン、ビールそれにジャーマンポテト」
「全てありきたりのメニューですね」
「ドクツの家庭料理です」
「しかも調味料も節約したよ」
 ヒムラーはこのことも言った。
「味はかなり落としてるよ」
「あんなのを出してよかったのでしょうか」
「果たして」
「ソビエト側は満足していたけれどね」
 ヒムラーは難しい顔で述べる。
「エイリス側はこんな美味いものがあるのかって顔だったけれど」
「それでもイタリン側は泣いていましたよ」
「こんなまずいものがあるのかと」
「あれが普通だよ。どっちもおかしいんだよ」
 ソビエトとエイリスがだというのだ。
「ソビエトは皆同じものを食べないと駄目っていうからね」
「ソビエトでは誰もが給食を食べているとか」
「同じメニューを」
「だから贅沢は嫌だってね。間違ってるね」
 ヒムラーから見ればそうなることだった。
 彼はそれなりに贅沢を求めている、しかしそれがないからだというのだ。
 だがあくまで今は質素倹約という美徳の仮面を被ってこう言うのだった。
「まあそれはいいけれどね」
「美徳ではありますね」
「それはそうですが」
「しかしそれを国際会議でのディナーで言うとはね」
「何か違いますね」
「あの国は」
「うん、まあ喜ばせたからいいよ」
 それならだとだ、ヒムラーは割り切ることにした。
「エイリスはこんな美味いものがっていう顔だったし」
「あの国は普段何を食べているのでしょうか」
「あの料理であの顔とは」
「王族であれでは民衆の料理は一体」
「どんなものか」
「ああ、あそこの料理は口にしないことだよ」
 ヒムラーは右手を横に振ってあっさりと言った。
「味がないからね」
「味がないのですか、エイリスの料理は」
「そうなのですか」
「そうなんだよ、調味料は塩と酢位しかないんだよ」
「あの、それでは味は」
「何時の時代の料理ですか?」
「しかも焼き加減とか茹で加減とかがわかってなくてね」
 これも駄目だった。
「もう何もかもが酷いものなんだよ」
「それでまずいのですか、エイリス料理は」
「そうなのですね」
「食べない方がいいよ」 
 ヒムラーは過去を思い出して唇の左端を歪めていた。
「とてもね」
「だから王族や国家であの料理に喜んでいたのですか」
「普段口にしている料理があまりに酷く」
「それでなのですか」
「そうなんだろうな。いや、俺が作らせたにしても」
 それでもだと言うヒムラーだった。
「酷い味だったよ。シェフもあんなまずい料理を作るのは不本意だっただろうね」
「でしょうね、あれは」
「酷いものでしたから」
「お疲れさんと言っておくよ。ぴえとろ統領にはね」
 彼についても言及する。
「後で差し入れをしておこう」
「はい、パスタのですね」
「それをですね」
「あんなまずいものを食べさせて悪いことをしたよ」
 だからだというのだ。
「じゃあそういうことで」
「後でシェフに作らせましょう」
「パスタを多量に」
「俺も食べるよ」
 ヒムラーもだった。
「口直しにね」
「そのパスタをですね」
「それを」
「味について頼りになるのはイタリンだけだよ」
 この国だけだった、辛いことに。
「他の国は期待できないな」
「一応オフランスも戻ってきていますが」
「それでもですね」
「あの国も今国家がいないからね」
 だから完璧ではないというのだ。
「ベルギーのお菓子とかポーランドがいるにしても」
「味はイタリンですね」
「あの国が頼りですね」
「日本がいた時が懐かしいかな」
 ヒムラーも何度か和食を口にしている、その味はだというのだ。
「生ものは抵抗があったけれどね」
「それでも全般的にいい味でしたね」
「日本の料理は」
「懐かしいよ、今では」
「全くです。料理も大事ですから」
「何とか充実させたいですが」
「今の顔触れだと難しいからね」
 今のソビエト、そして相変わらずのエイリスではだった。
「諦めるしかないかな」
「残念ですが」
「このことは今は」
「では俺だけで楽しもうかな」
 ヒムラーは軽く言った。
「美食は」
「はい、それでは」
「バイエルン王の様な美食をのね」
 ドイツのかつての上司だ、音楽と美少年を愛した王である。
 この王は美食家でもあった、ヒムラーはその王の様にだというのだ。
「今から食べようか」
「そういえばアドルフ総統は」
 側近の一人が彼女の話をした。
「あの方は菜食主義者で」
「ああ、そうだったね」
「非常に質素な食事でした」
 一国の主とは思えないまでのだ。とかくレーティアの日常生活は極めて質素であり小心なまでに真面目だった。
 その彼女のことを今話すのだった。
「ジャガイモにパスタに」
「そういうものばかり口にされていたね」
「はい、そうでした」
「そのことは否定しないよ」
 ヒムラーにしても表向きはレーティアへの敬意を見せない訳にはいかない、何しろレーティアこそがこの国を築いた英雄だからだ。
 そのレーティアの影を利用して国を治める、それならだった。
「素晴らしい方だった、けれど俺は俺だから」
「美食ですか」
「フォアグラ、それにトリュフだね」
 三大珍味のうちの二つだった。
「これをメインにして上等のラムも貰おうか」
「メインディッシュはそれですね」
「勿論野菜もふんだんとね。ジャガイモも欲しいね」
 ジャガイモを言うところはやはりドクツ人だった。
「デザートは果物がいいな。あとカロリーは控えめに」
「糖分もですね」
「太るつもりはないよ」
 そのホストを思わせる容姿を維持する為だ。
「その為にもね」
「カロリーと糖分は控えられ」
「運動もしないとね。やることは多いね」
「前総統は常に勤務されていました」
 レーティアは多忙だった、ドクツの総統として国家の全てを動かしていたのだ。
 そして現総統であるヒムラーの前にも書類が次々と来る、彼はその書類の山を見ながら少し笑ってこう言った。
「俺が事務処理能力がなかったらね」
「総統にはとてもですか」
「なれませんか」
「国家元首には事務処理能力も必要だよ」
 権力欲だけではない、ヒムラーはこのことも理解していた。
「政策や指導力に加えてね」
「ではサインして頂けますね」
「食事が出来るまでの間は」
「ああ、そうさせてもらうよ」
 実際にそうすると答えるヒムラーだった。
「書類は片っ端からね」
「サインしてですね」
「決裁を」
「さて、総統として働こうか」
 ヒムラーはサインをはじめながら今も余裕綽々の顔を見せる
「この国の為にも、そして」
「そして?」
「そしてとは」
「いや、何でもないよ」
 隠していることは言わなかった。
「気にしないでくれ」
「ですか。では書類はまだありますので」
「宜しくお願いします」
 ドクツはヒムラーの下動きだしていた、ベルリン講和会議はドクツの要求が一方的に通り四国を中心として欧州の殆どの国が加わる大規模な同盟が新たな連合国となった。連合国はあらためて枢軸国に宣戦を布告し戦争はあらたな局面に入った。


TURN76   完


                        2012・12・16



ヒムラーの暗躍はまだ続く感じだな。
美姫 「そうね。それにしても、早々に切り札っぽい青い石を出したわね」
ああ。カテーリンたちには警戒されたけれど、エイリス側は可笑しいと思ってもって所かな。
美姫 「でも、この石の力は祖国さんたちにも効くみたいね」
確かに、これにはちょっと驚いたな。
美姫 「ともあれ、今回の会議でドクツは事実上特に何もなしよね」
ああ。ここからヒムラーがどう進めていくのかだな。
美姫 「一体どうなっていくのかしらね」
次回も待ってます。
美姫 「待ってますね〜」



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