『ヘタリア大帝国』
TURN69 遅かった復帰
フランスは日本に伊勢志摩のことについて詳しく話した。日本は一部始終聞いてからこうフランスに述べた。
「では中南米とはですね」
「探検したからな。過去に」
「だからお詳しいのですね」
「あまりにも訳のわからないところだったから進出はしなかったらしいがな」
それはその時に諦めたというのだ。
「それでも奥地まで探検してな」
「お詳しいのは確かですか」
「それは間違いないさ。ただな」
「伊勢志摩の中は、ですね」
「今も絶賛内戦中だからな」
問題点はここだった。
「そこは注意してな。ただな」
「ただ、ですね」
「あそこはあくまで夫婦喧嘩でやってるだけだから後腐れがないんだよ」
そうだというのだ。
「戦死者も出る様な戦争でもないからな」
「本当にただの喧嘩ですね」
「それだけだよ。それとあの国はこの戦争には関係ないからな」
「中立ですね」
「特に気にしなくていいさ」
「しかし中南米について詳しいとなると」
日本が注目するのはこのことだった。
「やはり」
「こっちに引き込みたいか」
「そう思っていますが」
「まあな。伊勢志摩はオフランスとつながってるけれどな」
だからオフランス方面から攻め込むことは出来るのだ。
「けれどな」
「ピレネーですね」
「あそこはややこしいアステロイドだから結構行き来しにくいんだよ」
「自然の要害としてあるのですね」
「あそこがあるからな。ついでに要塞でも置けば」
「それで大丈夫ですか」
「絶対にな。じゃあ伊勢志摩もか」
フランスは話題をそちらに変えた。
「枢軸に入れるか」
「そうしたいところですね」
「中南米はややこしいからな」
「アステカ帝国について私達はよく知りません」
「アメリカもそうみたいだしな」
アメリカにしてみれも中南米には進出していないので知らなかったのだ。
「だから伊勢志摩、それであそこの国家の」
「スペインさんも」
「あいつを入れるか」
「そうしたいと思いはじめています」
「まあとりあえずはガメリカ戦を何としてもな」
「終わらせてそして」
「中南米にかかるか。向こうも妙な動きを見せてるしな」
太平洋軍はガメリカ戦の後を考えだしていた。アステカ帝国は連合国でも枢軸国でもない、だが太平洋に対して何やら妙な動きを見せているのは間違いなかった。
それで彼等も警戒しだしていたのだ。その日本に東郷も言う。
「アステカが何かする前にガメリカ戦を終わらせたいな」
「そうですね。まずは」
「敵は少ないに越したことはない」
多ければそれだけ厄介なことになるからだ。
「だから今はな」
「はい、ワシントンまで向かいましょう」
「USJで勝負はあったんだがな」
東郷はここでは溜息と共に言った。
「向こうさんも諦めないか」
「そうそう容易にはですね」
「無制限戦争だな。相手を徹底的に倒すまで続く」
「それが今の戦争ですか」
「そうなっているな。戦いは長引くし犠牲も損害も多い」
それが今の戦争、この世界大戦だというのだ。
「せめて一般市民に犠牲を出さない様にしないとな」
「全く以てですね」
こうした話もしたのだった。日本は終わりの見えないこの戦いに恐怖すら感じだしていた。だが、だった。
東郷はその日本に今度は明るい声で言った。
「さて祖国さんいいか」
「はい、今度は何でしょうか」
「実はフランスさんから面白い料理を教えてもらった」
「面白いといいますと」
「オフランス風の肉じゃがだ」
東郷は微笑んで日本に話す。
「それを作ってみたんだがな」
「相変わらずの料理上手ですね」
「料理はいい。作っていると気分転換にもなる」
「そうですね。私もお料理は好きです」
「そのオフランス風の肉じゃが食べてみるか」
「ご一緒させて頂いて宜しいでしょうか」
「こっちもそれで誘っているからな」
東郷は飄々とした微笑みで日本に告げた。
「それじゃあな」
「はい、それでは」
日本は東郷の誘いに微笑んで応えた。そうしてだった。
実際にオフランス風の肉じゃがを食べてみた。いるのは彼等だけではなく山下達も共にいる。その中で食べると。
日本は食べた瞬間にはっとした顔になって述べた。
「これは」
「美味いな」
「はい、かなり」
「お見事です」
日本妹もこう言う。彼女も兄と共にいる。
「こうした肉じゃがもあるのですね」
「新発見ですね」
「そもそも肉じゃがは祖国さんが作ったものだけれどね」
南雲も食べながら笑顔で述べる。
「エイリスのビーフシチューから作ったんだったね」
「あの時は素材はわかったのですが調味料がわからずに」
エイリスのビーフシチューの調味料は西洋のものだ。当然と言えば当然だがそれで日本もわからなかったのだ。
「とりあえずお醤油にみりん、それとお砂糖でしたが」
「それでできたのが肉じゃがだったね」
「作ったその時はどうかと思いましたが」
「食べてみると美味かったね」
「はい、本当に」
思いも寄らぬ大発見だったのだ、日本にとっても。
「そして今はですね」
「オフランス風もできたね」
「肉じゃがも変わるのですね」
「そうだね。しかし旦那も料理が上手だね」
「男手一つで娘を育てているからな」
東郷も自分が作った肉じゃがを笑顔で食べながら応える。
「上手にもなるな」
「料理上手の男子はそれだけで高ポイントです」
小澤もいる。相変わらずの口調だ。
「司令、憎いよこの色男」
「ははは、褒めてもらって何よりだ」
「褒めてるのかよ、今ので」
田中は小澤を見ながら首を捻る。
「こいつ感情見せねえからな」
「田中さんはお寿司とお魚ですね」
「元々魚屋の息子だったからな」
「それでお寿司も」
「士官学校に入ってなかったら寿司職人になるつもりだったんだよ」
若しくは魚屋を継ぐかだったのだ。
「けれど士官学校に受かってな」
「合格させた奴の顔を見たいです」
「わしだが」
何と宇垣だった。
「試験の成績も身体能力も合格だったからな」
「だったのですか」
「うむ、それで合格としたがな」
つまり士官学校に入られる資質はあったというのだ。
「それでもな。わしもな」
「後悔されていますか」
「少し無鉄砲に過ぎる」
宇垣は田中のそうした気質は後になって知った。それで言うのだった。
「全く。問題児が増えたわ」
「問題児は他にもいるんですか」
「わしの目の前にもう一人おるわ」
宇垣は今度は東郷を見据えていた。
「全く、貴様もな」
「おやおや、私が何かしましたか?」
「今一体何人と付き合っておる」
「艦艇一隻程度でしょうか」
つまり百人位だというのだ。
「それ位ですが」
「全く。とんでもない奴だ」
「ですが誰からも恨まれていませんしトラブルも作っていません」
小澤が横からまた言う。
「そのことは確かです」
「だがな。こいつはあまりにも女好きが過ぎる」
生真面目な宇垣にはこのことがどうしても気になることだった。
「困った奴だ」
「安心してくれ外相、こいつは俺が追い越すからな」
もう一人の問題児の調子も相変わらずである。
「そして頭取ってやるぜ」
「全く。仕方のない奴等だ」
山下もいるが一人だけ陸軍の軍服である。日本兄妹も海軍の軍服だからだ。
「東郷といい田中といい」
「俺もかよ」
「そうだ。貴様も何処の暴走族だ」
「何だよ、俺のやり方に駄目出しするのかよ」
「その通りだ。貴様も提督だろうに」
今では日本帝国海軍潜水艦隊司令長官だ。階級も大将になり海軍のナンバーツーと言ってもいい立場だ。
それでも性格は変わらない、だから山下も言うのだ。
「しかも大将になったというのに」
「これが俺のやり方なんだよ」
田中は東郷の肉じゃがを口にしながら山下に返す。
「あんたに言われる筋合いはないんだよ」
「陸軍の私にか?」
「いや、あんたにだよ」
山下個人にだというのだ。
「あんたも何時か追い越すからな」
「やれるものならやってみろ。しかしだ」
山下はその田中に鋭い声で返した。
「私の域に達することは容易ではないぞ」
「おうよ、追い越す相手は速ければ速いだけ追い越しがいがあるからな」
田中は今も走り屋の調子だ。
「その時を待っていやがれ」
「全く。海軍はどうなっているのだ」
山下は今度は海軍全体について述べた。
「問題児ばかりだな」
「ははは、利古里ちゃんは真面目だな」
「貴様等が不真面目過ぎるのだ」
山下の目は今度は東郷を見据える。
「何につけてもな」
「気持ちをほぐす時はほぐしておかないとな」
「魚は頭から腐る」
山下の持論の一つだ。
「常に襟を正さなくてはならないのだ」
「うむ、陸相の言う通りだ」
宇垣も山下についてそのうえで東郷に言う。
「東郷、貴様はもう少し真面目に生きるのだ」
「おやおや、外相もですか」
「そろそろまた身を固めたらどうだ」
世話焼きの顔も見せて真摯に提案した。
「そうすれば娘さんも喜ぶぞ」
「ははは、それは遠慮します」
「やもめのままでいるのか」
「はい、そうです」
東郷もこう返す。
「そのつもりです」
「しかしだ。身を固めることはだ」
「しなければならないですね」
「うむ、海相ともなるとな」
立場というものがある、宇垣はそこまで考えているのだ。
「だからと思うが。陸相もな」
「私もですか」
話は山下にも及ぶ。山下もここで微妙な顔になる。
「そろそろどうだ」
「私はまことの日本男児でなければ」
山下は自分の理想を語りはじめた。
「伴侶としたくはありません」
「理想の日本男児か」
「間違ってもこの者達の様なのは」
東郷、それに田中もじろりと見据える。
「論外です」
「ははは、利古理ちゃんは厳しいな」
「貴様の様な輩が国家の品位を落とすのだ」
「人倫に劣ることはしていないつもりだが」
「そこまで遊んでいてよく言えるものだ」
生真面目な山下にとってはそれ自体が駄目であるのだ。
「貴様の様な破廉恥漢がな」
「まあそれ位にしてです」
小澤は話が止まらないと見て間に入った。
「肉じゃがはオフランス風もできますから」
「はい、そのことですね」
日本もここはあえて小澤の話に乗って流れを作ることにして応えた。
「他の国の感じにもできますね」
「例えばガメリカ風や中帝国風」
「面白そうですね」
「タイやベトナム、インドも」
「インドだとカレーではないのか?」
宇垣はインド風の肉じゃがと聞いてそれを連想した。
「糸こんにゃくは入るが」
「そうですね。言われてみればそうですね」
小澤もそのことを否定しない。
「それはそれでよさげですが」
「うむ、カレーはよいからな」
「ソビエト風だとボルシチです」
小澤はこの肉じゃがも話に出した。
「やはり何かが違います」
「美味そうだがな」
「イタリンですとトマトが欠かせません」
「それもよさそうだな」
宇垣もイタリンは好きなのでそれでいいとした。小澤はさらに乗ってこの国のものも話に出したのだった。
「ドクツは。本場ですね」
「そうだな。ジャガイモといえばな」
「質素な感じになると思いますがいいと思います」
「わしもそう思う。しかしドクツか」
「はい、ドクツです」
「まずいことになっているな」
宇垣は話を戦争のことに変えた。それはまさにだった。
「劣勢になったではないか」
「あのままだとモスクワも攻略できました」
小澤もそう見ていた。
「勢いで一気に」
「何だ?ソビエトの新兵器か」
宇垣はソビエト軍勝利の要因をそれに見ていた。
「あの国は昔から要塞を築くことは得意だが」
「旅順然りですね」
「セバストポリもだがな」
「モスクワにも要塞を築いたのでしょうか」
「詳しいことはまだわかっていないがどちらにしてもソビエトは勝利を収めた」
宇垣はこの事実を話した。
「つまり勝つ要因を持っていたということだ」
「あのドクツ軍をあっという間に追い返したからね」
南雲は肉じゃがをお代わりしながら述べた。
「相当なものだろうね」
「まさか大怪獣じゃねえよな」
田中は意識せず正解を言った。
「それを送り込んできたとかな」
「それはないだろう」
山下はこれまでの軍事的常識から田中に反論した。
「大怪獣を操るなぞ四国のあの巫女でもない限り無理だ」
「ああ、あの娘か」
「若しくは帝か」
富嶽のことである。
「そうそう操れる相手ではないぞ」
「ソビエトにはいねえか、そんな娘は」
「これまで聞いたことがない」
「だったらねえか、やっぱり」
「それこそクローンでもない限りな」
出来ないというのが山下の意見である。
「有り得ない」
「だよな、じゃあ何なんだろうな」
「要塞ではないのか」
山下もまたこう見ていた。
「あの連中の得意のな」
「それであろうな、やはり」
宇垣は山下のその予想に同意した。そうした話をしてだった。
彼等はあらためてドクツについてこう話した。今度は日本が言う。
「このままではですね」
「はい、ドクツが敗れる危険があります」
日本妹も応える。
「危うい状況です」
「そうですね」
「レーティア=アドルフ総統に何かあったのでしょうか」
日本妹は怪訝な顔で彼女のことを考えた。
「まさか」
「病気か怪我か」
小澤はこの可能性を指摘した。
「それで表に出られないのでしょうか」
「ああ、そういえばここ最近出て来ないねあの人」
南雲はこのことに気付いた。
「だったらやっぱり」
「過労で倒れたとか」
小澤もまた真相を何気なく言ってしまった。
「一人の人間に権限を集中させていると仕事が凄いことになりますから」
「独裁国家の特徴だな」
東郷もここで指摘した。
「権限が集中する、それは即ちだ」
「その独裁者に仕事が集まるのですね」
「その通りだ」
日本は東郷の今の言葉を聞いて考える顔で述べた。
「確かに優秀な人物なら国家は見事なまでに的確に動きますが」
「しかし若しその独裁者に何かあれば」
「それで国家は動かなくなりますね」
「そうなる。俺の予想だが」
東郷もまた予想を立てた。
「あの総統は前からオーバーワークだった。つまりだ」
「過労で倒れましたか」
「そうだと思う。つまり今のドクツは頭がない状態だ」
それではとてもだというのだ。
「勝てるものじゃない」
「だから組織的な反撃も行えていないのですね」
{確かに優れた提督達がいて装備は最高だ、しかも将兵の練度もいい」
「しかし動かすべき人がいない」
「だから今のドクツは脆い」
そうなると東郷は指摘する。
「あの総統がいれば即座に補給と整備を行い反撃に出るだろうが」
「今は明らかにそれが出来ていませんね」
「あのまま敗れる可能性は確かにある」
「アドルフ総統が戻らない限りは」
「ドクツ、いやファンシズムの弱点が露わになった
東郷もこのことは今気付いた。
「一人の人間に権限を集中させ過ぎる」
「それが躍進につながれば停滞にも直結する」
「危ういシステムだな」
「ですね。総統の一刻も早い復帰を望みますが」
「そろそろタイムリミットだ」
東郷は時間の話もした。
「これ以上表に出ないと手遅れになるな」
「戦線がですね」
「ドクツの戦略は細部に至るまで全てアドルフ総統が取り仕切ってきた」
だからこそ勝ててきたのだ。東郷は今度は日本妹に話す。
「東部戦線でもアフリカでもだ」
「これ以上遅れれば本当に」
「手遅れになってしまう」
東郷は冷静に戦局の予想を立てた。それを聞いた宇垣は焦る顔で言い出した。
「まずいな、あの方は人類史上最高の天才だ。その方を失ってはならない」
「それはその通りですが」
小澤がその宇垣に述べる。
「日本とドクツでは離れ過ぎてますから」
「助け出すことは無理か」
「祖国さんが大使館から官邸まで行くこともできますが」
「そうした状況ならもう惑星にソビエト軍なエイリス軍なりが降り立っているかと」
その日本が言う。
「私か明石大佐の忍術で総統官邸に辿り着いて行くにしても」
「大使館が若し破壊されていれば出来ませんね」
小澤は言った。
「ソビエトもそれはわかっていますから私達の大使館を攻撃してきますよ」
「幾ら何でも大使館員は犠牲にはできん」
宇垣は外相としてそれは駄目だとした。
「若し連合国軍がモスクワに迫れば大使館員達は中立国に避難させるしかない」
「スイスかリヒテンシュタインに」
「そうするしかない」
その場合はだというのだ。
「だからそれはだ」
「出来ないですね」
「うむ、大使館を使っての救出は無理だ」
「ではやはり」
「無理か、あの方をお救いするのは」
連合軍にベルリンが包囲される状況になった時点ではだ。
「出来ないな」
{最後の最後の時点までは亡命をお勧めすることすらできないですね」
日本妹は早期の行動も出来jないと述べた。
「とても」
「その時点でも。実際は絶体絶命の状況でも国を捨てる方ではない」
宇垣はそのことも的確に見抜いていた。
「難しい話だな」
「ですがそれでもですね」
「何とかしたい」
宇垣は今度は日本に述べた。
「人類の為にな」
「そうですか」
「願うなら今のうちに復帰され勝ってもらいたい」
宇垣は己の考えを切実に話した。
「ドクツの勝利を願う」
「本当にそろそろドクツが勝利を手に出来るタイムリミットです」
東郷はまたこの言葉を出した。
「遅れれば手遅れになります」
「その通りだな」
「私もドクツの勝利は願っていますが」
「こちらは何とかなりそうだしな」
太平洋側はガメリカ、中帝国への勝利を決定的なものにしていた。彼等はどうにかなってもだというのだ。
「しかし欧州で枢軸軍が敗れれば」
「それは残念なことです」
東郷もそう思っていた。戦線は当初の予想とは異なり太平洋では枢軸軍が、欧州では連合軍が有利となってきていた。
そしてその欧州戦線ではドクツ軍は劣勢のままだった。
カテーリングラードでも彼等は戦いにならず撤退に移ろうとしていた。もうソビエト軍は彼等の目の前まで来ていた。
そのソビエト軍を見てベートーベンは苦渋の決断を下した。
「撤退しかない」
「それしかないずらな」
「うむ、それしかない」
こうルーマニアに言うのだった。
「とてもではないが戦える状況ではない」
「こちらの艦隊はまだ修理も補給も不完全ですし」
ブルガリアはダメージを回復してきれていない自軍を見ていた。
「しかもソビエト軍は大軍です」
「それではだ」
「とても戦えませんね」
「ウクライナまで撤退するしかない」
「けどここで撤退したら」
ギリシアが言う。
「もう終わり」
「ソビエト軍はその数をさらに増やしてきてますよ」
ハンガリーはソビエト軍を見ていた。
「このままでは」
「百個艦隊では効かなくなるな」
「はい、それだけの相手とは戦えません」
幾らドクツ軍が精強でもだというのだ。
「数が違い過ぎます」
「その通りだ。だが」
「それでもですか」
「戦える状況ではない」
それが今のドクツ軍だった。
「補給も修理も出来ていなければだ」
「とてもですね」
「その通りだ。ここは撤退する」
こう言って実際に軍を撤退させる。だが。
ソビエト軍は追いすがる。ドクツ軍は撤退すらままらなない状況だった。
だがここで一人の男が名乗りを挙げた。彼は陽気な顔でモニターからベートーベンに対してこう言ったのである。
「俺が残るよ」
「ヒムラー隊長がか」
「俺の親衛隊は損害が少ないからさ」
だから残るというのだ。
「君達は逃げるといいよ」
「しかしそれでは」
「いいさ。俺は死なないからね」
こうベートーベンに言うのである。
「安心していいよ」
「いいのか」
「君達はウクライナまで撤退してそこで補給と修理を受けて反撃するんだ」
このカテーリングラードから撤退してだというのだ。
「そうしてくれるかな」
「貴官がそこまで言うのなら」
「俺も後から行くよ。じゃあね」
「武運長久を祈る」
ベートーベンも今はこうヒムラーに告げた。そうしてだった。
ヒムラー率いる親衛隊はソビエト軍の大軍の前に出る。その間にドクツ軍は戦線を離脱していっていた。
何も知らない新鋭隊員達は撤退する友軍を見ながら意を決していた。
「よし、やるか」
「俺達の意地を見せるか」
「総統の為、ドクツの為」
「最後の最後まで戦うぞ」
「そうするからな」
こう言ってだった。彼等は死を覚悟してソビエト軍との戦いに入った。その彼等を指揮するヒムラーの采配は見事だった。
「機雷を前にありったけ出す」
「そして足止めですね」
「そうしますか」
「そのうえで動き続けながらビーム攻撃を続ける」
それもするというのだ。
「後は側面から潜水艦で攻撃を仕掛ける。そうして」
「敵を徹底的に足止めをして」
「そうして戦うんですね」
「友軍が無事撤退するまでここに残るからな」
この状況でもヒムラーの態度は飄々としている。だがその飄々としたものは東郷のそれとは違う怪しいものがあるものだった。
「そうするよ」
「はい、では隊長」
「総統とドクツの為に戦いましょう」
隊員達は純粋にヒムラーに応えた。そして。
ヒムラーの采配通りに戦う、ソビエト軍はヒムラーの采配に翻弄され前に進めない、その間にドクツ軍の主力はカテーリングラードを脱出していた。
だが親衛隊艦隊はその間にソビエト軍に完全に囲まれてしまった。その彼等にソビエト軍の指揮官コンドラチェンコはこう告げた。
「降伏するかい?命は助けるがな」
降伏勧告だった。コンドラチェンコも今は素面だ。
その彼等に新鋭隊員達は口々に叫んだ。
「ジークハイル!」
「ハイルアドルフ!」
この叫びが彼等の最後の言葉になった。
包囲されていた親衛隊は一人残らず戦場から消えた。だがこれによりドクツ軍は何とか撤退できた。だが。
リトアニア、ロシア平原、そしてウクライナにもまともな補給と修理が出来る状況は整ってはいなかった。彼等は遂にソビエト領から撤退するしかなかった。
グレシアはその報告を総統官邸で苦々しい顔で聞いていた。そして苦渋に満ちた顔でこうスタッフ達に漏らした。
「親衛隊は全滅して」
「はい、ヒムラー隊長以下全員が戦死です」
「東部戦線に参加している新鋭隊員はいなくなりました」
「ええ、そして我が軍はソビエト領から完全に撤退したわ」
「ソビエト軍はシャイアンに迫っています」
「我が軍が集結しているその星域に」
「シャイアンを奪われたら終わりよ」
グレシアは言った。
「いえ、もうね」
「ドクツはですか」
「このまま」
「北アフリカも奪還されてナポリに迫って来ているわ」
アフリカ戦線でもそうだった。
「これではね」
「あの、総統は一体」
「本当にどうされたのですか?」
報告をする官邸にいる官僚達もいい加減そのことを言わずにはいられなくなっていた。
「まさかお身体が」
「どうかされたのですか?」
「それは」
言えない、グレシアの口が閉じられる。
だが彼等はそれでもグレシアに対して問うた。
「これはもう総統しかおられません」
「この状況を打破できるのは」
「その総統は一体」
「どうされたのですか?」
「そうね。もう言うしかないわね」
グレシアは最早隠せないと悟った。それで意を決して再び口を開いた。
真実を言おうとした、だがここで。
そのレーティアが来た。そのうえで言うのだった。
「待たせたな、諸君」
「総統!」
「来られたのでスカ!」
「少し眠っていた」
過労で倒れたことを自ら認める。
「済まない。本当に」
「レーティア、貴女は」
「グレシア、心配をかけたな」
レーティアは申し訳ない顔のグレシアを攻めなかった。それどころかsの彼女に対してこ告げたのだった。
「私はいない間よく頑張ってくれた」
「いえ、私は」
「これからは私がやらせてもらう」
ドクツの全てをだというのだ。
「心配は無用だ」
「何とかできるのね」
「してみせる」
これがレーティアの返答だった。
「私がな」
「じゃあいいわね、これからは」
「ああ、やらせてくれ」
こうしてレーティアは復帰した。だが。
最早戦局はどうしようもなくなっていた。ソビエト軍はその圧倒的な数でドクツ軍、そしてドクツ本土に迫っていた。
その頃戦死した筈の男は悠然と銀河を旅していた。その彼に周りの者達が影の様に寄り添いながら言っていた。
「それでは今よりですね」
「北欧にですね」
「ああ、向かうよ」
そうするとだ。その彼ヒムラーは悠然と彼の真の側近達に答える。
銀河には今は何もない。彼等はその誰も何もおらずない銀河を進んでいる。
その中で彼はこう言ったのである。
「そしてそこでサラマンダーを出して」
「同志達もいます」
「あの兵達も」
「親衛隊も残っていたね」
彼等は最後だった。
「まあ。生き残っている面子はそのままだね」
「使いますか」
「何も知らせないまま」
「俺はカテーリングラードで友軍を救う為に盾になった」
ヒムラーは今度は彼の表の記録を話しだした。
「そして奇跡的jに生き残っていて」
「北欧に戻って再起をされた」
「ドクツを救う為に」
「そうなるんだよ」
シナリオとしてはそうなるというのだ。
「それでいいね」
「万全ですね」
「それでいいかと」
側近達もそれでいいと答える。
「教皇はドクツを救った救世主として凱旋し」
「見事国に戻られるのですね」
「その時にレーティア=アドルフはいるかな」
ヒムラーはそれはどうでもいいという感じだった。そうした言葉だった。
「いたら操るよ」
「自分を救った側近として傍に入り」
「そうしてですね」
「そこからドーラ教を国教にさせよう」
ヒムラーの口からこの教団の名前が出た。
「あの娘も引き込んでね」
「そしてやがてはこの人類社会全てを」
「ドーラ様の下に」
「いなくなっていたらその時はより簡単だよ」
やはりレーティアのことはどうでもいい、道具の一つとみなしている。
ヒムラーは飄々と、妖しいものを多分に含んだその物腰のままで自身の真の側近達に対してさらに話した。
「俺が救世主としてドクツに戻り」
「そのうえで、ですね」
「ドクツ第三帝国の第二代総統になられるのですね」
「あの機械の兵士とサラマンダー、それに」
手袋を脱いだ、露わになった甲には青い石がある。
ヒムラーはその石を笑みで見ながらこう言う。
「俺にはこれがあるからね。カテーリン書記長と交渉しても」
「ドクツは守れますね」
「国土は」
「守るさ。そしてとりあえずはソビエトと同盟を結び」
そのうえでだというのだ。
「独ソ同盟でやっていこうか」
「エイリスはどうされますか」
「あの国は」
「ああ、俺はアシカ作戦には興味がないんだ」
つまりエイリスには、というのだ。
「どっちにしてもドーラ様の下で統一されるんだしね」
「ではエイリスには敵対行動を取らない」
「そうするのですね」
「そうするよ。まあ三国同盟かな」
ドクツ、ソビエト、そしてエイリスである。
「イタリンもあるから四国だね」
「太平洋は最早趨勢がはっきりしました」
「あちらも四国ですね」
「オフランスが向こうにいったからね」
ヒムラーはこの国についても特に思い入れのない感じである。
「まあそうなるね」
「そうですね、それでは」
「向こうは太平洋の三国にオフランスですね」
「その四国ですね」
「あっちは他にも色々な国があるけれどね」
タイやインドのことも一応頭に入れているヒムラーだった。だがやはりその言葉も語る表情も思い入れのない感じである。
「主要なのはその四国」
「日本、ガメリカ、中帝国、そしてオフランス」
「その四国ですね」
「まあ。こっちには切り札があるんだ」
ヒムラーの余裕の源はそれだった。だからこそ今言うのだった。
「落ち着いていこう」
「サラマンダーに機械の兵達」
「そして教皇の石ですね」
「あの娘のドクツの技術も手に入るし」
ヒムラーは彼女の技術も戦略に入れていた。
「そこから。ノイマン研究所にあったデータから」
「機械の大怪獣ですね」
「あれを実用化されますか」
「あれはいいね。どっちにしても最後はソビエトとも戦うし」
同盟は一時的なものだった、やがては戦うというのだ。
「あれも実用化するよ」
「はい、それではですね」
「今は」
「北欧に向かい機械の兵達、サラマンダーを手に入れよう」
ヒムラーは側近達に告げた。
「密かにね」
「ジークハイル」
「ハイルヒムラー」
ドクツの敬礼だがその対象が違っていた。配送を続けるドクツの中で不気味な影が蠢きだしていた。そしてその影は表に出ようとしていた。
TURN69 完
2012・11・17
ほのぼのとした食事風景ではなく。
美姫 「ちゃっかりと作戦会議めいた事をしてたわね」
内容は結構シリアスだったか。
美姫 「それでも、ある程度の余裕がある日本に対して……」
ドクツはやっとレーティアが復活したのは良かったけれど。
美姫 「相当に追い込まれて巻き返しは難しそうよね」
おまけにヒムラーがとうとう動き始めたしな。
美姫 「一体どうなっていくのかしら」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」