『ヘタリア大帝国』
TURN67 ドクツ軍壊走
ドクツ軍は東部戦線においても快進撃を続けていた。宇垣はその彼等について小躍りせんばかりにこう東郷達に言っていた。
「素晴らしい進撃だな」
「確かに凄いですね」
山下は冷静な口調でその宇垣に返した。
「おそらくこのままでは」
「モスクワを攻略できるな」
「不可能ではありません」
山下はあえて抑えて宇垣に答える。
「ですが外相」
「はしゃぎ過ぎだというのか、わしは」
「ご自身でわかっておられるのならいいのですが」
山下はそれならとまた山下に答えた。
「しかしそれでもです」
「ドクツ軍は勝つか」
「それこそ急に大怪獣でも出ない限りは」
山下は富嶽やエアザウナを念頭に置き言った。
「大丈夫でしょう」
「あの辺りに大怪獣はいない」
「とりあえずわかっている限りは」
「ならまず大丈夫だな」
「実際に私もそう思っています」
「しかしか」
「希望的観測は危険です」
山下が今懸念しているのはこれだった。
「そこから戦略を立てることは」
「そうだな。だがその為にだ」
「我々は太平洋を掌握しなければなりません」
こう宇垣に強く言う。
「ガメリカとの戦いは今のところ順調ですし」
「そちらは予想以上に上手くいっているな」
宇垣はここでやっと東郷も見た。これまでは山下との話に専念して彼との話はしてはいなかったのである。
だが今は東郷にこう言うのだった。
「貴様も頑張ってくれているな」
「正直一戦ごとに薄氷を踏む思いですがね」
東郷は表情自体はいつもの飄々としたものだ。
だがここで現実をあえて言ったのだった。
「作戦が少しでも乱れれば」
「それで終わりか」
「ガメリカとの国力差まだ大きいです。とりあえずは」
「USJを陥落させなければか」
「こちらが有利に立ったとは言えませんね」
「ではそちらは頼む」
宇垣の艦隊はインド洋方面にいる。だからガメリカ戦には向かえないのだ。
だから今はこう言ったのである。
「何としても勝ってくれ」
「ドクツとソビエトの戦いが終わるまでにカタをつけたいですね」
つまり短期決戦で終わらせるというのだ。
「そうしますから」
「それではな」
太平洋軍はドクツとソビエトの戦いを見ながら太平洋で戦っていた。そしてエルミーは毎日夜になれば身体を清めてからベッドで連絡を取った。だが。
モニターに出るのはグレシアだった。エルミーは怪訝な顔でそのグレシアに尋ねた。
「あの、総統は」
「今は一人で考えてるのよ」
「これからのことをですか」
「そう。だから人前には出られなくてね」
グレシアは必死に演技をしながらエルミーに話す。
「私が代理でお話させてもらうわ」
「わかりました。それでは」
「それでそちらの状況はどうかしら」
「予想以上です」
太平洋軍の進撃はだというのだ。
「アラスカも掌握しゲイツランドに軍を向けています」
「あの星域ね」
「今そこに向かっています」
「ではゲイツランドの後は」
「USJになります」
ドクツ側でもこの星域の重要性はよく認識されている。ガメリカ西部の最重要星域であるのだ。
そこを陥落させればというのだ。
「そうなればいよいよ」
「そうね。私も予想していなかったけれど」
グレシアもだった。このことは。
「日本はガメリカに勝てるわ」
「それが見えてきました」
こう話す二人だった。そして。
エルミーは切実な顔になりこうグレシアに言った。
「あの、総統ですが」
「伝えて欲しいことがあるのね」
「はい、お一人でお考えになられることも必要ですが」
「それでもなのね」
「くれぐれもお身体には気をつけて下さい」
レーティアのことを心から気遣っての言葉だった。
「このことをお伝え下さい」
「わかったわ。デーニッツ提督、貴女は」
「私は」
「優しいわね。そしてレーティアを愛してくれているのね」
「私はドクツ人です」
エルミーはレーティアを心から敬愛する理由を自分がドクツ人であるからだと答えた。それも熱さのある声で。
「ドクツ人ならです」
「レーティアを愛することは当然ね」
「総統はドクツを救って下さいました」
二年前に世に出てそしてだった。
「そして今ドクツを羽ばたかせて下さっています」
「それ故にね」
「ドクツ人は総統を敬愛します」
こう熱い声でグレシアに答える。
「それは当然のことです」
「そうね。貴女の様な人がいてくれるからレーティアは頑張れのね」
グレシアは今このことも実感した。
「自分を愛してくれる者達がいるから」
「私達の様な者がですか」
「そうよ。人は自分を愛してくれる人の為に戦うわ」
ここではあえて戦いと言う。
「そういうものだからね」
「だから総統は」
「安心して。レーティアは」
グレシアは気付かないうちに微かに漏らした。
だがエルミーはそれに気付かず言ったのだった。
「ドクツを救うわ」
「それでは総統にお伝え下さい」
「そうさせてもらうわ」
二人で話す。そしてだった。
エルミーは今はグレシアと別れた。グレシアは電源を切り暗くなった自身のパソコンのモニターを見ながらこう呟いた。
「レーティア、彼女達の為にも早く戻って来てね」
過労で倒れたレーティアのことを思ったのだった。彼女の一刻も早い復帰はグレシアも心から願っていた。
ドクツ軍の進撃は続く。中央軍集団はスモレンスクを手に入れた。
ドイツは占領した星域においてこうオーストリアに言っていた。
「あと少しだ」
「モスクワですね」
「モスクワを手に入れれば戦いは終わるか」
「若しくはですね」
「ソビエトがまだ抗戦してもかなり有利に立てる」
首都はその国の政治だけでなく経済、交通の心臓部だからだ。
「だからこそだ」
「モスクワを手に入れますか」
「そうする。モスクワだ」
とにかくこの星域だった。
「すぐにあの星域を目指すが」
「ここに来て補給が妙に遅れていますね」
「それが気になるところだ」
中央でもだった。ドクツはこのことをオーストリアに述べたのだ。
「今は二日遅れだ」
「本来なら二日程度の遅れはどうということはないが」
「これまで遅れたことはありませんでしたし」
「届く物資も何かな」
こう言うのだった。
「間違えているものがたまにある」
「やはり僅かですが」
「後方でミスがあるのか」
ドイツは補給の不備が見えてきたことに違和感を感じだしていた。だがレーティアに何があったかは考えなかった。
それで彼はこう言うのだった。
「総統に直接話すか」
「そうされるのですか」
「気になる。何がある」
また言う彼だった。
「後方で」
「我々の書類の不備は」
「何度もチェックした」
物資の種類も物資の到着の日付も何もかもをだ。だが、なのだ。
「しかし遅れ間違いがあるのはだ」
「流石にないですね」
「イタリンならともかくだ」
レーティアが率いるドクツに鍵ってだというのだ。
「有り得ない。だからだ」
「ではすぐにですね」
「後方に行きたい」
ドイツはまた言った。
「そして総統を話をしたいが」
「ですが今は」
オーストリアはここでそのドイツに言った。
「そうした状況ではありません」
「それどころではないな」
「はい、いよいよモスクワ攻略です」
この戦いの最大の正念場である。
「それがありますので」
「後方には戻れないな」
「とても。何につけてもモスクワ戦の後です」
オーストリアはモスクワを攻略できる、それも確実にという見方から述べた。
「それからですね」
「やはりそうか」
「とにかくまずはモスクワです」
この星域攻略につきた。
「後方で総統にお会いするのも」
「わかった。ではだ」
「モスクワに向かう用意をしましょう」
オーストリアは丁寧な口調でドイツに述べた。
「今は」
「そうだな」
ドイツはオーストリアの言葉に頷きそのうえで彼もモスクワに進む準備に入った、ドクツ軍は今は戦いに専念していた。
モスクワにはソビエト軍の主力が集結していた。それを率いるのはジューコフである。
そのジューコフにウクライナが不安そうに尋ねた。
「あの、提督」
「何でしょうか」
ジューコフはその隻眼をウクライナに向けて応えた。
「不安がありますか」
「はい、少し」
「ご安心下さい」
ジューコフはウクライナが何を言いたいか察してこう返した。
「ドクツに勝ちます」
「勝ちますよね」
「必ず」
それが出来るというのだ。
「もっと言えば勝たねばなりません」
「絶対にですね」
「そうです。何があろうとも」
こうウクライナに言うのだった。
「私は命に賭けてソビエトに勝利をもたらします」
「ソビエト人だからですか?」
「そして軍人だからです」
これがジューコフの決意の元だった。
「だからです」
「軍人だからですか」
「軍人の務めは戦いに勝つことです」
確信と共に言う。
「何があろうともです」
「だからこそですか」
「ここで負ければソビエトの命運は決します」
まだ戦うにしてもだ。
「ですから何としても」
「じゃあ私もまた」
「ご協力をお願いします」
ウクライナに対して礼儀正しく述べる。
「そして勝ちましょう」
「はい、それじゃあ」
「勝ちます」
ベラルーシも出て来て言う。
「この戦いは」
「ベラルーシちゃんも来たのね」
「私の星域はドクツに占領されたわ」
このことはウクライナと同じだ。
「けれどそれでも」
「ここにまで来られたから」
「戦うわ」
淡々とだが確かな決意を姉に告げる。
「そして勝つわ」
「そうね、勝つと思わないと」
「戦争は勝てません」
ジューコフはまたウクライナに告げた。
「そういうものです」
「弱気は禁物よね」
「そうよ、姉さん」
ベラルーシは俯いていた姉にこうも告げた。
「このモスクワで勝って」
「そのうえで」
「ベルリンを逆に陥落させるわ」
ベラルーシはここまで言った。
「そうするわ」
「その通りです。逆にベルリンまで進みます」
ジューコフモベラルーシの言葉に頷く。
「是非共」
「敵の首都にまで」
「そうです、進みます」
また言うジューコフだった。
「このモスクワでの戦いに勝ち」
「そうね。じゃあ」
ウクライナも顔を上げた。彼女も何とか戦いに気を向けられる様にはなった。
ロシア兄妹もクレムリンを出る。その二人をゲーペが出迎えてこう告げた。
「ご武運を」
「うん、ゲーペさんも出撃するんだね」
「そうされるのですね」
「はい」
ゲーペは二人に小さく頷いて答えた。
「そのつもりです」
「そう。それじゃあね」
「共に港に行きましょう」
「その為にお迎えに参りました」
それで来たというのだ。
「ここに」
「有り難う。じゃあね」
「行きましょう」
「この戦いにはあれを出しますので」
ゲーペは首都での攻防がはじまる中でもいつもの表情だ。氷と言うべきその顔でこうロシア兄妹に述べた。
「必ず勝てます」
「それにジューコフ元帥もいるしね」
「しかもスノーさんも」
「そうです。我が軍に敗北はありません」
ゲーペは冷徹な声でさらに述べる。
「あるのは勝利だけです」
「この戦いで勝てばね」
ロシアはゲーペにこう返した。
「ドクツ軍に壊滅的なダメージを与えられれば」
「ドクツ軍の弱点ははっきりしています」
このことはもうソビエト側もわかっていた。その弱点はというと。
「予備戦力がありません」
「確かに物凄く強いけれどね」
「しかし予備戦力がありません」
このことがドクツ軍の弱点なのだ。
「若し今前線にいる戦力が壊滅すれば」
「もう戦える戦力はないね」
「我がソビエトはその点は違います」
そもそもの人口、国力が違う、伊達に人類で最も多くの星域を持っているわけではないのだ。
「ですから」
「あれがどうしてくれるかだね」
「その通りです。では」
「勝つ為に出よう」
「前線に」
ロシア兄妹はすぐに港に出てそしてだった。
ソビエト軍はモスクワ前に大軍を展開しドクツ軍を待ち受けた。ドクツ軍はその彼等の前に今姿を現した。
銀河に吹雪が荒れ狂っている。しかしドクツ軍はその吹雪をものとはしていない、やはり防寒艦の存在は大きい。
そのドクツ軍を率いるのはマンシュタインだ。その彼にオランダとベルギーがモニターからこう言ってきた。
「ここで勝てば」
「相当大きいで」
「わかっています」
マンシュタインはオランダ達にも謹厳な態度である。
「勝ちましょう。ですが」
「ですが?何や」
「何かあるんかいな」
「順調過ぎますな」
マンシュタインが懸念するのはこのことだった。
「そしてソビエトには何かがある様です」
「?そういえばあれ何や?」
ベルギーはソビエト軍の中にいるものに気付いた。
「黒うて巨大な長方形のは」
「そういえばおんで」
オランダも言う。
「あれはソビエトの新造戦艦か」
「それやろか」
「若しくは新兵器か」
マンシュタインもそれを見て言う。
「まさか」
「ではどうする?」
「あれを先に叩くんやな」
「いや、予定通りです」
マンシュタインはそれを集中的に叩こうとはしなかった。
「予定通り攻めましょう」
「予定通りソビエト軍を攻めるか」
「そうするんやな」
「そうです」
オランダ兄妹に答える。
「では行きましょう」
「了解です」
今度はハンガリーがマンシュタインに応える。
「では今から全軍で」
「攻撃を開始します」
まずはソビエト軍の射程外から一斉攻撃に入ろうとする、だがここでソビエト軍を率いるジューコフは難しい顔でこう言った。
「不確実だが」
「ですがそれでもです」
ゲーペはソビエトが誇る名将に対しても同じ態度だ。やはり氷の様である。
「データでは結果が出ています」
「ではそのデータに従い」
「攻撃を仕掛けます」
「この距離でも届くのか」
「データでは」
ここでもデータだった。
「充分に。しかもです」
「広範囲だな」
「一個艦隊だけには留まりませんので」
「だからこそここでも使うか」
「全てはソビエトの為に」
カテーリン達のこの考えも出た。
「まさに切り札です」
「その切り札を切ったか」
「それが今です」
「わかった」
ジューコフはゲーペに冷静そのものの声で答えた。
「それではだ」
「ええ、あれのコントロールは任せて下さい」
今度はコンドラチェンコが出て来た。流石に今は飲んでいない。
「いけてますよ」
「ではそちらは頼む」
「一歩間違えるとこっちにも来ますからね」
「そこが人間とは違う」
そして人間が操る艦隊とはというのだ。
「だからこそ余計に頼む」
「わかってますよ。この戦いに全てがかかってますからね」
「全ては国家の為だ」
ジューコフはソビエトとは言わなかった。
「コントロールは任せる」
「それじゃあですね」
コンドラチェンコは自身が率いる艦隊の横にいるそれを見た。その顔は普段のものとは全く違ったものだった。
その顔でこう自身の部下達に言った。
「いいか、本当に一歩間違えたらな」
「ええ、俺達の方がですよね」
「巻き込まれて」
「死ぬからな」
この言葉は本気だった。
「いいな、注意しろよ」
「はい、わかってます」
「その辺りは」
「ドクツ軍に向けさせるんだ、こいつの攻撃は」
「このニガヨモギの」
「それを」
「何処から来たかわからないけれどな」
このことはコンドラチェンコも知らない。
「シベリアかららしいがな」
「あそこからですか」
「引っ張って来たんですか」
「らしいな」
彼はこう言われていた。真実を知っているのはカテーリン達僅かな者達だけだ。
「どうやら」
「ですか、シベリアは色々な生き物がいますからね」
「星の中でも」
「熊とかクズリとかムースとかな」
マンモスもいる。
「湖にはアザラシもいるだろ」
「はい、淡水性のアザラシですね」
「確かにいますね」
部下達はコンドラチェンコの話に頷いて答える。
「そういうのもいますね」
「確かに」
「だからだろうな」
コンドラチェンコはモニターに映るそれを見続けている。
「こういうのもな」
「いてそして手なずけて」
「こっちに持って来たんですね」
「あの博士確かに凄い人だからな」
ロリコフである。ソビエトではかなりの有名人だ。
「変態だけれどな」
「まあ。科学者としては天才ですよね」
「そのことは確かですよね」
「あの人がちゃんとしてくれたからな」
だからコントロールが出来るというのだ。
「ここで使うぞ」
「はい、それでは」
「今からですね」
「総攻撃だ」
自身の艦隊に向けた言葉ではなかった。
それを見てこう告げたのだ。
「ニガヨモギの力、放つからな」
「了解です」
「では」
こうしてその大怪獣、ニガヨモギに人間達の考えが伝えられた。そしてだった。
大怪獣の単眼が光そこから光が放たれた。その光は。
ドクツ軍に一直線に向かい一気に横薙ぎした、すると。
その光で断ち切られたドクツ軍から次々に爆発し炎となって消えていった。ドクツ軍は今はじめて壊滅的なダメージを受けた。
「な、何だ今のは!?」
「ソビエト軍の攻撃か!?」
「しかし今のはそれでも」
「人間の兵器の攻撃か!?」
「マジノ線、いやそれ以上だ」
「軍全体がやられたぞ!」
「損害はどうなっている!?」
マンシュタインの乗るアドルフも中破となっている、だが何とか健在でそれでこう艦橋の部下達に問うたのだ。
「一体」
「アドルフ号自体は大丈夫です」
まずは艦のことが報告される。
「中破、副砲を一つやられました」
「ですが損害はそれだけです」
「他は特に何も」
「わかった。では軍はどうか」
「壊滅しました」
こちらは無事ではなかった。
「三割が撃沈、そして軍二割がダメージを受けています」
「半分がやられました」
「それだけが」
「・・・・・・痛いな」
表情は変わらない。しかし声は深刻なものだった。
「これは」
「しかもソビエト軍が来ています」
「今ここで」
ソビエト軍にとってはまさにここで、だった。
ドクツ軍を叩く好機だ。ダメージを受けた彼等に今まさに迫る。
それで彼等は今動いた。早速攻撃に入ろうとする。
それを見たドイツ妹は即座に兄に言った。
「兄さん、これは」
「うむ、まずいな」
「全軍の戦力は半減して」
「そしてここでソビエト軍が来た」
「しかもあの大怪獣はまだいる」
まだいる、それ自体が問題だった。
「またあの攻撃が来るな」
「どうやら動きは鈍いみたいだけれど」
そもそも大怪獣は巨大であるが故に移動は鈍いのだ。エアザウナがどうして神出鬼没なのかは一切不明のままだが。
「それでもモスクワにいるから」
「容易には攻められない」
「ここはどうすべきかしら」
「マンシュタイン元帥に問おう」
軍を指揮する彼にだというのだ。
「そうしよう」
「わかったわ。それじゃあ」
こうして二人はすぐにモニターからマンシュタインに今どうするのか問うた。もうソビエト軍は目の前まで来ていた。
一刻の猶予もなかった。だから問いも真剣だった。
「ここはどうする」
「今の戦力ではモスクワ攻略はおろかソビエト軍に壊滅させられるだけです」
「敗れれば後はないが」
「どうしますか?」
「撤退です」
これがマンシュタインの決断だった。
「それしかありません。このままでは全滅するだけです」
「わかった。それではだ」
「今から全軍で」
「一旦態勢を立て直します」
そうしなければどうしようもなかった。
「そうします」
「よし、それではだ」
「今からスモレンスクまで」
ドイツ兄妹はマンシュタインの言葉に頷いた。そして他の国家達もだった。
彼等はモスクワから撤退した。マンシュタインの指揮により撤退は速やかでかつ組織的に行われた。攻撃は受けながらも何とかスモレンスクまで撤退できた。
だがモスクワは取れず軍も壊滅状態に陥った。ソビエト軍の鮮やかな勝利だった。
カテーリンはそれを見てすぐに全軍に命じた。
「追撃です。レニングラード、カザフにも援軍を送ります」
「そしてなのね」
「うん、一気に追い出すから」
カテーリンはミーシャにも答える。
「ソビエトからね」
「これで大分違うよね」
「ドクツ軍の主力は叩いたからね」
まさにニガヨモギのその一撃でだ。
「だからね」
「わかったよ。それじゃあね」
「シベリアから持って来た戦力も全部使うから」
そのうえでドクツ軍に反撃を仕掛けるというのだ。
「そうするよ」
「わかりました」
ゲーペもカテーリンに応える。
「では今から」
「ソビエトは強いんだから!」
カテーリンは妙に意地を張って言い切った。
「そして共有主義は負けないから!」
「それじゃあ今からね」
「スモレンスクに向かいます」
ロシア兄妹もこうカテーリンに述べる。
「そして奪還するからね」
「他の星域も」
「ロシア平原を解放したらそれからは」
カテーリンはさらに言う。
「ドクツに入るからね」
「ベルリン攻略だよね」
「ソビエト軍の全軍で進みます」
その圧倒的な数を使うというのだ。
「押し切るつもりでいくんだから」
「カテーリンちゃんって時々強引だよね」
ミーシャがまた突っ込みを入れる。
「押し切ったりとかするよね」
「数は力よ」
実にロシア的な考えである。
「祖国君に教えてもらったの」
「そうだよ。数って強いんだよ」
ロシアもそれをその通りだと言う。
「というか数を使わないと負けるからね」
「だからよ」
それでだというのだ。
「ここでも数を使って一気に行くんだから」
「シベリア方面軍は全てモスクワにいます」
ゲーペも述べる。
「それをレニングラード、カザフにも送り」
「そして中央もね」
「我が軍はドクツ軍の六倍です」
ゲーペはソビエト軍の規模も述べた。
「後は補給ですが」
「皆の生活物資は極限まで切り詰めます」
無論カテーリン達のものもだ。
「給食も。とにかく物資は軍に優先させて」
「そしてですね」
「補給は進めるから」
カテーリンはそもそも贅沢が嫌いなのでそれでもよかった。しかし国民に忍耐を強いることに思うことはそれ故になかった。
だから今もこう言うのだった。
「勝つまでは我慢するわ!」
「わかったよ、カテーリンちゃん」
ミーシャも贅沢が嫌いなので。それでよかった。こうして補給のことも決まった。
ソビエト軍は一斉攻撃に移った。そして。
レニングラード、カザフを攻めようとしていたドクツ軍も撃退された。そのまま一気に押し切られだした。その中で。
報告を聞くグレシアは難しい顔で述べた。
「まずいわね」
「はい、非常に」
「事態が一変しました」
「このままでは押し切られてしまいます」
「ソビエト領から追い出されてしまいます」
「手に余るわ」
グレシアは書類の山に必死でサインをしながら述べた。
「正直なところね」
「あの、総統はまだですか」
「まだ復帰されないのですか」
「もう少し待って」
レーティアが倒れていることは言えない、だから言うのだった。
「あの娘も戻って来るから」
「ですか。それでは」
「お待ちしています」
「あの娘が戻れば自体は好転するわ」
彼女が的確な判断を下すからである。
「それまでの我慢よ」
「わかりました。ですがスモレンスクとエストニア、カフカスもこのままでは」
「敵に奪い返されます」
この危惧も充分にあった。中央軍集団だけでなく北方、南方の各軍集団もかなりのダメージを受けたからだ。
それで彼等も危惧してグレシアに言うのだ。
「事態は一刻を争います」
「このままでは手遅れにもなります」
「ええ、レーティアが戻ってもそうなったら」
手遅れになってはだ。
「終わりだからね」
「何とか手を打ちましょう」
「本当に」
レーティアがいないドクツはこの状況に為す術がなくなっていた。エルミーとの定期報告においてもである。
心配するエルミーにグレシアが言うのだった。
「大丈夫よ、今もね」
「総統閣下がおられればですね」
「確かに我が軍はモスクワを陥落させられなかったわ」
しかも軍は壊走したというのだ。
「けれどそれでもね」
「ドクツは大丈夫ですか」
「レーティアがいるのよ。大丈夫よ」
やはりここでも彼女だった。
「だからね」
「そうですね。それでは」
「ドクツは必ずソビエトを倒し」
そしてだった。
「欧州の覇権を手に入れるわ」
「そうですね。では」
「もう少ししたらレーティアも戻って来るから」
彼女の過労は何とか隠す。そしてだった。
エルミーに対してもこう言うのだった。
「待っていてね」
「わかりました。それでは」
「太平洋は順調だけれど」
ドクツ側も想像しなかったまでにだ。
「こちらもレーティアがいればね」
「では吉報をお待ちしています」
エルミーはレーティアに会いたかった。このことを心から願い太平洋で戦っていた、彼女はレーティアを心から心配していた。
だがヒムラーはこの戦局でも平気な顔だ。カフカスにソビエトの大軍が迫ってきており自軍は壊滅状態でもだった。
平気な顔で己の秘密の腹心達にこう述べていた。
「予想通りにはいかなくともね」
「それでもですね」
「結果が大事ですね」
「何事も結果が全てだよ」
こぷ言うのだった。
「そう、結果がね」
「我々がドクツを支配する」
「そのことがですね」
「如何にも。まあドクツが負けてもいいんだよ」
ヒムラー達にとってはだというのだ。
「大事なのはあくまで」
「ドーラ教ですね」
「それですね」
「俺はドクツ人である以前にドーラ教徒なんだよ」
それが今の彼だというのだ。
「だからドクツが勝つとか負けるよりも」
「ドーラ教をどう広めるか」
「それが我等の目的と関心ですから」
「ドクツが負けても構わない」
「そういうことですね」
「そうそう。俺はドクツとかどうでもいいんだよ」
またこう言うヒムラーだった。
「勝つには越したことがないけれど」
「その方がドクツを乗っ取りやすいですからね」
側近の一人が言った。
「ですから」
「あの娘を篭絡すればいいだけれだからね」
ヒムラーもロンメルと同じくレーティアをあの娘と呼んだ。だがそこには敬愛の念はなく軽く見ているだけだった。
「それだけだからね」
「そうですね。総統を篭絡すれば終わりです」
「ドクツが勝利した場合は」
「モスクワを陥落できたら勝てたけれど」
ヒムラーも確かな戦略眼がある、だから言えた。
「もうドクツは勝てないね」
「このままずるずるとですか」
「敗れていきますか」
「戦争ってのは勢いも大事なんだよ」
伊達に士官学校にいた訳ではない。ヒムラーは戦局も見られた。
それで今もこう側近達に話していくのだ。
「流れってやつだね」
「しかも総統は過労で倒れています」
グレシアしか知らない筈のことも彼等はどういう訳か知っていた。
「総司令官不在です」
「実際今の状況でもあの娘がいればドクツは勝てるさ」
ヒムラーはまた言った。
「今の状況ならあの娘の力なら挽回できる」
「即座に軍を立てなおしあの大怪獣のことも調べて、ですね」
「リベンジを果たしますね」
「それが出来るよ、あの娘ならね」
レーティアの巨大な資質はヒムラーも見極めている、とはいっても認めているのはそういったものだけである。
「けれど倒れているのなら」
「どうにもならない」
「そうですね」
「そう、ドクツはこのまま崩れていくよ」
まさにそうなると再び言うヒムラーだった。
「ベルリンも陥落だね」
「そして我々はどうするか」
「それが問題ですが」
「カテーリングラード辺りで一旦消えよう」
ヒムラーは軽くこう答えた。
「全てはそれからだよ」
「ガメリカからあの人造人間のデータは手に入れました」
「既に北欧で開発中です」
部下達はヒムラーにこのことも述べた。
「それにサラマンダーもあります」
「一旦北欧に消えますか」
「そしてベルリンが陥落すれば」
まさにその時はだというのだ。
「出るよ。ただ」
「ただ?」
「ただといいますと」
「あの娘の開発した、そしてしている兵器のデータはあらかた手に入れたけれど」
だが、だというのだ。
「一つだけ手に入ってないね」
「そうですね。爆弾も」
「それは」
「まあ。ドーラ砲のデータも入ったし人造人間部隊とサラマンダーがある」
この二つがあるというのだ。
「それを出して俺の力があれば」
ヒムラーは手袋を脱いだ。その手の甲には青い宝石がある。
その宝石を見て摩りなが奇妙な微笑を浮かべて述べた。
「ドクツはそのまま健在だよ」
「カテーリン書記長相手にもドクツをそのまま戻せますね」
「ドーラ様より頂いたそれなら」
「ああ、大丈夫さ」
ヒムラーは今度は軽い笑みを浮かべた。
「じゃあ何も知らない面々を盾にして消えよう」
「カテーリングラードにおいて」
「そうしましょう」
側近達も応える。ヒムラーは再び手袋をはめてその手にあるものを隠した。敗走をはじめたドクツ軍を見て彼等だけが笑っていた。
TURN67 完
2012・11・13
ドクツ、遂に敗走か。
美姫 「レーティアの過労に加えて大怪獣だものね」
どのタイミングでレーティアが戻るか、だな。
美姫 「取り返しが付く間なら良いけれどね」
あまり時間も残されていないか。
美姫 「ヒムラーたちはもう消える前提で動いているみたいだしね」
まあ、戦力的に多くはなくてもこの状況ではこれもまた痛手になり得るしな。
美姫 「ドクツは何処まで持ちこたえられるかしらね」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」