『ヘタリア大帝国』




                TURN65  快進撃

 ドクツ軍はソビエトとの国境を瞬く間に突破した。その国境を防衛していたソ連軍にマンシュタイン率いる戦艦達が一斉に攻撃を浴びせる。
「撃て!」
「撃て!」
 マンシュタインの命令が復唱されビームの帯が無数の光の矢となり急襲に戸惑うソビエト軍の艦艇を貫いていく。
 ソビエト軍の艦艇は次々と炎と変わっていく。マンシュタインはそれを見て言う。
「国境の艦隊を撃破したならばだ」
「はい、その時はですね」
「進撃ですね」
「ロシア平原を占領する」
 ソビエトの入り口であるこの星域をだというのだ。
「広大だが一気に突破してだ」
「次はスモレンスク」
「あの地ですね」
「ソビエト軍は多く強大だ」
 マンシュタインは決して彼等を侮ってはいなかった。
「だがそれでもだ」
「我等は勝てますね」
「間違いなく」
「そうだ。総統閣下が立てられた作戦だ」
 それならばだというのだ。彼等が絶対の忠誠を誓うレーティア=アドルフの立てた作戦ならばだというのだ。
「間違いなく成功する」
「そうですね。あの方の作戦なら」
「何の問題もありません」
「ドクツはあの方さえおられればな」
 マンシュタインも絶対の確信をそこに持っていた。
「何の心配もいらない」
「まさに神が我々に与えて下さった英雄ですね」
「それ以外の何者でおありませんね」
「ファンシズムは我々を救った」
 マンシュタインは次々に撃破されていくソビエト軍を見据えながら述べる。
「あの方さえご健在ならこの作戦も成功する」
「はい、それでは」
「その総統閣下の為に」
「全軍攻撃を続けよ」
 マンシュタインはあらためて全軍に告げた。
「そして敵を討つ」
「ジークハイル!」
「ハイルアドルフ!」
 この言葉も出る。そしてだった。
 ロシア平原のソビエト軍はあっさりと蹴散らされロシア平原はドクツ軍の手に落ちた。それはリトアニア、そしてウクライナでもだった。
「つ、強い!」
「何これ!?」
 リトアニアとウクライナはそれぞれの場所で攻め寄せて来るドクツ軍の総攻撃を目の前にして愕然となっていた。
「これだけの強さなんて」
「想像以上よ」
「まずい、このままだと」
「ウクライナも失われるわ!」
「進め!」
 トリエステはそのリトアニアで陣頭指揮を執っていた。
「我々に休んでいる暇はない!リトアニアの次はだ!」
「ラトビアだっぺな」
「あの星域ですね」
「そうだ、そこを攻め取る」
 率いるデンマークとフィンランドに対して答える。トリエステが率いているのは北欧の面々だ。勿論スウェーデン達もいる。
「そして我々の戦略目標は」
「レニングラード」
 ノルウェーがぽつりと呟いた。
「あの星域」
「かつてはロシア帝国の帝都だった」
 つまり二年前までは帝都だったのだ。
「あの星域を占領する」
「戦いはまだまだこれから」
 スウェーデンもぽつりと言う。リトアニアが率いるソビエト軍は次から次に破壊され最早壊滅状態になっている。
 そのソビエト軍を見ながら言うトリエステだった。
「リトアニアからラトビア、エストニアに入る」
「そしてレニングラードだっぺ!」
「一気に行きましょう!」
 デンマークとフィンランドがトリエステに応えてだった。北方軍集団も順調に攻めていた。
 南方もだ。ベートーベンは的確に攻めている。
 ウクライナもその攻撃の前に為す術がなくこう言うばかりだった。
「どうしよう、このままじゃ」
「はい、最初の攻撃で艦隊の三割を失いました」
「そして今も」
 反撃を加える前に潰されている、ウクライナの目の前でもソビエト軍の艦艇ばかりが炎と化して銀河に消えている。
 それを見てウクライナは蒼白な顔になって言うのだった。
「この状況だと」
「撤退ですか」
「それしかありませんか」
「それしかないかも」
 ウクライナもそれを覚悟しだした。ベートーベンはそれを見て率いているギリシアやルーマニア、ブルガリア、それにドイツ妹に言っていた。
「我々はウクライナからカテーリングラードを攻略し」
「カフカスですね」
 ドイツ妹がこの星域の名前を出した。
「あの星域まで攻め取りますね」
「カフカスはソビエトの資源の宝庫の一つだ」
 それはウラルやシベリア、チェリノブイリも同じである。
「あの地を押さえれば大きい」
「総統閣下もそう仰っています」
「だからだ。我々はカフカスまで攻略する」
 まさにそうするというのだ。
「いいな、ではだ」
「じゃあウクライナを占領したらずら」
「次はカテーリングラードに行きましょう」
 ルーマニアとブルガリアも言う。
「それじゃあずら」
「ここのソビエト軍を倒したらすぐに占領しましょう」
「我々に休息を取る時間はない」
 ベートーベンは冷静沈着そのものの言葉も出した。
「この戦争に勝つまではな」
「勝ってそして」
 ギリシアはぽつりとして呟いた。
「後は色々と」
「哲学的思考もできる」
 ベートーベンもそのギリシアに言う。
「それからだ」
「わかった」 
 口ではぽつりとした感じだが頭の中では戦争のことだけでなくビームやミサイルの動きを数学的に計算もしていた。そしてそこから哲学も芸術も考える。ギリシアは茫洋としている様で今もあれこれと考えていた。
 ドクツ軍は瞬く間に国境を破った、このことはカテーリンのところにも報告として伝わった。
 今彼女の周り、質素な官邸の中にはミーシャとゲーペ、それにロシア兄妹がいた。ゲーペが教師の様な口調で述べた。
「ここはどうされますか」
「撤退か抗戦かよね」
 カテーリンはむっとした顔でそのゲーペに応えた。
「どっちにするか」
「三つの星域のどれも占領されることは確実です」 
 ゲーペはカテーリンの前で直立不動の姿勢で述べる。その左手の脇には教師が持っている様なファイルもある。
「このままでは」
「撤退よ」
 これがカテーリンの決断だった。
「これから随時撤退していってよ」
「モスクワ等に戦力をもっていきますか」
「敵は随時減らしていくのよ」
 カテーリンは怒った感じでこうも言った。
「そうしていくから」
「わかりました。それでは」
「ドクツの子達は絶対に許さないから」
 カテーリンは子供らしい怒りも見せていた。
「何で共有主義の邪魔をするのよ」
「あれっ、けれど共有主義とファンシズムって似てない?」
 そのカテーリンにゲーペが言う。
「何かね」
「そう?」
「うん。向こうもレーティア=アドルフが総統になって何もかもをやってるじゃない」
 そしてソビエトもだった。
「こっちもカテーリンちゃんが全部やってるでしょ」
「そうなるのね」
「何かそんな感じがするけれどどうかな」 
 ミーシャはカテーリンに対して尋ねる。
「その辺りは」
「そう言われれば似てるかも」
 カテーリン自身も話を聞くとだった。
「共有主義とファンシズムは」
「全部国家っていうかカテーリンちゃん達がやってるからね」
「だって皆言うこと聞かないから」
 学級委員か生徒会長の言葉だった。
「だからよ」
「それでよね」
「うん。共有主義こそが皆を幸せするのよ」
 カテーリンはこう確信している。
「それなのに皆言うこと聞かないもん。ペナルティも厳しくするわ」
「それで昨日立ち食いをしていたイワノフ同志をなのね」
「晩御飯抜きよ」
 それがペナルティだった。
「皆と同じ時間に同じものを食べないと駄目じゃない」
「給食ね」
「一人だけ一杯食べたりいいものを食べるなんてロシア帝国と同じよ」
 かつてのロシア帝国は貧富の差が激しかった。それは食事にも極めて顕著に出ていたのである。そしてカテーリンはそれを嫌悪していたのだ。
「そんなの駄目に決まってるわ」
「それで晩御飯抜きにしたのよね」
「そうよ。そんなこと絶対に許さないから」
 また言うカテーリンだった。顔は怒ったもののままだ。
「それでドクツも」
「勢い凄いよ」 
 ロシアがここでカテーリンに言った。
「このままだとね」
「モスクワまで来るわ」
「何かドイツ君達寒さも平気みたいだし」
 全ては防寒艦のせいである。
「滅茶苦茶強いね」
「スノーさんの力も意味がない様です」
 ロシア妹も言ってきた。
「このままでは」
「ニガヨモギしかないかな」
 ロシアはぽつりと言った。
「上手に言うことを聞かせられるかどうかわからないけれど」
「いざとなったら使うから」
 カテーリンはこのことに躊躇を見せなかった。
「祖国君はいざとなったらあの町に向かって」
「うん、そうしてだね」
「ニガヨモギを連れて来て」
「操ることはどうするべきかな」
「とりあえずは妹君ちゃんとして」
 それはロシア妹に任せるというのだ。
「そうしてね」
「わかりました。それでは」
「モスクワを攻め取られてもまだ何とかなるけれど」
 ソビエトの広大さと国力ではそれでもまだ余裕があるのだ。このことはレーティアが読んでいる通りのことである。
「モスクワで何とかしたいから」
「では手配をしておきます」
 ゲーペは今も直立不動である。
「そのうえで」
「モスクワまではまだ我慢できるから」
 今度は感情を言うカテーリンだった。
「けれどモスクワまで来たらその時は」
「はい、それでは」
「ニガヨモギを用意して。いざという時は」
 カテーリンはモスクワにおいて怒りながらも指示を出していた。ソビエトにとって今の戦局は深刻なものだったが心は折れてはいなかった。
 バルバロッサ作戦開始のことは日本側にも伝わっていた。秋山は強い目になってこう東郷に話をしていた。
「外相はお喜びですが」
「バルバロッサ作戦のことだな」
「はい、あの方はアドルフ総統がお好きなので」
「ドクツ派だな」
「それ故にドクツの勝利を望まれています」
「あのままだと勝てるな」
 東郷も今の時点ではこう見ていた。
「ソビエトは相当な切り札がないと劣勢を挽回できない」
「私もそう見ています」
「レーティア=アドルフ総統がドクツにいる限りはな」
 まさにそれならばだというのだ。
「ドクツはその切り札も挽回出来る」
「その通りですね」
「ドクツは確かに強い」
 東郷も断言する。
「あの総統閣下が導いているからな」
「はい、その通りです」
 二人の傍にいたエルミーも話に入って来た。顔が上気して赤くなっている。
「総統閣下がおられるドクツはまさに無敵です」
「ソビエトもだな」
「はい、勝てます」   
 このことも確信しているのだ。
「欧州のことはドクツにお任せ下さい」
「ソビエトは日本にとっても脅威だからな」
「その脅威を取り除かせてもらいます」
 ドクツが勝ってそうしてだというのだ。
「お任せ下さい」
「是非共な。何しろガメリカと中帝国は自分達が勝ったら日本をソビエトにぶつける気だ」
 東郷は彼等の真意を読みきっていた。
「正直そんな展開は迷惑だからな」
「我々は当て馬になる気はありません」
 秋山もそこは言う。眉を曇らせて。
「ドクツには是非お願いします」
「はい、それでは」
 エルミーは敬礼をして応えた。やはりドクツの敬礼である。
 その敬礼の後で自室に戻る。もうオフなのでまずは黒い制服を脱いだ。
 上は白のブラウス、下は青と白のストライブのショーツだけの姿になった。その姿でベッドにあがりノートパソコンの電源を入れた。そして。
 その画面の前に正座をしてモニターに出て来たレーティアにしたのだった。
「ジークハイル」
「うむ、こんばんはエルミー」
 レーティアはエルミーが今いる場所に時間を合わせて挨拶を返した。
「ハワイは占領されたそうだな」
「今度はカナダです」
「そうか。カナダはどうだ」
「勝ちました」
 その星域での戦いもだというのだ。
「ケベック、アラスカを手中に収めるのも時間の問題です」
「日本軍は強いな」
「はい、予想以上です」
「何よりだ。太平洋の方は頼む」
「お任せ下さい。それでドクツですが」
「バルバロッサ作戦を発動させた」
 レーティアも言う。
「ソビエトを倒す」
「はい」
「それでそちらだが」
「何か?」
「戦局以外で何か変わったことはあるか」
「この前大豆で奇妙な食品を口にしました」
 エルミーはレーティアに応えてこの食品のことを言った。
「納豆といいますが」
「納豆?」
「大豆を腐らせたものです」
「スウェーデンのあの缶詰の様なものか?」
「それとはまた違いますが」
「あれではないのか」
「また違います」
 エルミーはレーティアにその納豆のことも話す。
「糸を引いていまして」
「本当に腐っているのだな」
「それを日本の主食、白米を炊いたものの上に乗せまして」
「そして食べるのか」
「壮絶な味でした」
 エルミーからしてみればそうだったのだ。
「とても食べられたものではありません」
「ううむ、そういえばその食品のことは聞いたことがあったな」
 レーティアはここでこのことを思い出した。
「そして君と話したな」
「あr、そういえばそうでしたね」
「済まない、失念していた」 
 レーティアはこう言ってエルミーに詫びた。
「どうもな」
「総統がお忘れになられるとは」
 エルミーはこのことから即座に感じ取った。そして不安を感じてモニターの中のレーティアに対して怪訝な顔で尋ねた。
「お休みになられていますか?」
「休息か」
「はい、それは大丈夫ですか?」
「休んでいる暇はない」
 これがレーティアの返事だった。
「今の私はな」
「バルバロッサ作戦の為ですか」
「そうだ、休んではいられない」
 こうエルミーに答える。
「とてもな」
「ですが作戦が終われば」
「うむ、その時は休む」
 こう疲れが見える顔でエルミーに答える。
「その時にな」
「お願いします。本当に」
 エルミーの言葉は切実なものだった。
「さもないと総統閣下のお身体が」
「確かに人間には休息も必要だ」
 聡明なレーティアがわかっていない筈のないことだ。彼女もそのことは頭ではよくわかっているのである。
 だがそれでもだった。今の彼女とドクツは。
「しかし今はだ」
「どうしてもですか」
「バルバロッサ作戦には我がドクツの命運がかかっている」
 これまで以上にそうである作戦であることもレーティアはわかっている。そしてそれ故になのである。
「だからこそだ」
「休息は取れませんか」
「栄養は補給している」
 それは大丈夫だというのだ。
「だから安心してくれ」
「だといいのですが」
「休息もちゃんと取る」
 エルミーを安心させる為の言葉だった。
「バルバロッサ作戦終了後にな」
「作戦は必ず成功します」 
 エルミーは確信していた、この前提がある故に。
「総統閣下がおられるのですから」
「私が計画立案し私が総指揮を執る」
 この作戦でもそうである。
「それで失敗する筈がない」
「その通りですね」
「ソビエト西方を一気に手に入れそしてモスクワを攻める」
 これがバルバロッサ作戦の具体的な計画だった。
「補給、予算、装備、全てはボタン一つに至るまで不備もない」
「お流石です」
「敵の戦力と配置の把握もできている」
 情報収集も完璧だった。
「移動させてもそれはわかっている」
「では後は攻めるだけですね」
「ソビエトは強い。しかし知れば勝てる」
 ここでも敵を知り己を知ればなのだ。
「ソビエトを攻め落としそちらはだ」
「はい、太平洋もお任せ下さい」
「日本がガメリカに勝てば大きいな」
「アメリカが降伏すれば中帝国も降伏します」
 中帝国の交戦はあくまでガメリカの存在と援助があってのものだからだ。そのガメリカが倒れれば中帝国の命運も決するのだ。 
 つまり日本がガメリカを倒せるかどうか、太平洋での戦いの要点はそこだった。
「そうなれば太平洋に連合軍の勢力はなくなります」
「そしてドクツがソビエトを倒せば」
「後はエイリスだけですね」
「エイリスに対しては再びアシカ作戦だ」 
 ロンドンを一気に攻め取るというのだ。
「今度は絶対に敗れはしない」
「はい、ソビエトの国力と戦力も手に入れていますので」
「確実に勝てる」
 レーティアは断言した。
「今度はな」
「そして銀河は二分されますね」 
 太平洋と欧州にだというのだ。
「我々と日本に」
「日本に対してはどうするかまだ決めてはいない」   
 レーティアもそれはまだだった。
「私は銀河を統一するつもりだがな」
「統一ならばやはり」
 エルミーは言葉の外にその言葉を出した。
「そうなりますが」
「それは後々考える。とりあえずはだ」
「はい、バルバロッサ作戦の成功ですね」
「それにかかる。ではそちらも検討を祈る」
「ジークハイル」
 エルミーは最後にレーティアに敬礼をした。だがレーティアのその疲れを感じ取りそこに一抹の不安も感じていた。
 そしてそのレーティアは今もだった。
 エルミーとの通信を終えてそして仕事に戻る。莫大な量の書類を驚くべき速さで実に的確に処理していっている。
 そのレーティアを見ながらグレシアは言う。
「何時にも増して凄い量ね」
「そうだな。作戦中だからな」
「今回はこれまでにない規模の作戦だから余計によね」
「軍は官僚組織だ」
 レーティアはこう割り切っている。
「それならこうした書類仕事が多いのも当然だ」
「そうね。それでもね」
「多過ぎるか」
「手伝わせてもらっていい?」
 グレシアは切実な顔でレーティアにこう切り出した。
「私も仕事を」
「グレシアはグレシアの仕事があるだろう」
 宣伝相、ドクツのナンバーツーだ。それはドクツにおいてはただレーティアとドクツの宣伝をしているだけではない。
 レーティアのプロデュースに官房長官的な仕事もしている。それに加えてドクツの実質的な首相でありそして副総統なのだ。
 軍事のチェックもしている。彼女もまた多忙を極めているのだ。
 レーティアもそのことを知っているからこそこう言うのだった。
「私には私の仕事がある」
「だからっていうのね」
「グレシアはグレシアの仕事に専念してくれ」
 こう告げた。
「そうしてくれるだろうか」
「それでいいのね」
「そうだ。それにこれ位の仕事ならだ」
 レーティアはさらに言う。
「全て処理できる」
「だからなのね」
「安心して欲しい。そしてこの仕事が終われば」 
 その時はどうかというのだ。
「昼食だな」
「大蒜にトマト、それにチーズをたっぷり使ったメニューを頼んでおいたわ」
 グレシアのレーティアへの気遣いである。
「それでエネルギーを補給してね」
「そうさせてもらう」
「バルバロッサ作戦は何としても成功させないとね」
 このことは絶対だった。
「だからこそなのね」
「今は休む訳にはいかない」
 書類に次々とサインをしながら言う。
「ソビエトを倒すまではな」
「本当に無理をしないでね」
 グレシアも次第に心配になってきていた。レーティアの披露が蓄積していっているのは明らかだったからだ。もっともそれは彼女だけではない。
 カテーリンもカテーリンで多忙だった。自身の学校の生徒の机そのままの席に座ってサインをしながら怒っていた。
「駄目じゃない、皆計画通りにいってないじゃない!」
「ドクツ軍が強過ぎるので」
 彼女の前に立つゲーペが答える。
「想定以上に損害が出ています」
「撤退は上手にはいっていないの?」
「残念ですが」
 それが計画通りにいっていないということだった。
「損害は想定の二倍です」
「二倍なのね」
「はい、ドクツ軍はリトアニア、ロシア平原、ウクライナを奪いました」
 ゲーペは淡々とカテーリンに報告する。
「そしてそこからラトビア、ベラルーシ、カテーリングラードに向かっています」
「カテーリングラードは絶対に攻め落とされたら駄目よ」
 その星域のことが話に出るとカテーリンの顔が一変した。
「あの町は絶対によ」
「はい、カテーリン様のお名前が冠されているだけに」
「何とかならないの?」
「今の戦力では。ですからここは」
「一旦ドクツ軍に渡すのね」
「そうするしかありません。それに」
 ゲーペはさらに言う。
「エストニア、スモレンスク、そしてカフカスもです」
「西方の殆どの星系がなのね」
 カテーリンは憮然として応えた。その間もサインはしている。
「ドクツ軍に一旦渡すのね」
「そうなります」
「じゃあこのモスクワとレニングラードは絶対に守るの」
 レニングラードもだった。
「レーニン校長先生の町もよ」
「校長先生ですね」
「校長先生はとても立派な方だったわ」
 不意にカテーリンはさらに意固地になった。
「私達をとても大事にしてくれて色々教えてくれたから」
「そうよね。凄くいい人だったよね」
 カテーリンの左の席で一緒に仕事をしているミーシャが応える。二人は机を並べて書記長、首相の仕事をしている。
「私達にとても優しかったし」
「あの先生の町も渡したらいけないから」
 こう強い声で言う。
「絶対に守るわよ」
「それにモスクワもだよね」
 右手にはロシアがいてやはり生徒の席に座って彼の仕事をしている。
「ここを陥落させられたらまずいよ」
「戦力は撤退させていき決戦を挑みます」
 ゲーペは参謀的に述べた。
「その予定です」
「ニガヨモギ本当に使うから」
「はい、モスクワに置きましょう」
「それとジューコフ元帥もいるから」
 ソビエト軍きっての名将の彼の名前も出る。
「モスクワでの戦いはね」
「僕も出るよ」
 ロシアもまたサインをしながら応える。
「頑張るからね」
「祖国さん、お願いします」
 ゲーペもロシアに対して答える。
「ご苦労をかけますが」
「いいよ。だって僕のことだから」
 ソビエトの中心国としてロシアは微笑んでゲーペに答えた。
「それはね」
「左様ですか」
「この戦いに勝たないと共有主義はなくなっちゃうね」
「しかし勝てば」
 その時はだというのだ。
「ドクツ、東欧と北欧を勢力圏に収め揺ぎ無い力を手に入れます」
「共有主義を世界に広める大きな弾みになるね」
「間違いなく」
「だから絶対に勝たないとね」
「この戦いの後はどうするかも考えましょう」
「太平洋もどっちにしても資産主義だから敵よ」
 カテーリンは太平洋で日本が勝とうがガメリカが勝とうがこの認識だった。やはり彼女にそって資産主義は敵でしかないのだ。
「エイリスも同じだから」
「双方が敵ですか」
「けれど両方は相手にしないから」
 二つの強敵を一度に相手にする愚は犯さないというのだ。
「まずは一方を叩くことにしよう」
「そうよね。どっちにしようかな」
 カテーリンは仕事をしながら考えだした。
「その時は」
「まずはドクツを退けるかですが」
 ゲーペは相変わらず機械的に述べる。
「しかしです」
「まずはそれに専念しないと」
「乗り切れません」
「ドイツ君も強いね」
 ロシアも言う。
「それを何とかしないと」
「そうよね。私も出ようかな」
 ミーシャは不意にこんなことも言った。
「艦隊を率いてね」
「首相がですか」
「うん、一応指揮出来るよ」
「それ言うと私もよ」
 カテーリンも言った。
「艦隊指揮できるから」
「それはまだです」
 二人は戦場に出ることについても言及したがそれでもだった。
 それはゲーペがすぐに止めてきた。
「お二人が出られるには及びません」
「けれど私書記長だから」
「私もも首相だよ」
 それぞれ国を預かる立場ということは自覚している。
「だから無責任なことは」
「出来ないわよ」
「お二人が出られるなら私が出撃します」
 ゲーペはここでは言葉に感情を込めた。
「ご安心下さい、お二人の心配には及びません」
「先生、ううん長官がなの」
「はい、出ます」
 そうするというのだ。
「ですからご安心を」
「だといいけれど」
「損害は多いですが将兵と兵器の補充は可能です」
 これは事実だ。やはりソビエトの国力は大きい。
「ウラル以東から次々に補充しますので」
「シベリア方面軍も投入するの?」
「モスクワまで持って来ます」
 ソビエトにとっては切り札とも言える精鋭部隊だ。
「今のところ太平洋から攻め寄せて来ることはありませんので」
「うん、じゃあそうしよう」
 カテーリンもそれでいいとした。そしてだった。
 再び仕事をするのだった。劣勢のソビエトも必死だった。
 ドクツとソビエトの戦いは激しい。そしてこの戦いもまた銀河の趨勢を左右するものだった。 
 その戦いのことを聞いて柴神は御所においてやや深刻な顔で帝に言っていた。
「ドクツとソビエトの戦いだが」
「はい、ドクツ優勢ですね」
「私はドクツが勝とうとソビエトが勝とうと大した違いはないと見ている」
「えっ、そうなのですか?」
「問題はソビエトの動きだ」
 それがだというのだ。
「そしてチェリノブイリだが」
「あの場所が何か」
「あの星域から何かが出た」
「何かとは?」
「あっ、いや」
 柴神はここから先は言葉を濁した。
「何でもないが」
「何でもないのですか?」
「だがチェリノブイリには迂闊に近付くべきではない」
「ドクツ軍もソビエト軍もですか」
「あの星域はな」
「?チェリノブイリですか」
 丁度二人と共にいた日本がここで怪訝な顔を見せて話に入って来た。
「あの星域ですか」
「祖国殿はあの星域に行ったことはなかったな」
「はい、ロシアさんもあまり行かれたことはないのでしたね」
「ホワイトホールがあるがな」
 ブラックホールとは正反対に全てを出す穴である。
「あそこには近寄らない方がいいのだ」
「ブラックホールと共にですか」
「急に出て来たものと衝突する危険もある」
 だからだというのだ。
「それであの星域には近寄るべきではないのだ」
「ドクツとソビエトの戦いはモスクワで終わると思いますが」
「だがそれで済まない可能性もある」
 若しドクツがモスクワで勝ってもソビエト全土を手中に収めるまで戦いが終わらない可能性もまたあるというのである。
「それでだ」
「あのチェリノブイリには」
「近寄らない方がいい」 
 また言うのだった。
「あの星域はな」
「そうでなのですね」
「そういえばハルさんから聞きましたが」 
 今度は帝が二人に言ってきた。
「ソビエトに秘密都市があるとか」
「あの星域か」
 柴神のこの言葉は帝も日本も聞こえなかった。
「あそこにいるか」
「その話は本当でしょうか」
「確かに銀河にはまだ多くの未発見の星域があるそうですね」
 日本が帝のその言葉に応える。
「ソビエトにあっても不思議ではないですね」
「はい、中央アジアにもそうした星域は多いとか」
「中南米はどういった星域があるかわかっていてもどうした場所なのかわかっていませんし」
 つまり中南米は秘境なのだ。
「銀河はまだまだ多くの星域がありますね」
「はい、そうですね」
 日本は帝のその言葉に頷いた。そしてだった。
 ここで柴神はこう言ったのだった。
「とりあえず私はドクツが勝った場合もソビエトが勝った場合も大した違いではない」
「そうなのですね」
「柴神様のご見解は」
「うむ、そうだ」
 まさにそうだというのだ。
「それにまずは太平洋だ」
「今ガメリカ戦は順調に進んでいると言えますが」
 日本は実際に前線で戦っているからよく言えた。
「まずはワシントンですね」
「そちらは頼む」
 柴神はインド洋に率いている艦隊を置いている。ガメリカ方面にはいないので日本にはこう言ったのである。
「是非勝ってくれ」
「はい」
「太平洋は何とかなる」
 柴神は太平洋には然程深刻なものを感じてはいなかった。
「いや、何とか以上だ」
「それ以上ですか」
「私が想定していたより順調だ。勝てる」
「このままいけばですね」
「そうだ、勝てる」
 そうだというのだ。
「このままいけばいい」
「わかりました。それでは」
「インド洋も今は静かだ」
 同盟国であるガメリカと中帝国が独立を承認したのでエイリスはかつての植民地奪還に動けずそれでそうなっているのだ。
「のどかな位だ」
「だから太平洋に専念できますね」
「一気に頼む」
「お願いしますね」
 柴神だけdなく帝も日本に告げる。
「それからも色々とあるがな」
「祖国さん、頑張って下さい」
「それでガメリカ戦の後ですが」 
 ここで日本は少しだけ微妙な顔になって言った。
「中南米はどうなのでしょうか」
「あの場所か」
「何か侵略の意図があるかも知れませんね」
「中南米は複雑だ」
 柴犬の言葉が少し変わった。
「どうもな」
「柴神様も御存知ないのですか」
「最初から妙な種族がいた」
 埴輪であるのは言うまでもない。
「あの者達がどうもな」
「あれは何者でしょうか」
 日本もこう言う。彼も埴輪のことは知らないのだ。
「よくわかりません」
「この銀河には先住種族も多い」
 人間以外の種族もだというのだ。
「埴輪達もその中にいるがだ」
「他にもパルコ族もいますね」
 イタリンの豚達もそれに入る。
「あの人達も」
「そうだ、マダガスカルにもな」
「カナダさんのところのネイティブの方々は」
「彼等は人間だ」
 この銀河の大多数の種族だというのだ。
「先住民族ではない」
「私達と同じですか」
「アフリカの原住民達もだ。だが」
「だが?」
「アフリカの奥地もだ」
 柴神は急に難しい顔になって日本達に言った。
「あまり入るべきではない」
「暗黒大陸ですね」
 帝はこう柴神に言った。
「あの大陸の中央は」
「よくわからない。エイリスも入ろうとはしていない」 
 アフリカ全土を植民地にしているこの国もアフりカの奥地には入っていない、もっと言えば既存の航宙技術が通じず入られないのだ。
 そしてそのことを柴神はこう言うのである。
「いいことだ」
「そうですか」
「うむ。入らなくていい場所もある」
 帝に告げるのは切実な言葉だった。
「人類にはな」
「何かよくわかりませんが」
 日本は柴神の言葉に奇妙なものを感じながら首を捻った。
「この世界には謎が多いですね」
「そしてそのままにしておくべき謎もある」
「ですか」
「そのことはわかっておいて欲しい」 
 柴神にとってドクツとソビエトの戦いの行方はどうでもよかった。彼だけが知っているより大きなことを見て危機を感じているのだった。


TURN65   完


                      2012・11・8



順調なドクツ。
美姫 「対するソビエトもいよいよ切り札投入みたいね」
これにより形勢がどうなるか、だよな。
美姫 「後半での柴神の結構、意味深な発言も出てきて」
これからどうなっていくのか、だな。
美姫 「どういう流れでドクツは日本がガメリカと決着した時期へと動くのかしらね」
気になる次回は……。
美姫 「この後すぐ!」



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