『ヘタリア大帝国』
TURN56 ゲイツランドの壁
ヒムラーは北欧からベルリンに戻っていた。彼は親衛隊の将兵達に笑顔で告げていた。
「諸君、戻ったよ」
「隊長、お久し振りです」
「北欧は如何でしたか」
「ははは、サウナを満喫していたよ」
ヒムラーはユーモアを交えて隊員達に述べる。
「実にね」
「そうですか。それは何よりです」
「楽しんでおられましたか」
「うん。それで俺がベルリンに戻って来た理由はわかっているね」
「いよいよですね」
「次の作戦ですね」
「そう。バルバロッサだよ」
ヒムラーは余裕のある笑みで述べた。
「いよいよその作戦の開始だよ」
「そしてその作戦で」
「遂に我々は」
「潜在的な宿敵であるソビエトを倒し」
そしてだというのだ。
「東方に広大な領土を獲得するよ」
「そうですね。そしてそこから手に入れた力で欧州を統一する」
「エイリスもですね」
「ドクツはこれから世界の盟主になる」
ヒムラーは口ではこう言う。
「その盟主になる為の戦いがはじまるんだ」
「それに隊長も参加される」
「その為にベルリンに」
「アフリカにいるロンメルの代役を果たすよ」
友を気遣う素振りも見せる。
「さて、それじゃあね」
「では我々も」
「この偉大な戦争に加わるのですね」
「諸君の健闘を期待するよ」
部下達への労い、それも見せてはいた。
だが鋭い者が見れば空虚なその中にいてヒムラーは動いていた。
彼は親衛隊のビルに入り己の席に座った。するとその周りにフードの者達が来てこう言ってきたのだった。
「ヒムラー様、あの件ですが」
「カナダのことですが」
「うん、どうなったかな」
「無事全てのデータを手に入れました」
「ガメリカにもカナダにも気付かれないうちに」
そうしたというのだ。
「今送り込んでいたスパイがこちらに戻ってきています」
「そしてあれも手に入れました」
「脳味噌もだね」
「はい、無事に」
「主要なものだけですが」
「指揮官クラスさえ手に入ればいいさ」
ヒムラーはそれで充分だとした。
「兵隊はどうにかなるさ」
「犯罪者の頭脳を手に入れればですね」
「そのうえで」
「そうさ。犯罪者なんて幾らでもいるさ」
ヒムラーは淡々と冷徹な言葉を出していく。
「だからそれだけでいいさ」
「では時が来ればですね」
「その時は」
「動くよ。ただ」
ここでこうも言うヒムラーだった。
「わかってるね」
「はい、あの娘には見つからぬ様に」
「宣伝相にも」
「あの二人は鋭い。注意しないとね」
ヒムラーは薄笑いを浮かべて述べる。
「気付かれたら元も子もない」
「そうですね。それでは」
「今のところは」
「あくまで水面下で研究を進めるんだ」
そうすべてきだというのだ。
「そしてサラマンダーもまた」
「あれもですね」
「今は」
「多分ドクツが勝つだろうけれど」
ヒムラーはドクツとソビエトの戦いはドクツの勝利に終わると読んでいた。だが別の結末のことにも言及した。
「敗れてもね」
「その場合もですね」
「我々は」
「ドクツを乗っ取り」
そしてだというのだ。
「そのうえで教団の支配を確立するんだ」
「その為にあの大怪獣も必要ですし」
「あれもですね」
「一番面白いのは」
ヒムラーは差し出されたファイルにも目をやっている。そのファイルの中のデータを読みながらの言葉だ。
「これだね」
「ヴァージニアですね」
「それのことですね」
「これも使えるね」
こう言うのだ。
「ベルリンの備えに置けば」
「例え何があろうとも」
「滅びることはありませんね」
「これだけあればソビエトに敗れても大丈夫さ」
「そしてドクツが勝った場合も」
「乗っ取った後に」
この場合も同じだった。
「我々の剣となりますね」
「このうえなく強力な」
「あの娘をどう篭絡するかだけれど」
ヒムラーが懸念しているのはこのことだった。
「それはね」
「お任せして宜しいでしょうか」
「そのことは」
「そういうことは得意さ」
そうだというのだ。
「だからそのことはね」
「ヒムラー様が直々に」
「動かれますか」
「伊達に法皇じゃないさ」
宗教的な単語も出る。
「だからね」
「それでは」
「そのことも」
「確かに数えきれない程の特許を手に入れドクツを立て直した英雄さ」
ヒムラーもレーティアの能力は認めていた。だがこう見ていることも事実だった。
「けれどそれでもだよ」
「所詮は小娘」
「それに尽きませんね」
「そう。おそらく誰とも付き合ったことはないね」
ヒムラーの読みはその通りだった。実際にレーティアはこれまで異性とは話はしたことはあっても交際したことなぞないのだ。
それで彼もこう言うのだ。
「だったら篭絡なんてね」
「楽ですね」
「至って」
「任せてくれよ。それにどうもあの娘は」
ヒムラーの目が光った。妖しい赤い光が放たれる。
「働き過ぎだね」
「過労ですか」
「それですか」
「そう。あのままいけば過労で倒れるよ」
ヒムラーはこのことも見切っていた。ドクツ第三帝国はレーティアの独裁国家であり全ては彼女が取り仕切っている。
政治、軍事、経済、科学のあらゆる分野でそうなっている。確かにそれでドクツは復活し今の隆盛があるにしてもだ。
だが一人で国家を支えている、それではというのだ。
「絶対にね。そして」
「そしてですか」
「さらにですか」
「その時までにあの宣伝相なりを排除しておいて」
グレシアはヒムラーを警戒している。それは彼も察している。
「俺が次の総統になろうか」
「このドクツ第三帝国の」
「二代目の総統ですか」
「俺にはこれがある」
手袋に包まれているその手の甲をぽんと叩いてもみせる。
「この石がね」
「それであらゆる者を篭絡する」
「そうされますか」
「そうするよ。その時はね」
「そしてそのうえで」
「我等が教団をですね」
「ドクツの国教にしよう、まずは」
それが段階の一つでしかないというのだ。
「そしてそうなる為にも」
「手を打っていきますか」
「今は」
ヒムラーの周りにいる不気味な者達はこうヒムラーに話す。ヒムラーもその彼等に囲まれながら怪しい笑みを浮かべている。欧州の大部分を押さえたドクツだがその中に妖星があることは今は殆どの者が気付いていなかった。
カナダを占領した太平洋軍は次にケベック、そしてアラスカに進出した。両星域では戦闘らしい戦闘もなくあっさりと太平洋軍の手に落ちた。
それを受けてカナダも妹と共に日本の前に出た。そして東郷、秋山を交えてそれで彼にこう言ったのだった。
「ケベックまで占領されたからね」
「では」
「うん、慣例通りね」
それに従ってだというのだ。
「降伏するよ。そしてね」
「太平洋軍に加わって頂けますね」
「そうさせてもらっていいかな」
「どうでしょうか」
カナダだけでなくカナダ妹も言ってくる。
「日本君達さえよかったらだけれど」
「私達もまた」
「はい、是非共」
微笑んでこう答える日本だった。
「宜しくお願いします」
「じゃあこれからはだね」
「私達は太平洋軍の一員なのね」
「そうなります。ただ」
「ただ?」
「ただっていうと」
「艦艇のことですが」
日本はカナダ兄妹にすぐに軍事のことを話した。
「カナダさん達はこれまでカナダ軍といいますかガメリカ軍やエイリス軍の艦艇を使っていましたね」
「うん、旧式のね」
「それを使っていたけれど」
「我が軍からお渡ししましょうか」
日本はこうカナダ兄妹に申し出た。
「カナダさん達さえ宜しければですが」
「えっ、日本君が艦艇を貸してくれるの?」
「そうしてくれるんですか」
「はい、どうでしょうか」
再びこう申し出る日本だった。
カナダ兄妹も日本の申し出を聞いてお互いに顔を見合わせる。その上で二人でこう話すのだった。
「それじゃあ」
「そうよね。私達にとっても悪い話じゃないし」
「それならね」
「日本さんの好意に甘えて」
こう話してそのうえで日本に向かいなおり答える。
「軍艦お願いするよ」
「そうして下さい」
「はい、それでは」
日本も頷く。こうしてカナダ兄妹の参戦が決定した。
東郷はそのことを決めてからカナダにこう声をかけた。
「それで何だが」
「あっ、東郷さんだよね」
「そうだ。日本帝国海軍長官東郷毅だ」
東郷は微笑んでカナダに名乗る。
「これから宜しく頼む」
「こちらこそ」
「それでなんだが」
東郷は挨拶の後でカナダに単刀直入に言う。
「一つ気になることがあるんだが」
「気になること?」
「そうだ。カナダ星域にあった研究所だが」
「ああ、あれだね」
「知っているんだな」
「うん、ノイマン財閥の管轄でね」
カナダは東郷達にこのことも話した。
「アンドロイドというか人間の脳を機械の身体に移した兵士を開発しようとしていたんだ」
「非人道的と言うべきか」
「とはいってその脳は死刑囚のものだから」
どのみち生きることのない者達のそれを流用しているというのだ。
「その辺りはノイマン財閥、ガメリカも考えてるけれどね」
「ということはアメリカさんも御存知なのですね」
「そうだよ。とはいってもこのことを知っているのは」
カナダは首をスコア氏傾げさせながら日本にも話す。
「僕達とアメリカ兄妹、それにドロシー=ノイマンと」
「そのノイマン家の方ですね」
「ガメリカ共和国科学技術長官とね」
「それと大統領ですね」
「あの大統領も計画は知っていてアメリカ君から聞いてるけれど」
「それでもですか」
「あまり知らないと思うよ」
大統領ですらそうだというのだ。
「計画の詳しい内容はね」
「そうなのですか」
秋山もその話を聞き言う。
「しかし犯罪者の脳を機械の身体に入れたのですか」
「そう、凶悪な死刑囚のね」
「危険ではないですか?」
秋山は死刑囚の脳を使っていると聞いて眉を曇らせて述べる。
「凶悪犯の脳を使うなぞ」
「そこは完全に洗脳というかマインドコントロールしてね」
「そのうえで機械の身体に入れて」
「それで使うとのことですが」
「そうした技術が解ければ危険ですが」
「そこは僕達もアメリカ君も危惧していたけれど」
だがそれでもだというのだ。
「ドロシーさんは戦場で軍人が死ぬよりはってことでね」
「犯罪者に機械の身体を与えてですか」
「それで前線に立たせようとしていたんだ」
「成程、そうですか」
「うん、けれどカナダが占領されてね」
このことが研究自体に大きな影響を与えたというのだ。
「それでね」
「研究は頓挫しましたか」
「いや、完全に破棄されたよ」
カナダは日本にそうなったと答える。
「もうそうなったよ」
「頓挫ではなくですか」
「ドロシーさんは今のところガメリカ本土に戻ってないし」
「では何処に」
「それもわからないけれど」
カナダはわかっていないことも踏まえて話していく。
「ただ。研究所はもう完全にだよね」
「データの類は全て消去されていました」
「そうだね。それでガメリカ大統領もそれを聞いて即座にだったんだ」
「計画に関するデータ及び資料の完全破棄ですね」
「そうしたよ。もう何もないよ」
「ではもう機械の兵士達は」
「使えないよ。けれどね」
カナダは遠いものを見る目になった。それで納得、いや達観したものさえ見せてそのうえでこう日本達に述べた。
「それでよかったと思うよ」
「全くです。犯罪者を戦場に立たせることはあってはなりません」
秋山も言う。
「残虐行為や軍規の乱れの要因になります」
「例えマインドコントロールをしていてもね」
「あの研究所は一旦閉鎖して機械の身体は全てスクラップにしました」
太平洋軍の方でも何もかもを破棄したというのだ。
「後は林業の研究に使おうと考えています」
「それがいいと思うよ。それなら」
「はい、それならですね」
「あの研究はもう完全になくなったよ」
太平洋軍側も連合軍側もそうした。それならだった。
「よかったよ、本当に」
「全くです。ではこれからの戦いは」
「うん、人間と人間のね」
そして国家と国家の戦いだけになるというのだ。
「それでよかったよ」
「そうだな。機械の兵士は一見魅力的だがな」
ここで東郷も言う。
「それは結局はな」
「いい結果にはなりませんね」
秋山はその東郷に応える。
「マインドコントロールや洗脳が解ければ」
「そうなる可能性は零じゃないからな」
「ですから」
「ではこのまま作戦に移ろう」
こう言ってそしてだった。太平洋軍はカナダ方面からゲイツランドに入ることにした。このことは既にそのゲイツランドのガメリカ軍にも伝わっていた。
ゲイツランド防衛戦隊を率いるキャヌホークは難しい顔でこう部下達に言っていた。
「何ていうかかったるいな」
「お疲れですか?」
「そうなのですか?」
「いや、そうじゃなくてな」
その整ってはいるが軽薄な感じは否めない顔での言葉だ。
「俺は元々諜報部の人間だからな」
「ですが今は提督ですよね」
「そうですよね」
「そうさ。けれど艦隊指揮は今一つ好きじゃないんだよ」
だからかったるいというのだ。
「どうもね。まあそれでも」
「戦争ですからね」
「戦うしかないですね」
「そういうことさ。もうすぐここに妹さんが来るし」
今回来るのはアメリカ妹だというのだ。
「妹さんと一緒に頑張るか」
「はい、是非共」
「そうしましょう」
部下達もキャヌホークに答える。そしてだった。
太平洋軍への備えを進めていく。キャヌホークは自身が乗る指揮艦からコロニー、明らかに軍事用のそれを見て言う。
「このノートンさえあれば」
「ゲイツランドの守りは万全ですね」
「まさに難攻不落です」
「そう。既にソーラレイパネルも用意してあるし」
要塞の周りには無数の鏡を張り合わせたかの様な巨大な板も幾つかあった。キャヌホークはそうしたものを見ながら言う。
「幾ら太平洋軍が来ても」
「勝てますね」
「ここで防げます」
「ただ。コントロールがな」
キャヌホークは部下達に応えながら苦笑いにもなる。
「厄介なんだよな」
「そうですね。どうにも」
「下手をすればですから」
「この指揮艦もコンピューターがパンクしそうだよ」
「コントロールは万全ですか?」
「大丈夫ですか?」
「今のところはね」
何とかいけているというのだ。
「大丈夫だよ。けれど」
「それでもですか」
「パンク寸前ですか」
「スーパーコンピュターに超AI も随分入れたけれど」
それでもだというのだ。
「それでもね」
「大変ですか」
「そちらは」
「まあそれでもその価値はあるさ」
キャヌホークはまたノートンとソーラレイ達を見て言う。
「ガメリカ最大の防衛戦力だからね」
「ではこれで太平洋軍を防ぎましょう」
「何としても」
「そうしないとな。そういえばダグラスさんだけれど」
キャヌホークは太平洋艦隊司令長官の名前も出した。
「今太平洋にはいないからな」
「シカゴとかテキサスに赴かれてますね」
「そこで軍の再編成にあたっておられますね」
「それで太平洋から離れておられますね」
「今は」
「ガメリカ軍も人手不足だよ」
キャヌホークは今度はやれやれといった顔で述べる。
「軍人は育てないとできないしね」
「そうです。徴兵してできるものではありません」
「それはとても」
「色々と難しいんだよ」
軍人を育て役立たせる様にするにはかなりの時間と費用が必要だ。それはガメリカ軍にしても同じで彼等も軍人の数は限られているのだ。
それで今もこう言うのだった。
「全く。助っ人が欲しいよ」
「ダグラス司令もおられれば」
「かなり楽ですが」
「俺もそう思うよ」
「ですね。本当に」
「何かと辛いですね」
部下達もキャヌホークと同じ顔で話をしていく。そしてだった。
彼等は今はゲイツランドの守りを固めていた。キャヌホークは要塞ノートンとソーラレイを軸に太平洋軍を迎え撃とうとしていた。
両軍の戦闘の時が迫る中でその成り行きを見守っている者達がいた。彼等はというと。
エイリスだった。セーラは浮かない顔でイギリスに言っていた。
「おそらくですが」
「太平洋戦線だよな」
「ガメリカは負けると思います」
曇った顔でイギリスにこう話す。
「ハワイでの敗戦だけでなく」
「カナダやアラスカもだしな」
「後はガメリカ本土だけです。最早太平洋軍との力の差は明らかです」
「西から呼応する筈の中帝国もガメリカのハワイでの敗北を受けてな」
「はい、動けません」
彼等はあくまでガメリカが勝った場合に動く手筈だったのだ。それができないからだ。
「両国だけは気付いていませんが」
「劣勢だってんだな」
「明らかに。ここでゲイツランドとUSJで敗れれば」
「勝負ありか」
「そしてです」
セーラはさらに言う。
「そのゲイツランドとUSJでもです」
「ガメリカは負けるか」
「そうなります」
セーラは有能な軍人でもある。それ故にそこまで見抜いていた。
これは彼女が第三者の立場、連合国とはいえその立場にいて双方から離れた立場にあるからこそ言えることだった。彼女は今至って冷静だった。
「確実に」
「そうか」
「日本は太平洋を掌握します」
それも間違いないというのだ。
「ガメリカと中帝国はその軍門に降ります」
「まずいな、そりゃ」
「ですがそうなれば」
「そうなれば?」
イギリスはその目を鋭くさせてセーラに問い返した。
今二人は王宮の一室で向かい合って茶を飲みながら話をしている。イギリスはセーラのその緑の澄んだ目を見ながら問い返したのだ。
「どうなるってんだ?」
「はい、ガメリカと中帝国は植民地の独立を認めてきましたね」
「同盟国の癖にな」
彼等がエイリスの力を弱め将来の太平洋経済圏の為にそうしているのは明らかだった。
「それでインド洋までの植民地は全部なくなったよ」
「ですが彼等が枢軸側につけば」
「植民地の独立を認めた奴等が連合からいなくなるか」
「後はソビエトとの関係がこじれれば」
本質的に資産主義と共有主義の違いがありしかも階級も君主制も否定しているソビエトならばだというのだ。
「後はです」
「ソビエトと手を切れれば」
「植民地奪回に動けます」
「そうなるか」
「このことも考えておきましょう」
「そうだよな。正直インドとか東南アジアがないとな」
イギリスも腕を組み難しい顔になり言う。
「かなりな」
「辛いですね」
「エイリスは植民地でもってるからな」
だからだというのだ。
「アフリカだけじゃな」
「どうにもならないです」
「今はドクツが来ないけれどな」
「もうすぐソビエトとの本格的な戦争に入りますね」
「どうやらそうみたいだな」
エイリスはその優秀な諜報部の活躍からこのことを察知していた。これもまた彼等にとってかなり重要な情報である。
「どっちが勝つかは」
「それはまだわかりませんが」
「ソビエト大丈夫かよ」
イギリスはドクツの勢いと兵器の質から言う。
「確かに数じゃ圧倒的に優勢だけれどな」
「ですがドクツ軍は強いです」
「こっちの本土での戦いだってな」
「危うかったですね」
「ああ、本当にな」
イギリスが最もよくわかっていることだった。
「あそこでロンメル元帥の軍が北アフリカに行ってないとな」
「我々は敗れていました」
「しかもあの時は東南アジアとかの戦力を回してだよ」
「ですが今はです」
「ああ、ないからな」
その植民地が独立したのだ。このことがまた話される。
「今度ドクツが来たらな」
「その場合ソビエトに勝利した後です」
つまり彼等の力を手に入れた状態でエイリスに来るというのだ。そうなれば。
「それではです」
「やばいな」
「出来ればソビエトには今回はです」
勝って欲しい、セーラはエイリスの切実な願いを口にした。
「敗れて欲しいですが」
「どうなるかな、あっちは」
「確かに国力はソビエトが圧倒しています」
広大な国土と無尽蔵とも言える資源、そして多くの人口。ソビエトはその全てにおいてドクツすら圧倒していた。
だがそれでもだと。セーラはここで言う。
「しかしドクツ軍は強いです」
「兵器の質は段違いだし将兵も訓練されてるしな」
「ドクツ軍はよく訓練され戦争に慣れ」
「しかも軍規軍律は厳正だな」
「その厳正さはまさに鋼です」
それだけ軍規軍律が厳しいのは他には日本軍位だ。ドクツ軍の軍規軍律の厳しさはプロイセン以来だがレーティアがそれをさらに厳格にさせたのだ。
「それ故に精兵となっています」
「ああ、本当に強いよ」
イギリスもその強さを認める。今もアフリカで戦っているだけに。
「あんな強い奴等は今までなかったな」
「そのうえ率いる提督達も名将揃いです」
レーティアがその目で登用している者達だ。凡将である筈がない。
「その三つが揃っているからこそ」
「ドクツは強いか」
「何よりも総統であるレーティア=アドルフ」
何といっても彼女だった。ドクツの強さの全ての源は。
「彼女がいます」
「あの総統がドクツを支えてるか」
「彼女が健在ではソビエトも勝てません」
「じゃあ負けるか」
「そうなうると思います」
セーラもそう見ていた。
「あくまで彼女がいる限りは、ですが」
「じゃあソビエトが破れたらか」
「今のうちに戦えるだけの戦力を集めましょう」
「そしてドクツが次にこっちに来る時に」
「勝ちます。エイリスは倒れません」
「ああ、俺だって今までここぞって時は負けてないんだ」
イギリスもセーラに意を決した顔を見せる。彼もこれまで何度も戦ってそれで敗れもしてきたが最後の最後の決戦では敗れていないのだ。
「劣勢のまま講和して負けたことはあったがな」
「はい、ですから」
「勝つさ」
イギリスはまたセーラに言った。
「それじゃあな」
「このロンドンは渡しません」
セーラも己の祖国に意を決した顔を見せた。
「例え何があっても」
「最後の一兵まで戦ってな」
「勝ちましょう」
セーラは強い顔のままだった。そして。
イギリスはその彼女にあらためてこうも言った。その言葉は。
「俺今まで沢山の女王さんを見てきたけれどな」
「それでもですか」
「エルザさんとあんたは一番好きかもな」
今度は微笑んでの言葉だった。
「いや、どの女王陛下も好きだけれどな」
「特にお母様と私はですか」
「エルザさんは明るくて気さくでな」
イギリスはそのエルザとも楽しい時間を過ごしてきた。このことは彼にとって懐かしい思い出にもなっている。
「それでいて頼もしくてな」
「有り難かったのですね」
「セーラさんもだよ」
そして彼女もだというのだ。
「凄く真面目で芯が強くて。だからな」
「だから?」
「放っておけないからな」
セーラを見ているとどうしてもそうした気持ちになるというのだ。
「だからこの戦いでも絶対にな」
「私と共にいてくれるのですか」
「俺と妹は何があっても女王さんの傍にいるからな」
微笑んでセーラに話す。
「そのことだけは忘れないでくれよ」
「私は一人ではない、ですか」
「エルザさんもマリーさんもいればな」
やはりこの二人は外せない、セーラにとって何にも替えられない家族だ。イギリスもこの二人のことは何があっても忘れない。
「俺達だっているんだ。一人じゃないからな」
「だからですか」
「背負い込むことないからな。何があっても俺達がいるからな」
「はい、では」
「皆で頑張ろうな」
イギリスは穏やかな微笑みでセーラに告げた。
「そして勝とうな」
「はい、絶対に」
セーラも微笑んで返す。エイリスは確かに苦境にあり続けている、だがそれでもセーラもイギリスも絶望してはいなかった。一人ではないからこそ。
TURN56 完
2012・9・19
ヒムラーの暗躍が続いているな。
美姫 「おまけに廃棄されたはずのドロシーの計画まで手に入れたみたいだし」
これが今後のドクツにどう影響してくるか、だな。
美姫 「今の所はまだ本格的に動いてはいないけれどね」
日本の方は順調だな。
美姫 「こちらは止まってられないしね。エイリスはエイリスで先を見据えて動き出したわね」
各地で色々と動きがある中、世界はどうなっていくのか。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。