『ヘタリア大帝国』
TURN47 東洋艦隊全滅
ネルソンとイギリス、それにクリオネが率いるエイリス東洋艦隊はアラビアにおいて戦闘用意に入っていた。その準備はというと。
「これでいいな」
「はい、全て整いました」
ネルソンがモニターからイギリスに話す。
「後は彼等を迎え撃つだけです」
「残ったのはこれだけか」
イギリスは自軍の艦隊を見ながら言う。
「寂しくなったな」
「本国からの艦隊、正規軍は違いますが」
「植民地艦隊がな」
現地で雇った彼等はどうかというと。
「殆ど全部逃げたからな」
「そしてその足で太平洋軍に加わっています」
「最初はこっちが圧倒的に有利だったんだがな」
イギリスは苦々しい顔で述べた。
「それが今じゃこうだからな」
「アラビアだけになりました」
「ここで負けたらもうな」
「我がエイリスは東方におけるものを全て失ったことになります」
彼等にとって甚だ不本意なことにだ。
「そうなります」
「インドは失ったがな」
これがエイリスにとって最大の痛手である。
「それ以上にな」
「エイリスの誇りがかかっています」
アラビアでの戦いにだ。エイリスの意地、即ち誇りがかかっていたのだ。その為にネルソンはイギリスに言うのである。
「何としてもです」
「勝つか」
「そうしましょう」
こう言ったのである。
「何としても」
「そうだな。それじゃあな」
「はい、それでは」
こうした話をしたうえで彼等は布陣を整えていた。そこにはクリオネ、そしてゴローンの姿もあった。
クリオネは隣にいるゴローンをやや不安そうな目で見てからこう言った。
「あのね。あんたね」
「何だ?」
「あんた自身も戦えるのよね」
「艦隊は指揮できないがな」
「じゃああの魔術で戦うの?」
「いや、ロボットがある」
ゴローンは胸を張って言う。
「俺専用の巨大ロボットがな」
「あんたそっち方面のヲタクでもあるのね」
キャラクターやコスプレだけではなかった。ゴローンはロボットヲタクでもあったのだ。
「色々趣味があるのね」
「俺はあくまでアニメやゲームだ」
「他には?」
「特撮も好きだ」
右手を拳にして言い切る。
「そして俺が乗る巨大ロボットでだ」
「戦ってるのね」
「如何にも」
その通りだというのだ。
「ただし実戦の経験はない」
「じゃあ駄目じゃない」
「駄目ではない。俺は実際にそのロボットを魔術で動かしてきた」
「魔術で動くロボットなの」
「如何にも。この戦いにも持って来てよかったか」
「別にいいわよ」
クリオネはゴローンのその申し出は断った。それと共に断った理由もちゃんとゴローン自身に話したのだった。
「そっちは」
「何だ?俺の巨大ロボットを見たくないのか?」
「どうせ出て来て一撃で倒されるでしょ」
クリオネは直感的にこう考えた。
「そうでしょ」
「むう、そう言うか」
「けれど事実でしょ」
「そんなことはない。俺のロボットは無敵だ」
「無敵でも何でも艦隊は正規の戦力よ」
ゴローンのそれとは違ってだというのだ。
「考えて開発、研究されてるから」
「俺のロボットに勝てるというのか?」
「その通りよ」
まさにそうだというのだ。
「どう考えてもね」
「全く。言ってくれるな」
「これでも軍隊も率いていたから」
東インド会社社長として東インド会社軍を率いていたことは伊達ではない。クリオネは一応そうしたことにも秀でているのだ。
「わかるわよ。あんたよりもね」
「艦隊の方がいいか」
「艦隊を出してもらったのは有り難いけれど」
だがそれでもだというのだ。
「ロボットには期待してないから」
「悲しいことだな」
「悲しいも何も事実でしょ」
クリオネの眉を顰めさせたうえでの言葉には微塵も容赦がない。
「銀河での戦いは艦隊で行なうものよ」
「ふん、俺はそんな常識には捉われないからな」
「勝手に言ってなさい。とにかくね」
ここでクリオネは前を見て言った。そこにはモニターがある。
そのモニターには太平洋軍が映っている。やはり魚が主力だ。
その魚達を見てだ。クリオネは言った。
「今回は絶対にね」
「勝つんだな」
「これでアラビアの権益まで失ったら面目丸潰れよ」
クリオネにしても意地があった。そして誇りもだ。
その誇り故にだ。彼女も言うのである。
「絶対に勝つわよ。今度こそね」
「そうか。それじゃあな」
「それじゃあって何よ」
「あんた顔もスタイルもいいからな」
ゴローンはクリオネのその顔立ちとスタイルを見て言う。
「コスプレとか似合うな」
「あんなの二度とお断りよ」
「普通のコスプレとかする気はないか」
「そんなのないわよ」
クリオネはきっとした顔になってゴローンに言い返した。
「ある筈ないでしょ」
「ブルマとかチャイナドレスとかバニーガールはどうだ」
「マニアックね」
「そういうのは好きじゃないか」
「ブルマってね。私はもう」
自分の年齢を考えるとそれはとてもだった。
「三十よ。三十でブルマって」
「しかしスタイルには自信があるな」
「胸もお尻も垂れてないし」
全て日頃の血の滲む様な努力の結果だ。
「ウエストだってね」
「引き締まってるな」
「これでも苦労してるのよ」
「それならそれを俺に見せる気はないか」
「ある筈ないでしょ」
クリオネはまたゴローンにこの言葉で言い返した。
「あんな恥ずかしい格好はね」
「全く。嘆かわしいな」
「あんたに言われたくはないわよ。それだけの魔術があって」
「俺は魔術の天才だ」
「代々の財産でヲタク趣味に没頭して」
「誰にも迷惑はかけてないからな」
「働く気ないの?占いなりして」
魔術といえば占いだ。それ故の言葉だ。
「そうした気はないの?」
「ないな。考えたこともない」
ゴローンは胸を張って述べる。ここでも胸を張っていた。
「全くな」
「それが駄目なのよ。つまりあんたニートじゃない」
「働かなくても生きていけるならばそれでもいいだろう」
「あんたはやり過ぎ。怠け過ぎじゃない」
「俺は怠け者ではない」
「怠け者でしょ」
働いていないからだとだ。クリオネは少なくとも勤勉なので彼女から見ればゴローンはそう見えるのだ。それ故の言葉だった。
「何処からどう見ても」
「全く。何処まで言われるのだ」
「体格もあるのに何やってるのよ」
「だから趣味に専念して生きている」
そのヲタク趣味にだというのだ。
「俺はそうしている」
「そういうのが駄目なんでしょ。とにかくね」
「太平洋軍が来ているな」
「頼んだわよ」
「任せろ。俺の魔術の艦隊は無敵だ」
その無敵の艦隊を入れて戦いに挑むエイリス軍だった。今両軍は対峙に入った。
砂嵐の中エイリス軍は見事な陣を敷いている。その先頭の艦隊を見てサフランが言った。
「あの先頭の艦隊ですが」
「ああ、気付いたたいな」
「祖国さんはおわかりですね」
「勿論たい」
インドはこうサフランに返した。
「あの艦隊は普通の艦隊ではないたい」
「魔術による艦隊ですね」
「アラビアのことたいが聞いたことがあるたい」
インドはここで己の記憶を辿って述べた。
「代々魔術を使う家があって」
「その家の人間がいますね」
「ああして魔術であらゆることが出来るたいが」
「その魔術師の力を借りましたか」
「そうたいな。エイリスも後がないたい」
アラビアがエイリス東方の最後の植民地だ。ここを失えばエイリスにとってただアラビアという植民地を失うだけでは済まないのだ。
誇りがかかっている。そしてその誇り故にだったのだ。
「戦いそして」
「勝つしかないからこそ」
「魔術師の力も借りてるたいな」
「ではその魔術師の艦隊は」
「バリアがあるたいな」
インドはその魔術の艦隊の特徴を見抜いていた。
「だからビームの効果は期待できないたい」
「そしてあの艦隊の兵器ですが」
「ビームしかないたい」
インドはこのことも見抜いた。
「とはいっても艦載機と鉄鋼弾は」
「この砂嵐です」
インドカレーの時なぞ比較にならぬまでの砂嵐が両軍の間を吹き荒れていた。視界は何とか維持できているがそれでもだった。
「これだけ激しいとなると」
「艦載機や鉄鋼弾の効果は期待できないたい」
「ではここは」
「ならやり方がある」
二人のやり取りに東郷が入って来た。そのうえでだった。
「それはそれでな」
「ではここは一体」
「どうするたい?」
「あの魔術の艦隊にはビームを主力とした艦隊は向けない」
攻撃しても無駄だからだ。
「だから他の艦隊に向けよう」
「そうされますか」
「そうする。そしてだ」
東郷はその作戦を話していく。
「バリアを置いている艦隊だな」
「またあたしの出番だね」
海亀が艦隊にいる南雲が出て来た。
「任せてくれていいんだね」
「ああ。それにだ」
「それに?」
「あの艦隊はどれも耐久力自体は大したことがないな」
その魔術の艦隊を見ての話だ。
「デーニッツ提督の潜水艦艦隊なら容易に壊滅させられる」
「じゃああたしはミサイルで攻撃していって」
「エルミー提督はいつも通り潜行して魚雷攻撃だ」
まさにいつも通りだった。
「そうしていこう」
「わかりました。ですが」
そのエルミーも出て来て言ってきた。
「私はこれまでは」
「ネルソン提督の旗艦ヴィクトリーか」
「あの艦隊を攻撃してきましたが」
「今回は別の秘策がある」
東郷は笑ってエルミーの懸念に返した。
「それがあるからな」
「だからですか」
「今回も任せてくれ」
東郷はいつもの余裕の笑みだった。
「そういうことでな」
「では」
「ああ、全軍攻撃開始だ」
東郷はあらためて指示を出した。
「このまま正面から攻める」
「了解」
「それでは」
皆東郷の言葉に応えてそのうえでだった。まさに全軍でエイリス軍に向かう。エイリス軍はその太平洋軍に対して悠然と布陣していた。
それを見ながらだ。イギリスが言った。
「先頭の魔術の艦隊は盾だな」
「はい、そうです」
ネルソンがそのイギリスに答える。両軍の間は銀河ではなく砂嵐が吹き荒れ視界を確保できるのがやっとの状況だった。
その中でだ。イギリスはゴローンが出した魔術の艦隊を見て言うのだ。
「まあ。人はいないしな」
「最高の盾かと」
「ビームが効かないことが大きいな」
「その通りです。ですが」
ここでこうも言うネルソンだった。見ればだ。
太平洋軍はその魔術の艦隊に一個艦隊を向けていた。イギリスはその艦隊を見てそのやけに太い眉を顰めさせた。
「何だ?四個艦隊に一個艦隊で向かうのかよ」
「海亀が艦隊の中にいますが」
「バリアはしてるな。それにミサイルを持ってる魚もいるな」
そこから一つの答えが出た。
「向こうも気付いたみたいだな」
「インドさんですね」
「だろうな。あいつはアラビアのことも知ってるからな」
それでだった。
「気付かれたな」
「その様ですね。主力はこちらに向かってきています」
その通りだった。太平洋軍の主力はエイリス軍の正規の、人間がいる艦隊に向かっていた。その艦隊を見て言うのだった。
「では」
「正面からの決戦になるな」
「その様ですね」
「こっちはビームが主力だ」
だから砂嵐での戦いは苦にならないのだ。
「ビームとビームだ」
「後は数と戦術ですね」
「そうなるな。じゃあ正面からな」
「正々堂々と戦いましょう」
こう話してだった。両軍は戦いに入った。まずは太平洋軍の魚から小魚達が放たれる。だがその小魚達の攻撃も。
「効率が悪いな」
「はい、視界の関係で」
秋山が東郷に話す。
「ああなっています」
「普段の三割か」
「三割程しかダメージを与えていません」
そうなっていた。実際に。
「予想していましたが。厳しいですね」
「そうだな。それではだな」
「鉄鋼弾も同じです」
日本軍が得意とするそれによる攻撃もだった。
「思う様な効果は出ないでしょう」
「あちらも三割か」
「その程度です」
これが彼等の予想だった。
「やはり期待できません」
「だからこそビームだ」
その攻撃に頼るというのだ。
「そうしよう」
「わかりました。それでなのですが?」
「それで?」
「ネルソン提督のことです」
今のエイリス軍を率いる彼の存在はやはり大きかった。
「彼については」
「考えがあると言ったな」
「はい、そのお考えは」
「ビームだ」
東郷は素っ気無く答えた。
「ここはビームを使う」
「ビームを!?」
そう聞いて秋山は眉を顰めさせた。
「しかしそれは」
「普通はだな」
「はい、ネルソン提督の艦隊はバリアが充実しています」
普通の状況ではないのだ。だから太平洋軍は今までネルソンの艦隊への攻撃はエルミーの潜水艦艦隊に任せていたのだ。
だがここでだ。東郷はビームで攻撃すると言ったのだ。秋山がその眉を顰めさせるのも理由がないことではなかった。
だがすぐにだ。秋山はその眉を戻してこう言った。
「そういうことですか」
「わかったな」
「はい、狙うのですね」
「そうだ。ブラッドレイ提督の艦隊を向かわせる」
東郷は余裕のある笑みで述べる。
「ネルソン提督の艦隊にはな」
「それではそのうえで」
「全軍ビームによる攻撃を行なう」
エイリス軍全体に仕掛けるというのだ。
「いいな」
「わかりました。それでは」
こうしてだった。太平洋軍は全軍でビームを浴びせた。小魚は使えなかったがそれでもその攻撃を受けてだった。
エイリス軍はダメージを受けた。だがイギリスはここでこう言ったのだった。
「伊達にここまで俺達を破った訳じゃないな」
「そうですね。残念ですが」
クリオネもそのイギリスに応えて言う。
「敵は強いです」
「ビーム攻撃もかなり強いな」
「はい、今の攻撃で結構なダメージを受けました」
クリオネの率いる艦隊もダメージを受けていた。それは無視できるものではなかった。
「ですがまだ」
「ああ、ネルソン提督がいるからな」
イギリスは全体の指揮を執る彼がいるヴィクトリーを見た。ヴィクトリーは毅然として銀河にいる様に見えた。
「あの艦隊にはな」
「ビームが通じません」
クリオネも全幅の信頼を寄せていた。
「セイレーンがいますが」
「あれな。けれどな」
「今は鉄鋼弾は使えません」
既に彼等もセイレーンが鉄鋼弾攻撃を行なうことはわかっていた。わかっていることはこのことだけだったが。
「ですから」
「安心していいな」
「今度こそ一矢報いることができます」
アラビアを守ることができる、そうだというのだ。
「そうできますね」
「日本は一度負けると終わりだからな」
そこから連合軍の反撃を受けてだというのだ。イギリスが今言うことはその通りで日本に後がないことは変わっていない。
「ここで負けるとな」
「ガメリカ、中帝国からの攻撃を受けて」
「降伏するしかないからな」
「我々の勝利になりますね」
日本にはとだ。クリオネも言う。
「インドは失いましたが」
「これからはこのアラビアとアフリカだけでやってくしかないか」
イギリスはこれからのことも考えていた。
「そうするしかないか」
「そうですね。ですが私は」
「アフリカは好きじゃないか」
「アジアが好きなんです」
クリオネの趣味だった。その辺りは。
「ですから」
「その辺り難しいな」
「特にインドが」
クリオネは未練があった。それはどうしようもなかった。
「インドで死にたかったです」
「けれどな」
「わかっています。インドはもう」
独立した。それではだった。
「どうしようもありません」
「そうだよ。太平洋経済圏に入ったさ」
インド洋の国だがアジアということで入ったのだ。太平洋経済圏の正式名称はアジア太平洋経済圏なのだ。
「俺達の手の届く範囲じゃなくなったぜ」
「残念です」
クリオネは唇を噛み締めて泣きそうな顔になった。
「この状況は」
「ああ、俺達が太平洋経済圏に入りたいって言ってもな」
「誰も賛成しませんね」
「あの連中がそんなこと賛成するかよ」
イギリスはガメリカと中帝国のことについて言及した。
「欧州の国だからな」
「それが理由ですね」
「絶好の口実だよ」
この場合理由と口実は同じ意味だった。
「うちが欧州にいるっていうのはな」
「そうですね。本当に」
「ああ、どうしようもねえ」
イギリスは忌々しげに言い続ける。
「太平洋経済圏には入られないさ」
「そうですね。それでは」
「インドまでの植民地は忘れるしかないさ」
これがエイリスの今の現実だった。
「これからはな」
「このアラビアとアフリカで」
「やっていくしかないんだよ。それじゃあな」
「この戦いに勝ちましょう」
「やるぞ。いいな」
「わかりました」
エイリス軍は反撃の時を待っていた。それはネルソンを中心として行なわれる筈だった。太平洋軍のビーム攻撃を凌いでからまだ数では優位にあるそれを活かして攻めるつもりだった。
だがそのネルソンの艦隊にだ。キャシーは照準を定めて部下達に言った。
「じゃあやるよ」
「いよいよですね」
「これからですね」
「ああ、やるよ」
こう部下達に言ってだ。モニターに映るネルソンの旗艦ヴィクトリーを見ていた。
「今からあの戦艦を沈めるよ」
「あの艦隊にはバリアがありますが」
「それでもですね」
「あれ位のバリアならやれるさ」
これがキャシーの言葉だった。
「充分ね」
「ではこれからですか」
「あの艦隊に総攻撃をですね」
「全艦でやるよ」
こう言ってだ。そうしてだった。
キャシーはネルソンの艦隊、特にヴィクトリーに照準を合わせた。そのうえで今一斉攻撃を浴びせたのだった。
だがその光の矢達を見てもネルソン艦隊の将兵達は悠然としていた。
「ふん、どんなビームでも我等には効かないぞ」
「我が軍のバリアは破れはしない」
「鉄鋼弾が効かない今はな」
「恐るるに足らずだ」
こう言って安心しきっていた。自分達を守る盾、バリアに絶対の信頼を置いていた。
その為回避行動すら取らなかった。だがそれは。
ヴィクトリーを正面から撃った。それで戦艦は大きく揺れた。
「!?馬鹿な!」
「ヴィクトリーがダメージを受けた!」
「バリアが効かなかったのか!?」
「まさか!」
「いや、これは」
ネルソンだけは冷静だった。流石に動じはしない。
しかし前を見てだ。彼はこう言った。
「バリアを貫通した。バリアの一点を見て」
「バリアの!?」
「バリアの一点をですか」
「そうだ。どの様な盾にも脆い部分がある」
ネルソンもバリアを盾に例えて話す。
「その一点を突けば盾は壊れる」
「ではバリアもですか」
「脆い部分を突けば」
「そうだ、崩れる」
そうなるというのだ。
「それを突かれたのだ」
「だからですか」
「今ヴィクトリーも」
「それを見極める者がいるとは」
ネルソンは眉を曇らせていた。微かだが。
「思わなかった。だが」
「艦隊は戦闘不能になりました」
「このヴィクトリーも」
今の一撃で完全に行動不能になってしまっていた。攻撃することも出来ない状況に陥ってしまっている。
「どうしようもありません」
「ここはどうされますか」
「総員退艦するしかないな」
ネルソンは最後の選択肢を述べた。
「ここはな」
「では提督も」
「今より」
「私は最後にする」
指揮官として総員退艦の指揮を執るというのだ。
「ここはな」
「それではですか」
「今から」
「そうだ。諸君等は脱出するのだ」
ネルソンはあらためて命じた。
「他の艦艇もだ」
「今の攻撃で全艦行動不能になりました」
「我が艦隊は全滅です」
キャシーの艦隊の今の攻撃、一撃でそうなってしまったのだ。
「では全艦から」
「脱出しましょう」
こうしてだった。ネルソンの艦隊から将兵達が脱出しようとする。しかしその彼等のところにキャシーの艦隊が来た。キャシーは部下達にこう言った。
「いいかい、艦艇も将兵もね」
「全てですね」
「捕虜とするのですね」
「船も手に入れるよ」
キャシーはこのことも言い忘れなかった。
「いいね、全部だよ」
「はい、それにしてもまさかバリアを貫通するとは」
「あれには驚きました」
「あたしには見えるんだよ」
キャシーはここで言った。
「バリアの脆い場所がね」
「そこを突けばですね」
「ああしてですね」
「バリアを破られる」
「そういうことですね」
「そうだよ。どんなバリアでもね」
キャシーは強い声で話す。
「ポイントってやつがあるんだよ」
「そこを突けばどんなバリアでも破られる」
「そういうことですか」
「そうそう、キャシーの特技だね」
ネクスンが出て来て話に入って来た。モニターに案山子にしか見えない妙にひょろ長い顔と身体が出ている。
「昔からバリアを貫けるんだよ」
「見極めれば簡単さ」
キャシーは己の乗艦の艦橋で腕を組み不敵な笑みを浮かべている。
「どんなバリアでもね」
「普通はできないけれどね」
「あたしが普通じゃないっていうのかい?」
「だから特技なんだよ」
キャシーのそれだというのだ。
「まさにね。ただね」
「ただ?」
「これでネルソン提督は捕虜になるね」
「ああ、大金星だよ」
キャシーはまた満足している笑みになって言った。艦橋で腕を組んで立ち仁王立ちになってさえいる。その姿はじゃじゃ馬そのものだった。
「やれたよ」
「本当にな。それじゃあな」
「あたしはこれからネルソン提督を捕虜にするからね」
「後は僕に任せろ・・・・・・あっ」
ネクスンは言おうとしたがここで異変が起こった。
彼の靴紐が急に切れた。ブチッという音がした。その音を聞いてキャシーも顔を顰めさせた。
「あんた、今は前線に出ない方がいいよ」
「んっ?靴紐が切れただけじゃないか」
「それが問題なんだよ」
キャシーは知っていた。ネクスンの靴紐が切れた時に何が起こるかを。そしてそれが今だったのだ。
「だからね」
「下がれっていうのかい?」
「さもないととんでもないことになるよ」
「ははは、大丈夫だよ」
ネクスンは自分の祖国の様に笑ってキャシーに述べた。
「僕は運がいいんだぞ」
「あんたは生きられてもね」
「安心してくれ。何があっても平気さ」
ネクスンはキャシーが止めるのも聞かず前に出た。すると。
そこにエイリス軍の反撃が来た。イギリスはネクスンのその艦隊を見て全軍に告げた。
「ネルソンの仇だ!やってやれ!」
「はい、見ていろ!」
「やられてばかりじゃないからな!」
そのエイリス軍の集中攻撃を受けた。それでだった。
ネクスンの艦隊は吹き飛んだ。まさに一瞬だった。キャシーはその吹き飛んだ有様を見てぽつりと言った。
「だから言ったんだよ」
「何、あれ」
ハニートラップが呆れ返った顔でキャシーに尋ねてきた。
「一瞬で馬鹿みたいなダメージ受けたけれど」
「あいつはね。靴紐が切れたらね」
「運がなくなるのね」
「そうなんだよ。ああしてね」
「全艦撃沈よ」
普通では考えられないダメージを受けてだ。
「どういう訳か総員脱出できたみたいだけれど」
「それが不思議なんだよ。どれだけダメージを受けてもね」
「生き残りはするのね」
「そうなんだよ。特にあいつ自身はね」
ネクスンは何があっても死なないというのだ。
「不死身みたいにね」
「あいつも特技あるのね」
「あたしは見極めだけれどあいつは運なんだよ」
本人の資質とはまた別のものだというのだ。
「そこが違うんだよ」
「そういうことなのね。とにかくね」
「ああ、あいつが集中攻撃を受けたからね」
本当にエイリス軍のビーム攻撃の殆ど全てを受け持った。それでだった。
「あたし達は攻撃を受けなかったね」
「それ考えるといいことね」
「じゃああらためてね」
「ええ、今度はミサイル攻撃ね」
「そうしようかい」
キャシーとハニートラップもこう話して今度はミサイル攻撃に入る。それでも敵艦隊を倒していく。その中でだった。
イギリスは歯噛みする顔で戦局を見てこう自国の将兵達に漏らした。
「やばいな」
「はい、ネルソン提督は捕虜になった様です」
「それに敵の攻撃で」
今ミサイル攻撃を受けた。周囲はダメージを受けた艦艇があちこちにある。
「全軍の損害が無視できなくなってきました」
「これはどうされますか」
「魔術の艦隊はどうなってるんだ?」
イギリスは将兵達にまずはこのことを問うた。
「そっちの方はどうだ」
「はい、四個艦隊のうち一個が敵艦隊の攻撃で消え去りました」
「そして今」
エイリス軍のミサイル攻撃も行なわれたがネルソン艦隊の壊滅による指揮系統の混乱と全軍のダメージのせいで効率は悪かった。太平洋軍に思う様なダメージを与えられていない。
そこに今度は鉄鋼弾攻撃だった。それがはじまろうとしていた。
「また一個消え去りました」
「あれはどうやら」
「セイレーンだな」
イギリスもわかった。その敵艦隊のことを。
「それがあっちに行ってるな」
「はい、魔術の艦隊もセイレーンには為す術がありません」
「姿が見えないので」
「本当にまずいな」
イギリスは表情にある苦々しげなものをさらに強くさせていた。
「これはな」
「ネルソン提督も捕虜になりましたし」
「頼みの魔術もこれでは」
「くそっ、まさかな」
イギリスの脳裏に不吉なものが宿った。それはというと。
「この戦いでもな」
「敗北ですか」
「遂にですか」
「かもな。これはな」
そのことを考えるしかない状況になっていることは確かだった。
「本当にまずいな」
「あの、祖国さん」
ここでクリオネがモニターからイギリスに言ってきた。
「ミサイル攻撃は凌ぎましたが」
「それでもかよ」
「はい、鉄鋼弾攻撃が来ます」
見れば太平洋軍が接近してきていた。そのうえで。
至近距離で酸素魚雷を放ってきた。それは砂嵐で威力は弱まっていたがそれでもだった。
エイリス軍を撃つ。エイリス軍は各艦単位で回避運動を行なったが避けきれない艦艇もあった。その艦艇達がだった。
通常よりも低いがダメージを受けた。クリオネはその攻撃を乗艦を上下左右に艦をきしむ様に動かしてから言った。
「威力は弱まってますが」
「ダメージは受けるな」
「はい、また多くの艦が沈みました」
行動不能に陥っている艦も多かった。
「このままでは」
「わかってるさ。じゃあな」
「ここはどうされますか」
「今どれだけ残ってるんだ?」
イギリスが問うのはこのことだった。
「戦局の方は」
「はい、半数です」
そこまで鎮められるかダメージを受けたというのだ。
「残っているのは」
「そうか」
「ではどうされますか」
「ネルソン提督は救出できるか?」
イギリスは最後の願いを託す様にクリオネに問うた。
「できそうか?」
「いえ、残念ですが」
既に太平洋軍の艦艇に乗艦ヴィクトリーは拿捕されている。クリオネはモニターでそれを見ながらイギリスに答えた。
「最早」
「そうか。それじゃあな」
「はい。残念です」
クリオネも落胆しきった顔で述べる。
「この状況では」
「これ以上戦っても損害を出すだけだな」
イギリスはこうも言った。
「それならな」
「撤退ですが」
「全軍スエズまで撤退だ」
イギリスがネルソンに代わって指示を出した。捕虜になってしまった騎士提督の代わりに。
「いいな。そうするぞ」
「わかりました。それでは後詰は私が」
「おい、いいのかよ」
「私にも意地があるんです」
クリオネはその目を燃え上がらせてイギリスに述べた。
「ですからお任せ下さい」
「いいのかよ。下手したら」
「もう失うものもないですから」
まだ東インド会社のことを言う。
「やらせて下さい」
「そうか。それじゃあな」
「祖国さんはお逃げ下さい」
クリオネはイギリスに勧めた。
「スエズまで」
「死ぬんじゃねえぞ」
イギリスはクリオネに述べた。
「いいな。じゃあな」
「はい、それでは」
こうしてイギリスはスエズまで撤退に入った。彼はまだ動ける艦艇を率いて戦場を離脱していく。クリオネは数少ないまだ戦える艦艇を率いて後詰を務めた。艦橋にいる彼女の横には今もゴローンがいる。
その彼がだ。こうクリオネに言った。
「おい、いいんだな」
「何?ロボットならいいわよ」
「出すつもりだがいいんだな」
「今更いいわよ」
クリオネは腕を組み不機嫌な顔で述べた。正面を見ていてゴローンは見ていない。
「この状況じゃね」
「出しても同じだっていうんだな」
「そうよ。魔術の艦隊を出してくれたことは感謝するけれどね」
「礼には及ばん。コスプレを見せてもらったからな」
「そう言うのね。じゃあね」
「じゃあ。何だ?」
「あんたさっき言ってたけれど」
クリオネは指揮を執り続ける。モニターに映る太平洋軍を見据えながら語る。
「コスプレのことね」
「バニーガールか?」
「チャイナドレスでもブルマでもチアガールでもよ」
「競泳水着にスクール水着、レオタードにコギャルにボンテージ、フライトアテンダントも持っているぞ」
「全部着てあげるわよ」
こうゴローンに言うのだった。
「お互いに生き残ればね」
「おい、本当にいいんだな」
「魔術の艦隊を出して助けてくれたからね」
「あっさりと全滅したがな」
もう一隻も残っていない。穂等に消し飛んでいた。
「それでもなんだな」
「経営者に必要なのはね」
「経営センスだな」
「違うわよ。誠実さよ」
それが必要だというのだ。
「それがないとね」
「経営者は駄目か」
「そうよ。経営センスは二番目」
必要だが第一ではないというのだ。
「まずは誠実さよ」
「誠実さがないと駄目か」
「信用できないから」
それでだというのだ。
「信用できない相手と一緒に仕事なんてできないでしょ」
「それはその通りだな」
「そうよ。だからよ」
クリオネはゴローンに言うのだった。
「貴方にはお礼をするわ」
「そうしてくれるか」
「お互いに生き残ればね」
そうした前提があるがそれでもだというのだ。
「そうしましょう」
「わかった。ではその時はな」
「さて、どんどん来るわ」
太平洋軍が迫っていた。それを見ての言葉だった。
「いいわね。足止めにかかるわよ」
「ああ、それじゃあな」
こう話してだ。ゴローンも魔術の艦隊をまた出した。そのうえで迫り来る太平洋軍に向かった。しかし最早何をしても焼け石に水だった。
エイリス軍は全滅した。クリオネもゴローンも乗艦を撃沈されてしまった。そして二人揃ってであった。
「参ったわね」
「本当にな」
「こうなったらね」
「逃げられない。どうする」
「どうすってもうね」
どうかとだ。クリオネは苦々しい顔でゴローンに答えた。
「降伏するしかないじゃない」
「それしかないか」
「私死ぬつもりはないから」
自暴自棄になりかけてもそれはなかった。
「生きていればまたチャンスがあるわ」
「イギリスさんに言われたことだな」
「そうよ。祖国さんに言われたらね」
祖国に言われた言葉は心に残る。それはクリオネとて同じだった。
「そうしないといられないから」
「だからか」
「私は生きるわ」
例え捕虜になってもだというのだ。
「絶対にね」
「そうするか。ではだ」
「あんたはどうするの?それで」
「俺は特にな」
ないというのだ。ゴローンの場合は。
「また元の生活に戻るもよし」
「ヲタク生活を満喫するのね」
「そう考えているがな」
「じゃあそうしたら?」
クリオネはゴローンのその言葉を受けてこう返した。
「貴方の好きな様にね」
「すればいいか」
「ええ。それじゃあ一旦日本の捕虜になってね」
「それからだな」
「そういうことね」
こうした話をしたうえで二人は太平洋軍の捕虜になった。エイリスはアラビアまでも失った。残存艦隊を率いてスエズに入ったイギリスは迎えに来たモンゴメリーにまずはこう言った。
「ネルソンさんはな」
「捕虜になった様ですね」
「ああ、けれどな」
「彼は騎士提督として如何だったでしょうか」
「あれだけの騎士提督は滅多にいなかった」
ネルソンにとって最高の賞賛の言葉だった。
「本当にな。素晴らしい騎士だったぜ」
「そうですか。ネルソンも喜びましょう」
祖国の言葉を聞いてだ。モンゴメリーもその顔を綻ばさせる。
「有り難きお言葉」
「それだけれどな」
「はい、今後のことですね」
「俺は一時本国に戻るな」
こうモンゴメリーに話すのだった。
「それで女王さんに報告してくる、一連の戦争のことをな」
「そうされますか」
「スエズの方にも何かあればすぐに来るからな」
イギリスはスエズの状況をざっとだが見回した。一瞥しただけで将兵に疲労の色が濃いことがわかる。苦戦の連続で彼等もそうなっているのだ。
「頑張ってくれよ」
「お任せ下さい。それではです」
「ああ、何だ?」
「まずはお茶を」
モンゴメリーは丁寧な微笑みで己の祖国に告げた。
「そうされますか?」
「んr?そういえばそろそろか?」
「ティータイムです」
その時間だというのだ。エイリス人にとって欠かせない。
「その時間ですが」
「そうか。それじゃあな」
「まずはお茶にされますか」
「そうだな。シャワーを浴びてもいいがな」
それで戦塵を落とそうとも考えた。だが今はそれよりもだった。
「まずはな」
「はい、まずはですね」
「その言葉に甘えていいか?」
「ではすぐにお茶を用意しますね」
「ミルクティーと。それにだよな」
イギリスの顔が自然に綻んでくる。彼にとっても国民にとってもティータイムとは欠かせない一時なのだ。
「三段のな」
「ティーセットも用意しています」
「上はスコーンだな」
「クリーム添えています」
モンゴメリーもその顔を綻ばさせて話す。
「そしてそれに加えて」
「中段はサンドイッチでな」
「下段にはケーキとフルーツです」
まさに完璧な三段ティーセットだった。
「これで如何でしょうか」
「最高だよ。これ以上はない位だよ」
イギリスは本心からこうモンゴメリーに言った。
「じゃあ今からな」
「はい、お茶にしましょう」
モンゴメリーはまずは祖国を癒すことを選んだ。他の将兵達も。だがエイリスは東方の植民地と多くの戦力を永遠に失ってしまった。このことは隠しようもなかった。
TURN47 完
2012・8・16
エイリスは三提督の一人を欠いてしまったか。
美姫 「今回は中々に日本も危うい所だったけれどね」
どうにか、バリアを攻略したな。
美姫 「これで更なる戦力の増強となるかよね」
さてさて、捕虜になった人たちはどうなるのか。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。