『ヘタリア大帝国』
TURN32 奇襲
ルースも四姉妹もだ。この時はというと。
ホワイトハウスの会議室にいた。アメリカ兄妹も一緒だ。
その中でアメリカがだ。陽気にこう言った。
「日本への要求はかなり言ったな」
「ええ、あれね」
ハンナが自分の祖国に応える。
「あの一連の要求ね」
「あれは飲まないと思うぞ」
こうだ。アメリカは右手の人差し指を立てて明るく話す。
「僕だと戦争に入るな」
「そうね。祖国さんでもそうね」
「僕でもっていうと?」
「あれはその為に出したものなのよ」
そうだとだ。ハンナは余裕のある笑みで言うのだった。
「あえてね」
「日本帝国と戦争をする為にか」
「どうしてもね。太平洋経済圏を築く為にはね」
「日本が邪魔なのか?」
「そうよ。あの国の場所が厄介なのよ」
宙政学的にだ。ガメリカにとって厄介な場所にあるというのだ。
「だからね。あえてね」
「そうなのか。だからなのか」
「あと。エイリスの植民地ね」
次に邪魔なのはそれだった。
「あそこを何とかしないとこれまたね」
「植民地か。よくないな」
「そう。日本にはエイリスを叩いてもらうわ」
ガメリカ自身が手を下せないからだ。それでだというのだ。
「植民地、ベトナムまではね」
「インドはいいのか?」
「インド、ね」
インドと言われてもだ。ハンナはというと。
腕を組みその青い目に微妙な光を帯びさせてだ。こう自分の祖国に答えたのだった。
「太平洋ではないし。それに」
「それに?」
「どういった国なのかよくわからないのよね」
ハンナもインドについてはあまり知らないというのだ。
「だから特にね」
「気にしないのか?」
「独立はしてもらうわ」
これは絶対条件だった。植民地を否定するガメリカの主張からもそうだがそれ以上にエイリスを弱める為にもインドの独立は絶対のことだった。
だがそれでもだとだ。ハンナはその微妙になった顔でアメリカに言うのだった。
「けれどね」
「太平洋経済圏には入れないんだな」
「それ位なら中南米よ」
そちらにするというのだ。
「むしろね」
「中南米か」
「そう。キューバもだけれど」
この国の他にもだった。中南米の国々は。
「メキシコにブラジルね」
「あの一体の国々か」
「太平洋に入れた方がいいわね」
インドよりもそうした国々の方がいいというのがハンナの意見だった。
「むしろね」
「そうか。ハンナはそうした考えなんだな」
「ええ。祖国さんはどう思うかしら」
「それでいいんじゃないのか?」
アメリカもインドについては疎い。それならだった。
彼もこれといって選択肢がなくだ。こう言うしかなかった。
「それじゃあまずは中南米だな」
「ええ、そこを加えるべきよ」
「わかった。それじゃあな」
こうしてインドよりも中南米が取られることになった。だが。
ここでだ。キャロルがむっとした顔でこうハンナとアメリカに言ってきた。
「あそこ!?あそこは」
「そう。ケツアル=ハニーがいるわ」
ドロシーも言ってくる。
「あのわからない存在が」
「っていうかあの連中何なの?」
キャロルは完全に正体不明の存在について話す顔になっている。
「無茶苦茶訳わからないけれど」
「ああ、キャロルもなんだね」
アメリカ妹が兄の横の席から無造作な感じで言ってきた。
「あの連中は訳わからないんだね」
「妹ちゃんもなのね」
「っていうか変な国だよね、あそこは」
「だからよ。あそこと戦うことになるわよね」
「そうなるわね。必然的に」
ハンナはここでは冷静な顔でキャロルに答えた。
「中南米はもうあの国が支配しているから」
「何かねえ。日本はまだわかるけれど」
だが、だ。その国はどうかというのだ。
「変態ばっかりっていうか。あれ埴輪よね」
「そう。埴輪」
ドロシーが横からキャロルに話す。
「古代日本の人形」
「何でそれが中南米にあるのよ」
「それは私も知らない」
このことも謎だった。日本帝国と中南米の接点の問題も。
「聞かれても困る」
「ううん、あそこを攻めるのは嫌だけれど」
「けれど中南米にはかなりの資源があるから」
それ故にと言うのはクーだった。いつも通り控え目だ。
「太平洋経済圏に加えれば大きいわ」
「じゃああの埴輪も太平洋に入るわけ?」
「ええ」
その通りだとだ。クーはキャロルにこくりと答えてみせた。
「そうなるけれど」
「どうなのよ。それって」
「どうって言われても」
「無茶苦茶変な連中も入るのね、太平洋って」
「ははは、面白いじゃないか」
アメリカは埴輪軍団に対しても笑って済ませる。
「何も普通の人間だけじゃ駄目ってこともないからな」
「まあねえ。日本じゃ犬の頭をした犬の神様もいるらしいからね」
キャロルはまずは柴神について言った。
「あとうちにもね」
「ハワイのあの王様ね」
「あの人は超人って言うのよね」
キャロルはある人物についてだ。アメリカ妹と共に話した。
「宇宙空間でも平気だし」
「素手で怪獣も倒せるしね」
「あれは正直に凄いわ」
引きながらもだ。キャロルはその人物を素直に称賛した。
「ガメリカに国を譲ってくれたしね」
「まさかあっさりと譲ってくれるとは思わなかったね」
「ええ。あれは本当に驚いたわ」
こうした話もするのだった。そして。
その話の中でだ。ようやくといった感じで大統領であるルースが口を開いた。
彼はたどたどしい調子でこう述べたのだった。
「ではインドは放っておこう」
「それがガメリカ政府の決定ね」
「うん。私は中帝国には詳しいが」
ルースは実は親中派だ。あの国とは祖先から縁があるのだ。その為彼の行う政策は中帝国寄りのものが多いのだ。ガメリカの伝統政策であるモンロー政策とはまた別に。
「インドについてはどうもな」
「知らないのね」
「もう少し学生時代に勉強しておくべきだったか」
ハンナにだ。ルースはこうも言った。
「インドのことは」
「別にいいんじゃないの?だってインドっていったら」
どうかとだ。ハンナも言ってくる。
「あたしも知らないし祖国ちゃん達もよね」
「そうだな。よく知らないな」
「あたしもね」
実際にだ。アメリカ兄妹はこうキャロルに答える。
「インドとは付き合ったこともあまりないしな」
「どうって言われても困るんだよね」
「そういうことよ。だからインドは別にいいじゃない」
独立はしてもらっても、というのだ。キャロルもインドにはこうした考えだった。
「だからミッちゃんの政策には賛成よ」
「そこはミスターよ」
クーがそっとふざけるキャロルを注意する。
「キャロルは砕け過ぎよ」
「だって祖国ちゃんはそれでいいっていうし」
「祖国さんは祖国さん、プレジデントはプレジデントだから」
「駄目っていうの?」
「そう。気をつけないと」
「そう。じゃあミスターで」
クーに言われてだ。キャロルは訂正した。
「これでいいのよね」
「ええ。よく守ってね」
「何か厳しいわね」
「厳しいのじゃなくて常識だから」
こうしたことは言うクーだった。
「本当に気をつけてね」
「はいはい、わかったわよ」
ここではむっとした顔で返すキャロルだった。そうした話もあった。
その中でだ。ルースは言うのだった。
「後は。日本が攻撃してきたなら」
「マニラにいる艦隊はね」
ハンナがこのことについても話す。
「今は休暇中ね」
「皆楽しくバカンスに興じているぞ」
アメリカがハンナに話す。
「そうしているからな」
「そう。じゃあ臨戦態勢には入っていないのね」
「今から僕が言って言おうか?」
「どうしたものかしら」
何故かここでだ。ハンナはというと。
少しの間考える顔になり視線を動かしてからだった。こう言ったのだった。
「どのみちマニラは一旦陥落してもらうけれど」
「そして東南アジアだな」
「ええ。予定通りね」
日本帝国に攻めてもらうつもりだというのだ。東南アジアもまた。
「そうしてもらうから」
「なら備えはどうするんだ?」
「今マニラもマイクロネシアもバカンスで」
しかもだった。
「ソロモンにも大した兵力を置いていないわね」
「今攻められたら終わりだよ」
アメリカ妹も言う。
「あっという間だよ」
「ええ、それならもうこのままでいいかしら」
ハンナは考えてから述べた。
「下手に戦うよりはね」
「じゃあ一次撤退か?」
「無理はしないで」
ハンナは実際にマニラに赴くアメリカに告げた。
「こう伝えて」
「わかった。それじゃあな」
「さて、後は」
ここでハンナは話題を変えようとしてきた。
「医療政策ね」
「そのことへの予算のお話もするのね」
「そうよ。クー、あの見積もりは」
「できてるわ」
こう言ってすぐにだ。クーは自分の席の上に一冊の厚いファイルを出してきた。そのファイルをハンナに渡してから言うのだった。
「これだから」
「見させてもらうわね。問題は予算ね」
「結論から言うと予算は」
「上手くいったのかしら」
「ええ、大丈夫だったから」
クーはハンナに答える。
「後はハンナでもチェックしてみて」
「そうさせてもらうわね」
こうした話をしていた。彼等は戦争が間も無く行われることはわかっていた。
だがそれが何時かはわからずだ。今はこうした福祉政策のことも話していた。
その彼等のところにだ。驚くべき使者が来たのだった。
「プレジデント、祖国殿おられるでしょうか」
「むっ、何だね」
「何かあったのか?」
ルースとアメリカが急いできたと言う感じで額にうっすらと汗を書いている背広の役人に尋ねた。
「まさかと思うが」
「遂になのか?」
「日本大使館から来ました」
役人はそのまま述べていく。
「何と日本本人が」
「何っ、日本がなのか」
これにはアメリカも驚く。
「ということはまさか」
「まずいわね」
ここでだ。ハンナは思わず歯噛みした。
そしてそのうえでだ。こう言うのだった。
「今戦争に入れば」
「そうだね。やっと準備に入ろうっていう段階だしね」
アメリカ妹が言う。これはマニラやミクロネシアだけではなかった。
ガメリカ全域がだった。そんな考えは殆どなかったのだ。
だが戦争がはじまろうとしている。その中でだった。
今度はキャロルがアメリカに言った。
「ここで攻められたらね」
「かなりまずいぞ」
「ええ、バカンス中なのに」
「例え敗れるにしてもね」
一旦だがそれでもだと。ハンナも言う。
「負け方があるから」
「ならどうするの」
ドロシーはこの状況でも冷静だった。
そしてその冷静な状況でだ。ハンナに問うたのである。
「ここは」
「宣戦布告から戦闘まで時間はあるわ」
これは普通の戦争の常識でのことだった。
「それならね。すぐにね」
「休暇は中止ね」
「ええ、総員戦闘配置よ」
方針は即座に変わった。まさに一変だった。
「祖国さんはマニラに向かって」
「わかった。それならな」
「妹さんはハワイに」
「マイクロネシアじゃないんだね」
「マイクロネシアが陥ちたらハワイが危ういから」
だからだというのだ。
「万が一ハワイを攻め落とされたらいけないから」
「だからなんだね」
「ええ。妹さんはハワイよ」
そしてそこで守りを固めろというのだ。
「そうしてくれるわね」
「わかったよ。それじゃあね」
「さて。その日本の使者を迎えましょう。祖国さん達がそれぞれの星域に向かうのも」
それもだというのだ。
「まずはね」
「日本からの宣戦布告を聞いてからだな」
「そうしてね」
「わかった。それじゃあな」
この時ガメリカ政府の誰も、国家達も日本の動きを察知していなかった。彼等が既に艦隊を動かしていることに。そして彼等が今何処にいるのかも。
何も知らないままルースの大統領官邸においてだ。彼等は宣戦布告の使者である日本を迎えた。日本はまずは日本帝国の敬礼でルースに応えた。
「お久しぶりです、大統領閣下」
「日本君だね」
「はい、そうです」
その通りだとだ。日本も答える。
「この度参りましたのは」
「何かな」
ルースは大統領の席から何も知らないという顔で返す。彼の後ろには。
四姉妹とアメリカ兄妹がいた。彼から見て右手にアメリカ、ハンナ、キャロルがそれぞれ並び左手にはアメリカ妹、クー、ドロシーがいる。彼等を後ろにしてだ。
ルースは芝居を続ける。そのうえで言うのだった。
「それで」
「はい、これをお渡しに来ました」
こう言ってだ。日本は一枚の書類を出してきた。それは。
宣戦布告文だった。予想通りだった。しかし。
ルースは驚いた顔を作りだ。こう言うのだった。
「何と、これは」
「我が国は貴国の提示した要求を飲めないという結論に達しました」
それでだというのだ。
「ですから」
「その要求をまだ出すというのならだね」
「宣戦布告を行います」
「わかった。それではだ」
ルースは鷹揚を装った演技のまま応える。仕草もそうしたものだ。
「これを受け取ろう」
「では、ですか」
「これより我がガメリカ共和国と日本帝国は戦争状態に入る」
「はい、残念ですが」
「ならだ」
それならというのだった。
「そういうことでいい」
「畏まりました。では」
日本は敬礼と共に退室した。戦線布告自体は終わった。それを受けてだ。
キャロルが早速だ。アメリカに威勢よく告げた。
「じゃあ祖国ちゃん健闘を祈るわ」
「ああ、行って来るぞ」
キャロルに肩をぽんぽんと叩かれながらだ。アメリカも元気に返す。
「今からバカンスを切り上げて戦闘用意だ」
「戦ってそうしてね」
「ダグラス司令官と一緒に撤退だな」
「そうしてね」
こう話してだ。そのうえでだった。
アメリカはマニラに向かった。瞬時に姿を消す。
そしてアメリカ妹もハワイに向かった。こうして残ったのはルースと四姉妹だけになった。
そうなるとすぐにだ。またキャロルが言った。
「じゃあ。今からあたし達の戦略の本格的な開始ね」
「そうなるわ」
「何かドロシーは嬉しくないみたいね」
「結果はわかっているから」
それ故にだと。ドロシーは無機質にキャロルに話す。
「特に思うことはないわ」
「まああたし達が勝つに決まってるけれどね」
「そういうことだから」
ドロシーはまた言った。
「後は駒を動かすだけ」
「そうよね。まあとにかくね」
キャロルが明るくだ。ここでも言った。
「日本は一撃浴びせてやりましょう」
「あの国にはソビエトと戦う大任があるわ」
ハンナは見事なまでに勝手に日本帝国の国家戦略を決めていた。
「力は残してもらわないとね」
「そういうことになるか」
ルースはハンナ達の話を聞いてどうにも微妙な顔になった。
そのうえでだ。こうも言ったのである。
「私としてはソビエトは」
「プレジデント、あの国は駄目よ」
ソビエトに何処か同感しているルースにはだ。ハンナはぴしゃりと言った。
「共有主義は題目はいいけれど」
「その実態はロシアだというのだね」
「そうよ。しかもカテーリンという女の子は」
「あれもまたファンシズムというのだね、国務長官は」
「ええ、そうよ」
こう自分の上司にも言う。遠慮なく。
「何度でも言うわ。あの国とだけは駄目よ」
「そうか。そして日本は」
「あくまで一撃だけで降伏させるに止めるわ」
止めは刺さない、ハンナはあくまでそう割り切っていた。
「貴方はどうも日本帝国が好きではないみたいだけれど」
「学生時代読んだのだよ。日本帝国の企みについて」
「あの、プレジデント田中上奏文の類は」
クーはルースが学生時代に読んだというものについてすぐに察した。それでこうおずおずと言うのだった。
「デマコーグですので」
「信じては駄目というのだね、財務長官は」
「はい、気をつけて下さい」
「むしろ問題はソビエト」
ドロシーもこう見ていた。
「ドクツは適当に暴れさせていいけれど」
「しかしドロシー、ドクツも放置できないぞ」
アメリカは真面目にそのドロシーに言った。
「あのままでは欧州は大変なことになるじゃないか」
「むしろそれが好都合」
ドロシーもだ。ハンナと同じくシビアだった。
「ライバルが自然に潰れるから」
「それが戦略なんだな」
「祖国さんの為の戦略」
ドロシーは今はあの機械の、コンピューターと一緒になっている席には座っていない。普通の席でコーヒーを飲みながら話している。その中でだった。
自分の祖国に淡々とだ。こう話したのである。
「全ては」
「どうも僕はもっとはっきりしたことが好きなんだけれどな」
「正攻法以外もやり方があるから」
やはり淡々と述べるドロシーだった。
「そこは任せて」
「そうか。僕の為なのはわかったぞ」
「そういうこと。じゃあ」
ドロシーは祖国に応える。また出て来た祖国に。
「マニラに戻って」
「よし、戻るぞ」
こう言ってまた消えたアメリカだった。ハンナ達はまだ間に合うと思っていた。それも充分に。
だがマイクロネシア、ガメリカの対日前線基地にもなっているその星域ではまだバカンスの最中だった。そしてビーチにおいてだった。
様々な肌の色の者達が楽しく遊んでいた。その中で。
金髪をリーゼントにして青い何か書いた様な目と高い鼻を持つそばかすの青年、ガメリカ軍の軍服を着た彼が楽しそうにこんなことを言っていた。全体的にかかしに似ている。
「ははは、気持ちいい日だね」
「あれっ、提督は泳がれないんですか?」
「軍服のままですけれど」
「僕は今日はスイミングは遠慮するよ」
そうするとだ。彼、ジョニー=A=ネクスンはこう言うのだった。
「気分じゃないからね」
「だからですか」
「それでなんですか」
「そうだよ。ところで君達」
ネクスンは兵士達、水着姿の彼等に笑顔で言っていく。
「最近調子はどうだい?」
「体調ですか?」
「それとも他の調子ですか?」
「そうだね。他の調子だね」
ここではそうした意味での調子だった。
「遊ぶことについてはどうだい?」
「ええ、御覧の通りです」
「こうして楽しくやってますよ」
「何かと」
「だといいんだ。日本帝国との関係は緊張しているからな」
このことはネクスンもわかっている。それもよく。
「今のうちに羽根を伸ばしておこう」
「戦死しても悔いがない様に」
「その為にもですね」
「そう。ただ僕はね」
彼はどうかというのだ。他ならぬネクスン自身は。
「運が強いんだよね」
「あれっ、皆提督はハードラックって言ってますよ」
「そう言ってますけれど」
「違うんですか?」
「何言ってるんだ、このジョニー=A=ネクスン永遠の二十四歳」
永遠の厄年である。
「昔から運がいいんだよ」
「けど何かと死亡フラグ立てますよね」
「提督ご自身で」
「この前も戦争の後で結婚するんだって仰ってましたよね」
「それは違うんですか?」
「何言ってるんだ、僕みたいに運がいい人間はいないよ」
愛嬌を出したつもりでだ。ネクスンは右手を瞑ってみせた。
「昔から何があっても生き残ってるんだからな」
「提督だけってことか?」
「何か士官学校でも提督の行く先々で何か起こったらしいしな」
「だよな。それじゃあな」
「やっぱり提督だけがな」
「生き残ってるんだよな」
兵士達も知っていた。ネクスンの場合はというと。
何かあっても彼だけは生き残ってきたのだ。どの様な事故や災害に遭っても。
「いきなりエアザウナが出て来ても自分だけ乗艦から脱出したんだっけか?」
「たまたま救命ポッドが動いて」
「宇宙台風からも逃れられたり」
「つまり周りがえらい目に遭うのかよ」
「凄い悪運だな」
それも周囲にとっては非常に迷惑な悪運と言えた。
だが実際に彼は生きている。その彼が言うのだった。
「大丈夫だ、僕の傍にいれば死ぬことはないさ」
「ちょっと離れておいた方がいいよな」
「ああ、これはな」
「危ないな」
兵士達は本能的に危険を察してだった。そのうえで。
ネクスンの周りから消えて海に入った。そうして泳ぎはサーフィンを楽しむことにしたのである。
その彼等を見ながらだった。ネクスンは店で買ったコーラをビーチで飲みはじめた。彼もまたバカンスを楽しんでいた。だが、だった。
ここでだ。不意に空から何かが来た。それは。
「?何だありゃ」
「航空機か?」
「そうじゃないのか?」
何か黒く小さなシルエットが見えた。それも幾つもだ。
その何かがガメリカ軍の基地に向かって飛んでいる。ガメリカ軍の兵士達はそれを見て言うのだった。
「航空部隊の演習か?」
「今のうちに休んでおけばいいのにな」
「飛行機乗りってのは真面目だよな」
「演習ばかりしてるな」
彼等はこう考えた。だが、だった。
それは魚達にだった。それに加えて。
航空機もあった。その航空機に乗っているのは日本軍のパイロット達だった。
彼等はガメリカ軍の基地に向かいながらだ。極秘無線を使ってこう話していた。
「よし、まだ気付かれていないな」
「そうだな。ガメリカ軍は油断しきっているぞ」
「我が軍の奇襲は成功か」
「今のところはな」
「いいか、一気に攻撃を仕掛けるぞ」
彼等に艦隊司令である山本が言ってきた。
「それは御前達にかかっているからな」
「はい、わかっています」
「まずは航空機で一気に叩いてですね」
「このマイクロネシアを占領する」
「電撃的に」
「折角平賀の長官から試作空母を貰ったんだ、効果的に使わないとな」
あの空母が遂に完成したのだ。そして山本の艦隊に配備されたのだ。これまで日本帝国軍は航空機も空母も実は魚のそれだった。だが平賀はその魚やガメリカ、エイリスの空母を研究して。
遂に試作型だが空母を完成させたのだ。そのうえでだったのだ。
「派手にやるぞ、この博打な」
「うむ、そうしよう」
柴神も言ってきた。見れば。
彼もまた航空機に乗っていた。ちゃんと飛行服も着ている。
そのうえで自ら航空隊を率いながらだ。こう山本に言うのだった。
「試作型空母が二隻ありよかった」
「そうですな。こうして柴神様も乗れますからな」
「全くだ。ではだ」
「はい、ここは頼みます」
「そちらはガメリカ軍の艦隊を叩いてくれ」
まだ港に駐留しているそのガメリカ艦隊をだというのだ。
「マイクロネシアは一気に占領しよう」
「そうですな。それでは」
山本は笑顔で応えた。こうしてだった。
日本帝国軍はバカンス中のガメリカ軍に対して今まさに奇襲を仕掛けようとしちえた。その中で。
ネクスンは自分の携帯が鳴ったのを聞いた。それを受けてだ。
携帯を取り出すとだ。自分の乗艦の当直士官が出て来た。
「一体どうしたんだい?」
「閣下、一大事です」
聞けば当直士官の声は強張っていた。
「我が国は戦争状態に突入しました」
「遂にかい」
「はい、そしてです」
「そして?」
「日本帝国軍が宣戦布告してきたのですが」
「それは僕もわかるよ。あの国しか戦争を仕掛けてくる国は今はないからね」
ガメリカにとってという意味だ。
「当然のことだね」
「そして今我が艦隊は」
当直士官は言ってくる。
「駐留している港を」
「港を?」
「日本帝国軍に包囲されました」
当直士官がこう言うとだった。ここで。
日本帝国軍の航空機の一機がしくじった。搭載していた爆弾をだ。
誤って落としてしまった。その落とした先は。
「あっ、ビーチに落とした」
「おい、ビーチにかよ」
「しまったな。けれどな」
落とした航空機のパイロットはそのビーチを見た。彼が見る限りは。
「落下場所にいるのはあれは」
「民間人だったら軍法会議だぞ」
日本帝国軍は民間人への攻撃はゲリラでもない限り許してはいない。若しそれをすれば理由の如何に問わず軍法会議にかけられ厳罰が下される。日本軍の軍規軍律は極めて厳しい。
それで同僚はこう言った。しかしだった。
彼はだ。ビーチを見て安心してこう言ったのだった。
「大丈夫だ、案山子だった」
「案山子?」
「ああ、案山子がビーチに立ってるだけだ」
他の面々は海にいたり離れた場所にいる。爆弾が落ちてもだった。
案山子以外に被害が出るものではなかった。パイロットはそれを見て安堵していた。
「案山子なんて吹き飛ばしても構わないからな」
「そうだな。しかしビーチに案山子か?」
同僚はそう聞いて首を捻って彼に言った。
「畑じゃなくてか」
「そういえばそうだな。何でビーチに案山子なんだ?」
爆弾を落としてしまったパイロットも同僚に言われて首を捻る。
「考えてみれば妙だな」
「だろ?けれどな」
「まあ案山子ならいいか」
「気にせず敵の司令部に向かうぞ」
「ああ、そして攻撃仕掛けるか」
こうした話をしてだ。そのうえでだった。
爆弾は携帯で当直士官の急報を受けていたネクスンの頭上に落ちていく。そしてだった。
ネクスンに直撃して大爆発が起こった。それを見てガメリカ軍の将兵達も仰天した。
「て、提督!」
「今度こそ死んだか!」
「あれは助からない!」
「爆弾の直撃だぞ!」
流石にこれは誰もが確信した。
「真っ二つになっても生きていた奴はいるそうだな」
「ああ、日本帝国にいたらしいな」
「藤堂とかいう奴だったな」
「縦に両断されても生きていたらしいが」
脳も脊髄も内臓も切られ出血多量でも助かったのだ。信じられないことに。
「しかしそれでもあれは」
「もう骨も残ってないだろ」
「提督、悪い人じゃなかったのにな」
「残念なことだ」
まずはネクスンの死を誰もが確信した。それからだった。
彼等は今度はその爆弾が何故落ちてきたのかを考えた。それは。
「日本帝国軍か?」
「見ろ、司令部から火の手があがってるぞ!」
司令部の方が赤くなっていた。しかもだ。
黒い煙も出ていた。何が起こっているのかは明白だった。
「馬鹿な、宣戦布告前にか!?」
「急に攻めてきたのか!?」
「嘘だろ、そんな」
「日本軍は何時の間に来た!」
ガメリカ軍の将兵達は最早バカンスどころではなかった。慌ててビーチを後にして。
そのうえで自分達の基地や港に向かおうとする。しかしだった。
基地は何処も燃え盛り僅かに残っていた当直の者達が右往左往していた。港もだ。
完全に囲まれていた。そのうえだ。
「ネクスン提督との連絡は!?」
「取れない!」
司令官である彼との連絡さえだった。
「ビーチにおられるのだが」
「しかしビーチでは爆発があったらしいぞ!」
「何っ、では提督は」
「提督は何処だ!」
完全に指揮官不在だった。これでは指揮どころではなかった。
ガメリカ軍は出撃することすら出来ずに。自分達の基地が攻撃するのを見るしかなかった。しかも。
その彼等にだ。伊藤が乗艦からこう言ってきた。
「我が国は貴国との戦争に入った」
「馬鹿な、日本帝国の伊藤公爵だと!?」
「日本の首相が自ら戦うのか」
「そして艦隊を指揮するとは」
「軍の指揮をまだ執るというのか」
ガメリカ軍の将兵達にはこのことも驚くべきことだった。
「何ということだ」
「敵の艦隊も多いぞ」
「しかも我々は包囲されている」
港にだ。そうなっていた。
「出撃しようにもネクスン提督と連絡が取れない」
「これでは」
「多くは言わない。降伏することだ」
伊藤はいきなり本題に入った。
「若し戦うというのなら遠慮はしないとだけ言っておこう」
「くっ、日本めまさか」
「急に攻め込んでくるとは」
「何ということをしてくれた」
「宣戦布告前に来るとは」
「いえ、宣戦布告はもうさせて頂きました」
日本妹もいた。エイリスへの宣戦布告を務めた彼女が。
「我が国はガメリカ、エイリスに宣戦布告を行いました」
「その直後にだ」
伊藤がここでまた言う。
「こうして攻撃を仕掛けさせてもらった」
「宣戦布告と同時に攻撃開始だと」
「電撃戦を仕掛けてきたか」
「何ということだ」
「さて、それではだ」
伊藤は再度ガメリカ軍の将兵達に問うた。
「貴官達はどうするのか」
「降伏か戦闘か」
「どちらか、か」
ガメリカ軍の将兵達は伊藤の言葉を聞いてだ。そのうえでだった。
お互いに顔を見合わせる。だが、だった。
何しろ包囲されているうえに指揮官不在だ。これではだった。
「戦闘にもならないぞ」
「若し出撃してもその場で狙われるぞ」
「おまけに提督までおられないのなら」
「戦いにもならない」
「どうにもならないぞ」
出撃しても総攻撃を受けるだけだった。それは一目瞭然だった。こうした状況ではだった。
彼等の選択肢は実質的には一つしかなかった。それはというと。
「降伏か」
「そうだな。この状況ではな」
「それしかない」
「正直今は戦いにもならない」
「どうにもならないぞ」
こう話してだ。彼等は苦渋の決断を下したのだった。
その決断は今艦隊に残っている僅かな将官の中で最も階級とその任期が長い少将がだ。こう伊藤に対して言ってきた。極めて苦い顔で。
「我々の行動は決定した」
「そうか。ではどちらかな」
「降伏だ」
戦いにはならない、それではこれしかなかった。
「我が軍は貴国に対して降伏する」
「そうか。そうしてくれるか」
「捕虜としての待遇を要求する」
国際条約に基きだというのだ。
「それは保障してくれるだろうか」
「無論」
当然だと。伊藤も返す。
「日本帝国首相として約束しよう」
「そうか。それではだ」
少将も降伏するというのだった。こうしてだった。
マイクロネシアのガメリカ軍は降伏した。日本帝国軍の奇襲は成功しマイクロネシアはあっけないまでにあっさりと日本に占領された。その中でだ。
捕虜になったガメリカ軍の将兵達は唖然となった。何とだ。
ネクスンがいたのだ。爆弾の直撃を受けた筈なのに。
五体満足でぴんぴんとしてだ。少しすす汚れた様子でいた。その彼を見てだ。
ガメリカ軍の将兵達は唖然としてだ。こう言い合った。
「おい、嘘だろ」
「何で提督が生きてるんだ?」
「爆弾の直撃を受けたんだぞ」
「それでどうしてなんだ」
「しかも五体満足だぞ」
「何ともないぞ」
本当に怪我一つなかった。彼はまるで何ともない様子でいた。しかもだった。
彼は満面の笑顔でだ。こうその自分と同じく捕虜になった彼等に言うのだった。
「ああ、君達も無事なんだね」
「いや、それは俺達の台詞ですから」
「閣下、どうして御無事なんですか?」
「生きておられるんですか?」
「だから言ってるじゃないか。僕は運が強いんだ」
こう言うのだった。実に明るく。
「爆弾の直撃じゃ死なないさ」
「普通死にますよ」
「というか本当に骨の欠片も残らないですよ」
「それでどうしてなんですか?」
「閣下だけが」
「いや、爆弾の直撃を受けた瞬間にね」
その時にだ。どうなったかというのだ。
「爆風で吹き飛ばされてね」
「だから普通それで死にますから」
「消し飛ぶ筈なんですが」
「吹き飛ばされて砂浜に落ちたんだ」
どちらにしても死ぬことだった。ネクスン以外は。
「それでクッションになってね」
「助かったんですか?」
「それで」
「そうだよ。この通りだ」
まさに驚くべき強運だった。彼限定の。
「けれど捕虜にはなってしまったな」
「ええ、それでなんですけれど」
「俺達に日本帝国軍に加わる様にって話がきてますけれど」
「どうしますか?」
「捕虜は敵軍に入ってもその責任を問われない」
この世界独自の暗黙だが絶対のルールである。
「それなら仕方ないかな」
「そうですね。それじゃあ」
「捕虜収容所に言っても暇なだけですし」
「それならですよね」
「罪にも問われないですし」
「ここは」
将兵達もネクスンの言葉に頷きそうしてだった。
彼等は日本帝国軍に参加することにした。だが、だった。
提供されたその艦艇を見てだ。ネクスンも彼等も唖然となった。
「これは何だい?」
「魚だが」
宇垣がネクスンに答える。
「見ての通りだ」
「それは僕もわかるよ」
ネクスンも一旦はこう返す。
「しかも日本軍が魚を使うことも」
「なら問題ない筈だが」
「いや、ガメリカ軍の艦艇じゃなくて魚なのかい?」
ネクスンが指摘するのはこのことだった。
「そうなるのかい」
「ガメリカ軍の艦艇は一旦本国に送らせてもらう」
日本のだ。そこにだというのだ。
「そして研究対象となる」
「これからの艦艇の開発の為にかい」
「そういうことだ。その為だ」
こう言うのだった。
「今は魚に乗ってくれ」
「魚って強いのかい?」
「癖はあるがな」
通常の艦艇と比べてだ。それはだというのだ。
「だが使えることは使える」
「ならいいか。ああ、ところで」
「どうしたのだ?」
「僕は運が強いんだ」
自分でこう言うのだった。
「だから何があっても大丈夫だから安心してくれ」
「運がいいといってもな」
宇垣はネクスンの経歴を見て言う。
「御主のそれは」
「うむ、この男の運は、危険だ」
柴神も言う。宇垣に対して。
「周りはかなりの不運に遭う」
「しかし自分は死なないという、ですな」
「そうしたものだ。気をつけよう」
二人はネクスンの悪運を見抜いていた。そうしてだった。
何はともあれネクスンにも艦隊を任せた。マイクロネシアでの戦いの戦後処理も終わった。
だがガメリカ軍は全て捕虜になった訳ではなかった。マイクロネシア外縁に展開していた艦隊は何とかハワイまで撤退した。その指揮にあたっていたのはアメリカ妹だった。
アメリカ妹はハワイまで退きながらだ。こう言うのだった。
「全く。急にやられたね」
「そうですね。本当に」
「一戦も交えずでしたね」
艦橋にいる士官達が彼女の言葉に応える。
「全く。宣戦布告と同時に攻められては」
「我々もどうしようもないですね」
「本当にしてやられましたよ」
「まさかここまでやられるとは」
「結構な数の連中が捕虜になったね」
アメリカ妹は艦橋で腕を組んで立っている。そのうえで苦い顔になっていた。
その言葉も苦い。だがその苦い言葉を出さないではいられなかった。
「完璧なワンサイドゲームだね」
「はい、マイクロネシアは放棄ですね」
「そうせざるを得ませんね」
「予定通りだけれどね」
ガメリカの戦略通りであることは確かだった。
「それでも多少戦って日本軍に消耗を強いるつもりだったけれどね」
「そこは上手くいきませんでしたね」
「残念ながら」
「全くだよ。あたし達はハワイまで撤退するよ」
これも予定通りだった。
「とりあえずね。けれど兄貴の方はどうなるかね」
「マニラですか」
「あの星域ですか」
「マニラも一旦放棄することが決まってるけれどね」
やはりハワイまでの撤退だ。これは念頭に入れていた。
だが問題はそれが計画通りいくかだ。それが問題だった。
「あそこにはダグラスさんとキャシーがいるけれどね」
「それにララー=マニィ提督もですね」
「人材は揃っていますね」
「イザベラは何処にいたかね」
「あの方は今はハワイです」
「そちらにおられます」
士官達がアメリカに話す。
「そこで待機とのことです」
「とりあえずは」
「やれやれだね。まあ今は決戦の時じゃないね」
「はい、まずはハワイまで退き」
「そのうえで」
こう話してだ。そのうえでだった。
アメリカ妹は自分が率いる艦隊と共にハワイまで撤退した。そうするしかなかった。
そしてその同じ頃だった。マニラ2000でもだった。
日本帝国軍が攻撃を仕掛けようとしていた。日本帝国軍の攻撃はまずは完璧に進んでいた。そして思わぬ助っ人も現れもしたのである。
TURN32 完
2012・6・12
日本帝国の攻撃開始だな。
美姫 「そうね。今までの鬱憤を晴らすかのごとく、ひたすら前へ」
いやいや、そこはちゃんと策を練ろうよ。
美姫 「冗談に決まっているでしょう」
まあ、何はともあれマイクロネシアの占拠は無事に終わったな。
美姫 「同時にマニラ2000へも攻撃が行われるみたいだけれど」
こっちはどうなるかな。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。