『ヘタリア大帝国』




                          TURN26  親衛隊

 ロンメルはベルリンに戻った。ベルリンは変わっていなかった。
 活気に満ち市民の動きはキビキビとしていた。労働とそれによる充実に満たされており彼等の顔は明るかった。
 街にはレーティアの写真や歌があちこちに飾られかけられていた。飛ぶ鳥を落とす勢いのドクツの首都に相応しい場所だった。
 そのベルリンの彼の私邸、猫がいるその私邸、元帥のそれとはいえ一人暮らしであるが為かそれとも彼の性格故か質実剛健なドクツの文化のせいか質素なそこに戻るとだ。ドイツ妹が待っていた。
「戻られましたね」
「ああ、妹さんか」
「はい、兄さんは今総統閣下とお話中で」
 それでだ。彼女が代理でいるというのだ。
「そのノイツィヒ=ヒムラーさんと一緒に待たせてもらっていました」
「済まないな、待ってもらって」
「いえ、御気遣いなく」
 ドイツ妹は微笑んでロンメルに答えた。
「それよりもです」
「そうだな。彼は元気か」
「リビングにおられますがそちらに赴かれますか」
「行こう。では妹さんも一緒にな」
「はい、お話ですね
「そうしよう。しかし楽しみだ」
 ロンメルの顔は綻んでいた。彼もそれを隠していない。
「旧友に会えるとはね」
「ヒムラーさんもそう仰っていましたよ」
「実は俺と彼は士官学校の同期でね」
「その様ですね」
「士官学校の同期の絆は深いものがある」
 これはどの国でも同じだ。士官学校の横のつながりはかなり強く深い。寝食も苦労も共にするということはそれだけの絆を作るのだ。
 そしてそれ故にだ。ロンメルはドイツ妹に言うのだった。
「だからな」
「御会いするのが楽しみなのですね」
「かなりね。それじゃあ」
「ではリビングに」 
 ドイツ妹とこうした話をしてだ。そのうえでだ。
 ロンメルは自分の家のリビング、客室はない。彼の家はとかく質素である。官邸は各国の高官とも会うのでそれなりだが。その質素な家のリビングにおいてだ。旧友と会った。
 黒い髪に目の優男だ。背はそれなりにあるが線が細い。だが筋肉はしっかりしている。
 髪はセンターに分けている。服はもうドクツ軍の軍服である。しかし着こなしは軍人のそれではなくホストを思わせる。その彼が笑顔でロンメルに言ってきた。
「ロンメル、変わってないな」
「君の方こそな」
 二人は立って握手をし合った。それからだ。
 ロンメルは彼、ヒムラーにだ。こう問うた。
「しかし君は今までどうしていたんだ」
「ああ、そのことか」
「経済的には困っていないと聞いたが」
「実は養鶏場を経営していたんだ」
「養鶏場?軍人から随分変わった転進だな」
「ははは、親戚の経営していたのを継いだんだ」
 このことは事実である。
「士官学校を退学してからすぐにね」
「じゃあ士官学校を辞めたのは」
 養鶏場をやる為だとロンメルは考えた。
 だがヒムラーはそのことには答えずにだ。すぐにロンメルにこう言ってきた。
「それでだけれどね」
「それで?」
「親衛隊のことだよ」
 ヒムラーからだ。このことを話したのだった。
「俺もね。総統閣下のファンだったんだよ」
「そうか。だからか」
「その有志を募って親衛隊を結成したんだ」
「養鶏場をやりながらか」
「養鶏場も大きくなってね。俺以外のスタッフも集まってね」
 ヒムラーは身振り手振りを交えながら話していく。見ればその両手は白手袋で包まれている。ロンメルはふとその手袋についても問うた。
「手袋は脱がないのかい?」
「ああ、これだね」
「君は以前はいつも手袋をしてはいなかったが」
 士官学校時代の話である。
「しかし今は常にしているのか?」
「そうだよ。実は怪我をしてしまってね」
「両手をか」
「それで両方共傷跡が酷くてね」
 ヒムラーは苦笑いを作ってロンメルに話す。
「それでいつも着けているんだ」
「成程な。そういうことか」
「悪いがどうしても脱げない」
 傷を見せる訳にはいかないというのだ。
「あまりにも酷い傷でね。他人に嫌悪感を抱かせてしまう」
「俺でもか」
「君でもだよ。むしろね」
 目に嘘を、ロンメルにも気付かせないまでに小さくだがそれを入れての言葉だった。
「君には余計に見て欲しくないね」
「そこまで酷い傷なのか」
「指の数こそちゃんと揃っているけれど」
 暗い顔を作っての言葉だった。
「もうね。口では言えない位だから」
「そうなのか」
「だから見せられない。悪いね」
「わかった。ならいい」
 ロンメルは友を気遣って手袋のことはいいとした。
「君にも事情があるからな」
「済まないね。それで親衛隊だが」
「彼等は軍隊ではないな」
「言うなら私設軍になるかな」
「訓練はしているのか?」
「一応ね。退役軍人も多く参加しているからね」
「そうか。なら彼等も戦力にになるのなら」
 考える目になりだ。ロンメルは述べた。
「ドクツ軍に編入できるか」
「そうしてもらえると俺としても助かるよ」
「少なくとも君を総統閣下に紹介することは約束する」
 親衛隊のことはまだどうなるかわからないがヒムラー自身はそうするというのだ。
「ではだ。総統閣下には俺からお話しよう」
「私からもそうさせてもらいます」
 これまで二人を見守っていたドイツ妹も言ってきた。
「ではこれから」
「頼むよ。それではね」
 こう話してだ。一連の話は決まった。それからだった。
 レーティアはロンメルから直接話を聞いた。そしてこう言ったのだった。
「親衛隊のことは既に知っていた」
「そうだったのですか」
「親衛隊長の名前も知っていたがな」
 だがそれでもだというのだ。レーティアは官邸の己の執務用の席に座りながら腕を組んでいる。その姿勢でロンメルに対して話すのだった。
「しかし。君の旧友だったとはな」
「士官学校の同期です」
「人のつながりとはわからないものだ」
 レーティアにしてもだ。それはわからないというのだ。
「縁だな、まさに」
「ではその縁で」
「会おう」
 ヒムラーと会うことにしたレーティアだった。
「君の旧友とな。だが、だ」
「親衛隊を戦力とすることはですか」
「実際に親衛隊を見てからだ」  
 それから決めるというのだ。それは。
「ドクツ軍はより多くの戦力が必要だが」
「質ですね」
「そうだ。質を尊ぶ」
 精鋭主義ということだ。ドクツ軍は訓練と装備、そして軍律により軍を精鋭に鍛え上げているのだ。
「だからだ。実際に親衛隊の訓練を見てからだ」
「決められますか」
「ヒムラーに会ってな。そうしてだ」
「妥当ですね」
 ロンメルにしてもそれはわかっていた。ただ推挙するだけでは駄目ということがだ。
「ではこれから」
「会うぞ」
「ただ。一つ申し上げることがあります」
 ロンメルはヒムラーと会うことを決めたレーティアにここでこう言った。
「彼はいつも手袋をしています」
「怪我か?」
「はい、そうです」
 ここではレーティアの読み通りだった。
「ですから。常に手袋をしていますので」
「そのことは問うなというのだな」
「お言葉ですが。とにかく酷い怪我とのことで」
「わかった。ではそのことはいい」
 手袋のことはだ。レーティアもいいとした。
「ではだ」
「はい、それでは」
「すぐにそのヒムラーを呼んでくれ」
「畏まりました」
 ロンメルはドクツの敬礼で応えた。そのうえで一旦退室した。
 そのロンメルを見送ってからだ。グレシア、今もレーティアの傍らに立っている彼女は少し考える顔になってだ。そのうえでこうレーティアに言ったのだった。
「あの、レーティア」
「どうした?」
「ロンメル元帥はいいけれど」
 グレシアも彼には絶対の信頼を置いていた。彼には。
「けれど親衛隊ね」
「何かあるのか?親衛隊に」
「確かにレーティアの強烈なファン達で構成されているわ」
「ならいいだろう。問題はだ」
「戦力になるかどうかっていうのね」
「そうだ。そうなればいいだろう」
「けれど親衛隊は」
 どうかとだ。グレシアは彼女の知識から話した。
「今一つ戦闘に向かない面々が多いらしいわ」
「そうなのか?」
「所謂アイドルヲタク達が多いのよ」
「アイドルの追っかけか」
「つまり貴女へのね。そうした意味では忠誠は確かだけれど」
「戦闘自体はか」
「できないわね。それにヒムラーという男」
 首を傾げさせながらだ。グレシアはレーティアに話した。
「気になるわ」
「というとどういうことだ?」
「ロンメル元帥の同期らしいけれど」
 士官学校の。グレシアもこのことは聞いてわかっている。
「それでもね」
「だから何かあるのか?」
「士官学校を退学した理由も不明みたいね」
「そういえばロンメルは何も言っていないな」
「自分から辞めたらしいけれど」
 このことからだ。グレシアは妙なものを感じ取っていたのだ。
「士官学校を辞める人間は少ないのよ」
「入学も楽でないしな」
「給料も衣食住も出るしね」
 待遇も保障されているのだ。士官学校はそうした場所だ。
「それに将来の地位も約束されているわ」
「一旦入ればどれだけ厳しい環境でもだな」
「それだけのものがあるし。しかも苦労して入学したからには意地もあるから」
「だからだな」
「辞める人間はとても少ないのよ」
 グレシアは言うのだった。このことを。
「ましてや。ヒムラーは中々成績優秀だったらしいわね」
「訓練や学業にもついていっていたのだな」
「それでどうしてかしら」
「何故辞めた、か」
「一身上の都合としか書かれていないけれど」
「そしてだな」
「ええ、士官学校を退学してから今までよ」
 その間のこともだ。グレシアは言うのだった。
「何をしていたのかしらね」
「だから辞めたのも親戚の養鶏場を継ぐ為でそれの経営をしていたのだろう?」
「そうだけれどね」
「では一身上の都合ということも説明がつくが」
「そうだといいけれど」
「グレシアはそんなにヒムラーが気になるのか?」
「妙に引っ掛かるのよ」
 勘でだ。グレシアはそう思うのだった。
「何かね。怪しいのよ」
「ふむ。ではだ」
「レーティア、よく見てね」
 グレシアはレーティアを注意する様に見て言った。
「人はね。そしてね」
「使えだな」
「そう。いつも通りね」
「私は人を見る目もある」
 その自負はあった。彼女はそちらでも天才と言われているのだ。
「だからだ。ヒムラーもだ」
「見抜いてそのうえで」
「使う。ロンメルの推挙もあるがな」
「ロンメル元帥が言うのなら間違いはないでしょうけれど」
 やはりグレシアはロンメルは信頼していた。このことは間違いない。
 だがロンメルはあくまで過去のヒムラーしか見ていない。再会しただけではわからなかった。そしてグレシアもそのことは知らなかったのだ。
 レーティアもだ。だからこう言うのだった。
「会う時を楽しみにしていよう」
「ええ、それじゃあね」
 レーティアは今はこう言うだけだった。そして。
 実際に官邸にヒムラーを呼んだ。当然ロンメルとグレシアも一緒だ。
 そしてそこにはドイツもいる。ドイツはグレシアと共にレーティアの傍らに立っている。
 レーティア自身は自分の執務用の席に座っている。そこからドイツに顔を向けて言った。
「さて、それではだ」
「親衛隊の隊長か」
「祖国君は知っているか」
「一応。名前だけはな」
 知っているとだ。ドイツもレーティアに答える。
「だがそれでもな」
「君が知っている親衛隊はどういったものだ」
「アイドルの追っかけだ」
 やはりだ。ドイツもそう思っていたのだった。
「だがそれでも。最近はな」
「軍としての機能も備えてきているか」
「そうなってきている様だ」
「私設の軍は許さない」
 レーティアは中央集権制、ファンシズムの統治システムから言った。ファンシズムは独裁体制だ。全ての権限はレーティアに集中しているのだ。
 それ故にだ。レーティアはこう言ったのだ。
「武力組織は全て国家が統合する」
「ではいい機会でもあるか」
「そうだな。ではまずはヒムラーに会い」
「親衛隊の訓練を見るか」
「そのうえで決めよう。ではそろそろだな」
 レーティアが顔を正面に戻すと。横からグレシアが秘書の様に言ってきた。
「ええ、時間よ」
「さて、ノイツィヒ=ヒムラーか」
 レーティアはヒムラーのその名前を口にした。
「どういった者か」
「見るとしよう」
 こう言ってだ。そのうえでだ。
 レーティアは部屋の扉が開くのを見た。そしてそこからロンメルと黒い軍服に首元にドクツのあの鉄十字を付けた若い男が入ってくるのを見た。二人は部屋に入るとだ。
 扉が閉められてからドクツの敬礼をした。そのうえで挨拶をしてきた。
「ジーク=ハイル」
「うむ」 
 グレシアはその挨拶に己の席に座ったまま手を組んだ姿勢で応えた。表情は真面目なものだ。
 その真面目な顔でだ。彼女はロンメルに問うた。
「そこの男がだな」
「はい、私の士官学校の同期で」
「ヒムラーと申します」
 ヒムラーからだ。こうレーティアに述べた。
「ノイツィヒ=ヒムラー。僭越ながら総統閣下の親衛隊を務めています」
「話は聞いている。そして今日ここに来た理由は何だ」
「はい、親衛隊をドクツの、総統のお力にしたく参上しました」
「話はわかった。それではだ」
 単刀直入にだ。レーティアはヒムラーに言った。
「親衛隊の実力を見せてもらおう」
「既に訓練の準備はできているわ」
 グレシアはヒムラーをやや警戒する目で見ながら述べた。
「では早速ね」
「わかりました。それでは」
 ヒムラーも快く応える。そうしてだった。
 親衛隊の面々がすぐに港に集まりそこから用意された艦艇に乗る。そのうえで出港してから配置につき模擬戦闘訓練に入る。当然ヒムラーも指揮にあたっている。
 一方にはロンメルがいて正規軍を率いている。そのうえでの親衛隊の動きは。
「ふむ。これは」
「中々だな」
 用意された観戦の場にはレーティアにグレシア、それにドイツがいる。ドイツはそこからレーティアにこう言った。
「動きはいい」
「それに攻撃のポイントも的確だ」
「統率も取れている」
「いい感じだな」
 レーティアは鋭い目で状況を見ながら話す。
「予想以上だ」
「そうね。正規軍とも引けは取らないわ」
 グレシアもだ。親衛隊の動きを見ながら言う。
「それは間違いないわね」
「そうだな。動きは問題ない」
「どうやら親衛隊は元軍人の隊員も多いわね」
 グレシアは己の席の上に置かれているパンフレットを見ながら言う。
「彼等の指揮故ね」
「そうだな。軍事訓練もかなり行っていたか」
「ええ、問題はないわ」
 こう言うのだった。
「軍としてはね」
「決めた。これなら問題ない」
 レーティアは確かな顔で決断を下した。
「親衛隊は正規軍に組み入れる」
「そうするのね」
「そしてその隊長はヒムラーだ」
 ヒムラーの採用も今決めたのだった。
「そうする。それではな」
「これでバルバロッサ作戦の戦力は手に入れたか」
 ドイツはここでは参謀的なポジションで述べた。
「いいことではある」
「そうだ。ソビエトとの戦いには我が国の命運がかかっている」  
 生存圏の確保、そして強敵の排除という意味で。
「だからだ。今こそだ」
「それならだな」
「ドクツ軍に組み入れてそのうえで作戦計画を立てていく」
 北アフリカに向かったロンメルの穴埋めでだというのだ。
「ではな。全ては決めた」
「わかったわ。けれどね」
 それでもだとだ。ここでもだった。
 グレシアはヒムラーには怪しいものを感じていた。その疑念は拭えなかった。
 だがレーティアは親衛隊の訓練も見て決めた。親衛隊、そしてその隊長であるヒムラーはドクツ軍に正式に編入された。ヒムラーにとってはいいことだった。
 そのうえでロンメルにだ。笑顔で握手をしてからこう言ったのだ。
「有り難う、君のお陰だよ」
「いいさ。ではこれから頼むな」
「そうさせてもらうよ。ソビエトとの戦いだね」
「かなり厄介な相手だ。しかし君と親衛隊の戦いを見ればだ」
「大丈夫だっていうんだね」
「安心できる。ドクツを、総統を頼む」
 ロンメルは心から微笑んでヒムラーに言葉を返した。
「それではな」
「うん、ではね」
「俺はすぐに北アフリカに帰る」
 己の務めの場所に戻るというのだ。
「そこもすぐに忙しくなるだろう」
「エイリス軍だね。モンゴメリーは手強いからな」
「全くだ。しかし相手に不足はない」
 ロンメルはその顔に不敵なものも見せた。笑みに含ませたのだ。
「勝って来る。ではソビエトとエイリスに勝ってから」
「乾杯といこうか」
「その時にな」
 同期として話をし別れた二人だった。そのうえでだった。 
 ヒムラーは一人になるとすぐにだ。ベルリンのある場所にム方。
 そこは地下だった。彼は暗い階段を降りていく。そこはかなり長かった。
 異様なまでに長いその階段を降りて階に着くとだ。暗い中からだ。彼に声達が問うてきた。
「ヒムラー様、どうだったでしょうか」
「ドクツに入ることができたでしょうか」
「親衛隊は」
「ああ、できたよ」
 闇の中で含んだ笑みを浮べてだ。ヒムラーは闇の中の声達に答えた。
 そしてそのうえで手袋を脱いだ。すると。
 右手には何もない。だが左手には。
 その甲に赤い石があった。その石を見ながらだ。彼は言うのだった。
「手袋をしていても。この石はね」
「効果がある」
「そうですね」
「俺達の神の力がある」
 言う言葉はこれだった。
「そしてその力はあの娘にも効果があったみたいだ」
「レーティア=アドルフも」
「無事篭絡できましたか」
「できたよ。親衛隊の面々と同じくね」
「親衛隊には気付かれていないですか」
「主立った者達には」
「気付く筈がないからね」
 自分の部下達だがそれでもだ。ヒムラーは彼等には愚弄を見せた。
 そしてその愚弄に基きだ。こうも言うのだった。
「所詮はただの追っかけさ。俺には気付かないさ」
「はい、そして我々にも」
「全くですね」
「ドーラ神のことは誰も気付かない」
 ヒムラーはある神の名前を出した。
「そう、誰もね」
「ロンメル元帥もですか」
「気付きませんでした」
「ロンメルは今の俺にも気付かなかったさ」
 ヒムラーは自信たっぷりに言えた。このことも。
「彼が見ているのはあくまで過去の俺さ」
「今のヒムラー様ではない」
「そうですね」
「そもそも何故俺が養鶏場を大きくできたか」
 左手の甲の石をだ。ヒムラーはまた見たのだった。
「そのことも。ましてや俺の手のことも」
「全くですね」
「誰も気付かなかったのですね」
「慎重にしてるからね。あえて右手も隠しているからね」
 両手を怪我したことにしてだ。左手の甲のそれを隠しているのだ。
「周到にしているからね」
「我々のことは気付かせない」
「時が来るまでは」
「ましてや大怪獣達のことも」
 ヒムラーは人類を脅かすそうした存在のことも話に出した。
「気付かせないさ」
「全くですね」
「そうしていってですね」
「ソビエトを倒してからだね」
 これは彼にしては当然の流れだった。彼もドクツがソビエトを倒すと考えていた。
 だがそれと共にだ。彼はこうも言うのだった。
「けれどソビエトが勝っても」
「ヒムラー様、そして我々は」
「生き残りますね」
「そうするさ」
 こう言うのだった。
「俺の石がある限り。それは可能さ」
「あのカテーリンという娘もどうやら」
「石を持っていますね」
 石、この言葉が出てだ。ヒムラーだけでなく闇の中にいる者達も彼の手の甲の石を見る。石は無気味な紅の光を放ってそこに輝いている。
 その石を見てだ。彼等は言うのだった。
「それだけに厄介ですが」
「しかしヒムラー様にも石があります」
「何、所詮は子供だよ」
 ヒムラーはカテーリンもこう言って終わらせた。
「俺の相手じゃないさ」
「交渉はですね」
「それについては」
「まあ。俺にこの石がある限り大丈夫さ」
 全くだというのだ。
「何でもできるさ」
「ではそのうえで」
「我々もまた」
「ではドーラ様の前に行こう」
 ヒムラーは彼等の中心に立った。
「今日も祈りを捧げよう」
「わかりました」
「では」
 こう話してだ。そうしてだった。
 ヒムラーは闇の中で礼拝をするのだった。何か得体の知れない存在の前に向かって。
 レーティアはその時にだ。グレシアとドイツ妹からだ。ある教団の話を聞いていた。その教団はというと。
「ドーラ教だな」
「前に言ったわね」
「あの教団ですが」
「胡散臭い教団だな」
 その金色の流麗な眉を顰めさせての言葉だった。
「実にな」
「噂によれば生贄を捧げているそうよ」
「それも人間の」
「そういえば失踪事件も起こっているな」
 ここからもだ。レーティアは察したのだ。
「謎のな」
「ええ、多分その失踪事件とね」
「ドーラ教は関係があります」
「なら余計に放ってはおけない」
 レーティアは厳しい顔になり二人に答えた。
「ドーラ教は禁止だ。情報も集める」
「そしてそのうえで」
「対処していきましょう」
「生贄なぞというものを許してはならない」
 理性的な統治者としてだ。レーティアはこう判断を下した。
「全く。まだそうした宗教団体があるのか」
「そうね。私もね」
 グレシアもだ。そうした教団についてはだ。
 眉を顰めさせた。そのうえでこうレーティアに答えた。
「まさか今時そんな邪教があるなんてね」
「太古に潰えた筈だ」
 こうも言うレーティアだった。
「残っているとしても未開の地の筈だった」
「そうです。私もそうした教団が今もあるとは」
 どうかとだ。ドイツ妹もレーティア達に話す。
「思いませんでした」
「私もだ」
「総統閣下もですね」
「正直驚いている」
「一応ヴォータン達も生贄を必要としていたけれど」
 グレシアはこの神々のことにも言及した。
「それでもね」
「そうだな。それは廃れた」
「ましてどういった理由で生贄を要求するのかしら」
 ドーラ教についてもだ。グレシアは考えていく。
「それも不明ね」
「どうせ碌な理由ではない」
 レーティアは生贄ということからこう言い捨てた。
「どちらにしろ邪教だ。信仰の対象もだ」
「碌なものじゃないわね」
「確実にな。なら対処する」
 こう言ってだった。レーティアはドーラ教への取り締まりも強化したのだった。ドクツではこうしたことが起こっていた。その時日本はというと。
「遅くねえか?幾ら何でもな」
「ああ、宇垣さんだね」
「あの人の帰還ですね」 
 海軍省の中で田中に南雲と小澤が応えていた。
「そういえば遅いね」
「まだ帰っていないのは」
「こんなに時間がかかるものだったか?」
 田中は眉を顰めさせながら二人の同僚に言う。
「ガメリカからこっちに帰るまでな。事故とかじゃねえよな」
「事故だったらすぐに連絡が来るよ」
 南雲はこう言ってその可能性は否定した。
「それに外交団は何隻も行ってるんだよ。一隻や二隻何かあってもね」
「大丈夫ですから」
 小澤も言う。
「若し宇垣さんの乗艦に何かがあっても」
「あのおっさんもす簡単に死ぬ様なタマじゃねえか」
「若し何かあれば」
 たまたま海軍省に来ていた平賀も言ってきた。ただし頭にいる久重が代弁している。
「改造手術を施すから安心していい」
「おい、サイボーグにするのかよ」
「外相は是非そうなるべきだ」
 久重は平賀の言葉をそのまま代弁していく。
「私がそうする」
「何かあればかよ」
「楽しみにしている」
 平賀は表情を変えない。一見すると喋っているようにすら見えない。 
 だが久重がだ。こう言うのだった。
「とのことです」
「そうか。そうなんだな」
「そうです。ただ私が思うんですが」
 久重は自分の考えをだ。田中に述べてきた。
「田中さんもどうですか?」
「俺もサイボーグになれってのかよ」
「はい。そうすればあの女好きの長官に勝てるかも知れませんよ」
「馬鹿言え、俺は俺の力で戦って勝ち取るからな」
「長官の席をですか?」
「ああ、絶対にな」
 こうだ。田中は威勢のいい言葉で言う。
「奪い取るぜ」
「頑張れ」
 こう言ったのは平賀だがやはり久重の代弁である。
「とのことです」
「博士は俺のこと嫌いじゃねえのかよ」
「馬鹿だがな」
 こう言うのは忘れなかった。
「しかし嫌いではない」
「馬鹿っていうのだけ余計だよ」
 尚田中も士官学校を出てはいる。学校の勉強はそれなりにできる馬鹿なのだ。ただし士官学校での成績は下から数えた方が早い程だった。
「けれど嫌いじゃねえのかよ」
「一本気な者は嫌いではない」
 だからだというのだ。
「君にはそれがあるからな」
「俺は曲がったことは大嫌いなんだよ」
「そうだと思っていた」
「だからだ。ではだ」
「では?今度は何だよ」
「君は潜水艦に興味はあるか」
 何気に平賀は彼女の言いたいことの本題を久重の口から言ってみせた。
「それはどうなのだ」
「ああ、それかよ」
「そうだ。どうだそれは」
「あれ結構面白いな」
 腕を組み考える顔になってだ。田中は答えた。
「姿を消して敵を攻撃するんだな」
「ドクツ軍の秘密兵器だが」
「あのデーニッツって娘が持って来たからな」
「今私も潜水艦について研究している」
 そうしているというのだ。
「あれは実にいい。素晴しい発明だ」
「あれをまさか」
「開発する」
「試作型か」
「今それを開発中だ。まずは試作型を一隻建造する」
 そうしている中だというのだ。
「君に一度試験的に乗り込んでもらいたいのだ」
「いいぜ、そういうのも好きだからな」
「試験型であり命懸けだがそれでもいいか」
「ああ、いいぜ」
 田中は平賀が久重の口から話すこの提案に快諾で応えた。
「乗り込まさせてもらうぜ」
「わかった。それではだ」
「しかし。潜水艦か」
「試作型空母はできている」
 平賀は何気にだ。今度は南雲と小澤を見た。そのうえで二人にも言ったのである。
「空母の艦隊の指揮はだ」
「あたし達っていうんだね」
「そうですか」
「南雲君はどちらかというと戦艦の方がいいかも知れないがな」
 だがそれでもだというのだ。
「しかし空母は潜水艦と共に我が軍の重要な柱となる」
「はい、その通りです」
 小澤はぽつりとした感じで平賀のその言葉に答える。
「私は空母にかなり興味が」
「あるのか」
「あれはまさに革命です」
 そこまでの存在だというのだ。空母は。
「航空機を使っての戦いには魅力を感じてやみません」
「あたしもね。苦手かも知れないけれどね」
 南雲も明るい笑みで述べてきた。
「あれを指揮するのは興味があるね」
「では君達の他にも空母を扱える者だけの数が必要だな」
 空母、それがだというのだ。
「開発を急ぐ。待っていてくれ」
「それで俺は潜水艦かよ」
「戦争が進むと魚では辛くなってくる」
 このことも考えられることだった。それも充分に。
「ガメリカも強力な兵器を出してくることが間違いないからな」
「そうですね。序盤はいけますが」
 小澤も平賀のその久重の口からの言葉に応えて言う。
「やがては。お魚では戦えなくなります」
「あれはあくまで急場を凌ぐものだ」
 平賀は淡々と述べていく。その事実を。
「開戦時のな」
「しかしです」
「戦争が本格化してくるとやはりまともな兵器が必要だ」
「お魚もそれなりに強いですが」
「だが癖が強く索敵能力も弱い」 
 平賀は魚の欠点も把握していた。魚は確かにそうしたところがあった。
「ガメリカやエイリスとの決戦には心もとない」
「だから潜水艦や空母を開発するってんだな」
「如何にも」
 その通りだとだ。平賀はまた田中に答えた。
「君と〆羅には潜水艦を任せたい」
「あの娘にもかよ」
「そうだ。潜水艦に空母、そして戦艦」
 三つの艦種が述べられていく。
「巡洋艦と駆逐艦も必要だがな」
「これからはその三種類を組み合わせていくのですか」
「この戦いから戦争のあり方が大きく変わる」
 平賀は小澤にこの事実を述べた。
「なら私はその開発を行う」
「じゃあ頼むぜ」
「巡洋艦も防空用のものが必要になるか。それに」
 これは平賀の独り言だった。彼女も考えていた。
「駆逐艦は鉄鋼弾の方がいいな」
「ああ、ビームの奴はちょっとね」
 南雲がその駆逐艦について平賀に話す。
「索敵はいいとして攻撃力がね」
「ビームは艦艇が大きい方が威力が強くなる」
「だから駆逐艦だとね。攻撃力が弱くなるんだよね」
「そのことを考えてだ。駆逐艦は鉄鋼弾の方がいい」
 それを装備しているものの方がだというのだ。
「しかも鉄鋼弾を装備している駆逐艦の方が索敵能力も速度も上だ」
「ビームのやつよりもね」
「コストは高くつくが駆逐艦はその方がいいな」
「あとですが」
 小澤はまた話す。
「バリア艦というものは」
「それか」
「亀のバリアが便利なので」
 艦隊全体をビームから守る。それ故だった。
「開発をお願いしたいですが」
「わかっている。ガメリカ軍のビームの威力は強い」
 それもかなりだ。ガメリカの兵器の性能はやはり高いのだ。
 平賀はそのことも知っているからだ。バリア艦についても言及した。
「それに対抗する為にな」
「開発をお願いします」
「とにかく勝てる兵器を開発していく」
 平賀は久重の口を通じて提督達にこのことを断言した。
「任せてくれ」
「ああ、じゃあ試作潜水艦楽しみにしてるからよ」
「言っておくが命懸けになる」
「わかってるぜ。俺は何があっても死なないからな」
 田中は強い顔で平賀に答える。日本軍の兵器の開発と製造も進んでいた。  
 そして平賀はだ。三人の提督達にこんなことも話したのだった。
「ただ。世界規模での戦いになると」
「んっ、何だい?」
「まだ何か」
「それぞれの気候に合わせた兵器も必要になるな」
 こんなことをだ。南雲と小澤に話したのだ。無論田中にもだ。
「ソビエトの極寒の星域やアラビア、北アフリカの熱砂の中でもな」
「日本は穏やかだからね」
 気候的にはだとだ。南雲が言った。
「富嶽みたいなのが来ても」
「富嶽は富嶽で脅威だが気候も厄介な存在だ」
 平賀はそれぞれの星域の気候も見ているのだった。
「寒さや砂のことも考えておこう」
「何から何まで悪いね」
「何度も言うが勝てる兵器を開発していく」 
 平賀はここでも久重の口から話した。
「その中にはそうしたものもあるのだ」
「そういえばそんなのは考えたことがなかったな」
 田中も今気付いたことだった。気候のことについて。
「何か色々とあるもんだな」
「そういうことも知っておくといい」
 平賀はその田中に述べる。
「勉強のうちだ」
「と、津波様が申しています」
 久重はここで自分の言葉も言った。
「ちなみに私は寒いのよりも暖かい方が好きです」
「コタツは」
「勿論大好きですよ」
 小澤にだ。久重は即答で答えた。
「私あそこいいるだけで幸せになれます」
「やっぱり。じゃあ猫じゃらしは」
「前で動いていると前足を出さずにいられません」
「喉を触られるのは」
「あれは魔術ですよね。気持ちよ過ぎですよ」
「猫そのもの」
「だから猫なんですよ」
 自分で言う久重だった。
「猫はそういったものやことが大好きなんですよ」
「本当に猫そのものなんだな」
 田中も頷いていた。
「喋っててもな」
「そういうことです。あとアストロ猫もですね」
 彼にとっては同種である。紛れもなく。
「そういうのは大好きですよ」
「雪は駄目かい?」
「それは犬です」
 コーギーだというのだ。
「寒いことは大嫌いですから」
「私も嫌いだ」
 久重は不意に平賀の言葉の代弁に入った。
「冷えるからな」
「と、津波様が仰っています」
 平賀の言葉の代弁は忘れない。
「そういうことで」
「兵器も変わってくんだな」
 田中はここでも考える顔になっていた。
「いや、俺も勉強しないとな」
「勉強することだ。何事に対してもな」
 また平賀が久重の口から田中に言った。
「全てはそこからはじまるからな」
「今までぶっ潰すことだけ考えていたけれどな」
「若さに任せて走るのもいいが問題はそこから先だ」
「あいつを越えるのはか」
「ただ長官の椅子に座りたいだけではあるまい」
「当たり前だろ。人間としても提督としてもな」
 田中は何気に東郷の器も認める発言も行った。
「あいつは乗り越えてやるさ、絶対にな」
「なら学ぶことだ」
「勉強しないと駄目か、本当に」
「そういうことだ。応援はする」
 平賀は冷静に田中に述べる。そうした話をしてだ。
 彼は学びだしていた。しかしそれはまだ一歩を踏み出しただけだった。全てはそこからだった。そして学ぶことには失敗もあるということを。彼は今はまだ知らなかった。


TURN26   完


                         2012・5・17



ヒムラーの手に石が。
美姫 「しかも、会話の内容からするにレーティアに既に使ったみたいだしね」
これが今後にどこまで影響してくるのかだな。
美姫 「ちょっとハラハラものね」
だな。さて、どうなるか。
美姫 「次回も待ってますね」
待ってます。



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