『ヘタリア大帝国』




                          TURN17  南京戦の後で

 自国の軍がまた敗れたと聞いてだ。シュウ皇帝は重慶の離宮に置かれた仮の宮廷でだ。憤懣やるかたないといった顔で己の前にいる中国兄妹に対して言った。彼等は何とか帰ってこれていた。
「ではランファはか」
「そうある、捕まったあるよ」
「捕虜になってしまったある」
 そうなったとだ。二人は皇帝に対して話す。
「おそらくは。このままある」
「日本帝国軍の提督になるある」
「ううむ、それは決まりだから仕方がないが」
 皇帝にしても認めるしかなかった。捕虜になった者はその捕虜にした国の軍に加わり戦うこともできてそれを咎めることはできない、この銀河の絶対の掟の一つである。
 だがそれでもだ。皇帝は玉座からその口をへの字にさせて言った。
「南京まで奪われるとはな」
「申し訳ないある」
「言葉もないある」
「この重慶を奪われれば終わりだ」
 皇帝はこの現実を指摘した。
「しかも残った国家はそなた達二人だけとなった」
「ハニートラップも行方がわからないある」
「数も少ないある」
「全く。どうしたものだ」
 皇帝はこうも言った。
「このままではこの重慶も危ういぞ」
「だからこそガメリカが助けてくれているある」
 中国は弱りながらもだ。己の上司にこのことを話した。
「だから。重慶に追い詰められてもある」
「まだ戦えるか」
「艦隊も残っているある。そう簡単には敗れないあるよ」
「そうか。まだ絶望することはないか」
「その通りある。ただしある」
 中国は皇帝に暗い顔を見せて述べた。
「今こちらから攻めることは止めるべきある」
「慎んで守りを固めるべきか」
「やはり日本帝国軍は強いある」
 それ故にだというのだ。
「ここは守りに徹するべきある」
「事態が好転するまではだな」
「近いうちに日本帝国とガメリカは戦争に入るある」
 中国もだ。そう呼んでいることだった。
「だから。それまで待つべきある」
「ふむ。不本意だがな」
 それでもだとだ。皇帝も不機嫌な顔ながら頷いたのだった。
 そしてそのうえでだ。こう中国達に話したのである。
「ではだ。これから軍の指揮はそなた達が執れ」
「了解ある」
「そうさせてもらうある」
「守りに徹せよ。ガメリカからの兵器で軍を編成せよ」
 皇帝は二人にこのことも告げた。
「朕はここにいる。何かあればすぐに来るのだ」
 こうも告げてだ。そのうえでだった。
 皇帝は仮宮の奥に入った。不機嫌だがそれでもだった。彼もまた腹を括っていた。そうするしかないからであるがそれでもそうしたのである。
 日本帝国軍は南京を占領してだ。すぐにだった。
 東郷が秋山と日本にだ。南京の仮司令部においてこう話した。
「さて、重慶攻略だが」
「はい、どうされますか」
「今すぐ作戦計画を立てられますか」
「いや、重慶を今すぐ攻めることはしない」
 それはしないとだ。東郷は二人に答えた。
「重慶は険阻な星形だ。それに中帝国軍の守りも堅い」
「だからですか」
「今すぐ攻めるということはしませんか」
「そうだ。おまけにガメリカの軍事顧問もいるからな」
 東郷はこのことも指摘した。
「今あそこを攻めると下手をすればだ」
「ガメリカの軍事顧問を戦争に巻き込み外交問題に発展しますね」
 秋山がこのことについて眉を顰めさせつつ述べた。
「それだけで」
「彼等が中帝国を支援していてもですね」
 日本も言う。
「表立っての攻撃はできませんか」
「向こうは半分それを狙っている」
 東郷はアメリカの意図も指摘した。
「若し我々が今彼等を攻撃するとだ」
「それを口実としてですか」
「我々に対して戦争を仕掛けてきますね」
「遅かれ早かれそうなるにしてもな」
 それでもだというのだ。東郷は今度はこんなことを言った。
「今すぐにそうなるのは避けたい」
「重慶を陥落させたとしてもですか」
「その事態は」
「重慶に主力がある状況でガメリカとの戦闘に入れば厄介だ」
 戦略からもだ。東郷は指摘した。
「出来るだけ。彼等との国境に戦力がある状況で開戦を迎えたいからな」
「司令の計画通りに進める為にですね」
「その為にも」
「だからこそ今重慶を攻めることはしない」
 また言う東郷だった。
「この南京に最低限の戦力を置いたうえでだ」
「今は日本本土に戻りますか」
「主力艦隊は」
「ガメリカと何時でも戦端を開ける様にな」
 まさにそうするというのだ。
「わかったな。ではだ」
「わかりました。ではこの南京には最低限の艦隊を置くだけに止めます」
「そのうえで私達はですね」
「東京に帰ろう。香港やマカオからも治安が安定し次第艦隊を引き揚げる」
 こうも言う東郷だった。
「向こうも事態が変わらない限り反撃には転じないからな」
「そうですね。彼等とて愚かではありません」
 秋山もそう見ていた。中帝国軍は今は重慶に篭もるとだ。
「彼等にとって事態が変わらない限りは動かないでしょう」
「それこそ我々がガメリカに対して敗色濃厚にならない限りはな」
 そうなるというのだ。
「だから今は重慶は迂闊には攻めない」
「そして日本に主力を集結させ」
「ガメリカとの開戦準備に入りましょう」
 こう話してだ。そのうえでだった。 
 日本軍はその主力を日本本土に戻すことにした。そのことを決定してからだ。
 東郷は司令部を出てからだ。廊下で会ったアストロコーギーに尋ねた。
「前の戦いで捕虜になったランファ提督はどうしている」
「あの人わん?」
「そうだ。あの人はどうしている」
「国賓用の部屋に収容されているわん」
 捕虜としてだ。そうなっているというのだ。
「ただ。他の中帝国の捕虜達は既に殆どが日本帝国軍に加わったわん」
「そうか。では後はだな」
「ランファ提督のところに行くわん?」
「ああ、そうする」
 微笑みだ。東郷はコーギーに答えた。
「少し話がしたい」
「話だけわん?」
「ははは、そうだが?」
「東郷さんの場合は信じられないわん」
 コーギーはかなり疑っている目で東郷を見て言う。
「何しろ稀代の女好きわん」
「それはその通りだがな」
「それで何もしないとはとても思われないわん」
「それは展開次第だがとりあえずはな」
「話をするだけわん?」
「ああ、提督に誘いたい」
 日本帝国軍の提督、それにだというのだ。
「それじゃあ行って来るな」
「じゃあ。提督を増やしてくれるのなら」
 コーギーもだ。それならというのだった。
「お願いするわん」
「任せてくれ。そのことはな」
 東郷は余裕の笑顔でコーギーに応えた。そうしてだった。
 彼は貴賓室、ランファのいるその部屋に入った。中華風のその見事な部屋の中でだ。ランファは不機嫌な顔をしてそのうえで席に座っていた。東郷はその彼女に声をかけた。
「気分はどうかな」
「待遇は悪くないけれど」
 だがそれでもだと返すランファだった。
「あのね、何でなのよ」
「何でとは?」
「日本帝国軍にはあたし好みの男がいないのよ」
「そういえば君は確か」
「そう、あたしの好きなのは金髪なのよ」
 こう東郷に言うランファだった。
「金髪で目が青くてね。そうした男がいないのよ」
「日本だからな」
 東郷の返答はここからはじまるものだった。
「それはな」
「金髪がいないこともなの」
「仕方がない。しかしだ」
「しかしって?」
「男は金髪だけじゃない」
 東郷は余裕の笑みでランファに返す。
「そのことはわからないか」
「わからないわよ。全くね」
「それがわかるようになりたいと思わないか」
「?」
「俺が言うのも何だが男は金髪だけじゃない」
 東郷はランファの前に座った。そのうえでだ。
 彼女のその目を見ながらだ。こう言ったのだった。
「そのことを知ってもらいたいが」
「日本帝国軍に入って?」
「ははは、そう考えるか」
「だって。日本軍連合艦隊司令長官のあんたが来るってことは」
 そこから言うランファだった。
「それでよ。あたしをスカウトしに来たってことよね」
「それはその通りだ」
「で、日本帝国軍に入って?」
「俺を見てくれればいい」
「あんた、その金髪よりも凄いっていうのね」
「そのつもりだ」
 自信に満ちた声での返答だった。
「もっとも強制的に言うつもりはない」
「成程ね。話はわかったわ」
「ではどうしてくれるか」
「そこまで自信があるのなら見せてもらうわよ」
 これがランファの返答だった。
「あんたがそこまでいい男がどうかね。それにね」
「それに?」
「今日本帝国軍にはリンファもいるし」
 盟友であるだ。彼女のことにも言及するランファだった。
「それに香港さんやマカオさんの兄妹もいるわね」
「その通りだ。あの人達もいる」
「あの人達の面倒も見ないとね」
 ランファは祖国への愛情も見せた。香港やマカオ達も彼女の祖国の一部なのだ。
 それ故にだとだ。ランファは東郷に答えたのである。
「だから。そうさせてもらうわ」
「それは何よりだ。話は早いな」
「ああ、それとね」
「それと?」
「あんたにしてやられたあの人」
 あの娘ではなかった。ランファは自分と相手の年齢から言ったのである。
「あの人にも声をかけるからね」
「ハニートラップか」
「あんたのお陰で外に出られなくなったけれどね」
「提督になれるのか」
「専門は情報や工作、特に美人局だけれどね」
 ハニートラップのことはだ。ランファもよくわかっていた。そうした性格は。
「艦隊指揮も。まあできると思うわ」
「随分曖昧な言葉だな」
「実際できるかどうかはわからないのよ」
 ランファにしてもだ。それは知らないというのだ。
「けれどそれでもね」
「声をかけてくれるか」
「あのまま動けないよりはましでしょ」
 こうした考えもだ。ランファにはあったのだ。
「だから。そうさせてもらうわ」
「わかった。では頼むな」
「それにしても。あんたって不思議な人ね」
 ランファは東郷の余裕のある飄々とした顔を見てだ。くすりと笑って言ったのである。
「何か不思議と一緒にいたくなるわ」
「人徳というやつだな」
「人徳かしら」
「あえてそう考えることにしている」
 自分にとって都合よくとだ。東郷は飄々とした感じのまま言ってみせた。
「その方が気分がいいからな」
「言うわね。じゃあその人徳も見せてもらうわ」
 こう返してだ。また笑うランファだった。こうして彼女も日本帝国軍に加わったのだった。 
 そしてだった。もう一人だった。
 ハニートラップは憮然とした顔で東郷のいる日本帝国軍の司令部に出頭した。そして東郷の前に出ると彼に対して開口一番こう言ったのだった。
「あんたのせいでね」
「大変だったか」
「そうよ、ずっと身を隠していたのよ」
「俺にはスキャンダルは通用しないからな」
「今更っていうのね」
「そうなる。ところでだ」
 あらためてだ。ハニートラップに言う東郷だった。
「君がここに来たということはだ」
「そうよ。ランファに誘われたからよ」
「では我が軍の提督になってくれるか」
「本当にいいの?」
 今度は怪訝な顔になってだ。ハニートラップは東郷に問い返した。
「あたし言っておくけれどね」
「提督としての技量はか」
「専門じゃないから。期待できないわよ」
「そこはマカオさん達の愛を受けてもらう」
「そうして指揮とかをあげてから?」
「提督として働いてもらう」
 ここまで考えてだ。東郷は彼女も誘ったのである。
「そうしてもらえるか」
「そこまでしてくれるのならね」
 ハニートラップも東郷に言葉を返す。幾分機嫌を取り直した感じの顔になったうえで。
「あたしとしてもいいわ」
「では話は決まりだな」
「ええ。ただね」
 今度は少し微妙な顔になってだ。ハニートラップは東郷に述べた。
「あんた思っていた以上に変わった人ね」
「変人だとはよく言われるな」
「しかも只の変人じゃないわね」
「只の、か」
「相当変わってるわね。けれどそれだけ変わってるからこそ」
 それ故にだというのだ。
「あんたの周りに人が集まってきてるのね」
「君の様にだな」
「そうかも知れないわね」
 こうした話をしてだった。ハニートラップもだった。
 日本帝国軍に加わった。だが東郷はこれで安心してはいなかった。
 主力を日本に移動させたうえでだ。こう山本に話すのだった。
「まだですね」
「ガメリカと戦うには心もとないか」
「戦力が足りません」 
 真剣な顔でだ。山本に対して話す。ポーカーをしながら。
「あの国と戦うにはとてもです」
「そうじゃな。若し戦うとすればのう」
「はい、長期戦は不可能です」
「そしてじゃ。ハワイはそう簡単には陥とせぬぞ」
「その通りです。ハワイはまさに難攻不落です」
「今のわし等の戦力では無理じゃ」
 山本はカードを選びながら述べる。
「あの星域を陥落させればガメリカ本土を狙えるがな」
「そうですね。ただ」
「ただ。何じゃ」
「少し航路を調べたいのですが」
 東郷は真剣な面持ちで話す。
「ガメリカ本土だけでなくカナダへのルートがあるかも知れません」
「カナダか」
「はい、あの国はガメリカと同盟を結んでいます」
「何かあればあの国とも戦うことになるじゃろうな」
「ですから。ハワイを占領した時にです」
「カナダから攻めるのじゃな」
「そう考えています」
 直接ガメリカ本土を狙うのではなくだ。カナダを先に攻めるというのだ。
「それはどうでしょうか」
「いいと思うぞ。しかしまずはハワイじゃ」
「ハワイに行く前に東南アジアにオセアニア、インド洋を押さえようと思います」
「ほう、壮大じゃな」
「あの辺りまで押さえればガメリカとも正面から戦える戦力を備えられます」
「そうじゃな。そしてエイリスの国力も大きく削げる」
 その辺りの殆どがエイリスの植民地だからだ。エイリスは植民地から多くの富を手に入れている、ならばその植民地を奪取すればいいというのだ。
「よいぞ、それで」
「ではその様に」
「しかし賭けじゃな」
 山本と東郷は同時にカードを出した。どちらもフォーカードだった。
 山本は二、東郷はエースでそれぞれ揃えていた。それを見てまた言う山本だった。
「ポーカーならば容易いのじゃがな」
「戦争での賭けは危険を伴います」
「それも非常にのう」
「できればするべきではありません」
 失敗した時のリスク、東郷はこのことは実によく理解していた。
 そしてそれ故にだ。今こう言うのだった。
「堅実な戦略戦術でいくべきです」
「常道ではそうじゃな」
「しかし。今の我が国は」
 どうかというのだ。日本帝国は。
「それができる状況にはありません」
「敵があまりにも強い」
 それが何故かは山本が言った。二人は再びポーカーをはじめていた。
「ガメリカの国力は桁違いじゃ」
「我が国の十倍はあります」
「そんな国との長期戦は無理じゃ」
「少なくとも今の時点では」
「それこそアラビアまで完全に占領したうえで向かわんとな」
「ハワイすら陥落させられません」
「逆に言えばアラビアまで占領できればじゃ」
 エイリスの植民地の大部分をそうできればだというのだ。
「大きいのう」
「ガメリカに勝てるだけの国力になっています」
「だからじゃな。まずはマニラやミクロネシアのガメリカ軍を叩き」
「そのうえで守りを固めてです」
「アラビアまで一気に進むか」
「あの辺りのエイリス軍は植民地駐留艦隊だけです」
 東郷はその彼等のことも熟知していた。既に。
「装備は劣悪な叛乱鎮圧用のものだけです」
「しかも分散配置をしておる」
 植民地の叛乱鎮圧用であるだけだからだ。そうした配置にもなっているのだ。
「各個撃破して下さいと言わんばかりじゃな」
「ですから」
「賭けに出て一気にアラビアまでじゃな」
「占領します。そして返す刀で」
「ハワイを攻める」
「そう考えています。どうでしょうか」
「言うのは容易いがな」
 山本もだ。秋山や日本と同じことを言った。言いながらカードをまた切る。
 そうしてだ。カードを見ながら述べたのだ。
「それでも実際にそうすることは難しい」
「まさに賭けの連続です」
「ガメリカは急襲して戦力を整える前にアラビアまで攻め取ればよい」
 山本はガメリカはまだいいとした。
「しかしエイリスの方はじゃ」
「はい、本国から艦隊を送ってきます」
「そうじゃ。必ず送ってくる」
「彼等は装備もよく優秀な提督が司令官になっているでしょう」
「容易な相手ではないぞ」
 山本は普段は見せない、深刻な顔で述べた。
「おそらく騎士提督の一人が来る」
「エイリスの誇る」
「しかもあちらの祖国も来るじゃろうな」
 イギリスである。彼も来るというのだ。
「相当激しい戦いになるわ」
「マレーの虎やオセアニア辺りまでは楽にいけそうですが」
「インドじゃな」
 そこからだというのだ。厄介なのは。
「ベトナム辺りで前哨戦になるぞ」
「俺もそう呼んでいます」
「うむ、そこまで読めるとは見事じゃ」
 山本は東郷の読みに満足した。しかしだった。
 やはり普段は決して見せない深刻な面持ちでだ。こう言うのだった。
「インドじゃ。特にのう」
「インドはエイリスの生命線です」
「インドの緒星域を占領できるかどうかじゃな」
「はい、そこで決戦になるでしょう」
「そこでどう勝つかじゃな」
 また言う山本だった。
「何かよい方法があるかのう」
「そこが大きな賭けになりますね」
「賭けの連続じゃな」
 山本はまたカードを引きながら言った。
「少なくともハワイまではそればかりじゃ」
「ハワイでの戦いもまた大きな賭けですし」
「御前さんに賭けを教えておいてよかったわ」
 山本は己のカードを見ながら述べてだ。それからだった。
 己のそのカードを出してみせた。それは。
「しかし今回はわしの勝ちじゃな」
「それですか」
「ストレートフラッシュじゃ。どうじゃ」
「いえ、俺の勝ちです」
 見れば東郷は今回は殆どカードを引いていなかった。そうしてだ。
 自分のカードを見せてみた。それはというと。
「ロイヤルストレートフラッシュです」
「おお、それか」
「俺の勝ちですね」
「見事じゃな。ではその域でじゃ」
「賭けに勝っていきます」
 こうした話をだ。東郷と山本はカードをしながらしていた。中帝国との戦いに勝ち続けていてもだ。日本帝国は楽観視できる状況にはなかった。そしてだ。
 戦争は東洋でだけ行われてはいなかった。欧州でもだった。
 欧州ではパリにドクツ軍が集結していた。その自国の艦隊を見てだ。
 レーティアは真剣な面持ちでだ。こう言うのだった。
「準備は順調だな」
「はい、予定通りです」
「エイリス侵攻作戦の準備は整っています」
 そのレーティアにマンシュタインとロンメルの両元帥が応える。彼等は今軍港にいる。
 軍港にはドクツ軍の艦艇が集結している。そしてだ。
 その艦隊を見てだ。ドイツも言うのだった。
「夢の様だな」
「祖国殿はそう仰るか」
「ああ、この間まで我が国はドン底だった」
 ドイツはほんの二年程前のことを思い出しながらマンシュタインに答える。
「しかし今ではだ」
「そうだな。まさか今エイリスを攻めるとはな」
「想像もしなかった」
「全くだ。しかしこれは現実だ」
 紛れもないそれだと。マンシュタインはドイツに話す。
「我々は先の大戦の雪辱を完全に晴らそうとしている」
「その通りだな。ではだ」
「いよいよエイリスを攻める」
 また言うマンシュタインだった。
「そしてあの国を軍門に下そう」
「ああ、そうしてやろうぜ」
 プロイセンは少しにやにやとしながらマンシュタインに応えた。彼も軍港にいるのだ。
「あの戦争の後散々痛めつけられたしな」
「そうだ、雪辱は晴らすものだ」
 レーティアは祖国達にも述べた。
「諸君等の健闘を祈る」
「お任せ下さい」
 マンシュタインは敬礼でレーティアに応えた。
「エイリスとの戦い、必ず勝ちます」
「私も指揮にあたる」
 そうするとだ。レーティアは今言った。
「このパリに総司令部を置いたうえでだ」
「ベルリンではなくて?」
「そうだ、パリだ」
 傍らに常にいるグレシアにもだ。こう返すレーティアだった。
「このパリからエイリス侵攻の指揮にあたろう」
「わかったわ。じゃあ私もここにいるわね」
「頼む。それでだが」
 ここでだ。レーティアは周囲を見回してだ。このことを尋ねたのだった。
「太平洋のことだが」
「日本帝国ね」
「そうだ。あの国は間違いなくガメリカと戦争になる」
 レーティアから見てもだ。このことは確実だった。
「そしてエイリスともだ」
「勝てるかしら、日本は」
「無理だな」
 冷静にその国力を見ての言葉だ。
「とても。もたない」
「もってどれ位かしら」
「一年か。長くて二年か」
 その程度だというのだ。
「いや、一年もてば充分だな」
「足止めができるのはそれ位ね」
「その間にエイリスを倒し東方に進出する」
 レーティアは既にそこまで考えていた。戦略は立てているのだ。
「日本がもっている間にガメリカに対抗する国力を備えなければならない」
「そういうことね。だからこそね」
「日本には足止めをしてもらいたい」
「けれど長くて二年だと」
「不安だ。だからてこ入れを行う」
 日本に対してだ。そうするというのだ。
 そのことを話してだ。レーティアはここで潜水艦のところから戻ってきたエルミーにこう告げたのだった。
「エルミー、頼みたいことがある」
「私にですか?」
「そうだ、御前にだ」
 自分と然程変わらない背丈の小柄な少女にだ。レーティアは言うのだった。
「御前には日本に行ってもらいたい」
「私が日本に」
「日本への助っ人だ。無論潜水艦隊と共に」
「えっ、潜水艦もって」
「我が国の秘密兵器もなのか」
 レーティアの今の言葉にはだ。グレシアもドイツも驚きを隠せなかった。
 そしてそのうえでだ。二人でこう言うのだった。
「また思い切ったてこ入れね」
「デーニッツ提督だけではないのか」
「てこ入れは思い切ってこそだ」
 レーティアは驚きの顔の二人にも述べる。
「だからこそだ。私はエルミーと潜水艦隊を日本に送る」
「そうしたら日本も潜水艦を開発するわね」
「それならなおよい」
 このことも読んでだった。レーティアはまさに先の先を読んでいた。
「日本の戦力があがればそれだけもってくれるからな」
「成程ね。それならね」
「ここはデーニッツ提督しかいないか」
「エルミー、いいだろうか」
 レーティアはエルミーをあらためて見ながら問うた。
「御前に日本に行ってもらいたい」
「畏まりました」
 一も二もなくだ。エルミーは真剣な面持ちでドクツ式の敬礼を行った。
 そしてそのうえでだ。こうレーティアに応えた。
「ではすぐに」
「頼んだぞ。日本を助けてくれ」
「そして日本への技術援助もですね」
「それも頼む。日本人は独創性は乏しいが手先は器用と聞く」
 このことは既に世界的に有名になっていることだ。
「御前が教えれば彼等は必ず潜水艦を開発するだろう」
「そしてそれだけではなく」
「潜水艦の乗組員の育成も頼む」
 それもだというのだ。
「全ては御前にかかっている。頼んだぞ」
「わかっています、それでは」
 眼鏡の奥の目を輝かさせしてだ。エルミーは応えた。そうしてだった。
 エルミーと潜水艦部隊の半分がドクツから日本に向かった。それを見送りだ。
 レーティアは真剣な面持ちでだ。こう言うのだった。
「これでいい」
「日本帝国へのてこ入れは、ね」
「潜水艦隊を送りか」
「そうだ。これでかなり違う」
 確信を以てだ。レーティアはグレシアとドイツにも述べた。
 そのうえでだ。彼女は己の後ろに控える二人にだ。こんなことも言った。
「では。時間だな」
「ええ、お昼よ」
「その時間だな」
「今日の昼食は何だ?」
 レーティアは二人にその昼食のメニューを尋ねた。
「私は知っての通り肉は食べないが」
「そうそう。肉食は太るわよ」
 グレシアはレーティアのアイドルとしての一面から述べた。
「だからレーティアが元々お肉は好きではないことはね」
「よかったか」
「お魚も食べないわよね」
「そちらもどうもな」
 その可愛らしい眉をやや顰めさせてだ。レーティアは答えた。
「好きになれない」
「そうよね。レーティアはお肉もお魚も食べないわね」
「油もラードが駄目だ」
 もっと言えばそれすらもだった。
「動物の油はな」
「だから。完全にね」
「私は菜食主義だ」
 そうしているのだ。あえてだ。
「それでいい。そしてだ」
「お酒も飲まないしね」
「それもいい」
 酒もいいというのだった。
「あと。何よりもだ」
「煙草ね」
「あれは身体によくない」
 煙草を吸う年齢ではないがだ。それ以前の問題だというのだ。
「私の前では誰であろうともだ」
「わかってるわ。禁煙よ」
「そこは守っていてもらおう」
「安心して。常に手配はしているわ」
 グレシアもレーティアのそうした嗜好は全てわかっていた。それ故になのだった。
「貴女の前では。官邸でも司令部でもね」
「煙草は厳禁だ」
「そうしているから。けれどあれよね」
「あれとは?」
「レーティアの生活って本当に修道院のシスターみたいね」
「私個人の欲望に興味はない」
 だからだ。そうした生活でもいいというのだ。
「食事にしても普段通りでいい」
「今日はペペロンチーノに黒パンよ」
「充分だ」
 お世辞にも一国の、しかも大国になったドクツの国家元首の食事としてはあまりにも質素だ。だがそれでも構わないとだ。レーティアは言うのだった。
「ではすぐに頂こう」
「それじゃあね。じゃあ祖国さんも一緒にね」
「済まないな」
 無論グレシアも同席する。三人で食べようというのだ。
「頂こう。しかしだ」
「しかし?何かしら」
「前から思っていたが総統はスパゲティが好きだな」
 ドイツが今思うのはこのことだった。レーティアはスパゲティをよく食べるのだ。だから言うのだった。
「イタリンの料理だが」
「私はイタリンは嫌いではない」
 はっきりとだ。レーティアは言い切った。
「あの国とはこれからも仲良くしていきたい」
「そうなのか」
「祖国君、君は違うのか」
「いや、そう言われるとな」
 レーティアに問い返されてだ。ドイツは困惑した顔になった。尚レーティアはドイツや国家を君付けで呼ぶ。彼等をそう言えるのはレーティアだけだ。
「実は嫌いではない」
「ならいいがしかしだ」
「あまりそうは見えないか」
「いつも困った奴だと言っているが」
「あのいい加減さと弱さには悩まさせられる」
 実際にそうだと答えるドイツだった。
「あいつは弱過ぎる」
「それはそうだが」
「しかし総統閣下はそれでもか」
「嫌いにはなれない」
 きっぱりと言い切る。
「不思議とな」
「そうそう。イタちゃん達って可愛いのよ」
 グレシアも何処か嬉しそうにイタリア達について話す。
「愛嬌があってね」
「愛嬌か」
「祖国さんも実はそのよさはわかってるでしょ」
「そうなるのだろうか」
「なると思うわ。それで今日はね」
「そのイタリンのパスタが昼食か」
「三人で食べましょう。何ならプロイセンさんも呼ぶ?」
 ドイツの相棒のだ。彼もだというのだ。
「食べるのなら賑やかな方がいいから」
「そうだな。そうしよう」
 レーティアがだ。グレシアのその提案に乗って彼女に目を向けた。
「悪くはない。ではプロイセン君も呼ぼう」
「そうしましょう。それじゃあね」
「パスタか。確かに悪くはないな」
 何だかんだでこう言うドイツだった。
「では頂こう」
「うむ、食事は重要だからな」
 レーティアも応えてだ。そのうえでだった。
 ドクツの面々はエイリス侵攻に取り掛かっていた。欧州は再び風雲急を告げていた。しかしだ。
 レーティアにだ。グレシアはドイツ、プロイセンを交えてのその昼食の時にだ。こう問うたのだった。場所は司令部の将官用の食堂である。
 その中に用意された一席でそのペペロンチーノと黒パンを食べながらだ。グレシアはレーティアに尋ねた。
「それでだけれど」
「何だ、一体」
「作戦名はどうするのかしら」
「作戦名か」
「ええ、それはまだ決めてなかったわよね」
 ペペロンチーノをフォークに絡めて口に入れる。パスタのコシだけでなくだ。
 オリーブオイルの独特の風味、大蒜の香りと味、そして唐辛子の辛さを味わいながらだ。レーティアに対して尋ねたグレシアだった。
「そうだったわね」
「そうだったな。作戦名か」
「それはどうするのかしら」
「アシカはどうだ」
 己の向かい側に座るグレシアを見るとだ。その後ろにアシカのぬいぐるみがあった。 
 そのぬいぐるみを見てだ。咄嗟に思いついたのだった。
「アシカ、それでどうだ」
「アシカね」
「エイリスまで渡り攻めるからな」 
 理由としてこれを選んだ。
「だからだ。それでどうだ」
「いいと思うわ。それならね」
「作戦名をアシカ作戦とする」
 レーティアもペペロンチーノのその味を味わいながら述べる。
「今後この作戦はアシカ作戦と呼称する」
「それでいきましょう」
「で、あれだよな」 
 プロイセンもここで言ってきた。やはりパスタを口にしている。
「この戦いの後はな」
「ソビエトだ」
 レーティアはプロイセンのその言葉にも答えた。
「あの国を攻める。それで我がドイツの国家戦略は一つの完成を見る」
「生存圏の確保か」
「そして欧州の統一だ」
 それがだ。第一段階だというのだ。
「そのうえでガメリカを倒す」
「壮大だな」
「壮大だが可能だ」
 レーティアは自信に満ちた顔と声でプロイセンに返す。
「必ずな」
「ああ、総統閣下さえいればな」
「私は為す」
 毅然とした顔でだ。レーティアは断言した。
「諸君等を栄光の座につけよう」
「俺達なんてな、本当にな」
 プロイセンは過去を思い出した。自分達のその過去を。その過去はというと。
「ずっとどん底だったからな」
「うむ、碌に食べるものもなかった」
「あの戦争で何もかもなくなっちまったからな」
 第一次宇宙大戦、まさにその戦争でだ。
「その俺達がか」
「そうだ、世界の盟主になるのだ」
 レーティアの言葉はここでも毅然としている。見ればもう彼女はスパゲティを食べ終えている。
「君達がだ」
「夢の様だな」
「ああ、全くだぜ」
 全てを失ったドイツ達にはだ。レーティアの今の言葉はまさに夢だった。
 しかしその夢がだとだ。彼等はこのことも感じ取っていた。
「だが現実のものとなる」
「本当にな。凄いことだよな」
「ではアシカ作戦の準備を続ける」
 レーティアは今度は黒パンを手にして述べた。
「私達は勝つ、そしてだ」
「ええ、世界の盟主になりましょう」
 グレシアが微笑みそのレーティアの言葉に応える。
「何があろうともね」
「私の戦略に狂いはない。私がいる限り必ず果たせる」
 レーティアは確信していた。自分ならばできるとだ。だがそれでも彼女は気付いていなかった。若し自分がいなければどうなるか、ドクツは今彼女だけが柱だということには気付いていなかったのだ。
 そのことに彼女も他の者も気付かないままドクツは進んでいた。果てし無い道の途中には様々なことがあることにもだ。今は誰も気付いていなかった。


TURN17   完


                          2012・4・11



重慶への侵攻はなしか。
美姫 「戦略的判断ね。確かに今の状況だと占領できるとしてもまずいものね」
とは言え、こちらの準備が整うまで動きがなしといくかどうかもあるしな。
美姫 「ドクツから派遣されるエルミーと潜水艦がどう影響してくるかね」
様々な状況を見極めていかないといけないから、難しいな。
美姫 「それでもよるしかないけれどね」
だな。さて、次回はどんな話になるのかな。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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