『ヘタリア大帝国』




                              TURN15  ハニートラップ

 東郷は相変わらずだ。秋山の胃を痛めさせていた。
 秋山は眉を顰めさせてだ。そのうえで東郷に言うのだった。
「今日は何処に行かれてましたか?」
「今朝のことか?」
「そうです。何処に行かれてましたか?」
「二人いるが」
「今朝は二人ですか」
「そうだがそれがどうかしたのか?」
「全く。貴方という人は」
 眉を顰めさせてだ。秋山は功も言う。
「少しは身を慎まれて下さい」
「身を慎んでもどうということはないだろう」
「貴方の女性関係は派手過ぎます」
「しかし仕事はちゃんとしているぞ」
「そういう問題ではありませんっ、だからですね」
「つまりか。俺に遊ぶことを止めろというのだな」
「そうです。本当に少しはです」
 秋山はあくまで言うのだった。東郷のその奔放過ぎる女性関係についてだ。
 だがそれでもだ。当の本人はこの調子だった。
「安心しろ。妊娠や性病には気をつけている」
「だからそうしたことではなくです」
 まだ言う秋山だった。
「もう少しですね。身を慎まれて下さい」
「だから俺は普通にしているつもりだが」
「普通ではありません。ましてやです」
 秋山はさらに言った。
「樋口のこともあります」
「あの男は軍法会議にかけられ刑務所に入ることになったな」
「そうです。しかしあの男が中帝国に寝返った発端ですが」
「中帝国の女性工作員に弱みを握られたそうだな」
「はい、その通りです」
「では俺にもその工作員が来るというのだな」
「中帝国はそうしたことを得意としています」
 それ故にだというのだ。
「だからこそです。女性関係も少しは」
「ははは、工作員が来るなら相手をしてやるさ」
 秋山にそう言われても東郷は余裕だった。まさに余裕綽々の顔で秋山に話す。その顔には何の不安もないようだった。その顔での言葉だった。
「そしてだ」
「そしてとは?」
「その工作員に面白いことをしてやる」
「面白いこととは?」
「その時になればわかる。それでだが」
 ここでだ。東郷は話題を変えてきた。その話題はというと。
「香港やマカオはどうなった」
「南京攻略の前の作戦ですね」
「そうだ。そちらの進展はどうなっている」
「順調です」
 日本軍にとってはだ。そうだというのだ。
「そちらも順調に進んでいます」
「そうか。ではマカオもか」
「香港を攻略し今はマカオ攻略に取り掛かっています」
 既にだ。香港は攻略したというのだ。
「香港さんのご兄妹も私達に加わってきました」
「それは何よりだな」
「そしてマカオ攻略後にですね」
「そうだ。動ける戦力を全て動員して南京に取り掛かる」
 南京攻略、それにだというのだ。
「いよいよな。そうするぞ」
「はい、ではその時は」
「南京を攻略できれば大きい」
 東郷のその目が真面目なものになっていた。遊び人の目から軍人、しかも司令官の目になっていた。そうしてその目で秋山に話すのだった。
「中帝国との戦いも大きくこちらに傾く」
「はい、そうなりますね」
「ただしだ。重慶の攻略は容易ではないだろうな」
 それもわかっているというのだ。
「残念だがな」
「ガメリカが援助していますね」
「援中ルートがある」
「ベトナム方面からそうしていますが」
「あのルートを断ち切っても中帝国にはそれなりの戦力があり重慶は北京や南京とは比べものにならない位険阻な場所だ。しかも要塞化されているとなればだ」
「攻略は困難ですね」
「南京を攻略後は南京に防衛の戦力を置き和平交渉に入るべきか」
「政治に切り替えますか」
「政治は得意じゃないがな」
 東郷は少し苦笑いになった。彼は政治にはそもそも興味がないのだ。 
 だがそれでもだった。今はだ。
「そう言う状況じゃない」
「そうですね。それでは」
「とりあえずは南京攻略だがな」
「ガメリカはどうしましょうか」
 中帝国を援助しているだ。その国の話も出た。
「あの国については」
「今はどうしようもない。しかしだ」
「しかしとは?」
「ガメリカは我が国をしきりに挑発してきている」
 東郷が今度話したのはこの現実についてだった。
「このままではだ」
「ガメリカとも開戦ですか」
「その危険は充分にある」
「ガメリカは強大です」
 秋山はよくわかっていた。それも痛いまでに。
「その彼等と戦うことになればそれこそです」
「厳しいものがあるな」
「はい、非常に」
「しかし戦うからには勝たなければならない」
「長官はそのことについて何かお考えは」
「成功するかどうかはわからないがな。いや」
「いや?」
「博打を重ねる。成功する確率は非常に少ない」
 こう前置きしてのことだった。
「だからあまりな。俺自身もどうかと思うがな」
「そのことをお話して頂けますか?」
 今言ったのは秋山ではなかった。 
 日本だった。彼は二人のところに来てだ。真面目な顔でこう言ってきたのである。
「是非共」
「あっ、祖国様」
「今丁度ここを通り掛かったのですが」 
 彼等は北京に置いている司令部にいる。そこでのことだった。
「東郷さんのお話が耳に入りましたので。どうか」
「そうか。祖国さんには嘘は吐けないな」
 東郷もだ。日本の話に微笑んで述べたのだった。
「そして隠しごともできないな」
「普通はそうですが」
 秋山は咎める感じの目になって東郷に言ってきた。
「己の祖国に隠しごと、嘘の類はできません」
「まともな神経の人間ならな」
「長官はそのことは確かですので」
 このことは安心していたのだ。秋山にしてもだ。
「間違っても祖国様にそうしたことはされませんね」
「そうだ。心を見透かされている様にも見える」
 日本を見てだ。東郷は秋山に話す。
「全く。恐ろしい祖国さんを持ったもんだぜ」
「私は恐ろしいのですか?」
「ははは、自覚はないんだな」
「特に。自分が怖いとは」
「ロシアとはまた違った意味で怖い」
 こうも言う東郷だった。
「まあそれでも優しいがな」
「そうですね。祖国様程優しい国は他にはありません」
 秋山はその日本、己の祖国を見て微笑んでさえいる。
「そしてその祖国様にですね」
「ああ、祖国さんと秋山には話しておこう」
 ガメリカと戦争になったその時にだ。どうするかというのだ。
 東郷は真剣な面持ちになりだ。そのうえで二人に話した。
「ガメリカとの戦争になれば自然とエイリス、そしてオフランスとの戦争にもなる」
「今現在彼等はガメリカと同盟関係にあります」
 秋山がそれは何故かと話した。
「それならば自然とですね」
「そうなるからな。だからだ」
「ガメリカ、エイリスのニ大国とも戦端を開きますか」
「国力ではお話にならない」
 これは両国を合わせてというのではない。ガメリカ、エイリスそれぞれがなのだ。日本とは比べものにならないまでの国力差が開いているのだ。
 それでだ。東郷は言うのだった。
「だからだ。会戦と同時にマニラ、ミクロネシアに攻め込む」
「そうされますか」
「そして多くそこから一気にエイリスの植民地に雪崩れ込む」
「ガメリカ本土には入られないのですか?」
「ガメリカ本土はハワイを攻略しなければ迎えないな」
「はい」
 その通りだとだ。秋山が東郷に答える。
「そしてハワイはですね」
「まさに難攻不落の要塞だ。ガメリカ軍太平洋艦隊の根拠地だ」
「そう簡単には攻略できませんね」
 日本もハワイは知っていた。そこはそうした場所なのだ。
「だからこそ、ですか」
「ハワイを牽制しつつエイリスの植民地を攻略していく」
 これが東郷の戦略だった。
「エイリスの植民地は叛乱鎮圧用の軍を分散配置している」
「つまり各個撃破ですか」
「そうしていけば勝てる」
 こう看破していた。東郷はエイリスの植民地の状況をよく把握していた。
「ベトナム、マレーの虎、インドネシアにだ」
「四国、ニュージーランドですね」
「それとトンガだ。こうした地域を一気に攻略して勢力を蓄える」
 これが東郷の戦略だった、しかしだ。
 彼の戦略はそれで終わりではなかった。それから先のことも二人に話した。
「そしてラバウルまで攻略してからだ」
「ハワイ・・・・・・ではないですね」
「その頃にはそれなりの力があるだろうがな」
 だがそれでもだというのだ。東郷の戦略は一気呵成だが軽率ではなかった。
「まだだ。インドの各星域も攻略していく」
「何と、インドもですか」
「そうされるのですか」
 東郷のその説明にだ。秋山と日本は思わず声をあげた。
「あのエイリス帝国の宝石箱」
「あの地域までも」
「インドはエイリスを支えているといっても過言ではない」
 その世界帝国のエイリスのだ。まさに宝石箱なのだ。
「あそこを手に入れると最早ガメリカを越えられる」
「確かに。インドまでを手に入れられると」
「全く違ってきますね」
「そしてアラビア、マダガスカルまで攻略しそれからだ」
 壮大な戦略はまだ続いていた。東郷の頭の中に銀河があった。
「ハワイを攻略し後はそこから外交交渉だな」
「ううむ、そこまで一気に進められますか」
「そうお考えなのですか」
「各個撃破、そして一気に進める」
 兵は神速を尊ぶ。東郷の戦術は戦略にも出ていた。
「そうしていこう」
「ですか。まさかエイリスの植民地を攻略されてですか」
「そのうえでハワイを狙われるのですか」
「そうする。ハワイ攻略までにな」
 南太平洋、インド洋を完全掌握するというのだ。東郷は直線的には考えていなかった。
 そこには確かな戦略があった。だがそれでも日本はここでこう言った。
「戦略としては壮大ですがしかし」
「それが実行できるかどうかか」
「はい、それが問題ですが」
「開戦してすぐのガメリカへの奇襲だ。これがまず博打だ」
 最初の時点でそうだった。東郷もわかっていた。
「成功するかどうかはな」
「はい、ですから」
「ここで失敗する可能性も高い」
 博打に確実性はない。これはどんな博打にしてもだ。
 そしてそれ故にだ。彼は言うのだった。
「しかもそれが成功してもだ」
「はい、エイリス戦ですが」
「まずベトナムや四国までは攻略できる」
 東郷はそこまでは博打ではないとした。
「各個撃破とドクツ式に言えば電撃戦でな」
「しかしインドは」
「インドにはエイリスの正規軍も多い」
 植民地艦隊の他にだ。彼等もいるというのだ。
「そして俺達の東南アジアやオセアニアでの戦い、いや開戦を受けてだ」
「エイリス本土も動きますか」
「艦隊を送られてきますか」
「そうだ。それもそれなりの数が来るだろうな」
「その彼等とも戦い勝たなくてはならない」
「それがなのですね」
「博打だ。それこそな」 
 インド攻略と正規軍との戦い、それもまただった。
「そうそう容易ではない」
「博打に次ぐ博打ですか」
「それに続けて勝たねばなりませんか」
「正直我が国には力はない」
 東郷はよくわかっていた。このことが誰よりも。
「そこまでしないと勝てるものじゃない」
「不可能に近いですね」 
 ここまで聞いてだ。秋山は大きく嘆息してからこう述べた。
「そこまで至ると」
「そうだ。だから博打の連続だ」
「我々の置かれている状況を再認識しました」
 秋山はまた嘆息して述べた。
「嫌になるまでに」
「そうだな。しかし最悪の事態を考えてだ」
「そうしてですか」
「楽観的にいこう。さもないと成功するものも成功しない」
 暗い気持ちでそうしてもだ。どうにもならないというのだ。
「だからだ。気楽にやっていこう」
「その言葉信じさせてもらいます」
 秋山はこれまで以上に生真面目な顔で東郷に述べた。
「是非共」
「ははは、信じる者は救われるだ」
 東郷はいつもの明るさも見せた。
「俺も全力を尽くす。だから秋山も祖国さんもな」
「わかっています。それでは」
「ガメリカとの戦いも勝ちましょう」
「さて、話はこれで終わりだ」
 東郷は明るい調子のまま二人にまた述べた。
「仕事をするか。南京戦の用意をな」
「では長官、書類にサインをお願いします」
 すぐにだ。秋山は少し楽しげな笑みで東郷に言った。
「司令室に持ってきますので」
「おいおい、デスクワークか」
「デスクワークも重要な仕事ですが」
「それはわかっているがな」
 だがそれでもだというのだ。東郷は今度はやや困った様な顔になって。
 そしてその顔でだ。こう言うのだった。
「やはりな。座っての仕事はな」
「御嫌いですか?」
「どうも好きになれない」
 実際にそうだというのだ。彼は実戦派なのだ。
「しかし書類にはサインをしないとな」
「軍は動きません。ですからお願いします」
「わかった。では今からサインをしよう」
「その様に」
 こうしてだ。東郷はあまり好きではないデスクワークも行った。しかしそれが終わればすぐにだ。町に出て遊び人の顔に戻った。その彼の前にだ。
「ねえ叔父様」
「ははは、俺はまだ若いんだがな」
 言い寄ってきた少女、その正体はハニートラップに笑って返した。
「叔父さんって歳じゃない」
「けれどお髭があるから」
「ああ、これか」
 東郷は己の顎に微かに、そしてうっすらとある髭を右手でさすった。髭の感触は確かにある。
「これはただのお洒落だがな」
「軍人さんだから生やしてるのじゃないのね」
「ああ、ただのお洒落だ」
 それだとだ。笑って言う東郷だった。
「似合ってるかい?」
「結構ね。けれどお髭なくてもいけるわね」
 ハニートラップはここでは演技抜きに述べた。
「いい感じよ。それでだけれど」
「今時間はあるかい」
 東郷の方から先に言ってきた。
「遊ぶ時間は」
「あるわ」
 にこりと笑ってだ。ハニートラップは笑顔で答えた。
「それもたっぷりとね」
「ならいい。じゃあまずは食事にしようか」
「何を食べるの?」
「中帝国なら食べるものは決まっていると思うがね」
 東郷は飄々とした感じでハニートラップ、彼は工作員とは気付いていない彼女にだ。こう答えた。
「中華料理にしよう」
「あたしラーメン大好きなの」
 にこりと笑ってだ。ハニートラップはまた演技抜きに言った。
「とはいっても中華風だけれどね」
「ああ、日本のラーメンとは違ったな」
「あれは和食だと思うけれど」
 中帝国の人間としての言葉だった。
「違うのかしら」
「さてな。日本じゃ中華料理になってるけれどな」
「日本の中華料理でしょ」
「そうなるか。まあとにかくだ」
「まずは食事ね」
「ああ、中華料理にしよう」
 こうしてだ。東郷はまずはハニートラップと食事を摂った。それなりに高価な中華飯店に入りそこでそうした。そしてそれからだった。
 二人でホテルに入る。しかしここでだ。
 何者かにフォーカスされた。ハニートラップはホテルに入ったその瞬間ににやりと笑った。
 そして数日後だ。いよいよ出撃が近付いてきた東郷のところにだ。山下が怒鳴り込んできた。そのうえで刀を抜いてこう叫ぶのだった。
「貴様!そこになおれ!」
「ああ、利古里ちゃんからデートの御誘いかい?」
「何故そんな考えになる」
 東郷の今の言葉にだ。山下は動きを一瞬止めた。だがすぐにだ。
 刀を構えなおしてだ。こう東郷に叫んだ。
「今日の週刊誌は何だ!」
「週刊誌?」
「それに新聞でもだ!ネットでも溢れ返っているぞ!」
「俺の話題でかい?」
「そうだ、貴様先日一人の少女と遊んだな」
「?それは毎日なんだが」
「毎日か。尚悪いではないか」
 知ってはいてもだ。東郷のその女性関係の奔放さに呆れる山下だった。その流麗な顔が歪む。
「貴様は何を考えている。それでだ」
「何だ?その少女と俺のツーショットが新聞に載っているのか」
「その通りだ。見ろ!」 
 山下は怒った声で東郷の座っている席に新聞を投げ出した。その一面にだ。
 堂々と載っていた。東郷とハニートラップ、その少女の写真がだ。これ以上はないまでに掲載されていた。
 その少女、と山下が思っている写真を見せてだ。東郷に言う山下だった。
「よりによって年端のいかぬ少女に手を出すとは!そこまで鬼畜だったのか!」
「ああ、あの娘か」
「外道!そこになおれ!」
 山下はいよいよ怒る。
「この私が成敗してくれる!若しくは切腹しろ!」
「物騒だな。それにだ」
「それに?辞世の句は」
「違う、この娘は少女じゃない」
「戯言を。何処からどう見てもそうではないか」
「若作りというやつだ」
 東郷は至って冷静にだ。山下に話す。山下とは対象的に。
「この娘は実際は二十を越えているぞ」
「何っ、そうなのか」
「ああ。俺は遊んだからわかる」
 どう遊んだかは言うまでもない。
「この娘は結構な年齢だ」
「むう、そうなのか」
「しかしよく撮れているな。この娘はどうやらな」
「どうやら?何だ」
「中帝国の工作員だな」
 ここでだ。東郷もそう察したのだった。
「だから俺に近付いたんだな。そういうことか」
「それでは樋口の時と同じか」
「それで俺にスキャンダルを仕掛けて失脚を狙ったな」
「中帝国らしいやり口だな」
 山下もこのことはよく把握していた。伊達に戦っている訳ではない。
「そう来たのか」
「そうだ。俺の言うことを嘘だと思うか」
「貴様は確かにふしだらだが嘘は言わない」
 山下は東郷を厳しい目で見ながら答えた。
「それは確かだ」
「信用してくれているか。それは何よりだ」
「ふん、信用はしていない」
 山下はそのことは否定した。
「だが貴様が嘘を言わないことはわかっている」
「そうか。では俺の言うことはな」
「このことは信じよう。しかしだ」
「この工作のことか」
「これではホテルの中での行為も撮られているのではないのか?」
 山下はこのことを危惧していた。
「それを公にされてはだ」
「何、構わない」
「何っ?」
「隠すつもりはない。むしろだ」
 東郷はそのホテルに向かうツーショットを見ながらだ。漂雹として述べた。
「今この写真はどれだけ出回っている」
「スポーツ新聞という新聞、週刊誌のかなり、そしてインターネットにおいてだ」
「拡散しているか」
「スキャンダルなのは確かだぞ」
「ならもっと広めてみるか」
 笑ってだ。東郷は余裕さえ見せていた。
「そうしてみるか」
「馬鹿を言え、貴様は本当に失脚するぞ」
「ああ、俺が失脚したら困るのか」
「だから違う。貴様が今ここで失脚すれば海軍の指揮系統に混乱が生じる」
 山下が懸念しているのはこのことだった。
「それを生じさせない為だ。今貴様に失脚してもらっては困る」
「やれやれ、利古里ちゃんは素直じゃないな」
「私も嘘は言わない。とにかくだ」
「ああ、俺の首だな」
「本当にいいのか。これ以上このことが公になればまずいぞ」
「いや、まずくはないさ」
 ここでもだ。東郷は余裕だった。その余裕からの言葉だった。
「俺のことはもう誰もが知っているからな」
「女好きということか」
「そうだ。それなら広めてもらっても困らない」
「今更ということか」
「ホテルの中の写真もだ」 
 それまでだとだ。東郷は笑みさえ浮かべて言った。
「是非共公にしてもらいたいものだな」
「女好きということは誰もが知っているからか」
「むしろ顔が広まって困るのはこの工作員だな」
 ハニートラップの写真の中ではあどけない笑顔を見ながらの言葉である。
「顔が知られるからな」
「成程。そういうことか」
 山下も伊達にこの若さで陸軍長官ではない。東郷の考えはすぐに察した。
 そしてそのうえでだ。こう彼に答えたのだった。
「工作員は顔が知られてはだな」
「何にもならないからな。ビッグ=ゾルゲの様な怪物でもない限りな」
「あの男は我が国にも工作を仕掛けている」
「こうした相手はゾルゲと比べれば楽だ」
 東郷は落ち着いた物腰にもなっていた。
「この写真はさらに広めよう」
「それで話が済むのならな。貴様に任せる」
「そうしてくれるか。ただしな」
 ここでだ。少し苦笑いになる東郷だった。そのうえで言うことは。
「騒ぐ面々もいる」
「秋山か」
「あとは宇垣さんだ。おそらく言った傍からな」
「長官、またですか!」
「こら、東郷!」
 部屋に秋山が駆け込んできたのとテレビ電話のモニターに宇垣が出て来たのは同時だった。まさに言ったすぐ傍から出て来た二人だった。
「貴方という人は!今度は幼女ですか!」
「ガメリカでも話題になっているぞ!貴様という奴は!」
「この二人だけが問題だ」
「それ位は何とかしろ」
 山下はこkどえは淡々としていた。東郷はこの騒動の一番の難題に直面した。
 だがそれはあっさりとかわしてだ。東郷の作戦通りだ。ツーショットは日本中、それも占領地全土にあっという間に広められた。ネットを使って。
 それは当然北京でも同じでだ。誰もがハニートラップを見て言った。
「おい、あの娘だぞ!」
「東郷長官と一夜を過ごしたのは!」
「ああ、間違いない」
「あの娘だ!」
 どんなに隠れてもだ。その顔はあまりにも知れ渡っていた。その為だ。
 ハニートラップはそれこそ国家並の有名人になってしまった。誰もが彼女を見て追っかける。
「写真以上に可愛いじゃないか」
「っていうかフリーなんだろ、フリー」
「だったら俺付き合ってみたいな」
「俺もだよ」
 妻も彼女もいない面々はこう言ってだ。彼女を殊更に追っかけた。こうしてだ。
 工作どころではなくなりだ。ハニートラップは潜伏するしかなくなった。
 北京の安アパートの一室に潜んでだ。ノートパソコンでランファに言っていた。
「もう何よ!あたしアイドルじゃないのよ!」
「まさかああしてくるなんてね」
「あいつスキャンダルに凄く強いじゃない」
 ランファに対してだ。口を尖らせて言っている。
「普通あれで失脚よ」
「樋口なんかはデート写真こっそり見せただけで寝返ったのにね」
「あいつ全然平気じゃない。そんなに女遊び派手な奴だったの」
「何か日本一の遊び人らしいわよ」
「って、そのうえで海軍長官やってるんなら」
 うんざりとした顔、とりわけ目がそうなって言うハニートラップだった。
「意味なかったのね」
「ううん、そうだったみたいね」
「とにかくね。あたしもう動けなくなったから」
 それでだというのだ。
「あんたはあんたで頑張ってね」
「ええ、そうするわ」
「そっち大丈夫なの?」 
 ハニートラップは真面目な顔になった。そのうえでランファに尋ねたのだ。
「南京の方は。香港とマカオが奪われたけれど」
「正直。日本軍は予想以上の強さね」
 ランファはその可愛らしい感じの顔を曇らせてきた。
「結構やばいわ」
「ああ、やっぱりそうなの」
「南京にはありったけの艦隊をかき集めてるけれどね」
「どれ位?」
「六十個艦隊。これで迎え撃つから」
「頼んだわよ、そっちは」
「ここで食い止めるから」
 ランファも決死の顔になっている。
「そっちはとりあえず大人しくしておいてね」
「そうさせてもらうわ。仕方ないわね」
「ええ、それじゃあね」
 こうしてだった。二人はノートパソコンでのやり取りを終えたのだった。そうしてだ。
 ハニートラップはパソコンの電源を落とすとふて腐れた顔でベッドの中に入った。そしてそのまま今のところは引き篭もるのだった。それしかないからだ。
 そしてスキャンダルと秋山、宇垣のお説教をかわした東郷はあらためてだ。長門の艦橋に入って言った。
「ではいよいよだな」
「はい、では」
 秋山がその東郷に応える。彼も長門の艦橋にいるのだ。
「出撃しましょう」
「攻撃目標は南京だ」
 このことは既に決まっていた。
「行くぞ」
「畏まりました。では動員できる全艦隊を以て」
「香港さんとマカオさんの兄妹だがな」
 彼等のこともだ。東郷は言及した。
「あの人達はどうだ」
「はい、動けるとのことです」
「そうか。国家艦隊が四つも加わったか」
「これで合わせて十ですね」
 国家艦隊はそれだけの数になっていた。
「それだけでもかなりのものになってきました」
「そうだな。有り難いことだ」
「それに合わせて正規軍もあります」
「陣容が徐々に整ってきた」
 東郷はこう言って微笑みもした。
「有り難いことだな」
「そうですね。それにリンファさんですが」
 秋山は彼女の名前も出してきた。
「やはりですか」
「ああ、流石に祖国との戦いを強いるのは酷だ」
 東郷もこう開き山に返す。
「だから止めておこう」
「わかりました。ではあの人については」
「今回は後方で治安回復にあたってもらう」
 それがリンファの今回の任務だというのだ。
「西安とかはまだ治安が万全じゃないな」
「安定とまではいかないですね」
 実際にそうだとだ。秋山も答える。
「では」
「ああ、そこに行ってもらおう」
「畏まりました」
「後は。田中だが」
 東郷からだ。彼の名前を出した。
「どうだ。艦隊の修理はできたか」
「突貫工事で進めましたので」
「日本本国に戻してか」
「大修理工場でそうしました」
 日本本土にあるそこでだというのだ。日本本土にはそうした修理工場があるのだ。それは普通の修理工場の倍程度の設備が置かれているのだ。
 そこに田中の艦隊を送ってだ。修理させたというのだ。
「ですから大丈夫です」
「だといいがな。しかしな」
「ええ、彼の戦術は」
 秋山はここでその生真面目な眉を顰めさせて述べた。
「損害が多いです」
「肉を切らせて骨を絶つだからな」
「そのせいで損害も多いです」
「戦果も出してくれるがな」
「戦術が直線的過ぎます」
 田中の性格がだ。そのまま出ているというのだ。
「正面から周りを見ずに突き進みますから」
「それがあいつの持ち味にしてもな」
「困ったことです。その気性が部下達に慕われてもいますが」
「本質的に悪い奴じゃない」
 それもわかっている東郷だった。
「しかしそれでもな」
「はい、より成長して欲しいものですが」
 秋山はかなり切実にそう思っていた。
「さもないと損害も増えます」
「あいつは水雷戦向きだがな」
「駆逐艦は只でさえ打たれ弱いのですから」
「何かいい艦艇はあるか」
「その辺りも考えていくべきですね」
 そうした話をしながらだ。彼等は出撃しようとしていた。南京での大規模な戦いが今はじまろうとしていた。


TURN15   完


                           2012・4・6



南京での開戦前か。
美姫 「工作も全く役に立たなかったし、中帝国も正面からやるしかないわね」
まあ、工作の内容が悪かったな。東郷相手にあれはな。
美姫 「意味がない所か、東郷の思惑通りにハニートラップの方が損したものね」
さて、いよいよ日本帝国も進軍開始かな。
美姫 「次回も待っていますね」
待ってます。



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