『ヘタリア大帝国』
TURN132 一騎打ち
枢軸軍とエイリス軍は接舷戦に入っていた、多くの艦艇で艦内において激しい接近戦がはじまっていた。
それは平良も同じだ、彼も刀を抜き自ら戦っていた。
エリイスの将兵達を斬りながらだ、こう言うのだった。
「敵ながら見事だな」
「はい、まさかこうして斬り込んでくるとは」
「しかも皆中々の手練ですね」
「騎士だな」
平良は自らが率いる部下達に言った。
「まさに」
「エイリス軍はですか」
「今も騎士ですか」
「紛れもなくな」
それだというのだ。
「騎士だ」
「では武士と騎士の戦いですね」
「今はな」
こう部下たちに話すのだった。
「そしてだからこそだ」
「この戦い、負けられないですね」
「正面から戦い、ですね」
「勝たねばなりませんね」
「いつも言っているが卑怯未練な行いはするな」
無論卑劣もだ、平良の言葉は厳しい。
「若しする者がいたなら私が斬る」
「はい、決して」
「その様なことは」
「では行くぞ」
鋭い目で正面を見据えて部下達に告げる。
「絶対にだ」
「はい、勝ちましょう」
「騎士達に」
部下達も応える、彼等もまた正々堂々と戦っていた。
山下達は大和の艦内でセーラを見た、セーラは胸を張り毅然とした態度で刀を抜く山下の前に来た。
そのうえでだ、強い声でこう名乗ったのだった。
「エイリス帝国女王セーラ=ブリテンです」
「日本帝国陸軍長官山下利古里です」
山下もセーラに答える。
「以後お見知りおきを」
「山下元帥ですね、お名前は聞いています」
セーラはその山下に言う。
「日本帝国の真の武士だと」
「いえ、私はその様な」
「噂だけではありません」
セーラは謙遜する山下にさらに言う。
「その目を見ると」
「私の目ですか」
「貴女の目は強く澄み渡り輝いています」
まさにその通りだった、山下の目の光は強くしかも澄んでいる、その目こそがだった。
「誠を胸に抱き戦う者の目です」
「それが武士の目ですか」
「そうです、見事なまでの」
「有り難きお言葉、では」
「jはい、それでは」
「お手合せ願います」
山下の方からセーラに申し出た。
「今から」
「私もその為に来ました」
セーラも応える、そしてだった。
二人はまずはお互いに一礼した、せーらは剣を己の顔の前に寄せ山下は頭を下げる、そうしてであった。
互いに間合いに入り斬り合う、忽ちのうちに銀と銀の火花が打ち合う剣と刀から出る。騎士と武士の剣が交差する。
斬り合いは十合二十合となりすぐに五十合を超えた、だがどちらも一歩も引かない。
その見事な一騎打ちを見てだ、秋山は感嘆して言った。
「素晴らしいですね、山下長官もセーラ女王も」
「そうだな」
その通りだとだ、東郷も応える。
「利古里ちゃんの剣術の腕は日本帝国でも随一だがな」
「剣術においても負け知らずですから」
柔道でも古武道でもだ、山下の武芸はまさに神技の域に達している。
しかしその山下と比べてもだ、今彼女と対するセーラは。
「その長官と互角とは」
「女王さんも凄いな」
「あれだけの剣技の持ち主は他におられませんね」
「俺なんか足元にも及ばないな」
東郷は剣術では山下に遥かに及ばない、ましてやその山下と互角に闘うセーラとはだ。
「到底な」
「私もです」
秋山も剣術は嗜んでいる、だが彼にしてもだ。
「神技の域までは」
「至らないな」
「全くです、しかし」
「斬り合いが百合に達した」
だがまだ勝敗は決していなかった、二人の攻防は続いている。
二人共共に舞うが如く華麗な剣技で闘っている、華麗でいてかつ激しい。
その二つが共にある闘いは何時終わるともなく続く、日本軍もエイリス軍も言葉もなく沈黙して見ていた。
やがて斬り合いが二百合を超えて三百合になった、しかし勝負はまだ続く。
そのまま何時までも続くかと思われた、だが。
ここでだ、エイリス軍の兵士の一人が駆け込んで来てこう言ってきたのだった。
「オフランス軍が降伏しました!」
「何っ、オフランス軍が!?」
「後方にいる彼等が!」
「隕石は終わりましたが」
その降り注ぎが終わったというのだ、だが。
「今現在の膠着状態を見て劣勢と誤認したのか」
「それで、なのか」
「彼等は」
「はい、降伏しました」
そうなったというのだ。
「そして撤退しました」
「馬鹿な、それでは後ろがないぞ」
「むしろ降伏したオフランス軍が枢軸軍に寝返る危険もあるぞ」
「そうなれば我等は挟み撃ちだ」
「ここで全滅するぞ」
「くっ、こうなっては」
ここでだ、その場にいた参謀の一人が忌々しげに言った、その言った言葉はというと。
「撤退しかない」
「では今は」
「オフランスから」
「そうだ、陛下」
参謀は山下との一騎打ちを続けるセーラにも言った。
「ここは無念ですが」
「話は聞いています」
山下に神経を集中させているがそれでも耳はある、それで聞いていたのだ。
「ですから」
「それならば」
「全軍撤退です」
セーラも決断が早い、自軍にとっても自身にとっても苦い決断だが躊躇せずに答えた。
そしてだ、後ろに素早く跳び退いて間合いを離してから山下に言った。
「山下長官、申し訳ありませんが」
「はい、後日再び勝負ということで」
「それでお願いします」
「何時でも待っています」
山下は毅然とした態度でセーラに応えた。
「では」
「またお会いしましょう」
二人は一礼し合い別れた、セーラは山下達の前から姿を消して大和を後にした。クイーン=エリザベスはその大和から離れ。
全てのエイリス軍にだ、こう告げたのだった。
「全軍ロンドンまで撤退します、戦死者の亡骸、負傷者の回収を行いそして」
「そのうえで、ですね」
「そうです、撤退します」
こうイギリス妹にも告げる。
「わかりましたね」
「それでは」
イギリス妹も応える、そしてだった。
エイリス軍は速やかに接舷戦を終えてそれぞれ撤退する、後詰はセーラ自らが務める。
そのセーラにだ、イギリスがモニターから言ってきた。
「いいんだな、女王さん自ら後詰で」
「はい、構いません」
ここでも毅然として答えるセーラだった。
「これが私の務めですから」
「だからか」
「はい、そうです」
まさにそうだというのだ。
「それでは」
「わかった、じゃあ頼むな」
「それでは」
セーラは撤退するエイリス軍を指揮しそしてだった。
自らもオフランスから退いた、エイリス軍は敗れはしたがそれでもだった。
見事な戦いを見せた、それで山下も戦いが終わった後の大和の中で言うのだった。
「敵ながら見事だったな」
「ああ、本当にな」
東郷も山下の言葉に応える。
「俺も見ていて思った」
「セーラ=ブリテン女王、見事な武人だ」
「女王自らが騎士か」
「流石だ」
山下はそこにエイリスの誇りを見ていた、それで言うのだ。
「長きに渡って世界の盟主を務めているだけはある」
「そうだな、しかしだ」
「それはあくまで王室と軍だけか」
「貴族はな」
「私もそれはわかっている」
山下はここで顔を顰めさせて述べた。
「植民地での貴族共はな」
「利古里ちゃんも大変だったな」
「うむ、不逞貴族共を片っ端から捕まえていった」
その不正や汚職を糾弾してだ。
「斬りはしなかったがな」
「何度も斬ろうと思ったな」
「そのことは否定しない」
「やっぱりそうか」
「不逞の輩は許せぬ」
正義感の強い山下らしい言葉だった。
「だから堪えるのに苦労した」
「ああ、見ていてわかった」
「しかしだ、何とか堪えてだ」
その腐敗した貴族達を捕まえていくだけに留めていたというのだ。
それでだ、その時のことを思い出して言うのだった。
「全体としてエイリスはだ」
「腐敗が酷いか」
「貴族達を何とかしなければだ」
それでだというのだ。
「腐敗してそしてだ」
「崩壊してしまうな」
「もう世界の盟主であるべきではない」
「貴族の腐敗故にか」
「そうだ、もう世界の盟主というものもな」
「そうしたものがいる時代でもないか」
「そうした時代は終わるだろうな」
東郷は先、時代の先を見る目で述べた。
「一つの国が導くのではなく」
「全ての国でか」
「そうだ、とはいっても船頭は必要だがな」
ただ誰もが平等なだけでは何も動かないのも世の摂理だ、それでこうした存在は必要だというのである。
しかしそれでもだ、そのリーダーがだというのだ。
「ああした特権階級のみが肥え太る国家ではな」
「盟主は務まらないな」
「もうな」
実際にそうだというのだ。
「俺はそう見る」
「そうだろうな、私もそう思う」
「ではだ」
ここまで話してだ、そしてだった。
東郷は戦後処理を終えてパリに向かった、そのうえでパリに入城したのだった。
そのパリに戻りだ、シャルロットは恍惚とした顔で述べた。
「パリ、戻って来られたのね」
「やっぱり嬉しいだね」
「はい、とても」
傍らにいるビルメにも答える。
「こんな嬉しいことはありません」
「よかったね、じゃあこれからだね」
「お父様、お母様そしてお姉様達」
両親と三人の姉達にだというのだ。
「お会いしたいです」
「皆健在なんだね」
「オフランス王家は全員ドクツに軟禁されドクツが連合軍に移ってすぐに解放されています」
「だから全員無事だ」
このことはその軟禁させたレーティアも保障する。
「そもそも私もオフランス王家を害するつもりは毛頭なかったからな」
「だからですね」
「シャルロット王女のご家族も無事だ」
レーティアははっきりと言い切った。
「今はパリの何処かの宮殿におられるだろう」
「ああ、トリアノンにいるぜ」
そこにだとだ、フランスが答えてきた。
「ちゃんとな」
「そうですか。では今から」
「ああ、一緒に行くかい?」
フランスも戻れて上機嫌だ、その上機嫌な顔での言葉だ。
「今から」
「はい、では」
「やっぱり母国の空気は美味いな」
フランスは身体を伸ばしてこうも言った。
「この雰囲気、やっぱりいいぜ」
「そういえば御前イギリスと一騎打ちやってたやろ」
スペインはフランスに先程までの戦いのことを問うた。
「そやったな」
「ああ、フェシングでな」
お互いに得意としているそれで闘ったとだ、フランスも答える。
「やり合ったよ」
「その勝負どうやってん」
「引き分けだったよ」
このことについては微妙な顔で答えるフランスだった。
「どうもな」
「そうか、引き分けかいな」
「何かあいつと戦うとな」
これまでの数多くの一騎打ちを経てだった。
「いつも引き分けかどっちかが勝ってもな」
「共倒れやな」
「俺が勝ってもあいつが勝ってもな」
そのどちらが起こってもだというのだ。
「その後で一方が倒れるんだよ」
「財政破綻とかでやな」
「そうなるんだよ、本当にな」
「で、今回はやな」
「ああ、引き分けでな」
それに加えてだった、フランスはこのことはこのうえなく暗い顔で述べた。
「しかもな、この戦争でな」
「特にイギリスがやな」
「財政やばいな」
戦争で使い過ぎた、戦争はとかく金も人材もかかるものだ。
それでだ、こう言うのだ。
「どうなるだろうな、これから」
「俺もな、実はな」
「欧州のどの国もな」
財政を使い過ぎた、それでなのだ。
「これはまずいな」
「そういう意味でも欧州やばいな」
「ああ、財政ピンチだよ」
まさにだというのだ。
「どうしたものだよ」
「やっぱりこれからは太平洋やねんな」
「日本とかガメリカとか中帝国とかな」
「そっちになるんやな」
「御前確か中南米の親分だろ」
「今ハニーさんがおるわ」
全て独立している、これではどうしようもない。
「どうしよか」
「どうしようもねえだろ、だから欧州経済圏を作ってな」
そしてだというのだ。
「やっていくしかないんだよ」
「経済圏で立て直しか」
「相当それで苦労してな」
欧州経済に財政を立て直してだ、それからだというのだ。
「太平洋に挑むか」
「何か前途多難やな、戦後も」
「仕方ねえだろ、金を使い過ぎたんだからな」
欧州のどの国もだ、金即ち国力をだというのだ。
「もうやるしかねえよ」
「暗い話やな」
「それでもやるしかねえからな」
「もう戦争せん方がええな」
「ビームとかミサイルじゃなくてコインや札束でやり合う方がいいな」
「それがよおわかったわ」
彼等は戦争の無意味さも感じていた、しかしその戦争はまだ続く。
何はともあれシャルロットは家族と会い至福の時を過ごせた。しかもその彼女に思わぬ朗報が届いた、その報はというと。
「私がですか」
「はい、そうです」
報告するビジーが答える。
「王女がオフランス王国の首相にです」
「議会に選出されたのですか」
「そうです」
まさにその通りだというのだ。
「王女様以外におられないとのことなので」
「ですが私は」
「首相の器ではないと仰るのですか」
「そうです」
シャルロットは恐縮する顔で述べる。
「ですからとても」
「しかしです、議会は」
即ち国民は、というのだ。
「王女を」
「そうなのですか」
「お受けして頂けませんか?」
「しかし」
「宜しいのでは?」
ここでだ、シャルロットにフランス妹が答えてきた。
「それで」
「私が首相になってもですか」
「私から見ても、そしてお兄様から見られても」
「祖国殿からもですか」
「シャルロット様は首相に相応しい方になられました」
オフランス王国の、だというのだ。
「ですから」
「だからですか」
「はい、どうか」
是非にだというのだ。
「首相になって下さい」
「妹殿もそう仰いますか」
「そうです、では」
「それではですね」
「私からも推挙させてもらいます」
フランス妹は微笑みシャルロットに言った、シャルロットもここに至って決意した。
そのうえでだ、ビジーに微笑みを向けてこう言ったのだった。
「では僭越ながら」
「有り難きお言葉、それでは」
「オフランス王国首相の大任お受けします」
こう話してだ、そしてだった。
オフランス王国は立派な宰相も得た、ただ国家達と王女が戻って来ただけではなかった。そしてそのうえでだった。
オフランス王国も枢軸諸国に加わった、これで連合国はというと。
エイリス一国になった、そしてそのエイリスも。
植民地はない、それにだった。
イギリスは今の自国の状況を見てだ、深刻な顔でセーラに述べた。
「おい、これはな」
「危機的な状況ですね」
「エイリスはもう後がないとかな」
「そう言う状況ではないですね」
「まずいなんてものじゃねえからな」
そこまでの危機だというのだ、今のエイリスが置かれている状況は。
「ナポレオン戦争とか前の大戦の時以上だよ」
「確かに、このままでは」
「負けるぜ」
遂にだ、イギリスはこの言葉を出した。
「本当にな」
「そうですね、どうしましょうか」
「少し待ってくれるか」
ここでだ、イギリスはこうセーラに告げた。
「もう少しな」
「もう少しですか」
「その時に話すさ、女王さんにもな」
「ではその時に」
「あと少しだからな」
こう話してだ、イギリスも覚悟を決めていた。
しかし議会、貴族達がいる議会は相変わらずだった。
彼等は議会でだ、こう言っていた。
「ええい、軍は何をしておる!」
「近頃負けっぱなしではないか!」
「オフランスも不甲斐ない!」
「所詮はどの国もエイリスの使用人ではないか!」
彼等から見ればだ、他の国はそんなものだった。
「それで何故やられる!」
「ガメリカも中帝国も初戦は太平洋の田舎者だ!」
「日本なぞ歴史が古いだけのほんの小国だ!」
「そんな連中に何が出来る!」
「共有主義なぞただの空想ではないか」
「ドクツの様な後進の国にも遅れを取っている」
「イタリンはどうでもいいがな」
イタリンについては彼等もこうだ、だがだった。
この状況でもだ、彼等は相変わらずの調子で言うのだった。
「こうなればな」
「うむ、我等の権益の為だ」
「我等の為だ」
「軍には全員死兵となってもらうか」
「そして戦ってもらいだ」
「植民地の全ての奪還だ」
今だにだ、本気でこれが可能だとさえ考えているのだ。
「そしてだな」
「うむ、枢軸諸国には謝罪と賠償だ」
「それを求めなければな」
「我々に害を為したのだ」
「それも当然だ」
「全くだ」
こう言ってだ、彼等はあくまで自分達の利益にこだわるのだった。その彼等を聴聞席、議会のそれで見てだった。
ゾルゲは共に来ていたベラルーシに呆れた口調でこう述べたのだった。
「これではです」
「エイリスは終わりね」
「はい、貴族即ち階級社会の持病ですが」
「特権階級の肥大化ね」
「それが国を腐らせています」
こう共有主義の立場から言うのだった。
「それが証拠にです」
「我々にも気付いていないわね」
「変装はしていますが」
ゾルゲは変装している、髪の色は黒にして下ろしてだ。
そしてそのうえで眼鏡をかけてスーツはグレーだ、ベラルーシも普通の女の服にしてサングラスをかけ髪の毛を上げている。
こうして変装している、しかし二人とりわけゾルゲは連合諸国の中では危険なスパイとして知られている筈なのだ。
だが、だ。貴族達は二人に全く気付かない。それで彼は言うのだった。
「私の素顔は知られている筈ですが」
「私もですね」
「しかしです」
だが、なのだ。貴族の誰もがなのだ。
「本当に気付きませんね」
「若しかしてですが」
ここでだ、こう言ったベラルーシだった。
「私達がここに来る筈がないと思っているのでしょうか」
「ロンドンにですね」
「そして議会にも」
「そうでしょうね」
ゾルゲはベラルーシのその言葉を否定しなかった、そのうえで答える。
「そのことを安心しきっているからこそ」
「私達が来る筈がないと」
「そうです、しかしです」
「エイリスの議会はこうして聴聞出来ます」
「それならです」
ロンドンに忍び込めばというのだ。
「しかもロンドンに潜入することも」
「案外容易でしたね」
「抜け道だらけでした」
厳重な筈の入国チェックもだというのだ。
「オフランスの亡命者と言いそして」
「貴族の一人に賄賂を使えば」
本当にそれだけでだったのだ。
「潜入出来ましたから」
「他には伊勢志摩からのルートもありました」
今もエイリスとは中立条約があり国交がある、だから今も人の行き来は戦争中とはいえ行われているのだ。
このことは把握していた、とにかくエイリスのスパイ監視網は完全に節穴だらけだった。そしてゾルゲはさらに言うのだった。
「こうして議会の会議も聞けます」
「本当に容易に」
「そうです、そしてその議論も」
議会のそれもだというのだ。
「酷いものです」
「全くです、これでは例えセーラ女王が幾ら必死に国を支えようとも」
「土台が腐っています」
国家のそれ、貴族達がだというのだ。
「エイリスは土台も変える必要があります」
「それをですね」
「最早貴族はどうにもならないです」
腐敗を極めているからだ、彼等で構成されている貴族院もまた。
「ソビエトならば即座にでした」
「全員お仕置きでしたね」
「カテーリン書記長が許される筈がありません」
そうした特権だのを最も忌み嫌う彼女なら、というのだ。
「全員シベリアで再教育でした」
「そうされていますね」
「今の書記長でもです」
かつてよりかなり穏やかになったカテーリンだがその彼女でもだというのだ。
「そうされているでしょう」
「そうですね」
「はい、そうです」
必ず、というのだ。
「そうされています」
「そうですね、この腐敗は酷過ぎます」
「エイリスは彼等により世界の盟主の座から降ります」
確実にだ、そうなるというのだ。
「欧州の一国となるでしょう」
「それでも欧州の中では大国ですね」
「しかし最早世界帝国ではありません」
それが今後のエイリスだというのだ。
「既に植民地を全て失っていますし」
「彼等はまだ植民地を取り戻せると思っていますが」
ベラルーシは冷めた目で喚き続ける貴族達を見て言う、どの貴族達も醜いか卑しい顔をしており変に着飾っている。
「不可能ですね」
「出来る筈がありません」
ゾルゲは表情を変えず一言で切り捨てた。
「最早」
「独立した国々は全て軍を持っていますし」
「もう彼等はエイリスを受け入れる気もありません」
その植民地支配をというのだ。
「全く」
「そうですね」
「彼等は今は誇りがあります」
彼等の国の国民としてだというのだ、植民地の現地民ではなく。
「ですから」
「今後もですね」
「彼等はどの国からの支配も受けません」
エイリスからもである。
「ましてや腐敗した無能な彼等なぞ」
「全くですね」
「そうです、軍を率いて行っても撃退されるだけです」
それが関の山だというのだ。
「精々」
「そうですか」
「そうです、必ず」
ゾルゲは淡々と述べていく。
「そもそも搾取ばかりしてです」
「貴族達の利権になるばかりでエイリスにはあまり入っていませんでしたね」
「その様な支配は終わるしかありません」
「共有主義でも否定していますね」
「カテーリン書記長は今も植民地がお嫌いです」
もっと言えば大嫌いだ、超嫌いと言ってもいい。特権階級が民衆を搾取し苦しめ貪るだけの世界なぞ彼女が最も嫌うものだからだ。
「ですから同じ連合国でしたが」
「やがては、でしたね」
「エイリスを討つつもりでした」
カテーリンはそのことを念頭に置いて戦争を進めていたのだ。
「ですから」
「だからですね」
「どのみちエイリスは倒れる運命なのです」
「誰かに倒されて」
「世界帝国から降りるべきなのです」
「では」
「はい、貴族達の議論は全て録画しました」
携帯でだ、携帯での録画にも気付かない彼等だった。
「これを枢軸諸国の同志達に送りましょう」
「それでは」
こう話してそしてだった、彼等は。
そのうえでだ、ゾルゲはベラルーシにこう言ったのだった。
「それではです」
「議会から出てですね」
「食事にしましょうか」
「私はエイリスの料理は」
ベラルーシは表情を変えない、声を曇らせての言葉だ。
「どうも」
「そうですね、私もエイリスの料理は」
「酷過ぎます」
「ソビエトの給食の味は一定していますが」
「我々はそもそも味は普通でした」
ロシア帝国の頃からだ、ソビエトの家庭料理には定評がある。
だがだ、エイリスはというと。
「しかしこの国は」
「軍人は味には文句を言わないものですが」
ましてや人類社会でも随一のスパイであるゾルゲだ、彼はサバイバル能力に長け何でも食べられる。それこそどんなまずいものでもだ。
しかしその彼がだ、エイリス料理についてはこう言うのだ。
「あれは論外です」
「人類の実験の一つでしょうか」
「何処までまずいものが作られるかですね」
「はい、そうした」
逆の方の実験だというのだ。
「我々にはない発想による」
「エイリスは本当に世界帝国だったのでしょうか」
ベラルーシはこんなことも言った。
「世界帝国ならば世界中を行き来して世界中の味を知りますね」
「そうなります」
「しかし何故味覚は」
「才能でしょうか」
ゾルゲはこうした仮定も立てた。
「エイリス人の」
「エイリス人のですか」
「はい、それでは」
そうではないかというのだ。
「そうも思いますが」
「まずい料理を作る才能ですか」
「そうした才能もあるでしょうか」
こう言うのであった。
「若しかして」
「そこまで至っているのは確かですね」
「とにかくエイリスの料理は酷いです」
あまりにもだというのだ。
「私から見ましても」
「ですから。エイリスの料理は」
「では何を食べましょうか」
「携帯食にしましょうか」
いざという時に持ち込んでいるそれにしようかとだ、ベラルーシは提案した。
「どうでしょうか」
「そうですね、それでは」
「我々も」
こう話してだ、そうして。
二人は議会を後にした。しかしそのことにも誰も気付かないのだった。
そして動画は明石に送った、その彼から枢軸諸国に議会の様子が伝わった。
その動画を観てだ、秋山は日本にこう言ったのだった。
「勝てますね」
「はい、間違いなく」
日本も秋山に確かな声で答える。
「敵がこれでは」
「確かにセーラ=ブリテン女王も前女王エリザ様もロレンス提督も立派です」
「そしてイギリスさんと妹さんも」
「エイリス軍は健在です、ですが」
「戦争は僅かな名将と軍だけでは出来ません」
「国家と国家の総力戦です」
それ故にというのだ。
「エイリスは議会、とりわけ貴族院の力が強いですが」
「まさに国家の土台です」
日本もこう言う。
「しかしその土台がですね」
「ここまで腐敗していては」
それではというのだ。
「エイリスはもちません」
「その通りです、ですから」
「この戦争は勝ちます」
確実にというのだ。
「負ける筈がありません」
「では後は」
「ロンドン侵攻です」
秋山は言い切った。
「レーティア閣下からしてみれば第二次アシカ作戦です」
「その作戦の発動ですね」
「それを行います」
「これがこの戦争で最後の戦いになりますね」
「間違いなく」
そうなるともだ、秋山は言うのだった。
「エイリスは敗れ」
「私達が勝ちますね」
「ここまで腐敗した国家が勝てる筈がありません」
今も貴族院を観ながらだ、秋山は日本に話す。
「何度も申し上げますが戦争は軍と将帥だけで行うものではないのですから」
「その国家の全てを注ぎ込むものだからこそ」
「エイリスが勝てる可能性は万に一つもありません」
これは戦力差の話ではなかった、まさに。
「どれだけの国力を持っていても腐敗していては」
「何にもなりませんね」
「全く」
「その通りです、では」
「まずは艦艇の修理を行い」
そしてだというのだ。
「パリに戦力を集結させ」
「ロンドン侵攻ですね」
「長きに渡って一兵も入ることが出来なかったロンドンがです」
「陥落ですか」
「そうです、そうなります」
「私達の手によって」
「世界帝国としてのエイリスも完全に終わります」
このことも言う秋山だった。
「遂に」
「大きな戦いですね」
「人類の歴史の転換点です」
そこまでの戦いだというのだ、次のロンドン侵攻戦は。
「ですから」
「夢の様です、生き残る為にはじめた戦いで」
「生き残れる可能性はないに等しかったです」
「しかし、私達は生き残れるのですね」
「そうです、私達は勝つのです」
この長い戦争にだというのだ。
「間違いなく」
「そうですね、では」
「祖国殿、行きましょう」
秋山は強い声で日本に告げた。
「勝利に」
「そうしましょう。ところで参謀総長」
日本は秋山の言葉を受けた、それと共にだった。
彼にだ、あることを問うたのだった。その問うたこととは。
「この戦争が終わったらですが」
「はい、何でしょうか」
「長官が言っておられましたが」
東郷、彼がだというのだ。
「そろそろ身を固められてはと」
「結婚ですか」
「そのことについてどう考えですか?」
「ううむ、そのことについては」
秋山はこれまでは確かな顔であったが今は微妙な顔だった。その顔で日本に対して答えるのだった。
「どうも」
「考えておられないですか」
「実は」
そうだというのだ。
「軍務のことは考えてきましたが」
「ご自身のことはですか」
「どうも」
「しかし参謀総長もお年頃ですし」
結婚する時期だというのだ。
「今は中将ですね」
「はい」
「では余計に」
それなりの立場だから余計に身を固めねばならないというのだ、立場のある者は身を固めねばならないというのだ。
「そうされては」
「ですか」
「そういえばです」
ここで日本はこうした話もした。
「山本大将と古賀中将ですが」
「お二人がですか」
「はい、戦争の後で結婚されるとか」
「それは何よりですね」
「本当に、ですから」
秋山もだとだ、日本は言うのだ。
「そうされては」
「とはいってもお相手が」
「お見合いをされては」
「それですか」
「参謀総長ならどなたかが」
絶対にいるというのだ。
「女性の方々に人気もありますから」
「そうなのですか?」
「そうです、真面目で理知的な方として」
このことは日本の言う通りだ、秋山は確かに臣民の若い娘達から任期がある。優秀で生真面目な人物としてだ。
「ですから良家のご令嬢で」
「ううむ、どうしたものか」
「本当にどなたかとです」
日本はまた言う。
「身を固められては」
「そうですね、やはり結婚しなければ」
「よい家庭を持つことも軍人の務めですね」
「そう教えられてきましたしそうも考えています」
その通りだとだ、秋山も日本に答える。
「ですから」
「ではお考えになって下さいね」
「そうさせてもらいます」
秋山は落ち着いた声で日本に答えた、そしてだった。
二人のところに日本妹が来た、そのうえで二人に言うのだった。
「お兄様秋山さん、今からです」
「はい、何でしょうか」
「どの件でしょうか」
「艦隊のドッグ入りのことですが」
修理、そのことだった。
「どうされますか」
「はい、それでしたら」
秋山がすぐに日本妹に答える。その声は冷静なものだった。
「まずはです」
「どうされますか?」
「損害の深刻な艦隊から入れますが」
「わかりました、では場所は」
「ベルリンに大修理工場がありますので」
「ローマにもですね」
「そこに分散して入れましょう」
そうして修理を行おうというのだ。
「そうすれば大抵の艦隊が一月で回復しますので」
「はい、それでは」
「エイリス軍も全てロンドンに戻っていますが」
そのロンドンでだというのだ。
「最後の戦いです」
「そうですね、いよいよですね」
「勝ってそして」
「そして?」
「兜の緒を締めましょう」
そうしようというのだ。
「是非」
「油断するなということですね」
「例え勝利を収めても」
そうしてもだとだ、慎重な秋山は言う。
「それで終わりではないですから」
「だからですね」
「はい、まだ色々と続きます」
戦争は政治のうちの一つだ、そして政治は止まることがない。それで秋山は日本妹にこう話したのである。
「ですから」
「わかりました、その通りですね」
「むしろそこからが大変ですから」
戦後、その時こそがだというのだ。
「色々とやることがあります」
「戦後処理にですね」
日本はまずはこれを話に出した。
「それにですね」
「はい、太平洋経済圏も軌道に乗り」
その中での様々な駆け引きだ、友邦である太平洋諸国の中でだというのだ。
「やることが多いです」
「政治ですね」
「それと経済です」
その二つだというのだ。
「伊藤首相と五藤内相、それに宇垣外相はです」
「もうその時に向けてですね」
「動いておられます」
既にだ、彼等は政治家として動いているというのだ。宇垣と五藤は現役v武官だがそれと共に政治家であるのだ。
その政治家の彼等がだ、既にだというのだ。
「ガメリカ、中帝国とも色々と」
「あの二国とどう付き合っていくかですね」
「それが問題ですね」
日本兄妹が秋山に応える。
「まさに」
「その通りです」
秋山は日本の問いに応えた。
「もう戦後ははじまっていますから」
「何かとやるべきことは多いですね」
「ですから」
だからだとだ、また言う秋山だった。
「兜の緒を締めましょう」
「それでは」
こう話してだ、彼等は艦隊のドック入りも進めた。しかし戦争は終わりが近付き戦後の政治がはじまろうとしていることは間違いなかった。
TURN132 完
2013・8・16
一騎打ちは生憎と引き分けという形になったな。
美姫 「勝負着かずで持ち越しね」
まあ、エイリスは肝心の艦隊戦などの状況から撤退するしかなかったしな。
美姫 「ともあれ、これで残すはロンドンね」
いよいよ長かった戦いにも終わりが見えてきたか。
美姫 「気になる次回は……」
この後すぐ!