『ヘタリア大帝国』




              TURN128  ヒムラーの誤算

 レーティアが生きていてしかもドクツに戻ってきたという報告はエイリスにもすぐに伝わった、セーラの下に即座にだった。
 オフランス王ルイ八十一世がモニターからだ、こう言ってきたのだtyた。
「セーラ女王、ご存知だと思われますが」
「はい、ドクツのことですね」
「あの女が生きていましたぞ!」
 ルイ八十一世はこう叫んだ。
「レーティア=アドルフが!」
「私もあのことは予想していませんでした」
 セーラは必死に冷静さを保っていた、だがそれでも驚きを隠せない顔で言うのだった。
「まさか生きていたとは」
「それでドクツは」
「はい、枢軸側に入りました」
「イタリンもそうですがあそこはどうでもいいでしょう」
 ルイ八十一世もイタリンにはこう考えている、どうでもいいと。
「しかしドクツは」
「そうです、大変なことです」
「どうされるのですか、それで」
 ルイ八十一世は必死の顔でセーラに問う。
「エイリスは」
「我々の方針は変わりません」
 このことは普遍と言うセーラだった。
「枢軸諸国と戦います」
「そうされますか」
「はい、そうします」
 こう毅然として言うのだ。
「そしてオフランスもです」
「助けて頂けるのですな」
「ですから」
 セーラはここでだ、ルイ八十一世に強い声で言った。
「オフランスも覚悟を決めて下さい」
「エイリスと共にですな」
「そうです、私達は今は同盟関係にあります」
 このことは二次大戦がはじまってからだ、フランスは枢軸に入っているが。
「ですから」
「最後まで戦えと」
「エイリスが全力で支えます」
 セーラもそのつもりだ、エイリスとて最早唯一の同盟相手となっているオフランスを失う訳にはいかないのだ。
 だからこそだ、こう言うのだ。
「ですから最後まで共に」
「・・・・・・わかりました」
 ルイ八十一世はこの言葉は苦い声で答えた。
「それでは」
「最後に勝つのは私達です」
 セーラはルイ八十一世にこうも話した。
「ですから共に戦いましょう」
「では」
 こうしたやり取りをしたのだった、そのうえで。
 イギリス達のところに戻る、それで言うことはというと。
「オフランスのことは」
「あの王様だよな」
「ルイ八十一世陛下ですね」
 イギリスとイギリス妹がセーラに応える。
「相変わらずの平和主義だな」
「自国だけの」
「はい、戦いに巻き込まれる位なら」
 セーラもオフランスの考えは読んでいる、その一国平和主義からだ。
「降伏しようとです」
「考えてるよな」
「絶対に」
「間違いなく」
「オフランスまで取られたらな」
「もう我々に後はありません」
 只でさえ劣勢なうえにドクツにレーティアが戻りしかも枢軸諸国に戻った、これを絶体絶命と言わずして何というかという状況なのだ。
 そこでオフランスまで失えばどうなるか、それはまさになのだ。
「それこそ奥の手を使わないとな」
「なりません」
「奥の手とは」
 セーラはイギリス兄妹の今の言葉にふと目を向けた。
「それ一体」
「ああ、それはな」
「もうお話してもいいですね」
「あっ、待ってね」
 だがここでエルザが出て来た、そしてだった。
 セーラと二人の間に入ってだ、こう言ったのである。
「とりあえずお話はあの娘のことね」
「レーティア=アドルフのことですね」
「そう、あの総統さんが生きていることは私も考えていなかったわ」
 それは全くだった、エルザもまた。
「けれど生きていてドクツに戻って来たわ」
「そしてドクツが枢軸に戻りました」
「状況はかなりまずいわ、けれどね」
「諦めることはなりませんね」
「セーラちゃんはそう考えているわね」
「勿論です、エイリス以外に世界を導ける国はありません」
 毅然としてだ、セーラは母の問いに答えた。
「太平洋諸国にもドクツにもソビエトにも」
「それは無理っていうのね」
「ですから」
 何としてもだというのだ。
「戦いそして」
「勝つっていうのね」
「そうします、最後に勝つのは私達です」
 この劣勢でもセーラはセーラだった、誇りと戦意を失っていない。
 それでだ、こうエルザに言うのだ。
「正々堂々と戦い、そして」
「わかったわ、それじゃあ今はね」
「どうされればいいというのですか?」
「オフランス軍は頼りにならないけれどね」
 それでもだというのだ、エルザもオフランスのことは諦めていた。
 だがそれでもだ、オフランスを失うことの重大さはわかっているので言うのだ。
「パリまで陥落したら本当にロンドンまで来るから」
「彼等と協同してですね」
「そう、オフランスで戦うわよ」
 あの国でだというのだ。
「そうしましょう」
「では今からオフランスに入り」
「そうしましょう、私も行くわ」
 そのオフランスにだというのだ。
「そこで戦いましょう」
「では私も」
 ロレンスも名乗りを挙げる、最早エイリス唯一の騎士提督となった彼も。
「ご同行させて下さい」
「俺もな」
「私もです」
 イギリス兄妹も言う、彼等はというと。
「総力戦でいこうな」
「何があろうとも」
 こう話してそしてだった、彼等は。
 オフランスに向かうことにした、そしてその際に。
 セーラは今度は自分からルイ八十一世の前に赴いた、王がいるベルサイユ宮殿において強い声で言うのだった。
「我々も最後まで戦いますので」
「は、はい」
 恐縮しながらだ、ルイ八十一世はセーラに応える。セーラの前にはエイリスの国家と要人達がいるが彼の後ろには誰もいない。その差もあった。
「我々もですね」
「お願いします、マジノ線もありますね」
「修復はしました」
「あの線に位置してです」
 そしてだというのだ。
「戦いましょう」
「そういえばドクツの兵器ですが」
「潜水艦ですね」
「あれや空母は」
「心配ありません、こちらも対する兵器はあります」
「そうですか」
「そして数もあります」
 エイリス軍にはそれもあるというのだ。
「ですから」
「安心していいというのですね」
「ご安心下さい」
 ここでも強い声でだ、セーラはルイ八十一世に告げた。
「貴国は我々が守ります」
「では」
「共に戦いましょう」
 英仏の国家元首同士の会談はオフランスがエイリスの援護を受けるという形でまとまった、だがその後で。 
 エリザは今はイギリス兄妹だけと共に密室にいた、そこで真剣な顔で二人に言うのだった。
「オフランスはね」
「あれは全然駄目だな」
「戦力にはなりませんね」
「ええ、フランスさん達もいないしね」
「しかも提督として使えるシャルロット王女も向こうにいるしな」
「戦える人材はいません」
 二人は深刻な顔でエリザに答えた。
「だから今のオフランス軍はな」
「開戦当初と全く変わっていません」
「ドクツに負けても全然わかってないわね」
 エリザはある意味感心していた、とは言っても肯定的な意味ではない。
「マジノ線も全然改善されていないわ」
「今時あんなものじゃな」
「何も止められません」
 マジノ線の衛星達の攻撃力も耐久力もだ、第八世代を主戦力にしている今の枢軸軍には何の意味もないというのだ。
「どうにもならねえよな」
「あの程度では」
「オフランスは負けるわ」
 エリザは断言した。
「私達がいてもね」
「そして俺達にしてもな」
「ロンドンでの攻防も」
「攻められたら終わりよ」
 その時点でだというのだ。
「だからね、そろそろね」
「女王さんに話すか」
「そしてロレンス提督にも」
「ええ、話をしましょう」
 こう言ったのである。
「切り札をだすわよ」
「あれか」
「あれですね」
「さもないと本当に負けるわ」
 今のエイリスでは、というのだ。
「オフランス戦の後はね」
「こっちもあの切り札を出してな」
「勝ちましょう」
「勝利を目指すならね。ただね」
「ただ?」
「ただとは」
「今のエイリスが勝利を収めても」
 それでもだとだ、ここでこう言ったエリザだった。
「貴族達の専横が続いている限りはね」
「あの連中なら」
「彼等をどうにかしたいのですが」
「一緒よ、エイリスは彼等が利権を貪るだけでね」
「腐っていくだけだな」
「このまま」
「ええ、だからね」
 エリザはあえてだ、彼女の国家達に言った。
「ここでエイリスは負けてもいいかも知れないわ」
「おいおい、エリザさんがそう言うのかよ」
「前女王の貴女が」
「世界の盟主が必要かどうか」
 そうした話にもなるのだった。
「最近そのことも考えているのよ」
「だからそれはエイリスだろ」
「私達ですね」
「そう思うわよね。けれどね」
 だがそれでもだというのだ。
「太平洋諸国は一応日本が盟主だけれど」
「どの国も平等だしな」
「ガメリカと中帝国も常に色々言います」
「実質的には日米中のトロイカ体制だよな」
「あの三国は」
「ああいうのを見ているとね」
 エリザは言う。
「もう盟主の時代ではないし植民地もね」
「それもか」
「既に全ての植民地を失っていますが」
「それもいらないんじゃないかしら」
 こうも言うのだった。
「貿易でやっていけるわ、充分ね」
「植民地こそが貴族の連中の利権になってるからな」
「そして現地民を苦しめていますし」
「だから皆こぞって独立したのよ」
 日本帝国の植民地独立政策、経済圏への取り込みに乗ったというのだ。
「そういうのを見ているとね」
「もう植民地の時代じゃないか」
「そのことも」
「エイリスは欧州の一国としてね」
 世界の盟主ではなくその立場としてだというのだ。
「生きていくべきじゃないかしら」
「昔の様にか」
「そうしていくべきだというのですね」
「ええ、この考えは間違っているかしら」
 エリザは自分が幼い頃から共にいる祖国達に問うた。
「この戦争の中で思ってきたことだけれど」
「そこは難しいな」
「私達としては」
 イギリス兄妹はエリザの言葉にまずは深刻な顔になった、そのうえでの言葉だった。
「やっぱりエイリスの栄光は大事にしたいしな」
「その国力も」
「植民地では貴族の利権の私物化と叛乱鎮圧の軍を置くことによる出費しかないわよ」
 その得る富はそうしたことで相殺されてしまうというのだ。
「だからね」
「植民地を持っていてもか」
「意味がありませんか」
「欧州自体もこの戦争で大きく力を落としているわ」
 エイリスだけでなく欧州全体がだというのだ。
「欧州中心の時代も終わるわ」
「ああ、それはな」
「私達も否定出来ません」
 二人もそのことは感じ取っていた、この戦争で欧州はその国力も地位も大きく落とした。その彼等と反比例する様すに。
「太平洋の連中が上がってきたからな」
「特に日本帝国が」
「だからね」
 それでだというのだ。
「もう私達はね」
「欧州の一国か」
「その立場で生きていくべきですか」
「それでもドクツの後塵をきすることになるけれどね」
 ここでも盟主ではない、だがだった。
「そうしていくしかないと思うわ」
「それを女王さんが受け入れてくれるかだよな」
「頭では理解していても」
「セーラちゃんは真面目過ぎるのよ」
 少し苦笑いになってだ、娘のことを言うエリザだった。
「そこは私に似なかったわね」
「女王さんは歴代女王の中でもかなり真面目な方だな」
「私達以上に」
「真面目過ぎるのよ」
 セーラはそうだというのだ。
「だからエイリスを世界の盟主であり続けさせてね」
「世界を正しく導こうと必死だよな」
「本当に使命感の強い方ですから」
「それが間違っているのかもね」
 寂しい、悲しさを帯びた微笑みでだ、エリザは今の言葉を出した。
「もう盟主の時代でもないしエイリスもその役割は終えているからね」
「じゃあもうか」
「あの方も」
「その考えを捨ててか」
「エイリス一国で」
「そうすべきじゃないかしらね」
 こう二人に話すのである。
「セーラちゃんが受け入れてくれるかは問題だけれどね」
「あとな」
 イギリスはここで嫌そうな顔になった、そして言うことは。
「貴族連中は理解もしねえしな」
「受け入れもしませんね」
 イギリスいもうとも言う。
「何がどうあってもな」
「植民地と盟主の座にしがみつきますね」
「それが連中の利権だからな」
「それこそエイリスがどうなろうとも」
「彼等は本当にどうしようもないわ」
 エリザがエイリスの最大の問題点と考えていることだ、本当にそれをどうすべきかを考えているのである。
「大規模な改革をしないとね」
「貴族の権限を抑制してな」
「貴族院の終身制等も終わらせて」
「平民の力も拡大させてな」
「彼等への課税も増やし」
「そうしていかないと駄目だけれど」
 だが、だというのだ。
「それ自体がね」
「難しい状況だよな」
「戦争前ならそちらに力を向けられましたが」
 セーラも実際にそうしようとした、しかしなのだ。
 戦争が起こってはそこに力を向けるしかない、それでなのだった。
「戦争の後でないとな」
「無理ですから」
「何かもう打つ手がないって感じでもあるからね」
 こうも言うエリザだった。
「エイリスも盟主の座にこだわらないでね」
「普通に生きていくべきか」
「重荷を背負わずに」
「エイリスはエイリス国民全てのものでもあるわ」
 貴族のものではないともいうのだ。
「私物化する勢力も抑えてこなかったから、私もずっと気付かなかったわ」
「俺もだよ」
「私もです」
 このことはイギリス兄妹もだ、順調な時こそ問題点に気付かないものだ。三人共このことに不明を感じ悔やむがこれは追い詰められているからだ。
 それでだ、また言うのだった。
「気付いたら遅過ぎたなんてな」
「因果なものですね」
「エイリスもそうなるなんてね、私も馬鹿だったわ」
 本当に苦い顔で言うエリザだった、そうした話をしつつ。
 それでもだった、セーラの意を汲んでそれで言うのだった。
「けれどセーラちゃん、女王が願うなら」
「ああ、戦うか」
「そして勝ちましょう」
「絶対にね。だからこそね」
「切り札を出すか」
「その時は」
 三人で決意した、そしてであった。
 彼等は決意していた、オフランス戦の後を見ていたのである。
 エイリスとオフランスはベルリンの後の自分達の戦いを見ていた、そして。
 そのベルリンではドクツ国民達が熱狂的に叫んでいた、その声はというと。
「総統がもうすぐ来られる!」
「間もなくだ!」
「よし、それならな!」
「あの方と共に再びだ!」
「羽ばたくぞ!」
「第三帝国万歳!」
「総統万歳!」
「レーティア=アドルフ万歳!」
 こう口々に叫びそうしてだった。
 彼等はレーティアを迎える準備にかかっていた、彼女の生きていることはまさに日輪の復活だったのだ。
 だがヒムラーはその彼等を見て忌々しげに言うのだった。
「ふん、何が嬉しいんだ」
「全くですね」
「我々の気も知らないで」
「何を喜んでいるのか」
「ふざけた連中です」
「副総統?そんなものに何の意味があるんだ」 
 間もなく去ることになる総統官邸の総統室において慌ただしく働きながら言うのだ、そしてそのうえで言うのである。
「こうなったら何としてもな」
「はい、コアを出して」
「そしてですね」
「サラマンダーは今何処にいるんだ?」
 己の真の側近達にあらためて問う。
「もうすぐここに来るんだな」
「はい、間もなくで」
「サラマンダーも届きます」
「急がせるんだ」
 それでもだとだ、必死の顔で言うヒムラーだった。
「そしてヴァージニアもだよ」
「あれも出してですね」
「そうして」
「そうだよ、枢軸軍を倒して」 
 そしてだというのだ。
「ドーラ様の世界にするんだ」
「その為にも絶対に」
「ここはですね」
「そうだよ、使えるものは全部使って」
 つまりカードを全て出してだというのだ。
「戦って勝つんだよ」
「サラマンダーのコントロールは」
「生贄の娘をこれでもかと用意するんだ」
 犠牲も厭わないというのだ。
「そしてね」
「はい、そしてですね」
「さらに」
「コアのコントロールは」
「万全です」
「チェックしました」
「よし、ならいい」
 このことも確認された、だがだった。
 彼等は本質的に軍事や技術のことでは専門外であることを忘れていた、そのうえで生兵法を繰り返していたのだ。
 そのうえで必死にしていた、そのうえで。
 表向きには総統を迎える為と宣伝していた、しかしそれもだった。
「何時までも出来ないからな」
「そうですね、あの娘が来たら」
「それでタイムリミットです」
「その通りだよ」 
 だからだというのだ。
「急ぐんだよ」
「はい、わかっています」
「そのことは」
「副総統に収まっても」
 一見すると地位はいい、しかも今の彼は表向きはレーティアが留守の間国家を守った功労者である。だがそれでもなのだ。
「ドーラ教は栄えさせられない」
「しかも法皇はあの宣伝相に警戒されています」
「どうやら軍からも」
「エルにもね」
 ロンメル、士官学校の同期である彼もだというのだ。
「あいつは俺のことを信じたいみたいだけれどな」
「それでもですね」
「法皇のことを知れば」
「あいつはドクツの人間だよ」
 完全にそうだ、だからこそだというのだ。
「俺を除こうとする」
「ドクツの為に」
「絶対に」
「俺はドーラ教の人間だよ」
 あくまでだ、彼はそれだというのだ。
「ドクツ生まれだけれどね」
「だからこそ我々の法皇です」
「そうですね」
「その俺がどうしてドクツの副総統になれるんだ」
 ドーラ教徒、それ故にというのだ。
「ドクツでも何処でもいいんだよ」
「ドーラ教を栄えさせられるなら」
「ドーラ様に尽くせるのなら」
「そうさ」
 まさにその通りだというのだ。
「だから急ぐんだ」
「あの連中を揃えて」
「そうして」
「すぐに起こすんだ」
 こう言って彼等も急がせる、そして。
 側近の一人が部屋に来た、そして言うことは。
「法皇、港の準備が整いました」
「俺達の艦隊はか」
「はい、何時でも出港出来ます」
「連中の用意は」
 ヒムラーは周りに問うた。
「そちらはどうだい?」
「はい、今整いました」
「コントロールの用意が」
「よし、じゃあね」
 ヒムラーも納得する顔で頷く、そしてだった。
 すぐにだ、彼等は官邸を後にした。この際ヒムラーは自分の手袋をしている左手を見て忌々しげに言った。
「迂闊だったよ、あの娘が出た時に」
「石を使えばですね」
「その時に」
「ああ、これまで俺の話術だけでいけたからね」
 ドクツの総統でいる間はだ。
「エイリス、ソビエトとの会談の時は使ったけれどね」
「ドクツ国民にはこれまで上手くいっていました」
「それが為にですか」
「慢心していたよ」
 その為石を使ってこなかったというのだ、総統でいる間は。少なくともヒムラーにはそれだけの政治力、演説の才があるのだ。
 だが、だ。それが為に慢心しているが故にだったのだ。
「全くね、けれど」
「連中にはですね」
「そのお力を」
「うん、使うよ」
 手袋越しに右手で左手の甲を摩りながら応える。
「今度こそね」
「あの時は使い損ねましたが」
「今度こそは」
「ドーラ様のこのお力を」
 まさにそれをだというのだ。
「使うよ」
「では」
「今から」
「行こう、港に」
 こう言ってだ、そのうえで。
 ヒムラーは側近達と共に港に着いた、そこで彼の乗艦に乗り込み。
 宇宙に出た、そしてまずはだった。
 自身の前にいる艦隊を見た、その艦隊はというと。
「数は百個か」
「はい、それだけ造ってきました」
「ドクツと同盟国、実質に属国の総力を結集させて」
「よくやってくれたね」
 部下達を労う、彼等にはそうしたものを見せるのだった。
「しかもこの連中は自己修復能力も持っている」
「ガメリカもとんでもないものを開発しましたね」
「敵に回せば恐ろしいです」
「しかし今はこちらのものです」
「我々の力です」
「うん、この機械の百個艦隊なら」
 自己修復能力も持つ彼等なら、というのだ。
「如何に枢軸軍といえどもね」
「勝てます」
「絶対に」
「しかもサラマンダーもヴァージニアもあるんだ」
 彼等の切り札、しかも二つあるというのだ。
「俺の石を機械だけでなく枢軸の連中にも見せれば」
「必ずですね」
「我々が」
「そう、勝てる」
 必ずだというのだ。
「だからいくよ」
「では今より機械の兵達をですね」
「法皇の前に集めて」
「主だった連中だけでいいよ」
 機械の兵達にだというのだ。
「連中は一人の考えが全体に伝わるからね」
「そして情報を共有し学習していく」
「そのうえで強くなっていく」
「そうした連中だからですね」
「主だった者を集めて」
「うん、俺がその脳味噌まで完全にコントロールするよ」
 ヒムラーの手駒にするというのだ、完全に。
「じゃあいいね」
「では今より」
「主だった者を」
「ええと、イレブンナインに後は」
「二人程いますが」
「その二人もですね」
「うん、それと艦隊司令クラスもね」
 彼等も呼べというのだ。
「ではいいね」
「トルーマンにマッキンリーねえ」
 その中の二人の名前をだ、ヒムラーは出した。
「生前はカルト教団の教祖、それに連続食人殺人鬼だね」
「ドクツならば即座に処刑ですね」
「とんでもない連中ですね」
「全くだよ、ガメリカはどうしてすぐに処刑しなかったのかな」 
 それが全く以てわからないとだ、ヒムラーは肩を竦めさせて言った。
「まあだから俺のところに脳が来たんだけれどね」
「そして犯罪者達の脳を集めて」
「そして造った者達です」
 それが機械の兵達だというのだ。
「思えば合理的ですね」
「犯罪者の再利用ですね」
「そうだね、死刑にして終わりというのも無駄だね」
 ヒムラーもこうした考えを持っていた、犯罪者を刑務所に入れたままではただ無駄飯を食わせるだけだから死刑にしてその脳を使ったのである。
 そしてその彼等をだ、自分の前に集めさせたのだった。
 白銀の不気味な笑顔の機械の顔だった、ボディも黄金だ。しかも服は白い。何処か王者のものを思わせる。
 その左右には黄金の髭を生やした機械の顔に緑の何かを喰らう様な身体の者達もいた、その後ろには無機質なシルバーの機械の身体が並んでいる。
 その彼等を前にしてだ、ヒムラーは側近達に問うた。
「そういえば少女のボディがあったね」
「機械のでしたね」
「この笑ってるのについて刑務所に入っていた」
「共犯の少女の脳を入れた」
「あの娘は何処に行ったんだい?」
「それがわからないのです」
 側近はこう答える。
「ベルリンの何処かにいると思いますが」
「逃げたかな」
「どうやら」
 ヒムラーがベルリンに戻ったそのどさくさにだというのだ。
「しかし逃亡したのはその一体だけです」
「他のものは全て艦隊に入れていますので」
「ではいいね」
「はい、今は探している余裕もありませんし」
「それでは」
「はじめるよ」
 ヒムラーは側近達に応えながらだった、そのうえで。
 手袋を脱ぎ左手の青い石を機械達に見せた、それからこう彼等に告げた。
「御前達はこれから俺の言葉に従って戦うんだ、いいね」
「・・・・・・・・・」
「では今から各艦隊に戻る、そして敵を迎え撃つんだ」
「はあ!?」
 だが、だった。ここで。
 その笑った顔の機械が言ってきた、何を言っているんだという口調で。
「馬鹿か手前は」
「!?石は見せた筈だけれど」
「俺達は機械なんだぜ」
 こうだ、ヒムラーに左手の人差し指を半ば曲げた腕の長さで向けながら言うのだった。
「そんな石を見せても何ともあるかよ」
「馬鹿な、そんな筈が」
「機械は機械、人間は人間なんだよ」
 機械は言う。
「それでどうにかなるかよ」
「じゃあ御前達は」
「まあ俺達に身体をくれたからな」
 だからだとだ、ここでこう言ってだった。
 機械はその手にマシンガンを出してそうしてだった。ヒムラーとその側近達を忽ちのうちに蜂の巣にしてしまった。ヒムラーも側近達も声を挙げる間もなく死んでしまった。
 機械はそのヒムラーの目を見開いたまま仰向けに倒れている骸に近寄り踏みつけてだ、こう周りに言った。
「おい、緑の」
「マッキンリーです」
 緑の機械はこう名乗った。
「宜しくです、ボス」
「わかった、マッキンリーだな」
「はい」
「そして私ですが」
 黄金の機械も言って来た。
「トルーマンといいます」
「そうか、手前はそれだな」
「そうです」
「じゃあ俺はリンカーン、またの名をイレブンナインだがな」
 自分から名前を出す、そのうえで。
 機械達を見回してだ、イレブンナインは言った。
「もうこのふざけたホストもどきの下にはいねえからな」
「だからですね」
「これからは」
「手前等のボス、王様になる」
「ではその名前は」
「どうされますか?」
「何か俺達は機械の他にコアとか呼ばれてたからな」
 それ故にというのだ。
「俺はコアの王様、だからキングコアと名乗るか」
「それがボスのこれからのお名前ですか」
「そう名乗られますか」
「ああ、どうだこの名前は」
「はい、いいかと」
「よいお名前です」
 マッキンリーとトルーマンもそのキングコアという名に太鼓判を押した。
「では、ですね」
「これからは」
「手前等はコアだ、俺の手下だ」
 それならばとだ、キングコアは言っていく。
「俺の言う通り従ってもらうぜ」
「では今から何をされますか?」
「これからは」
「決まってるだろ、俺達は犯罪者だぜ」
 笑みのままの顔である、しかし今は声も笑っていた。ドス黒く邪悪と狂気をはっきりと感じさせる声であった。
 その声でだ、キングコアは彼等に言うのだ。
「殺人、強盗にな」
「ディナーですね」
「救済を」
 マッキンリーとトルーマンはそれぞれ言った。
「これからは好きなだけ食べていいのですね」
「神に仕えられると」
「そうだ、手前等の好きなことをやれ」
 悪、それをだというのだ。
「わかったな、しかしだ」
「その前にですね」
「今から」
「ああ、人間の奴等が来やがる」
 このことは今の艦内のモニターにも映っていた、枢軸軍の主力がベルリンのすぐ傍まで来ていたのである。
「奴等を皆殺しにしてからだ」
「それからですね」
「我々の救済がはじまるのですね」
「ああ、そうだよ」
 その通りだとだ、コングコアは邪悪をたたえたままの声で応える。
「食うのも粛清するのもな」
「それからですね」
「あの者達に報いを与えてから」
「ああ、あの星に降りるのもな」
 ベルリン、彼等が今までいたその星に降下し暴虐の限りを尽くすのもだというのだ。
「まずはそれからだ」
「それは残念です、 ボス」
「最初に救済を与えられないとな」
「そう言うな、蚊が飛んでたら邪魔だろ」
 キングコアは余裕のままだ、その顔での言葉だ。
「だからな」
「まずは戦闘ですか」
「とりあえずは」
「ああ、全員いいな」
 キングコアは高らかに言う。
「それぞれの艦隊に戻り戦うぞ」
「畏まりました、ボス」
「では今から」
 マッキンリーとトルーマンがコア達を代表してキングコアに応える。
「戦闘といきましょう」
「そうしましょう」
「戻れ、俺も自分の船に戻る」
 そして戦うというのだ。
「この船からな」
「この船にいる者は全て救済しました」
 トルーマンが報告する、見ればコア達は即座に動き艦内の乗員達を全て蜂の巣にしていた。艦内は血の海でその生臭い匂いで満ちている。
 しかしトルーマンはその匂いに満足している顔でだ、こうキングコアに言うのだ。
「既に生存者はいません」
「そうか」
「それでこの船はどうしますか?」
「そのままにしておけばいいだろ」
 もう何の用もないというのだ。
「捨てろ、いいな」
「それだけですね」
「周りの船は全部沈めろ」
 キングコアがこう言うと共にだ、即座にだった。
 コアの艦隊が攻撃をした、それによりヒムラーが率いていた軍は全艦撃沈された。それは一瞬のことだった。
 そのことを確認してからだ、キングコアは再び言った。
「よし、これでいい」
「この船は放っておいて」
「それぞれの船に戻りますか」
「こいつもこのままだよ」
 キングコアはまだ踏みつけているヒムラーの骸、最早血の海の中で虚空を見上げているだけのそれを見下ろして言う。
「寝かしてやれ」
「おお、我等を目覚ました功績によりですか」
「永遠の睡眠を与えられますか」
「一応感謝はしてるからな」
 こう悪意に満ちた声で言う、まだ見下ろしつつ。
「そうしてやるさ」
「思えばこの男がいてこそでしたね」
「我等はこの素晴らしき身体を手に入れました」
「全くだ、まさかガメリカからドクツに来るなんて思わなかったがな」
「しかしそれでもですね」
「我々は新たな身体を得ました」
「最高じゃねえか、生身だったらすぐにくたばるがな」
 しかし今は機械の身体だ、この身体だからだというのだ。
「このボディならそう簡単にはくたばらないさ」
「では今より」
「この身体で」
「ああ、蚊を殺すぜ」
 枢軸軍の主力、彼等をだというのだ。
「そうする、いいな」
「オッケーです、ボス」
「では」
 またマッキンリーとトルーマンが応える、そしてだった。
 コア達は戦闘配置に着いた、そのうえで枢軸軍を待ち受けるのだった。
 枢軸軍の主力はベルリンに向かっていた、その途中で柴神はカテーリンとロシアから話を聞いていた、その話はというと。
 ヒムラーのことだ、ヒムラーのその手のことを聞いていたのだ。
「私のと同じだったけれど色が違ったの」
「青かったよ」
 こう二人で柴神に話すのだ、柴神の乗艦にモニターから話している。
「青い石を見るとね」
「カテーリンさんの時と同じでね」
「不思議に言うことを聞けたの」
「まるで催眠術にかかったみたいにね」
「間違いないな」
 柴神は二人の話を聞いて顔を強張らせた、その犬の顔を。
 そうしてだ、その顔でこう言うのだった。
「あの者達の力だ」
「あの者達?」
「あの者達って?」
「雌は赤、雄は青」
 柴神は今は二人に応えなかった、こう呟くだけだった。
「女王しかいないので気付かなかったが、思えば雌だけではない」
「?柴神様」
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
 カテーリンとロシアに言われてだ、はっとして我に返る柴神だった。そのうえで二人にあらためて告げた。
「気にしないでくれ」
「だといいけれど」
「それならね」
「うむ、とにかくだ」
 二人にさらに言う。
「ヒムラーという男はだ」
「食わせ者よね」
「そのことはわかるよ」
「話を聞くだけでもな」
 真実を隠したまま言う彼だった。
「相当だな」
「正直なところですが」
 今度はゲーペが言って来た。
「あの者は危険だと思っています」
「危険か」
「私の危惧であればいいのですが」
「しかしだ」
 レーティアも言って来る。
「私の言葉には従う、実際に副総統で収まってくれるとのことだ」
「けれどね、私からも言うけれど」
「俺も宣伝相と同じだ」
 グレシアとドイツがそのレーティアにここで話す。
「あの男はどうもね」
「権限を与えない方がいい」
「貴女にとって危険よ」
「そしてドクツにとっても」
「そうだろうか、だが副総統として権限は与えずだ」
 レーティアはまだヒムラーの危険さには疑問だった、しかし信頼する二人の言葉を受けてこう言うのだった。
「後継者も他の者にしよう」
「ではその後継者は」
「誰がいいか」
「その時に話す」
 然るべき時にだというのだ。
「戦後にな」
「そう、じゃあね」
「あの男でなければいい」
「実際に私は既に見つけている」
 エルミーの乗艦ファルケナーゼ、今は戦闘中でないので姿を見せているその潜水艦を見ながらの言葉だった。
「私に忠誠を誓ってくれるだけでなく必死に努力をしてあらゆることを学んでくれる者がな」
「ではその人になのね」
「後を託すか」
「そうする、私も永遠に生きられはしない」
 人は必ず死ぬ、それで言った言葉だ。
「その後は考えておかねばな」
「ドウツの次の総統ね」
「相応しい者がいるならだ」
「うむ、そうしよう」
 こう話すのだった。そのファルケナーゼの中ではエルミーが自身の部下達にこうしたことを言われていた。
「あの、司令近頃ですが」
「軍事や技術だけでなく政治も学ばれていますね」
「それに経済も」
「そうした政治家の仕事も」
「はい、さらに総統のお力になる為に」
 まさにその為にだというのだ。
「政治のことも学び」
「その為にですか」
「そうしたことも学ばれているのですか」
「そうです」
 こう部下達に答える。
「そうしています」
「ううむ、司令は勉強家ですね」
「いつも思いますが」
「人生は常に勉強です」
 優等生的だが正論で返すエルミーだった。
「そして学んだことが総統閣下、ドクツの為になりますので」
「それ故にですか」
「司令は」
「政治も身に着けます」
 絶対にだというのだ。
「そうします」
「そうですか、それでは頑張って下さい」
「総統、ドクツの為にも」
「そうします」
 こう応えるエルミーだった、レーティアはその彼女を見ていた。そしてそこに自分の跡を継げるものを見出していた。


TURN128   完


                           2013・8・8



まさかの幕切れ。
美姫 「ヒムラーも無能ではなかったんだけれどね」
レーティアという文字通りの天才がいたからな。
美姫 「おまけにドクツは彼女に対する忠誠心が強いものね」
だな。その土台の上にレーティアの敵討ちみたいな感じでヒムラーが総統になった部分もあるし。
美姫 「その彼女が無事に戻ってきたら、どうしようもないわよね」
でも、最後の最後でとんでもない事をしたもんだ。
美姫 「まさかのコアの自我覚醒だものね」
一体どうなるのだろうか。
美姫 「気になる次回は……」
この後すぐ!



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る