『ヘタリア大帝国』




                  TURN107  母と娘

 東郷はスカーレットの洗脳を解くことにした、だがそれは。
 先程彼女と話をしたレーティアとリディアが東郷に難しい顔で話した。
「駄目だ、どうも洗脳が強過ぎる」
「共有主義に染まり過ぎています」
 二人はその顔で東郷に話す。
「これではだ」
「洗脳を解くことは」
「無理か」
「無理ではないと思う」
 レーティアはこう答えはした。
「しかしだ」
「それでもか」
「かなり難しい」
 不可能ではない、しかし相当困難だというのだ。
「まさかあれだけ強力な洗脳を受けているとはな」
「マンシュタイン元帥の比ではありません」 
 そこまで強い洗脳だというのだ。
「今の時点で洗脳は全く解けていない」
「何か厳しいですね」
「そうか、何度も説得していくしかないか」
 東郷は二人の報告を聞いて難しい顔で述べた。
「そうした状況か」
「平時ならそれでもいいと思うがな」
 ここでだ、レーティアは東郷にこう進言した。
「しかし今はだ」
「ああ、戦時中でしかもな」
「少しでも戦力が欲しいところだ」
 それが枢軸軍の現実だ、一刻の猶予もなくそして戦力が少しでも多く必要な状況なのである。 
 だからだ、レーティアもこう進言したのだ。
「貴殿の細君は間違いなくかなりの人物だ」
「そうだ、あの通りな」
「彼女が加われば戦力的に大きい」
 人材として申し分ないというのだ。
「是非迎え入れたい」
「しかしだ」
「あの状況ではな」
「どうしようもないな」
「あれだけ強固な洗脳は私もはじめて見る」
 東郷もだというのだ。
「取り付く島もなかった」
「本当にどうすればいいのでしょうか」
 リディアは困った顔で述べた。
「あの人については」
「そうだな、しかしだ」
「しかし?」
「しかしとは」
 二人は東郷の言葉に目を向けて問うた。
「何か策があるのか」
「だとしたらそれは何ですか?」
「成功法ではないがな」
 それでもだとだ、東郷はこう前置きしてから話した。
「真希を使うか」
「娘さんにか」
「お母さんに会ってもらうのですね」
「そうするとしよう、スカーレットは娘を溺愛していた」
 言葉は過去形だ、スカーレットはあの事故で一度死んだと思われていたのでここではそうなっているのである。
「会えばな」
「母親にとって娘の存在は大きい」
 ここでレーティアは言った。
「娘にとって母親もな」
「あっ、総統さんは」
「私にも母がいた」 
 レーティアは遠い目でリディアに応えた。
「敗戦と恐慌の中でドン底に落ちていたドクツの貧困の中で死んでしまったがな」
「その時にですか」
「仕事もなく食べるものなく」
 その中でだというのだ。
「私を残して衰弱死氏してしまった」
「当時のドクツではよくあったことですか」
「父も妹もだ」
 つまりレーティアの家族全てがだというのだ。
「私だけが残ってしまった」
「総統は孤児でしたね」
「あの頃のドクツは孤児に溢れていた」
 全ては敗戦と恐慌の結果だ、経済的に崩壊し社会のモラルも秩序も何もかもが崩壊した国家だったからである。
 それでだ、レーティアもなのだ。
「私にしても。苦しい中を生きてきた」
「総統さんはどうして生きていたんですか?」
「あの頃か」
「そうです、お一人になられてどうして」
「孤児院にいてだ」
 そしてだというのだ。
「そこを出て喫茶店でウェイトレスをしていたがな」
「食べられていたんですか」
「何とかだ、私は菜食主義でしかも小柄だからだ」
 彼女の食生活や体格もあってだというのだ。
「少食で済んだし家もあったがな」
「家は孤児院ですね」
「そこにいた、グレシアと出会ってからは彼女と共に済んだ」
「苦労されていたんですね」
「生きるだけで必死だった」 
 それが幼い頃のレーティアだった。
「その中でドクツの惨状をどう救うか考えてだ」
「そしてですか」
「私は立ち上がった、ドクツの惨状を救いもう一度誇りある国にする為にな」
 その為にだというのだ。
「演説をはじめグレシアに出会い」
「今に至るのですね」
「ドクツは救った」 
 そうしたというのだ。
「そして戦いをはじめたのだ」
「そうでしたか」
「私は母を失った」
 父も妹も、他の家族達もだ。
「だからこそ母の有り難さがわかるのだ」
「そうですか」
「長官の細君もだ、だからだ」
「ここはですね」
「そうだ、有効な手段だと思う」
 こう話すのである。
「是非な」
「では真希を呼ぶか」
「私も賛成だ」
 こうしてだった、東郷は真希をスカーレットの部屋に連れて行った、彼はこの時に真希にこう言ったのだった。
「真希、いいか」
「お母さんのこと?」
「そうだ、生きていてどう思う」
「嬉しいの」
 真希は父に手を引かれている、そのうえでの言葉だった。
「ただね」
「ただ?」
「お母さん今おかしいよね」
 こう言ったのである、父の顔を見上げながら。
「何かね」
「わかるんだな、真希は」
「だってお母さん真希のこと大好きだから」
 それ故にだというのだ。
「生きていたら絶対に最初に真希のところに来てくれるよね」
「確かにな」
「そうしないから」
 そこから感じていたのだ、スカーレットの変化に。
「だからね」
「そうだな、しかしな」
「しかしって?」
「真希がいればな」
 彼女がいればというのだ、娘が。
「絶対に大丈夫だ」
「本当に?」
「お父さんが嘘を言ったことがあるか?」 
 娘の顔を見て穏やかな声で問う。
「そうしたことは」
「ないよ」
 真希は父にはっきりと答えた。
「一度もね」
「そうだな、お父さんは嘘を言わない」
 絶対にだというのだ。
「何かあってもな」
「だからだね」
「そうだ、だからだ」
「真希がお母さんと会えば」
「必ず大丈夫だ」
 こう言ったのである。
「では今から会いに行こう」
「それじゃあね」
 こうした話をしてそうしてだった、彼は真希と共にスカーレットの部屋に向かう。
 部屋に入るとスカーレットとコロネアがいた、コロネアは真希の顔を見てそのうえでこう言った。
「お久しぶりですね、真希様」
「あっ、コロネアさん」
「お元気そうで何よりです」
 真希には和やかなオーラを見せて話す。
「身体にいいものを食べていますか?」
「うん、いつもね」
 そうしているとだ、真希もコロネアに笑顔で応える。
「お父さんに作ってもらってるよ」
「それは何よりです、ですが」
 ここでだ、コロネアは東郷に顔を向けた。笑顔は変わらない。
 だがそれでもだ、コロネアは東郷には凄まじい殺気を放ってそのうえでこう言ったのである。
「一応はよい父親なのですね」
「おやおや、剣呑だな」
「お嬢様に何か御用ですか?」
 笑顔で目も笑っているが殺気は放ち続けている。
「共有主義の洗脳を解くおつもりですか?」
「その通りだ」
 東郷はあっさりと答える。
「その為に来た」
「そうですか、無駄ですね」
「そう言うのかい?君が」
「私はお嬢様の忠実なメイドですので」
 それ故にだというのだ。
「そうさせて頂きます」
「君も共有主義については知っているな」
「素晴らしい思想です」
「成程な、事情はわかった」
 東郷はその目を光らせて言った。
「君もか」
「何か?」
「ここに他の者を呼ばせてもらう」
 東郷には切り札があった、今は手元には置いていないだけだったのだ。
 だが用意はしていた、それで今その切り札を出したのである。  
 レーティアとリディアを呼んだ、そしてだった。
 二人はコロネアへの説得にかかった、そのうえでだった。
 彼は真希と共にスカーレットのところに向かってだった、彼女と対した。二つの部屋で二つの対決がはじまろうとしていた。
 スカーレットはソファーに座り二人を向かい側に座らせた、そしてだった。
 コーヒーを出す、そして二人に言った。
「ここに来た理由はわかっているわ」
「共有主義は捨てないか」
「逆に貴方達に勧めたいわ」
 夫と娘、家族にだというのだ。
「共有主義に入ることをね」
「やれやれだな、しかしだ」
「しかしなのね」
「真希と話してくれるか」
 共有主義の話はしなかった、まずはだった。
 真希に顔を向けてだ、こう言ったのだ。
「では今からな」
「うん、それじゃあね」
 真希も父の言葉に頷く、そのうえで母にこう言ったのである。
「お母さん、今時間あるの?」
「時間?」
「うん、時間あるの?」
「捕虜よ」
 それでだとだ、スカーレットは今の自分の立場から話した。
「それならね」
「じゃあ肉じゃが作って」 
 こう母に言ったのである。
「そうしてくれる?」
「肉じゃが?」
「お母さんの作ってくれた肉じゃが凄く美味しいから」
 澄んだ目で母を見て頼む。
「そうしてくれる?」
「私は」
「お母さんは?」
「貴女にお料理は作られないわ」
 出来ないというのだ。
「もうね」
「どうしてなの?」
「共有主義では皆が同じものを食べるのよ」
 そうするかだというのだ。
「三食もおやつもね」
「どの食事も?」
「そうよ、料理を作る人が給食を作って」
 スカーレットは共有主義の食事のあり方も話す。
「栄養もしっかりしているものを食べるのよ」
「じゃあ肉じゃがは?」
「家では普通の人は作らないの」
 絶対にだというのだ。
「だからね」
「お母さん真希にもう肉じゃが作ってくれないの?」
「御免なさいね」 
 スカーレットは申し訳なさそうな顔も見せる、だが。
 東郷はその顔を見逃さなかった、それでだった。
 真希に顔を向けてそして言ったのだった。
「じゃあお父さんが作るか」
「お父さんが?」
「ああ、真希の肉じゃがを作ろう」
 スカーレットを前にして言う。
「そうしよう」
「じゃあお父さん御願い」
 真希は父の言葉に笑顔で応えた。
「肉じゃが作ってね」
「今から作るからな」 
 実際に席を立とうとする、だが。
 ここでだ、スカーレットは夫に対してこう言ったのである。
「待って」
「おや、どうかしたのかい?」
「肉じゃがは私が作るわ」
 感情を出し強い声で出した言葉だ。
「そうするわ」
「おや、作らないんじゃないのかい?」
「貴方に作らせる位ならね」
 それならというのだ。
「私が作るわ」
「そうするというんだな」
「真希の御飯は私が作るものだったわね」
 そうだというのだ。
「それが私達の決まりだったわね」
「それが家の決まりだったな」
「そうよ、貴方の肉じゃが、いえお料理はどれもなっていないわ」
 スカーレットから見ればだ、彼女は料理についても天才でありまさにシェフ顔負けの腕前を誇っているのだ。
 その彼女がだ、こう言ったのである。
「随分ましになったかも知れないけれど」
「では君が作るか」
「今からそうするわ」
 その赤い軍服に白いエプロンを着けての言葉だ。
「待っていてね」
「うん、それじゃあね」
 真希は笑顔でスカーレットに応えた、そうしてだった。
 スカーレットは部屋のキッチンで見事な動きで包丁を動かし鍋にその切ったものを入れていって作っていく。そして。
 瞬く間に真希の前にその肉じゃがを出してきて言った。
「さあ、食べてね」
「うん、じゃあね」
「子供は繊細なのよ」
 ここでだ、スカーレットは東郷に顔を向けて言った。
「貴方の味付けは少し濃いし切り方もね」
「大雑把なんだな」
「そう、だからね」
 それでだというのだ。
「真希には駄目なのよ」
「相変わらず手厳しいな」
「そうよ、ただね」
「ただ?」
「努力は認めるわ」 
 それはだというのだ。
「貴方にしてもね」
「努力か」
「その手を見ればわかるわ」
 見れば東郷の手には包丁ダコがある、それを見ての指摘だ。
「貴方はこれまで真希の為に頑張ってきたわね」
「最低限のことはしてきたつもりだ」 
 それはというのだ。
「俺にしてもな」
「そうなのね」
「それでどうするんだ?」
 東郷はスカーレットの顔を見つつ彼女に問うた。
「真希のことは」
「私は真希の母親よ」
 これがスカーレットの返事だった。
「それならわかるわね」
「そういうことか」
「ただ、共有主義についてはね」
「そのことだがな」
 こう言って来ることはわかっていた、それでだった。
 東郷はスカーレットに対してこう言ったのだった。
「少し歩くか」
「歩く?」
「そうだ、二人いや真希と一緒に三人で歩くか」 
 そうしようかというのだ。
「それでどうだろうか」
「歩いてどうかなるとでも思っているのかしら」
 スカーレットは夫がそこから共有主義を捨てる様にしてくると見てうっすらと余裕の笑みを浮かべて返した。
「生憎だけれど」
「そうだろうな、しかしだ」
「三人で歩こうというのね」
「それは駄目だろうか」
 妻のその青い、空を思わせる目を見て問う。
「駄目ならいいが」
「いいわ。確かに私は共有主義者だけれど」
 それでもだとだ、スカーレットもこのことには素直に答えた。
「貴方の妻であり真希の娘よ」
「それならだな」
「ええ、それで何処に行くのかしら」
「色々だ
「色々?」
「そうだ、一つの場所じゃない」
 行くにしてもだというのだ。
「太平洋の至る場所に行く」
「わかったわ、それじゃあね」
「行こう、お母さん」
 肉じゃがと御飯を食べ終えた真希も笑顔で応える、そしてだった。
 三人で様々な場所を巡った、この日はそれで終わりだった。
 そしてその間にコロネアについては動きがあった、このことに関してはリディアが東郷に報告した。
「何とか洗脳は解けました」
「ああ、そうなのか」
「本当に何とかです」
 疲れきった顔での報告だった。
「いや、私も総統さんも」
「疲れたのか」
「はい、何時間もかかって」
 ようやくだというのだ。
「洗脳は解けました」
「ご苦労だったな」
「洗脳が解けてよかったですけれどね」
 それでもだというのだ。
「いや、あんな意志の強い人っているんですね」
「彼女の意志の強さは半端じゃない」
 だから洗脳されるとかえってだというのだ。
「鉄の女とさえ言われている」
「鉄でした、本当に」
「そして妻はダイアだ」
 鉄どころではなかった、自然にあるもので最も硬いものだというのだ。
「君と総統さんの二人がかりでもだ」
「洗脳を解くことは難しいんですね」
「そうだ、だから彼女に関してはだ」
「長官ご自身がですか」
「俺と真希でだ」
 二人でだというのだ、家族で。
「何日もかけてやってみる」
「御願いしますね、今日は私も疲れましたから」 
 顔全体に疲れが出ている、目の下にはクマがある。
「総統さんも自室に戻られて休まれています」
「総統さんにも苦労をかけたな」
「本当に頑固な人でしたから」
 だからだというのだ。
「それに一つわかったことですが」
「わかったこと?」
「はい、コロネアさんはそもそも生粋の資産主義者でしたね」
「妻の秘書も務めていて企業の経営も出来るからな」
「資産の運用もお見事だとか」
 クーの得意分野だがそれでもだ。
「そうした方が資産主義から共有主義に変わられるとは」
「普通はないな」
「どうもカテーリン書記長と合われて」
 それでだというのだ。
「その左手の石を見せられて」
「それでか」
「カテーリン書記長の言葉に無批判に頷き賛同する様になったそうです」
「他の共有主義者と同じだな」
「本当に共有主義は冷静に勉強すると問題が多いんですよ」
 それが共有主義だというのだ。
「けれどあの時はカテーリン書記長が絶対に正しいと思って」
「それでか」
「はい、共有主義を信奉していました」
 完全にそうしていたというのだ。
「何かそれを考えますと」
「石か」
「はい、あの石に問題がありますね」
「そうだな、彼女はスカーレットと二人で書記長に会ったとのことだが」
 そして二人で見たというのだ。
「共有主義が広まったのはあの石のせいか」
「そう思います」
「あの石さえなければな」
「共有主義は広まりませんでした」
 そうなったというのだ。
「私もそう思います」
「洗脳だな、本当に」
「スカーレットさんもですね」
「時間がかかる」
 彼女のその洗脳を解くにはというのだ。
「明日もだ」
「はい、洗脳を解く為にですね」
「じっくりと家族団欒の時を凄そう」
「そちらを御願い出来ますか」
「そうさせてもらう」
 こう話してそしてだった。
 東郷は真希と共にスカーレットと再び家族の時を過ごした、それ自体は非常に楽しく有意義なものであった。
 だがその中でもだ、スカーレットの思想は変わらない。あくまで共有主義を信奉していた。共有主義から解放されたコロネアもあえてだった。
 言わない、何も言わずにスカーレットの傍にいるだけだった。そして東郷にはこう言うのだった。
「お嬢様の洗脳を解くことですが」
「無理か」
「はい、そう申し上げておきます」
 笑顔での言葉だ。
「特に貴方には」
「やはりそう言うか」
「というか離婚して頂ければ」
 毒も吐く。
「さあ、これにサインして」
「ああ、それはしまってくれ」
 離婚届が出て来たがあっさりと返す東郷だった。
「その書類にはサインをしない」
「それは残念ですね」
「とにかくだ、スカーレットの洗脳だが」
「私も今は打つ手がありません
 コロネアにしてもだというのだ。
「これといって」
「傍にいてもか」
「そうです、取り付く島もありません」
「俺達と共にいる時も同じだ」
 その時もだというのだ。
「真希には昔のままだがな」
「貴方にはですね」
「妻であるがな」
 それでもだというのだ。
「常に共有主義に引き込もうとしてくる」
「他の方に会われた時もですね」
「この前はグレシアさんに言っていた」
 レーティアの第一の側近である彼女にだというのだ。
「流石にグレシアさんは聞き流していたがな」
「あの人ならそうされますね」
「四姉妹の面々も困っている」
 特に誰が困っているかは言うまでもない。
「ハンナ嬢もこの前俺に零していた」
「今のお嬢様に対して」
「共有主義から解けないかとな」
「しかしそれでもですね」
「変わらない」
 共有主義のままだというのだ。
「どうしたものか」
「困りましたね、本当に」
 コロネアも知恵がない、ただ。
 アルビルダだけは違った、自分の部屋の中で斧を振り回しながらこんなことを言っていた。
「洗脳なぞ解くことは簡単だ!」
「えっ、簡単ですか?」
 あまりにも騒がしいので心配になって来てみたクーが応える。
「あの、大騒ぎしてるからどうしたかと思って来ましたけれど」
「それで来たのか」
「はい、アルビルダさんいつもこうですか」
「私はそうだ」
 その通りだというのだ。
「この通りだ」
「たまたま部屋を通って驚いたのですけれど」
「こうして身体を動かなさいと健康に悪いぞ」
「スポーツによるストレスの発散ですね」
「そうだ、御前も一緒に暴れるか」
「僕、いえ私は」
 困った顔でだ、クーは一人称を訂正させた。
「スポーツは水泳等をしていますので」
「そうか」
「そうです、ただスポーツですね」
「身体を極限まで動かしてだ」
「そしてですか」
「そうだ、後は風呂に入って腹一杯食って酒を飲んで寝るのだ」
 こう言うのだった。
「何も考えずにな」
「共有主義も何も」
「私は共有主義なんて知らないぞ」
 そうしたイデオロギー的なものとは全く無縁である、ただ戦ってそのうえで暴れることだけを楽しんでいるのだ。
 それで共有主義についても興味がない、その彼女が言うにはだ。
「ただひたすら身体を動かすだけだ」
「そうですね、お姉様は体力もあります」
 毎日のトレーニングも欠かしていない、身体能力もかなりのものなのだ。
「生半可なスポーツでは」
「マラソンでも駄目か?」
「マラソンの完走も平気でされます」
「それは凄いな」
「毎日のトレーニングの賜物ですね」
 それ故になのだ、スカーレットの体力は。
「本当に完璧な方です」
「それでも人間だな」
「人間として最高のレベルにある方です」
「しかし人間なら誰でも限界があるぞ」
 アルビルダはここでこう言った。
「私も暴れ続けたら疲れる、だから風呂に入って飯を食って寝るのだ」
「そうですよね、マラソンで駄目なら」
 クーはマラソンの走る距離だけではない、さらにだった。
 彼はここでだ、こう考えたのである。
「その他のものも」
「何か考えが出来たか?」
「我が国にはトライアスロンもあります」
「ドライアイスか?触ると痛いな」
「トライアスロンです」
 そこは訂正する。
「そこは違いますので」
「そうか」
「とにかくトライアスロンはマラソンだけでなく水泳と自転車も入れます」
 その三つを全てするのだ。
「それだけに尋常な体力では出来ません」
「私でもか」
「アルビルダさんでもぎりぎりですね」
 こうアルビルダに告げる。
「大変な競技です」
「そうなのか」
「ですがあれなら」
 クーは己の考えを頭の中でまとめながら言う。
「若しかしたら」
「何でもやってみることだな」
「そうですね、では」
 それではというのだ。
「一度やってみます」
「それでそのドラえ何とかはどうするのだ?」
「あの、そのネタは危ないので」
 止めて欲しいというのだ。
「以後NGです」
「そうか、では二度と言わないぞ」
「それだけは」
「とにかくだ、では明日にだな」
「長官にお話してみます」
 トライアスロンの開催を提案するというのだ。
「でjは」
「よし、それではあいつのところに行って来い」
 クーはアルビルダと話してその足で東郷のところに向かった。
 東郷のところに行くと彼にまず彼女のことを尋ねたのだった。
「あのお姉様は」
「いつも真希に微笑んでいるけれどな」
「それでもですか」
「相変わらずだ」
 共有主義者のままだというのだ。
「変わらないな」
「そうですか」
「予想していたが頑なだ」
 それが今の彼女だというのだ。
「中々難しいな」
「それではです」
 ここでだ、クーは彼の案を述べた。
「トライアスロンをしてです」
「トライアスロン、あの競技か」
「それで一度お姉様の頭の中を空にしてはどうでしょうか」
「スポーツをすると頭の中がそうなるな」
「はい、そしてです」
「そこでか」
「洗脳を解かれてはどうでしょうか」
「そうだな」
 東郷もクーの言葉を受けて考える顔になった、そして言うことは。
「一度やってみるか」
「それではですね」
「実は明日はオフだ」
「あっ、実は明日してみようとかと提案するつもりでした」
「そうか、ではだ」
「当直の人以外はですね」
「丁度当直は首相だ」
 彼だというのだ。
「あの人はご高齢だからな」
「トライアスロンは無理ですね」
「それと酋長さんだからな」
 ギガマクロも当直だというのだ。
「他にはケツアルハニーさんもだな」
「あの人は足は」
「ないからな」
「不思議なことに歩いておられますけれど」
「どうも突っ込んではいけないことの様だな」
「そうみたいですね」
 ケツアルハニーだけでなくハニワ族全体についての謎だ、足がないがそれでも歩けるということは。
 そうした話をしながらだ、東郷は再びクーに言った。
「あの人達以外の面々が参加してだ」
「そしてですね」
「そうだ、それからだ」
 どうするかというのだ。
「スカーレットに仕掛けよう」
「そうですね、では」
「これならいけるかも知れない」
 確信はない、だがそれでもだというのだ。
「やってみよう」
「それでは」
 こうしてトライアスロンが開催されることになった、全員水泳にマラソン、それに自転車をフルですることになった、全員まずは露出のあまりない、下は半ズボンの様になっているワンピースの水着だ。男も上半身を覆っていないだけで同じデザインの水着だ。
 その水着を見てだ、ランスは憤懣やるかたない顔で言う。
「何だよ、水着っていうのはな」
「ああ、ビキニだよな」
 フランスがランスに応えて言う。
「それかスクール水着だな」
「そうだよ、あんたもわかってるな」
「俺はその道でも通だからな」
 優雅な仕草で出した言葉である。
「水着にも造詣が深いんだよ」
「凄いな、あんたとは気が合いそうだな」
「そうだな、まあとにかくな」
「ああ、それでだな」
「この水着にしたのはな」
「どうしてなんだよ」
「水の抵抗が一番なくてな」
 それに加えてだというのだ。
「乾くのも早い記事だかららしいな」
「おい、それでか」
「それでらしいんだよ」
「あの、トライアスロンですから」
 発案者のクーが言って来る。女もののワンピースのままだ。
「少しでも余計な抵抗を抑えないと」
「完走出来ないっていうんだな」
「水泳だけならともかく」
 これも相当なものだが、というのだ。
「後でマラソンと自転車もありますから」
「その二つもあるからか」
「はい、水泳もです」
 水の抵抗を少しでもなくしてだというのだ。
「そうしないといけないですから」
「そういうことか」
「フランスさんトライアスロンの経験は」
「それがないんだよ」
 ないと答える、これは実際のことだ。
「お兄さんも初体験だよ」
「そのお言葉はともかくとしまして」
「ああ、出来る限り水の抵抗がない水着になったんだな」
「露出はなくなりました」
「ビキニって結構抵抗食うしな。思いきり泳いだら外れかねないしな」
「だからです」
「男ものもか」
 本当にぴっしりとしたトランクスタイプだ、スパッツに近いだろうか。
「こうなったのか」
「そうです、フランスさん泳いでいる時に脱げたら嫌ですね」
「いや、俺は全裸でも平気だぜ」
「それは変態ですから」
 例外だというのだ。
「止めて下さいね」
「何だよ、可愛い顔して厳しいな」
 フランスはクーのこのことに指摘した。
「まあとにかくな」
「今から競技をはじめますので」
「わかったぜ、トップを狙うか」
 フランスは準備体操をしながら言った。
「イギリスの奴がいればもっとよかったんだけれどな」
「イギリスさんですか」
「あいつと競うのが一番やる気が出るからな」
 ライバルだからである。
「そうなんだけれどな」
「ですが今イギリスさんは連合にいますので」
「ああ、諦めるしかないな」
「何はともあれ頑張って下さいね」
「この競技で優勝したらあんたにデートを申し込んでいいかい?」
「私とですか?」
「ああ、いいかい?」
 女の水着を着るキャロルにだ、フランスはそっと近寄って耳元で囁いた。
「俺は男でもいけるからさ」
「えっ、まさかフランスさんも」
「ははは、わかるさ」
 一見すると胸のない女の子に見えるスタイルだ、それでもなのだ。
「お兄さんを甘く見てもらっては困るな」
「ハンナと祖国さん達だけが知っていることだと思っていましたけれど」
「俺の目は特別なんだよ」
 そうしたことを見抜けるというのだ。
「だからな」
「そうでしたか」
「それでどうだい?」
 クーに再び誘いの声をかける。
「今度な」
「あの、それは」
 戸惑いながらだ、クーはフランスの密かな誘いに応える。
「遠慮させてもらいます」
「そうか、相手がいるか」
「えっ、まさかそれも」
「あんた今目に拒むもの見せたからな」
 フランスはそうしたところも見ていた、流石と言うべきか。
「わかったよ」
「凄いですね、そこまでおわかりなんて」
「こうしたことはわかるんだよ」
 右目をウィンクさせて言う。
「総統さんの戦術はわからなかったけれどな」
「あの人はまた特別では」
 レーティアに関してはだ、クーもこう言う。
「潜水艦なんて誰も思いつかないですし発見も出来ません」
「やっぱり天才なんだな」
「そう思います」
「こりゃ戦争の後が大変だな」
「戦後の欧州ですね」
「戦争以外でも天才だからな、あの人は」 
 政治の天才でもあるのだ、経済や内政においても。無論外交もだ。
「大変そうだな」
「そうですね、戦後の欧州は間違いなくドクツを軸として動きます」
 シャルロットもその色気のない水着姿で出て来た、スタイルはいいがそれでも今の水着では今一つそうしたものを感じさせない。
「我が国はといいますと」
「何だろうな、日本の野球チームで言うと虎か」
 このチームではないかというのだ。
「あのチームか?」
「何故あのチームなのですか?」
「弱いからだよ」
 フランスは自嘲気味にシャルロットに答えた。
「だからだよ」
「ですが祖国さんはいつも最後に勝っていればいいと仰ってますね」
「今もか」
「はい、ですから」 
「最後の最後に勝っていればいいか」
「戦後の欧州政治においても」
「それもそうだな、最後に勝つのはオフランスだ」
 フランスはシャルロットに言われて気持ちを取り戻した。
「ドクツにもエイリスにも負けてたまるか」
「その意気かと」
「そういうことだな、トライアスロンでもな」
 フランスは準備体操をはじめながらトライアスロンにも気持ちを向けた、そして東郷はというと。
 秋山にだ、水着姿で囁いた。当然秋山も水着である。
「じゃあいいな」
「はい、トライアスロンの後で」
「洗脳を解くぞ」
 スカーレットの方をちらりと見ながらの言葉だ。
「そうするからな」
「その時は」
「柴神様がおられる」
 彼は競技に参加していない、競技副委員長として控え室にいるのだ。ちなみに委員長は帝が務めている。
「あの方が何とかしてくれる」
「では、ですね」
「ああ、俺達は彼女を競技において全力を出させる」
「そして心を切り替えさせることのですね」
「下準備をさせるからな」
 こう話してそしてだった、彼等は競技に入った。これもまた彼等にとっては戦いだった。


TURN107   完


                         2013・5・8



中々に強固な洗脳みたいだな。
美姫 「今までみたいに簡単には解けないみたいね」
その為の準備として、これまた結構、大掛かりな。
美姫 「トライアスロン大会を開催なんてね」
これで解く事ができるのか。
美姫 「次回も楽しみにしてます」
待っています。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る