『ヘタリア大帝国』




                            TURN8  レーティア=アドルフ

 ドクツ第三帝国の首都ベルリン。この場においてだ。
 軍服の者達が集りそのうえでだ。
 両足を閉じ右手を斜め上に伸ばして掲げてだ。そのうえでだ。高らかに叫んでいた。
「ジークハイル!」
「ジークハイル!」
 こう叫んでいた。見れば誰もが黒い、ドクツ第三帝国軍の軍服だ。その中には威風堂々たる巨漢もいれば茶色の軍服の飄々とした男もいる。
 そして小柄な少女や獅子の如き顔の男も気の強そうな女もだ。皆揃っていた。
 その顔触れを控え室で見ながらだ。ドイツはプロイセンに言った。
「凄いものだな」
「ああ、俺もそう思うぜ」
 プロイセンはこう相棒に返した。
「あの中を。俺達は進んだな」
「そうだ。ところでだ」
「俺達の妹だな」
「あいつ等は何処に行っている?先程から姿が見えないが」
「ああ、あいつ等ならな」
 どうしているかと。プロイセンはドイツに答えた。
「今着替えてるところだぜ」
「そうか。着替え中か」
「総統さんとは別室でな。軍服に着替えてるさ」
「わかった。ではすぐに来るな」
「ああ、もうちょっとしたらな」
 プロイセンはこうドイツに話す。そしてだ。
 プロイセンは不機嫌な顔になってだ。そしてこうも言ったのだった。
「で、あいつもだな」
「そうだ。オーストリアもだ」
「あいつ本当に俺達の国に入るんだな」
「あの男だけではない」
 入るのはそのオーストリアだけではないというのだ。
「ハンガリーもだ。我々ドクツ第三帝国の一員となる」
「国家として統合されるってのか」
「ハンガリーの上司がだ。あの方になったからな」
「レーティア総統にか」
「そうだ。オーストリア=ハンガリー帝国は併合された」
 ドイツははっきりとだ、プロイセンに話した。
「だからあの二人はこれから我々の一員となる」
「何か嫌な話だな」
 オーストリア、そしてハンガリーが加わることにはだ。プロイセンは拒否反応を示していた。
 そのうえでだ。こうドイツに言ったのである。
「相棒と俺とな」
「妹達だけでか」
「充分だと思うんだがな」
 これがプロイセンの考えだった。
「このドクツ第三帝国はな」
「しかしこのままではだ」
「ああ、俺達自体が生きられないな」
「まだ世界恐慌の余波は残っている」
 ドイツは暗い顔になりプロイセンにこのことを話した。
「俺も相棒もだ。忘れた訳ではないな」
「忘れる筈ないだろ」
 プロイセンは今度は忌々しげにドイツに返した。彼等もドクツの黒い軍服姿だ。
 そしてその軍服姿でだ。プロイセンはその忌々しげな顔でドイツに答えた。
「あの敗戦とそれからのことはな」
「だから。俺達にはだ」
「生存圏が必要なんだな」
「その中にオーストリア、そしてハンガリーも入っている」
「他にもだよな」
「東欧に北欧、さらにだ」
「オフランスにソビエトだな」
「ドクツの生存圏は欧州全体だ」
 こう言うのだった。
「そこまで拡げなくてはならない」
「そうだな。じゃあ相棒と俺だけじゃ駄目か」
「あんな思いを。国民が二度としない為にだ」
 まさにだ。その為にだというのだ。
「わかったな」
「ああ、よくな」
 プロイセンも納得した顔になった。そしてだ。
 そのうえでだ。彼は落ち着いて言ったのだった。
「じゃあそろそろか」
「オーストリアにハンガリーにだ」
「妹達も来るな」
「そうなる。そしてだ」
「あの方と一緒に国民の前に出るんだな」
「軍人達に囲まれてな」
「中々いいものだよな」
 プロイセンはここでは笑顔になりドイツに述べた。
「ずっと。あの敗戦からな」
「こんな気持ちにはなれなかったな」
「だよな。絶望とかしかなくてな」
「碌に食うこともできなかった」
 ドイツは瞑目してだ。敗戦から今までのことを思い出した。
 そしてそのうえでだ。こう言ったのだった。
「国民は餓え、金は紙くずになり」
「碌でもない犯罪者ばかり出て来てな」
「ハールマンだな」
 ドイツは苦々しげにこの殺人鬼の名前を出した。
「あの食人鬼もいたな」
「他にも色々と出て来たよな」
「世相は混乱し国民の目は死んでいた」
「ワイマール政府もどうしようもなかったからな」
「しかしそれが一気に変わった」
 まだだ。世界恐慌の余波が残っていてもだ。
「そこが変わったな」
「そうだな。本当に一変したぜ」
「全てはあの方のお陰だ」
 ドイツは心から感謝を感じながらだ。プロイセンに話した。
「あの方が来られてからだ」
「だよな。ドクツは、俺達は立ち直るんだ」
 プロイセンのその顔にも希望があった。そしてだ。
 その希望と共にだ。彼はドイツにまた言った。
「じゃあこれからあの方についていってな」
「また雄飛するか」
「かつての。あの第二帝国の時みたいにな」
「いや、あの時以上にだ」
 ドクツとプロイセンが一つになっただ。第二帝国よりもだというのだ。
「羽ばたくか」
「俺達は立ち上がったんだ。それならな」
「また羽ばたく。これまで以上にだ」
「あの方が与えてくれた翼でな」
 プロイセンはその顔を上気させて右手を拳にしてだ。ドイツに威勢よく話していた。そして二人がいるその控え室にだ。ドクツの軍服を着ているドイツ妹にプロイセン妹が来た。
 二人はすぐにだ。兄達にこう言ってきた。
「兄さん、総統閣下は既に」
「着替えを終えられたよ」
 こう兄達に言ってきたのである。
「後はオーストリアさんの着替えが終われば」
「皆の前に出られるわよ」
「おいおい、オーストリアはまだ着替えてないのかよ」
 プロイセンは妹達の言葉に呆れた顔で返した。
「御前等はもう着替えたのにか」
「あの人はあんたとは違うの」
 また一人少女が来た。今度はハンガリーだ。やはりドクツの軍服を着ている。三人共ズボンである。そのズボンが中性的な妖しい魅力さえ醸し出している。
 そのハンガリーがだ。プロイセンにくってかかってきたのである。
「貴族なんだから」
「おい、貴族は着替えるのが遅いのかよ」
「そうよ。だからあんたとは違うの」
 そのだ。プロイセンとはだというのだ。
「がさつでお行儀の悪いあんたとはね」
「こいつ本当に口が悪いな」
 プロイセンは辟易した顔でだ。こう呟いた。
「ったくよ、これからはずっとこいつと一緒かよ」
「それはこっちの台詞よ」
 ハンガリーも負けじと言い返す。
「何であんたと一緒なのよ」
「あのな、俺だって御前とはな」
「一緒にいたくないっていうのね」
「そうだよ。まあこれもドクツの生存圏の為だな」
 まさにだ。その為にだった。
 プロイセンはこのことを考えてだ。矛を収めた。
 そしてそれからだ。落ち着きを取り戻して述べたのである。
「で、そのオーストリアはまだかよ」
「これでも飲んで落ち着け」
 ドイツがプロイセンにコーヒーを差し出して言ってきた。
「いいな。これを飲んでだ」
「ああ、相棒が淹れてくれたのか」
「そうだ。これを飲んで落ち着け」
「悪いな。それじゃあな」
 プロイセンもドイツの淹れたそのコーヒーを受け取りだ。立ったままそれを飲みながらだ。
 やや落ち着きを取り戻してだ。こんなことを言った。
「ところでイタちゃん達だけれどな」
「あいつ等か」
「何か向こうの上司が俺達と手を結びたいって言ってるそうだな」
「こちらからも言っている」
 ドクツ側からもだ。それを求めているというのだ。
「我がドクツ第三帝国とイタリン共和帝国の同盟だ」
「いいねえ。イタちゃん達とのタッグかよ」
 イタリンとの同盟についてはだ。プロイセンは淀みも皮肉もない笑顔になった。
 そしてその笑みでだ。こう言うのだった。
「これでもう困ることはないな」
「困ることが増えるのじゃないかしら」
 ここでドイツ妹は心配する顔でプロイセンに突っ込みを入れてきた。
「イタリアさんとロマーノさん達だと」
「あそこの妹達はしっかりしているがだ」
 ドイツもだ。不安な顔で言うのだった。
「あの連中はな。あまりにも」
「弱過ぎるから」
「心配だ。足を引っ張られそうだ」
「敵としては有り難いけれど」
「味方になれば脅威だ」
 ある意味においてそれだというのだ。それがイタリンだというのだ。
 しかしプロイセンはだ。明るい笑顔でこう二人に言うのだった。
「わかってねえな、イタちゃん達のよさが」
「いいのですか?」
「そう思えるのか?相棒は」
「そうだよ。だから相棒達はイタちゃん達に厳し過ぎるんだよ」
 イタリアについてだ。明るく言うプロイセンだった。
「あんなに明るくて愛嬌のある奴等がいるか?」
「確かに悪い人達じゃないけれど」
「それでもだ。あの二人はだ」
「あまりにも弱くて。しかもすぐに逃げるから」
「戦力にはならないが」
「だからよ。何でそうイタちゃん達のよさを見ないんだよ」
 プロイセンは戦い以外のことを見て語っていた。
「あの気候に料理、ワインに音楽な」
「どれもいいわね」
 プロイセン妹も笑顔になって自分の兄に賛同した。
「私もイタちゃん達は好きよ」
「そうそう。イタちゃん達は悪い子じゃないわよ」
 ハンガリーもだ。笑顔でプロイセン妹に賛成する。どうやら彼女とプロイセン妹の関係は決して悪いものではないらしい。兄との関係とは違い。
「だから。安心してね」
「同盟を結ぶべきか」
「そう言うのね」
「ああ、俺は大賛成だぜ」
 プロイセンは目を輝かせてさえいた。
「イタリンとの同盟にはな」
「そもそも今回の式典はあれじゃない」
 プロイセン妹も言う。
「オーストリアさん達の参加と。イタちゃん達とのことでの発表だから」
「それ多分あれだぜ」 
 笑顔でだ。言うプロイセンだった。
「イタリンとの同盟発表だぜ」
「そこまで話が進んでいるのか」
 今話が出たところでそうなるからだ。ドイツは思わず言ってしまった。
「全く。本当にいいのだろうか」
「いいんだよ。これで俺達とイタちゃん達はずっと一緒だぜ」
 プロイセンの陽気さは変わらない。イタリンに対しては。
「じゃあ。オーストリアの野郎が着替え終わったらな」
「いよいよか」
「ああ、総統さん達と一緒にな」
 国民の前に出るというのだ。その話をしているとだ。
 遂に最後の一人が来た。オーストリアだ。彼も黒い軍服姿だ。
 その軍服姿で出て来てだ。こう言うのだった。
「どうも。この服は」
「慣れませんか?」
「少し」
 こうだ。やや困った顔で気遣ってきたハンガリーに答えたオーストリアだった。
「そもそも軍服自体がです」
「そうですか」
「しかしです。私もですね」
「これからはドクツ第三帝国の一員ですから」
「はい、あの方と共に頑張りましょう」
「それでだが」
 ハンガリーと話をするオーストリアにだ。ドイツが言ってきた。
「総統のお考えだが」
「あの方が一体?」
「うむ。これからどうするかだ」
 このことをだ。ドイツはオーストリアに言ったのである。
「このことはわかっているか」
「ゲルマンの生存圏確保ですね
「ゲルマン民族は多い。欧州においてな」
「私達だけではないですからね」
 今ここにいるドイツやプロイセン、そしてオーストリアだけではないというのだ。もっともハンガリーはアジア系である。欧州では他にフィンランドもアジア系である。
「ベルギーやオランダもでしたね」
「広範囲で言えば北欧もゲルマンの血が入っている」
「そしてロシアさんの国にも多いです」
「では欧州のかなりの場所になる」
 ドイツは言った。
「それだけの国がドクツになるのだな」
「いや、それに留まらないだろ」
 プロイセンがすぐにだ。そのドイツに言ってきた。
「あの方は多分もっと凄いの見てるぜ」
「何っ、ゲルマンの生存圏だけではないのか」
「まあそれも今から言うだろうな」
 このことをだというのだ。
「だからな。今日の演説は凄いことになるぜ」
「そうか。ではだ」
「ああ、総統のところに行こうぜ」
 プロイセンはドイツに他の国々にだ。声をかけてだ。
 彼等の上司と合流してだ。そしてだった。国民達の前に姿を現しに行くのだった。
「ぜんたーーーーーい、止まれ!」
 号令が出る。そして。
 その声と共にだ。整然と行進していた兵士達が動きを止めてだ。そのうえでだ。
 見事に左右に並ぶ。その間をドイツ達が進む。そしてその前に。
 首に柏十字のある黒い軍服、下は極端に短いタイトのミニになっている軍服と太腿を隠したブーツを履いておりコートをマントの様に羽織っている少女が進んでいた。
 眩い光さえ放つ腰までの見事なストレートの金髪、空の色をした碧眼、そして幼さが残るが整った人形を思わせる顔立ち、小柄で胸はないがその全身からオーラが放たれている。
 その少女が左斜め下に黒いロングヘアに鳶色の瞳を持る大きな胸のをした背の高い女、やはりミニスカートの黒いネクタイの軍服の、首元に柏十字のあるそれを着ている。
 顔はモデルの様に整い白く透き通る様な肌をしている。脚は褐色のタイツで覆われている。
 その少女が国家達を引き連れて進む左右でだ。兵士達が右手を掲げた敬礼で迎えそしてだった。
「ジークハイル!」
「ジークハイル!」
 口々にこう叫ぶ。そしてだ。
「ドクツ第三帝国万歳!」
「総統閣下に栄光あれ!」
 こうした声があがる。その中にはドクツの名のある提督達もいる。
 少女はワーグナーの壮麗な音楽の中を進みそのうえで。
 用意された台に登る。その彼女を見てだ。
 臨席する各国の外交官達、そして報道陣がだ。こう口々に囁いた。
「出て来たな」
「ああ、レーティア=アドルフ総統」
「ドクツ第三帝国の総統にして稀代の天才だな」
「グレシア=ゲッペルス宣伝相も一緒だな」
 黒髪の美女も見てだ。彼等は話すのだった。
 撮影のカメラのフラッシュがその金髪の少女レーティア=アドルフを照らす。そして。
 その彼女を見ながらだ。外交官もマスコミ関係者達も話すのだった。
「二年とはな」
「そうだな。総統になって僅か二年だったな」
「選挙に出たのが三年前」
「ファンシズムに乗って一年でこの国の総統になってだ」
 このだ。ドクツのだ。
「僅か二年で軍事、経済、内政の改革を全て成し遂げ」
「人材を抜擢して国家を立て直した」
「ドクツの産業は復活して国民にはパンと仕事が戻った」
「今のドクツにインフレはない」
 それがだ。まずなくなったというのだ。
「失業率はゼロになった」
「多くの画期的な艦艇が開発されているしな」
「全てあの総統が開発したものだったな」
「そうだ。噂では戦艦も巡洋艦も凄いらしいぞ」
「駆逐艦も水雷艇もな」
 そうしたもの全てをだ。レーティアが開発したというのだ。
「科学技術も一変した」
「化学もな」
「あの総統は多くの特許を取ってそれでドクツを支えている」
「しかも外交もな」
「そうだな。ドクツの誇りを取り戻した」
 それもだ。レーティアは成し遂げたというのだ。
「あのベルサイユ条約を破棄し賠償金を放棄した」
「あれは困った」
「全くだ」
 エイリス及びオフランスの者達からこう声があがった。
「賠償金はドクツに課した足枷だったというのに」
「ドクツをレモンの種が泣くまで搾り取るつもりだったが」
「我々は先の戦争でドクツに苦しめられた」
「報復だったのだが」
「ふん、あれはやり過ぎだ」
 列席している者達の中に白い軍服の八の字髭の男がいた。見れば日本帝国外相である宇垣だ。彼はエイリスやオフランスの者達のぼやきにこう呟いた。
「あんなことをすれば誰もが恨む」
「そうですね。あれはかなり」
「我々もどうかと思いました」
「やり過ぎでした」
 こうだ。日本の外交官達も宇垣の言葉に頷く。
 そしてだ。彼等はこう言ったのだった。
「だからドクツがあの条約を破棄しても多くの者が支持したのです」
「エイリスとオフランス以外の国々が支持したのです」
「彼等はあまりにもやり過ぎました」
「その為ドクツの経済は崩壊したのですから」
 敗戦と賠償金によってだ。そうなってしまったのだ。
「しかも余計な恨みを買いましたし」
「このことが後で大変なことになるのではないでしょうか」
「欧州も最近きな臭いですし」
「果たしてどうなるか」
「そうだな。欧州は特に危うい」
 宇垣は腕を組み難しい顔でだ。己の席から彼等に答えた。
「何時何が起こってもおかしくはない」
「そして今日それがはっきりしそうですね」
「あの総統が何を言うか」
「それで、ですね」
「欧州の命運がわかりますね」
「そうなるだろうな。しかしだ」
 ここで急にだ。宇垣はだ。
 その目を急に綻ばさせてだ。こう言ったのである。
「あの方だが」
「レーティア総統ですね」
「あの方ですね」
「実に見事だ」
 台にいるレーティアを見てだ。目をそうさせたのだ。
「美貌だな。しかもカリスマ性もある」
「確かに。我が国の帝とはまた違った美しさがありますね」
「ゲルマンの理想とも言うべき美貌でしょうか」
「金髪、そして碧眼」
「その美貌がありますね」
「小柄ですが」
 これがレーティアの特徴にもなっていた。彼女は確かに小柄だ。
 だがそれでもだ。その小柄らさもだ。
 宇垣は今度はその目を細めさせてだ。こう言ったのだった。
「いいものだな」
「あの、外相まさか」
「あの方は外相の好みでしょうか」
「そうなのでしょうか」
「素晴らしい方だ」
 宇垣はこの感情を隠そうとはしなかった。
「わしの全ては帝、そして祖国殿に捧げているがだ」
「それでもですか」
「あの方は」
「素晴らしい。我が日本帝国もだ」
 祖国もだ。どうかというのだ。
「今のドクツの様になりたいものだな」
「そうですね。是非共ですね」
「ドクツの様に」
「中帝国だけではない。近頃ガメリカも圧力をかけてきている」
 宇垣は周りを見た。見ればだ。
 黄色や青の軍服の者達もいる。それぞれ中帝国、ガメリカ共和国の者達だ。
 そしてガメリカの者達の中にいるやや褐色の肌に紅い髪と蒼い目の背が高く見事な胸の女を見てだ。こう周りの者に囁いたのだった。
「あの女だが」
「ハンナ=ロック国務長官ですね」
「ガメリカの外交と内政のトップです」
 すぐにだ。周りが宇垣に答える。
「そして四姉妹のリーダーです」
「ガメリカ四大財閥の一つロック家の令嬢ですね」
「そうだったな。あの女も来ているか」
 そのハンナを見ながらだ。宇垣は眉を顰めさせて言うのだった。
「いけ好かない女だ」
「ガメリカの対日強硬路線の頭目ですしね」
「大統領、そして彼女の祖国の全幅の信頼を得ているそうですが」
「それでもやはり」
「嫌な相手ですね」
「全くだ。我が国は戦いたくはないのだ」
 宇垣は嫌々といった感じの顔で述べた。
「それなのに我が国を好戦的と断定してきてだ」
「圧力をかけてきますからね」
「また色々言ってきております」
 外交官達は宇垣に言ってきた。
「関税自主権を下げろと」
「そして聞き入れない場合は三百一条を出すと」
「あんなものは断ったわ」
 宇垣は忌々しげに答えた。
「あんなものは認められるか」
「しかしそれによってです」
「ガメリカの対日感情はさらに悪化しました」
「今では悪の国呼ばわりです」
「どうしたものでしょうか」
「やり方はある。実はだ」
 ここでだ。宇垣は確かな顔になり周りに答えた。
「既にゲッペルス宣伝相と会見を行ったのだ」
「あのドクツの懐刀の」
「あちらにいるあの方と」
「既にですか」
「この演説であることが発表される」
 宇垣は言う。
「わしとて考えがある。もっとも帝、そして伊藤首相と打ち合わせをしたうえだがな」
「ううむ、外相も中々ですな」
「やられますな」
「腹芸や小細工は苦手だ」
 少なくとも宇垣には向いていなかった。これは自他共に認めることである。
「しかしそれでもだ」
「果たすべきことは果たす」
「そうしないといけないのですね」
「そうだ。わしはそれを果たす」
 公僕としてだ。宇垣は言った。
「それだけのことだ」
「だからですか」
「ゲッペルス宣伝相とも会われ」
「そのうえで手を打たれたのですか」
「これでかなり違う筈だ。それにだ」
 尚且つだとだ。宇垣は周りにさらに言う。
「ドクツの後はガメリカだ」
「そしてそこで中帝国の大使とも会う」
「そうされるのですね」
「ガメリカとの緊張と中帝国との戦争も終わらせなければな」
 その為にだ。彼等とも会うというのだ。見ればだ。
 中帝国とガメリカの者達は並んで集っている。そのうえでだ。
 向かい側にいる日本帝国、、即ち宇垣達と向かい合っている。明らかな対峙だ。
 その睨み合う中心にハンナがいた。ハンナはだ。
 腕を組み不敵な顔で脚を組んで座りだ。宇垣を見ていた。無言だがプレッシャーはあった。
 そのハンナを見ながらだ。宇垣はまた周囲に述べた。
「ガメリカではあの女と会う」
「あちらの国務長官とですね」
「そうされますか」
「そうしたい。そういえばガメリカでは太平洋艦隊司令長官が交代するというが」
 宇垣はここでこの話もしたのだった。
「果たして誰だろうな」
「それはまだわかりませんが」
「しかし。ガメリカは太平洋艦隊を大幅に増強してきています」
「エイリスの艦隊に匹敵するまでです」
「かなりの規模になっています」
「やはり戦う気でしょうか」
「だろうな」
 宇垣もそう読んでいた。そのうえでだ。
 ガメリカ側を見てだ。また言うのだった。
「中帝国の後ろにいるのもガメリカだ」
「はい、義勇軍も送ってきていますし」
「そして中帝国に色々と援助をしています」
「関係があるのは明らかです」
「ソビエト以上に」
「ソビエト派は北京の戦いで壊滅したがな」
 東郷が指揮を務めた北京星域での戦いでだ。そうなったというのだ。
「だがそれでもだ」
「はい、それでもですね」
「中帝国の中のガメリカ派の力は強いです」
「実質的に同盟国となっています」
「今の様に」
 隣同士に座る。そこまでになっているというのだ。
 この両国の関係についてもだ。宇垣は言及してきた。
「ガメリカは移民の国、実に多くの移民がいる」
「特に宗主国だったエイリスからの移民が多いですね」
「もっともそれだけではありませんが」
「アフリカからの奴隷が解放されてもいる」
 宇垣はこのことも話した。
「そして提督にもなっている」
「そういえばあの国務長官もですね」
「顔立ちは白人ですが」
「肌は」
「そうだ。明らかに黒人の血が入っている」
 ハンナのそのこともだ。宇垣は指摘した。
「少なくとも人種の融和はかなり進んでいる」
「ガメリカのいい部分ではありますね」
「元は奴隷であっても提督にも大臣にもなれる」
「そのことは」
「確かにいいことだ。そしてだ」
 そのだ。移民達の中にだというのだ。
「中帝国から来た者達も多いのだ」
「そうですね。日本帝国からの移民よりも遥かにですね」
「中帝国からの移民は多いです」
「ガメリカの主要都市には全てチャイナタウンがあります」
「その発言力もかなりのものです」
「その縁もあってだ」  
 その移民達のこともあってだ。ガメリカと中帝国の関係はというのだ。
「あの両国は親密な関係にあるのだ」
「中帝国は我が国と戦う為に同盟国を探していますし」
「そしてガメリカはアジア市場を慾している」
「互いの利益も一致しているからこそ」
「我が国と」
「我々はただ生きたいだけなのだがな」
 宇垣の言葉はここでは残念そうなものになった。
「戦争はできるなら避けたいが」
「しかしそれがですか」
「それがどうなるのか」
「それが問題ですね」
「果たして」
「そうだ。あの両国に対する為にもだ」
 その為にだと。宇垣はまたレーティアを見た。そのうえで言うのだった。
「ドクツとはだ」
「親密にならなければなりませんね」
「孤立を避ける為にも」
「我が国は太平洋で孤立している」
 宇垣はこの事実も指摘した。
「米中、そしてエイリスに囲まれてだ」
「エイリスはこれといって動いていませんが」
 今の時点ではだ。
「しかしそれでもですね」
「我が国を危険視している様ですし」
「油断はできませんね」
「全く。大変な状況だ」
 宇垣の今度の言葉は憮然としたものだった。腕を組んだままでだ。
 そのうえでだ。こう言ったのである。
「どうにかして打開して生き残りたいものだな」
「はい、全くです」
「だからこそこうして飛ぶ鳥を落とす勢いのドクツが羨ましいですね」
「我々にとっては」
「そうだ。羨ましい」
 実際にそうだと言う宇垣だった。
「日本帝国は荒れ狂う大海の中の小舟だ」
「何時ひっくり返ってもおかしくはない」
「そうした状況ですね」
「生きねばならんのだがな」
 宇垣は真剣に日本帝国のことを憂いていた。そのうえでの言葉だった。
 そしてその宇垣が見ているレーティアはだ。はじめたのだった。
「諸君、聞こえているだろうか」
 まずはこの言葉からだった。
「私はドクツ第三帝国総統レーティア=アドルフだ」
 名乗った。そして。
「諸君等は覚えているだろうか。かつてのことを」
「我が国はあの第一次宇宙大戦に破れ全てを失った」
「その我々にエイリスとオフランスはハイエナの様に群がりさらに奪っていった」
「全てを失った我々からさらに容赦なく奪い取っていった」
 この言葉を聞いてだ。誰もがだ。
 そのエイリスとオフランスの者達を見た。特にドクツの者達は。
 敵意と憎悪に満ちた目で彼等を見ていた。その中でだ。
 レーティアはさらにだ。壇上で言ったのだった。
「そこには何の情けもなかった。我々を見下し侮り絶望だけを与えた」
「その我々にどの国も救いの手を差し伸べなかった」
 この言葉にだ。同情したのは日本、そしてイタリンだった。
 だがその他の国々の者達は反応を見せない。特にエイリスとオフランスの者達は。
 何も動かない。だがドクツの者達は違っていた。
 その時のことを思い出してだ。こう言うのだった。
「そうだ。どの国もだ」
「俺達を助けてくれなかった」
「そしてエイリスとオフランスの奴等はその俺達から」
「何の容赦もなく」
 こう言ってだ。彼等を見るのだった。そしてだ。
 レーティアはだ。さらに言うのだった。
「諸君は忘れていないだろう、その過去のドクツ」
 国民達にだ。訴えたのである。
「星のない夜、孤児達に満ちた町、踏み躙られた祖国」
「貧困の真っ只中、そして絶望の中死んでいく同胞達」
「そしてその中には」
 レーティアは言った。
「私の父、母、祖父に祖母」
 そしてだった。
「私の幼かった妹まで、全て奪われた!エイリスとオフランスの者達に全てを奪われ餓死していった!だが誰も私達を救おうとしなかった!だが!」
 それでもだと。レーティアは言った。続く言葉は。
「私は立ち上がった!このドクツの為に!」
 ドクツの国民達にだ。訴えたのだ。
「ドクツは甦った!力を取り戻した!そしてだ!」
 そして。次は。
「次に取り戻すものは誇りだ!腐った下らない者達、かつて我々の同胞達を殺した愚か者達を倒し我がドクツが世界の盟主となるのだ!」
 そうなるとだ。高らかに言ったのである。
「忘れるな!親愛なる国民達!」
「ここにもいる下らない者達を!だが我々は再び立ち上がったのだ!」
 演説はさらに続く。
「誇りを取り戻し勝利を手に入れる!私とドクツの国家、国民達が千年王国を築くのだ!」
「国家達、国民達!私を信じるのだ!私は君達を栄光の世界に導く!」
「ドクツは欧州の覇者となり世界の盟主となる!この私の手でだ!」
 こう言うとだ。ドクツの者達から割れんばかりの歓声と拍手が起こった。そして。
 彼等は皆熱狂的にだ。レーティアに叫んだ。
「ジークハイル!ジークハイル!」
「レーティア総統万歳!」
「ドクツに勝利を!」
「我が国に栄光を!」
 この歓声を受けてだ。そしてだった。
 レーティアはだ。さらに言ったのである。
「その我々に今頼りになる同盟国が生まれたのだ」
「そうだ」
 ここでだ。宇垣が笑みになった。
「それこそがだ」
「我々と同じファンシズムの国であり古くからの盟友であり栄光のローマ帝国の後継者であるイタリン共和王国だ」
 まずはこの国だった。そして。
「東洋の不敗の国、長い歴史を誇る神秘の国日本帝国、この二国が我々と手を結んでくれた」
「なっ、何!?」
「まさか」
「イタリンと日本がか」
「ドクツと手を結んだというのか!?」
 これにはだ。日本とイタリンの者達以外の全ての国の者達が驚いた。そしてだ。
 彼等は口々にだ。こう言うのだった。
「寝耳に水だ」
「何時の間にそんな話を進めていたのだ」
「まさか。ドクツに同盟国ができるとは」
「信じられん」
「こんなことがあるとは」
 しかしだ。これは確かだった。レーティアは言うのだった。
「今我々ははじめる!彼等と共に!」
 そのだ。イタリン、日本と共にだというのだ。
「世界の新秩序を築くことを!そしてゲルマン民族の生存圏の確立を!」
 そしてだった。
「世界の盟主となることを!今はじめる!」
「ジークハイル!ジークハイル!」
「レーティア=アドルフ総統万歳!」
「ドクツ第三帝国に栄光あれ!」
 ドクツの国民達は割れんばかりの拍手と歓声で小さな身体に大きい身振り手振りを入れて演説をするレーティアに応えた。レーティアは演説の天才でもあったのだ。
 その演説を聞いてだ。宇垣は唸る様に言った。
「見事だ。帝の次に」
「まずは帝ですか」
「外相にとっては」
「当然だ。わしは帝国臣民だ」
 だからだとだ。宇垣は周りに答える。
「だからこそだ」
「帝ですか」
「帝は代々素晴らしい方々だ」
 確信を以てだ。宇垣は断言した。
「確かにあのレーティア総統も素晴らしい方だがな」
「だが、ですよね」
「帝の次には」
「そうだ。あの総統は素晴らしい方だ」
 うっとりとさえしてだ。宇垣は言う。
「必ずや雄飛されるだろう」
「このドクツと共に」
「そうなられますか」
「日本帝国はドクツと共に生きるのだ」
 宇垣はこうも言った。
「では。今回の同盟締結は成功に終わったとだ」
「はい、帝にですね」
「お伝えしましょう」
「そうしてくれ。ではわしはだ」
「はい、ドクツからイタリンに」
「そしてガメリカにですね」
 外交官達は宇垣に問うた。彼の仕事はドクツでだけではなかったのだ。
 それでだ宇垣は真剣な顔に戻ってだ。静かに言った。
「ドクツとの同盟でアメリカも我が国をより意識するようになる筈だ」
「孤立している今よりは」
「そうなることは間違いありませんね」
「これで戦争が避けられるなら御の字だ」
 宇垣は己の希望も口にした。
「あの国務長官も考えをあらためればな」
「そうですね。いいのですが」
「強硬路線ではなく」
「共和党はいいのだが」
 宇垣はガメリカの政党のことも口にした。ガメリカは議会制民主主義なので政党というものが存在する。彼が今言うのはガメリカの二大政党のうちの一つについてである。
「今の民主党はな」
「そうですね。中帝国寄りで日本を敵視する傾向にあります」
「特に今は」
「前の大統領は日本を刺激しなかったのですが」
「今の大統領は違いますね」
「元々家自体が中帝国と縁が深いからな」
 今のガメリカ大統領の家、それ自体がだというのだ。
「そしてそのうえだ」
「民主党には中帝国からの移民の支持者も多いです」
「それもありますから」
「だからだ。どうしてもな」
「しかも四大財閥が全て日本を敵視する様になっています」
「悪いことに」
「全くだ。何とかしたいものだ」
 宇垣はその眼鏡の奥の目を深刻なものにさせて述べた。
「まことにな」
「そうですね。本当に」
「今の苦境を」
 彼等は日本のことを心から考えていた。その為に今ドクツと手を結んだのである。
 そしてその日本帝国の面々を見ながらだ。レーティアが演説するその横に席を用意されているドイツはだ。こうプロイセンに囁いたのだった。
「俺達は知っていたがな」
「ああ、同盟のことだな」
「随分と思い切ったことをされる」
「けれどこれで孤立はなくなったぜ」
 プロイセンはこのことを素直に喜んでいた。
「俺も日本との同盟は驚いたがな」
「そうか。相棒もか」
「ああ。けれどそれでもな」
「ドクツは雄飛する」
 ドイツもだ。このことを今は確信できた。そのうえでの言葉だった。
「あの方と共にな」
「まさにあの方は俺達の救世主だな」
 プロイセンはシニカルなもののない笑みでだ。レーティアを見ていた。
「やれるぜ。世界の新秩序の建築はな」
「うむ、間違いない」
 こう言い合いだ。二人もレーティアを見ていた。まさにだ。レーティアはドクツそのものになっていた。ドクツはその彼女と共に大きく動いていることは間違いなかった。


TURN8   完


                         2012・3・7



今回はドクツのお話だな。
美姫 「遂に天才レーティアの登場ね」
ああ。日本帝国は同盟を結んだな。
美姫 「以外にも宇垣がちゃんと仕事をしてたわね。もっと熱狂するかと思ったけれど」
確かに、ちょっと思ってたが。
さて、次回はどうなるのかな。
美姫 「再び中帝国との話に戻るのかしら」
次回も待ってます。



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