『舞台神聖祝典劇』
第三幕 聖杯の奇蹟
グルネマンツはあの森にいた。今は城を離れ半ば隠者となっていた。彼は簡素な小屋を後ろに今は隠者の服を着てそのうえで静かに森の中の切り株の上に腰掛けている。今は朝である。
その朝にだ。彼は声を聞いたのであった。
「獣か。違うな」
それはすぐにわかったのだった。
「この森の獣はあれだけ悲しい嘆き声を出さない。では一体。それに」
声が次第に近付いてくるのがわかった。
「聞き覚えがあるな。あれは」
そして来たのだった。クンドリーだった。またあの粗野な姿でふらふらとグルネマンツのところに来てだ。そのうえで言ってきたのである。
「戻って来たのだな」
「ようやくここに」
「長い間見ていなかったが」
「そうでしたね」
「私は見てはいなかった」
そうだというのだ。
「随分とな」
「あらゆる場所を彷徨い、そして」
「そして?」
「冬の中の荒れ果てた茨の陰に身を覆われ」
「彷徨ってきたのか」
「そう」
まさしくそうなのだった。
「そしてようやくここに」
「今は春だ」
グルネマンツは穏やかな声で彼女に告げた。
「もう冬ではない」
「はい、確かに」
「そして戻って来たのか」
「それでなのですが」
「それで?」
「城は」
クンドリーはこのことを尋ねてきた。
「どうなりました?」
「少なくともだ」
ここで首を無念そうに横に振ってみせて言うのだった。
「もうそなたが骨を折ることはない」
「ないのですか」
「騎士達は戻った」
グルネマンツはまずそのことを話した。
「クリングゾルの城に彷徨い込んでいたあの者達はだ」
「左様ですか」
「あの男は滅んだのだな」
「はい」
これはクンドリーも知っていることだった。
「それはもう」
「しかしだ」
「しかし?」
「もうそなたが動くこともないのだ」
「そうなのですか」
「そうだ。だからわしもここにいる」
こう話すのだった。
「我等はこのまま静かに倒れていくのだ」
「倒れていくのですか」
「わしもまた。だからいい」
「左様ですか」
「ところでだ」
ここでグルネマンツは話を一旦置いた。そうしてだ。
「聞きたいことがある」
「今度は一体」
「来たのはそなただけか?」
「私だけとは?」
「もう一人連れて来たのか?」
それを問うてきたのである。
「まさかとは思うが」
「いえ、私だけです」
「そもそもこの城に近付けるのは騎士達や小姓達、そしてそなただけだ」
こう言うのだった。
「しかもあの姿は」
黒い鎧兜にマントの騎士だった。顔は面で見えない。左手にもやはり黒の楯があり右手には槍がある。その騎士がやって来たのである。
その彼を見てだ。グルネマンツはまずは考える目になってからだ。そのうえで彼に声をかけるのだった。
「ようこそ」
その彼への言葉だった。
「道にお迷いなら教えてられるが」
だが彼は首を穏やかに横に振るだけであった。
「違うというのか」
それには首を縦に振る彼だった。
「そうか。それではだ」
彼に対してさらに言うのであった。
「わしに御挨拶は控えられるのか」
その問いにも首を縦に振るのだった。
「左様か。しかしだ」
グルネマンツはさらに彼に話す。
「わしはそうはいかん。貴殿が来られた場所は聖地」
まさにそれだというのだ。
「ここにはその御姿で入られる場所ではない故」
こう話してであった。
「しかも今日がどうした日かはご存じないのか」
また首を横に振るその騎士だった。
「左様か。では何処から来られた?」
それにも答えなかった。首を横に振るだけの騎士だった。
「わからないか。しかしだ」
だがここでグルネマンツは話した。
「今日は聖金曜日。そして」
そのことを話してそうしてだった。
「ここでは武具は外してもらいたい。主を傷つけない為に」
だからだというのである。
「如何なる武具ももたずその神聖な血を罪深い世の罪を購う為に流されたのだから」
この言葉を受けるとだった。騎士はまずは槍を置いた。ただ立たせただけであったが槍はその場所に完全に立った。そして楯を置き兜を外す。するとそこから出て来たのは。
「何と、貴方は」
「お久し振りです」
パルジファルであった。彼は微笑んでグルネマンツにはじめて挨拶をしてきた。
「貴方とはかなり以前に御会いしましたね」
「まさか・・・・・・」
「はい、私です」
微笑んだままでまた述べたのだった。
「再びここに来ました」
「かつて私が出した貴方が」
グルネマンツは驚きクンドリーは見ている。その中での言葉だった。
そうしてだ。グルネマンツは驚きながらさらに言うのであった。
「どんな道を辿ってここに。それにこの槍も」
「おわかりですね」
「ええ」
槍を見ているうちにだ。彼は次第に恍惚となっていた。
「その通りです」
「迷いと悩みの様々な道を歩いてきました」
ここでまた話すパルジファルだった。
「そこであらゆる悲しみと死、そして喜びと生を見てきました」
「左様でしたか」
「この森のそよぎを再び耳にしまた貴方に会えました。しかし」
「しかし?」
「ここは何か変わったのですか?」
それを問うのだった。
「何か」
「その前にですが」
「はい」
「誰を訪ねる道だったのでしょうか」
グルネマンツが今度問うのはこのことだった。
「それは」
「あの方です」
パルジファルは遠くのものを見る目で述べた。
「あの方の深い嘆きをかつての私は愚かにもただ聞くばかりでした」
「はい、あの時は」
「しかし私はあの方に救いをもたらすべき者だと思う次第なのです」
「そしてここに」
「その為に多くの道を巡ってきたのでしょう」
そしてこの城に戻るまでの道についても言うのだった。
「遠い島国に入ったこともあればあの温かい永遠の都に入ったこともあります」
「あの都にですか」
「そして夜の世界を愛する騎士も見ました」
彼が見てきたのは実に多くのものだったのだ。
「それに」
「それに?」
「神々の黄昏も。白鳥の騎士も愛の女神もです」
話に熱はない。だが確かな言葉で話していくのだった。
「恋人を歌により得た若者も愛により救われた彷徨い人も」
「全てをですね」
「見てきました」
まさにそうだという。
「それに」
「それに?」
「数知れない苦しみや戦いも争いも見ました。私はその中で」
槍を見た。その聖なる槍をだ。
「この宝を守ってきました。戦いには使わずに」
「そうされてきたのですね」
「槍は汚されませんでした。そして」
若者はさらに話した。
「今ここに聖杯グラールに添うべき聖槍ロンギヌスは戻りました」
「これこそ神の奇跡であり恵みです」
グルネマンツはここまで聞いて恍惚となった。クンドリーもその隣にいる。
「貴方が槍と共に戻られたそのことがです」
「奇跡ですか」
「そして幸せでもあります」
そうでもあるというのだ。
「ここはその聖杯の聖地です」
「はい」
「そして騎士達が貴方を待っています」
このことも話すのだった。
「貴方がもたらす救いが必要なのです」
「それがだというのですね」
「貴方が前に来られたあの日から」
彼はさらに話した。
「王はその傷と魂の悩みにあがらわれるうちに」
「悲しまれてきたのですね」
「貴方と同じく」
まさにそうだというのだ。
「その中で死を望まれるようになりました」
「遂になのですね」
「そう、遂にです」
そうなったというのだ。
「騎士達の言葉もその姿も王の苦しみを止められず」
「あの聖なる務めもですか」
「できなくなりました」
今のモンサルヴァートのことも話すのだった。
「聖杯は納められたままです。守護者は聖杯を仰ぎ見る限りは死にません」
「はい、それは」
「ですから見ることを止められてそのまま死を迎えようとされているのです。
「何ということか」
「我々もです」
そしてグルネマンツ達もなのだった。
「その中で弱り衰え聖戦も絶えています。ただこうして城や森の中にその身をうなだれさせております。先王もまた」
「ティートゥレル王もですね」
「はい、あの方はもう」
グルネマンツの語るその顔が殊更悲しげなものになった。
「やはり人です。我々もまた」
「私があの時気付いていれば」
パルジファルはそれを聞いて深く嘆いた。
「この様なことにはならなかったというのに」
「しかしそれは」
「愚かだった」
その嘆きは続く。
「何も知らなかったことは罪だったのか」
「いえ、そうではありません」
だがグルネマンツはここで彼に告げた。
「それはです」
「違うと」
「全ては主のお導きなのです」
「あの尊い主の」
「左様です。ですから」
そう話している間にだ。クンドリーは水を入れた鉢を持って来ていた。そしてそれをパルジファルにかけようとする。しかしであった。
グルネマンツがそれを止めた。そのうえでの言葉であった。
「待て」
「何故?」
「そうするのではない」
彼女に穏やかに話すのだった。
「神聖な泉そのものがこの方にだ」
「この方に?」
「水を受けさせて回復させるということだ」
こう語るのである。
「だからだ」
「それで私は」
「それにだ」
グルネマンツはさらに話す。
「今日のうちにもこの方が何かを果たすのではと思うのだ」
「何かをですか」
「その神聖な務めを」
また言う彼だった。
「それで今少しの汚れも起こらないように」
「どうされるおですか?」
「長い迷いの旅路の塵を洗い落として差し上げようと思う」
「わかりました。それでは」
「ではこちらへ」
グルネマンツは彼をある場所に導いた。そこは泉だった。
その泉のほとりに来ると二人で彼のその鎧を外していく。そうしてその黒い騎士の装束の姿を見た。そのうえでだった。
パルジファルは自分から話してきた。
「それでなのですが」
「はい」
「今日のうちに王のところに案内して頂けるでしょうか」
こう言ってきたのである。
「それは駄目でしょうか」
「いえ、無論です」
グルネマンツはそれは言うまでもないと答えた。
「是非共。それは」
「そう言って頂けますか」
「それにです」
「それに?」
「今日はその先王の葬儀の日なのです」
このこともパルジファルに話した。
「そしてその今日に」
「王が聖杯をですね」
「その通りです。御子息の罪故に倒れられた先王の為にも」
出すと話すのである。
「尊い御身を清める為に王は務めを通じて罪をあがらわれるというのです」
「では今から」
クンドリーはその間に彼を清めていた。服の上からであってもだ。またグルネマンツは彼女が水を汲みに行くその間に彼の身体を清め服を替えていた。何時しか彼は騎士の白銀の見事な礼装になりそしてマントも羽織っていた。その姿になっていく中でクンドリーに声をかけるのであった。
「御前は私を清めてくれた」
「はい」
「今度はだ」
その厳かな言葉で語っていく。
「旧知の懐かしい手で頭を潤してもらいたい」
「それでは」
グルネマンツが出て来てだ。片手で泉の水をすくいパルジファルの頭にかけた。そうしてそのうえで彼に告げるのであった。
「清らかな人が純らかな水で祝福されるように」
「有り難き言葉」
「あらゆる罪の憂慮の思いがこうして御身から消え去る様に」
「これを」
クンドリーは聖油を取り出してそれをパルジファルの身体にかけていく。忽ちのうちに彼のその身体をかぐわしい香りが包んでいく。
「貴方はです」
「私は」
「あの方を救われてです」
グルネマンツは彼にこのことを話すのだった。
「そしてです」
「私はそれで終わりではないと」
「そうです。それからなのです」
今語るのはこのことだった。
「王の悩みを救われ」
「そうして」
「その最後の重荷をどうかお外し下さい」
「あの方が望まれるのなら」
一も二もないといった返答だった。
「喜んで」
「そうして頂けますね」
「是非共。そして」
「そしてですか」
「参りましょう」
こう彼に告げるのであった。
「その聖なる場所へ」
「わかりました。それでは」
そしてであった。パルジファルは周りを見回してだ。また言うのであった。
「それにしてもです」
「何か?」
「今日は野原が何と美しく見えるのか」
周りを見回しての言葉だった。その朝の光に輝く森や草地、そして泉をだ。そうしたものを見回しながらそのうえで恍惚として語ったのである。
「前に私は不思議な花の群れに出会った」
「花のですか」
「その美しさを見た」
こう語るのだった。
「しかしこれ程まで和やかで優しい草や花の数々は見たことがない」
「一度もですね」
「旅の中でもなかった」
まさにそうだというのだ。
「全てのものがこれ程無邪気に好意ふかしく香っていたこともなければ」
「そしてですね」
「これだけ可愛らしく親しげに語り掛けてきたことはない」
これが彼の言葉であった。
「今までは」
「これこそがです」
グルネマンツはその彼に対してまた語った。
「聖金曜日の霊験なのです」
「その日が」
パルジファルは彼の言葉を聞いてまた語った。
「この上ない苦痛の日故の霊験かと思うと」
「どうなるというのでしょうか」
「心が痛む」
そうだというのである。
「今日という日はおよそ咲きいでるものが」
「はい」
「息を吸い命を持つ全てのものが」
さらに話していく。
「ひとえに嘆き悲しんで泣く日に思える」
「それは違います」
だがグルネマンツはそれは否定した。
「罪深い者達の悔悟の涙がです」
「それがなのですね」
「そうです、それがです」
その言葉が続けられていく。
「野原を潤しこの様に草木を茂らせ」
「それによってですね」
「その通りです。今こそあらゆる生あるものは」
パルジファルに対して恍惚として語る。
「主の恩恵の証に出会うことを心楽しく待ちながら祈りを捧げようとしています」
「それが今日の日だと」
「そうです、今日です」
さらに話すのであった。
「彼等は十字架の上の主のお姿をそのまま拝することはできません」
「それは」
「そうです、それはできません」
こう彼に語る。
「しかしです」
それでもであった。彼にさらに話すのだった。
「救いを受けた者を仰ぎ見ることになりますがそれは」
「それは」
「主から救われた者とは罪の重荷や恐怖の境地から脱した者のことです。そして神の愛の犠牲によって純潔または幸福な思いのする者です」
その言葉がさらに続く。
「野の草や花も」
さらに言葉を続けていくのだった。
「今日は人の足元に踏みにじられないことに気付いていますし」
「それもまた」
「左様です。それに」
言葉を続けていく。まだであった。
「神が気高い労苦によって人を哀れみ人の為に悩まれた様に」
「それ故に」
「今日は人もその恩愛の心で踏む足も穏やかに草花を労わるのです。こういうことをまたあらゆる生き物が有り難く思うわけであり」
パルジファルは彼を見てその言葉を聞き続けている。
「その辺りに咲いていてです。枯れていくものも皆感謝の思いを持っていますがそれも罪を清められた自然全てが今日こそ無垢無罪の日を迎えるからです」
クンドリーはグルネマンツのその話の間恍惚としてパルジファルを見ている。そして真剣かつ平静な顔で目に涙をたたえながらであった。
そのパルジファルがだ。語るのだった。
「かつて私に微笑みかけてきた花達も全てしおれてしまった」
「花達が」
「あの花達も今日は救いに憧れているのではないだろうか」
クリングゾルの城のあの花達のことである。
「今は」
「そうだというのですね」
「クンドリー、そなたの涙も」
今度はクンドリーに顔を向けての言葉だった。
「祝福の露になった」
「私の涙が」
「そう、それが」
こう語るのであった。
「見るのだ。野は微笑んでいる」
「そういえば」
「わかるな」
「はい」
その周りを見たクンドリーへの言葉だった。
「それが」
「よく」
「そういうことだ。全てが清められるべきなのだ」
そしてだった。遠くから鐘の音が聴こえてきた。グルネマンツはそれを聴いてまた言った。
「午だ」
「午になったのか」
「そうです。ですから」
「行くというのだな」
「そうです。それでは」
こうしてパルジファルとクンドリーを導いていく。そうしてだった。空間がそのまま時間になりだった。彼等はそのまま宮殿の中に入っていた。あの広間にだ。そうしてそこにあの時と同じまま王がいて騎士達や小姓達もいる。そのうえで聖杯の箱もある。だがそれだけではなくだ。棺もあった。
その棺が誰のものかは言うまでもなかった。騎士達はその中央に置かれた棺も見てそのうえで悲しい声で語っていくのであった。
「厨子の守れる聖杯を」
「聖き務めに待ちきたりしが」
「暗き棺が守るのは誰の為か」
「悲しく担われるのは誰の身か」
こう語っていくのだった。
「悲しき棺は勇士を守り」
「即ち聖なる力を守る」
「かつて神への奉仕に尽くせり」
「先王を導かれる」
その言葉が続く。
「神に守られ神を守りし」
「先王を倒したのは誰か」
「老いの重荷に敗れたる死ぞ」
「聖杯を仰ぐことを阻まれし身に」
「聖杯の恵みを仰ぐのは」
「先王に拒まれるのは何者ぞ」
こう話されていく。
「それは御身等の伴いきたれる者」
「罪深い守護者」
「今一度これを限りに務めを果たさんことを」
「守護者自ら望めば」
「この度を限りに」
「今こそ」
そうしてであった。さらに話すのであった。
「悲しむべき聖杯の守護者」
「我等はこれを最後に貴方に務めを促す」
「今を最後に」
「これを限りに」
「そうだ」
王は身体を起こし弱々しい声で語る。その声は以前より弱いものだった。
「悲しくも辛いこの身の上に禍いあれ」
こう言ってであった。
「できればそなた等の手で死なせてもらいたい。死こそが私の罪深さに対する最も寛容な務めだ」
そして棺を見てでだった。
「父上も私の為に。勇士の中でも一際気高く祝福された勇士」
それが彼だというのだ。
「かつては天使達からも敬意を表された純潔至極な父上」
その悲しい言葉が続く。
「ひとえに死を願った私が何と御身を死なせたとは。今は神々しい輝きに包まれて親しく主を仰ぎられた父上よ、今一度主の祝福が騎士達を蘇らせるものならば何とぞ主の聖なる血潮にとって皆があらたな命を恵まれるように」
「王よ、それは是非」
「御願いします」
「最後に」
「父上よ、御冥福を」
まだ父王に対しては言う。深い嘆きの顔で。
「そして私は今日を限りに」
「その様なことは仰らずに」
「それは何とぞ」
「わかっているが。だが」
しかしなのだった。
「私はそれでも。死こそがこの心臓を蝕む毒を癒してくれるもの。父上」
また父の棺を見ての言葉になっていた。
「何卒主に我が息子に安らぎを与え給えとお伝え下さい」
「では箱を」
「そしてお務めを」
また言う騎士達だった。
「どうかここは」
「御願いします」
「わかっている。だが」
王は小姓達が出してきたそれを開こうとする。しかしであった。
途中で手を止めてだ。そのうえでの言葉だった。
「駄目だ。最早私には」
「王よ、しかし」
「それはです」
「だが私は」
それでも言う彼だった。
「もうこれを開いて生きることは」
「できないと言われるのですか」
「それは」
「最早私にはできはしない」
項垂れた顔で語った。
「できれば私には死を。今すぐその癒しを」
「しかしです。それは」
「我等には」
「頼むのだ」
こう言うばかりになっていた。
「そして他の者がだ。聖杯を」
「いや」
しかしであった。ここでパルジファルが出て来たのであった。そのうえで王の前にやって来た。その右手にはあの槍がある。グルネマンツとクンドリーは騎士達の中にいる。
「それには及ばない」
「貴殿は」
「私は遂に辿り着くことができたのだ」
その槍を静かに携えての言葉であった。
「貴方の御前に」
「私の」
「だからこそこれを」
その槍を王の傷口である脇腹に当てた。するとであった。
それであの赤かった傷口が消えていった。忽ちのうちにだ。そして王の顔にも生気が宿った。
「おお・・・・・・」
「そして」
右手の槍を王の傷口から離しそのうえでの言葉であった。
「幸あれ」
「幸が」
「そう、貴方に」
こう王に告げたのである。
「罪を贖われ清められよ」
「そして」
「お務めは私が代わりその憂いも悩みも私が背負おう」
「我が憂いも悩みも」
「共悩の最高の力と至純な知の力が何も知らないこの愚か者にその憂いを共にさせてくれたのです」
こう言い終えると彼は部屋の中央に来た。そのうえで周りの騎士達に告げたのである。
「今この槍を」
「おお・・・・・・」
「その槍こそは」
「そう、今この聖槍を貴方達のところへ持ち帰ったのだ」
己が高々と掲げるその槍を見ていた。それは全ての者がであった。
「今ここに。傷口を塞いだこの槍から再び聖なる血潮が滴り落ちてきている。今奇跡が起こったのだ」
「そうだ、奇跡だ」
「奇跡が再び」
誰もがそれを言う。そして彼は自ら聖杯に近付いく。すると箱は自ら開き聖杯が出て来た。それを手に取り高々と掲げる。神々しい光が全てを照らすのだった。
「聖杯は光を放つべきもの。全てを救う為に」
「聖杯のこの上ない救いの奇跡を」
「今こそ救いを」
「全てに対して」
騎士達もそれに唱和する。クンドリーは静かにパルジファルと聖杯の前に出てそのまま見上げたまま倒れ事切れた。その顔には満ち足りた笑みがあった。
アムフォルタス王とグルネマンツは彼女の亡骸を運ばせるとパルジファルの前に跪いた。騎士達も小姓達も彼を囲んで二人に続く。聖杯の光が彼等を照らし続けていた。
舞台神聖祝典劇 パルジファル 完
2010・3・2
無事に呪いも解けたか。
美姫 「みたいね。予言の通りになったという事ね」
まあ、少し悲しい事もあったけれどな。
美姫 「それでも解放されたみたいだしね」
だな。投稿ありがとうございます。
美姫 「ありがとうございます」