『舞台神聖祝典劇』
第二幕 目覚め
魔法の城は淫靡な趣さえあった。
色は暗灰色だがその中に紅い花が咲き誇り紅や緑の透き通る服を着たニンフの如き娘達が艶やかに舞っている。騎士達がその中で堕落した顔をしている。城の主クリングゾルはアラビアの服を着て黒く濃い髭を生やした大柄な男であった。彼は己の玉座に座したままで周りに控える騎士や美女達に言うのだった。
どの者達も目は虚ろだ。その虚ろな目で彼の言葉を聞いていた。
「時が来た」
「はい、時が」
「今こそ」
「そうだ。来たのだ」
こう周りに語るその声は重厚だが妙な高さがある。それこそが彼の声だった。
「この城はあの愚か者を引き寄せたのだ」
「愚か者といいますと」
「またモンサルヴァートの騎士が一人」
「違う」
ところがであった。ここで彼は言うのだった。
「あの者達とはまた違う」
「といいますと」
「それは」
「子供の如き歓声をあげこの城に近付いて来る」
まさに遠くを見る目であった。
「そしてクンドリーだが」
「あの女もですか」
「今は俺の魔法で眠らせている」
そうしているというのだ。
「だがすぐに起き上がらせられる。その時こそだ」
ここで右手を前に出して掲げてみせた。するとであった。
それだけで何かが起こったのだった。
「出るのだ」
彼は言った。
「そしてここまで来るのだ」
「あの女が」
「ここに」
「そうだ。来るのだ」
こう言うのである。
「名無しの御前を主が呼んでいる」
そしてさらに告げるものは。
「御前はかつてヘローディアスといいかつてはグンドリュッギア、そして今はクンドリーといったな」
そうした名前を出していくのであった。
「御主人様が御呼びだ。出て来るのだ」
そう呼ぶとであった。今遂に来たのであった。
クンドリーは部屋の中に蜃気楼の如く現れた。そのうえで言うのであった。
「私を呼んだのか」
「そうだ」
まさにそうだと答えるクリングゾルだった。
「俺が御前を呼んだのは」
「それは何故」
「理由は一つしかない」
こう返しもした。
「御前が俺の奴隷だからだ」
「私はそうなった覚えはない」
「またあの城に行っていたのか」
ここで忌まわしげな顔になるクリングゾルだった。
「モンサルヴァートに」
「あの城が私の本来の居場所」
「あの場所が何だというのだ」
声もまた忌まわしげなものだった。
「あの様な白がだ」
「あの城にやがて現れる」
クンドリーは空虚な声で彼に返す。
「私をこの永遠の苦しみから解き放ってくれる清らかな愚か者」
「またそいつなのか」
「彼を求めて」
だからだというのである。
「私は」
「あの城の者達は何も知らない」
クリングゾルの今の言葉には嫉妬もあった。
「その様な者達が何だというのだ。
「私の呪い。憧れ」
「あの城の無知な騎士達に憧れるのか」
「私は何時か救われる」
ここでは話が噛み合っていなかった。しかしそれでもお互いに話すのであった。
「だからこそ」
「好きにしろ。それではだ」
「それでは」
「あの者達は御前に何の見返りも出さない」
そもそもそうした発想が彼等にはなかった。
「だが俺は違う」
「違う」
「そうだ、違う」
まさにそうだというのである。
「俺は違う。御前に褒美をちゃんとやる」
「そんなものはいらない」
「御前はかつて俺に槍を授けてくれた」
このことを笑いながら話すのだった。
「それに見返りをやったな。多くの黄金を」
「私にとって黄金は何の意味もないもの」
「黄金はこの世を動かすものだ」
だが彼はこう言うのだった。
「それは覚えておけ」
「そして今度は何を」
「また言う」
今はあえて言わないのだった。
「それではだ」
「その時は」
「動かしてやる」
これが彼の言葉であった。
「わかったな」
「私はもうそれは」
「御前は以前聖者になろうとした」
クリングゾルはその時のことも話しだした。
「だがそれはどうなった」
「それは」
「御前は恐ろしく苦しい立場の中にある」
今度はこんなことも言うのだった。
「抑えきれない憧れの苦しみや凄まじい衝動の地獄の欲望や」
「それは」
「そういったものの中にある」
それが彼女だというのである。
「御前はその中に必死に抑え込んでいるがだ」
「私はそれでも」
「嘲笑や軽蔑は御前はかなり受けてきたな」
「・・・・・・・・・」
「沈黙が何よりの証だ」
クンドリーが黙ったのを見てさらに言ってみせたのである。
「嘲笑や軽蔑はあの男が受けた。あの王がだ」
「あの王が」
「頭の高いあの男から槍を奪った。奴等はやがてそのまま朽ちる」
モンサルヴァートで何が起こっているのかはもうわかっていたのだ。
「そしてやがて聖杯も俺のものとなるのだ」
「私はもう疲れた」
クンドリーの声が相変わらず虚ろなものであった。
「誰もが弱い。そして私も」
「弱ければどうだというのだ?」
「疲れて動けなくなってしまって」
その虚ろな言葉を続けていく。
「眠ってしまいたい。それが永遠の救いになれば」
「御前に抵抗できる者ならばそれもできよう」
クリングゾルは嘲りを込めて彼女に告げた。
「しかしだ」
「しかし」
「今ここに来る若造でそれを試してみるか」
「あの若者とは」
「見ている筈だ、あの忌々しい場所で」
モンサルヴァートの森のことすら話に出そうとしない。
「御前もまた」
「あの若者が。何も知らない若者が」
「来たな」
クリングゾルは玉座にいながら全てを見ていた。
「遂にか。来たな」
「来た、遂に」
「そうだ、来たのだ」
それを見ながらクンドリーに語ってみせる。
「あの若造が」
「私は今度は一体」
「よし、それではだ」
クリングゾルは早速動いた。
周りの騎士達を見回してだ。そのうえで告げたのだ。
「いいな」
「はい」
「わかりました」
彼等は黒い鎧に灰色のマントであった。外見はモンサルヴァートの騎士達と完全に正反対であった。その彼等がクリングゾルの言葉に応えたのだ。
「それでは」
「今からその若者を」
そして告げる言葉は。
「倒すのだ。いいな」
「はい、それでは」
「今より」
こうして彼等は出陣した。そのうえで城門にいる若者に剣を抜いて向かうのだった。
若者は何故自分が今この城の前にいるのかわからなかった。それでまずは呆然としていた。
「どうしてここに?」
「待て、そこの若者よ」
「何の用だ」
まずは門番の騎士達が彼に問う。
「何故ここに来た」
「言うのだ」
「僕はただここに来た」
こうその暗灰色の壁の前で言うのだった。
「ただそれだけだ」
「それだけだというのか」
「貴様は」
「そう」
こう朧に答えた。
「それだけだ」
「では聞こう」
「この城に入るつもりか」
「入らなければならない気がする」
これも自分ではわかっていなかった。しかしこう言うのであった。
「何があろうとも」
「そうか、それではだ」
「我等はここを通さん」
「クリングゾル様のこの楽園は」
「楽園。そうなのか」
若者はそれを聞いてもやはりわかっていない返答であった。
「ここが」
「入るのか」
「それではだ」
騎士達は彼に剣を向ける。しかし若者もまた剣を抜きだ。彼等を瞬く間に退けてしまったのであった。
「何っ、この男」
「強い!?」
「しかもかなり」
攻撃を受けてからの言葉だった。
「これは何があってもだ」
「通すわけにはいかない」
「待て」
「そこにいたのかっ」
ここで城の中から他の騎士達も現われた。そうしてだった。
それぞれ剣を抜いて若者に襲い掛かる。だが若者はあまりにも強く彼等は退けられるばかりだ。気付けば騎士達は全て傷を負ってしまっていた。
「くっ、何という」
「これは」
「中に入れば」
ここでまた言う若者だった。騎士達は城の中に退いていく。
彼はそれを追うように城の中に入った。するとそこは様々な熱帯植物が豊かにあり紅や緑の花々が極彩色の世界を作っている。そうした場所だった。
アラビアのそれを思わせる城であった。その城の中でだ。彼は呆然とその城の中を見回していた。するとその不思議な園に出て来たのは。
「門から誰か来たわ」
「やけに騒がしかったけれど」
「私のいとしい人達を傷つけたのは」
「貴方だというのね」
その紅や緑の透き通る服の女達が出て来たのであった。そのうえで彼の周りに集まってきて言うのであった。
「貴方が私達のいとしい人を傷つけた」
「その貴方は一体」
「誰だというの?」
「僕は」
若者は彼女達にも要領を得ない返答で返したのだった。
「何なのだ」
「貴方自分がわからないの?」
「若しかして」
「僕は何だ」
やはりこうした返答であった。
「何だというのだ?」
「呆れた。自分で自分がわからないなんて」
「馬鹿じゃないかしら」
「全く」
女達はその彼を取り囲みながらそれぞれ呆れた顔で言った。
「自分のことは自分が一番わかっているのではなくて?」
「それでわからないなんて」
「筋が通らないわよ」
「僕は」
また言う彼であった。
「何なのだ?」
「何なのかじゃなくて」
「貴方は何なの?」42
「私達にとって」
「何なのとはどういうことなんだ?」
若者には全くわからない話だった。
「それは」
「貴方わからないの?」
「そういうことが」
「何もかも」
「わからない」
実際に何もわからなかった。
「僕には何も」
「駄目だわ、これででは」
「そうね。この人何もわからない」
「愚か者ね」
「完全にね」
「僕は愚か者」
そう言われてあることを思い出したのだった。
「あの城でも言われた」
「ねえ貴方」
「そもそも誰なの?」
「一体誰なの?」
「わからない」
ここでも同じ返答だった。
「僕は誰なんだ」
「よくこんな人がこの中に入ってこられたわね」
「幾ら何でも何もわからない人が」
「全く」
女達もこう言うしかなかった。
「そもそも誰なのか」
「それさえもわからない」
「それにしても」
しかしここで彼はふと言った。
「はじめてだ」
「はじめてって?」
「何が?」
「どういうことなの?」
「こんなことははじめてだ」
こう言うのである。
「こんな奇麗な連中を見たことは」
「私達みたいね」
「そうね」
「それはわかるわ」
彼等もわかることではあった。
「まあ私達はね」
「こうしてクリングゾル様にお仕えして」
「楽しむのが仕事だからね」
「そうよね」
「それでだけれど」
ここで女達は若者に対して問うた。
「貴方は別に私達をやっつけに来たのじゃないのね」
「それは違うのね」
「そうなのね」
「僕はもう勝手に何かを斬ったり射たりはしない」
グルネマンツの言葉を愚直に聞いてのことなのだ。
「それはもう」
「それならいいけれど」
「それなら一体」
「何をするの?」
「僕は君達にとって何なんだ?」
これはわからなくて当然だった。
「一体」
「だからこちらが聞きたいけれど」
「そうよ。何なの?」
「貴方は誰なの?」
「わからない」
また同じ返答だった」
「僕は誰なんだ」
「何もわからないのね、相変わらず」
「けれどこの子って」
「そうよね」
ここで彼女達も気付いたのであった。
「顔は奇麗で」
「背も高いし身体もしっかりしてるし」
「いい顔してるわよね」
「そうよね」
「好みよ」
こう言ってまた近付く彼女達だった。そうしてだった。
「ねえ」
「いいかしら」
「ちょっとね」
「ちょっとって?」
若者は戸惑いながら女達に応えたのだった。
「何があるっていうの?」
「何かがあるから尋ねるのよ」
「いいかしら、それで」
「こっちに来て」
「遊びましょう」
「遊ぶ」
そう言われてもであった。きょとんとするだけの彼であった。
そのうえでだ。また呆けた顔になって彼女達に問うのであった。
「遊ぶって何を」
「遊ぶことも知らないの?」
「まさかそうしたことも」
「何一つとして」
「香りがする」
若者にもこれはわかった。
「君達からもいい香りがする。これは」
「そうよ。私達の香りよ」
「それなのよ」
「それはわかるのね」
「わかる」
それはだと返すのであった。
「けれど僕は」
「まあそれならいいわ」
「わかったのならね」
「さて」
それを聞いてまた話す女達であった。若者の周りで賑やかに踊ってさえいる。そうしながらさらに話をしていくのであった。
「いいかしら」
「遊ぶことを知らないのなら教えてあげるわ」
「私達がね」
「教える」
その言葉もわからなかった。
「何を教えてくれるんだ、いや」
「いや?」
「何なの?」
「教えるって何なんだ?」
それもわからないのであった。
「何を教わればいいんだ、僕は」
「だからね。それはね」
「つまりはね」
「聞いて覚えることなのよ」
「感じ取ってもね」
「聞いて覚えて」
言葉をそのまま反芻する。
「そして感じ取る」
「そういうことよ」
「わかったかしら」
「わかってないみたいだけれど」
「わかった」
一応はこう答えた若者だった。
「それじゃあ」
「ええ、それじゃあ」
「いいわね」
「遊びを教えてあげるから」
「君達は花なのか?」
若者はここでも感じ取ったままで答えた。
「まさか」
「そうよ、お花よ」
「私達は花の化身なのよ」
「花の乙女なのよ」
まさにそうだと答える彼女達だった。
「わかってくれたわね」
「それじゃあだけれど」
「いいかしら」
「やっと遊べるわね」
「待ちなさい」
しかしであった。ここで声がしたのだった。
「パルジファルよ」
「パルジファル」
若者はその声が出した言葉に反応した。
「確かその名前は」
「そう、覚えている筈」
「お母さんが呼んでいた」
このことを思い出したのである。
「夢の中で」
「ここに留まるのよ」
「ここに」
「そう、御前は今は」
こう言ってであった。クンドリーは髪をとかし整え化粧をし紅の薄い見事な服を着てだ。頭に顔を出してヴェールをしてだ。若者の前に出て来たのだ。
「ここに留まるべきなのよ」
「それは何故」
「すぐにわかるわ」
こう言ってであった。周囲に顔を向けそうして言うのであった。
「御前達は」
「私達は?」
「それは?」
「離れるのよ」
そうしろというのだ。
「いいわね」
「離れろ?」
「けれど」
「今は」
「離れるのよ」
そうしろというのである。
「わかったわね」
「仕方ないわね」
「貴女には逆らえない」
「だから」
誰もクンドリーには逆らえなかった。それは彼女の魔力故であった。
そしてであった。彼女達は去り二人だけになった。若者はあらためてクンドリーに対して問うのだった。
「名前をない僕を呼んだのは御前なのか」
「そうよ。私が呼んだのは」
「呼んだのは?」
「清らかな愚か者」
それだというのだ。
「それがパルジファル」
「パルジファル・・・・・・」
「御前の父ガムレットがアラビアで死んだその時」
これも若者の知らないことだった。
「御前の母は御前にこう名付けたのだ」
「名付けた」
「そうよ。まだ自分の中にいる御前にね」
そうしたというのである。
「私はそれを教える為にここに来た」
「この城に」
「呼ばれたが御前に会う為に今この城に来たのよ」
こう若者に語る。
「僕の為に」
「私の国は気が遠くなる程遠い場所にある」
「それは時間なのか?」
モンサルヴァートに入った時のグルネマンツの言葉を思い出してであった。
「時間でなのか?」
「時間でも空間でもよ」
両方だというのだ。
「どちらも。そして私は」
「御前は?」
「多くのものを見てきたわ」
今度はこう話すのだった。
「まだ子供の御前が母の胸にすがっているところも」
「母さんが」
「そして」
クンドリーの言葉は続く。
「ものを言いはじめた時もね」
「そんなことは全く覚えていない」
「あんたが覚えていなくとも私が覚えている」
「そうなのか」
「そう。心の悩みを持ちながらも」
これは若者の知らないことだった。だがクンドリーはそれをあえて言ってみせてそのうえで話したのである。それも彼女の考えの中であった。
「ヘルツェライデも自然と笑顔になったもの」
「そうだったのか」
「御前はお前の母の楽しみで」
若者にさらに話していく。
「彼女が苦しい時も御前は楽しく笑い彼女はそれを見て笑い」
「それでどうなったんだ?」
「彼女はその御前を優しく撫でて寝かせていた」
「母さんが」
「御前を目覚めさせたのは母の熱い涙の露だった」
「涙?」
「そう、涙よ」
それも話すのだった。若者の知らないことだと知りながらもだった。
「御前の父を失った悲しみと御前への愛で」
「父さんと僕の」
「御前には父親と同じ悲しみをして欲しくなかった」
「だからなのか」
「武器を遠ざけ戦いから引き離し」
これがその母のしたことであったのだ。
「世間から引き離してそうして育てていた」
「父さんの様に死ぬことがないように」
「夕方遅くまで帰って来ない時も心配で泣き御前が帰って来て微笑み」
まさにそうしたというのである。
「そして御前がいなくなった時」
「ここまで聞くその時に」
「そう、その時に」
まさにその時だというのだ。
「母が嘆き悲しんだ声や心を傷めた叫び声は聞かなかったのね」
「知らなかった」
「彼女は昼も夜も待ち遂には」
「遂には?」
「深い悲しみは心を悩まさせて」
「そして?」
「その中で死んだのよ」
そこまで聞いてであった。若者は今ある感情を感じた。その感情は。
「悲しい・・・・・・」
「悲しいというのね」
「悲しい・・・・・・」
項垂れた顔での言葉だった。
「僕はその時何をしていた」
「あの城に向かっていた」
「そして懐かしく優しい母さんを死なせた」
こう言ってその場に崩れ落ちてしまった。
「僕が」
「しかしそれは」
「僕はふらふらとして自分の母親を死なせてしまった。大切な母さんを」
「その苦痛の思いをまだ知らなかったその時は」
クンドリーはこう彼に話した。
「優しい慰めはなかった」
「なかった・・・・・」
「しかし御前は今悲しみを知った」
まずはその感情だというのだ。
「そして」
「そして?」
「後悔をしている筈」
「今この悲しみと共に僕を苦しめているものが」
「そう、それが後悔」
まさにそれだというのだ。
「悲しみや苦しみの思いは」
「その思いは?」
「愛が御前に捧げてくれる慰めで」
この言葉を出すのであった。
「償えばそれでいい」
「けれど僕は」
若者は崩れ落ちたまま言った。
「何故母さんを忘れたんだ」
「御前の母をか」
「そう。何故忘れたんだ」
このことを嘆き悲しんでの言葉だった。
「何故なんだ、そして今思い出した」
「立つのよ」
クンドリーはその若者にまた告げた。
「立てばいいわ」
「立つ」
「そう、まずは立つ」
そうしろというのである。
「御前は今何を感じているのかしら」
「ぼんやりとした愚かさが」
まずはこう答える若者だった。
「僕の中にあることを」
「それをなのね」
「それが」
「懺悔をすれば罪は後悔となって消える」
母が今言うのはこのことだった。
「悟りが開ければ愚かさも分別に変わる」
「分別・・・・・・」
「愛というものを知るといい」
それをだというのだ。
「愛を」
「そう、愛を」
何時の前にか彼の前に来ていた。
「御前の母の愛が御前の父に注がれたその時に」
「その時に?」
「御前が生まれた」
その時にだというのだ。
「御前にその身体や命を授けてくれたのも愛であり」
「愛が」
「そう、それが」
まさにそれがだというのだ。
「愛に出会えば死も愚かさも逃げ出すより他はない」
「愛が」
「その愛が今日御前に捧げるものが」
それを捧げようというのだ。
「御前の母の祝福の最後の挨拶としてのおの愛の最初の口付けなのだから」
こう言ってそれで彼に顔を近付けてだ。そうして彼の唇に己の唇を押し付けた。そのうえで接吻をしたのであった。
長い接吻であった。それが終わったその時だった。若者は何もかもが変わったのであった。
そしてだ。表情を一変させてだ。彼は言った。
「パルジファル・・・・・・」
「名前を知ったのね」
「これが私の名前だな」
まさにそれだというのだ。
「私の名前だ」
「そして他には」
クンドリーは彼、パルジファルにさらに問うた。
「あるというの?」
「アムフォルタス王」
王の名前がだ。自然に彼の口から出たのだ。
「あの傷が私の心の中で燃えている。あの嘆き声が私の中で響いている」
「それを感じているのね」
「救われるべき人だ」
それが王なのだという。
「あの傷口から血が流れ出るのを私は見た」
「それを」
「それは傷口ではない。傷口なら流れ出ろ」
パルジファルが話す。
「心の中が火の様に燃え上がる」
「心で感じているのね」
「憧れ、私の五官全てを捉えて強いる憧れ。愛の苦しみ」
それを捉えての言葉だった。己の中でだ。
「私の身体が震えて慄く。罪深い欲望のうちに
そして言うのであった。
「眼差しが救いの聖杯を求める」
「するとどうなるの?」
「神々しくも和やかな救済の喜びを感じる」
「それをだというのね」
「そう、感じる」
まさにそれをだというのだ。
「感じ取りだ。神聖な血が燃えることも。全ての人々の心を震えさせる」
「心を」
「そう、これを」
そう話してであった。
「胸の中だけに消える気配がない。主の嘆きが」
「私はあの時に」
「その嘆きだ」
クンドリーが何を言いたいのかもわかっていたのである。
「その嘆きこそがだ」
「わかっているというのね」
「汚された槍の嘆きもまた」
それもだというのだ。
「罪に汚れたる手より我を救え」
「それが槍の声」
「わかtっている。その嘆きは恐ろしいまでに強い」
今の彼には全てがわかっているのだった。
「私の心にまで呼び掛けてくる。しかし私はそれに気付かなかった」
「今気付いた」
「主よ、慈愛の父よ」
こう話していくのであった。
「罪深い私はどうしたらこの罪が償えるのでしょうか」
「私を」
「御前を?」
「もうこのまま去りたい」
クンドリーは彼の前に来て話すのだった。
「救われたい。神の御力で」
「まだだ」
しかしであった。パルジファルは彼女のその言葉を拒むのだった。
そのうえでだ。彼はクンドリーに告げた。
「御前は罪を犯した」
「罪を」
「そう、その罪によってだ」
こうクンドリーに話すのだった。
「御前は王を惑わしたな」
「それも知っている」
「全てがわかってきたのだ」
そうだというのである。
「その唇も首筋も使って王を惑わしたな」
「しかしそれは」
「全てを使い王を今の苦しみに誘ったのだったな」
クンドリーを厳しい目で見据えながらの言葉だった。
「それも知ったのだ」
「御前が心の中で王の苦しみを感じ取った」
「それは事実だ」
「ならば私の苦しみも」
切実な顔でこう告げるのだった。
「私を救う為に」
「せよというのか」
「そう、私はかつて主を待った」
「そうだったな」
「しかし彼が丘に向かうその時に」
遥かな過去の話であった。
「私は彼を罵った。私への救いはまだだと告げた彼を」
「そして呪いを受けたのだったな」
「死のうと生き続けようと寝ても覚めても私を責め苛む」
まさにそうだというのだ。
「私は未来永劫続くこの苦しみの中であの主を見た。私を救おうというその主を」
「見たのだな」
「そして私に笑顔を向けてくれた」
それはあったというのだ。
「しかし」
「しかし?」
「その度に私を拒みそのうえで私は目覚める」
そうしてだというのだ。
「私は二つの世界の中を彷徨い笑い叫び怒る」
「泣けはしないな」
「泣くことは許されない」
全てを彼に対して話すのだった。
「暴れたり狂ったりしながら暗い夜に包まれ続け」
「そうして生きてきたな」
「悔い改めて逃れることもできなかった」
その時からだというのだ。
「私が焦がれ死にたいまでに憧れたあの主、愚かにも嘲ったあの主」
「あの方は全てを知っておられた」
「あの主の下に。これからは」
「まだだ」
しかしここでまたこのことを告げるパルジファルだった。
「私の使命には御前を救うこともある」
「それなら」
「だがまだだ」
こう言って今は拒むのだった。
「それは御前がその憧れから顔を背けたその時にだ」
「その時にというのね」
「御前の悩みを癒す慰めをもたらすのはその悩みが湧き出る泉ではない」
「では何だというの?」
「まずはその泉が閉ざされてだ」
それからだというのだ。
「御前はそれからでないと救われはしない」
「救われない・・・・・・」
「人々が嘆き悲しみながら思いを焦がしている泉は別なのだ」
「別だというの?」
「そう、別だ」
まさしくそうだというのだ。
「多くの者がいる」
「多くの者。まさか」
「私には行かなければならない多くの世界があるのだ」
「私が見てきた世界以外にも」
「時間も空間も超えて」
そうしたものを全てだというのだ。
「全ての愛に救いをだ」
「まさか遠く東の果ての国にも」
「行く。新しい国にも古の国の都にもだ」
彼はこの地にありながらそうしたものも見ているのだった。
「階級により引き裂かれる愛も立場によって別れなければならないようになろうとしている愛もだ」
「そうした全ての愛を」
「私はこれから見て救いに行くのだ」
そうするというのだ。
「全ての世界を巡る。それではだ」
「それでは」
「誰がその泉の本質をはっきりと明らかに知っているのか」
それも言うのだ。
「御前は唯一の救いの真の泉の本質を知っている筈だ」
「では」
「あらゆる救いをその手から逃し世界の妄念の闇に包まれつつ最高の救いを熱烈に願う」
それが誰かというのだ。
「永劫の罪の泉にばかり思いを焦がしているな」
「それが私だと」
「御前が救われるのはだ」
その時が何時かも話される。
「最後の時だ」
「けれどそれでも」
「まだだ」
今それをしようとはしないのだった。
「それは変えられない」
「私が笑ったことで報いを与えてくれたあの人」
そのことも話すのだった。
「あの呪いが今も私を責め苛むというのに」
「それも運命なのだ」
こう言ってそれを拒み続けるパルジファルだった。
「御前のだ」
「ではこのまま」
「待つのだ。御前の時は必ず来る」
こう最後に言った。そしてだった。
城壁の上にクリングゾルが姿を現わしてきた。その手にはあの槍がある。
その槍をパルジファルに突きつけながらだ。彼に対して告げるのだった。
「そこを動くな」
「クリングゾルか」
「そうだ。貴様を倒す者だ」
怒りの目で彼を見下ろしての言葉であった。
「この槍でだ。受けるがいい!」
「むっ!」
槍が放たれパルジファルに投げられる。しかしであった。
パルジファルがその槍を見据えるとであった。何と槍は彼の目の前で止まったのだった。空中でぴたりと制止した。
「何っ!?」
「この槍は私のものだ」
驚くクリングゾルをよそに彼に告げて槍を手に取った。
そうしてだ。その槍を右手に持ち。
「この槍にはあらゆるまやかしを消すことができる」
「俺の妖術を崩すというのか!?」
「貴様自身もだ。見ろ!」
その槍で十字を切った。するとだった。
クリングゾルも城のありとあらゆるものも消え去った。そして後に残ったのは廃墟だけだった。城壁も城も庭も全てが廃墟となった。
「騎士達もモンサルヴァートに戻る。女達は花に戻った」
今彼はクンドリーに背を向けていた。しかし彼はその彼女に顔を向けてだ。
「わかっていよう」
「それは」
「何処で私に出会えるのかを」
こう言って廃墟を後にするのだった。今彼は旅立ったのだった。
今回の話で驚いたのは、確かに前の話では若者となっていて名前が出てなかった!
美姫 「今更だけれど、気付かなかったの?」
あははは。しかし、槍を手に入れたみたいだし、彼が予言の愚か者になったという事かな。
美姫 「そうなのかしら。だとすれば、王の呪いが解けるのかしらね」
クンドリーも呪われているような発言もあったし。
美姫 「単純に実は敵側だったって事じゃないみたいだしね」
うーん、どんな結末になるんだろう。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。