『舞台神聖祝典劇』




                            第一幕  清らかな愚か者

 深い森の中であった。しかしその中は陰気ではなく厳かな雰囲気の中にある。その中に一人の白銀の鎧と白いマントに身を包んだ年老いた騎士がいた。
 兜で頭を覆っていて顔だけが見える。その顔は皺だらけで髭も真っ白である。目には厳かな光がある。
 その彼がだ。己の傍にいる二人の小姓達に尋ねるのだった。それは低い声であった。
「朝が来たが」
「はい」
「また朝が」
「それでは御水浴場を見てきてくれ」
 朝になったのを確かめてからの言葉であった。
「いいな、王が来られる前にだ」
「わかりました、ではすぐに」
「今から」
「もう寝台輿の先駆が見えてきた」
 見ればであった。森の奥から彼と同じ姿の騎士達がやって来ていた。老騎士は彼等を見ながら話すのであった。
「すぐにな」
「はい」
 小姓達は彼の言葉に従いその場を後にした。彼等と入れ替わりに二人の騎士が来た。老騎士は彼等に対して問うのだった。
「アムフォルタス王はどんな御様子だ」
 そしてさらに言うのであった。
「早朝から御水浴とはあの女の薬草が痛みを和らげたのだな」
「いえ、グルネマンツ様」
「それが」
 騎士達は晴れない顔で彼の言葉に応えた。
「傷口が激しく痛まれた為」
「その為に一睡もできず」
 こう話すのだった。
「それで是非御水浴をと」
「そう仰いまして」
「そうか」
 グルネマンツはそれを聞いてまずは辛い顔になった。
「やはりな」
「残念ですが」
「やはりあの傷は」
「わかっておる」
 グルネマンツは目を閉じ首を横に振って述べた。
「あの傷を癒す方法は一つしかないのだ。どんな薬草でも水薬でもだ」
「効き目はありません」
「では」
「何はともあれだ」
 グルネマンツはここでは答えなかった。その代わりに言うのだった。
「御水浴だ」
「わかりました」
「それでは」
 騎士達も彼の言葉に応える。しかしここで小姓達が戻って来てだ。グルネマンツに対してあることを告げてきたのであった。それは。
「グルネマンツ様」
「あの女が戻りました」
「クンドリーがです」
「そうか」
 グルネマンツはそれを聞いて静かに頷いた。すると黒いぼろぼろの服に伸ばし放題の乱れた黒髪の女がやって来た。裸足で化粧気もなくまさに野生だ。その女が来たのだ。
 顔は整っている。黒い目の光は強く全体的に妖艶ですらある。だがその姿はまさに獣であった、。顔色は朱を帯びた褐色で服の帯は蛇の皮だ。服はくるぶしの裾の辺りが乱れて破れている。
 その女がグルネマンツの前に来てだ。言うのであった。
「持って来ました」
「これをか」
「はい、バルザムです」
 こう告げて彼にその水晶の容器を差し出すのであった。
「どうか」
「これは何処にあったのだ?」
「想像もつかない遠方からです」
 その強い光を放つ目と共に言うのだった。
「そこからです」
「また持って来てくれたのだな」
「これ以上の薬はもう何処にもありません」
 女はこうまで言った。
「ですがまだご所望なら」
「いや、今はいい」
 グルネマンツはこう女に告げた。
「クンドリーよ」
「はい」
「今は休むのだ」
 そして名前も呼んでみせたのだった。
「御苦労だった」
「それでは」
「王が来られる」
 グルネマンツはその女クンドリーに告げた。
「悪いがそちらに向かう」
「はい、それでは」
「休むがいい」
 やはり彼女には優しい言葉をかけるのだった。
「よいな」
「わかりました」
 クンドリーはその場に前のめりになって倒れ込んだ。そのうえで眠りに入る。泥の如く眠りその間にだ。グルネマンツは顔を王の一行に向けるのだった。
「おいたわしや」
「何ということか」
「アムフォルタス王よ」 
 彼だけでなく騎士達や小姓達も悲しい顔で言うのだった。見れば彼等と同じ白銀の鎧兜や白いマントの騎士達と白い服の小姓達が持つその寝輿に乗って黒い髪と茶色の髭の厳しい男がやって来た。その顔は重厚であり威厳と気品も兼ね備えている。そして寝ていても長身であることがわかる。彼がアムフォルタス王だった。
「誇り高い武勲優れた方が」
「あの様に寝込まれて」
「惨い話だ」
「よし」
 ここで王は輿から身体を起こして述べてきた。
「ここで少し休もう」
「ここで、ですか」
「休まれるのですね」
「そうだ。少し休もう」
 周りの騎士や小姓達の問いに答えての言葉であった。
「そしてだ」
「はい、そして」
「今は」
「激しい痛みの夜を明かした後は森の朝景色も一際素晴しく見える」
 その森の空気を感じながらの言葉だ。それは確かに爽やかで美しいものであった。
「あの神聖な湖の水を浴びれば」
「はい、御身体も」
「きっと」
「この身体を元気付けてくれよう。痛みが和らげば苦しい夜の暗さも明るくなる」
「王よ」
 ここでグルネマンツが彼の前に出て来た。そのうえで先程のクンドリーのバルザムを差し出してきたのである。
「どうかこれよ」
「それは」
「王の為にアラビアから届けられたものでございます」
「アラビアからか」
「その通りです」
 王の前に片膝をついたうえで差し出していた。
「これをです」
「そういえばだ」
 王はここで言うのだった。
「ガーヴァンもまた薬草を取りに行っていたな」
「はい、今は」
「行っております」
「クリングゾルの罠にかからなければいいが」
 王は周りの者達の言葉に憂いのある顔で返した。
「それが心配だ」
「そういえばです」
「王よ」
 騎士達が彼にまた言ってきた。
「あのことは」
「どうなのでしょうか」
「共に悩みて悟りゆく」
 王は彼等の言葉を受けて静かに呟きはじめたのだった。
「純粋無垢の愚か者か」
「はい、その者です」
「その者は」
「今の私には正体がわかる気がする」 
 ここでこんなことを言う王だった。
「その者はだ」
「はい、その者は」
「何なのでしょうか」
「その男を死と呼ぶのだろうか」
 沈んだ表情での言葉だった。
「我等は」
「その様なことは仰らず考えられないことです」
 だがここでグルネマンツは王に厳しい言葉を進言するのだった。
「心が沈んではです」
「そうか。そうだったな」
「そのバルザムにしろです」 
 そして彼は話をそのバルザムに移したのだった。王の気持ちを暗いものから逸らす為である。
「この者が持って来ました」
「クンドリーがか」
「そうです」
 その倒れ伏したままのクンドリーを指し示しての言葉であった。
「アラビアの果てからです」
「そうか、済まぬな」
 王はそれを聞いて申し訳なさに満ちた顔で述べるのだった。
「そこまでしてもらってだ」
「はい、それでは」
「このバルザムを使ってみよう」
 王はそのバルザムを受け取ってから言うのだった。
「クンドリー、礼を言うぞ」
「御礼なぞは」
 クンドリーは獣の様に起き上がって王に顔を向けて応えた。
「ただ。それを使って頂ければ」
「済まぬな、それではだ」
「はい、それでは」
 こうして王達は湖に向かう。グルネマンツ達はそれを頭を垂れて見送る。そして一行が過ぎ去ってからだ。グルネマンツはクドリーに対してまた声をかけるのであった。
「クンドリーよ」
「今度は何でしょうか」
「いつも済まぬな」
 穏やかな目を彼女に向けての言葉だった。今彼女はまた顔をあげている。倒れ伏したままだったが徐々に起き上がってもきていた。
「本当にな」
「ですが御礼なぞは」
「いつも我々を助けてくれる」
 こうも彼女に告げた。
「常に誰よりも先に出て知らせをくれて誰よりも遠くに行って王の為のものを持って来てくれる」
「しかしこの女はです」
「魔女で異教徒ですが」
「それでもなのですね」
「そうであろう」
 グルネマンツは周りの騎士や小姓達にも応えはした。
「しかしだ」
「しかし?」
「しかしなのですか」
「そうだ、しかしだ」
 そして言うのだった。
「今この女はこの聖地で暮らしているな」
「それは確かに」
「その通りです」
「そういうことだ」
 穏やかな声での言葉であった。
「ではそれでいいではないか」
「いいのですか」
「それで」
「そうだ。いいのだ」
 言葉はそのまま穏やかなものであった。
「心をあらためてこれまでの罪を購うものならばな」
「それでは」
「今は」
「ここにいてもいい。この女の贖罪は善行そのものだ。我々への助けはそのまま彼女を救っているのだ」
「しかしです。思うのですが」
「そうだな」
 小姓達は顔を見合わせて言い合いだした。
「この女がいない時に」
「我等にとって多くの苦難が起こっています」
「これは」
「それはあるな」
 このことはグルネマンツも否定しなかった。
「この女がこの聖域からいない時には」
「はい、その時にです」
「常にです」
 騎士達も小姓達も言う。
「我等にとってよからぬことが起こっています」
「常にです」
「わしも先の王もだ」
 ここでグルネマンツはあらたな人物の名前を出したのだった。先の王というのだ。
「ティートゥレル王だが」
「先王がですか」
「あの方もまた」
「あの方が聖杯の城モンサルヴァートを築かれた時」
 語るグルネマンツの目は遠くを見ていた。それは彼にとってはまさに最初の喜びであった。
「その時にはだ」
「もういたのですか」
「この女が」
「森の茂みの中でまどろんでいた」
 実際にその時の光景を語るのだった。
「その時既に死んでいる様で生気もなかったのだ」
「そうした状況だったのですか」
「この女は」
「そしてあの時もだ」
 グルネマンツのその目に今度は怒りが宿ったのだった。
「あの不幸が起こった時だ」
「山の向こうにいる不貞の輩が」
「王を傷つけたその時ですね」
「その時にもこの女は森の茂みに倒れていた」
 クンドリーを見ての言葉であった。
「御前はあの時何をしていたのだ」
「何を、ですか」
「そうだ。我等が槍を失ったその時にだ」
 その時のことを話すのであった。
「御前は我等を助けなかったのは何故だ」
「私は助力はしません」
 だがクンドリーはこう答えたのだった。
「それは決して」
「しないというのか」
「はい」
 まさにそうだというのである。
「その通りです」
「そうなのか」
「この女にあの槍を奪い返せというのは」
「できないのでしょうか」
「それだけ誠実で力もあるのなら」
「それはまた別の話だ」
 しかしグルネマンツは暗鬱な顔に戻って首を横に振ったうえで騎士達や小姓達に答えた。
「それはだ」
「違うのですか」
「それは、だ」
「あの槍をあの男から奪い返すのは誰にもできはしない」
「誰にも」
「できないと」
「そうだ、できはしない」
 こう語るグルネマンツだった。
「主の傷の奇跡がこもったあの神聖な槍はだ」
「恐ろしいことに」
「今は」
「世にも汚れた者が手に入れてしまっている」
 グルネマンツだけでなく他の者達も嘆いていた。
「その通りです」
「恐ろしいことにです」
「豪勇至極なアムフォルタス王があの槍を手に妖術師クリングゾルを討ちに向かった時に」
 グルネマンツの声の嘆きはさらに深まる。
「誰がそれを阻止し得たか」
「それは」
「とても」
「できはしなかった」
 こう語るしかなかった。
「恐ろしい美女に魅了され陶然としたその時にだ」
「槍を落とされたと聞いていますが」
「誰も見ていませんが」
「全てあの男の魔力だった」
 グルネマンツは自然にその目を閉じていた。
「そう、全てはだ」
「そしてその魔力によってあの男は」
「槍を」
「わしが駆けつけた時には槍は既にあの男の手にあった」
「そして王は倒れられていて」
「そうしてですね」
「その通りだ」
 今度は己の言葉に悲しみを込めるグルネマンツであった。
「わしは奮戦し血路を開き王と共に逃れたがだ」
「王はその時に」
「あの傷を」
「王の脇のあの傷は火の様にうずき」
 言葉には嘆きも入っていた。複数のそうした感情の中での言葉であった。
「それは二度と閉じようとはしないのだ」
「そうなのですか」
「そして今も」
 ここで小姓が二人来た。先程グルネマンツが送ったあの二人の小姓だ。グルネマンツはすぐに彼等に対して心配する顔で問うのだった。
「それで王は」
「はい、お元気になられました」
「御水浴とバルザムで」
「左様か」
 それを聞いてまずは少し安心したグルネマンツだった。しかしであった。
「だが。それもだ」
「はい、傷は」
「完全には」
「仕方ないことだ。それは」
「ところでなのですが」
 ここで騎士の一人が彼に問うてきた。
「宜しいでしょうか」
「何だ?」
「グルネマンツ殿はあの男の顔を御存知なのですね」
 このことを問うたのである。
「それは」
「そうだ。知っている」
 その通りだというのであった。
「それはだ」
「ではあの男のことは」
「それも御存知なのでしょうか」
「うむ、知っておる」
 彼自身のことについても知っているというのである。
「それもだ」
「では一体」
「どういった男だったのでしょうか」
「信仰篤い勇士であられる先王こそだ」
 グルネマンツはここでまたティートゥレルのことを話に出した。
「あの男をよく御存知であられる」
「先王がですか」
「よく」
「そうだ。御存知であられる」
 こう話すのだった。
「その理由はだ」
「それは」
「どういったものでしょうか」
「野蛮な敵達が策略や暴力を以てこの神聖な信仰の国を脅かすに至ったその時にある厳かな神聖な夜に先王の頭上に主からつかわされた使者達が現われ」
「使者たちにより」
「あれが」
「その通りだ。あの聖杯」
 槍、そして聖杯。二つのものが今揃った。話の中だが。
「主が最後の晩餐で使われ十字架にかけられた時にその至尊の血を受けた」
「あの神聖にして崇高な杯」
「あれこそが」
「そうだ。そこに至尊の血を流させた槍をも流させて」
 グルネマンツは話を続けていく、
「あの受難を形作った二つを先王に与えて下さったのだ」
「それこそが」
「我がモンサルヴァートの」
「先王はこの二つの聖なるものの為にモンサルヴァートを建てられたのだ」
「そして我々は」
「そこに仕える」
 騎士達も小姓達も今感じ取っていた。このことを。
「そして護る」
「それが役目ということなのですね」
「そうだ。聖槍と聖杯に仕える御前達はだ」
 グルネマンツもその通りだと話すのであった。
「罪深い者達が見出せないようすな道を辿ったからこそなれたのだ。ここに至るにはだ」
「純潔な者だけが」
「その者だけが」
「その通りだ。そうした者しか許されないのだ」
 まさにそうだというのだ。
「我等は救済という最高の務めの為に聖杯の霊験を受けられる」
「その通りですね」
「我々はその為に」
「わかるな。しかしグリングゾルはだ」
 あらためて彼のことが話される。
「聖杯騎士の仲間になることを求めどれだけ務めようともそれはできなかった」
「それは何故でしょうか」
「一体」
「まず異教徒だった」
 それが理由の最初だった。
「そして心に邪なものが強かったのだ」
「邪なものがですか」
「それが」
「そうだ。それが強い為にだ」
 こう話していくのであった。
「彼はその異教徒達の間で罪を犯し過ぎたのだ」
「そしてその結果ですか」
「モンサルヴァートに入られなかった」
「遂にはあの山の向こうの谷間に移り住む様になり」
 今そのクリングゾルについての話であった。
「そこで懺悔を心掛け聖者になろうとした」
「それでもなのですね」
「結局は」
「己が身に宿る罪を絶つ力がない故に」
 語るグルネマンツの顔が歪んだ。
「罪深い手を我と我が身に加えて在任となったのだ」
「何と・・・・・・」
「その様なことを」
「何をしたかはわかるな」
 グルネマンツはあらためて周りの者達に問うた。
「あの男が何をしたかは」
「はい、よく」
「それは」
「その通りだ。そのうえで聖杯グラールを欲したのだ」
「恐ろしいことです」
「罪を犯しながら」
「しかし先王は」
 ティートゥレルがどうしたかであった。
「それをはねつけられた。あの男はそれに怒りあの場所でだ」
「あの場所を作ったのですか」
「堕落と退廃のあの場所を」
「その通りだ。そうして今に至るのだ」
 こう話すのであった。
「邪悪な魔力を生かすべき方策を巡らし遂にその邪な考えを見出したのだ」
「あの園はそのうえで出来上がったのでしたか」
「あの男のそうした経緯のうえで」
「魔性の美女達が多くいて」
 今度はそこがどういった場所かの話であった。
「クリングゾルはそこで聖杯の騎士達を待ち」
「我等を」
「そうして」
「邪悪な快楽と地獄の恐怖の中へ騎士達を引き込もうとした」
 彼等にとって恐ろしい話はさらに続く。
「誘惑された騎士達は既に数多い」
「嘆かわしいことに」
「それは」
「戻って来ることもなくだ」
 そこに留まっているというのである。
「先王は御高齢故にアムフォルタス王に譲位されていた」
「そして王が」
「あの男に対して」
「魔の禍根を断ち切ろうとされたが」
「槍があの男の手に」
「そういう次第だったのですか」
「そうだ。あの男は槍を手に入れてしまった」
 聖槍をだ。持っているのであった。
「そうして今に至るのだ」
「では何としても」
「あの槍を」
「聖槍を奪われ孤影悄然たる聖杯の前で」
 グルネマンツの話がここで変わった。
「王は熱心な祈りを捧げながら慄く御心で救いの験を切願された」
「そうして」
「何があったのでしょうか」
「その時のことだ」
 また語るグルネマンツであった。
「天の光が聖杯から出たかと思うと」
「そして」
「何が」
「神聖な夢幻のお姿が浮かび出て」
「主の」
「それがなのですね」
「その通りだ」 
 まさにその主が出て告げたというのである。
「王に対してこう告げられた」
「何とでしょうか」
「そのお告げは」
「それは鮮やかに読み取れる神託の文字だったのだ」
 グルネマンツの語るその言葉にさらに峻厳さが宿っていた。
「共に悩みて悟りゆく、純粋無垢な愚か者」
 まずはこの言葉であった。
「かかる者を待て。我の選べる者ならば」
「共に悩みて悟りゆく」
「純粋無垢の愚か者がですか」
「そうだ、その者がだ」
 こう語るのであった。
「その者こそが王を救われるのだ」
「清らかな愚か者こそが」
「王を」
 騎士達も小姓達のその者のことを思わざるを得なかった。そしてその時だった。
「何ということをしたのだ」
「何と酷いことをだ」
 湖の方から声がしてきた。
「早く捕まえろ」
「あの若者をだ」
「どうしたのだ?」
 話し終えたグルネマンツはそちらに顔を向けた。
「一体何があったのだ?」
「あそこに」
「白鳥が」
「白鳥が傷ついている」
「馬鹿な」
 グルネマンツはそれを聞いて眉を顰めさせた。
「神聖なこの場所で鳥を撃つなどとは」
「はい、これは一体」
「どういうことでしょうか」
 白鳥は傷ついていたが何とか無事だった。小姓の一人が彼を拾い刺さっている矢を抜きそのうえですぐに別の小姓達が薬や包帯を出して手当てにかかった。これで何とか難を得た。
「無体なことをする奴がいるものだ」
「一体誰がしたのだ」
「誰がだ」
 騎士達も眉を顰めさせずにはいられなかった。
「この様なことを」
「誰がしたのだ」
「それはです」 
 湖の方から一人の騎士が来てグルネマンツ達に話してきた。
「この白鳥が湖の上に輪を描いて飛んでいるのを王が吉兆として喜んでおられたのですが」
「それがなのか」
「はい、そうです」
「この男です」
「この男がしました」
 湖の方から多くの騎士達や小姓達がやって来て口々に言う。見ればその中央には褐色のみすぼらしい上着にズボンの背の高い若者がいた。波うつ豊かな金髪を猛々しく伸ばし後ろに撫で付けている。彫のある青い目は今は虚ろな光を放っている。顔は引き締まっているが何もわからない様である。唇は小さく鼻が高くしっかりとした形だ。そして身体は騎士達と比べても全く遜色ないまでに引き締まっている。
 騎士達や小姓達は彼をグルネマンツの前に引き立ててだ。さらに言うのであった。
「この男が射ました」
「それがこの弓です」
「これによってです」
 一人が弓をグルネマンツに見せながら語る。
「そして矢もです」
「これによってです」
「白鳥を射たのは御前なのか」
「空を飛ぶものならどんなものでも射てみせる」
 若者はグルネマンツの問いに胸を張って答えた。高く澄んだ強い声であった。
「そう、どんなものでもだ」
「御前がしたことにだ」
 グルネマンツは若者を厳しく咎めながらさらに問うた。
「何も思わないのか」
「この男を罰するのだ」
「このモンサルヴァートにおいてかつてなかったことだ」
 グルネマンツは厳かに語った。
「こうしたことはだ」
「その通りです」
「何という男なのか」
「御前はだ」
 グルネマンツは若者をさらに責めた。
「この神聖な森の中で何をしたのかわかっているのか」
「何をとは?」
「静かな平和が御前を囲んでいたな」
「平和を」
「そうだ、平和をだ」
 こう若者に話していく。
「その中でこの森の鳥や獣達はどうしてきた」
「それは」
「そうだな。御前に危害を加えることはなかった」 
 まずはここから話すのだった。
「それはだ」
「それはその通り」
 若者はまだぼうっとしたままではあったが答えはした。
「僕に何も」
「御前を親しげに、穏やかに迎えてくれたな」
「その通りだった」
「この誠実な白鳥が御前に何をしたか」
 その傷つき悲しい顔になっている白鳥に顔を向けての言葉だった。
「相手の雌を探しその妻と共に湖の上で弧を描いて飛んでいたな」
「そうしていた」
「しかし御前はだ」
 若者をさらに咎めるのだった。
「その白鳥を射たのだ。何の感嘆も持たずにだ」
「そうだったんだ、僕は」
「そしてだ」
 さらに話す若者だった。
「腕白小僧の弓矢遊びの気持ちしかなかったのか」
「僕は」
「我々には可愛い鳥だ」
 今度は白鳥をいとおしげに見ていた。
「これを見ろ。白鳥の傷を」
「その傷を」
「まだ血が残っている。身体も弱くなり羽根も汚れ」
 まさにグルネマンツの言葉通りだった。
「悲しい目は。わかるな」
「それは」
「御前の罪の深さにわかったな」
 こう若者に話していく。
「何故こんなことをした」
「罪なんて知らなかった」
 だが彼はこう言うのだった。
「そんなことは」
「それでは何処から来た?」
「わからない」
「では父親は誰だ?」
「それもわからない」
 言葉は同じであった。
「それも」
「では誰から教わりここに来た」
「それもわからない」
「では名前は?」
「名前は沢山あった」
 返答は変わった。しかしであった。
「けれど一つも覚えていない」
「つまり何もわからないのか」
 グルネマンツはこのことだけがわかった。
「つまりは」
「何も」
「これだけの愚か者はクンドリーの他には知らん」
 ここでまた倒れ伏したまま寝ているクンドリーを見るのだった。
「まあい。それではだ」
「はい」
「王の元へ」
 小姓達がグルネマンツの言葉に応えた。
「今から行きます」
「そして白鳥は」
「湖で癒されるだろう」
 グルネマンツは穏やかな口調で述べた。
「だからだ」
「はい、それでは」
「白鳥もまた」
 小姓達も騎士達も向かう。後に残ったのはグルネマンツにクンドリー、それに若者の三人だけになった。グルネマンツはまた若者に対して言う。
「御前は何も知らないのか?」
「知らないのかって?」
「言い換えれば何か知っているか?」
 こう問うたのである。
「何か知っていることを言ってみるのだ」
「母さんの名前を」
 それは知っているというのだ。
「知っている」
「ではその名前は何だ?」
「ヘルツェライデ」
 この名前を出すのであった。
「そして僕は森の中や荒野で育った」
「ではその弓は誰に貰った」
「自分で作った」
 そうだというのだ。
「これがあれば荒鷲達を森から追っ払える」
「そうして何も知らないまま育ったが」
 グルネマンツはあらためて若者を見た。その彼は。
「品も悪くないし家柄もいいようだな」
「品?家柄?」
「御前の母は何故もっとましな弓矢を使わせなかったのか」
「この子を産んだ母は」
 ここでだった。クンドリーが不意に顔をあげてきた。そうして若者を鋭い目で見ながら少しずつ話してきたのであった。
「父ガムレットが死んだ後だった」
「ガムレットか」
「知っているのか」
「名前は聞いたことがある」
 それはグルネマンツも知っている者だった。
「名高い騎士だったな」
「だが死んでしまった」
「そうだったな」
 静かに頷いて答えたグルネマンツだった。
「だがそれも神の御心だ」
「母は我が子が父の様に勇士になり死ぬことを恐れた」
 そのヘルツェライデに関する話だった。
「そしてその為に」
「どうしたというのだ?」
「全ての武具を遠ざけた」
 そうしたというのだ。
「人気のない荒野の中で愚か者になれと育てた」
「そしてか」
「そう。そうしてこの若者を育てたのだ」
「そうだった」
 若者はここで思い出したようにして言葉を出してきた。
「僕はある時森の脇を見事な馬に乗った立派な人達が通り過ぎるのを見た」
「騎士達をだな」
 また言う彼だった。
「それをか」
「僕もああした風になりたいと言うとその人達は笑顔を向けてくれた」
 その時のことを思い出しながらの言葉だった。
「僕はその人達を追い掛けてここまで来た」
「この聖地にか」
「そうだ。ここに来た」
 こうグルネマンツに話す。
「度々暗くなって明るくなった」
「夜と昼か」
「弓は獣や大男の為に使った」
「その通りだった」
 クンドリーは完全に起き上がった。そのうえでグルネマンツを若者の間に来てそのうえでまたゆっくりと話すのであった。
「どんな獣も巨人も盗賊も」
「この愚か者は倒してきたのか」
「弓でも力でも適わなかった」
 そうだったとグルネマンツに話すのだ。
「皆彼を恐れた」
「僕を恐れている」
 これはパルジファルには思いも寄らないことだった。話を聞いても少し戸惑っていた。そうしてそのうえで言うのであった。
「誰が」
「悪人達が」
「それなら」
 それを聞いてまた言う若者であった。やはり何も知らない顔である。
「僕が倒してきたのは悪人達だったのか」
「その通り」
「では善人は」
 パルジファルはここでそれとは逆のことについて考えた。
「誰なんだ」
「御前の母」
 クンドリーは一言で述べた。
「御前は母上のところから出たが彼女は御前のことを心配し悲しんでいる」
「母さんが」
「そう。そして」
「そして?」
「母は死んだ」
 こう若者に告げた。
「もういない」
「いないのか」
「そう、私は見た」
 クンドリーは若者に対して話していく。
「彼女が息を引き取るところを」
「母さんが」
「そして私に御前を頼むと言ってきたのだ」
「そんな、母さんが」
「落ち着くのだ」
 グルネマンツは話を聞き終えて肩を落とした若者の傍に来た。そうしてそのうえで彼に対して優しく言うのであった。
「今は」
「母さん・・・・・・」
 若者は涙を落としそうな顔になっていた。
「そんな。僕は」
「悲しみはわかるが」
 グルネマンツは彼を慰める。クンドリーはその間に傍の泉に向かい角杯の中に水を汲んできてそのうえで若者に差し出したのだった。その前に彼の頭にその水を少しかけた。
「水を」
「それはだ」
 グルネマンツはまた彼に語った。
「聖杯の恵みの方式だ」
「聖杯?」
「悪を報いるには善を以て行う」
 グルネマンツは語った。
「そうしてこそ悪は清められる」
「私は」
 だがクンドリーはそれを聞いて言うのだった。
「そんなことは決して」
「しないというのか」
「もう休みたい」
 そしてこうも言うのであった。
「今は」
「ではどうするというのだ?」
「またここで」
 グルネマンツの言葉に応えながらであった。そのうえで再び身体を仰向けに寝かせてであった。そのうえでゆっくりと眠りに入るのであった。
 ここでまた王の寝輿が来た。騎士達や小姓達も一緒だ。そしてそのうえで若者に対して言うのであった。
「王が城に戻られる」
「城に?」
「そう、城に」
 戻るというのである。
「日も高く昇った」
「日も」
「御前を連れて行くところがある」
「それは何処なんだ?」
「聖餐の席だ」
 そこにだというのだ。
「御前にその食べ物や飲み物を恵んで下さるだろう」
「聖杯?さっきも話に出たが」
「それは言うことはできない」
 このことは答えようとしない若者だった。
「それはだ」
「答えない」
「そう、答えない」
 また言う彼だった。
「しかしだ」
「しかし?」
「御前の身が聖杯に仕えるように選ばれているのなら」
「その場合は?」
「聖杯も御前の傍を離れない」
「そうなのか」
 それを聞いてもであった。若者には実感の沸かないことであった。
「それが僕に」
「わしは御前がわかったような気がする」
 彼を見ながらの言葉だった。
「聖杯に通じる道はだ」
「その道は?」
「国中にただ一筋もなく」
 こう若者に話すのだった。
「聖杯自ら導き寄せようとしない限りはだ」
「そうしない限りは」
「誰も近付くことはできない」
 そうだというのだ。
「誰一人としてだ」
「僕は碌に歩いていないのに」
 これは主観だった。
「もう遠くに来た気がする」
「それがわかるのか」
「何となく」
「ここではだ。行くぞ」
「うん」
 グルネマンツは若者に共に行くように促す。彼もそれに応え二人で進む。そのうえで歩いていくとだった。舞台は徐々にではあるが森が消えて岸壁の間に門が開けてきた。その門内に入り白い美しい宮殿の中に入っていた。
 そしてその宮殿の中は壮厳で上から白い光が入ってきている。白い光は白い壁と立ち並ぶ円柱、それに銀色に輝く床に白い宮殿を歩いてだ。そのうえでさらに中に入ってきていた。
 そうしてだ。その中を進みながらさらに話すグルネマンツであった。
「ここではだ」
「ここでは?」
「時間が空間に変わるのだ」
 こう彼に話すのだった。
「ここではだ」
「そうなのか」
「わしに見せてもらいたい」
 また若者に告げた。
「それをだ」
「僕が何を見せるんだ?」
「御前が愚か者で純粋ならばだ」
 若しそうであればというのだ。
「どんなものが御前に授けられているのかをだ」
「僕が見せる?」
「そうだ。それをだ」
 こう話すのだ。
「それを」
「そうだ、それをだ」
 また彼に話した。
「いいな」
「僕には何もわからない」
 実際に彼はわかっていなかった。何もだ。
「それでもなのか」
「そうだ、それでもだ」
 まだ若者に言うのであった。
「来るのだ」
「ここに」
「そう、今来た」
 歩ければそれだけで辿り着いたのだった。そこは柱が連なる広間でやはり白い光に白と銀の世界が映し出されている。天井はアーチになっている。その左右の扉が開かれると騎士達が来た。そうしてそれぞれ集って言うのであった。
「今こそはじめよう」
「朝の儀式を」
「それを」
 こう言ってであった。それぞれ集まっていた。
 そこに今にも倒れそうな老騎士が来た。他の騎士のそれと比べて雰囲気が違っていた。グルネマンツと同じく白い髭を生やしている。その彼がその騎士の中央に横たえられその上体を起こしている王に言ってきた。
「我が子アムフォルタスよ」
「父上ですか」
「そうだ。そなたの務めを果たしているか」
 こう彼に問うのであった。
「それはだ。どうなのだ?」
「それは」
「わしは今日も聖杯を仰ぎ生きながらえることができるのか」
 こう言うのであった。
「それとも主に導かれることなく去ることになるのか」
「しかし私は」
 だがここで王は項垂れて父王に言葉を返した。
「父上、どうかもう一度」
「どうしたというのだ?」
「この務めを果たしてくれぬでしょうか」
 これが彼の言葉だった。
「どうか私に代わって」
「それは何故だ?」
「私はもう生きることを望んではいません」
 顔を俯けさせての言葉だった。
「ですから」
「それはできん」
 しかし王の返事は悲しいものだった。
「わしもまた歳を取り過ぎた」
「だからだというのですか」
「そうだ。そなたしかいない」
 こう言って王に返した。
「そなたが奉仕して己の罪を購うのだ」
「その罪をですか」
「そうだ。だからこそ聖杯を」
「わかりました」
「それでは」
 先王の言葉を聞いてそのうえで小姓達が動こうとする。しかしであった。
「待て」
「待て?」
「開けないのですか」
「そうだ」
 その通りだと小姓達に言ったのは王だった。
「この世に誰一人として我が苦しみをわかってくれる者はいない」
「だからだと」
「そう仰るのですか」
「この苦しみはそなた達を喜ばせる聖杯によるもの」
 こう言って開けさせようとしない。
「呪いを受けてその務めを果たすべき身の苦しみ」
「ですが」
「それでもです」
「我々は」
「許してくれ」 
 だが王はそれをあくまで拒むのだった。
「この苦悩に比べればどれだけの傷も痛みも何程のことがあろう」
「だからなのですか」
「それは」
「許してくれ」
 また言う王だった。
「今更逃れようもなく父上から受け継いだこの悲痛な役目」
「悲痛なですか」
「王であることが」
「そのことが」
「あらゆる人々の中で無類の罪深い身であり」
 それが己だというのだ。
「至高の宝である聖杯に奉仕し」
「ですが王」
「それでもそれは」
「わかっていてもだ」
 それでもだというのである。
「純粋な者達に向かい聖杯の祝福が舞い降りるように祈らなくてはならない」
「それが王の務めです」
「ですが。なのですね」
「それでも」
「王は」
「辛いのだ」 
 嘆き悲しみ、そのものの言葉だった。
「恵み深い神よ、私の罪への報いなのですね」
 天を見上げての言葉だ。
「神の御許へ」
「そこへ」
「行かれたいと」
「そしてなのですか」
「そのうえで」
 騎士や小姓達の言葉も続く。
「今はですか」
「もう」
「神が清められたその御言葉を憧れ深く願う」
 これが彼の言葉だ。
「魂の奥底から救いを仰ぐ懺悔を続け」
「そうして聖杯は」
「今は」
「一筋の光が神聖な器の上にさして」
 王の言葉がさらに出される。
「被いも取れることになろう」
 言いながらだった。その前にある聖杯を収めた銀の箱を見るのだった。
 そのうえでだ。彼はさらに言うのであった。
「そうすると」
「そうすると」
「一体?」
「聖杯に宿る神意が凛然と力強く灼熱するのだ」
 王は憂いの中でさらに続ける。
「幸豊かな享受の苦痛におののきこの上なく神聖な血の気が」
「ですが王よ」
「それは」
「わしの心臓の中に流れ込んで来る思いは」
 さらに言っていく。
「罪深い血は逆流し酷く恐れ怯えてだ。罪深い欲求の世界の中へ」
「死に」
「それを」
「この逆流の血はせき止める門をもあらたに超えては流れ込もうとする」
 そしてさらに話していく。
「この傷からあふれ出るものは他ならないあの槍で主が傷付けられた場所にある」
「あの主とですね」
「確かにそうです」
「それは」
「私はわかる。あの地で主が聖槍で傷を受けられた時に血の涙を流し苦悩の神聖な憧れのうちに人の汚れた罪を悲しまれたことを」
 今それがわかると。話すことができた。
「この聖なる地で私は罪深い血を流し至尊の宝を管理し救世のバルザムの保護者である」
 話が続く。
「私の罪深い血は憧れの泉の中から絶えず流れ出るのに如何なる贖罪もそれを鎮めてはくれぬ」
 その話はまさに嘆きそのものであった。
「慈悲深い神よ、その慈悲を。我が継承の務めに免じてこの傷口を塞ぎ聖なる死を与え御身の為純潔な身として蘇らえらせ給え」
「共に悩みて悟りゆく」
「純粋無垢の愚か者」
 騎士と小姓達はさらに話していく。
「かかる男を待てと」
「我の選べる男よ」
「ですから王よ」
「そうです」
 彼等はその王を円形に取り囲んでいる。そのうえで告げてきていた。
「ですからお心を安んじられ」
「今日はお勤めを」
「わかった」
 それには止むを得ないといった顔で頷く王だった。
 そうしてだ。彼はさらに言うのであった。
「開くがいい」
「はい、それでは」
「そのまま」
 その箱が開かれそのうえでそこから見事なまでに白銀に輝くその杯が姿を現わした。それはすぐに王の前に差し出されたのだった。
 王はそれもまずは頭を下げ黙祷を捧げてから広間全体にその杯を見せようとする。その杯を手に持ってそれを周囲に見回させるのだった。
「我が肉を取れ」
「我が血を受けよ」
「我等の愛に」
「我を偲ばん為に」
 こう話していく騎士と少年達であった。あの主の言葉だった。
 聖杯から目も眩む様な紫紅色の光を放ち広間の中を柔らかく照らす。騎士達も小姓達もその光を受けて恍惚となる。先王もそれを浴びて言う。
「この聖なる喜び。主は今日何と素晴しく我等に応えてくれるのか」
「はい、確かに」
「今は」
 他の者達もその光の中で話していく。
「この喜びは他の何にも」
「代えられません」
「どのようなものも」
「何があろうとも」
 やがてそれが収められ広間は元の白い光に包まれたものになった。小姓達がその中でも言うのであった。
「最後の聖餐の葡萄酒とパンを」
「かつて主は共脳の愛の力を通じて」
「自ら流される血に変えられ」
「自ら捧げる血に変えられた」
 その最後の晩餐のことであった。
「今日汝等を元気付ける為」
「幸深き慰めの愛の精霊は」
 今度は若い騎士達が言う。
「聖なる恵みの血と肉を」
「汝等に注がれたる葡萄酒に変え」
「今汝等の取るパンに変えられる」
「パンを取れ」
 この言葉が騎士達から出された。
「昂然としてそのパンを」
「肉の力と強さに変えよ」
「死に至るまで誠実に」
「如何なる労苦にも揺らぐことなく」
「救世主の技を実現せよ」
「今こそ」
 そして今度は。
「葡萄酒を取れ」
「新たにその葡萄酒を」
 血であった。
「命の燃える」
「血に変えよ」
「協力を喜び」
「兄弟の誠実さを保ち」
「幸深き勇気を奮い」
「そして戦うのだ」
 こう述べられていってであった。
「信仰に幸あれ」
「愛と信仰に幸あれ」
「愛に幸あれ」
「信仰に幸あれ」
 騎士達の言葉が続く。そのうえで粛然と広間を後にする。王は暫くそこにいた。だがその顔は次第に俯いていき倒れるようになった。小姓達が王を気遣って集まるがその脇から赤いものが滲み出ていた。
 王はそのまま連れて行かれる。そして若者とグルネマンツだけになった。だが若者は胸に手を当てて王を同情する顔で見ているだけであった。
 グルネマンツは彼の傍に寄りだ。難しい顔で問うのだった。
「何かわかったか?」
「何かって?」
「今見たものがわかったか?」
 こう問うのだった。
「御前が今見たものがだ」
「一体何を」
 戸惑った顔での返答だった。
「僕が何を」
「そうか。やはり御前は只の愚か者か」
 グルネマンツはそこまで聞いて残念そのものの声で述べた。
「所詮は」
「僕は一体」
「行くがいい」
 その諦めた声での言葉だった。
「好きな場所に行くがいい」
「ここを去る」
「その前にパンと葡萄酒位はやろう」
 これは彼の気遣いであった。
「しかしだ。腹の中に入れたならばだ」
「ここを去る」
「そうだ。その時には何も傷つけるな」
 先程の白鳥の話である。
「わかったな」
「うん、じゃあ」
「共に悩みて悟りゆく」
「純粋無垢の愚か者」
 またこのことが言われた。
「信仰に幸あれ」
「愛に幸あれ」
 若者はその言葉の中を去っていく。今聖者はいなかった。



今回はどんな話なのかな。
美姫 「聖杯や槍とか出てきたけれど」
愚か者を探す話しみたいな感じでもあるし。
美姫 「どうなるのか楽しみね」
ああ。次回も待っています。



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