『アマールと夜の訪問者』





 澄み渡った夜空。無数の星が瞬いている。
 赤い星もあれば青い星もある。白い星もだ。様々な色の星達が濃紫の幕の上に瞬いている。その星達を見ながら一人の男の子が角笛を吹いていた。
「奇麗だなあ」
 小さな粗末な小屋の外からその星達を見上げて言うのだった。黒い髪と瞳の表情はあどけない。無垢そのものの顔をしている。小柄で華奢な身体を粗末な服で包んでいる。
「冬の空って本当に奇麗だなあ」
「アマール」
 しかしここで、であった。その粗末な家の中から声がしてきたのだった。
「そこにいるの?」
「あっ、お母さん」
「もう寝なさい」
 家の中から聞こえてくるのは少し歳がいったような女の声だった。
「いいわね」
「うん、わかったよ」
 アマールと呼ばれた男の子はその声に応えて頷いた。
「けれど」
「けれど何?」
「星が凄く奇麗だよ」
 今もその星達を見上げている。彼の周りは彼の家と同じ様に小さな家が点在している。どうやら小さな村に住んでいるらしい。
「とてもね」
「それはわかったから」
 一応我が子の言葉を受けはするのだった。
「寒いから早く寝なさい」
「寝ないと駄目なの?」
「駄目よ」
 今度は厳しい言葉だった。その言葉と共に黒い乱れた髪を後ろで束ねた三十程の女が出て来た。やはり粗末な服を着ており顔はやつれている。表情も黒い目も疲れたものである。
「あんたの脚にも悪いわよ」
「脚にも悪いんだ」
「冷えるとよくないわ」
 だからだというのである。
「だから。いいわね」
「わかったよ。脚を早くなおさないといけないからね」
「そうよ。だからね」
 また我が子に対して言うのであった。
「早くお家に入りなさい」
「うん」
 こうして彼はまずは立ち上がった。手元に置いていたその杖を持ってそのうえでそれを支えにして立ち上がる。ゆっくりと立ち上がってそのうえで家の中に入る。
 家の中は暗い。そして何もない。部屋の中にあるのは古い藁のベッドだけである。その他にあるものは何一つとしてない。極めて貧しい有様である。
 アマールはそこに入ってすぐに藁のベッドの上に寝た。母もその横にいる。
「それじゃあお母さん」
「寝なさい」
「うん。じゃあ」
 こう応えてそのうえで。ふと母に尋ねるアマールだった。
「ねえお母さん」
「どうしたの?」
「お父さんいなくて寂しくない?」
 こう母に問うのであった。母に顔を向けて。
「お父さんが」
「寂しくはないわ」
 心を隠してこう答える母だった。
「別にね」
「そうなんだ」
「アマールが心配してはいけないわ」
 アマールに優しい顔を向けての言葉であった。
「貴方はそれよりも」
「それよりも?」
「足を早くなおしなさい」
 こう言うのだった。
「いいわね。足をね」
「うん、わかったよ」
 アマールは母の今の言葉に邪気のない笑顔で頷くのだった。
「それじゃあね」
「お休みなさい」
 ここまで話して静かに眠ろうとする。しかしここで。
「若し」
「どなたかおられますか?」
「宜しければ」 
 扉の方から声が聞こえてきた。男の声だった。
「扉を開けて下さい」
「そして私達を入れて下さい」
「御礼は約束しますので」
「あれっ、お母さん」
 その声に最初に気付いたのはアマールだった。
「声が聞こえるよ」
「声が?」
「うん、男の人の声だよ」
 ベッドから上体を起こして母に告げるのだった。
「それも三人いるよ」
「三人?」
「どうしよう」
「旅の人かしら」
 母はまずはこう考えたのだった。
「それでここまで」
「困っているのなら助けないといけないよ」
 アマールは子供らしい無邪気さから母に話した。
「やっぱり」
「ええ、わかってるわ」
 我が子のその言葉に静かに頷く母だった。
「それじゃあ」
「うん、じゃあ」
「アマールはそのままでいいわ」
 脚の悪い我が子を気遣ってのことである。
「お母さんが行くから」
「あっ、いいよ」
 しかし母が起き上がるよりだった。アマールは杖を使って起き上がったのである。
 そうしてそのうえで扉に向かう。そこでまた母に告げた。
「僕が行くから」
「脚、大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ」
 にこりと笑って母に告げるアマールだった。
「歩けるから」
「無理はしないでね」
 我が子をまだ気遣っている。アマールはその間に扉に向かいそれを開けた。するとそこには立派な服を来た三人の男と一人の従者が立っていた。
「君がこの家の子供だね」
「はい」
 アマールは最初の一人の問いに頷いた。
「そうです。アマールといいます」
「そう。アマール君だね」
「そうです」
 にこりと笑ってその人の問いに答えるのだった。
「わかったよ。僕はカスパーというんだ」
「カスパーさんですか」
「カスパー?」
 母は家の中でその名前を聞いてまずは顔をいぶかしめさせた。そして起き上がって扉のところまで来てその顔を見るとだった。
 若く端整な顔である。髪と目は黒く髭はない。その顔を見てわかったのだ。
「王様!?」
「王様って?」
「この方は王様なんだよ」
 驚いた顔で我が子に告げるのだった。
「王様がどうしてここに?」
「お母さんですか」
 今度出て来たのは茶色の髪と目の背の高い男であった。身体つきもがっしりとしている。その顔には少し皺も見られた。彼も立派な服を着ている。
「あのですね」
「貴方も」
 母は彼の顔も見て驚きの声をあげた。
「いらしたのですか」
「この人も王様なの?」
「そうよ、王様よ」
「メルチオといいます」
 その茶色の髪の男もまた答えるのだった。
「どうぞ宜しく御願いします」
「王様が一度も二人も」
「二人じゃないよ」
 しかしここでアマールが言うのだった。
「三人いるよ」
「三人!?」
「そうだよ、三人だよ」
 こう母に話すのである。
「三人いるんだけれど」
「まさか」
「いえ、そのまさかです」
 母が驚いているとこの声が聞こえてきたのだった。
 その声がした方を見ると白い髪とそれと同じく白い色の長い髭を持つ老人がいた。彼もまた立派な服を着てそこにいるのであった。
「私も入れまして」
「貴方様まで」
 彼の姿を見て余計に驚く母だった。
「いらしてたんですか」
「やるべきことがありまして」
「ねえお母さん」
 アマールがここで母に尋ねる。
「この方も?」
「そうよ、王様よ」
「バルサザーといいます」
 それがこの白髪の王の名であった。自ら名乗ってきたのだった。
「はじめまして」
「王様が三人も」
 母はあらためてその三人の王を見て言った。
「どういうことかしら」
「それでですが」
「宜しいでしょうか」
「あのです」
 その三人の王達が母とアマールに声をかけてきた。
「宜しければですが」
「一晩の宿を御願いできますか」
「御礼はしますので」
「御礼ですか」
 御礼と聞いて母の目が動いた。
「それは一体」
「これです」
「如何でしょうか」
「これをお渡しするということで」
 王達がこう言って出してきたのは宝石だった。それもかなり大きな。
「それは・・・・・・」
「駄目でしょうか、これでは」
「ではこういうものもありますが」
「これも」
 王達は続いて珊瑚を出してきた。次に水晶を。どれもアマール達にとっては全く縁のないものだった。
「そちらの都合もありますし」
「駄目ならいいのですが」
「私共は外で休むことにしますので」
「いえ、そんな」
 母の目は王達の出す様々な宝に釘付けだった。そしてそのうえで言うのだった。
「宜しければ」
「そうですか。それでは」
「御言葉に甘えまして」
「お邪魔させてもらいます」
「わあ、王様がお家に入って来たよ」
 アマールは三人の王と従者が家の中に入って来たのを見て満面の笑顔になった。王達は家の空いている場所にそれぞれ座った。そうしてアマールと母の話を聞くのだった。
「そうですか。アマール君が脚が悪いのですね」
「はい」
 暗い顔でカスパー王の言葉に答える母だった。
「その通りです。二年前の怪我で」
「その時の怪我で、ですか」
「その時に夫も亡くなりまして」
 母はそのことも話すのだった。
崖から落ちて」
「それはまた」
 メルチオ王は彼女の言葉を聞いて同情を見せてきた。
「お気の毒な」
「それからは母一人子一人です」
「しかもお子さんは脚が悪い」
 バルサザー王はアマールを見ながら述べた。
「まことにお気の毒な」
「何とかやっていますが」
 言いながら王達の手元を見る。三人共その手首に如何にも高価そうな腕輪をしている。金を元にしてそれをサファイアやルビーで飾っている。
「今は」
「今はですか」
「はい」
 母はこくり、と力なく頷いた。
「そうです」
「今はですか」
「これからは」
「わかりません」
 答える言葉はさらに暗いものになった。
「どうなるのか」
「そうですか。これからはですか」
「わからないのですね」
「ねえお母さん」
 アマールは暗い話をする一同の中でただ一人明るい。そうしてそのうえで言うのだった。
「それでだけれど」
「どうしたの?アマール」
「ほら、これ」
 言いながら王達の腕輪を指差すのだった。
「物凄く奇麗だよね」
「ええ、そうね」
 我が子の言葉に頷く。頷きながらごくり、と唾を飲み込んだ。
「とてもね」
「僕もこういうのが欲しいな」
 子供だからその高貴さは何もわかっていなかった。
「こんな奇麗なのがね」
「そうなの」
 自分の感情は今は必死に包み隠していた。
「貴方はそうなのね」
「僕欲しいよ」
 また言うアマールだった。
「こんな腕輪が」
「アマール」
 ここでまた言う母だった。
「今はね。静かにしていて」
「静かに?」
「そうよ。静かにね」
 また言うのだった。
「わかったわね」
「うん、わかったよ」
 アマールはここでも静かに母の言葉に頷くのだった。
「それじゃあ」
「御願いね。今は」
 そんな話を暫くしてやがてベッドを整え王達にそのベッドを貸して眠りに入った。だが母は一人だけで寝られず目を開けていた。どうしてもあの宝のことが頭に思い浮かぶのである。
「あの腕輪や宝石があれば」
 彼女は思うのだった。
「こんな生活とも」
 今も生きるのがやっとでこれからどうなるかわからない。そう思うとだった。
 起き上がりそのうえで王達の枕元に手をやる。王達はすやすやと寝ている。
「今なら」
 その王達を見て呟いた。
「少しだけでも。宝石の一粒だけなら」
 いいだろうと自分自身に言い聞かせて。そのうえで水晶を一粒取ろうとした。その時だった。
「待って下さい」
「あっ・・・・・・」
 従者が咄嗟に起きて彼女の手を掴んできたのである。
「それを取ってはいけません」
「うう・・・・・・」
「貴女は何をしているのかわかっていますか?」
 あらためて彼女に問うのだった。
「今何をしようと」
「そ、それは」
「むっ!?一体」
「何だ?」
「何が」
 王達もアマールも二人の声を聞いて目を覚ました。そうしてその枕元を見ると。
「お母さん、何をしてるの?」
「アマール・・・・・・」
「どうしたの?」
「これは・・・・・・」
 言えなかった。我が子には。
 しかしだった。子供はすぐにわかった。そのうえで王達に対して必死に頭を下げて謝るのだった。
「許してあげて!」
「許す?」
「許すって?」
「お母さんを許してあげて」
 母の前に来て必死に謝るのだった。
「お母さんは悪くないから。だから許して」
「いや、坊や」
「落ち着いて」
「待ってくれないか?」
 しかし王達は穏やかな笑みを浮かべてこうアマールに告げるのだった。
「お母さんは何も悪いことはしていないよ」
「そうだよ」
「安心して」
「えっ、けれど」
「ですが」
 アマールだけでなく母も今の王達の言葉には驚きの声をあげた。それは従者も同じだった。
「私は今確かに」
「私達はこの家の中にお邪魔する前に申し上げた筈です」
「宝石を差し上げると」
「御礼として。覚えておられますね」
「は、はい」
 戸惑いながらもその言葉に頷く母だった。
「その通りです」
「ではそういうことです」
「貴女は私達の御礼を受け取った。それだけです」
「そこに何の不都合がありますか?」
 穏やかな笑みを浮かべて母に話すのだった。
「だからね。坊や」
「坊やが気にすることはないんだよ」
「お母さんは御礼を受け取っただけだからね」
「そうなんだ」
 アマールはそれで納得したのだった。王達はさらに言った。
「それにです」
「私達は今赤子を探しているのですが」
「赤子をですか」
「はい」
 母の言葉に対して頷いてみせた。
「そうです、赤子です」
「神によって選ばれた主である赤子」
「その方をです」
 探しているというのである。キリストをである。
「その方には宝石や黄金なぞ必要ないでしょうし」
「それにこうした時の為に使うものです」
「何でしたらさらに」
「すいません」
 王達の言葉に平伏してしまう母だった。
「私も貧しくなければ何か御礼ができるのですが」
「いえ、こうして泊めて頂いていることが何よりの御礼です」
「今日は寒い。雪が降るかも知れませんしね」
「そこで泊めて頂いて」
 感謝していると。穏やかな笑みと共に言うのであった。
「これが何故御礼ではないのでしょうか」
「私達の御礼なぞこれに比べればささやかなものです」
「寂しい外で凍えて死ぬよりはです」
「そう言って頂けるのですね」
 母も心が洗われるようだった。そしてその横からアマールが言うのだった。
「それじゃあ」
「アマール。どうしたの?」
「僕が御礼にこれをあげるよ」
 こう言って王達に自分の杖を差し出したのである。
「これをね」
「杖をなの?」
「僕が持ってるのはこれだけですけれど」
 歪みのない笑みで言って差し出すのだった。その杖を。
「どうか受け取って下さい。御礼です」
「しかし坊や」
「その杖は」
 王達は彼の差し出したその杖を見て怪訝な顔にならざるを得なかった。
「脚の悪い君の為のもの」
「それがなかったら君は」
「いいんです」
 しかし彼の笑みは変わらない。
「僕は杖がなくても動けますから。だから」
 言いながら立ち上がる。するとだった。
「えっ!?」
「自然に!?」
 アマールも母もその彼を見て驚きの声をあげた。何と自然に立ち上がることができたのだ。杖もなくごく自然に。すっと立ち上がられたのである。
「まさか」
「お母さん、見て」
 アマールは言った。するとだった。
 跳ねる、そして歩ける。彼はその狭い家の中で飛び跳ねていた。
「動けるよ、歩けるよ」
「そんな、今までずっと満足に歩くことすらできなかったのに」
 母は動き回る我が子の姿を見て驚きのあまり呆然となっていた。
「それがどうして」
「奇蹟ですね」
「これこそが神の」
 王達がこうその母に対して語った。
「そう、坊やが私達に杖を差し出してくれたその優しさが」
「神の元に届いたのです」
「だからです」
「そうなのですか」
 母はそれを聞いてあらためて呆然とするのだった。
「神が。それでこの子を」
「この子は神の祝福を受けたのです」
「その愛を」
 こうも言う王達だった。
「それでですが」
「御母堂、御願いがあるのですが」
「宜しいでしょうか」
 そして王達は真面目な顔になって母にそれぞれの顔を向けてそのうえで彼女に対して申し出るのだった。神のその愛を感じながら。
「この坊やをですが」
「是非私達の主を探す旅に同行させて下さい」
「宜しいでしょうか」
 こう申し出たのである。
「アマールをですか」
「はい」
「その通りです」
 母の申し出にも頷いてみせる王達だった。
「是非共」
「宜しいでしょうか」
「そうですね」
 母は王達の申し出に暫し考えた。しかし今も楽しそうに跳ね回る我が子を見て。そのうえで心を定めてそのうえで王達に対して告げるのだった。
「御願いします」
「よいのですね」
「それでは」
「はい、御願いします」
 澄み切った顔での言葉だった。
「アマールをどうか」
「有り難うございます」
「それでは」
「お母さん、いいの?」
 アマールは動きを止めて母に尋ねた。
「僕が王様達とそんな素晴らしい旅に出て」
「ええ。行ってらっしゃい」
 アマールに対してはこのうえなく優しい言葉をかけるのだった。
「それが御前の果たすべきことだからね」
「僕の果たすべきこと」
「御前は神に祝福された子なんだよ」
 その優しい言葉で我が子に語る。
「だから。行ってらっしゃい」
「うん。じゃあ」
「それじゃあ坊や」
「行こうか」
「早速ね」
 王達は立ち上がってそのうえでアマールに告げた。
「そして主を見つけよう」
「我等を導き愛を下さる主を」
「そのお姿を見つけに」
「はい、わかりました」
 アマールは満面の笑顔で王達の言葉に答えた。従者もここで立ち上がる。母に対して多くの高価な贈り物を授けて。
 彼等はそのまま戸口を開ける。母もそこに来てそれで見送る。
「では今より」
「坊やを預からせて頂きます」
「はい」
 澄み切った笑顔で頷いて応える母だった。
「それでは御願いしますね」
「お母さん、じゃあ行って来るね」
 アマールは王達の横で母に対して右手をあげて大きく振っていた。
「僕、主に会いに行くよ」
「行ってらっしゃい」
 そのアマールにその澄み切った笑顔で見送りの言葉を贈った。
 一行の周りに静かに白い雪が降りだしていた。雪は満月の白い光の中に照らし出されていた。その光はアマール達も照らし出して導いているのであった。主の下へ。


アマールと夜の訪問者   完


                                        2009・10・6



普通に許しを得て、足も治ってという話じゃなかったか。
美姫 「一緒に旅に出るのね」
何となく続きがありそうな感じの話だったけれど。
美姫 「確かにね。でも、これでお終いみたいよ」
みたいだな。投稿ありがとうございました。



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