『真に守るべきモノ』





第七章「二つの黒き刃、二つの紅き檻髪」


雨音のする窓、しんと冷たい廊下。
明かりらしい明かりは無く、所々にある非常灯が闇を蒼く照らす。
ただ突き当たりの部屋の上にある光だけは蒼では無く、朱い血をイメージさせる色を放っていた。

『手術中』

たったそれだけの文字が表記されている。
ここは海鳴大学病院。
時間は夜遅くを廻っている事もあり、今は人の姿を見る事は無い。
ドアに向かって立っている自分以外・・・・・・。
正確には自分だけでは無い。
ただ、今この場には居ないだけ。
恐らく病院内に居るのだろうが、気を掛けるべき相手は今はこのドアを挟んで向こう側。
そして自分に出来る事と言えばただ祈る事だけ・・・。
じっとドアを見つめる。
不安で不安で仕方が無い。
このまま居なくなるんじゃないか、ずっと目覚めないんじゃないか・・・。
あの優しい、ぎこちない笑顔を見る事がもう出来なくなるんじゃないか・・・。
愛していると言ってくれた声がもう聞けないんじゃないか・・・・・・。
小さな不安がより大きな不安の波に飲み込まれる。
それを押し返すかのように、目を瞑り手に力を込めて必死に祈る。
共に時を過ごした記憶が蘇る。
まるで走馬灯のように・・・・・・。
首を振り、邪念を振り払う。
目を開けて何も変わらないドアを見る。
時間は全然経っていない。
でも、とても永い間待った気がする。
もどかしい。
ぎゅっと手に力が入る。
この時わたしは気付いていなかった。
納刀されていない刃を握り締めていることを・・・・・。
手に持つ二刀の小太刀が自分の血で染まり、手から朱い雫が刃を沿いその先に小さな池を作っているのを・・・・・・・。
雨で濡れ出来た池と混じり、まるで陰陽の様に彩る池を・・・・・。


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リビングに入るといい匂いがしてくる。
そろそろ夕食時。
この家に住む二人の料理人が仕度をしているのだろうと私は思った。

「おい、レン。
 ボール取ってくれ」

「はいよ〜」

緑の髪の女の子と青い髪の女の子がキッチンでテキパキと料理をしていた。
レンこと鳳蓮飛と城島晶の二人である。
この二人は料理が上手でよくキッチンに立っている。
暫く後から二人を見ていたが、ただ見ているだけも悪いし手伝いでもしようかと思った矢先に・・・・・・。

「だ〜〜〜〜!
 てめぇ、何してやがる!!!?」

「何って料理の準備やけど、そんなん見て分からんか?」

「そんなの見て分かる!
 俺が言ってるのは・・・」

「いちいちうるさいおさるやな!
 大きい声出さんでも聞こえてるわ!!」

「んだと、このカメ!!」

始まった・・・・。
この家での恒例(?)行事。
晶とレンのケンカが・・・・・。
ここに来てから見ない日の方が少ない出来事。

(ホント、何処でもどんな時でもケンカするわね)

本来ならストッパーとなる子が居るらしいんだけど、私達がこっちに来てからまだ一度も会っていない。
で、最近では彼女達を止めるのがこれまた恒例となりつつある。
小さく溜め息をつき、互いに噛み付きそうな顔をしている二人に声を掛ける。

「コ・ラ!
 二人とも。
 またケンカしてる」

顔が僅かに引きつらせたまま二人がこっちを見る。

「あっ・・・」

「ル、ルビナスさん・・・・」

体を固定し首だけが動く。
この二人を見ていると、同じ救世主クラスの大河君とリリィを思い出す。
本当に彼らの関係と重なって見えたからだ。
そう思いながら僅かに肩を竦めて改めて二人を見る。

「全く。
 何で料理がケンカに発展するの?」

「「このカメ(さる)が・・・・」」

「・・・・・・・・・息ぴったり何だからもう少し仲良く出来ないの?
 ある意味、貴重だと思うんだけど・・・・」

「「無理です」」

本当に息の合う・・・・。
大河君とリリィと違ってこの二人は物凄く息が合うのである。
恐らくその気になれば合図や掛け声など無しに意思の疎通が出来るのではないだろうかと思う程に・・・・・・。
などと考えているとレンがはぐらかす様に話を振ってきた。

「あぁ、ところでどうしたんです?
 何か飲みもんですか?」

(レン・・・もう少しはぐらかし方あるんじゃないかしら?)

本気でそう思った。
どうやら根は正直な分、嘘が下手の様だ。
苦笑しながら取り合えず乗ってあげる事にする。

「いい匂いがしてきたからリビングに来たら二人が料理してたの。
 それで、お手伝いでもと思って・・・・・・」

「あ、良いですよ。
 ゆっくりしてて下さい。
 お客さんに手伝ってもらう訳には・・・」

「でも、流石に何もしないで居座るのも居心地が悪いし・・・」

「・・・・・・・・・ほなら手伝ってもらえます?
 ルビナスさんの料理の腕前も見たいですし」

レンが察してくれたのか、フォローしてくれる。
晶もそれを感じたのだろう。
特に反対もせずに三人で夕食の準備をする事になった。

「そういえば、美由希ちゃんはどうしたんやろ?
 さっき帰って来てたよな?」

「ああ、彼女は多分道場だと思うわ。
 さっきカエデと歩いてるの見たから・・・」

「と言う事は、二人で夕食前の運動と・・・」

晶の声とほぼ同時ぐらいに道場から二人が訓練する音が響き出した。


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出会いは突然だった。
今でも行っている夜間訓練。
フィアッセを狙った脅迫状の事件でわたしは強敵と戦った。
あの時の戦いで髪を斬られてしまい、今ではショートヘアになっている。
ギリギリの戦い。
でも、そのお陰でまた強くなる事が出来たと思う。
だから、今よりも更に高い所を目指して日夜訓練をしている。
いつものように恭ちゃんと移動がてらのランニングをしながら八束神社へと向かった。
階段を上がりきり、ストレッチをして森へと入る。
ここまではいつも繰り返されていた日課だった。
森へ入って行くと、人が倒れていた。
それも二人・・・。
恭ちゃんと顔を見合わせて、お互い頷き二人に駆け寄る。

「もしもし、大丈夫ですか?」

「しっかりして下さい」

体を少し抱えて起こす。
恭ちゃんの抱えている人は白い髪のリボンをしている小麦肌の女の子。
こっちは緑の髪の忍び装束の女の子だった。
息はある。
それを確認して二人を抱き上げて神社の傍に寝かせれる場所へと移動した。
それから数分。

「う・・・・・・ぅう・・・・・・」

緑の髪の女の子が目を覚ました。
虚ろ目で周りを確認している。

「大丈夫ですか?」

不意に声を掛けるとビクッと反応してサッと音を立てて消える。
その瞬間反射的に体が動いた。
気配は右後方。
気配と正反対側に体をずらし、振り向きながら後退する。
そこにはさっきの子が・・・・・・。
手にはクナイが握られている。
こちらも構えて対峙するが、戦う理由が無い上に状況が読めない。
女の子を挟んで反対側に居る恭ちゃんも構えているが殺気を放っていない。
それを確認してから女の人に声を掛けた。

「あの、わたし達怪しい者じゃ無いんです。
 訓練している場所に貴女達が倒れていたんで、それで・・・・・・」

「倒れていた・・・?」

さっきまで放たれていた殺気が薄れていく。
考え込むような顔をして周囲を見回す。
そしてハッとした顔をしたと思うと、もう一人の女の人の所に向かう。

「ルビナスどの!?
 起きるでござる、ルビナスどの!!」

「ん・・・」

体を揺すられて白い髪の女性がゆっくりと目を覚ます。

「カエデ?」

静かに体を起こしながらこちらを見回す。
多分、状況が読めていないのだろう。
少し困惑の色が顔に表れる。
だが、こちらの方が少し冷静の様だ。

「カエデ、貴女だけ?」

またもやカエデと呼ばれた女性がハッとする。
こちらに向き直り、声を荒げて言う。

「そうでござった!!
 拙者達の他に人は居なかったでござるか!?」

恭ちゃんと顔を見合わせてから向き直る。

「貴女達二人だけでしたけど・・・」

「そうでござるか・・・」

肩を落として落胆を表す。
それを見た恭ちゃんが理由を聞きたいと申し出た。
最初は渋っていた・・・・・・と言うより、説明に困っている顔をしていたがゆっくりと少しずつ話を聞かせてくれた。
異世界、救世主、召喚器・・・・・・。
そして救世主戦争と呼ばれるものがまた始まろうとしている事・・・。
話が終わった時、わたしは多分驚いた顔をしていたんだと思う。
自分の知らない世界で自分の住む世界を含む全世界を賭けた戦いが繰り広げられていた事に・・・・・・。
何て声を掛けたら良いのか分からない。
発言に困り、恭ちゃんに目を向ける。
腕を組んで目を閉じ、じっと話を聞いている体勢のままだ。
わたしは勿論、話をしてくれた二人も視線を恭ちゃんに向けている。
暫くの沈黙。
どれぐらい経っただろう?
恭ちゃんが目を開き、二人の方へ一歩歩み寄る。

「その戦い俺達も協力出来ませんか?」

カエデさんとルビナスさんが驚いた顔をした。
わたしはある程度予想出来ていたのでそれほど驚きの顔をしなかったけど、それでもスケールが大きい事に戸惑いはあった。

「でも、見ず知らずの貴方達に迷惑を・・・・・・」

御神の剣は守る為の剣。
恭ちゃんはそう言った。
わたしもそれを信じている。
手伝える事があるのなら協力したい。
この気持ちに嘘は無かった。
失敗の後悔より何もしない後悔の方がきっとつらい。
驚きが無くならない二人だったけど、暫くするうちに納得してくれた。
そこから更に話を煮詰めていった。
二人の住む所から、戦いの為次に取る行動。
話していく内に時間が過ぎていき、この日の訓練はせずそのまま二人を連れて帰宅した。
家に帰って、かあさんと晶、レン・・・あと泊まりに来ていた忍さんに掻い摘んで説明する。
破滅に関しての話は出来るだけ省いて・・・・・・。
ある程度驚いてはいたが、妹のなのはが魔法使いしている前例がある為にわりと冷静に考えてくれた。
二人がうちに住む事にかあさんが快く承諾してくれた為、決定。
簡単な挨拶を交わして二人の為に簡単なご飯を晶達が用意してくれた。
まじまじと珍しそうに料理を見て、口に運ぶ。
レンも晶も口に合うか不安なのだろう。
じっと二人を見て感想を待つ。

「美味しい」

「本当でござる」

それだけの感想だったがレンも晶も満足顔だった。
取り合えず二人を部屋へと案内してから、恭ちゃんと二人でまたかあさんの所に行く。
今度は自分達が戦いに行こうとしている事を伝えた。
黙った聞いていたかあさんだけど、ゆっくりと私と恭ちゃんに近づく。
そしてぎゅっと抱きしめてくれた。

「・・・・・・私は二人が心配。
 だから本当は止めてあげたいけど、心は決まってるんでしょ?」

抱きしめられたまま、わたしも恭ちゃんも無言で頷く。
ゆっくりと離れてわたし達の目を見るかあさん。

「なら、私から言えるのは一つだけ。
 必ず帰って来なさい。
 あんたたちの家はここなんだから・・・」

優しくて厳しい言葉。
だから余計、この言葉に応えようと思う。
血の繋がりは無いけど、やっぱりわたし達のかあさんだから・・・・・・。
そう決めて一週間ぐらい過ぎた。
当面の出来る事はいつでも戦える様にする事。
だから出来るだけ普通の生活をしながら時間を見つけては訓練に励む様にしている。
そして今がその時・・・。
家の庭先にある道場。
わたしは木刀の小太刀を二本順手に持ち構えている。
対峙するのは緑の髪の忍者。
左手を前に出し、右手を体の後ろに・・・・・・半身の構えでいる。
忍者だけあってカエデさんの動きは速い。
わたしも速さには自信があった。
でも、カエデさんはそれより更に速い。
一撃が入るタイミングでも避けられてしまう事があるのだ。
だから、一瞬の油断が命取りになる。
それに召喚器。
初めて手合わせした時にわたしはその力に驚かされた。
雷を纏ったり、炎を出したり・・・。
カエデさんの身体能力と相乗して敵に回すと本当にやっかいである。

 スッ

道場の床を擦る音。
僅かに足を動かし距離を測る。
今の距離が大体5m程。
互いに相手の出方を伺いつつ、互いに仕掛けるタイミングを計っている。
既に遠間での競り合いが始まっていたのだ。
一分、三分、五分・・・。
時間だけが過ぎていく。
と・・・・・・。

 ダダンッ!!

二人ほぼ同時に木の床を蹴る。
5mもの間が一気に縮まり目の前に相手がいる。

「はああぁぁぁぁ!」

「たあぁぁあぁぁ!」

わたしは右の木刀で斬り掛かり、カエデさんは左の手甲で攻撃してくる。
共に相手に当たる事無く体の間で競り合う。
左の木刀で腹部を目掛け突き入れるが、右手で内側に誘い込まれるかの様に捌かれる。
そして空いた腹部に左からの蹴りが来る。
上半身での防御は不可。
一瞬の判断で左足を上げ、足の裏で受け止める。
攻撃の反動を利用してその足を土台として両足を使い、後方に飛ぶ。
着地前に空中でに飛針を投げる。
カエデさんはこれを同じようにクナイを投げ落とす。

「え!?」

それを読んでいたのだろう。
クナイを投げると同時に間合いを詰めてきていた。
着地のタイミングで飛び蹴りが襲い掛かってきたのだ。
木刀を交差し、攻撃を防ぐが足が地面に着かずそのまま後ろに飛ばされる。
更にそのまま追い討ちが来る。
飛び蹴りを放ったまま空中で体を撓(しな)らせて、加速に乗って再び蹴りが来る。

「ひとつ!」

それを右の木刀で体を捻りながら捌く。
捌き後ろに逸らしたのだが、その先でカエデさんは壁に着地。
壁を蹴って再び蹴りを放ってくる。

「ふたつ!」

捌いた反動で体の正面がカエデさんの方を向いていた為、これも一撃目と同じ様に捌く。
そしてカエデさんも二撃目と同じ方法で壁を蹴り三撃目が来る。

「みっつ!!」

(埒が明かない!)

空中で固定されたままではこちらが攻撃できない。
何とかして攻撃に転じないと・・・・・・。
そう判断したわたしは三撃目を受け流すのではなく受け止める方法を取った。
木刀を交差に重ね、蹴りの中心で受け止める。
そのままの衝撃の反動と跳ね返す勢いで後方の壁に足を着ける。
そして弓の様に撓り、勢いよく跳ね返したカエデさんに向かって行き木刀を振るう。

 ガン!

あと数cmと言う所で防がれてしまった。
バックステップをして再び距離を取る。
が、先程の様に静かな競り合いをする事無くすぐに間合いが縮まる。
一度動き出すと止まらない戦いがここから更に一時間程続いた。


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翠屋での仕事を終えて、忍の車で月村家へと向かう。
助手席に忍を乗せて車を走らせる。

「お疲れ様、恭也。
 わざわざありがとね、送ってもらって・・・」

「気にするな。
 好きでやってる事だしな」

まぁ、その送るのが自分の車でないのが少し空しかったりするのだが・・・。

「でも、本当に良いの?
 帰り・・・・・・ノエルに送らせようか?」

運転している為に顔をはっきりと注視する事が出来ないが、言葉に感情がはっきりとあり伝わってくる。
それを感じながら頬を緩ませ、恭也は答える。

「ああ、帰りは走って帰るよ。
 ランニングがてらな」

「でも・・・・・・」

普段ならこの辺りで大体忍は納得してくれる。
だが、ここ数日に限ってはそれが無い。
それはここ数日が普段通りの夜ではないから・・・・・・。

「・・・・・・・・・もしかして、夜一人で街に出るのを心配してるのか?」

「・・・・・・・・・・・・」

赤信号で止まり、視線を前の窓から沈黙している忍へと目を向ける。
忍と少し目線が合うがすぐに逸らす。
膝元に置かれた手が服にしわを寄せるほどぎゅっと握り拳を作って俯いている。
最近の海鳴では事件が多発している。
多くは殺人事件なのだが、その内容がどうも掴めない。
人が殺されているのだから『殺人』に変わりは無いのだが、遺体からの出血が以上に少ない場合があるのである。
いわゆる『吸血鬼殺人』である。
一年程前に他の街でそう言う出来事があったと耳にした事があった。
警察で働くリスティさんも警戒はしてくれているようだが、止めることが出来ていないのが現状である。
その為に普段から人通りの少ない夜は出歩く人の数が一際減った。
それがあり、忍は夜の一人歩きを止めようとしてくれている。
そんな忍の髪を俺は優しくそっと撫でる。

「あっ・・・・・・」

忍が小さく声を漏らす。
その顔は僅かに赤らんでいる。
諭す様に話しかける。

「・・・・・・ありがとう、忍。
 大丈夫だから・・・・・・」

「・・・・・・・・・うん」

小さく頷く。
信号が青に変わろうとしているのでゆっくりと手を離す。
少し残念そうな顔をしているが、運転を疎かに出来ない。
忍に微笑みかけながら前を向き運転を再開した。
そこからの道は自分が一人夜を帰る事には触れない雑談をした。
今日の仕事の事、SEENAさんの新しい曲の事、イギリスで再会した昔馴染みの事・・・・・。
そして、ここ最近になって増えた同居人の事。

「ホント、心配してるんだよ?
 高町さん家にまた新しい女性が増えて・・・・・」

「そんなに心配か?」

「そりゃそうよ〜。
 いくら恭也が朴念仁でも、いつ間違いが起きて私は捨てられるか・・・」

明らかに気持ちが下がる方向に話を持って行っている忍だが、雰囲気がからかいモードである。
よよよとわざとらしく言いながら涙を流している。
・・・・・・・・・当然言うまでも無いが、涙は手に隠し持っている目薬である。

「・・・・・・・・・心配性だな。
 何度も言っているだろう?
 俺はお前を愛している・・・・・・と」

「っ・・・・・・うん・・・」

ほとんど不意討ち。
かつては朴念仁呼ばわりの風当たりが強かったが、今では大体読めるようになってきた。
今は忍が言葉に出して言って欲しいんだと。
読めるのだが、やはりこの手の台詞は今だに慣れない・・・。
頬が赤くなっているのが自分でも分かる。
顔は見えないが恐らく忍も顔を赤らめているのだろう。
人をからかう癖があるのに、物凄く純情である。
・・・・・・もちろんそんな所が良かったりするのだが・・・。
誤魔化す意味も込め話を逸らす。

「それに彼女達は大変な身の上だ」

「・・・・・・・・・そうだったね」

母に、美由希と二人で掻い摘んだあらましの話はしたが、忍には俺から全てを話していた。
晶やレンはともかく、忍とは恐らくこれからもずっと一緒に歩いて行くと考えているから・・・。

「でも、まだはっきりと何かあるってわけじゃないんでしょ?」

「そうでもない。
 彼女達が来てから始まった吸血鬼殺人・・・。
 タイミングが合い過ぎだ。
 絶対に何かある・・・・・・」

「・・・・・・恭也。
 もしかして、それを調べる為に一人で帰る気?」

忍の顔が引きつった、悲しい顔になっている。

「・・・・・・二人以上の遺体が一箇所からは出ていない。
 と、言う事は一人で居る人間を襲うと言う事だ。
 なら、こちらからエサを巻いてやる」

自分を囮にしての捜査法。
本来なら、エサとそれを周囲から警戒する人とが必要なのだが・・・・・・。

「だが、それは一度家に帰ってからだ。
 美由希達に話してから実行するつもりだしな。
 帰りは警戒と現れそうな場所のチェック、ランニングの兼ね合いだ」

それを聞いて納得はしきっていないものの、少し安堵感をだす忍。
ほどなくして月村家へと到着した。
門をくぐり、敷地内へと入っていく。
車を車庫に止め、玄関に向かう。
そこにメイド服の二人と少し小柄な少女が立っていた。

「お帰りなさいませ、恭也様、忍お嬢様」

ノエルが正しい姿勢でお辞儀をする。
横に居るメイド服の少女・・・・・・ファリンも同じ様にお辞儀をした。

「お帰りなさい、お姉ちゃん、恭也さん」

もう一人の少女・・・・・・忍の妹、すずかが声を掛けてくれた。

「ただいま〜」

「ただいま」

忍が元気に帰宅の挨拶をする。
が、出迎えてくれる人数が少ない事に気付き訪ねる。

「あれ?イレインは??」

その問いに苦笑しつつすずかが答える。

「あ〜、イレインはねこと遊んでいるの。
 ノエルが出迎えるように言ったんだけど、多分夢中なんじゃないかな?」

・・・・・・少々想像出来ない光景だ。
恐らく皆同じ感想なのだろう。
それぞれがそれぞれの顔で苦笑いをしている。
場を誤魔化す様にファリンが切り出す。

「すぐにお茶のご用意をしますので、どうぞ」

俺達を家に入るように言ってくれるのが・・・・・・。

「あ、すまないが、俺はもう帰ろうかと思っている」

断った。
ゆっくりしていくと調査に行く事無くそのままの勢いで月村家に泊まってしまいそうだったのもある為だ。
勿論、普段ならそうするかも知れないのだが、状況が状況だけに流石にそうも言ってられん。

「え?もう帰っちゃうの?」

忍が惜しそうに潤んだ瞳で見てくるが、そこは何とか我慢我慢。

「・・・ああ、すまない。
 今日はもうお暇するよ」

「では、お車で・・・・・・」

「いや、それもいい。
 それじゃあ」

ノエルの送迎の申し出も予想できていたのですぐに断る。
このまま問答で捕まる訳にも行かないので、早足に敷地内を門へと向かう。
何か言いたげの面々を残して・・・・・・。
ここを一歩出れば、御神としての自分の戦場(いくさば)となる。


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街を一人で歩く。
まだ夜は深く無いが、それでも人の姿はほぼ皆無。
月村家から歩いて家に向かう間に、まだ一人としてすれ違っていない。
それ位、街は異常な夜を過ごしていた。

(まるで古都だな。
違いと言えば家の中には人の気配はある事だけ。
それ以外はまるっきりだ)

気配を探りながら辺りを見回す。
何時でも対処できるよう八景を準備して・・・・。
家に向かう道。
人気の無い道の更に裏道を探る。
今のところ、怪しい気配と言ったものは無い。
だが、嫌な雰囲気である。
人が居ない為に草や木がザワザワと荒ぶる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぅ・」

「!?」

風に混じりはっきりとは聞き取れなかった。
が、さっきのは間違い無く人の声。
それも良い意味では無く、悪い意味での・・・・・・。
聞こえてきた方へと全力で走り出す。
幾つ目の角だろう・・・・・その角を曲がり目の前の光景に息を呑む。
そこには人が三人居た。
いや、うちひとつは人だったモノか・・・・・。
恐らく女性・・・・。
既に事切れており、ピクリとも動かない。
これまでの事件同様、全くと言っていいほど血を流していない。
こちらに気付いたのだろう。
二人が振り返る。
一人は血を想像させる赤い髪の女性。
長さは腰に届くか届かないかぐらいの長髪。
そしてロングスカートを穿いて、何処か気品のある感じはするのだが、感情の読めない目と服に付いた返り血、口元に付いた血がそれを無にしていた。
そして、もう一人。
白く長い髪、大きなリボン。
目は緑の布で隠しており、表情は読めない。
だが、雰囲気と足運び。
そして手に持つ得物が剣士と言う事を証明していた。
更にその姿が、自分の知る人間に似ている事も・・・・・。

「・・・ふふ、今日は見つかってしまいましたね。
 少々、騒ぎすぎたかしら・・・?」

言葉に思考が中断させられる。
人一人を殺している人間の口調とは思えない程の弾みがあった。
少なくとも殺人と言う行為に罪悪感を感じている声では無い。

「・・・・・・・・・・・・・お前達か?
 街の人達を襲い続けているのは・・・・?」

出来るだけ静かに、しかし確かな怒りを内に秘めて声を出す。
いつ戦闘を始めても良いように、幾パターンかの手順を頭に照らし出しておく。

「ああ、そうだよ」

眼帯をしている女が答える。
こちらも否定をする気も無い。
一歩足を踏み出してくる。

「・・・・で、あんたはなんなんだい?」

女の問いに答えるより先に、右手に八景を抜刀する。
それを見て相手の表情が僅かに変わる。

「・・・・・お前達を探していた」

その変化には特に気にせず、俺は小さく言葉を出す。
握る八景の柄に力を込めながら・・・・・。
赤い髪の女が妖しげな笑みを浮かべる。

「へぇ・・・・。
 私達を探していた・・・・・と・・・。
 それで?
 探してどうするおつもりなのかしら?」

手の指をペキペキと鳴らしながら正対する。
眼帯をしている女も赤い刀身の剣少し上げる。
二対一・・・・・。
空気で分かる。
間違い無くこの二人は強い。
だが、御神に敗北は許されない。
敗北は死。
そんな言葉が頭をよぎる。
その場に訪れる沈黙。
息遣いも聞こえない。
その場一体が波目の立たない水辺の様に・・・・。

 ザァ

一陣の風が吹き、木々が葉を鳴らす。
鳴り終わる頃には今まで人が居た場所に人の姿が無かった。


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「・・・・・恭也さん、ご飯食べていけばよかったのにね?」

テーブルの向かいに妹のすずかがティーカップを持ちながらそんな事を言う。
既に夕飯を終えて、今は食後。
ノエルの用意してくれたお茶を二人で楽しんでいた。
ただ、わたしはまだ一度もカップに手をつけず、ずっと窓の外を・・・・・夜空を見ていた。
そんなわたしを見て、すずかが少し溜息をつき言葉を続ける。

「お姉ちゃん、一体どうしたの?」

「・・・・・え?何が?」

一瞬、声を掛けられたことに気付かず急ぎ言葉を返す。
が、それを見てすずかは呆れ顔をして見返す。

「何が?じゃないよ。
 ノエルがお茶を持ってきてくれたのを最後に、ずっと外を見てボーっとしてし・・・・。
 何かあったって言ってるみたいに見えるよ?」

少し心配そうな顔で言ってくる。
元が物静かな上に私と違っておしとやかな子なんだけど、他人が抱える悩みとかには人一倍鋭い。
姉のわたしから見てもとてもとても優しい子・・・・。
心配させてはいけないと思うのだが、多分この子の前では虚勢は無意味だろう。
それは長い間付き合っているわたしがよく分かっていた。
だから素直に、自分の胸中を話してしまう。

「・・・・・・・・・恭也がね、心配なんだ・・・・」

再び夜空に目をやりながらそう呟く。

「・・・・・吸血鬼殺人?」

すずかの不吉な単語にただ黙って頷く。
恭也が強い事はよく分かっていた。
前のフィアッセさんのコンサートで起こった事件も恭也や美由希ちゃんが解決したとも少し聞いた。
だが、決して『無傷』でと言うわけでは無かった。
美由希ちゃんは特に怪我をしては居なかったが、恭也は所々怪我をして帰ってきていた。
でも生きて帰ってきてくれる。
だから大丈夫、心配ない。
そう何度も何度も自分に言い聞かせる。
言い聞かせるのだが、わたしの予感が、わたしの血が、わたしの心がそれを否定する。
今まで感じたことの無い不安と言う闇。
それがドス黒い渦の様にわたしの心に覆いかかる。
まるで心を喰らおうとしている。
体を僅かに縮ませ、胸の前で両手を組みギュっと握る。
不安が爆発しない様に押さえ込む。
わたしのそんな光景を見ながら、すずかがポツリとしゃべりだす。

「・・・・・・・・・お姉ちゃんがそこまで不安になるって言う事は、何か他にも不安要素があるの?」

ティーカップを持って止まったままだったが、そう言いながらまたゆっくりとお茶を飲む。
伏せ目がちだった顔を上げ、すずかの顔を見る。
不安要素。
はっきりとしているわけではない。
これも直感に近い感覚が訴えてきているのだ。
だから、杞憂(きゆう)だとわたしは思っている。
でも・・・・・・すずかの瞳は全てを見透かす様に・・・・・・。

「・・・・・もしかしたら、わたしは吸血鬼殺人の犯人を知っているのかも・・・・・」

わたしの一言にすずかの手が止まる。
少しの沈黙の後、言葉を繋ぐ。

「もちろん、思い過ごしと思う。
 でも、わたしの勘がそう言ってくる」

根拠の無い言葉。
ただのクラスメイトが聞いたら心配のし過ぎと一蹴するだろう。
でもわたし達の間ではそれは無い。
通常の人間より優れた能力を持つ『夜の一族』には・・・・。

「・・・一族の中に犯人が居るって事?」

すずかも同じ事を感じたのか、それとも察したのかそんな事を言ってくる。
その言葉にわたしは静かに首を振った。

「一族に居るとは思えないわ。
 ただ知っている人なのかもと言う感じがする」

『夜の一族』の中に・・・・・・親戚の中に居るとは思えなかった。
一族の血を濃く受け継いでいるのも確かに居る。
でも、ここまで連続して血を摂取する必要が無い。
ましてや人を殺してまで・・・・・。
そこでひらめきの様なものを感じた。
人を殺しても足りない血。
その摂取を必要とする存在。

「・・・・・・・・・・秋葉・・・・・・?」

 パキン

その名を口にしたと同時に手をつけていなかったティーカップが、小さなしかしはっきりとした金属音を立てて真っ二つに割れ中身が零れた。
次の瞬間、弾かれた様にわたしは全力で外へと駆け出した。


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絶え間無き金属音。
刀身がぶつかる度、火花が散る。

「おおおおおぉぉぉ!!!」

「はあああぁぁ!」

常人には追えない動きと剣捌き。
共に攻撃を放ち防御を行う。
そこで繰り広げられるのは剣士として・・・・・戦士として高位に居る者達の戦いだった。
服は所々破け、微かにかすり傷が体に存在する。
それは相手も同じだったが・・・・。
女の左手が横に広げた。
そこに骨が集まり、一つの球体を作り上げる。
そしてそれを投げつけてくる。
今の戦いの中、一瞬の躊躇は命取りになる。
バックステップで距離を取り、向かってくる球体を無銘の小太刀を抜刀して叩き落す。
女はその球体を囮とし、開いた間合いを一気に詰めてくる。
勿論それは読んでいた。
だから、落ち着いてすぐに対処できる。
捌いたのは左手の無銘。
下からの切り上げで捌いた為、その勢いを殺さずに体を回転させ女からの追撃を右の八景で防ぐ。
次は勢いをそのままに左の無銘で突く。
今度は女がバックステップで距離を開ける。
逃がさない様に追い討ちをと思ったのだが、危険を察し踏み出した足でその場から一気に後方へ跳ぶ。

「ほぉら」

声と共に今居た場所に紅い炎の様なものが地面へと当たる。

(髪?)

そう、それは髪だった。
それも殺傷力のある・・・・・。
今まで様々な戦いをしてきたが髪の攻撃は初めて見た。
当たった地面が僅かに焦げている。
地面から顔を上げると、赤い髪の女が眼帯の女の前に守る様に立っている。

「糸に囚われたものの末路は知っていて?」

「なに?」

対峙する俺に赤い髪の女が、突然そんな問いを投げ掛けてくる。
俺は両の小太刀を順手に持ち替えながら相手を注視する。
だが、女は特に気にする事も無くゆっくりと自分の赤い髪を右手に絡ませ自分の体の前で晒す。
それはまるで赤い血が手の間から滝の様に流れているかの様を思わせる。

「この赤い檻髪は、誰であろうと逃がしはしないわ」

言い終わるとほぼ同時に、手から髪が流れ落ちきり、女の目にさっきよりも鋭い殺気が表れる。
右の指をペキパキとこちらに聴こえるほどの音を立てて、流れるような足運びで距離を詰めてくる。
反射的に体を後ろに反らす。
目の前に赤い軌跡を残しながら攻撃が迫る。
回避に成功はしたが次いで両足での払い。
軸を狙ったとかそんなものでは無い。
軸に関係無く、地に着いている足を同時に払う攻撃。
攻撃に対してのプランを一瞬に思考・・・・展開し、実行する。
僅かにその場に跳躍。
足払いを回避し、手に持つ小太刀を振り上げ、袈裟切りで攻撃しようとした。
が、トンと音を立てて目の前に別のものが現れる。
眼帯の女が赤い髪の女の背中を台にして俺との距離を詰め、赤い刀身が横薙ぎに払ってきた。
反射的に小太刀を交差させ、防ぐがそのまま横へと飛ばされる。

「くっ」

横に飛ばされたが、倒れる事無く着地。
すぐに相手を見る。
すると再び赤い刃が迫ってきていた。
また横薙ぎ。
垂直よりやや後ろ気味に跳び上がる。
空中で体を立て、赤い髪の女の位置を確認する。
それ目掛けて飛針を時間差で二本投げる。
赤い髪の女は僅かに口元を歪める。
左手を前に突き出し、手首を上に穿つ。

「そぉれ」

赤い火柱が立ち、飛針が飲み込まれる。
途中まで確認は出来たが、じっと注視する事無く視線は下で剣を構えている女に向く。
着地と同時に凄まじい金属音が響く。
ギリギリと刀身同士が擦れ合う。
女が口を開く。

「あんた、かなりの使い手だね。
 しかも私と同じ・・・・決して日に照らされる事無い剣。
 それが今対立する・・・・おかしいじゃないか?
 何であんたはその剣を持ってそんなに真っ直ぐな瞳をすることが出来る!?」

まるで迷子の子供の様な・・・・・・悲痛な叫びに聞こえた。
俺と同じ剣。
けど、異なる剣。
刃を交えるうちに感じていた酷似した力。
けれど、それを振るうのに違った心。
ほんの少しの思考の後、相手しっかり見て言葉を紡ぐ。

「確かにこれは照らされる事無い・・・・裏の剣だ。
 多くの血で染まっているかもしれない。
 そう考える度に、何度も何度も迷い立ち止まった。
 でも、何度考えても俺の答えは一つ。
 例え何であっても自分を・・・・・人を・・・・・大切なものを護る事は出来る!
 俺はその志と剣を受継いだ。
 それに答える為、そして帰りを待ってくれている人の為にも、俺はここで負けるわけにはいかないんだ!!!!!」

瞬時に力の入れ具合を変え、相手のバランスを崩す。
それにより開いた腹部に全力で蹴りを叩き込む。

「ごはっ!」

女が吐血しながら吹っ飛び、壁に叩きつく。
女を追いながら刀を腰の鞘に納刀する。
壁にぶつかって前のめりになっている女に一気に距離を詰めていく。

(今しかない!!)

そう判断を下していた為に、もう止まれない。
抜刀から高速の四連撃を放つ。
奥義・薙旋。
俺の技で一番扱い馴れた技だ。

「ぐっ」

一撃目、正面から女が防ぐ。

「なっ!?」

二撃目、同じ様に刀身を叩くが、今度は外に弾かれるようになり女が態勢を崩した。

「このっ!!」

三撃目、手に骨をかき集め即席の盾を作り防いだが、衝撃と同時に壊れる。

「し、しまっ!?」

そして最後の一撃。
本命は最初からこれ。
全てが入るとは最初から思っていなかった。
故に一撃を加える事を考えていた。
そう、剣士の戦いは一撃入ればそれで勝敗が決まるのだ。
相手が防ぐ術は完全に防いだ。
あとはこれを入れるだけ・・・・・のはずだったのだが、最後の攻撃も防がれてしまった。
赤い髪の女の爪によって・・・・・。
衝撃と同時に距離を拡げる。

「そう簡単にやらせると思って?」

もう何度目の対峙だろうか?
視線を交わすだけで突き刺さるような錯覚を覚える。
僅かな膠着のあと、赤い髪の女が手を交差させて頭の上に掲げ、少し跳びながら手を振り下ろした。

「行くわよ」

俺はその動きに警戒をした。
だが、女は動く気配を見せない。
『行く』と言ったにも関わらず、女が行動を起こさない。

(なんだ?)

こちらを惑わす為の言葉だったのか・・・。
それとも、急に判断を変えたのか・・・・。
両の小太刀を握り直し、相手を注視する。
知らず知らずのうちに、額から汗が流れ出ていた。

(どう言う事だ?さっきに比べて周囲の温度が上がった?)

俺は困惑していた。
女の不可解な行動。
そして、周囲の温度上昇。
これに接点はあるのか?
そこで気付いた。

「なに!?」

自分の周囲にゆらゆらと紅い空間が現れているのに。
ばっと相手に顔を上げる。
すると不敵な笑みを浮かべ、言葉を投げてきた。

「だから言ったでしょう?
 誰であろうと逃がしはしないって・・・」

言いながら再び女が手を挙げながら交差させる。
直感。
それが俺に叫んだ。
跳べと。

「燃えちゃえ♪」

空中から見下ろして見ていた。
さっきまで自分の居た、紅い空間が一気に燃え上がったのを・・・・。
もし、前後左右に動いても、一斉に燃え上がる炎の草原からは恐らく逃げ切れなかっただろう。
だが・・・・。

「跳ぶのがわかっていたからね」

目の前から声。
顔を上げた瞬間に顔面に衝撃が走った。

「ぐっ!!!」

左の頬から横殴りの衝撃。
上空に跳び上がると読んでいた剣士の女の蹴りである。
完全に捌く事も、衝撃を減らす事も出来ずに地面に叩きつけられ、その勢いのまま壁まで流される。
何とか受身は取ったものの、顔に受けた攻撃のせいか頭が軽い脳震盪を起こしている。
砂埃が晴れ、視界が開けたと同時に右肩に刃が突き刺さる。

「ぐぅ!」

呻き少し目を開けると赤い刀身が右肩から胸にかけて突き刺さっていた。
そしてその刀身の先には剣士の女。
汗を滲ませながら、相手を睨みつける。
眼帯をしている為に、表情は読めない。
だが、女は何か悲痛な面持ちで、柄を握っていた。

「・・・・・・・・・・・・」

そこに言葉は無い。
だが、何を言わんとするかは何となく知る事は出来た。










 アンタと私、同じはずなのに何で道が違うんだ?









それは疑問。
同じ存在が全く正反対の道を歩んでいる事への・・・・・。
それは夢。
もしかしたら自分は皆と今同じ時を過ごしていたのかも知れ無い事への・・・・・。
それは望み。
出来る事なら、こいつと同じ道を歩みたいと願う事への・・・・・。
思考の海へと沈んでいたのは2分ほど。
ある程度の強さを見につけている者が行う事としては有り得ない時間であった。
それは暗黒騎士と呼ばれる彼女が持つ葛藤。
そしてその葛藤は、名を呼ぶ声により終える。

「恭也ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」

自分を含め、全員がその声に反応した。
そこには自分にとって一番愛しい存在が・・・・・目頭に涙を溜め、手を胸の前で組む忍の姿があった。

(ダメだ!!)

俺は心でそう叫ぶ。
今俺は動く事が出来ない。
もう一人、赤い髪の女が忍を襲わないとも限りらない。
右にある痛みを無視して全力で抗う。
動く度に血が滲み吹き出る。
目の前の女は俺の抗う光景をどう思いながら見ているのだろう?
そうも思ったが、今は忍の安全が最優先と自分に言い聞かせる。
横目で見ると赤い髪の女が忍へと歩み寄っていた。
それを見て余計に焦りながら、それでも必死に行動を起こそうとする。

(まだだ、まだ!)

女は行動を起こしていない。
口元が動いている。
何かを話しているのだろうか?
時間が延びる分、今の自分には都合がいい。
どれくらいの時間が過ぎただろう。
女の口元が妖しく歪む。
そこではちきれた様に、俺は飛針で目の前の敵に投げつけ、楔(くさび)となっている剣を取り払う。
剣士の女を後退させて忍の方を見る。
赤い髪の女が手を頭の上で交差させ、体の回りに炎の鎧が現れる。
それを見て、自分の視界が一気にモノクロと化す。
奥義の歩法・神速。
だが、通常の神速の速度では間違い無く間に合わない。
そう判断を下し、さらに神速を発動させる。
神速の二段掛け。
あまりにも身体に負担を掛けるが、自分の体を省みる様な事をこの状況下で出来るはずが無い。
単純に神速の倍の速度で間合いを詰める。
そして薄れいく意識の中で最後に見て感じたのは、熱く動かない自分の体と、俺と忍を守る様に立つ赤い髪の女の後ろ姿だった。


<**********************************************************************>


駆ける。
ひたすら駆ける。
自分の探し人が何処に居るのかなんてわからない。
でも、カップが割れた瞬間わたしの中に渦巻く不安が確信へと変わった。

「はぁはぁ・・・・」

ただ駆ける。
自分の汗が滲み滴り落ちる。
恭也は戦っている。
そして、危険に晒されている。
そう、自分の直感が訴えてきた。
わたしが向かったところで何も出来ないかもしれない。
だけど、だからと言ってじっとなんてしていられなかった。

 ズグァン!!

それはあまりに静かな夜の街中に似つかわしくない効果音。
それは愛しい存在が戦っている証。
躊躇無く、迷い無く、音がした方角へと走る。
道の角から身を晒す。
目の前に広がる光景。
愛しい者が右肩に剣の楔を打つ込まれ、その剣を握り見下ろす白髪の女性。
それを眺める赤い髪の女性。
光景を見、状況を見る。
でも、それより先に、判断を下すより先にわたしの口が開いた。

「恭也ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」

叫んだ。
自分でも信じられないぐらい、声が響いた。
目頭が熱い。
多分、涙が溜まってる。
そこにある視線の全てがわたしに集中する。
女性二人は驚きと言うほどの表情の変化は感じられない。
でも恭也は目を見開いて驚きをあらわにした。

 コツ

靴を鳴らす音。
赤い髪の女性が口元を少し歪め、妖しい笑みを浮かべこちらに近づいてくる。
その時初めて顔を見てわたしは愕然とした。
恭也にばかり目線を集めていて、気付かなかった。
その女性を・・・・・わたしは知っていたから。

「なっ・・・・・・・な・・・・んで・・・・・・」

「お久しぶりですね、忍さん」

優雅に振る舞いながら、それでいて服に付いた血がその優雅さを残忍さに変質させる。
赤い髪の女性・・・・・遠野秋葉は実に嬉しそうにそうわたしに挨拶そてきた。
三咲を治める遠野家の当主が海鳴りに居て、且(か)つこれまでの吸血鬼事件の犯人。

「あとで挨拶に伺おうと思ってたんですよ。
 月村家に・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

予感は当たっていた。
でも、驚きのあまりに声にならない。
わたしの知る秋葉とかけ離れている為からだ。

「・・・・・・・・・・・・今までの吸血鬼殺人は秋葉が・・・・・・?」

「ふふ・・・・」

不気味に笑みを浮かべる。
否定しない。
この笑みが全てを物語っていた。

「なんで!?」

「愚問ですね、忍さん。
 私や貴方達『夜の一族』も血を求めるじゃないですか。
 だから頂いただけですよ」

「違う!!」

「何が違うと言うのですか?
 所詮私達は人とは相容れぬ存在なのですよ?」

「少なくとも今のあんたはわたし達とは違う!!」

「何も違いませんよ。
 人を糧として生きる存在なんですから・・・・」

声を荒げ、激情する。
わたしが知る秋葉はこんな事は言わない。
なのに・・・・・。
そこではたと気付く。
恭也で頭が一杯になっていた為に、気付かなかった。
秋葉の髪が紅い。
まるで血を連想させるかの様に・・・・・。
元々は黒く、しなやかな髪だったはず。
それが紅く、卑しげな光を放っていた。

「秋葉・・・・あんた髪・・・・・」

わたしの言葉を聞いた秋葉は、右手で髪を撫でるように前へ出す。
それは赤く染まった血の滝に・・・・・命を奪われた人達の血に見えた。

「これが私の本当の髪。
 貴方達とは違う混血の証」

秋葉の手から赤い髪がゆっくりと流れ落ちる。
落ちきって一拍置いた後、秋葉が口を開いた。

「そうそう、実は以前から試してみたい事があったんです」

「・・・・試して・・・・みたい事・・・・?」

そこで秋葉の口が歪む。

「『夜の一族』の血はどんな味がするのか飲んでみたいという事!!」

手を頭の上で交差させ、体の回りに炎の鎧が現れる。

「全てを奪いつくすわ……」

体が動かない。
まるで何かに貼り付けられたみたいに・・・・。
時間の流れが遅い。
紅い爪が秋葉の手からわたしに襲い掛かってくる。
ダメ、逃げれない。

 ドン!

「えっ?」

体に衝撃。
まだ爪はわたしに当たっていないのに・・・・・。
変わりに目の前にわたしの愛しい人の顔があった。
わたしと目が合う。
口元が僅かに笑みを浮かべ、優しい目を向けてくれた。
わたしが尻餅をつき、顔を上げる。
そこには紅い炎に包まれた恭也がいた。

「っっ!!!!!?」

声にならない悲鳴を上げた。
恭也がわたしを庇ったんだ。
ただ目を見開き、恭也が苦しむ姿を見る事しか出来なかった・・・・・。
紅い炎が収まる。
恭也がわたしの上に倒れこみ、呻く。

「恭也!恭也!!」

必死に名を呼ぶ。
否、名を叫ぶ。
返事は返ってこない。
苦しそうに呻くだけ。
わたしはパニックになった。

(どうする?どうすればいいの??)

今の周りを気にするよりも、目の前の恭也を救う事で頭が一杯になる。
でも、現実は自分の筋書きでは動かない。

「あらあら・・・。
 死んでしまったのかしら?」

声にわたしは睨みつける。
秋葉が可笑しそうにわたし達を見下ろしていた。
後ろの白い髪の女性を一瞥して、すぐに視線を戻してくる。

「あそこから一瞬で私の目の前に現れるなんて・・・・。
 ま、今更気にする必要も無いんだけれど・・・・」

神速。
恭也が以前説明してくれた歩法。
神速を使ってまでわたしを助けてくれた。
なら、今度はわたしが恭也を助けないと・・・・。
でも、戦う術を持たないわたしに何が出来るの??

「私も鬼じゃないの」

秋葉がそんな事を言う。

「ですから・・・・・・・・・・二人仲良く殺してあげる」

赤い髪が一際輝く。
さっきの炎がわたし達を襲おうと迫り来る。
恭也を守る。
今わたしに出来る事はそれだけ・・・・。
恭也を抱きしめ庇う。
自分は助からないと覚悟を決めて・・・・・。
だが、いつまでたっても衝撃や熱さが襲ってこない。
恐る恐る目をゆっくりと開ける。

「え?」

わたしは目を疑った。
なぜならそこには絶対に『あり得ない光景』が広がっていたのだ。
目の前に居た赤い髪の秋葉が距離を取って離れた位置に、そして今目の前にわたし達を護る様に背を向けている赤い髪の秋葉が・・・全く同じ姿形をした二人が対峙していた。




第八章に続く






〜*あとがき 七章編*〜

ども〜(毎度お馴染みなので略)のルシファーです。

AYU:若干、文に強制修正がかかったわよ?(カチャカチャ)

いいの。
ホントの事だし・・・(泣)

AYU:泣いてるし・・・。
    とにもかくにも、七章ね。(ジャキン)

うす。
今回は時間に沿った書き方をしなかった章やね。

AYU:なんで?(ガシャン)

なんとなく(キッパリ)

AYU:・・・・・・つまり、無計画と?

・・・・・・そ、そうとも言う・・・・・・かな?
あとさ、何で両手両足縛られて木に張り付けられた上に、その両肩に積んでる超が付くほど物騒な重装甲なものはナンデショウ??

AYU:ふふ、それは勿論貴方の大好きなものじゃない☆
    さて、これだけのベアリング弾、かわせるかしら?

かわす云々以前の問題だ!!??

AYU:知らん。

一蹴!!??

AYU:ただでさえ遅れてるSSをこれ以上遅らせられないもの・・・。
    ってわけで死にたくなければ書きなさい。勿論そのままで・・・。

書けるか!!

AYU:書け。

わかりました、全力で書かせて頂きますのでその物騒なものをなおして、そして開放して下さいorz

AYU:よし。

シクシク・・・。
それでですね、場所は所変わって海鳴です。
今回は大河達とは別の場所での出来事として書いてます。
そして恭也と忍の大ピンチに颯爽(?)と現れたのが・・・

AYU:遠野秋葉ね。
    でも、ここ以前に指摘喰らってたよね?
    なのに修正無し?

全くってわけじゃないけど、自分の文才だとこれ限界・・・|||orz
なので、この場を借りて補完するのだ!

AYU:普通、そんな事は出来ないと思うんだけど・・・。
    とにかく、ここでは秋葉が『二人』存在してます。

これからも色々とゲフンゲフンしていきます。

AYU:なんでそこでワザとらしく咳をするのかしら?
    良いけど・・・。
    って言うかホント、ご都合主義・・・。

気にしてはダメ、気にしたら負けです。
あと書いてて楽しかったのは月村家の面々が出てくるところかな?
やっぱ自分月村家の人たち好きですわ。

AYU:特に忍が?

うん☆

ズドン!!!!

AYU:どんな装甲でも撃ち貫くのみ。

・・・・・・(悶絶)・・・・・・

AYU:もう一つの指摘が恭也が弱くなったんじゃ的なものだったんですが、それはほらこれからの楽しみって事で待て、次章!
    それでは〜。

よ、よろしぃくぅ〜〜〜・・・・・・。



秋葉が二人!?
美姫 「やっぱりまずはそこよね」
うん。一体何が起こっているんだろうか。
美姫 「うーん、御神の剣士も流石にあの二人を相手にでは苦戦するわね」
だな。しかし、秋葉が二人……。
美姫 「そればっかりね」
いや、とっても気になるだろう。
一体どうなっているんだろうか。
美姫 「次回がとっても気になります」
次回も待ってます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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