『リング』




          ラグナロクの光輝  第十六章


「終わったな」
「ああ、ラグナロクも何もかもな」
 七人は崩れ落ちたクリングゾルを見て言った。
「輪廻も」
「アースとニーベルングの戦いも」
「全て終わった。神々の戦いは終わった」
「神々自身も。全てな」
「これからは貴方達の時代なのです」
 パルジファルは六人に対してこう述べた。
「我々のか」
「はい、人の。貴方達はもうアースではないのですから」
「人だと」
「そうです。全ては終わったのです」
 そう言うとクリングゾルがいた最後の扉に目を向けた。
「あの先にあるのはもう古くなった玉座だけです」
「ニーベルングの玉座か」
「そこは貴方達の玉座ではありません」
「では我々の玉座は」
「まずはここを出ましょう」
 パルジファルはまた言った。
「そして。向かうのは」
「ノルンか」
「はい」
 七人はニブルヘイムを後にしようとする。エリザベートもそれに従った。
「エリザベート」
「公爵、私もまた」
「御前はヴェーヌスではないな」
 タンホイザーはエリザベートを見てまたこう言った。
「だが。同時にヴェーヌスでもある」
「私とヴェーヌスは同じ存在です。ですが」
「違う存在でもあると。そういうことだな」
「はい。ですから」
「わかった。ではエリザベートよ」
「はい」
タンホイザーの言葉に頷く。
「共に参ろう。我が主チューリンゲン王家の下へ」
「畏まりました、公爵様」
「公爵もまた伴侶を得たのだな」
 ヴァルターはローエングリンを見て少し笑った。
「私もまた。新たな伴侶を探すか」
「俺もそうしようかね」
 ジークムントも述べた。
「早く見つけるにこしたことはない」
 かっての上官であったローエングリンもそれを勧める。
「私も婚約者がいるしな。これで結ばれる」
「婚約者!?司令にもいたのか」
「ああ、エルザ。エルザ=フォン=ブラバント。もうその名になっている」
「そうだったのか。公爵もまた」
「私も妻の下へ帰ろう」
「博士、あんたは所帯持ちだったのかよ」
「言わなかったか?」
 トリスタンは驚くジークムントに対して述べた。
「私の妻は。コーンウォール王家の出身だと」
「確かイゾルデ=フォン=コーンウォールだったか」
「そうだ。元々そこのマルケ王は私の叔父上でありその縁でな」
 ジークフリートに答える。
「だからイゾルデって名前の戦艦だったのかよ」
「意外だったか」
「意外も何もよ。こんな話聞いてなかったぜ」
「何なら卿にも伴侶を紹介するが」
「そんなの自分で見つけるぜ」
 だがジークムントはそれを断った。
「俺だって撃墜王だったんだからな」
「そうなればよいのですが」
 パルジファルの言葉は何処か醒めたものであった。
「何っ、どういう意味だ」
「いえ、深い意味はないですが」
「まあいいさ。今はここを出ないとな」
「はい」
「何もはじまらねえ。まずはノルンだ」
 もうすぐ出口だった。そこでの戦闘は既に終わっていた。
 戦いは連合軍の勝利に終わっていた。残った僅かな帝国軍の将兵達はまるで抜け殻にようになって辺りに座り込んでしまっていた。
「帰られたのですか」
「ええ、今」
 パルジファルが彼等に応えた。
「全ては終わりました。クリングゾル=フォン=ニーベルングは倒れました」
「そうだったんですか。それで」
「それでとは?」
「いえ、それで」
 若い将校が彼に答えた。
「帝国軍の動きが急に鈍くなりまして」
「ふむ」
「それをついて決着がついたのですが。そうした理由からですか」
「彼らもまたニーベルング族ですから」
 パルジファルは虚脱状態に陥っている帝国軍の将兵を見て述べた。
「主が死んだならば。おのずとそうなるでしょう」
「既に館の周りでの戦闘は全て終わりました」
 彼はまた述べた。
「そして惑星全体でも」
「総帥」
 遠くからワルキューレ達がやって来た。
「貴女達も御無事でしたか」
「ええ。ニーベルングは倒れたのですね」
「はい」
 パルジファルは彼等にも答えた。
「自ら命を絶ちました」
「そうですか」
「それでベルセルクもまた」
「抜け殻のようになったのですね」
「御存知でしたか」
「ここもそうでしたから」
 パルジファルはまた述べた。
「そうではないかと思いました」
「その通りです」
「これで全ては終わりました」
 彼女達は言う。
「ラグナロクはこれで」
「そして私達の輪廻もまた」
「戻りましょう」
 パルジファルは彼女達と兵士に対して言った。
「ノルンへ。全てのはじまりの場所へ」
「わかりました」
「それでは時の女神達の庭へ」
 七人と乙女達、そして将兵達はニブルヘイム及びラインから引き払った。その後には何も残ってはいなかった。そう、何も。神々の黄昏は終わったのだから。後に残るのは何もなかったのであった。
 やがてクリングゾルと帝国軍の将兵達が葬られた。残った帝国軍の者達は一人残らず投降しここに帝国は潰えた。最後にあるのは人間達であった。
 パルジファルはかってノルンにおいて自身の宮殿であった神殿にいた。そこで六人の同志達と相対していたのであった。
「全ては終わりました」
 まずはパルジファルが述べた。
「何もかも。そして私達はここにいます」
「まず一つ聞きたいことがある」
 ヴァルターが最初にパルジファルに問うた。
「何でしょうか」
「投降した帝国軍の者達はどうするのだ?」
「彼等のことなら問題はありません」
 パルジファルはすぐにそれに答えた。
「最早ニーベルングは倒れました」
「うむ」
「その束縛も血脈も存在しません。彼等はもうニーベルング族ではないのですから」
「では彼等はこのまま解き放ってよいのか」
「はい」
 パルジファルはこくりと頷いた。
「何も問題はありません」
「わかった」
「ではそのようにする」
「そしてだ」
 今度はタンホイザーが問うてきた。
「何か」
「アルベリヒ教団もまた何もしなくてよいのだな」
「ニーベルング族が潰えましたから」
 パルジファルはそれにも答えた。
「何も心配はいりません。ニーベルング族が潰えた今アルベリヒ教団も同じです。彼等もまた滅んだのです」
「アルベリヒ教団もか」
「そういえばホランダー族だが」
 彼等と縁のあるローエングリンからの言葉であった。
「彼等はどうなるのだ?」
「彼等とのしがらみが消え去るのは長い時間がかかるでしょう」
 それがパルジファルの言葉であった。
「第四帝国、そして狂った科学者達の悪行は深い傷跡を残しています」
「それは容易には消えはしないか」
「残念ながら。ですがもう第四帝国はありません」
 第四帝国もまた輪廻の中に消え去ってしまっていた。もう影も形もなかった。
「しかしそれもまた解決されていくでしょう」
「私によってか」
「はい、ホランダーとアースの血を受け継いでいる貴方によって」
 パルジファルはジークフリートに顔を向けていた。
「もう血脈による因果は終わったのですから」
「ニーベルングは確かに終わった」
「ええ」
「そして今度はアース、そしてホランダーということだな」
「そうなるのです。全ては定められています」
「ニーベルングがなくなったのか」
 ジークムントはふと呟いた。
「こうこれで。メーロトみたいな奴はいなくなるんだな」
「そして貴方達の様な運命の持ち主も」
「それでよかったんだな」
 ジークムントはそれを聞いてまた呟いた。
「もっと早くなっていれば。メーロトも死なずに済んだのにな」
「それもまた運命だったのです。彼もまた」
「わかってるさ。あいつはその運命と必死に戦ってきた」
「はい」
「それを受け止めてやるのが今俺があいつにしてやれることだな」
「そういうことになります」
「じゃあ受け止めてやるさ」
 ジークムントは顔を上げた。毅然として明るい顔になっていた。
「あいつの全てをな」
「それで宜しいかと」
「そしてだ」
 トリスタンがパルジファルに問う。
「イドゥンの技術はどうなるのだ」
「それもまた潰えます」
 それがパルジファルの答えであった。
「あの力は銀河によって災いを為すもの。ニーベルングの手に渡り竜達が生まれたことからもわかる様に」
「そうだな」
 トリスタンはその言葉に頷いた。
「あの力は本来はあってはならなかった。その為にクンドリーもまた」
「ですが貴方が今持っておられる力」
「不完全だが死者を生き返らせる力か」
「それならば使えるかと。ですがそれは」
「やはり諸刃の剣だと」
「それは常々御承知下さい。宜しいでしょうか」
「ええ、わかった」
 トリスタンはそれに頷いた。
「銀河には新たな国が生まれる」
 最後にジークフリートが言った。
「その主は私となるのか」
「そうです。ジークフリート=ヴァンフリートいえ」
 ここでパルジファルは彼の名を言い換えた。
「第五帝国初代皇帝ジークフリート=フォン=ユグドラル」
 ユグドラルとは第四帝国皇帝家の名である。彼が第四帝国最後の皇帝リェンツィ帝の子であったことからこう呼んだのである。ここにはそのままの意味があった。
「貴方こそがこの銀河を統べられるのです」
「アースとスーラの血が今交わり」
「そして全ての因果が終わる第五の帝国の主として」
「私の新しい旅がはじまるのだな」
「そうです、貴方達の旅は今新しい旅になりました」
 パルジファルは言う。
「それが今なのです」
「卿はどうするのだ?」
 六人は今度は一同でパルジファルに問うた。
「旅立つことはないのか」
「私の旅はここで終わりました」
 それが彼の言葉であった。
「ですから。ここに残ります」
「そうか」
「そのまま静かに過ごすこととなります。それが私の運命なのです」
「ではまたな」
 六人はそれに頷いた。そしてそれぞれ述べる。
「次の輪廻でまた会おう」
「そしてその時は」
「はい、その時は」
「平和な時代で、共に遊ぼうぞ」
「ええ」
 ここでパルジファルは自らの兜を外した。そこには。
 豊かな黄金色の髪に金色の目を持つ中性的な顔立ちの男がいた。それこそがパルジファルの姿なのであった。
「因果から解き放たれた世界で」
「また新しい時代を生きよう」
 七人はそう誓い合った。そしてノルンで別れた。後に心地よい流れを残して。彼等は別れたのであった。

 ヴァルターは新しい帝国において執政官から宰相に任じられた。そして新たな帝国において辣腕を振るい帝国の地盤を固めることとなった。その政治力は長きに渡って讃えられ銀河の範とまで言われた。
 タンホイザーはチューリンゲン王家にそのまま仕えた。エリザベートと結婚した彼は家庭においては妻と末永く幸せに過ごすのであった。また新帝国においても要職を務めその任を果たした。
 ローエングリンは新帝国軍務大臣となった。彼の優れた軍事行政により新帝国の軍はこれまでにない程の精強かう効率的な軍となり国家を支えることとなった。
 ジークムントもまた軍に戻りそこで帝国きっての猛将として知られるようになった。また後に美しい妻を娶り幸せな家庭を築いた。愛妻家として有名であった。
 トリスタンは藩王としてカレオールを治めると共に新帝国の技術顧問となった。彼なくして新帝国の技術革新はなく、その繁栄もなかったであろうと言われている。イドゥンの技術は医学を大きく変えたとも言われている。
 ジークフリートは皇帝となった。スーラとアースの血を引く彼はブリュンヒルテと結ばれ全ての血脈の融和に努力することになる。その治世は意外な程寛容であり彼の政策が新帝国の長い繁栄につながるのであった。
 六人の部下達はそれぞれの主と共に新帝国に加わった。そして政治家として、軍人として帝国の柱となっていくのであった。彼等もまた帝国の礎となったのである。
 ワルキューレ達はヴァルハラを出た。そのままアースであることも戦士であることも捨て普通の女になった。彼等はその一生を普通の女として過ごした。
 そしてパルジファルであるが彼の行方は遥として知れない。多くの伝説が残っているがどれもその信憑性は疑わしいとされている。六人の同志達と再会したという話も放浪の賢者の話もある。またノルンにたたずむ隠者の話もある。だがそれもそれが本当のことなのか誰も知りはしない。
 ただ一つ言えることはもうアースの輪廻は終わったということであった・アースである彼はそれ以後決して歴史の表舞台に出ることはなかった。それだけである。
 長く果てしない輪廻は最後のラグナロクと共に終わりアースもニーベルングもなくなった。その後にあるのは。人による世界だけであった。気の遠くなる因果と輪廻から解き放たれた世界であった。

ラグナロクの光輝   完


                                  リング全七部

                                  ファフナーの炎
                                  エリザベートの記憶
                                  ローゲの試練
                                  ニーベルングの血脈
                                  イドゥンの杯
                                  ヴァルハラの玉座
                                  ラグナロクの光輝



                                       完


              2006・8・26





お疲れ様でした。
美姫 「壮大なストーリー、ここに完結ですね」
おめでとうございます。
美姫 「いやー、こうして改めて振り返ると本当に凄いわね」
うんうん。本当にお疲れ様です。
無事にハッピーエンドを迎えて、ほっと一息。
美姫 「本当に投稿ありがとうございました」
ではでは。



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