『リング』
ラグナロクの光輝 第十四章
戦いは完全に連合のものとなっていた。帝国軍の艦艇は次々に撃沈され残っているものも少なくなっていた。クリングゾルも嫌でも勝敗が決しようとしていることがわかった。
「ここでの戦いは終わりだな」
「無念です」
部下達が苦渋に満ちた顔でそれに応える。
「最後の最後で」
「誰が最後だと言った?」
「えっ!?」
部下達はクリングゾルのその言葉に思わず顔を向けた。
「ですが閣下」
「我等はこの戦いに」
「まだノルンがある」
これはクリングゾルの言葉であった。
「ノルンがある限り我々には敗北はない」
「しかし」
「我等の敵は何だ?」
動揺を露わにし続ける部下達にあえて問うてきた。
「何と」
「我等の敵は何だと聞いているのだ」
クリングゾルはまた問うてきた。
「連合だな」
「はい」
「それは」
彼等も認識しているつもりであった。
「その連合は。誰によって率いられているか」
「あの七人です」
それもすぐに答えることができた。連合軍のことに関してはもう聞かれるまでもないことであった。
「そしてその中心にいるのは」
「パルジファル=モンサルヴァート」
部下達はさらに述べた。
「あの男です」
「そうだ、あの男だ」
クリングゾルは強い声で言った。
「七人、とりわけあの男によって敵は支えられている」
「はい」
「扇を潰すには要を潰すだけでいい」
これがクリングゾルの考えであった。
「よいな、それだけだ」
「それだけですか」
「そしてもう一つ言おう」
クリングゾルはさらに付け加えてきた。
「戦いというのは最後の最後に立っているだけでいいのだ」
「最後の最後に」
「それだけだ。それまでどれだけ敗れていようが最後の戦いに勝てさえすればいいのだ」
「ではラインで」
「最後の戦いを挑む」
彼は言った。
「そして勝つ」
同時に宣言もした。
「よいな」
「畏まりました」
「それでは」
クリングゾルは徐々に戦線を退かせてきた。後詰は比較的損害の軽微な艦が回る。その間に損害の酷い艦艇から戦線を離脱していく。パルジファル達はそれを見てクリングゾルが何を考えているのかすぐに見抜いた。
「撤退か」
「ここでか」
彼等にとっては少し予想外であった。もう少し粘るかと思ったのだが。
だがすぐに納得できるものを感じた。最早帝国軍の劣勢は明らかでありそれを覆すことは不可能である。ならば。
これ以上の戦闘は無意味である。だから彼は決断したのである。それを察した。
「彼等の予想退路は」
パルジファルは撤退する帝国軍を見ながら部下に問うた。
「今ローゲに算出させています」
「そうですか」
それが出たのはすぐであった。報告が上がる。
「ラインです」
「ライン、それでは」
「おそらくそこに我々を誘い込むつもりだと思われます」
「そして彼の地で」
「最後の戦いですか」
「如何為されますか?」
「まずは目の前の敵には余り積極的に攻撃を仕掛けないことです」
銀河での勝敗は決した。だからこれ以上のここでの戦闘は無意味だというのだ。
「退かせなさい。しかも目の前の敵は堅固です」
「はい」
「下手に攻撃を仕掛ければこちらも損害を被ります。それは避けるべきです」
「わかりました。それでは」
「ここは」
「はい、行かせるのです」
パルジファルは帝国軍への積極的な攻撃を控えさせた。その間に帝国軍は次々と戦場を離脱していく。
「見事なもんだな」
ジークムントは撤退する帝国軍を見て言った。
「ここまで立派な撤退ってのは士官学校のマニュアルでもなかったぜ」
「そうだな」
タンホイザーがそれに応える。
「流石はニーベルングと言うべきか」
「やはり一線級の将であるということだな」
トリスタンも口を開いた。
「今までの敵でここまで見事に撤退を進める者はいなかった」
「撤退戦が最も難しい」
ローエングリンが述べる。
「それをここまで完璧にやってみせるとは」
「クリングゾル=フォン=ニーベルング」
ジークフリートが彼の名を呼ぶ。
「帝国の長だけはある」
「唯の野心家だけではないということだな」
ヴァルターもそれはわかっていた。
「敵ながら見事だ」
「その彼との歳後の戦いはラインです」
パルジファルは六人の仲間達にそう述べた。
「宜しいですね」
「ああ」
「勿論だ」
六人はその言葉に答える。
「まずはノルンへ入りますか」
「ノルンへですか」
そこでモニターにワルキューレ達も加わった。ブリュンヒルテが九人を代表する形でパルジファルに対して問う。
「それで構いませんか?」
「私達としては異存はありません」
「是非」
ワルトラウテ達も言った。彼女達にも異存はないようであった。
「わかりました。それでは」
「はい」
帝国軍は遂に戦場を離脱した。後には破損し放棄された艦艇が漂っているだけである。
「ノルンへ入りましょう」
「そしてそこで」
「最後の戦いへの備えです」
最後にパルジファルの言葉が戦場に響いた。そして勝利を収めた連合軍はそのままノルンへと向かうのであった。
「ところでノルンですが」
パルジファルはノルンへと進みながらそこでブリュンヒルテに声をかけた。
「一体どの様な星なのですか」
「そうですね」
ブリュンヒルテは少し時間を置いてから述べた。
「一言で申し上げますと静かな星です」
「静かな」
「はい。銀河の流れを一人で見てきた。そんな惑星です」
「左様ですか」
「もう住んでいる者も殆どいません」
そしてこうも言った。
「殆どの者が外へと出てしまいましたから」
「左様ですか」
「ですが軍関連の施設は揃っておりますので御安心下さい」
「そこでしたらどれだけの艦隊がいても平気です」
「わかりました。それでは御言葉に甘えまして」
七人はノルンへ向かうことになった。そこは青の惑星であった。そこと周辺に艦隊を駐留及び展開させ七人はそれぞれの乗艦と共にノルンへ降り立ったのであった。
そこは見渡す限りの森と海の惑星であった。青と緑の美しい星であった。
「ここがノルンですか」
「はい」
パルジファルにブリュンヒルテが答えた。七人と他のワルキューレ達も一緒である。
「そして向かい合う形でラインがある」
「ニーベルングは今そこに篭もっています」
「そこでの戦いの前にですが」
「宜しければ我々の館へ参りますか?」
そう問うた。
「貴女達の館へ」
「はい、その館の名はフォールクヴァング」
「戦士達の館ですね」
「そうです。そこにおいで下さい」
「そして最後の戦いの前の安らぎを」
「わかりました」
こうして七人は彼女達の招きに応じてそのフォールクヴァングに来た。そこは白い巨大な宮殿であった。
「かってはこの館も我々アース族の宮殿の一つでした」
中は白亜で鏡により彩られていた。所々に光が跳ね返る。
「他にも多くの館があったのですが」
「ビルスキルニルにエギルヘイム」
「他にはギムレーも」
ワルキューレ達は語る。
「ですが今は」
「このフォールクヴァングのみとなってしまいました」
「左様ですか」
「アース族の者達も去り」
「今残っているのは僅かな者達のみです」
「それは貴女達も含めてですね」
「ええ」
ブリュンヒルテはパルジファルに答えた。
「最早この戦いでこのノルンの役目は全て終わりとなるでしょう」
「ニーベルングとの戦いで」
「そのニーベルングはラインで私達を待っていると」
「おそらくはニブルヘイム」
ワルキューレ達は七人を館の奥に導きながら言う。奥も鏡と白亜で白く輝いていた。全体的にかっての第一帝国のものを思わせる壮麗でありながら落ち着いた造りであった。彼等はその中を進んでいた。
「そこに彼はいるでしょう」
「冥界ですね」
パルジファルは述べた。
「彼がいるのは」
「そうですね」
その言葉の意味はワルキューレ達も他の六人にもわかった。ニブルヘイムとはかっての神話における冥府の国のことである。半分が生者、半分が死者の身体を持つヘルの館であるとされている。
「巨人達も小人達も最早おらず」
「そこにいるのはニーベルング族のみ」
「彼は巨人も小人も併呑してしまったのです」
パルジファルはさらに言う。
「ファゾルトとファフナー」
これはかっての巨人達の名である。
「そしてニーベルング」
言わずと知れていた。この名前の意味は小人である。
「彼は。かってアースに抗じた者達の集まりです」
「はい」
「それを合わせアースに対抗しようとした」
「それが帝国の崩壊であり」
「ラグナロクだったのだな」
これまで沈黙していた六人が言った。
「そして最後の一戦がもうすぐ行われる」
「あのラインにて」
「そこにはまたあの者達がいるでしょう」
「ベルセルク」
「そして純粋なニーベルング族の者達が」
「ニーベルング族ももう殆ど残っていないのだな」
「悠久の時の間に彼等も私達と同じく」
ワルキューレ達は語る。
「消えていったのです」
「残るはもう僅かです」
「アースもニーベルングも。それぞれ終わろうとしているのか」
「我等は純粋なアースではない」
六人はアースの血を確かに引いている。だがそれは純粋なものではないのだ。ジークフリートにしろ。
「それが運命なのです」
だがそのアースの一人であるパルジファルが彼等に対して言った。
「このラグナロクによりアースもニーベルングもなくなるでしょうが」
「その先には何があるのか」
「新しい時代が。全てのしがらみから解き放たれた時代があるのです」
彼は言う。
「最後の戦いの先にか」
「そうです、ラグナロクの先に」
「では詳しい話はここでな」
「はい」
奥の扉が開かれた。そこには巨大な白亜の円卓が置かれていた。
七人の戦士達と九人の戦乙女達がそこに座る。そしてそこで最後の戦いの前の会議に入った。その後。ラインへ向けて最後の艦隊が向かったのであった。
この艦隊はそれまでのような大艦隊ではなかった。最早ラインは包囲しており降下するだけだったからだ。だが彼等は決して油断してはいなかった。
「ラインは完全に要塞化されています」
ブリュンヒルテが戦闘機の中から七人に対して声をかけてきた。七隻の戦艦の前に九機の戦闘機が舞っていた。
「例え宇宙から攻撃を加えたとしてもそう容易には陥落することはありません」
「下手な攻撃距離に入ったならばそれで要塞からの攻撃を受けそれで全滅しかねません」
「何だよ、最後の最後まできてそれかよ」
ジークムントはジークリンデの艦橋でそれを聞き顔を顰めさせた。
「ったくよお、ふざけた話だぜ」
「それに帝国軍はまだ多くの艦隊を持っています」
「要塞との複合攻撃を受けたならばそれでこちらが大きなダメージを受けます」
「ですから。今は慎重にお願いします」
「その為に今我々がラインに向かっているのだな」
「はい」
ワルキューレ達はタンホイザーの言葉に応えた。
「そうです」
「おそらく彼等は我々に対して大規模な攻撃を仕掛けてくるでしょうが」
彼女達はタンホイザーに対して説明する。
「それを一気に掻い潜り」
「ニブルヘイムに入ります」
「ニーベルングのいる宮殿にだな」
「それしかありません」
またタンホイザーに言った。
「最後の勝利の為には」
「私としてはこのままライン周辺を押さえて持久戦に持ち込んでもいいと思うのだがな」
ローエングリンの言葉は現実的なものであった。
「それは駄目なのか」
「それはあの惑星に関しては無駄です」
ワルキューレ達はそう述べる。
「要塞の奥深く、惑星の深部に大規模な農業プラント及び工場を持っていて」
「資源も無尽蔵です。持久戦もあまり効果がありません」
「だからニーベルングは今までアースと戦ってこれたというのだな」
トリスタンがそれを聞いて言った。
「何故今まで銀河に生きてこれたか。そうした秘密があったのか」
「その通りです」
「ラインは巨大でしかも無限の資源を持っている惑星。彼等はそこから無尽蔵とも言える富と力を蓄えてきたのです」
何故アルベリヒの時代から彼等が生き残ってきたのか。そうした事情があったのだ。ライン。それは彼等にとって永遠の富と力をもたらせてくれる故郷であったのだ。そのラインがあるからこそ彼等は勢力を維持してきたのだ。第一帝国の遥か前から。だからこそ今もこの銀河にいるのだ。
「ラインは彼等にとって永遠の場所」
「そこを陥落させねければならないのはわかっていましたが」
「今まで。それは果たせずにきました」
「遥かな古代より」
「だがそれももう終わりだな」
ジークフリートはラインの赤い大地を見据えていた。
「私達があのニブルヘイムを陥とすのだからな」
「ええ」
「その為には」
「まずはラインに降下する」
ヴァルターが言った。
「はい」
「それが先決です」
「ニブルヘイムのことは。わかっているのか」
「それはお任せ下さい」
パルジファルがヴァルターの言葉に応えた。
「私が全て知っています」
「卿がか」
「まさかそこへの記憶もまた」
「戻ってきました。かって私はニブルヘイムでも戦いました」
「ふむ」
またしても新たな事実がわかった。パルジファル、かってのバルドルはニーベルング族との戦いでニブルヘイムにおいてアルベリヒと戦っていたのだ。だがその時は決着はつかなかったのだ。
「あの時に彼を倒していれば」
彼は言う。
「今こうしてここにはいなかったでしょう」
「それもまた運命だったのだろうな」
「卿がここに来る為の」
「おそらくはそうなのでしょう」
六人の仲間達の言葉に応えた。
「ですが今は違います」
「敵の攻撃射程に入ります」
ここでワルキューレ達から通信が入ってきた。
「わかりました」
パルジファルはそれに応えた。
「ではこのまま直進です」
「何っ」
「今何と」
「このルートなのですよ」
彼は驚く同志達に対して言った。
「かって私がニブルヘイムに入り込んだのは」
「そうなのか」
「それで」
「はい、ですからこのままです」
全てはパルジファルの記憶が物語っていた。アースとしての。だが今彼は同時に人であった。最早神ではない。だが彼は今神としての記憶が蘇っていたのだ。
「そしてニブルヘイムに入り」
「それから」
「ニーベルングの下へ」
全ては決まっていた。七隻の戦艦と九機の戦闘機はそのまま突っ込む。その周りには攻撃が降り注ぐ。しかしそれは一発も当たりはしない。
「敵の攻撃はやはりな」
「一発も当たらないか」
「全ては卿の言う通りか」
「はい、かつて私がバルドルと呼ばれていた時」
彼は言う。
「その時一度このルートでニブルヘイムに入り込みニーベルングと戦ったのです。彼がまだアルベリヒであった頃に」
「ふむ」
「それが今再現されます」
「間も無く大気圏に突入です」
ワルキューレ達から通信が入る。
「衝撃に備えて下さい」
「いよいよか」
「これでニーベルングとも」
「おそらくすぐにベルセルクが来ます。ですが」
「そんなものはもう関係ない」
「今の我々は」
「ニーベルングを討つのみ」
六人の戦士達も言う。
「他の者に目をくれることもない」
「ただニーベルングを倒し」
「ラグナロクを終わらせる」
「はい。神々の黄昏を終わらせるのです」
(そして)
パルジファルは同時に心の中で言った。
(神々の時代は完全に終わり、私もまた)
だがそれは決して言わない。そのまま同志達と共に戦場に向かうだけであった。
「大気圏突入です」
またワルキューレ達から報告が入った。
「すぐ下に敵の宮殿が」
「あれこそまさしく」
「地上に降下したならばすぐに出ます」
パルジファルはそれを受けて仲間達に言う。
「そしてこのまま」
「うむ!」
「ニブルヘイムに入るぞ!」
「総員戦闘用意だ!」
降下しながら戦いに備える。そして遂に大気圏に突入しラインに入った。
おおう、本当にクライマックスが近づく。
美姫 「いよいよね」
一体どうなるのやら。
美姫 「それではこの辺で」
ではでは。