『リング』




              ラグナロクの光輝  第七章


「そしてヴァルハラへの道が」
「明らかになるというのか」
「だが。罠ではないのか?」
 ヴァルターが言った。
「罠か」
「そうだ、奸智にも長けたニーベルングのことだ。その可能性は否定できない」
「それはあるかもな」
 ローエングリンがそれに頷いた。
「少なくともヴァルハラには策がある」
「それが。ファゾルトとファフナーか」
 トリスタンが呟いた。
「二匹の竜で迎え撃つか」
「そしておそらくは帝国軍も全軍を以って」
 ジークフリートも口を開いた。
「ラインにいる。それを倒すのは」
「容易ではない」
 次にタンホイザーが言った。
「まさしく運命の戦いになるだろう」
「最後で最大の戦いってわけかよ」
 ジークムントが口の端を歪めて軽口を叩いた。
「ラグナロクってわけだな」
「そうです、ラグナロクです」
 そしてパルジファルが。ラグナロクという言葉に頷いた。
「神々の黄昏」
「神々と巨人達の最後の戦い」
 それを知らない者はこの銀河にはいなかった。三年にも渡る長い冬の後神々と巨人の軍勢は最後の戦いに入る。そして最後は神々も巨人達も戦場に倒れ炎に包まれた世界は一度なくなる。それから次の時代がはじまると言われている。それが神々の黄昏、ラグナロクであった。
「それがヴァルハラで行われます」
「神話のままに」
 神話では神々の城であるヴァルハラもまた焼かれるのだ。一人の戦乙女が放った炎が炎の神ローゲを呼び出し、彼は全てを浄化する。そこから生まれるのは新たな世界、次の時代なのだ。破壊であると共に創造の炎なのだ。
「炎に焼かれるのは我々か彼等か」
「若しくは神話にある様に両方か」
「それがはっきりします」
「そうか、ではどちらにしろヴァルハラに行くしかないな」
「はい」
 パルジファルは六人に頷いた。
「とりあえずはここでの戦いは終わりましたが」
「最後の戦いへの前奏に過ぎなかったな」
「ですが道は開けました」
「そうだな」
 この言葉には六人全てが頷いた。
「ヴァルハラへ」
「はい、神々の城へ」
 パルジファルも頷いたその時だった。ワルキューレ達が祭壇にやって来た。七人はそれを迎える。こうしてムスッペルスヘイムでの戦いは幕を下ろした。そして彼等はすぐに次の戦いへと移るのであった。
「そうですか、終わりましたか」
「はい」
 七人とワルキューレ達はグラールの会議室で対面していた。そのうえでブリュンヒルテはパルジファルの話を聞いていたのである。
「そしてヴァルハラへの道も」
「それは貴女達も御存知だと思いますが」
「その通りです」
 ブリュンヒルテもそれを認めた。
「我々の本拠地はノルンにありますから」
「やはり」
「そこが我々アース族の故郷だったのです」
「そしてそこからこのノルン銀河に広がった」
「はい」
 こくりと頷いた。
「それも思い出されましたか」
「それだけではありませんが」
 パルジファルは述べた。
「これまでの四つの帝国のことも。おおよそは」
「第一帝国及び第二帝国はアース族の帝国でした」
 ブリュンヒルテは述べた。パルジファル以外の六人はその話を黙って聞いている。
「それはニーベルング族との、そしてホランダー族等との戦いで滅び」
「第三帝国はホランダー族の帝国でした」
「ええ」
 ブリュンヒルテはまたパルジファルの言葉に頷いた。
「ですが第三帝国はアース族の復活によって滅び」
「第四帝国が出来上がった」
「それが銀河の歴史です。果てしない権力闘争の歴史なのです」
「このノルン銀河、いえ宇宙がはじまって以来の」
「そこまで記憶を取り戻しておられたのですか」
「それはね。最初に」
 彼はワルキューレ達に答えた。
「戻っていました。そして」
「そこから今まで。記憶を甦らせて」
「おおよそのことがわかりました。この銀河についても四つの帝国についても」
「そこまで」
 感嘆すべきことだった。実際にパルジファル以外の六人は感嘆した顔になっていた。
「ニーベルング族についても。彼のこともわかりましたよ」
「そうですか、全てが」
「もっとも彼のことやニーベルング族のことは彼自身がかなり語ってくれたことですがね」
「そのうえでお話しますが」
「はい」
 パルジファルも六人もワルキューレ達が次に何を言うのかわかっていた。そのうえで耳を澄ませた。
「我々はそれでも戦わなければなりません」
「アース族の為に」
「そう取られても構いません」
 ここは開き直りも仕方がなかった。
「ですがあの男を放っておくと」
「わかっております。彼は危険です」
 それは七人がよくわかっていた。
「あの男には人としての感情は乏しい」
「そのうえに強烈な、怨念に似た野心と欲望を持っている」
「そしてその統治は苛烈でニーベルングによりニーベルングだけの支配だ。その様なものを許したならば」
「このノルンは暗黒が支配する世界になるだろう」
「その通りです」
 ワルキューレ達は戦士達の言葉に頷いた。
「ですから」
「ニーベルングは銀河の為にも倒されなくてはならない」
「そうでなければ暗黒の帝国が立つ。そうなれば」
「このノルン銀河は暗黒時代となります。それも長い間」
「確かに我々アース族も多くの過ちを犯してきました」
 それを否定することはワルキューレ達でも出来なかった。
「ですがあの男は。この世を治めてはならないもの」
「クリングゾル=フォン=ニーベルングでありアルベリヒでもあるあの男は」
「この銀河の帝となってはならないのです」
「ではもう言うまでもないですね」
 パルジファルはそこまで話が進んでこう言った。
「ヴァルハラで最後の戦いです」
「はい」
「我々は補給と戦力の再編成が整い次第ヴァルハラへ向かいます。その際貴女達にお願いしたいことがあるのですが」
「それは」
「道案内ですよ」
 パルジファルはワルキューレ達に述べた。
「ノルンまでのね。そしてそこを拠点として」
「ラインにいる帝国軍と最後の戦いを」
「帝国はこれまでになく強大な戦力を用意してくるでしょう。そこに辿り着くまでの道を」
「私達に案内して欲しいと」
「そうです。いけませんか?」
「いえ」
 だが九人の戦乙女達はその言葉に首を横に振った。
「是非ともやらせて下さい」
「そしてノルンへ」
「わかりました。それではまたこの場所で」
「一時退かれるのですか?」
 パルジファルは彼女達にそう問うた。すると答えがすぐに返ってきた。
「はい、我々もここまでの戦いでかなりのダメージを受けましたので」
「戦力の再編成だ。ライプチヒまで退く」
「そしてそこで英気を養い」
「またここに来る。そして」
「その時こそ」
「ヴァルハラへ」
 七人と九人の声が一致した。それが何よりの団結の証であった。彼等はここは別れワルキューレ達はノルンへ、七人の戦士達はライプチヒへと退いていった。帝国軍は既にムスッペルヘイムからヴァルハラに至る全ての星系を放棄しだしていた。連合軍はそれ等の星系にそれぞれ艦隊や使者を送り取り込んでいった。こうしてまたしても勢力を回復、増大させ次の戦いに備えていた。同時にライプチヒで今後のことについて話し合っていた。
「まずはヴァルハラまでの全ての星系の解放です」
 パルジファルは自身の宮殿の食堂にいた。そして円卓に座り他の六人と共に食事を摂っていた。その場でこう発言した。
「まずはそれか」
「はい、既にムスッペルスヘイムまでの全ての星系は手中に収めましたが」
 同志達にそう応える。
「まだ多くの星系が残っております。それ等を解放してようやく」
「ヴァルハラだな」
「はい、そう考えております」
 七人の前には料理が一度に並べられている。彼等はそれとワインを飲みながら話をしていた。普段は一品一品出すものだが今回は違っていた。趣向を変えて一度に出してみた。パルジファルのアイディアである。
「それからです、我々が最後の進撃を開始するのは」
「力を蓄えてからか」
「はい、ですがワルキューレの方々には約束通り道案内をお願いします」
「ヴァルハラまでの道を押さえてもか?」
「ルートを手中に収めても」
「その通りです」
 パルジファルの言葉に迷いはなかった。
「兵とは軌道です」
 彼はそう言ったうえでまた述べた。
「軌道か」
「はい。ヴァルハラまでのルートは確かにわかりました」
「うむ」
「ですが。ワルキューレ達はそれとは別の道を使っていると思われます」
「ニーベルングの道とは別にか」
「そうです。それによくお考え下さい」
 彼はさらに言った。
「ニーベルングは奸智にも長けた男です。道を教えるということは」
「既にその道の全てを知っていて」
「対処も出来ているということか」
「そうです。従ってその道を使うことは極めて危険です。おそらくそこにファフナーやファゾルトを配しているでしょう」
「あの男の性格からすればそうだな」
 ジークフリートがそれを聞いて述べた。
「今までが今までだ」
「だとすればだ」
「はい」
 パルジファルは今度はトリスタンに顔を向けた。
「今わかっている、ニーベルングが明かしたのも含めて全ての星系の占拠はニーベルングを攻める為ではないのだな」
「そういうことになります」
「では逆か」
 ヴァルターがそれを聞いて言った。
「ニーベルングの軍勢を抑える為か」
「そういうことです」
「そしてワルキューレ達に先導されヴァルハラへ入る」
 ローエングリンが述べた。
「卿の作戦はそれだな」
「おわかりになられましたか」
 タンホイザーを見て言葉を返した。
「成程な。またしても裏をかくか」
「けどよ、それでも問題があるぜ」
「それは」
「ファゾルトとファフナーだよ」
「それですか」
 ジークムントはまだ安心していなかった。彼は帝国軍の切り札であるファゾルトとファフナーについて警戒をしていたのであった。彼の視点は正しかった。
「バイロイト、そしてニュルンベルクを破壊したことからもあの竜の力が絶大なのは明らかだ」
「確かに我々にはミョッルニルがある。これでファフナーに対してはとりあえずは安心だが」
 七人はすぐにファフナー、そしてファゾルトに関しての話に入っていた。これを破らなければ連合軍に勝利がないのは彼等が最もよくわかっていた。
「それでも。ファゾルトがまだいる」
「それにファフナーも強化されていて一体とは限らない。それへの対処をどうするか」
「ミョッルニルだけでは無理でしょうか」
「おそらくはな」
 六人はパルジファルにそう返した。
「ファゾルトについてはまだわからない」
「おそらくファフナーの強化型だとは思うが」
 これも予想に過ぎなかった。結局ファゾルトに関しては何もわかっていないのが実情であった。いささかどころかかなり不安のある状況であった。
「ミョッルニルだけで足りるだろうか」
「他にも備えが必要なんじゃねえか」
「ううむ」
 パルジファルは同志達の言葉を耳にして考え込んだ。
「そうですか」
「だがまだ時間がある」
「ヴァルハラまでの星系の占拠と並行して新兵器の研究を進めていこう。ファゾルト用にな」
「わかりました。それでは」
「うむ、そして軍の再編成だな」
「ええ」
 やるべきことは山の様にあった。最後の戦いを前にして彼等は備えをしなくてはならなかった。その為には。全てを無駄にすることは出来なかったのであった。
 暫くは戦いもないまま進んだ。星系の占拠は順調であり艦隊の編成、増強も補給路や基地の整備も進んでいた。だが。新兵器の開発だけは遥として進まなかった。
「参りましたね」
 パルジファルにとってそれは憂慮すべきことであった。
「ファゾルトのデータが全く手に入らない以上仕方のないことですが」
「はい」
 直属の腹心の部下の一人であるティートゥレルがそれに応えた。
「ですがそれがないと」
「ええ。どうしたものか」
「出来れば改良されたであろうファフナーのデータも」
「問題はそこだけですが。ですがそこをクリアーしなければ」
「我等の勝利はおぼつきません」
 この問題に関しては手詰まりであった。天才科学者と謳われたトリスタンですらどうしようもなかった。こうして時間だけが過ぎていくと思われた。だがそれは突如として打開された。
「総帥」
 ある日パルジファルの下に報告が上がった。
「ワルキューレの方々から通信です」
「通信!?」 
「いえ、違いました」
 だがすぐにそれは訂正が入った。
「資料が届いております」
「資料が」
「はい、まずはヴァルハラ星系に関してです」
 その部下は述べた。
「ヴァルハラの宙図」
「ほう」
 パルジファルはそれを聞いて声をあげた。
「それは有り難い」
 決戦の場の宙図が手に入る。これは非常に大きかった。敵を知り己を知らば百戦危うからずというがその戦いの場を知るのもまた重要なのである。
「そして」
「まだあるのですか」
「はい、ファゾルト及びファフナーに関してです」
「黒竜に関して」
 竜につても述べられる。
「そうです、その戦闘力や特徴まで仔細に載っております」
「ふむ」
「御覧になられますか?」
「無論です」
 彼に躊躇はなかった。それだけの資料ならば是非見たかった。そして彼はそれを選んだ。
「では今からそちらに向かいます」
「はい」
 こうして彼は自ら資料を手に取った。それから自室でそれを見る。その内容はまずは驚くべきものであった。
「これがヴァルハラの宙図」
 実に不思議な星系であった。一つの恒星の周りに多くの惑星がある。だがその中でとりわけ目立つのが赤く塗られた星と青く塗られた星である。赤い星にはライン、青い星にはノルンと書かれていた。
「これがヴァルハラ双惑星」
 その二つの惑星は丁度向かい合いながら同じ軌道上を回っている。まさに双子であった。この二つの惑星こそがパルジファル達が目指す星系である。パルジファルはそれを思いながら宙図を眺めていた。
「思ったより複雑な星系ではないですね」
 これといった障壁はない。ムスッペルスヘイム星系の様に複雑な潮流もなかった。意外なまでに静かである。その静かな星系で彼等は戦うのだ。これから。
「そして」
 次に彼はファゾルト及びファフナーの資料を見た。まずはファフナーである。
 ファフナーはかつてバイロイトとニュルンベルグを破壊し、ヴァルターに倒されたものより速度と防御力が一ランクずつ上がっている形であった。それが六体あるという。確かに脅威ではある。
「ですが」
 だがパルジファルにはこの程度ならば対策があった。
 ミョッルニルを強化することにした。どのみち連射性と命中精度を確かなものにするつもりだった。それで充分に足りると思われた。そして彼はその通りにすることにした。ファフナーは問題ではなかった。
 だがファゾルトはそうはいかないようであった。資料を見たところファフナーのそれよりも遥かに強大である。数は一体だけであるが。それでも彼にとっては厄介な脅威であった。
「これはミョッルニルだけでは」
 対処出来ないのではないか、そう思った。その時だった。





攻める前に会議って所かな。
美姫 「ゆっくりと休息という訳には流石にいかないわね」
やる事、考える事がいっぱいだしな。
美姫 「宙図も手に入り……」
さーて、ここからか。
美姫 「次回はどうなるのかしらね」
ではでは。



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