『リング』
ラグナロクの光輝 第一章
その男は記憶を失っていた。
何時何処でどうやって生まれたのか、そして生きてきたのか誰にもわからなかった。彼自身にさえ。だがその名前だけはわかっていた。それだけしかわかってはいなかった。
パルジファル=モンサルヴァート、それが彼の名であった。この名前だけが彼についてわかっている唯一のことであった。
彼は気が付いたらある場所に一人立っていた。鎧の様な服に身を包み、長い黄色の髪を持っていた。彼を知る者は誰もおらず、彼も自分が何者なのかわからなかったのだ。
「私は・・・・・・誰だ!?」
何もない荒野で呟いた。だが返事はない。荒れた場所に一人だけいた。本当に何もなかったのだ。
だが何を為すべきかはわかっていた。帝国を倒す、それも今ある第四帝国ではない。来たるべきに現われる忌むべき帝国と戦う為に。彼は戦うことを決意したのであった。
戦う為には力が必要だ。彼はそれを闇貿易により築き上げることにした。そして彼は忽ちのうちに小さな国家ならば幾つも運営出来る程の力を蓄えた。しかしその存在が公に出ることはなかった。何故か、それは第四帝国がまだ存在していたからである。
「私には見える」
彼は時として自分自身に対して言い聞かせていた。
「これから何が起こるのか」
記憶がないのにそれは見えた。何故かそれが見えた。
第四帝国が崩壊し、戦乱が銀河を覆うのが。そしてそこから七人の選ばれた勇者が現われるのが。その中には彼もいた。六人の同志達と共に戦っていた。
同時に彼の記憶も蘇ってきていた。しかしそれは人の記憶ではなかった。太古の時代から、宇宙が創造され、人類が生まれるまでの無限の記憶が。彼の脳裏に蘇ってきたのだ。
「何故だ」
その記憶を見る度に彼は呟いた。
「何故こんなものを見るのだ」
それすらもわからない。古の記憶が自分の中にあるのが。わかりはしなかった。その中にも自分と六人の同志達がいた。その中でも彼等は戦っていた。
やがて第四帝国が崩壊した。突如として叛乱を起こしたクリングゾル=フォン=ニーベルングにより帝都バイロイトは破壊され、ノルン銀河は混乱の坩堝と化した。クリングゾルは自ら帝国を築き上げその指導者となった。
これを以ってパルジファルは行動を開始した。それまで築き上げた独自のルートやネットワークを駆使して帝国に反抗しようとする者達を見つけ出し、その支援にあたった。こうして反帝国の潮流を築き上げ、同志達を見つけていったのである。
「同志は六人」
彼は呟いた。そこは無限の闇の中であった。
「ヴァルター=フォン=シュトルツィング」
まずは一人。
「タンホイザー=フォン=オフターディンゲン」
次に一人。
「ローエングリン=フォン=ブラバント」
続いてもう一人。
「ジークムント=フォン=ヴェルズング」
さらに一人。
「トリスタン=フォン=カレオール」
そしてまた一人。
「ジークフリート=ヴァンフリート」
最後に一人。この六人であった。
「彼等がヴァルハラを目指す。そして私も」
彼を入れて七人。それが運命に選ばれた戦士達であった。
彼は今ライプチヒ星系にいた。そこに自身の軍を駐留させ、誰かを待っていたのである。
「パルジファル様」
後ろから部下の声がする。
「何か?」
「こちらに軍がやって来ます」
「帝国軍ですか?それなら」
「いえ、違います」
「では」
それを聞いたパルジファルノ声色が変わった。微妙な変化ではあるが明るいものに変わった。
「はい、彼等です」
その部下は述べた。
「パルジファル様が待ち望んでいた彼等です。遂に来ました」
「そうですか、遂に」
「まずはシュトルツィング執政官とヴェルズング提督の軍が」
部下も興奮しているのであろうか。声が上ずっていた。
「そしてブラバント司令とカレオール博士の軍も」
「彼等が。来ているのですね」
「そうです、そしてオフターディンゲン公爵とヴァンフリート首領の軍もまた。全て来ております」
「全てのノルンの導き通りです」
パルジファルはそれを聞いて静かに述べた。
「ノルンが。彼等を導いているのです」
ノルンとは時を司る三柱の女神達である。それぞれ過去、現在、未来を司り、時は彼女達の支配下にある。過去は長女であるウルズが、現在は次女であるヴェルザンティが、未来は三女であるスクルズが。それぞれ司っているのだ。この時を操ることはオーディンにすら出来ないことである。そうした意味でノルン達は絶対的な存在であるのだ。
「彼等に伝えて下さい」
パルジファルは指示を出した。
「何と」
「このライプチヒに来てくれるようにと」
「ライプチヒに」
「そうです」
彼はそう伝えた。
「そして。会いたいと」
自分自身で会うことも述べた。
「宜しいですね」
「はい」
部下もそれに頷く。
「それでは。彼等に会うとしましょう」
「わかりました。では」
「ええ、港へ」
彼はその足で港に向かった。ライプチヒの港は巨大なものであった。そこに軍艦も商船も置かれていた。そこに今六隻の同じタイプの艦が降りようとしていた。
六隻の戦艦は歩調を合わせるかの様に並んで港に降りて来る。横一列に並び、その高さまで全く同じであった。
「おいおい、七隻同じタイプのがあるって聞いてたけどよ」
そのうちの一隻であるジークリンデの艦橋においてジークムントが声をあげていた。
「まさか。それが全部揃うなんてよ。夢みてえな話だぜ」
見れば港にももう一隻ケーニヒ級が置かれていた。それで七隻なのである。
「勢揃いかよ、こんなところで」
「そしてまた我々が出会うことになるとはな」
「ああ」
彼のイゾルデの横にはケーニヒがいた。そこに乗っているのはローエングリンである。
「相変わらずのようだな、卿は」
「司令の方こそな」
ジークムントはニヤリと笑ってそれに言葉を返した。
「心配したんだぜ、行方不明になったって聞いたからな」
「それは私が何とかした」
「あんたがか」
トリスタンが彼に応えた。
「そうだ、イドゥンを使ってな」
「死者を復活させるというあの妙薬だ」
「如何にも」
トリスタンはヴァルターの問いに答えた。
「あれが。ファフナーに悪用されたのは無念であったが」
「そうか」
ヴァルターはそれを聞き沈痛な顔になった。
「クンドリーが盗み出したのだったな」
今度はタンホイザーが問うてきた。
「あの金色の髪と目をした女が」
「卿もまた。会ったのだったな、クンドリーに」
「そうだ」
「私もな」
ジークフリートも出て来た。
「取り逃がしてしまったが」
「だがあの女は死んだのだったな」
「うむ、間違いなくな」
トリスタンは二人にそう答えた。
「私は。彼女の最後を看取る形になった」
「そうか」
「今は。弟と一緒の場所なんだな」
ジークムントはそれを聞いて俯いてこう述べた。それを思うと何か寂寥なものがあった。
「あの女とは。色々とあったが」
これはこの場にいる全ての者が同じであった。
「ヴァルハラに旅立ったか」
「自らの因果から解き放たれて」
「だが我等の因果はまだだ」
トリスタンが言った。
「その因果が何かすらもわからない」
「そうだな」
ヴァルターがそれに頷いた。
「だがそれを解く為に今我々はここに来た」
「ライプチヒに」
「そしてヴァルハラへ向かう」
「全ては。因果を解き放ち」
「ニーベルングを倒す為に」
彼等はここに来たのであった。そして港に降り立った。そこにはパルジファルが立っていた。
「ようこそ」
彼は後ろに部下達を従えてそこに立っていた。見ればその軍は六人が知るどの軍の軍服も着てはいなかった。ヴァルターの軍は青、タンホイザーの軍は緑、ローエングリンの軍は白、ジークムントの軍は赤、トリスタンの軍は黄、ジークフリートの軍は紫とそれぞれ色が分かれていた。パルジファルの軍は黒であったのだ。
「漆黒の軍か」
「はい」
パルジファルは六人の言葉に応えた。
「これが。私の軍です」
「その規模は」
「五個艦隊」
彼はまた答えた。
「貴方達のそれと同じ規模になります」
「そうか、五個か」
ローエングリンがそれを聞いて呟いた。
「合わせて三十五個艦隊」
「そうおいそれとは集められねえ戦力だぜ」
「左様です。ですが」
「ですか!?」
ジークムントは彼の言葉に顔を向けた。
「帝国軍の戦力は。今だ不明です」
「帝国軍は方面軍におよそ十個艦隊を向けてきていた」
「どうやらそのようですね」
今度はヴァルターに応えた。
「ですがそれは彼等にとって些細な戦力かと」
「主力ではないのか」
「おそらくは」
「チューリンゲンを襲ったあの敵艦隊も」
「おそらくはな」
ジークフリートがタンホイザーにそう述べた。
「それでだ」
今度はトリスタンがパルジファルに声をかけてきた。
「何でしょうか」
「我等はここに来た」
「はい」
「その目的はわかってくれていると思うが」
「ヴァルハラへ」
「そう、ヴァルハラだ」
六人が一斉にパルジファルに顔を向けた。そして問う。
「卿に聞きたい」
六人はそれぞれの口でパルジファルに問うてきた。
「ヴァルハラは。何処だ」
「是非。教えてくれ」
「そのことでお話したいことがあります」
パルジファルはそれに応えてこう述べた。
「私は。その為にこちらまでお迎えにあがりました」
「そうだったのか」
「はい。ではこちらへ」
そしてある場所へ案内する。
「ゆっくりとお話しましょう」
「わかった」
「では行くとするか」
こうして七人はある部屋に集まった。そこは漆黒の玄室であった。
「ここでか」
「そうです」
七人は宙に立っているようであった。玄室の中には宇宙があり、縦も横も感じられるものではなかった。七人の周りには銀河があり、彼等はその中でそれぞれ正対し合い、円を描いていたのであった。
パルジファルもその中にいた。そして他の六人に対して言った。
「ヴァルハラ星系ですが」
「ヴァルハラは」
「まず、そこに帝国の本拠地があることはわかっています」
「それはな」
「我々も知っている」
六人はそれに応えた。
「そこにクリングゾル=フォン=ニーベルングがいることも」
「そこまではわかっている」
「ではそこに双子の惑星があることは?」
「双子の惑星!?」
「そうです」
パルジファルは彼等に対してさらに述べた。
「ヴァルハラ星系には。二つの惑星があります。まずそのうちの一つはノルン」
「ノルンか」
「はい、そしてもう一つは」
パルジファルは語り続ける。六人はその言葉に注目していた。
「ラインです」
「ライン」
「そう、そのラインこそがニーベルングのいる惑星なのです」
彼は穏やかな声で六人にそう語った。
「その二つの惑星がヴァルハラにあるのか」
「はい」
パルジファルは述べる。
「ですがそこに辿り着く道はまだ判明してはおりません」
「何っ」
六人はそれを聞いて銀河の中で眉を顰めさせた。
「モンサルヴァート殿、それでは」
「はい、我等はまだ帝国を討つことは出来ません。その首領であるニーベルングもまた」
彼は言った。
「しかし」
「しかし!?」
「ここで一つ興味深いことがあるのです」
「それはアルべりヒ教団のことは御存知ですね」
「ああ」
今までの戦いであの教団のことは知っていた。帝国と密接な関係にある一神教である。ジークムントは彼等の司祭と対峙したこともある。
「あの教団の最高司祭が十二月にムスペッルヘイムに姿を現わすそうです」
「ムスペッルヘイムにか」
ノルン銀河でその星系の名を知らぬ者はいなかった。九つの恒星を持ち、生物はおろかコケですら存在しない魔の星系である。通称を炎の世界と呼ばれている。
「そこで。彼等を抑えれば」
「ラインの位置もわかる可能性があるか」
「そうです。ですがそれにはまだ」
「そこまでにある帝国の星系と艦隊を倒す必要があるな」
「左様です」
「わかった、では」
六人はそれぞれ声をあげた。
「今こそ我々の力を合わせる時」
「そして帝国を討つ時だ」
「パルジファル殿」
次にパルジファルにその目を一斉に向けた。
「我等卿と共に」
「帝国と戦おう」
「有り難うございます」
まずはその言葉に対して一礼を述べた。
「ではまずは」
「うむ」
「わかっている」
七人はそれぞれの腕を出した。そこに剣で傷をつける。
パルジファルは闇の中から杯を取り出した。それは順番に七人の血を入れていく。
杯は宙を舞い七人の間にやって来た。彼等はそれを見ていた。
「我等がこれを飲むことにより」
「その絆は永遠のものとなる」
古より伝わる義兄弟の絆の儀式である。互いの血が混ざったものをそれぞれが飲むことによりその絆を固めるのだ。彼等は今それをしようとしていた。
「では」
まずはヴァルターが飲んだ。そしてタンホイザーが。
ローエングリン、ジークムント、トリスタン、ジークフリートが。六人は今絆で結ばれた。
「そして私が」
「そうだ」
「そして卿が我等の盟主となるのだ」
「私が」
彼はヴァルターの言葉に顔を向けた。
「それで宜しいのですか?」
「おい、他に誰がいるっていうんだ?」
ジークムントが彼に対して言った。
「我々がここまで来たのは卿の導きだ」
「そうだ、それがなくては私はここにはいなかった」
タンホイザーとローエングリンも言った。
「その卿が盟主とならなくて」
トリスタンも。
「誰が盟主となるのだ?卿の他にはいない」
ジークフリートも五人と考えは同じであった。
「さあ、今こそその杯を」
「我等の盟主に」
「わかりました」
その言葉を受け入れて頷く。
「それでは」
最後に杯を手にした。そしてその中のものを飲み干す。
「これで我々は」
「生きるも死ぬも同じ」
「帝国を、そしてニーベルングを倒す為」
「共に戦う」
「例えどれだけ帝国が強大であろうとも」
「最後まで戦う」
「そう、そして」
最後のパルジファルの言葉に視線をぶつけ合う。共に同じものを見ていた。
「このノルン銀河に新たな秩序を」
七人は頷き合った。今ここに運命に導かれた英雄達の盟約が交あわされたのであった。これを七英雄の盟約と言う。銀河の歴史において特筆して書かれる時であった。
七人のそれぞれの軍を合わせたこの軍は連合軍と名付けられた。彼等はライプチヒを拠点とし、パルジファルを盟主として作戦行動を開始することになった。それまでヴァルター達六人が占領したり同盟を結んだ諸星系はその傘下に収まった。それだけでノルン銀河におけるかなりの勢力となっていた。
だがそれではまだ不十分であった。帝国の勢力圏は強大であり、その保有する戦力も星系もかなりのものであることはわかっていた。パルジファルはまずは帝国とは直接戦おうとはしなかった。
「未だその旗色を明確にしていない星系が多数あります」
彼はそこに注目していた。
「まずは彼等を我々に引き込みましょう」
「それで勢力を蓄えるってわけだな」
「はい」
司令室に七人が集まっていた。パルジファルはその中でジークムントの言葉に答えていた。
「それ自体はいいな」
トリスタンが一先それに同意する。
「だが」
「だが?」
「その間、帝国軍が介入してくる恐れがある」
「はい」
パルジファルはトリスタンのその言葉に頷いた。
「それは私も考えています」
「ではだ」
タンホイザーが言った。
「中立星系に向かわせる者達と帝国にあたる者達を分けるか」
「そうだな」
他の者達もタンホイザーの案に賛同した。
「それでいいか」
「ではまずは中立星系に向かう者を選ぶか」
「まずは執政官」
「私か」
「はい」
パルジファルはヴァルターに顔を向けてきた。
「そして公爵」
「そして私が」
「そう、そして博士と」
「うむ」
「私の四人で。中立星系に向かいましょう」
「政治力を知っているメンバーを選んだようだな」
居残り組となったローエングリンの言葉であった。
「やはり。戦闘よりも対話を選んだな」
「そうです。我々は帝国とは違います」
パルジファルは述べた。
「戦闘よりも対話です」
「そういうことか」
「司令も政治を知っているように思えるがな」
「司令には今はライプチヒに留まってもらいます」
パルジファルは今度はジークフリートの言葉に応えた。
「ライプチヒに?」
「そうです。そこで全体を見て下さい。そして時に応じて」
「動くということだな」
「その通りです。ヴェルズング提督とヴァンフリート首領は」
「わかってるぜ」
ジークムントはニヤリと笑ってそれに応えた。
「前線だろ」
「はい」
「わかった。ではそちらは引き受けよう」
「お願いします」
「まっ、俺は政治よりも戦争の方がいいからな」
「前線にもまた目が必要だな」
ジークムントとジークフリートはそれぞれの見方を述べた。
「わかったぜ、帝国の連中が攻めて来たら追い返してやる」
「だが。今はこちらからは攻める時ではないな」
「全ては勢力が整ってからです」
パルジファルは二人にそう述べた。
「それまで。お願いします」
「わかった」
「ではな」
「そして御三方は私と共に」
「うむ」
「だがそれぞれのルートでだな」
「そういうことです。ではお願いします」
三人とも話をした。
「そしてブラバント司令はライプチヒを」
「ここを拠点としてこれから動くな」
「そうです」
「わかった。では暇があれば守りを固めておこう」
彼もただライプチヒにいるだけでいるつもりはなかった。まずは備えることを考えていたのだ。
「そしてここを足掛かりとして」
「帝国とも戦っていきます」
「よし、補給態勢も整えておくぞ」
「お願いします」
パルジファルの狙い通りであった。ローエングリンはすぐに軍政家としての手腕を発揮しはじめていた。それは実に頼もしいものであった。
まずは中立星系の懐柔と取り込みがはじまった。その中ジークムントとジークフリートはそれぞれの艦隊を率いて前線に向かっていた。
ジークムントの乗艦であるジークリンデとジークフリートの乗艦であるノートゥングは並んで進んでいた。途中ジークムントがノートゥングにやって来た。
「何かあったのか?」
「あんたにちょっと聞きたいことがあってな」
「私にか」
「ああ」
そう応えて不敵に笑った。
「ちょっとここじゃ何だな」
「では私の部屋に来るか」
「そうだな、そこでゆっくりと話をするか」
「うむ」
こうして二人はジークフリートの部屋に入った。テーブルに座り向かい合って話をはじめた。
「酒は何がいい?」
「ワインがいいな」
ジークムントはそれに応えた。
「ワインか」
「それも白だな。あるかい?」
「丁度いいのがある」
ジークフリートはそれに応える形で棚からボトルを二本取り出してきた。同時に水晶のグラスと少々のチーズもだ。酒の友まで揃えていた。
「これでいいか?」
「ああ、充分だ」
ジークムントはボトルとチーズを見て満面に笑みを浮かべた。
「それじゃあそれを一杯やりながら話をするか」
「わかった」
こうして二人は話をはじめた。ジークムントは注がれる白ワインを眺めて言った。
「発泡性のワインなんだな」
「そうだが」
「いいな、この泡が」
ジークムントはその泡を見て満足気に笑っていた。
「飲む気にさせてくれるぜ」
「発泡性のワインも好きなのか」
「そうさ、シャンパンもな」
ノルン銀河では発泡性のワインのことを総称してシャンパンと呼ぶ。実際にシャンパーニュ星系で採れるワインが発泡性だからである。もっとも発泡性のワインは他にもあるのであるが。
「飲み易くてな。好きだぜ」
「そうか、それはよかった」
ジークフリートもそれを聞いて顔を綻ばせる。
「このワインは私も好きでな」
「そうか」
「楽しく飲むとしよう。そして話をしよう」
「よし」
酒を飲みながらの話がはじまった。まずはジークフリートが尋ねてきた。
「そして話とは」
「ああ」
ジークムントがそれに応えて言った。
「あんたもクンドリーとは因縁があったよな」
「ないわけではない」
ジークフリートはその言葉に頷いた。
「実際に直接剣を交えたこともあったしな」
「そうか、そういやそうだったな」
「それか、聞きたいのは」
「ああ。他にもクンドリーに暗殺されそうになったって話も聞いたしな」
「あれはデマだ」
ジークフリートはそれは否定した。
「デマか」
「クンドリーと会ったのは公爵とラインゴールドで共闘したあの時だけだ。他にはない」
「そうだったのか」
「私は比較的クンドリーとは縁がない。他の連中とは違ってな」
「俺とも違うんだな」
「卿はまた。特別だな」
「まあな」
その言葉に顔を少し深刻なものにさせる。
「否定はしねえぜ」
「戦友のことは。何と言えばいいかわからないが」
「それも運命だったんだろうな」
ジークムントはワインを一杯飲んでからこう返した。そしてまたグラスに注ぎ込む。泡が弾ける音が部屋の中に響く。
「メーロトも俺も。そうなる運命だったんだ」
「そしてクンドリーもか」
「そういやあいつもあいつで謎があったな」
「そうだったな」
それはジークフリートも知っていた。
「何か。欲していたようだったが」
「何が欲しかったんだろうな」
「若しかすると」
「若しかすると?」
「自由だったのかも知れない」
ジークフリートは目の前のワインを眺めながら言った。まだ泡が弾けシュワシュワと音がしている。その横にはチーズがある。
「自由か」
「若しかしたらだが」
「ああ」
「クンドリーもまた。縛られていたのかもな」
「ニーベルングの血脈にだな」
「卿の友人がそうであったようにな」
「そうかもな」
ジークムントはジークフリートのその言葉に頷くものがあった。
「あいつも。ニーベルングの血脈に縛られていた」
「ニーベルング族はおそらくその血脈に全ての者が縛られているな」
「クリングゾル=フォン=ニーベルングにな」
「そしてそのニーベルングとは何者かだ」
「まだそれは。全くわかっちゃいねえ」
「そうだな」
ジークフリートはこくりと頷いた。頷いた後でワインを一杯飲む。
「かって帝国軍で元帥だったことだけしかわかっちゃいねえ。経歴も出鱈目だった」
「そうだ、元帥になる程の者がな」
ジークフリートも言った。
「偽りの経歴により全てを隠していたのか。今思えばそれも当然か」
「ニーベルング族一体何者なんだ」
「それもムスペッルヘイムに行けばわかるかな」
「どうだか。けどあそこに何かがあるのは事実だな」
「おそらくはな」
二人の目が同時に光った。
「鬼が出るか蛇が出るか」
「見ものなのは確かだ」
「楽しみにしとこうぜ、その時をな。ところでだ」
「どうした?」
「あんたの率いていた海賊はワルキューレっていったよな」
ジークフリートに問うと彼もそれに応える。
「そうだが」
「何か同じ名前の女達もまた帝国と戦ってるらしいぜ」
「我々と同じくか」
「ああ。けれどその連中は俺達みてえに大所帯じゃねえ」
「というと」
また問うた。
「九人だ。たった九人で戦ってるらしいぜ」
「嘘の様な話だな」
ジークフリートはそれを聞いて言った。
「九人で帝国と戦っているというのは」
「やってるのはもっぱらゲリラ戦みてえだがな。本当にそれだけで戦ってるらしいぜ」
「命知らずな者達もいるものだ。我々が言えた義理ではないがな」
これは彼等も同じである。彼等もまた強大な帝国と対峙しているのだから。そんな彼等にしてみればワルキューレも自分達も同じ存在に思えるのだ。
「若しかしたらその連中とも会えるかもな」
「面白いな」
ジークフリートはそれを聞き不敵な笑みを浮かべた。
「一体どの様な女達か。会ってみたい」
「美人だったら。尚更よしだな」
ジークムントもまた。彼等は不敵に笑い合った。
二人は前線に着きそこで帝国に備えた。まずは守りは固まった。
二人が前線に向かっている間ローエングリンはライプチヒを中心に防衛ラインを設け、同時に補給体制を整えようとしていた。
「まずはこちらが満足に動けるようにならないとな」
彼は言った。動けるようになる為に戦略を練っていたのだ。
「我々が集結前に掌握していた各星系だが」
彼はライプチヒに置かれた総司令部の作戦会議室において主だった指揮官達を前にして語っていた。
「まずは統治形態はそのままだ」
「わかりました」
「税率等もな。それはいじらなくていい。ただしだ」
彼は言った。
「流通は整備する。このライプチヒを中心とした中央集権体制にな」
「中央集権ですか」
「そうだ」
彼は指揮官達に対して言った。
「一時的なものにしろな。全てをここに集結させる」
「ですがそれですと万が一ライプチヒが陥落した場合は」
「その時のことも考えてある」
指揮官の一人の言葉にすぐにこう返した。
「ライプチヒの他にはベルリンだ」
「ベルリン」
「そう、ベルリンだ」
ライプチヒから少し離れた場所にある。交通の最重要地であり、ライプチヒへの道もローエングリン達のかっての勢力圏もそこを通らなくては通れないのである。
「ライプチヒが陥落しないのは至上命題だが」
「はい」
これはもう言うまでもないことである。だからこそローエングリンも防衛態勢を整備しているのである。
「若しもの時は考えておかなければな」
それがローエングリンの考えであった。慎重な性格の彼らしいと言えばらしかった。彼は最悪のケースを基に考えていたのであった。
「ライプチヒ周辺の星系にも防衛ラインを敷く」
「そこにも」
「幾重にもな。そして前線までの流通も強化する」
「つまり東の物資をベルリン、ライプチヒを経由して西の前線に送るというわけですね」
「そういうことになるな」
簡単に言えばその通りである。ローエングリンはその言葉に頷いた。
「東から西にだ」
彼は言った。
「いや、北と南のものもだな」
「左様ですか」
「全ては戦争に勝利を収める為に」
「物資を西に」
「そう、そして兵を進めるのも容易にする」
「兵も」
「必要なのは物資だけではない、兵もだ」
彼はライプチヒを中心とする総合的な補給体制を考えていた。それを今提唱しているのである。
「今よりも容易かつ迅速に送れるようにする」
「ヴァルハラドライブの整備も含めて」
「その通りだ」
彼はそれも考えていた。
「むしろそれが重要だな」
「迅速な輸送の為には」
「今勢力圏にある全てのヴァルハラドライブの見直しをしろ」
ローエングリンは言った。
「いいな、全てのだ」
「全ての」
「問題がなければそれでよし、だが問題があれば」
「それを修復していく」
部下はそれに応えてきた。ローエングリンもまたそれに頷いて応える。
「そして新たな航路も見つけていく」
「抜本的に変えていくのですね」
「そういうことだ。それでわかったな」
「はい」
指揮官達はそれに頷いた。
「それではまずは見直しに取り掛かります」
「頼むぞ、私も直接見る」
自身で掌握するつもりであった。ミス、見落とし、誤魔化しといったものが許されないことであるのは彼が最もわかっていることであるからだ。
「わかったな」
「わかりました」
「では」
「うん」
ローエングリンはそれを受けたうえで頷いた。
「これでいいな。では取り掛かる」
「了解」
ローエングリンは補給体制、航路、そして防衛に至るまで全てを整えにかかった。勝利の為に。彼の軍政により連合軍の戦闘力は飛躍的な伸びを見せることになった。それは徐々に現われるものであった。
それと共に中立星系の取り組みも進められた。パルジファルとヴァルター、タンホイザー、そしてトリスタンがそれにあたっていた。
そちらも順調に進んでいた。彼等は一つ、また一つと星系を自分達の勢力圏に組み入れていった。その側からローエングリンの整えている軍政に組み込まれていった。
「全てはつつがなし、ですね」
パルジファルは一時トリスタンと合流していた。そして二人が共にいる場でこう述べた。
「今のところは」
「今のところは、か」
トリスタンはその言葉を聞いてその知的な目の光を強めた。
「はい、今のところは」
「これからはわからないということだな」
「その通りです」
表情は読めない。声からも感情はわからない。だが彼はここでこう述べた。
「今は戦争の準備段階です」
「準備か」
「そうです、彼等と戦うのに我々はまだ力が足りません」
「既に多くの星系を持っていてもか」
「左様です。この程度ではまだ」
彼は言うのだった。
「足りないか」
「ローエングリン司令が再整備を進められていますがそれでも」
「帝国はそこまで強大なのだな」
「それは博士もよく御存知なのでは」
「イドゥンの技術ももたらされているしな」
彼は今それを思い出した。
「あれを使ってファフナーを作り出した。それだけでも大きな力だ。だがあれは」
さらに言った。
「シュトルツィング執政官に破壊されていたな。ミョッルニルで」
「ええ」
「だが。油断は出来ないな」
「帝国は恐らく新たな竜の建造に入っております」
「新たな竜の」
「その名はファゾルト」
パルジファルの言葉に感情が入った。険しい声になっていた。
「そしてファフナーもまた再び建造されることでしょう」
「二匹の竜か」
「はい」
パルジファルは頷いた。
「それでまた攻めて来るでしょう」
「ヴェルズング提督とヴァンフリート首領で大丈夫か」
「御二人のジークリンデとノートゥングにもミョッルニルは搭載されております」
今ではケーニヒ級全てに搭載されているのである。これがファフナー対策であるのは言うまでもない。
「ですからまずは大丈夫です」
「そうか」
「しかし」
だがパルジファルはここであえて言った。
「これからはわかりません」
「新型のファゾルトには効果が期待出来ない可能性もあるのだな」
「そうです。とりあえずは新型のミョッルニルの開発も急がせていますが」
「それをまた装填するか」
「ですね。それで対抗出来ると思いますが」
「問題はファフナーがヴァルハラドライブを無視することが出来るという点だ」
それが一番の問題であった。ニュルンベルクはそれで失われているのである。パルジファルもそれは危惧していた。
「まず今ライプチヒにはローエングリン司令のアジナーがあります」
「それでライプチヒは大丈夫か」
「はい。そして前線にはジークムント提督のジークリンデとジークフリート首領のノートゥングが」
「前線の備えは二つ」
「そして中には我々とヴァルター執政官のザックス、オフターディンゲン公爵のローマ、四つがあります」
「七つか」
「ミョッルニルは高価ですのでそうそう配備は出来ませんが」
「主要な星系に一門ずつ置けるだろうか」
「ブラバント司令にお話してみます」
彼は言った。
「防衛に関して非常に重要でありますから」
「そうだな」
「あとヴァルハラのことですが」
「何かわかったのか?」
「まだその場所ははっきりしていませんが」
「そうか」
トリスタンはそれを聞いて少し落胆した。
「しかし一つ重要なことがわかりました」
「重要なこと?」
「あの星系に双子の惑星があることは以前お話しましたが」
「うむ」
またパルジファルの言葉に頷く。
「ニーベルング族はどうやらラインにしかいないようなのです」
「ラインだけか」
「もう一方のノルンにはいないということなのです」
「おかしな話だな」
それはトリスタンが首を傾げるには充分過ぎる内容であった。
「両方共人が生活可能なのだな」
「はい」
パルジファルは答える。
「どちらも緑豊かな惑星であるとのことです」
「それでか」
「ラインは赤い大地が多く、ノルンは青い海が多いとのことですが」
「赤と青か」
それがどうしても引っ掛かった。
「ニーベルング族はどうやら赤を好むが」
「ええ」
クリングゾルの服や紋章等からそれを推測した。
「しかし。星まで赤か」
「そこに何かあるとでも」
「いや、これは偶然だろうが」
彼は述べた。
「どうにもな」
「しかしノルンにニーベルング族がいないのも事実です」
「彼等とそこで戦う時は。ノルンを足掛かりにすることになるだろうな」
「そうですね。ですがそれは」
「まだ先か」
「そういうことです。それでは」
パルジファルは言った。
「私はマグデブルグに向かいます」
「では私はミュンスターだ」
彼等はそれぞれまだ旗色を明らかにしていない中立星系に向かうことにした。
「マグデブルグを引き入れたならば大きいな」
「はい」
「あの星系だけで二個艦隊を軽く用意出来る」
「それに通商、交通の要地です。そこから他の中立星系に向かうことも可能です」
「ではそちらは頼んだ」
「博士はミュンスターを」
「あそこを引き入れれば南の星系の大部分に影響が及ぶな」
ミュンスターもまた要地であるのだ。マグデブルグと共に南方にあり、そこから多くの星系に続いているのである。そこから先はパルジファル達に友好的な星系と中立的な星系がモザイクに入り組んでいた。それ等の星系を全てこちらに引き込むことも夢ではなくなるのだ。そうなれば連合軍の勢力は大きく伸張するのだ。
「お互い正念場だ」
「そうですね」
「健闘を祈る」
「武力を使うことなく彼等を」
「うむ」
二人はそれぞれの目的地へ向かった。彼等はその政治力と交渉力を駆使してマグデブルグ、ミュンスターそれぞれを自分達の勢力圏に収めることに成功した。これにより南方の諸星系は次々と連合に旗を変えた。彼等は僅か二つの星系を説得することで多くの星系を手に入れたのであった。
これは北に向かったヴァルターとタンホイザーにも伝わっていた。ここにも中立の星系が点在していたのである。
「南は抑えられた」
ヴァルターはモニター越しにタンホイザーと話をしていた。
「これで後は北と東だが」
「南に比べれば容易かな」
「安心は出来ないがな」
「そうだな、卿が北に行き」
「卿が東だ。それで行こう」
「わかった」
タンホイザーはその言葉に頷いた。
「それではな」
「うむ。ところでだ」
「どうした?」
「卿の奥方のことだが」
「ヴェーヌスのことか」
「何故ニーベルングは彼女を求めていたのか。わかるか」
「いや」
それはまだわからなかった。首を横に振るばかりであった。
「それはこちらが知りたい位だ」
「そうか」
「だが。クリングゾルには今も妻はいないようだな」
「どうやらな。そうした話は一切ない」
それどころか人間らしい話も一切ないのだ。それが実に奇妙であった。クリングゾルに関する話はそういったことまでが謎に包まれているのだ。
「子もいないようだし親族も」
「ニーベルングの血脈があるだけか」
「一つふと思うことがあるのだが」
「何をだ?」
「あの男は。若しかしたら人ではないのかも知れない」
ヴァルターは言う。
「そういうことだ、それは」
「若しかしたらだが」
「うむ」
「ニーベルング族というのは。我等今このノルン銀河で主流を占めている者達とは違うのかも知れない」
「第三帝国の者達か」
所謂ホランダー達のことである。ヴァルター達は第四帝国の者達だ。それより前の第三帝国はホランダー達の国であったのだ。あまりにも長い時間の中で人も変わっていっているのである。
「それともそれより前の」
「いや」
だがヴァルターの頭脳はそれとは別のものを見ていた。
「前ではなく。新しい存在なのかも」
「新しい」
「そうだ。若しくはそれを越えた、宇宙に普遍の存在なのかもな」
「それがニーベルングか」
「若しかしたらだが」
ヴァルターといえど確証を抱くには至っていなかったのである。
「そもそもあの一族には今だによくわからない部分が多過ぎる」
「というよりもまだ何もわかっていないのに等しい」
「そうだ。一族とはいうが今まで出て来ることはなかった」
「出て来たのはバイロイト崩壊の時からだ」
「全てが謎に包まれている。我々が目指しているヴァルハラにしろ」
それこそが問題なのだ。存在が明らかになっていないことが。
「場所すらもわかっていないな」
「卿の奥方は造られた存在だったというな」
「そうだ」
タンホイザーはその言葉に答えた。
「夢の中で。エリザベートに教えられた」
「エリザベート」
「ヴェーヌスの。もう一つの人格であるらしい。ヴェーヌスの死後私の夢の中に現われる」
「そうなのか」
「彼女が教えてくれるのだ」
タンホイザーはヴァルターに語りはじめた。
「ヴァルハラを目指すべきだということも。そして自身が造られた存在だったということをな」
「ニーベルングのことは」
「それは何も知らないようだ」
残念そうに首を横に振る。
「それだけはな。残念なことに」
「そうなのか」
「だが。一つ気になることを言っていた」
「気になること!?」
タンホイザーはその言葉に顔を向ける。
「ニーベルングは。一人でしかなり得ないのだと」
「一人でしか」
「その一族には血脈はあるが。彼は自分以外に妻を持つことは出来ない存在だというのだ」
「どういうことだ!?それは」
これはヴァルターにもわからなかった。
「彼女以外の妻を持つことが出来ないとは」
「それはわからない。だが」
「だが!?」
「若しかするとあの男は。これは私の予測に過ぎないがな」
あくまでヴァルター個人の予想だ。しかし妙な現実感がそこに感じられるのだ。
「うむ」
「子を。作ることが出来ないのではないのか」
「子をか」
「そうだ。だからこそヴェーヌスを造った」
タンホイザーは言う。
「子を作ることが出来ないから。妻もまた」
「造り出したというのか」
「まさかとは思うが」
「ふむ」
「どうやらニーベルングには得体の知れない謎があるようだな」
「何もかも。わかっていない男にはさらに謎がある」
「その謎を解き明かした時にあの男の正体もわかるが」
「まだ何も。わかってはいないな」
「そうだな」
結局はそれを認めるしかなかった。彼等がわかっているのは砂の海の中の砂粒程度しかないのが現状であった。それ以上のことは何もわかってはいなかった。
「全てはムスペッルヘイムに行ってからだ」
「十二月に」
「それまでに」
「全ての中立星系を我々の勢力圏に収めておく」
タンホイザーの言葉が強くなった。
「私は北を」
「そして私は東を」
「それぞれ手中に収めに行こう」
「そうだな。全てはそれからだ」
「うむ」
二人もまたそれぞれの任務に向かった。謎は解き明かされぬまま戦争に向かう。中立星系の懐柔自体は順調に進み、ローエングリンの軍政とあいまって連合の力は飛躍的に増大した。そして第一段階とも言える準備は整ったのであった。
「まずはこれでよし、です」
ジークムントとジークフリートを除く五人は一旦ライプチヒに集まっていた。その中の一室でパルジファルが他の四人に対してこう述べた。
「それではいよいよムスペッルヘイムだな」
「はい」
彼はタンホイザーの言葉にこくりと頷いた。五人は円卓を囲んで座っていた。誰が中央にいるというわけでもなかった。だがどういうわけかパルジファルが中心にいる印象が拭えないものであった。
「そこに辿り着くのは十二月に」
「今は十月だ」
ヴァルターが言った。
「作戦開始には丁度いい時間だな」
「そうですね」
「しかし」
だがここでローエングリンが述べた。
「ムスペッルヘイムまでには敵の防衛ラインと艦隊が多数展開している。これを破りながらムスペッルヘイムまで向かう」
「それは決して容易なことではない。二ヶ月で辿り着けない可能性もあるな」
「いえ、その心配はありません」
彼はローエングリンとトリスタンにそう返した。
「何故だ?」
「確かに彼等はムスペッルヘイムまでに防衛ラインを敷き、艦隊を多数展開しております」
これはパルジファルも認識していた。
「ですが」
「ですが!?」
四人がそれに問う。
「今の我等の敵ではありません」
「敵ではない、か」
「まずはこちらの戦力です」
パルジファルは述べる。
「中立星系の取り組みとローエングリン司令の軍政の結果我等の力は飛躍的に上昇しました」
「まずはそれか」
「はい」
そのローエングリンの言葉に応える。
「そして我等七人、かって帝国の軍勢を退けてきた貴方達がおられます」
「そして卿もな」
タンホイザーが彼に言った。
「将も揃っている、と言いたいのだな」
「左様です」
「確かに一連の取り組みと軍政で我々の力は設立当初とは比べ物にならないまでになった」
ヴァルターが述べる。
「三十五個艦隊が六十を動員出来るまでにな」
「一人当たり七個艦隊を率い、残りの艦隊で防衛にあたる。それだけでもかなりのものだ」
トリスタンも言う。
「戦力的には申し分ない」
「しかし」
だが四人にはまだ不安があった。
「我等のことはわかった」
「だが敵はどうなのだ」
「帝国は」
四人の問いたいことは他でもなかった。敵に対するものであった。
「帝国ですか」
それにまずはトリスタンが応える。
「そうだ。クリングゾル=フォン=ニーベルングは得体の知れない出自から帝国軍宇宙軍総司令官、元帥にまでなった男だ。容易な相手ではない」
「その戦術は司令官時代で実証されている」
ローエングリンは艦隊司令として彼の下にいる立場であった。だからそれはわかっていた。
「卓越したものだ」
「そして戦略もな」
今度はヴァルターが言った。
「帝国がここまで伸張したのは彼の戦略故だ。並大抵のものではない」
「それだけの戦術、戦略の持ち主を相手にする。卿はそれについて危惧はないか」
タンホイザーが最後に問うた。四人はあえてパルジファルの識見を試す様に問うてきたのであった。
「彼は動きません」
「何故だ」
「それは彼がどうやらアルベリッヒ教団と深い関係にあるからです」
「アルベリッヒ教団」
「御存知の方もおられると思いますが」
「今ここにはいないが」
ヴァルターが話しはじめた。
「ヴェルズング提督がその教団の司祭の一人と会っている」
「はい」
「彼もまた教団と帝国の関係について疑いを持っていた」
「よくある話だが」
それを受けてトリスタンも口を開いた。
「一つの国を纏めるのに宗教を利用する。それも強力なテーゼを持つ宗教をな」
「では帝国はアルベリッヒ教団を使って」
「だとすればニーベルングもまた。教団と深い関係にある可能性が高いな」
「そういうことです。私は彼が教団の最高指導者であるとさえ考えています」
「最高指導者か」
「そうです。アルベリッヒ教団は見たところかなり強固な一神教です」
パルジファルはそれまで聞いた僅かな情報から教団の性質をかなり検証していたのである。その検証の結果アルベリッヒ教団は厳格な一神教であると看過したのだ。
「その頂点には最高司祭と呼ばれる存在がいます」
「その最高司祭がニーベルングなのか」
「私はそう見ています」
「わかった」
四人は彼の言葉に頷いた。
「十二月に教団はあの星系で彼等にとって重要な儀式を執り行う」
「そうです」
「ニーベルングはその最高司祭としてそこに姿を現わす。儀式の中心として」
「そしてその為にムスペッルヘイムを動けない」
「帝国にとって。最大の弱点となる時だな」
「その十二月にムスペッルヘイムを衝けば」
そこが鍵ということである。
「あの男を討てる」
「討てずとも今までの多くの謎を解き明かすことが出来るな」
「左様です。では」
「行くか」
四人は互いの顔、そしてパルジファルの顔を見て頷き合った。
「千載一遇の好機だ」
「これを逃しては永遠に時は来ない」
「全ての謎と、ニーベルングの首を」
「ここに挙げるぞ」
「では後の御二人とも合流しましょう」
パルジファルは意気上がる四人を纏めるようにして述べた。
「そしてそのうえで」
「ムスペッルヘイムへ」
「今回は七人全員で向かいます」
これには誰も意義はなかった。今度の戦いは最初の決戦となる。ならば七人全員の力が必要であった。それは彼等自身が最もよくわかっていたことであった。
「宜しいですね」
四人は無言で頷いた。そしてすぐにそれぞれ大軍を率い前線に向かった。そしてそこでジークムント、ジークフリートの二人と合流したのであった。
「前線は何もありませんでしたか」
パルジファルはグラールのモニターから二人にそれぞれ問うた。ジークリンデとノートゥングのモニターにはパルジファルの姿が同時に映っていた。
「ああ、特にな」
「予想された帝国の攻撃は全くなかった」
ジークムントとジークフリートはそれぞれの口でそう述べた。
「左様ですか」
「ただな」
だがジークムントがここで言った。
「ただ?」
「結構面白い情報が入って来ているぜ」
「ワルキューレが活動を活発化させているらしい」
「貴方の部隊ではありませんよね」
「それはもう連合に加わっている筈だが」
ジークフリートはそれに応えて口の端で不敵な笑みを浮かべた。
「私の部下達とはまた別の乙女達だ」
「彼女達ですね」
「ああ。そいつ等が帝国領内で派手に暴れているらしい」
「それで私達の方には兵は来なかった」
「そうだったのですか」
「ああ」
「おかげで国境は平和だった」
二人はそれに応える。
「ただ、どうにもあのワルキューレの正体がまだはっきりしない」
「俺達の敵じゃないのは確かなんだが」
「それも。今後わかりますかね」
「これからムスッペルヘイムに行くんだろ」
「はい」
パルジファルはジークムントに答えた。
「是非御二人も」
「わかってるぜ」
「元から断られても行くつもりだった」
「では決まりですね」
「よし」
「行くか」
「これで七人揃いました。このままムスッペルヘイムへ」
連合軍の七人の指揮官達とその大軍は自国の勢力圏を離れ帝国領、そしてムスペッルヘイムへ向かいはじめた。帝国との戦いが遂に幕を開いた。それは果てしなき、激しい戦いの幕開けであった。
いよいよ最終章。
美姫 「遂に集まった七人の者たち」
いやー、長い旅であった。
美姫 「けれども、これはまだ始まりよ」
いよいよ反撃の狼煙が。
美姫 「次回もお待ちしてます」
待ってます。