『リング』
ヴァルハラの玉座 第七幕
「この戦い、元より決死だ」
「決死」
ジークフリートはここであえて部下達の心の琴線を触れた。海賊にとって命を賭けるということはそれだけで華であるのだ。命を捨て、そこから得られるものにこそ最上の価値があると考えているのである。
「命が惜しい者は来なくていい」
「首領」
その言葉は当たった。彼等は皆ここで不敵な笑みを返した。
「我々は海賊ですよ」
「うむ」
「その我々が。命を賭けないなぞ」
「馬鹿を言ってはいけません」
「ではいいな」
「はい」
頷かない者はいなかった。
「喜んで」
「よし」
すぐにその不気味な黄金色の巨体が発見された。ジークフリートは迷わなかった。
「接舷しろ!」
「はい!」
半ば体当たりで接舷が行われる。すぐに陸戦部隊を率いたジークフリートが乗り込む。
「いいか、目指すは艦橋だ!」
彼は敵艦に乗り込むとすぐに指示を下した。
「ニーベルングはそこにいる筈だ!行くぞ!」
「おう!」
前に立ちはだかる敵達を次々に退けていく。捕虜から情報を聞きながら彼等は瞬く間に艦橋への最後の階段の前まで達した。するとその目の前に彼がいた。
「卿か」
ジークフリートは目の前にいる男を見て声をあげた。
青灰色の目を持ち金髪を後ろに撫で付けた気品のある美男子であった。スラリとした長身を丈の長い灰色の軍服とネクタイで覆っている。彼がタンホイザー=フォン=オフターディンゲンであった。
「私を。知っているようだな」
「話は聞いている」
ジークフリートはそう返した。
「そうか、それは私もだ」
タンホイザーはジークフリートを敵意の目で見ていた。
「これだけ言えばわかるか」
「話は聞いている」
ジークフリートはそれには頷いた。
「だが私ではない」
「証拠は?」
「ここにある」
「ここにだと」
「そうだ。ここに卿の奥方がおられる」
「上にか」
タンホイザーの顔がこれまでになく強張ってきた。
「そうだ。そしてここにはどうやらニーベルングはいないようだ」
「クッ、囮だったか」
「だが。行くのだろう」
「当然だ」
その気品のある姿からは予想外れの強い声であった。
「そこにヴェーヌスがいるのならばな」
「そうか。では私も行こう」
「卿も」
「帝国を討つという意味において私と卿は同じだ」
ジークフリートはタンホイザーに対してそう述べた。
「ならば。共に戦いたいのだ」
「・・・・・・・・・」
ジークフリートはその言葉を聞き暫しタンホイザーの顔を見ていた。だが暫くしてそれに返答した。
「わかった。では頼む」
「うむ」
ジークフリートはその言葉に頷いた。そして二人は艦橋を昇った。
艦橋は機械に覆われた黒い部屋であった。そこに金色の髪と瞳を持つ女がいた。
「卿がこの艦隊の司令官だな」
「左様」
見れば黒い軍服とマントに身を包んでいる。それが如何にも帝国らしかった。
「我が名はクンドリー」
そして名乗った。
「クンドリー=フォン=ニーベルング。それが私の名」
「カレオール博士のところにいた女か」
「そうだ」
クンドリーはジークフリートの言葉に答えた。
「そして私もまたここにいる」
「貴様は」
その言葉を聞いたジークフリートとタンホイザーは同時に声をあげた。
「ジークフリート=ヴァンフリートとタンホイザー=フォン=オフターディンゲンか」
クンドリーから男の声と女の声両方が放たれていた。異様な声であった。
「私はクリングゾル=フォン=ニーベルング」
「何故ここに」
「我が血族の身体を借りた。卿等に会う為にな」
「クッ」
「オフターディンゲン公爵」
クンドリー、いや彼女の身体を借りたクリングゾルはタンホイザーに顔を向けてきた。
「卿が探しているのは。この女だな」
「ヴェーヌス!」
クンドリーの腕の中が輝きそこに一人の美しい少女が姿を現わした。
「やはり、そこにいたのか」
「だが一つ言っておこう」
「何だ?」
タンホイザーとクリングゾルは睨み合った。
「ヴェーヌスは。私の妻となる女だ」
「何だと!?出鱈目を」
「だがそれは真実だ。そしてヴェーヌスが妻となった時こそ」
「その時こそ」
ジークフリートはそこに問う。
「私は」
「私だと!?」
この場合の『私』は誰であるのか。彼は直感でわかった。
「貴様、それは一体」
「クッ」
その失言を悟った者が言葉を濁す。
「どのみち。卿等には関係なきこと」
「そうか。だが」
ジークフリートは動いた。
「公爵」
「わかっている」
タンホイザーも彼の言葉に頷く。二人はそれぞれ左右に散って動きはじめた。
「二人がかりか」
「勝てるか、我々に」
「フン、造作もなきこと」
男の声と女の声、両方で返してきた。
「私を。甘く見るな」
ヴェーヌスを抱いたまま銃を取り出してきた。
「このままでも卿等二人を相手にすることなぞ造作もなきこと」
「それはどうかな」
だがジークフリートはその言葉にも臆することはなかった。
「我々を侮ってもらっては困る」
そしてタンホイザーも。二人は滑る様に動いていた。
ジークフリートは動きながら剣を抜いていた。ビームサーベルであった。
「私の剣技。見せてやろう」
「小癪な」
銃を放つが当たりはしない。全て二人にかわされてします。
「くっ」
「言った筈だ」
ジークフリートが言った。
「貴様では我等は倒せぬと」
「貴様がニーベルングだったならばわからなかった」
タンホイザーも言う。
「だが。貴様がその女の身体ならば」
「我等の相手にはならぬ」
「覚悟するのだな」
タンホイザーが銃の照準を合わせた。
「ヴェーヌスを。返してもらうぞ」
「言った筈だ」
だがクリングゾルはそれに応じようとはしない。
「ヴェーヌスは。私のものだと」
「まだ言うのか」
「何度でも言おう」
クンドリーの身体を借りるクリングゾルが言う。
「ヴェーヌスは。私の妻になる為に作られたのだと」
「妻になる為だと!?」
それを聞いたタンホイザーの動きが止まった。
「そうだ」
「しかも。作られただと」
彼にはそれがどういうことかわからなかった。一体ヴェーヌスは何なのか。そう思いはじめていた。
ジークフリートはそんな彼を冷静に見ていた。何かあればすぐに動くつもりであった。落ち着いて構えていた。
そのうえでクリングゾルを見据えていた。その黄金色の目の光が変わった。彼はそれを見逃さなかった。
「公爵、動け!」
「!?」
ジークフリートは叫んだ。タンホイザーはそれを受け咄嗟に跳んだ。
ジークフリートも動いていた。クリングゾルはビームサーベルから光を放ち、二人を撃とうとしていたのだ。
しかしそれは二人によってかわされた。かわされたそれは光で跳ね返る。
「ムッ!?」
これはジークフリートもタンホイザーも、そしてクリングゾルも予想していなかった。思いも寄らぬことであった。
光はヴェーヌスを撃っていた。その身体が忽ちのうちに紅に染まる。
「ヴェーヌス!」
タンホイザーはその妻の姿を見て叫ぶ。クリングゾルの様子にも狼狽が見てとれる。そしてその狼狽が変化を呼び起こした。
「クリングゾル様」
身体を貸していたクンドリーが彼に語り掛けてきたのだ。彼女自身の声で。
「何だ」
それに対してクリングゾルは彼の声で返してきた。だが口はクンドリーの口が使われていた。
「ここは。下がられるべきかと」
「何故だ!?」
クリングゾルは彼女に問う。
「戦局もありますがこの二人相手では私の身体は」
「しかしヴェーヌスは」
どうやらヴェーヌスは彼にとっては離せぬものであるらしい。それがよくわかる言葉であった。
「ですが」
しかしクンドリーは言った。
「ここは」
「だが」
それでもクリングゾルは引き下がろうとはしない。
「ヴェーヌスは私の」
「ですが作られた命です」
「わかっているが」
「!?」
ジークフリートはその言葉に妙なものを感じていた。
「どういうことだ、作られたとは」
「また作れば」
「・・・・・・わかった」
彼も遂にそれに頷いた。そして姿を消そうとする。
「待て!」
それを見たジークフリートとタンホイザーは追おうとする。だが彼の方が動きは速かった。
「甘い」
壁に背をぶつけ、そこにあったボタンを押す。後ろから開いた扉の中にそのままの姿勢で入っていく。こうして彼は姿を消してしまったのであった。
「逃げたか」
ジークフリートはそれを見て苦いものを顔に浮かべ呟いた。
「逃げ足も。速いというのか」
「ヴェーヌス」
ヴェーヌスは既に離されていた。床の上に横たわる彼女にタンホイザーが向かっていた。
「ヴェーヌス!」
「私は」
彼女は彼に語りはじめていた。その腕の中に抱かれている。
「私は造られた命でした」
「人造生命だったのか」
「はい。クリングゾル=フォン=ニーベルングにより造られた」
今にも消え入りそうな声で語る。
「彼の妻となる為に造り出されたのです。側にいる為に」
「何故御前を造る必要があったのだ」
タンホイザーは問う。
「妻なぞ。幾らでもいるだろうに」
「私でなければならなかったのです」
「何故だ?」
「それは彼が。人と交わることができないから」
「人と?」
「はい」
彼女は答えた。
「つまりあの男は男であって男でないのか」
ジークフリートはそれを聞いて言った。
「男ではない。まさか」
「そうだ、わかるな」
それ以上は言おうとはしなかった。だがそれだけで充分わかった。
「だから私を。妻にする為に造り出したのです」
「そうだったのか」
「しかし私はあの男のところから去りました。もう一人の私の声に従い」
「もう一人の私!?」
「はい。それは・・・・・・」
だがここで言葉が途切れた。
「ヴェーヌス!」
「公爵様、ラインゴールドへ」
彼女は最後の力を振り絞って言った。
「ラインゴールドへ」
「はい。そこで貴方を待っておられる方が。その方に御会いして」
顔がさらに白くなった。それが彼女が間も無く死ぬということを何よりも雄弁に物語っていた。
「一体誰が」
「それはそこで・・・・・・うっ」
血を吐いた。それでタンホイザーの軍服も血に塗れた。だがタンホイザーはそれに構わなかった。
「これで・・・・・・」
それが最後の言葉であった。ヴェーヌスの頭が落ちた。そして彼女はこの世を去ったのであった。
「公爵」
ジークフリートは彼に語り掛けた。
「わかっている」
タンホイザーはそれに返した。
「ラインゴールドへ行く」
「そうか」
「卿は。これからどうするのだ?」
「卿がラインゴールドへ行くのだろう?」
「そうだが」
「では私は遠慮させてもらおう」
そうジークフリートに言う。するとジークフリートはその眉を顰めさせ彼に問い返してきた。
「何っ!?」
「引き下がると言っているのだ。ラインゴールドは卿に譲る」
「いいのか」
また問う。だがタンホイザーの返事は変わらなかった。
「よい。既に目的は達したしな」
「帝国軍の殲滅か」
「そういうことだ。それが済めば他はどうでもよかった」
「わかった。ではこれからどうするのだ?」
タンホイザーは妻の血でその服を濡らしていた。その姿のまま彼に問うてきた。
「ヴァルハラに向かう」
ジークフリートはそれに応え一言こう言った。
「ヴァルハラへ」
「そうだ。今からシュバルツバルトに戻りそれに備える」
「そしてあらためてヴァルハラにか」
「縁があればまた会うことになるだろう」
「また」
「そうだ、その時を楽しみにしている」
そう言い残して立ち去ろうとする。だがそこにタンホイザーが声をかけてきた。
「待て」
「!?」
ジークフリートはその言葉に足を止めた。
「疑って済まなかったな」
「気にすることはない」
だがジークフリートはそれを最初から意にも止めていなかったのだ。
「私ではないのがわかればな」
「そうか」
「ではな」
「うむ、また縁があれば」
「会おうぞ」
こうして二人の英雄達は別れた。ジークフリートはそのまま艦橋を降り自身の艦へ戻っていく。戦いは既にワルキューレとタンホイザーの軍の大勝利に終わっていた。凱歌が銀河に鳴り響いていた。
「御無事でしたか」
「ああ」
彼は部下にそう応えた。
「こちらも。無事勝利に終わったな」
「はい」
部下達がそれに頷く。
「もう帝国軍はこの周辺星系にはおりません。当面の敵は倒しました」
「よし」
ジークフリートはそれを聞いて頷いた。
「では戻るか」
「戻りますか、シュバルツバルトへ」
「そうだ。目的は達した」
彼は言った。
「そして次の目的にな」
「次は」
「ヴァルハラだ」
一言であった。
「ヴァルハラだ。いいな」
「ハッ」
ワルキューレはラインゴールドを後にしてシュバルツバルトへと戻って行った。後には何も残しはしなかった。ただ風の様に戦場を後にした。勝利だけを持って。
ジークフリートはシュバルツバルトに帰った。そしてまずは戦力の回復及び今後に備えての情報収集に務めた。これは今までと何ら変わることがなかった。
「オフターディンゲン公爵ですが」
その中でタンホイザーに関する情報も聞いていた。
「何かあったのか?」
「ラインゴールドにおいてパルジファル=モンサルヴァートと接触したそうです」
「そうか、やはりな」
ジークフリートはそれを聞いて頷いた。
「そしてその後チューリンゲンへ戻られました。今は戦力の拡充に務めておられるそうです」
「うむ」
「そして我等も」
「整ったのだな」
「はい」
基地の司令室にいた部下達が一斉に応えた。
「何時でも。いけます」
「そうか。では全軍に命じる」
彼はすぐに指示を下した。
「進軍だ」
「目標は」
「それを私に言わせるのか?」
「是非」
彼等もジークフリートも不敵に笑っていた。それを聞かなくては話ははじまらなかった。誰もが、そうジークフリート自身ですらジークフリートの次の言葉を待ち望んでいたのであった。
「では言おう」
ジークフリートは言った。
「ヴァルハラだ」
「了解しました」
彼の言葉に従いワルキューレは進撃を開始した。それまでに築き上げた勢力圏を基盤としてヴァルハラを目指して進撃する。その途中でラインゴールドに差し掛かった。
「首領」
ラインゴールドの星系に入り暫くしたところで部下から報告があがった。
「どうした?」
「チューリンゲン方面から艦隊が来ます」
「そうか」
「どうされますか?」
「決まっている」
彼はそう返して目を細めさせた。
「その艦隊を待て」
「はい」
「そして会おう。いいな」
「わかりました」
こうして彼の艦隊はラインゴールドの中でその艦隊を待った。暫くしてそこにワルキューレとは別の艦隊がやって来たのであった。
互いの艦隊が視認可能な距離にまで迫った。ジークフリートはここで部下に言った。
「モニターを入れよ」
「ハッ」
部下達がそれに応じる。そしてモニターのスイッチが入れられた。ジークフリート自らそれに出た。
「来たな」
「ヴァンフリート殿か」
そrはチューリンゲンの軍勢であった。率いるのはタンホイザー、旗艦であるローマに乗り込んでいた。
「ああ。これからヴァルハラに行くところだ」
「そうか、私もだ」
タンホイザーもジークフリートも互いに笑っていた。そして言葉を交あわしたのであった。
「では共に行くか」
「うむ」
そして頷き合った。
「来ると思っていた」
「また会うと思っていた」
また互いに言い合った。
二つの軍勢が合流した。そのままヴァルハラへ向かう。今また二人の運命の戦士がヴァルハラへの道を歩みはじめたのであった。銀河の戦いは新たな局面を迎えようとしていたのであった。
ヴァルハラの玉座 完
2006・6・15
ヴァルハラへ。
美姫 「そこで最後に待つものとは」
いよいよ、次で最終章。
一体、何が待っているのか。
美姫 「最終章を待っています」
ではでは。