『リング』
ヴァルハラの玉座 第六幕
「逃げたか」
「もう。追いつけませんな」
「ああ」
ジークフリートはモニターを見上げながらフリードリヒの言葉に頷いた。帝国軍は全速力で戦場から姿を消していた。
「だがこれでかなりの戦力を叩くことができた」
「はい」
「それにこの星系はあの超惑星だけでない。そう易々と脱出することは出来ない」
「出来ませんか」
「言うならばこのギービヒは迷宮だ」
そしてこう言った。
「そう易々と逃れることは出来はしない」
「では後から来る二個艦隊も使って」
「そうだ」
彼は頷く。
「追い詰めていく。逃すなよ」
「わかりました。ではすぐに追撃に向かいましょう」
「よし」
こうして彼等は戦場を離脱した敵軍をさらに追うことになった。次の日にはその二個艦隊も到着し五個艦隊での捜索が開始された。敵が発見されたのはすぐであった。
「第五艦隊から報告です」
「敵か」
「はい。只今ギービヒ外縁のアステロイド帯の前に展開しているとのことです」
「そうか、あそこか」
彼はその報告を聞いて頷いた。何処にいるのかすぐにわかったのだ。
「ではそこに向かうぞ」
「はい」
「まずは第五艦隊に伝えよ。決して見失うなと」
「はい」
部下はその言葉に頷く。
「そして残り三個艦隊にも連絡せよ。それぞれ独自で動き敵の行く手を防げとな。よいな」
「わかりました。それでは」
「ここで敵を完全に粉砕すれば大きい」
ジークフリートは言った。
「戦力だけの問題ではない。敵の戦意に対してもな」
「敵の戦意にも」
「我々には勝てないのではないのか、そう思わせる効果もある」
ジークフリートは心理的な効果も考えていたのだ。戦争はただ戦場で勝つだけではないのだ。
「その為にも」
「兵を進めるのですね」
「そうだ。では行くぞ」
「了解!」
ジークフリートのものも含めた四個艦隊もまたハーゲンの艦隊へ向かう。彼等がそれぞれ帝国軍の残存艦隊を捕捉したのは間も無くであった。
「敵艦隊発見しました」
ジークフリートにも報告が届く。
「敵艦隊はシェンク提督の第五艦隊の追撃を受けながらギービヒから逃走しようとしております」
「速度はどうか」
「アステロイド帯を警戒してか決して速くはありません。我々も追いつくことは可能です」
「よし」
ジークフリートはその報告を聞いて満足げに頷いた。
「ではこのまま進む」
「はい」
「そして敵軍の退路を塞ぐぞ」
「わかりました」
ジークフリートの艦隊はその速度を生かして帝国軍の後方に回り込んだ。見れば他の艦隊もそれに呼応しそれぞれ敵軍を包囲していた。
「敵軍、完全に包囲しました」
「敵の戦意は?」
「今のところ。見られません」
見ればモニターに映る帝国軍の陣は戦闘態勢ではなかった。ジークフリートはそれを見て攻撃命令とは違った命令を下したのであった。
「降伏を勧告せよ」
彼は言った。
「降伏ですか」
「そうだ。最早勝敗は決した」
既に完全に包囲されている。その戦力も第五艦隊の追撃によりかなり減っていた。勝敗は誰の目にも明らかであったからだ。そうした意味でジークフリートの判断は正しかった。
「既に帝国軍にも心理的圧迫を与えることにも成功した。ならばここは戦わないにこしたことはない」
「では降伏勧告ですね」
「うむ」
そして頷く。
「それでいいな」
「わかりました。では」
部下達はそれに応え帝国軍に向けてジークフリートの名で降伏勧告の通信を送る。暫くしてノートゥングのモニターに一人の陰気な顔の男が現われた。
「卿は。誰だ?」
ジークフリートはモニターに映る彼を見上げて問う。
「ハーゲン」
彼はまずこう名乗った。
「ハーゲン=フォン=ニーベルング。それが私の名だ」
「ニーベルング」
「私の本来の姓だ。かってはグリムヒルデが姓だった」
「確か。そうだったな」
ジークフリートは彼に関する記憶を辿りながらそれに応える。
「だが。それは偽りだったのだ」
「それを隠していたのか」
「違う。私はそもそもグリムヒルデ家の者ではなかったのだ」
「どういうことだ?」
「私は。養子だったのだ」
彼は言った。
「ニーベルング一族からその素性を明かさずにグリムヒルデ家に預けられ育てられた。それが私だったのか」
「そうだったのか」
「だからこそ私の本来の姓はニーベルング。だがそれを知ったのは第四帝国崩壊以後だ」
「それまでは。グリムヒルデとして生きていたのか」
「そうだ。だがそれが変わった」
彼の低い声からは感情は見られない。ただ無機質に語っているように聞こえた。
「第四帝国の崩壊とクリングゾル様の台頭により。私はその素性を知った」
「ニーベルング一族の素性をか」
「そして私は今の帝国に加わった。だが」
「ここで敗れたな」
「私の完敗だ。これ以上の戦闘は無意味だ」
「では降るのだな」
「いや」
しかしそれには首を横に振る。
「私は。降らない」
「どういうことだ?」
「将兵達は降る。だが私は」
彼は言う。
「降ることは許されない。それがニーベルング一族の掟なのだから」
「そうか」
ジークフリートはまずはその言葉を聞いた。
「では。卿は。どうするのだ?」
「知れたこと」
彼は懐から銃を取り出した。
「これで。終わらせる」
それをこみかみに当てる。一瞬のことであった。
「終わらせたか」
「まさかとは思いましたが」
「ハーゲン提督、ニーベルング族として死んだか」
「どうやらそのようで」
「しかしだ」
ジークフリートには疑問に思えるものがあった。
「あの男、死ぬ程にまでクリングゾル=フォン=ニーベルングに忠誠を誓っていたのだろうか」
「違うとでも?」
「何か引っ掛かるものがあるのだ」
彼の直感がそれを教えていた。
「何かな」
「その何かは」
「そこまではわからない」
彼は述べた。
「だが。これでラインゴールドまでの道は開けた」
「はい」
「全軍集結し、補給を整え次第ラインゴールドへ向かうぞ」
「わかりました。それでは」
「うむ」
ワルキューレはラインゴールドへ向かうことになった。そしてその手前まで順調に勢力を広げ、遂にはその前まで達した。
「帝国軍の動きは?」
ワルキューレはもうラインゴールド手前のクラーゲンフルトに集結していた。そしてそこで最後の作戦会議を開いていた。
「敵艦隊の数は五個だな」
「はい」
ポネルがそれに答える。
「数においても我等とほぼ互角です」
「そうか」
「ただ、ここで一つ問題があります」
「問題!?」
「ラインゴールドに向かっているのは我々だけではないということです」
「我々だけではない」
「はい。オフターディンゲン公爵の軍もラインゴールドへ向かっております」
「彼の軍もか」
「そういえば奇妙な噂を耳にしました」
「噂!?」
フリードリヒの言葉に顔を向けた。
「公爵が我々を敵視しているとか」
「我々をか」
「はい。理由はどうも公爵の奥方にあるようなのです」
「公爵の」
ジークフリートはそれを聞いて考え込んだ。
「確かヴェーヌスと言ったな」
「そうです。先のチューリンゲンの脱出劇で行方不明になられたとか」
「あの時にか」
「それで。どうやら我々がその奥方を拉致したと思い込んでいるようなのです」
「妙な話だな」
ジークフリートはそれを聞いて述べた。
「何故私が」
彼も女は嫌いではない。だがそれでもそうした略奪行為をしてまで手に入れることはない。彼が狙うのはあくまで帝国相手である。武器を持たない者に剣を向けることは決してないのだ。
「確かに妙な話ですが」
「何かの手違いでそういう話になったのだろうか」
「さて」
それにはこの場にいる誰もが首を傾げさせた。
「何故でしょう」
「だが彼の奥方が今彼の下にいないのは確かなのだな」
「ええ、それは」
クプファーが述べた。
「既に確かな情報を掴んでおります」
「そうか」
「奥方がいないのは事実です」
「では。何処にいるのだ」
「これもまた噂ですが」
フリードリヒがまた述べた。
「帝国軍にいるとか」
「帝国軍にか!?」
「はい。あくまで噂ですが」
「ではクリングゾル=フォン=モンサルヴァートが」
「何の為かわかりませんが」
「また一つあの男に関する謎が出て来たか」
そしてこう呟いた。
「何処までも謎の多い男だ」
「そのニーベルングがラインゴールドに来ているとの情報もあります」
「ここにか!?」
ジークフリートの反応はこれまで以上であった。それがどれだけ重要な情報であるのかわかっているからだ。
「はい。彼の旗艦であるハーゲンが確認されております」
「ハーゲン、か」
ジークフリートはその名を聞いて少し複雑な顔をした。先程自らが倒した帝国軍の提督と同じ名であったからだ。
「では間違いないか」
「どうされますか?」
「ニーベルングが来ているとなれば作戦が違ってくる」
彼は言った。
「今の戦乱の全ての原因があの男にあると言ってもいい」
「はい」
「あの男を討てば。それで戦いは大きく変わる。終わらないまでもな」
「ではニーベルングの旗艦を目指して」
「そうだ。今回の作戦の攻撃目標はまずは敵艦隊を殲滅する」
「はっ」
「そしてあの男の旗艦を発見したならば乗り込んででも討つ。よいな」
「わかりました。それでは」
「全軍補給が整い次第ラインゴールドへ向かう」
作戦が指示される。
「そしてそこで敵艦隊を討つ。よいな」
「了解」
ジークフリートの艦隊は彼の言葉通り補給を終えるとその軍をラインゴールドに進めた。すると早速帝国軍がやって来たのであった。
「早いな」
「敵も必死ということなのでしょう」
「このラインゴールドは渡すわけにはいかないというのか」
「おそらくは」
「オフターディンゲン公爵の軍もこちらに来ています」
ここで報告が入った。
「彼の軍もか」
「はい。そしてこちらに向かって来ております」
「帝国と戦うという意味において我々は同じか」
「ですが彼等は若しかすると我々を」
「今はそれを考えるな」
ジークフリートはその危惧を捨てさせた。
「よいか」
「はっ」
「オフターディンゲン公爵の軍が攻撃を仕掛けて来たならばすぐに戦場を離脱する」
「はい」
「そして態勢を立て直し彼と戦端を開く。だが彼が攻撃して来なかったならば」
「その時は」
「共闘する。よいな」
「わかりました。それでは」
「このまま帝国軍に対して攻撃を仕掛けるぞ」
「敵は我等を鶴翼の陣で覆おうとしております」
「鶴翼か」
「そうです。しかも上下からも。広く薄くです」
「成程な」
ジークフリートはその報告を聞いて不敵に笑った。
「ではこちらにも考えがある」
「一体何を」
「こちらは守れ」
「守るのですか」
「そうだ。上下左右に全砲門を向けよ」
彼は命令を出す。
「それで覆おうとする敵軍を叩く。いいな」
「包囲されるというのですか」
「一旦はだ」
ただし彼はそのまま敗れるつもりはなかった。そこが違うのである。
「まずは思いきり引き付ける」
「そして」
「敵が攻撃を仕掛けるその瞬間に一撃を浴びせる。それからまた指示を下す」
「了解しました」
「いいか、決して焦るなよ」
彼は艦橋で仁王立ちになり腕を組んでいた。その態勢で部下達に対して言う。
「僅かでも速ければそれで作戦が崩れる」
「はい」
ワルキューレの全艦に緊張が漂う。
「今ここが正念場だ」
「辛いですね、何か」
「そうか?私は面白いが」
見れば彼は笑っていた。腕を組み楽しげな笑みさえ浮かべていたのである。
「これが戦いなのだからな」
「これが」
「ギリギリのところで戦うのがな」
彼は言う。
「この上なく楽しいのだ。さあ、そろそろだぞ」
敵軍はもうそこまで来ていた。ジークフリートはモニターでそれを見据えていた。
「全軍攻撃用意」
彼はここで指示を出した。
「だが装填し、エネルギーを充填するだけだ」
「まだですか」
「そうだ。砲門及びミサイル管を開けるのはまだ待て」
「はい」
全艦それに従いその様に動く。
「暴発にだけは気を着けろよ」
「わかっております」
暴発はそれだけでその艦艇にとって被弾以上のダメージを与える。下手をしなくてもそれが艦艇を失うことになる。だからジークフリートもそれを警戒させたのだ。砲門等を塞いだままのエネルギー充填、及び装填はそれだけでイチかバチかの賭けだ。だが彼はそれを今あえて行っていた。
「距離は!?」
ジークフリートはもう一度問うた。
「こちらの射程まであと少し」
「よし」
答えるその顔も引き締まっている。
「その時になったら言えよ」
「はい」
部下達も同じく緊張していた。
「その時になれば」
「その時になれば」
「首領!」
その時だった。
「こちらの射程内に入りました!」
報告があがった。ジークフリートはそれを聞いて大きく頷く。
「よし!」
その右手を高々と掲げた。
「一斉射撃だ!」
「ハッ!」
部下達がそれに応える。
「砲門及びミサイル管を開け!」
「了解!」
それに従い次々と動く。時が迫っていた。
「撃て!」
「撃て!」
すぐに号令が下される。上下左右に向けてビームが放たれた。
帝国軍は今攻撃を仕掛けようとしていたところだった。だがそれより前に攻撃を仕掛けられた。彼等の前に無数の光とミサイルが迫って来たのだ。
「うわっ!」
「よ、よけろ!」
帝国軍の将兵達は何とかそれをかわそうとする。だが突然の一斉攻撃をかわせることは出来なかった。
次々と攻撃を浴び光と化して消えていく。ワルキューレはまずは機先を制したのであった。
「帝国軍の動き止まりました!」
「よし!」
ジークフリートはその報告を聞き頷く。
「今だ!まずは正面の敵を叩く!」
「はい!」
間髪入れず全面攻撃に取り掛かった。帝国軍とワルキューレの戦いは本格的に幕を開けた。
暫く戦闘が続いていた。ここでノートゥングの艦橋に報告が入って来た。
「オフターディンゲン公爵の艦隊が戦場に向かっております」
「来たか」
「さしあたっては我等ではなく帝国軍に向かっております」
「ならばよし」
ジークフリートはその報告に頷いた。
「公爵の軍とは共闘に入れ。よいな」
「はっ」
「このまま帝国軍を叩き続けるぞ」
艦載機を使っての激しい接近戦になっていた。ここでまた別の報告が入って来た。
「今度はどうした?」
「いました」
まずはあまりにも簡潔な報告であった。
「そうか」
「ニーベルングの旗艦ハーゲン。敵艦隊の中におりました」
「よし、すぐにこのノートゥングをそちらに向かわせろ」
「ノートゥングを」
「言った筈だ。乗り込んででも討つと」
「左様ですが」
「来たい者だけ来い」
しかしジークフリートの言葉は有無を言わせぬものであった。
本当にいよいよ。
美姫 「様々な者が一つどころに集い、いよいよ…」
このまま帝国を倒せるのか。
美姫 「どんな結末が待っているのかしらね」
次回も待ってます。