『リング』




             ヴァルハラの玉座  第五幕


「吉報です」
「艦隊のことか」
「はい。五個艦隊が遂に揃いました」
「よし、遂にか」
 ジークフリートはその報告を聞き満足そうに頷いた。
「艦艇にして約二百五十隻」
「うむ」
「これだけの数があれば相当の戦力が来ても」
「いけるというのだな」
「はい」
「果たしてそうか」
 だがジークフリートはあえてこう述べた。
「といいますと?」
「帝国を侮ることは出来ない。バイロイトのことは覚えているな」
「ええ、まあ」
 その部下はジークフリートのその言葉に応えた。
「バイロイトはファフナーによって滅ぼされた」
「そのファフナーですが」
「どうした?」
「実はあれは試作品ではないかという情報もあります」
「試作品か」
「はい。より強力なものを何処かで建造しているのではないかという噂もあります」
「そこが帝国の本拠地かのかもな」
「おそらくは」
「ラインゴールドにもそのファフナーは配備されているかな」
「いえ、それはない様です」
 別の部下がそれに応えた。
「ないか」
「はい。あそこに置かれていたのは単に艦隊だけである様です」
「ふむ」
「そしてその艦隊も残るは八個です」
 四個艦隊が減った。そのうちジークフリートが倒したのは三つである。どうやら残り一つはタンホイザーによって倒されたものであるらしい。彼の軍もまた近くに展開しているのだ。
「そのうちの三つがまた出撃した模様です」
「その矛先はどちらにだ」
「我々にです」
「そうか、我々にか」
「敵将はハーゲン提督です」
「ハーゲン提督」
「ニーベルングの一族の者だとか」
「クリングゾル=フォン=ニーベルングの身内か」
「その彼が三個艦隊を率いてこちらに向かって来ております」
「如何為されますか」
「焦ることはない」
 ジークフリートはそれに対しまずはこう述べた。
「焦ることはないと」
「そうだ。既に我等の戦力は整った」
 彼は次にこう言った。
「戦力的には我等の方が上だな」
「はい」
「まず数において有利だ。そして」
 さらに言葉を続ける。
「地の利も。彼等はどの様なルートでこちらに向かって来ているか」
「最短距離です」
「そうか、やはりな」
 ジークフリートは部下からの報告を聞いて頷いた。これも彼の予想通りであった。
「ならばよしだ。すぐに全ての艦隊を集結させよ」
「その場所は」
「ギービヒだ」
 彼は言った。
「ギービヒ星系に向かう。そしてそこでハーゲン提督の軍を迎え撃つぞ」
「ギービヒにおいて」
 ギービヒ星系は超惑星の多い星系である。そのうえ太陽は老化が進み、重力はかなり不安定な場所となっている。下手な操艦技術では近寄ることすらままならない場所である。
「あそこは我等にとっては遊び慣れた場所だ」
「はい」
 この自信には裏付けがあった。ワルキューレはギービヒ周辺においてもよく活動していたからであった。彼にとってはあの星系は難所ではなく見知った裏庭も同然であった。
「だが敵にとっては違う」
「では」
「あそこでその三個艦隊を殲滅する」
 彼は言い切った。
「そのうえでラインゴールドに向かう。よいな」
「了解」
 こうして戦力を整えたワルキューレはそれぞれギービヒへ向かうこととなった。まずはジークフリートが直率する艦隊がそこに到着した。
「帝国軍は?」
「あと一日の距離です」
「そうか、あと一日か」
 ジークフリートはその報告を聞いて頷いた。
「我々の艦隊はどうだ?」
「まず第二、第五艦隊は明日到着です」
「うむ」
 部下の報告を聞いて満足そうに頷く。
「第五艦隊が二時間早く到着するものと思われます」
「二時間か」
「はい、それから半日程遅れて第三、第四艦隊が戦場に到着です」
「彼等は同時にだな」
「そうです。これに対して帝国軍は三個艦隊がまとめてこちらに到着します。全ての艦隊をハーゲン提督が指揮しております」
「その数は?」
「およそ百五十」
 部下は報告を続けた。
「今の我等の三倍です」
「よし、わかった」
 ジークフリートはそこまで聞いてまた頷いた。
「ではまずは我々が向かう」
「我々だけですか!?」
「そうだが。それがどうかしたか?」
「首領」
 部下達は強張った声でジークフリートに対して言う。
「御言葉ですが敵軍は我等の三倍です」
「しかもハーゲン提督は」
 ハーゲンは実は名の知られた人物である。第四帝国の頃は叩き上げの人物として知られ、下級貴族出身ながら武勲を挙げ続け士官学校を出ただけの一介の少尉から艦隊司令にまでなった男である。貴族の中でもかなり厳密な階級が存在するこのノルン銀河においてこれは稀有なことであったのだ。それだけハーゲンが優れた人物だということである。
「それもわかっている」
 だがジークフリートは臆することなくこう返した。
「敵の戦力もハーゲン提督のこともな」
「では何故」
「それだからこそだ」
「それだからこそ!?」
「そうだ」
 彼は言う。
「敵の艦隊のこともハーゲン提督のこともわかっている」
「どういうことでしょうか、それは」
「どちらにしろ向かわれるのですね」
「向かうことを変えるつもりはない」
 それだけは変わらなかった。
「だが。その理由はすぐにわかる」
「すぐに」
「それは一体」
「このまま敵艦隊に向かう」
 ジークフリートは部下に答えるより前にそう指示を出した。
「場所は第七惑星前だ。よいな」
「は、はい」
 部下達には彼の真意はわからなかった。だがそれに頷くしかなかった。止むを得なく敬礼をして応える。
 この時彼は自身の艦隊の位置を隠さなかった。あえてハーゲン達に教えているかの様であった。このことも部下達を戸惑わせるのであった。
 そして次の日。第七惑星の前でジークフリートはハーゲンが直接率いる三個艦隊と対峙していた。
「やはりな」
 ジークフリートは自身の艦隊の正面に展開する敵軍を見てまずは不敵な笑みを浮かべた。
「敵軍は前方に集結している」
「一気に我々を押し潰すつもりの様です」
「だろうな。私がここにいるのはわかっているからな」
 それはわざわざ自分で知らせている。
「私の首を取り。一気に終わらせるつもりだな」
「どうやらその様ですね」
「面白い。だが果たしてそれが可能かな」
 不敵な笑みがさらに強くなる。
「私の首。そうそうやすくはないぞ」
「ここで戦われるのですね」
「そうだ」
 その言葉には迷いがない。
「このまま前に進む。よいな」
「前へ!?」
「三倍の敵を相手にですか!?」
「そうだ。それがどうした?」
「御言葉ですがそれは流石に無謀では?」
「そうです。他の四個艦隊もこちらに向かっております。ここは守りを固められた方が」
「案ずることはない。我が軍は勝つ」
 しかしジークフリートはそれに取り合おうとはしない。前進を命じるだけだ。
「確実にな。もう一度言うぞ」
 彼の考えは変わることはなかった。
「全艦突撃だ。よいな」
「はい」
「心配するな。敵は動けぬ」
「動けないですと!?」
「それもすぐにわかる。では行くぞ」
 その言葉を受けてワルキューレは前に進む。そして正面からハーゲン率いる帝国軍に向かった。
 帝国軍はその圧倒的な数を誇示するかの様にそこにいる。だがジークフリートの不敵な笑みは彼等を目の前にしても変わることはない。
「撃て!」
 射程に入ると攻撃を指示する。ビームとミサイルが一斉に放たれる。
 それを受けて帝国軍の艦艇が何隻も炎と化して消える。忽ちその陣が崩れる。
 だがここで妙なことに気付いた。帝国軍はその崩れた陣をまともに修復出来ず、その反撃もまばらなものであったのだ。
「!?妙だな」
「これは一体」
「これもわかっていたことだ」
 ジークフリートはそのまともに動かず、反撃も加えない帝国軍を見てこう言った。
「どういうことですか、首領」
「わかっていたとは」
「答えはあの惑星にある」
「あの惑星ですか!?」
 ジークフリートが指差したのは第七惑星を指差した。そこに答えがあるというのだ。
「あの惑星は超惑星なのだ」
「超惑星」
「そうだ、あの星からは極めて強力な重力が発せられている」
 これはもう言うまでもないことであったがジークフリートはあえて言った。
「その為操艦が容易ではない」
「ですが我々は」
「我々にとっては違う」
 だが彼はそれは否定した。
「我々が進んできた星系はどれも複雑な宙形だった。超惑星も無数にあった」
「確かに」 
 ワルキューレが活動を行って来た場所は何処も困難な宙形を持つ星系ばかりであった。超惑星もあれば超新星もブラックホールも存在した。磁気嵐もアステロイド帯もあった。だがその様な場所も彼等にとっては遊び場である。その差が如実に現われたのだ。
「だから超惑星も問題にはならないのだ」
「つまり操艦技術を衝いたのですか」
「そうだ」
 ジークフリートの返答は強いものであった。
「例え三倍の敵が相手だろうと動けなければ問題ではない」
「それではまずはこのまま敵軍を突破する」
 彼は次の指示を下した。
「それから反転し後方から攻撃を繰り返す。いいな」
「ハッ」
「了解しました」
 部下達はその言葉に従う。
「その間に友軍もやって来る。いいな」
 彼は自分達だけで戦いを決めるつもりはなかった。他の艦隊が来ることも読んでいたのだ。
「もっともそれまでに戦いの趨勢が決まっているかも知れないがな。少なくともそのつもりで攻めるぞ」
「はい」
 ワルキューレはハーゲンの軍勢をまずは突破した。そして反転し次の攻撃に移る。
 二度目の攻撃に対しても帝国軍はまともな反撃を加えることは出来なかった。為す術もなくやられていく。そして二度目の突破が行われた時にワルキューレの援軍がやって来た。
「右から一個、下から一個です」
「よし」
 ジークフリートはその報告を聞いて頷く。既に帝国軍はその三分の一を失っていた。数的にも有利になった。
「それぞれの艦隊に伝えよ」
 彼はすぐに戦場に到着した二個艦隊に伝える。
「そのままの方向から攻撃に移れとな」
「はい」
 それに従いすぐに指示が出された。それぞれの艦隊はその指示に従い動く。帝国軍は今追い詰められようとしていた。
 だがハーゲンはここで動いた。戦闘態勢を解き、全速力で超惑星から離れだしたのだ。
「むっ」
「逃げるか!?」
 その通りであった。彼等はそのまま戦場を離脱にかかる。だがまだ超惑星の重力に囚われそれは容易ではなかった。
「追え、逃がすな!」
 ジークフリートは追撃を命じる。それに従い三個艦隊で総攻撃を仕掛ける。これにより帝国軍はさらに損害を出した。だが彼等はそれでも戦場を離脱したのであった。






おお、戦闘も過熱。
美姫 「物語り自体も加熱ね」
徐々に帝国を追い詰める。
美姫 「けれど、帝国もさるものよ。きっとまだまだ奥の手があるんじゃないかしら」
さてさて、一体どうなるんだ!
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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