『リング』
ヴァルハラの玉座 第二幕
ジークフリートは今はそのノートゥングの艦橋にいる。目指す場所はチューリンゲンであった。
「帝国軍の動きはどうなっているか」
彼は艦橋にいた。そして部下達に帝国軍について尋ねた。
今彼の下にあるのは正規軍の規模にして一個艦隊五十隻。海賊としてはかなりの規模であった。
「そのままチューリンゲンに向かっております」
参謀の一人フリードリヒがそれに答えた。
「そのままチューリンゲンにか」
「はい」
「そしてチューリンゲンの艦隊はどうしているか」
「タンホイザー=フォン=オフターディンゲン公爵の指揮の下まずは市民及び王族を脱出させております」
「そうか、まずは市民達をか」
ジークフリートはそれを聞いてまずは顎に手を当てて思索に入った。
「オフターディンゲン公爵、決して愚かな人物ではないらしいな」
「どうやら」
「市民達を逃がすまで彼等は動けない。そして」
「帝国軍もそれがわかっていると」
「そうだ。だが今は動かないか」
「機会を待っているのでしょうか」
「おそらくはな」
ジークフリートはモニターに映る両軍の動きを見ながら述べた。
「我等は一体どうしますか」
「我等も機を待つ」
彼は応えた。
「気が来たならば動く。よいな」
「はっ」
「帝国軍は必ず動く。その時だ」
「わかりました」
ワルキューレはそのまま布陣し時を待った。やがてチューリンゲンにいる全ての市民達が離脱しようとしていた。そして王家の者達。それが終わりタンホイザーの軍も下がろうとした時であった。
「首領」
「うむ」
ノートゥングの艦橋がざわめいた。帝国軍が動いたからだ。
彼等はタンホイザーの艦隊を迂回して民間船達に向かおうとする。それは突然の動きであった。
「あの民間船に何が」
「おそらくは王家が」
タンホイザーが仕えるチューリンゲン王家である。かって第四帝国では藩王達の中でも屈指の名家であるとされてきた。オフターディンゲン家は代々この家に仕えているのである。
「王家が」
「ならば公爵の動きは」
ジークフリートにはわかっていた。タンホイザーがどう動くのか。っして彼はその予想通りに動いた。
民間船を守る為に向かう。この時何隻かの船が警護から外されていた。ジークフリートはそこにもあることを見ていた。
「あの警護を外された船には公爵家の者達がいるな」
「そうなのですか」
「そうだ。彼はあくまで王の身の安全を優先させた。これは彼の臣下としての務めだ」
「彼は自身の血族よりも臣下としての立場を優先させたと」
「だろうな。彼の性格からして」
「どうなるでしょうか」
「わからん。だが公爵が苦境に陥っているのは事実だ。そして帝国は何かを狙っている」
「では」
「我々はこれより帝国軍に向かう」
彼は指示を下した。
「彼を援護し、ここで帝国軍の数を減らしておく為にも。よいな」
「はっ」
「では全軍攻撃だ」
彼は艦橋において命令を出した。
「攻撃目標は帝国軍とする。よいな」
彼等も動いた。そして一気に攻め込む。
ジークフリートの戦術は機動戦であった。素早く接近し、そのうえで圧倒的な火力をぶつけるといったものだった。
「まずは敵軍に穴を開けさせろ!」
ノートゥングの艦橋において言う。
「そしてそこから突入する!よいな!」
「ハッ!」
部下達はその指示に従い動く。そしてタンホイザーの軍に向かっていた帝国軍はその陣形を乱した。
タンホイザーはそれを好機ととったのだろうか。民間船達を守りながら徐々に後退していく。
「オフターディンゲン公爵の軍が徐々に退いていきます」
「うむ」
ジークフリートはその報告に頷いた。
「殆どの民間船も無事保護されたようです。ただ」
「ただ。何だ?」
「一隻。逃げ遅れたものがあるようです」
「一隻がか」
それを聞いたジークフリートの顔がピクリと動いた。
「そしてその民間船はどうなったが」
「残念ながら消息不明です」
「そうか」
「そして先程の戦いで帝国軍もかなりのダメージを受けました。戦場を離脱していきます」
「そうか。では我々も今ここにいる理由はなくなったな」
「はい」
「これでいい。全軍シュヴァルツバルトまで退く」
彼は撤収を決定した。
「帰られるのですね」
「そうだ。もうここに用はないからな」
「チューリンゲンは占領されないのですね」
「あれは私のものではない」
彼は部下の言葉にすっと笑って答えた。
「チューリンゲン王家のものだ。ならば手を出してはまずい」
「左様ですか」
「チューリンゲンはいずれ王家、そして公爵の手に返る」
目の前の青と緑の美しい惑星を眺めながら言った。
「だからこそいいな。手出しはするな」
「はい」
「わかりました。それでは」
彼等は帝国軍と戦うだけに留めた。帝国軍はタンホイザーの軍勢が戦場を離脱するのを見届けると彼等も戦場を去った。だがジークフリートはここのあることに気付いた。
「やはり妙だな」
彼は帝国軍の動きを見て言った。
「何がでしょうか」
「あの陣は。妙だと思わないか」
モニターに映る帝国軍の陣を見て部下達に言った。見ればそれは円陣であった。
「まるで何かを護衛しているようだ」
「何かを」
「そうだ。戦場で何かを得たのか?」
「オフターディンゲン公爵の軍からの戦利品でしょうか」
「若しくは彼等にとって極めて重要なものだな」
「重要なもの」
「それは一体」
「細かいことはわかりようもないが」
だが彼は何かを感じていた。
「若しかするとだ。彼等はその為にここに来たのかもな」
「その何かを得る為に」
「そうかもな。それによってはこれから大きく動く」
「大きく」
「私も公爵も」
戦場を離脱したタンホイザーにも言及する。
「大きな運命の中にいるのかもな」
その時パルジファルの言葉を思い出した。そういえば彼はあの時自分達を合わせて七人の男が運命に誘われていると言っていた。若しかすると。そう思ったのだ。
「ではシュヴァルツブルグに撤退だ」
彼は言った。
「もう帝国軍もいない。よいな」
「はっ」
こうしてワルキューレは本拠地へと戻った。そこにおいて暫くは情報収集に入った。次の勢力伸張に備えてた。
情報収集によってかなりの情報が入っていた。そのどれもがジークフリートにとって非常に興味深いものであった。
まずはニュルンベルグであった。
「竜によってか」
「はい」
報告をする情報参謀のシェローが答えた。
「ファフナーという生物兵器です」
「それによりニュルンベルグに破壊されたのだな」
「シュトルツィング執政官は為す術もなかったそうです」
「あのシュトルツィング執政官がか」
「はい」
シェローは言った。これはジークフリートにはにわかに信じられないことであった。
ヴァルターは切れ者として知られている。その彼が為す術もなかったというのだ。信じられないのも道理であると言えた。
「帝国はそうした兵器も持っている」
「はい」
「惑星ごと敵対勢力を滅ぼしてしまうような。そういえばバイロイトの崩壊も似ているな」
「では」
「あれも。おそらくはそのファフナーによって行われたのだろう」
彼にはそれが読めていた。
「そして今後それにより敵対勢力を消すことも予想される」
「では」
「そうだ。このシュヴァルツブルグも例外ではない」
彼は述べた。
「来るかも知れない」
「ではそれへの備えとして」
「多くの基地を設けておこう。このシュヴァルツブルグ以外にもな」
「はい」
「それがそのまま勢力拡大にもなる。どの道行わなくてはならないな」
「少なくとも今の一個艦隊規模では限度があるかと」
「うむ」
ジークフリートは頷いた。
「最低五個艦隊だ」
「はい」
「それだけの数が欲しい。では勢力伸張は予定通り行う」
「わかりました」
「他には情報はあるか」
「クンドリーという女に関してです」
「クンドリー」
はじめて聞く名だった。彼はその整った眉をピクリと動かした。
「それは一体誰だ」
「かってはトリスタン=フォン=カレオール博士の下にいた科学者でした」
「カレオール博士のか」
第四帝国きっての頭脳と謳われた男である。彼のことは聞いていた。
「はい。そこから姿を消して今ではローエングリン=フォン=ブラバント提督に追われているそうです」
「帝国の者なのか?」
「噂によると。帝国には他にも動きが見られます」
「今度は何だ」
「またブラバント提督と関係がありますが」
「ふむ」
それを聞きながらブラバント家の影響力の強さを再認識していた。ブラバント家はかっての第四帝国において名門として知られ、多くの重臣を出しているのだ。
「彼の配下のジークムント=フォン=ヴェルズング殿が独立しました」
「独立!?」
「はい。一個艦隊をブラバント司令より借り。メーロト=フォン=ヴェーゼンドルクの軍を追っているそうです」
「彼も彼で動いているということか」
「どうやら」
「彼等もまた帝国と対立しているのだな
「はい」
シェローは答えた。
「そしてカレオール博士も軍を動かしはじめたそうです」
「銀河の至る所で帝国に対して反撃の狼煙があがろうとしているな」
「これが狼煙に終わらなければよいですが」
「わかっている。我等も動かなくてはな」
「はい」
「まずは周辺星系を抑えていく」
彼はその第一段階として勢力伸張を決定した。
「それにより力を蓄え次には戦力を整える」
「戦力を」
「五個艦隊程あればいいか。それで攻勢に出るぞ」
「攻撃目標は何処でしょうか」
「ラインゴールドだ」
ジークフリートは答えた。
「あの星系に帝国軍の大軍が集結及び駐留しているという。まずはあの星系を陥落させる」
「そしてそれからは」
「まずはそれからだ」
その次の段階はまだ言わなかった。
「それから全てがはじまる。よいな」
「わかりました」
「ではすぐに行動に移る」
(それからだ)
彼は指示を出しながら別のことを考えていた。
(ヴァルハラに行くのは)
「全艦出撃」
「はっ」
そこにいた全ての部下達がそれに応える。
(ヴァルハラにこそ私の運命がある)
「中立星系は話し合いを主とせよ」
彼は考えとは別の言葉を出し続けていた。
「友好星系はそのまま交流を続ける」
「はい」
(そこで私の全てがわかる。そして)
「武力行使は敵対星系だけにせよ。帝国と関係のある星系だけをだ」
「中立星系には武力を行使されないのですか?」
「まずは帝国と関係のある星系だけだ」
彼はまずは敵対星系にだけそれを絞ることにしたのだ。
「彼等を陥落させていけばいずれ中立星系の方からこちらにやって来るだろう。例え話し合いに応じなくともな」
「わかりました。それでは」
「では行こう」
ジークフリートはマントを翻して言った。
「帝国との戦いに」
「はっ」
(そして私の運命を知る為に)
ジークフリートは帝国との本格的な戦いに突入した。まずは予定通り周辺星系を次々と併呑していった。
おお。所々で見え隠れする他の章での動き。
美姫 「何か新鮮な気分よね」
うんうん。ちょっと楽しいかも。
これは面白い方法だな。
美姫 「うんうん。それにしても、どうなっていくのかしらね」
ああ。次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」