『リング』




             イドゥンの杯  第五章


 トリスタンは程なくコノートに降り立った。そして帝国軍の軍事施設を接収すると共に惑星を完全に掌握しにかかったのであった。
「まずはこれで終わりか」
 トリスタンは敵の総司令部の管制室にいた。そこには参謀の一人であるプライも一緒であった。
「まずはこの辺りは終わりですね」
「他の帝国軍は健在ということか」
「この近辺ですとラートボートにも敵軍がおります」
「ラートボートか」
 トリスタンはそれを聞いてその知性的な目を動かした。
「あそこにもいるというのか」
「はい。只今テルラムント提督の軍が展開しているそうです」
「あの猛将がか」
「そうです。そしてローエングリン=フォン=ブラバント司令の軍と対峙しているとか」
「彼とか」
「どうされますか?」
「まずはこの惑星を完全掌握しよう」
 彼は言った。
「それからだ。ラートボートに向かうのも他の方針を執るのもな」
「はい」
「まずはそれからにする。よいな」
「はっ」
 まず彼はコノートを完全に掌握し、そこを自分達の軍事拠点とすることを決定した。そしてカレオールとフランシーズと合わせてここを重要軍事拠点にし、防衛及び進出を計画していた。
 暫くは軍事に関しても政治的な動きが続いた。そんなある日のことである。
「陛下」
 食事を終えたばかりの彼にホッターが報告に来た。
「どうしたか」
「指揮所に通信が入っております」
「通信が」
「はい。我等や同盟者のものではありません」
「では帝国からか」
「おそらくは。どうされますか」
「出よう」
 暫く考えたが決断を下した。
「通信ならば害もないだろうからな」
「わかりました。それではおいで下さい」
「うむ」
 トリスタンはすぐに指揮所に向かった。するともうそこには部下達がつめていた。当直の者達である。彼等も食事を終えていた。そうして彼を待っていたのだ。
「お待ちしておりました」
「うむ」
 部下達が敬礼でトリスタンを迎える。トリスタンも返礼してそれに返す。
「ところで通信が入っているそうだが」
「はい」
 そこにいる若い将校の一人がそれに応える。
「こちらです」
 そしてモニターにスイッチを入れる。するとそこに黄金色の髪と目を持つ美女が現われた。
「なっ・・・・・・」
 その美女を見てさしものトリスタンも驚きを隠せなかった。
「これは悪戯ではないな」
「え、ええ」
 見ればそこにいる全ての者が驚きを隠せないでいた。
「そのようなことは」
「どういうことだ、これは」
「トリスタンですね」
 その美女はトリスタンに声をかけてきた。
「私のことを。覚えておられるようですね」
「忘れる筈がない」
 トリスタンは感情を押し殺してそれに応えた。
「まずは久方ぶりと言っておこう」
「はい」
「そして何の用だ」
「ここに出られるということはそちらの帝国軍は倒されたのですね」
「その通りだが」
「では。次はどちらに」
「それに答える義理はない」
 冷たく放した。戦略をわざわざ敵に対して言うつもりもなかった。
「そうですか」
「言っておくが私は卿の命も狙っている」
「はい」 
 その言葉を感情を出すことなく受け止めた。
「それも。わかっております」
「では何の用で通信を入れたのか」
「陛下がラートボートに来られるのではないかと思い」
「それに答える義理はないと今言った筈だが」
「わかっております。ですが」
「ですが!?」
「私が。ラートボートにおられるならば事情が違いましょう」
「どういうことだ」
「ラートボートにおいで下さい」
 クンドリーは言った。
「そこで。全てをお話しましょう」
「全てをか」
「はい。お待ちしております」
 彼女はさらに言う。
「そして私はそこで・・・・・・」
 ここで通信は切れた。クンドリーはその姿を漆黒の中に消したのであった。
「・・・・・・・・・」
「陛下」
 側にいた艦隊司令の一人ディースカウが言う。
「御言葉ですが」
「わかっている」
 罠だと疑っているのはわかっていた。
「それにあの星系には帝国軍が展開している。そう考える方が妥当だ」
「では」
「いや、それでもラートボートに向かおう」
 彼はそのうえでこう決断したのであった。
「行かれるのですか」
「そうだ。確かに罠かも知れない。いや、そう考える他ない」
「それでも」
「行く。そしてクンドリーと話してみたい」
「宜しいのですね」
「うむ。覚悟はできている」
「わかりました。ではお止めしません」
 彼等もその言葉を聞いて意を決した。
「我等も御供致します」
「済まないな」
「何、これもまた戦いです」
 彼等は微笑んでそれに応えた。
「陛下の為ならば火の中であろうと水の中であろうと」
「ヴァルハラまで御供致します」
「済まないな」
 トリスタンもそんな彼等の言葉が有り難かった。その堅苦しい顔にも思わず笑みが浮かぶ。
「では行くぞ」
「はい」
 こうしてトリスタンはラートボートに兵を進めることになった。それまでの星系は友好的な星系はこぞって彼を迎え入れ、中立だった星系はある者は迎え、ある者は沈黙していた。だがトリスタンは巧みな外交交渉により彼等を取り組んでいった。敵対する星系には兵を送り降伏させた。しかしその方針は穏健なものであり進む度に彼等は戦力を増強させていった。
 ところがそんな彼等に対して帝国軍は何もしなかった。これには事情があった。
「どうもブラバント司令の軍と激しい戦いに入っているようです」
「彼の軍とか」
「はい。その結果劣勢に追い込まれているとか」
「ふむ」
「テルラムント提督自ら出陣しているようですし。彼等も後がないようです」
「各地で帝国は劣勢に追い込まれているようだな」
「オフターディンゲン公爵も兵を挙げたそうですね」
「彼だけではないしな」
「ニュルンベルグを破壊されたシュトルツィング執政官も戦いを有利に進めているようです。そしてヴェルズング提督の軍も」
「各地で帝国は反乱に遭っている」
「ですがまだ主力は健在のようです」
「何処にも姿を見せないがな。今だ」
「ですが存在しているのは確かです」
「ニーベルングと共に」
 部下達はその言葉に無言で頷いた。
「何処かにいる」
「問題はその何処かですが」
「思えば妙な話だ」
 トリスタンはここで呟いた。
「本拠地がわからないというのもな」
「ニーベルング自身その素性は謎の部分が多いですし」
「そうだな」
 元帝国宇宙軍総司令官であることはわかっている。だがそれ以外の素性は不明となっているのである。
 細かい経歴も出自もだ。帝国にいた頃は不思議と話題にはならなかった。そして今も。様々な憶測が彼を包み、それがさらに彼を謎の存在にしていたのである。
「何者なのだろうかな」
「さて」
 部下達にもそれはわからなかった。おそらく知っているのはクリングゾル自身だけであるようにすら思えるものであった。彼に関してはそこまで何もかもが不明なのであった。
「それがわかれば大きいでしょうが」
「うむ」
「何もわかりません」
「だがクンドリーに会えばそれがわかるかもな」
「クンドリーにですか」
「そうだ。彼女がニーベルングにファフナーを作らせたのだとすれば」
「彼女はニーベルングの側にいる存在」
「ならば。多くのことも知っているだろう」
「それも考えておられるのですね」
「そうだ。その為にも会いたい」
 彼は言った。
「彼女にな。何がわかるか」
「危険を冒す価値はあると」
「虎穴に入らずば虎子を得ずだったか」
「ええ、確か」
「古い諺にあったな。今がその時だ」
 彼はラートボートに向かう。遂にそこから僅かの場所にまで達していた。
「ラートボートが見えました」
「うむ」
 部下達の言葉に頷く。周りには敵影一つない。
「敵艦隊は」
「ブラバント提督の軍に敗れました」
「そしてブラバント提督もまたラートボートに兵を降下させているそうです」
「そうか、彼もか」
 トリスタンはそれを聞いて声で応えた。
「今のところ惑星においての戦闘は見られません」
「帝国軍はもういないのか?」
「そこまではわかりませんが。ただ戦力はかなり落ちているようです」
「そうか」
「どうされますか?」
「決まっている。兵を降下させる」
 彼は迷うことなく降下を命じた。
「そしてクンドリーに会う。よいな」
「ですが問題は」
 まだあそれはあった。部下の一人モルが言う。
「クンドリーは。何処にいるのでしょうか」
「それだな」
 トリスタンにとってもそれが問題であった。顎に手を当てて考え込む。だがそれはすぐに解決されたのであった。
「ようこそ、ラートボートまで」
 モニターにクンドリーが姿を現わしたのであった。
「卿か」
「はい。必ず来て下さると思っていました」
 モニターに映るクンドリーの姿は気品があり、艶やかなものであった。黒く長いドレスの様な服を着ていた。そしてその黄金色の目でトリスタンを見ていた。





いよいよクンドリーの口から語られる。
美姫 「一体、何が語られるのかしらね」
いやいや、楽しみですな。
美姫 「どんな内容が飛び出すのか」
次回も待っています。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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