『リング』
イドゥンの杯 第四幕
それを進めながらも着々と手を打っていく。同時にカレオールから移動要塞も持って来ていた。惑星型の要塞である。
「これをどう為さるのですか?」
「帝国軍相手に使う」
既に旧式化し、廃棄を待つばかりの要塞であった。もう誰も使ってはいない。
「これで彼等を倒すつもりだ」
「廃棄同然の要塞でですか」
「そうだ、最後の役目を果たしてもらう」
彼はイゾルデの艦橋からその要塞を眺めつつ言う。
「同時にフランシーズももたらしてもらう」
「フランシーズまでですか」
「この要塞一つでな」
「何か御考えがあるのですね」
「だからこそ持って来たのだ」
要塞は何も語らない。ただそこに浮かんでいるだけである。
「ここまでな」
「左様で」
「そしてだ」
尋ねる部下に顔を向けた。
「あれの開発は進んでいるか」
「はい」
彼はそれに応えた。
「順調であります」
「そうか。ならよい」
トリスタンはそれを聞いて満足そうに頷いた。
「開発が完了したならばまずは試射を行う」
「はっ」
「そして成功だったならばこのイゾルデの主砲に換装するぞ」
「イゾルデのですか」
「これでファフナーを恐れることはない筈だ」
「全てはファフナーの為に」
「あれは今の帝国の支配の象徴だ」
その声が険しくなる。
「それを破ることが今の我等の課題の一つだ。その為の兵器なのだ」
「成程」
「成功したならば彼も来るだろう」
「彼!?」
「モンサルヴァートだ」
トリスタンは部下にこう述べた。
「彼も来る筈だ。竜、いや巨人を倒す雷を手に入れたならばそれを広める為に」
「雷を」
「そう、雷だ」
彼は言った。なおファフナーは元々は竜ではない。巨人族であり財宝を守る為に竜となったのである。その財宝は手に入れたならば銀河を制することが出来ると言われている。今はファフナーこそがその財宝だともみなされている。
巨人を倒すのは雷の神ドンナーだ。トリスタンはそれをかけたのである。
「私は今雷を造っている」
「ではその兵器の名は決まりましたな」
「何とすればいいか」
その部下に顔を向けて問うた。
「ミョッルニルです」
部下は答えた。
「ミョッルニルか」
「巨人を討つのならばこれ以上はない名前だと思いますが」
「ううむ」
「他にも相応しい名前はあるでしょうが」
「これ以上はないか」
「はい。少なくとも私はそう思います」
「わかった」
トリスタンはその案を受け入れた。
「ではこの兵器の名をミョッルニルとする」
「はい」
「モンサルヴァートが来たならばそう伝えよう。それでよいな」
「御意」
こうしてこの兵器の名前は決定した。そして開発も成功に終わった。それから暫くしてそのパルジファルがフランシーズまでやって来た。
「やはり来たか」
「おわかりでしたか」
「きっと来ると思っていた」
トリスタンは港でパルジファルを出迎えていた。そしてこう声をかけた。
「ここまでな」
「そうですか」
「卿もわかっていたのではないのか」
「否定はしません」
そしてパルジファルの方もそう答えた。
「今ここに来れば。手に入ると思っていました」
「これもまた運命なのかな」
「そう呼ぶのならそうでしょう」
彼は言葉を返した。
「閣下が開発されたことも」
「そうか」
「新型砲ですよね」
「そうだ」
彼はそれもわかっているようであった。
「わかっていたか」
「蘇ってきている記憶が教えてくれました」
「記憶が」
「そしてこれであの竜を倒せるのですね」
「そうだ、巨人をな」
「名前は」
「ミョッルニルだ」
トリスタンは強い声でその名を述べた。
「ミョッルニル」
「巨人を倒す雷神の槌だ。部下が名付けてくれた」
「そうなのですか」
「これを・・・・・・他の者にも渡すのだな」
「はい」
パルジファルの返答ははっきりしたものであった。
「これを必要とされる方がおられますので」
「我等の同志か」
「そうです」
これもトリスタンはわかっていた。今やパルジファルの考えもある程度わかるようにはなっていた。
「ヴァルター=フォン=シュトルツィング」
パルジファルはその者の名を口にした。
「彼にこの兵器を手渡します」
「竜を倒す為に」
「はい、そして帝国を倒す為に」
「わかった」
トリスタンはそこまで聞いて頷いた。
「では手渡して、この技術を」
「はい」
「我等の同志の為にな」
「わかりました。ではこれで」
「また会おう」
「はい」
こうして二人はまた別れた。だがそれは一時の別れであった。
「行かれましたね」
「うむ」
トリスタンは部下の言葉に頷いた。
「そして我等も行く時が来た」
「では」
「全軍コノートへ向かうぞ」
指示を出した。
「コノートに駐留する帝国軍を倒す」
「はい」
「あの要塞を使ってな。よいな」
「あの要塞をですか」
「そうだ」
彼はその言葉に頷いた。
「あの要塞で。全てを決する」
「陛下、御言葉ですが」
部下は自信に満ちた声で言う彼にあえて問うた。
「あの要塞は最早防衛にも攻撃にも」
「それはわかっている」
だがそれに対するトリスタンの返事は意外なものであった。
「では何故」
「それもすぐにわかる」
「すぐにですか」
「そうだ」
言い切っていた。言葉も強かった。
「すぐにな。では仕掛けるぞ」
「はい」
部下達はそれに頷いた。
トリスタンの軍はコノートに向かった。すぐに帝国軍が動いたとの報告が入って来た。
「その数は」
「十個艦隊です」
「そうか。一気に勝敗を決するつもりだな」
「敵の司令官はモードレッド司令です」
「モードレッド司令か」
彼も知っている人物であった。
「第四帝国では第十七艦隊の司令官だったな」
「ニーベルングの腹心だったと記憶しておりますが」
「そうだ。中々手強いぞ」
モードレッドが決して凡庸な人物ではないことをトリスタンは知っていた。
「艦隊司令として的確な判断を持っている」
「はい」
「そして統率力もある。決して楽な相手ではない」
「左様ですか」
「だが際立って優れているわけではない」
トリスタンはそこも見抜いていた。
「奇略には弱い」
「では」
「そうだ。この要塞こそが最大の鍵となる」
後ろに連れている要塞を見ながら言う。
「将にうってつけだ。これを使うならばな」
「どうされるのですか?」
「ぶつける」
トリスタンは一言こう言った。
「この要塞を。敵艦隊にぶつけるのだ」
「要塞を一個丸ごとですか?」
「そうだ」
その答えに迷いはなかった。
「それは考え付かなかったか」
「はい。まさかと思いますから」
「相手の戦力は倍以上だ。正面から普通にやって勝てる状況ではない」
トリスタンは述べた。
「ならば。こうした奇計を使おうと思ってな」
「その為の要塞の移動であったと」
「既にその中には爆発性のエネルギーを充満させている」
「スイッチは」
「この生体コンピューターローゲの中だ。全ては私の手の中にある」
「では」
「そうだ。全ては私が決める」
自信に満ちた声であった。
「わかったな。では要塞を出せ」
「はっ」
部下達は敬礼で以って応えた。そして要塞を動かさせる。
「要塞を移動させました」
「よし、艦隊は一時下がれ」
「了解」
「私の指示を待て。よいな」
「はっ」
「まずは要塞をぶつける。全てはそれからだ」
要塞は敵艦隊へ向けて動く。モニターには前へ向かう要塞とそれに対処しようとする帝国軍が映っていた。要塞は緑の球体、帝国軍は赤い陣である。なおこちらの軍は青く表示されていた。
「帝国軍、要塞に向けて攻撃を開始しました」
「うむ」
トリスタンは部下の言葉に応える。
「攻撃を集中させております」
「要塞表面にダメージが蓄積されていきます」
「まだ大丈夫だ」
だがトリスタンはそれを聞いても動じてはいなかった。
「まだな。落ち着くのだ」
「わかりました」
本音を言うならば部下達は内心不安であった。だがトリスタンのいつもと変わらない冷静な様子を見て彼等も落ち着きを保っていたのであった。
「敵艦隊にさらに接近」
オペレーターから放送が入る。
「要塞表面のダメージさらに蓄積」
「そろそろだな」
トリスタンはその報告を耳に、距離をモニターから目に入れていた。腕を組み呟いた。
「今だ」
帝国軍が要塞を包囲し、距離を接近させたところで動いた。
「要塞を爆破させる」
「今ですか」
「そうだ。今こそその時だ」
スイッチを取り出した。
「爆発させる。よいな」
「わかりました。では」
「その後で艦隊を動かす。それに備えておけ」
「はっ」
「やるぞ」
トリスタンはスイッチのボタンに手をかけた。
「これで一気に決める」
「一気に」
「そうだ、今こそな」
敵艦隊は要塞を完全に取り囲んでいた。
「今こそ。よし」
その時が来た。トリスタンはボタンを押した。
するとモニターに映る要塞が爆発した。そしてその光と熱、衝撃波で帝国軍を襲う。それに帝国は瞬く間に破壊の嵐の中に覆われた。
艦艇が揺れ動き、次々に熱で焼かれ衝撃波の前に砕け散る。その爆発は一瞬であったが帝国軍の受けた傷は永遠のものであった。
「敵艦隊の損傷率、五割を越えております」
「五割を」
参謀達は報告を聞いて喉をゴクリと鳴らした。
「損害はさらに増え続けております」
「よし、狙い通りだ」
トリスタンはその報告を聞いて言った。
「爆発は終わったな」
「はい」
「ならば我等も動くぞ」
「ダメージを受けた敵艦隊に止めをさすのですね」
「その通りだ」
「わかりました。では全艦隊突撃で」
「うむ」
「了解。それでは」
トリスタンの軍勢は動いた。そして破壊の嵐が終わり回復不可能なまでにダメージを受けた帝国軍にさらに襲い掛かった。そして混乱し、戸惑う彼等を次々と仕留めるのであった。
戦いは呆気なく終わった。帝国軍の将であるモードレッドは要塞の爆発で乗艦ごと戦死しており残る者達もトリスタンの攻撃によりその殆どが打ち倒され、残った者も捕虜となった。こうしてコノートにいた帝国軍は壊滅しコノートもトリスタンの手に落ちたのであった。
まさか、ミョッルニルがここで開発されたとは。
美姫 「時系列だと、こっちが先になるのね」
いやいや、面白いな。
美姫 「それで、それで、これからどうなるの」
いや、俺に聞かれても。
美姫 「役に立たないわね」
いや、それ滅茶苦茶。
美姫 「それじゃあ、次回を待ってます」