『リング』




           ニーベルングの血脈  第六章


「ジークムントか」
「ああ」
 ジークムントはその男の声に応えた。
「久し振りだな」
「そうだな」
 男はそれに応えた。爆風の後の煙が消え姿が見えてきた。そこには金色の長い髪と同じく金色の瞳を持つ長身の男が立っていた。黒い詰襟の軍服を着ている。
「メーロト」
 ジークムントはその男の名を呼んだ。
「俺がここに来た理由はわかっているな」
「勿論だ」
 メーロトはその言葉に対して頷いた。
「ナイティングまでの戦い。見事だった」
「大したことはねえよ」
 ジークムントは言う。
「あの程度な。どうってことはねえ」
「相変わらずの天才ぶりか」
「御前を倒す為にな。やったんだ」
 そして彼はまた言った。
「あの時の借りを返す為にな。そしてここまで来た」
 懐に手を入れた。
「覚悟はいいか」
 そしてそこから銃を取り出す。メーロトの胸に照準を合わせる。
「俺を裏切った罪、今償ってもらうぜ」
「償いか」
「そうだ。まさか命乞いをするつもりはねえよな」
「安心してくれ。今更そんなことはしない」
 彼はすっと笑ってこう言った。
「それよりも。早く撃ってくれ」
「妙なことを言うな」
 自分を殺してくれとは。頭がおかしくなったのかと思った。
「俺に殺して欲しいのか」
「そうだ」
 そしてメーロトもそれを認めた。
「御前に撃たれるのなら本望だ。早く撃ってくれ」
「撃ち返したりはしねえのか」
「それもない」
 彼は首を横に振った。
「早く。俺を殺してくれ、御前のその手で」
「・・・・・・どうも腑に落ちねえな」
 そのメーロトの態度を見て思わずこう呟いた。
「あの時俺を撃っておいて。どういうことだ」
「あれは俺の意志ではなかった」
 彼は言った。
「あれは。クリングゾル様の御意志だった」
「クリングゾルの」
「そうだ。クンドリーは我が姉」
「何っ!?」
 ジークムントはそれを聞いて思わず声をあげた。
「御前等・・・・・・姉弟だったのか」
「そう。そして姉も俺もニーベルングの一族だ」
「クリングゾルの奴と同じなのかよ」
「俺の本当の名はヴェーゼンドルクではない」
 彼はまた言った。
「メーロト=フォン=ニーベルング。これが俺の本当の名前だ」
「何てこった。ニーベルングの一族だったのかよ」
「そうだ。今まで隠していたがな」
「そして何で俺を撃ったのがクリングゾルの意志だったんだ?」
「クリングゾル様は我等の長だ」
 メーロトは言った。
「そして。我等の心の中でさえ」
「どういうことだ!?」
「我々は。クリングゾル様のコントロールを受けているのだ」
「何っ、まさか」
「そうだ。あの時俺を撃ったのは俺の意志ではない」
「クリングゾルの奴の意志だったってのかよ」
「そのことについては済まないと思っている」
「何てこった」
 ジークムントはそれを聞いて顔を顰めさせた。
「それじゃあまるで。あいつの奴隷じゃねえか」
「我等ニーベルング族は全てそういう運命だ」
 彼は言った。
「全てを。クリングゾル様に捧げる」
「御前の意志に関係なく、か」
「だがもうそれにも疲れた」
 メーロトは俯いてこう述べた。
「俺はもう。駒でいることに疲れた」
「どうするつもりなんだよ、それじゃあよ」
「撃ってくれ」
 ジークムントに顔を向けて言った。
「俺を。御前に撃たれるのなら本望だ」
「俺にか」
「そうだ。その為に来た筈だな」
「ああ」
 彼もそれを認めた。
「けどよ、そんなこと聞いちまったら」
 躊躇わざるを得なかった。
「俺は。とても撃ては」
「撃ってくれ」
 彼はまた言った。
「最早俺は救われない。ニーベルングの一族である限り」
「そんなの俺が何とかしてやる」
 ジークムントは撃とうとはしなかった。
「だから。戻って来い」
「無駄だ、そうすれば今度こそ俺は御前を殺すことになる。俺はクリングゾル様に操られるのだから」
「しかし」
「今にもそうなるかも知れない。それでもいいのか」
「くっ・・・・・・」
 歯噛みした。撃つしかないのはわかっている。だが。
「頼む」
「・・・・・・俺じゃないと駄目なんだな」
「そうだ。御前に撃ってもらえば俺も本望だ」
「わかった」
 彼はここでようやく頷いた。
「すぐに済ませてやる。それでいいな」
「ああ」
 銃を構える。メーロトはそれを見て微笑んだ。
「御前の銃の腕は知っている。任せたぞ」
「わかった。せめて最後は苦しまないようにな」
 その照準は心臓にあった。そして今引き金に力を込める。
「今度会った時は」
「こんな血脈なんかに。縛られないでいようぜ」
「そうありたいな。本当の意味での戦友に」
「今度こそな」
 引き金を引いた。それで全てが終わった。
 銃から光が放たれた。光はすぐにメーロトの胸を貫いた。
「さらばだ」
 それが彼の最後の言葉だった。微笑み、ゆっくりと後ろに倒れていく。彼は満足の中で息絶えていったのであった。
「・・・・・・・・・」
 ジークムントは銃を下ろした。そして暫し呆然としていた。
「・・・・・・提督」
 そんな彼に後ろにいる部下達が声をかける。
「ああ、わかってるさ」
 彼は振り向くことなくそれに応えた。
「これで。終わりか」
「いえ、そうはいかないようです」
「まだ兵隊が残っていやがるか」
「はい。そのうえアルベリヒ教の司祭もいる様です」
「そうだったな。あの連中がいたか」
 彼は俯いたまま答える。
「どうされますか?」
「降伏する奴はそのまま捕虜にしろ」
「はい」
「抵抗する奴は掃討しろ。いいな」
「わかりました。それでは」
「この基地はもう制圧したよな」
「既にほぼ全域を」
「ならいい。ここには僅かな兵だけ置いてすぐに掃討戦に取り掛かるぞ」
「はっ」
 部下達はその言葉に応えた。
「俺が直接指揮を執る。いいな」
「了解しました」
 部下達は頷いた。彼等はすぐに基地を後にする。だがジークムントはまだメーロトの亡骸を見下ろしていた。
「・・・・・・・・・」
 泣きはしてはいない。ただ沈黙している。
 しかしそれも終わる時が来た。彼はゆくりと口を開いた。一言だけ言った。
「それじゃあな」
 それだけ言うと背中を向けた。それで去って行く。最後の別れは呆気ないものであった。だがそれだけで充分であった。二人にとっては。
 メーロトは死んだ。そして帝国軍の将兵達は次々に投降して来る。だがその中にアルベリヒ教の司祭はいなかった。
 ジークムントは彼の居場所を探させた。そして遂に彼をあの盆地で発見した。メーロトの基地に行く前に通ったあの盆地である。
「遂に見つけたぜ」
 既に司祭は包囲されていた。ジークムントはその輪にいた。
「一応聞いておくぜ。降伏か死か」
「卿がジークムント=フォン=ヴェルズングだな」
「!?」
 その黒い法衣の司祭は同時に二つの声で語った。ジークムントもそれに気付いた。





おお、何とも意外な事実が。
美姫 「まさか、裏切ったんじゃなくて操られていたなんてね」
しかも、ニーベルングの一族だったなんてな。
美姫 「まあ、だからこそ操られたんでしょうけれどね」
悲しい決別だが、それを嘆く暇も許されない。
美姫 「いよいよ、終局ね」
果たして、どんな結末が。
美姫 「次回も待ってますね〜」



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