『リング』




          ニーベルングの血脈  第五章


 そこを拠点としてさらなる進撃に移った。だが帝国軍の抵抗は予想以上に少なかった。
「妙だな」
 ジークムントはすぐにそれに気付いた。
「何かおかしくねえか」
「といいますと」
「帝国の奴等だ。少な過ぎる」
「我々の宇宙からの攻撃で戦力をなくしたのでは」
「あの程度の攻撃でか?」
 ジークムントはそれには懐疑的であった。
「ここはこの周辺の帝国軍の最大の軍事拠点だったな」
「ええ」
「それがこの程度か。おかしいとは思わねえか?」
「言われてみれば」
「何かある。気を着けろ」
「はい」
 部下達はそれに従いその進撃を慎重なものにシフトさせた。それと共に情報収集に重点を置いた。その結果かあることがわかった。
「やはりこの惑星に帝国軍はあまり残ってはいないようです」
「そうなのか」
「いえ、元々兵は少なかったようです」
 どうやらこの基地は元々補給基地としてのみ使われていたらしい。それが報告でわかってきたのだ。
「ですから。戦闘は激しくなかったかと」
「ふん」
「ですが一つ問題があります」
「それは何だ?」
「ここにヴェーゼンドルクもいる模様です」
「メーロトもか」
「はい。どうやらあの戦いの後ここに落ち延びていた様です」
「成程な、道理で姿が見えなかったわけだ」
 ジークムントはそれを聞いて呟いた。
「ここにいやがったとはな」
「彼等は今ここにアルベリヒ教の司祭と共に潜伏している模様です」
「アルベリヒ教のか」
 その教団のことはジークムントも知っていた。この銀河においては非常に珍しい一神教であり、そして帝国の上層部に信仰されている宗教だ。クリングゾル=フォン=ニーベルングはこの教団を国教にしようと目論んでいるという噂もある。これもまたジークムントが知っていることであった。
「はい。如何為されますか」
「それでメーロトの奴は何処にいるんだ?」
 彼はその問いに答えるかわりにこう問うた。
「ここから北に向かった山地にいる様です」
「山にか」
「そうです」
「わかった。じゃあ行くぞ」
 彼は一言こう言った。
「行かれるのですね」
「その為にここまで来たんだ。違うか?」
「いえ」
 その通りであった。それを否定することは出来なかった。
「精鋭部隊を連れて行く」
 ジークムントは次にこう述べた。
「山岳戦に長けた連中を集めてくれ」
「それなら山岳連隊がいますが」
 参謀の一人であるヴェンコフが述べた。
「山岳連隊か」
「はい。あの部隊ならば山岳戦の専門ですし。丁度いいかと思います」
「わかった。ではその連中を連れて行こう」
「はい」
「俺が直接指揮を執る。奴がいるからな」
 その赤い目が光った。
「御前達はここで護りに徹してくれ。いいな」
「はっ」
 こうしてジークムントはその山岳部隊を率いてメーロトのいると思われる山地に向かった。彼等は皆精悍であり、逞しい顔付きをしていた。ジークムントは彼等を見てまずは大丈夫かと思った。
「この連中なら大丈夫か」
 彼はメーロトのことを知っていた。艦隊戦だけでなく地上戦にもまた長けていた。だからこそ警戒しているのである。
「おい」
 その部下達に声をかけた。
「わかってると思うがな」
「はい」
 部下の一人が逞しい声を返してきた。
「メーロトは侮れるものじゃねえぞ」
「わかっております」
 そして彼は素直に答えた。
「だからこそ我々を選んで下さったのですね」
「その通りだ」
 ジークムントは強い声を返した。
「あいつのことは俺が一番よく知っているつもりだ」
「提督御自身が」
「そうさ。ずっと一緒だったからな」
 一瞬その赤い目が遠くを見た。
「軍に入る時もな。一緒だった」
「そうだったのですか」
「士官学校に入った時だ」
 彼は言った。
「俺の入った士官学校はパイロット養成の士官学校でな。喧嘩っぱやい奴が揃っていた」
 第四帝国の士官学校は複数あったのである。ローエングリンも士官学校出身であるが彼のそれは艦隊指揮官等を育成する学校の一つであった。ジークムントのいた士官学校とはまた別の学校であった。
「その中でも俺は特に血の気が多かったがな」
 ニヤリと笑いながらこう言った。
「その中で静かな奴だったよ」
「そうだったのですか」
「他の奴が喧嘩していてもあいつは何もしなくてな。それでも何でも出来た」
「優秀だったとは聞いています」
「俺と常に成績を張り合っていたさ。実技では俺の方が上だったが頭を使うのじゃあいつの方が上だった」
 これは実にそれぞれの適正がよく出ていた。ジークムントは天才肌であり直感で動く。それに対してメーロトは努力肌であり状況を見極めて動くのである。
「結果はあいつが主席だった。俺は次席だった」
「そうだったのですか」
「それからパイロットになってな。そこでも一緒だった」
「長い付き合いだったのですね」
「ブラバント司令の艦隊に配属されたのもな。一緒だった」
 彼は言った。
「あのクンドリーって女を追う時まで一緒だったさ。あの時まではな」
「しかしあの時に」
「あいつは俺を裏切りやがった」
 声に怒気が含まれた。
「いきなり後ろから撃ちやがった。気が着いた時には俺はもうベッドの上だった」
「その間にメーロトは」
「帝国軍の司令官になってあちこちを荒らし回っていやがった。俺はあいつを討つ為に司令から艦隊を借りて今まで戦ってきたんだ」
「そしてナイティングまで来られた」
「本来なら艦隊戦で決着を着けたかったがな」
 ジークムントはそれが少し残念そうであった。
「あそこで空母を使ってな。俺のこの手で奴の旗艦を沈めてやるつもりだった」
「提督御自身が」
「奴は俺がやる」
 声には怒気が含まれたままであった。
「いいな、あいつだけはやらせてくれ」
「はい」
「俺を裏切ったことをあの世で後悔させてやる。ヴァルハラには行かせはしねえ」
「ムスペルムヘイムにですか」
「そうだな。奴には似合いの場所だな」
 ジークムントはそれを聞いて頷いた。ムスペルムヘイムとは炎の巨人達が住む世界であり罪人達が行く世界であるとされている。罪人達はそこでその罪と身体を焼かれるのだ。
「その為にも」
「提督御自身の手で」
「そういうことだ」
 ジークムントの目には最早怒りと憎しみしかなかった。それを抱き先に進む。その怒りを持って彼と部下達はその山地に遂に辿り着いたのであった。
 まずは山地の麓の要所を押さえる。それから山に入る。その先頭には彼自身がいる。
「提督」
 そんな彼に部下達が声をかける。
「何だ?」
「あまり戦闘に行かれない方が宜しいかと」
「危ないとでも言うつもりか?」
「そうです」
 部下達はそれが言いたかったのだ。
「我々と違い軽装ですし」
 見れば普段指揮を執っている時のジャケット姿のままであった。
「それに目立ちます。あまり先に出られると」
「それが狙いなんだよ」
 だが彼の返答は不敵なものであった。
「狙いといいますと」
「奴も当然俺がここに来たのは知ってるだろう」
「おそらくは」
「そして俺のことも知っている。なら俺が来ているとわかれば」
「自分で来る」
「そうだ、俺はそれを待っているんだ」
 その声が強くなった。
「奴が俺の前に姿を現わすのをな」
「それで先に進まれているのですか」
「何、そうそう敵の弾になんか当たりはしねえよ」
 これには絶対の自信があった。
「俺はな、今まで敵の弾に当たったことはねえんだ」
「はあ」
「何処から来るのか、直感でわかるんだよ。大抵のことはな」
 また彼の持ち前の直感が大きくものを言っていた。
「大体人間ってのは何処に何を置くか、決まってるんだ」
「そうですかね」
「そんなものさ、そしてどう攻撃して来るかな。虎とかライオンだってそうだろ」
「虎やライオンも」
「虎は木の上とか茂みの中にいて襲い掛かって来るよな」
「ええ、まあ」
「ライオンも隠れて事前に取り囲む。何でもパターンがあるんだよ」
「人間もですか」
「そうさ、それぞれの性格ってやつはあるがおおよそはな」
 彼は人間のそうした習性も見ていたのである。
「ましてやメーロトのことはよく知ってるつもりさ。何処でどう仕掛けて来るのかもわかってるつもりだ」
「ですがそれはあちらも同じでは?」
「それも承知しているさ」
 何処までも彼は読んでいた。
「全部わかってるつもりだ。だから安心しろ、いいな」
「わかりました。それでは」
「おう」
 ジークムント達はそのまま進んで行った。山地の中にある盆地に入った。だがそこはすぐに通り過ぎようとした。
「ここは危ないな」
「はい」 
 これには部下達も同意した。見れば周囲を山に囲まれている。ここで襲われたらひとたまりもないであろうことが容易に想像された。
「すぐに抜ける。いいな」
「了解」
 その盆地はすぐに通過した。そして次の山に入る。そこで彼は敵の姿を認めた。
「!?」
「どうしました、提督」
「いたぞ」
 彼は部下達の方を振り向いてこう言った。
「奴だ」
「まさか」
「メーロトですか」
「ああ、奴は間違いなくこの山にいる」
 ジークムントの声には強い確信があった。
「さっきな、敵の姿が見えた」
「では」
「この辺りにもうかなりの数がいるぞ。すぐに散れ」
「はっ」
「了解」
 皆それに従い各所に散った。ジークムントもその中にいた。
「いいか、油断するな」
「はい」
「多分ここの下に地下基地があるんだ。一人捕まえて入口とかを聞き出すぞ、いいな」
「わかりました」
 こうして彼等は少しずつ先に進んだ。その間敵の姿はなかった。だがジークムントは決して油断してはいなかった。
「一人でもいい」
 彼は言った。
「捕まえられればな。そこで全てがわかる」
「提督」
 ここで部下の一人がやって来た。
「どうした?」
「捕らえました」
「そうか、よくやった」
 ジークムントはそれを聞いてニヤリと笑った。
「俺が言ってすぐか」
「そうだったのですか」
「ああ、今指示を出したところだった」
 その笑みが苦笑いに変わっていた。
「それですぐなんてな。まあいいか」
「はい。では情報を聞きだしますか」
「自白剤を使えよ。後遺症のないのをな」
「はい」
「拷問ってやつは好きじゃねえからな」
 これはジークムントの嗜好であった。彼は戦場で戦うのは好きであるがそれ以外で血を流すのは好きではないのだ。不必要な虐殺等も行なわない。あくまで戦場でのみ血を流す男であった。
「それにそっちの方が何かとわかる」
 もう一つの理由であった。
「拷問だとな。嘘を言われる場合があるからな」
「わかりました。では」
 すぐに自白剤を使った取調べが行われた。その結果メーロトの部隊と基地に関して様々なことがわかった。
「そうか、やっぱりこの山だったな」
 ジークムントは捕虜の話を聞いて頷いた。
「ここの地下にか。あいつがいるのは」
「そしてその部隊も」
「わかった。そして入口は」
「ここです」
 部下の一人が描かれた地図のあるポイントを指し示した。
「ここに基地の入口の一つがあるそうです」
「警護は?」
「相当なもののようです」
 部下の言葉が険しかった。そこからその情報が事実かそれに近いものであることがわかる。
「そして中にもかなりの数のトラップがあるとか」
「地下要塞ってわけかよ」
「話を聞く限り地下迷宮かと」
「面白いな、最後の最後で迷路に入るなんてよ」
「まずは入口を全て押さえましょう」
「ああ」
「そしてそこから同時攻撃を仕掛けます。そして」
「精鋭部隊で突撃するぞ」
「わかりました。それでは」
「おう、すぐに行動に移る。いいな」
「はっ」
 ジークムントとその部下達は即座に立ち上がった。まずは全ての入口を押さえて基地を押さえた。
 次に予定通り総攻撃にかかった。だがどの入口も警護の兵士達の数はまばらなものであった。
「中にいるのか?」
「そうではないでしょうか」
 ジークムントの横にいる兵士がそれに応えた。
「そうでなければ。これだけ警護が緩いのは考えられません」
「向こうもわかってるってことか」
 ジークムントはまた言った。
「こっちが来るってな。だがいい」
 それでも彼は行くつもりであった。
「仕掛けるぜ」
「はい」
 彼は部下達を連れて中に入った。エリアを一つ一つ押さえながら先へ進んでいく。
 基地の中のことは既にその捕虜から聞いていた。トラップ等も潜り抜け、激しい銃撃戦を展開しながら少しずつ先へと
進んでいく。
「焦るなよ」
 ジークムントは側にいる部下達に対して言った。
「今はな。いいな」
「はい」
「ここで焦ったら何にもならねえからな」
 そう言いながら前の通路を見据えていた。
「敵は何処にいるかわからねえ。地の利はあっちにある」
「だからこそ」
「慎重に行くぜ」
「了解」
 エリアを少しずつ、部屋を一つずる、着実に押さえていく。次第に基地の奥深くへと入って行った。だがやはり敵の数が少なかった。これがジークムントには気になることであった。
「少なくねえか?」
 彼は周りにいる部下達にこれを言った。
「少ないですか」
「ああ。何かな」
 彼は首を傾げてこう言った。
「妙にな。ここはメーロトの本拠地だな」
「はい」
「その割にはな。少な過ぎる」
「奥にいるということでしょうか」
「さてな」
 だが彼はそうはとらえていなかった。
「若しかすると。この基地にはもうあんまり残っていねえのかもな」
「逃亡したのでしょうか」
「そうかも知れねえが。何か引っ掛かるんだ」
 これも彼の勘であった。
「他の場所に撤退していると」
「だがメーロトの奴はここにいるな」
「どういうことですか?」
「奴は俺が来るのを待っている。そんな気がするんだ」
「この基地で」
「ああ。だから行くぞ」
 部下達に顔を向けて言う。
「いいな、目標は司令室だ」
「はい」
「そこにいる筈だからな」
 こうして彼等は基地を少しずつ押さえ、先へ先へと進んでいった。そして遂に司令室の前にまで辿り着いた。
「さて、と」
 ジークムントはその部屋の扉の前に立ち声をあげた。
「ここだな」
「ですね」
 後ろにいる部下達がそれに応える。
「行くぞ、いいな」
「はい」
「メーロト、遂に最後の時だ」
 扉に爆弾がセットされる。
「覚悟は出来ているな」
 扉が吹き飛ばされる。彼はその爆風を前で受けながら呟いていた。
 扉がなくなった。その中が露わになっていた。そこに一人の男が立っていた。






いよいよメーロトとご対面か。
美姫 「果たして、どうなるのかしら」
敵の数が少ないのは何でだったんだろうか。
美姫 「その辺りも次回になれば分かるのかしらね」
次回を待ってます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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