『リング』
ニーベルングの血脈 第三章
彼の言葉通りジークムント率いる三個艦隊はブレーメンに向かった。そしてその途中で帝国の旗を掲げようとしていた星系を次々と制圧していった。
「無駄な血は流すな」
彼は占領の際こう命じていた。
「一般市民には手を出すんじゃねえ。俺達の相手はあくまで帝国の奴等だけだ」
「それで宜しいのですね」
「反乱なんか起こさせやしねえよ」
彼はその危険性を否定した。
「そっちはボードレールの旦那が上手くやってくれるからな」
杯を交わした後彼はボードレールに対して全幅の信頼を置くようになっていた。それまでは腹の底を覗っていたが実際に会い、そして杯を交わしたことにより彼の心も見たからだ。
「俺達は軍事にだけ専念するぞ」
「わかりました。それでは」
その言葉に従いジークムントの軍は星系を次々と占領していった。そして同時に集められた情報の分析も行なっていたのであった。
その結果既にメーロトの軍勢はこの周辺から立ち去っていることがわかった。彼等は一つの星系には留まらず、帝国に敵対する者達を滅ぼしてはそこで物資を手に入れ、そして別の敵を倒しに行くという方法を執っていることもわかったのであった。
「まるで遊牧民族のようですな」
「戦略的には考えられねえことだ」
ジークムントはそれを聞いて呟いた。
「補給基地となる本拠地や拠点を定めないで戦うなんて有り得ねえ」
「では何処かに敵の本拠地があると」
「そう考えるのが常識だろうな」
彼は言った。
「問題はそこが何処かだ」
「何処だと思われますか?」
「さてな」
だがそれは彼にもわからなかった。
「とりあえずは今までの敵の動きを見てみるか」
「はい」
その言葉に従いモニターのスイッチが入れられた。そこには三次元でこれまでにわかっているメーロトの軍勢の動きが描かれていた。所々断裂があるがそれでも詳細に描かれていたのであった。
「これが彼等のこれまでの動きです」
「本当にあちこちを動き回ってやがるな」
見ればその通りであった。メーロトの軍勢は一つの星系を襲撃したならばすぐに次の場所に向かう。それもその距離もまたばらばらであった。法則がないとさえ思える程であった。
だがジークムントは距離だけを見ていたわけではなかった。彼はここで敵が襲撃したそれぞれの星系もまた見ていたのであった。
「奴等が襲撃した星系だがな」
「はい」
それにヴィントガッセンが応えた。
「見たところ豊かな星系も貧しい星系もあるな」
「共通しているのは帝国に反旗を翻しているというところだけですね」
「貧しい星系を襲った後ですぐにまた貧しい星系を襲撃していることもあるな」
「ええ」
「それも派手に殲滅してだ」
そこに彼はあるものを見ていた。
「両方な。それだけの物資があったのか?」
「そういえば」
「奴等は襲撃した星系で物資を補給しているんだな」
「はい」
「それすらも残りそうにない程徹底的にぶっ潰した後でまた次の戦いで派手にやる。普通は出来ねえだろ」
「物資を手に入れていてもですね」
「そうだ。どう考えても補給を受けている」
彼は言った。
「その証拠にあちこちで行方が途絶えているな」
「ええ」
「多分どっかで補給を受けているんだ、その間にな」
「その間に」
「そうだ、問題はそれが何処でどうやって補給を受けているかだ」
ジークムントの目が決した。
「何かとからくりがあるかもな」
「そこに彼等を倒すヒントもありそうですね」
「そうだ、まずはもう一度連中の航路を洗いなおせ」
ジークムントは指示を下した。
「ローゲの能力を全て使ってな。そこに答えがあるぞ」
「わかりました」
こうしてメーロトの軍勢の航路がもう一度調べられた。そして数日後面白いことがわかった。
「敵艦隊の航路のことですが」
「何かわかったのか」
ジークムントはこの時司令室にいた。そして銃の手入れをしていたのであった。
それはビームガンであった。彼は射撃の腕も一流であった。そして銃そのものも好きであったのだ。
「今まで不明だった航路がある程度わかりました」
「そうか」
彼はそれを聞いて目で笑った。
「では見せてもらうか」
「はい」
彼は報告に来た部下と共に艦橋に向かった。もうそこにはローゲによりモニターにそのメーロトの軍勢の三次元航路が映し出されていた。
「あれが今までわかっていた航路です」
「ああ」
そこは赤い線で示されていた。
「そしてこれが今回わかった航路です」
青い線が敷かれていく。それは赤い線を繋いでいた。
「どうやら彼等はこの航路で動いていた様です」
「そうか」
だが彼はまずは表情は崩さなかった。
「そしてまだ途切れている場所も多いな」
「それもローゲにかけてみました」
部下達がまた言った。
「そしてある程度その今の時点で不明の航路もはっきりしました」
「それも出してみろ」
「はい」
部下達はそれに応えた。そしてその線は緑で示された。
「これはあくまで予想ですが」
「だが全て繋がったな」
「はい」
これにはまずは頷いた。
「そしてもう一つあります」
「もう一つ。何だ?」
「それぞれの航路を通過した時間です」
今までメーロトの軍勢が攻撃を仕掛けた星系や通過した星系に到達した時間と出発した時間が黄色い文字で示される。ジークムントはそれを見てあることに気付いた。
「なあ」
「はい」
そしてメルヒオールに声をかける。彼はすぐにそれに応えてきた。
「移動の時間がやけにまちまちだな」
「そういえば」
メルヒオールもそれに気付いた。
「そして航路を見てみな」
今度はまた航路自体を見るように言った。
「何かな、変にアステロイド帯があったりとかそういう場所が途中に多いよな」
「ええ」
「隠れ易い場所にな」
「隠れ易い」
「言い換えれば何かを隠し易い場所だ」
ジークムントはモニターに映る三次元地図を見ながらこう述べた。
「何かをな」
「まさかそれは」
「これはまだ俺の勘だ」
彼はこう断ったうえで述べた。
「連中は行く先に物資を用意しているんだ。そしてそれに従って移動している」
「そういえば敵対する場所が続いている場合はないですね」
「間に中立星系があったりするな」
「はい」
「その中立星系も怪しいものだがな。どっか本拠地があってそこから手配しているんだろう」
「それは一体」
「まずは奴等が何処から出て来たかだ」
ジークムントは次にそこに注目してきた。
「それも調べてみたいんだが」
「提督と別れた後暫く身を顰めていたようですね」
「ああ」
彼は応えた。
「それから突如として大軍を率いて姿を現わしています。最初にその姿が確認されたのはここでした」
そう言ってある星系を指差した。
「ここを突如として襲撃したのがはじまりでした」
「そこからか」
ジークムントはそれに応えながらその周辺を見回した。
「見たところ怪しい場所はないな」
「そうですね。ざっと見回したところ」
その周辺には何もなかった。
「ナイティング星系からも離れていますし」
「ああ」
見ればその通りであった。この一帯の帝国軍の本拠地であるナイティングからも離れているのだ。そしてメーロトの軍勢がはじめて現われた場所はやはり中立星系ばかりであった。
「さっきも言ったが中立ってこと自体も怪しいがな」
「はい」
「しかも航路だとナイティングからメーロトの奴が最初に出た星系まで一直線だな」
「あっ」
皆ジークムントのその言葉にハッとした。
「ではナイティングこそが」
「まあ待て」
しかし彼はここで部下達を制止した。
「ナイティングまでは遠い」
「はい」
「俺達が今からあっちへ向かってもだ。逆に補給路を押さえられちまうことになる」
「ではどうすれば」
「こっちがな。それをやればいい」
「補給を潰すのですか」
「そうだ。奴等は今何処にいる?」
「今はハノーバーにおります」
「そうか」
「そしてその近辺の反帝国の星系といえば」
「マグデブルク辺りだな」
「ですね」
「まずはマグデブルクに向かうぞ」
「それで彼等を迎え撃つと」
「いや、違う」
だがジークムントはそれを否定した。
「違うのですか」
「その近くのアステロイド帯等を探す。いいな」
「はあ」
これには部下達も面食らった。ジークムントの直情的な性格からして戦いを挑むと思ったからである。だが彼はここではそれを採らなかった。
「いいな、全軍マグデブルグに向かう」
「わかりました。では」
こうしてまずは彼等はマグデブルクを押さえた。そしてジークムントの指示通りアステロイド帯等を調べた。その結果多くの補給物資が手に入った。
「おそらく帝国のものかと」
「やはりな」
ジークムントは報告を聞いて呟いた。
「そんなこったろうと思ったぜ」
「事前にこうして物資を置いていたのですか」
「ああ。メーロトはな、ただ出鱈目に敵を倒してたわけじゃなかったんだ」
彼は言った。
「こうしてあらかじめ物資を用意して、そして計画的に敵を叩いていたのですか」
「そうだったのですか」
「そしてこれでマグデブルク侵攻は不可能になった」
「はい」
「次だ。奴はこちらに向かっているな」
「ええ」
メルヒオールが応えた。
「じゃあすぐにここを離れるぞ。そして同時に軍をそれぞれ艦隊ごとに分ける」
彼はまたしても指示を下した。
「ホフマン、ヴィッカーズ、そしてイェルザレムの三人にそれぞれの艦隊を任せる、いいな」
「そしてその艦隊でそれぞれ帝国が向かうであろう星系に先回りし、物資を押さえていく」
「そうだ。連中はなまじっか大軍だから動きが遅い。それを衝いていくぞ」
「わかりました。では」
こうしてジークムントは兵を分けそれぞれの星系において帝国軍の物資を押さえさせた。これにより帝国軍は物資を失い侵攻を諦めるしかなかった。そして退いたところでジークムントはその星系を奪い取っていった。同時にまたしても帝国軍の行く先の物資を押さえていったのであった。
「こうして少しずつ帝国軍の勢力を削っていくのですね」
「そうだ。大軍と正面からぶつかるよりはな。この方がいい」
ジークムントは言った。
「まずはな。だが問題は最後にある」
「最後ですか」
「気合入れろよ、そろそろ次の段階に移るぞ」
「はい」
「まずは三個艦隊はそのまま敵の物資を奪っていけ」
「了解」
「そして俺は直属の艦隊と共にナイティング経由の補給路に回る。根本に向かうぞ」
「遂にですか」
「そうだ、ここを叩けば大きいからな」
最初は避けていたナイティングへの補給路を叩く作戦を採った。これは敵の戦力が弱まってきていると計算してのうえであろうか。それとも直感からであろうか。それはジークムントにしかわからない。
「行くぞ、敵が来たならば」
「一旦退く」
「そうだ、まずは敵を餓えさせろ。いいな」
こうして彼自身も補給路破壊に乗り出した。ナイティングと帝国軍を繋ぐラインに積極的に攻撃を仕掛けその補給艦を襲い、補給基地を破壊していった。そして帝国軍の継戦能力を奪っていった。帝国軍が兵を向けるとその機動力を生かしてすぐに退く。それを繰り返して彼等の戦力を消耗させることに専念していた。その成果は次第に見えてきていた。
「帝国軍はナイティングに退いていっているな」
「補給路の破壊が効いてきたのでしょうか」
「おそらくな。時は来た」
「では」
「そうだ、艦隊を集結させろ」
「はっ」
「そして奴等の後を追いナイティングに向かうぞ、いいな」
ジークムントは作戦を次の段階に進めてきた。
「そして遂に彼等と雌雄を」
「そうだ、だがここが一番の問題だ」
ジークムントはこう言って顔を引き締めさせた。
「メーロトは。手強いぞ」
「はい」
部下達もその言葉を聞き顔を引き締めさせた。
「あいつは。確かに戦争は上手い」
ジークムント自身が言った。
「それは俺が一番よくわかってるつもりだ」
長い間パートナーであり、共に戦ってきたからわかることであった。彼はそれは認めていた。
「だからこそだ。手強いぞ」
「それはわかっております」
「数も多い。辛い戦いになるぜ」
「勝算は」
「聞きたいか」
「勿論です」
「そうか。ある」
彼は言い切った。
「ありますか」
「俺はな、戦争で負けたことは一度もねえんだ」
それがジークムントの誇りであった。
「安心しな。辛い戦いになるが勝つのは俺達だ」
その言葉には文句を言わせないものがあった。
「いいな、それが信じられないとか今更言うなよ」
「わかっております」
「では提督、行きますか」
「ああ、全軍まずはミュンスターで集結するぞ」
「はっ」
「そしてそこからナイティングに向かう。いいな」
「帝国軍を倒す為に」
「メーロトを倒す為に。わかったな」
「了解」
こうしてジークムントはその下にある全ての軍に対して集結を命じた。そしてその言葉通りまずはミュンスターに集結したのであった。
一気に攻めずにじわじわと。
美姫 「確かに有効な手の一つね」
ただがむしゃらに戦えば良いというものではないという事か。
美姫 「さーて、いよいよね」
次回がどうなるのか。
美姫 「次回も待ってますね〜」