『リング』




        ニーベルングの血脈  第一章


 今何処までも続く無限の銀河に何十隻かの艦隊があった。彼等はその無限の銀河の中で何かを探していた。
「ブラバント司令から別れて何日になる?」
 その中の中心にある一際大きな戦艦の艦橋に立つ赤い髪の男が周りの部下達に尋ねた。
「もう一週間になります」
「そうか」
 男は部下の一人のそこ言葉を聞いて頷いた。
「もうそれだけ経つのか」
「はい」
 答えた部下がまた答えた。
「早いものだな」
 男はそれを聞いてふと呟いた。
「時間が経つのは」
「ただ時間だけ過ぎればいいというものではありませんからな」
「その通りだな」
 その言葉に答える男の顔が歪んだ。
「まだ手懸かりは掴めていないな」
「残念ながら」
「何もなしか。あいつ、何処へ行った」
 見れば赤いのは髪だけではなかった。目も赤い。髪は立っており、精悍な顔によく合っていた。引き締まった身体をしており、背はそれ程高くはないが目立った印象を受ける。黒いシャツとズボンの上に黄色いジャケットを着ている。彼の名はジークムント=フォン=ヴェルズングという。かってはローエングリン=フォン=ブラバントの下でエースパイロットとして名を馳せていた。
 彼はパイロットとして天才的であった。幾多の戦場を潜り抜け、武勲を挙げてきた。部隊を指揮させても鮮やかに勝ち、艦艇の艦長となっても立派に功績をあげてきた。軍人としては天才的であり、ローエングリンにもその才能を認められていた。
 バイロイト崩壊後はローエングリンの下に留まり時として戦闘機に乗り、また時には艦艇の指揮を執っていた。そしてある時一人の女の追跡を命じられた。クンドリーという謎の多い女であった。
 彼女はニーベルングのスパイだった。クリングゾルと敵対するローエングリンはそれを放置することはなかった。すぐにジークムントとメーロト=フォン=ヴェーゼンドルクに彼女を追わせたのである。
 このメーロトはローエングリンの下においてジークムントと並び称されるエースパイロットの一人であった。そして同時にジークムントの親友であった。その二人を差し向けたことでこの追跡は成功に終わると誰もが思った。
 だがそうはならなかった。あと一歩というところで突如メーロトの乗る戦闘機がジークムントの乗る戦闘機に攻撃を仕掛けたのである。これで彼は撃墜され、メーロトは何処かへと姿を消した。
 ジークムントはかろうじて一命を取り留めた。だが彼の心はその身体の回復よりも早く起き上がっていた。戦友の謎の裏切りに戸惑っていたのは最初だけだった。彼は裏切者への復讐にその心を燃え上がらせたのである。
 彼はベッドから起き上がるとすぐにローエングリンのところへ向かった。そしてこう言った。
「メーロトを追わせてくれ」
 と。その言葉に迷いはなかった。
「メーロトをか」
「そうだ、あいつは俺を裏切った。こうなったら俺の手でやってやる」
 彼は断られても行く気だった。そこには何の迷いもなかった。
 ローエングリンはそれをわかっていた。ジークムントの性格は他の誰よりもよくわかっていた。彼はそのうえで決断を下した。どちらにしろ彼が行くのはわかっていたという理由もあった。
「そのメーロトだが」
 彼はジークムントに対して言った。
「今ニーベルングの大軍を率いて各地を転戦しているらしい」
「何故だ」
「帝国に反抗する勢力を滅ぼす為だ。その軍によりもうかなりの星系が滅ぼされているという」
「大軍か。そんなの俺には関係ねえ」
 だがジークムントはそれは一言で言い捨てた。
「その大軍が百万隻だろうが二百万隻だろうが。どれだけいても俺にはものの数じゃねえ」
「それでも行くのだな」
「当然だ」
 彼はさらに言った。
「悪いがあんたが何と言おうがな。命令違反だというんなら今すぐ銃殺にでも何でもしてくれ」
「わかった」
 ローエングリンはそれを聞いて頷いた。
「じゃあ撃つのかい?俺を」
「いや、そんなことはしない」
 ローエングリンはそれを否定した。
「行くがいい。出撃を許可する」
「そうかい、有り難うよ」
「だが戦闘機での出撃ではない」
「じゃあ艦艇でか?」
「違う、艦隊でだ」
 彼は言った。
「一個艦隊を預ける。それでメーロトを倒しに行け」
「随分気前がいいな」
「それだけではない。ジークリンデもだ」
「おい、本当かよ」 
 ジークムントはそれを聞いて思わず声をあげた。
「ジークリンデつったらよお」
「構わない」
 だがローエングリンはそれをよしとした。
「メーロトの軍はかなりの数だという。一個艦隊でどうにかなるものではない」
「ああ」
「だからといて私の方も卿に回せるのは精々その一個艦隊だけだ。ならば、と思ってな」
「そのジークリンデを俺にくれるんだな」
「一言で言うとな」
 ローエングリンは頷いた。
「不充分だとは思うが」
「おい、俺を誰だと思ってるんだよ」
 だがジークムントはここでローエングリンに言った。
「何だと!?」
「俺はジークムント=フォン=ヴェルズングだぜ」
 彼は名乗った。
「俺にとっちゃ丁度いいハンデだぜ。そんなの屁でもねえよ」
「大丈夫なんだな」
「ああ、充分過ぎる位だ。まあ見てな」
 自信に満ちた声で言った。
「俺の活躍をそこでな」
「わかった。では任せよう」
 ジークムントはローエングリンのその言葉を聞いてニヤリと笑った。
「メーロトの首、見事挙げてきてもらおう」
「そうだ。そっちは大船に乗った気持ちでいな」
「吉報を待つ」
「メーロトだけじゃなくて、帝国の奴等も全部ぶっ潰してやるぜ」
 それだけ言って彼はローエングリンのもとを去った。そして出撃したのであった。
 出撃してから一週間経った。ジークムントとその軍はまだメーロトとその軍を発見出来てはいなかったのであった。
「一週間か」
 彼はまた呟いた。
「意外と上手く隠れやがったな、メーロトの奴」
「これからどうされますか?」
 部下の一人であるコロが尋ねてきた。
「このままでは燃料や食糧も絶えてしまいますが」
「まずは拠点を置くか」
 彼は言った。
「拠点ですか」
「ああ。メーロトの奴がそうそう顔を出さないのならな」
 彼は生体コンピュータから映像を出させた。そこに映し出された三次元地図のホノグラフィーを見ながら言う。
「こっちも腰を据えてやらせてもらうさ。じっくりとな」
「左様ですか」
「ブレーメンに向かうぜ」
 地図を眺めながら言う。
「あそこは帝国の勢力圏から離れている」
「はい」
「そして帝国への反発も強い。俺達を快く迎えてくれるぜ」
「そこを拠点にメーロトに対処されるのですね」
「勢力を伸ばしながらな。どうだ」
「宜しいと思います」
 部下達はジークムントの問いにこう答えた。
「やはり拠点がなければ」
「長い戦いを生き抜くことは難しいでしょうから」
「そういうことだ。覚悟しとけよ」
 彼はまた言った。
「この戦い、長丁場になるぜ。いいな」
「了解」
「わかりました」
 部下達は敬礼で以ってそれに応えた。そしてブレーメンに向かうのであった。
 ジークムントの軍がブレーメンに入ると市民達は快く彼を出迎えた。そしてブレーメン星系の執政官からも招かれた。頭の禿げた老人であった。
「ようこそおいで下さいました」
「いや、来たのは俺達の方だからな」
 ジークムントはそれに応えて言った。彼等は今ジークリンデの前の軍港で話をしていた。
「感謝しているのはこっちさ。ここを使わせて頂いていいな」
「ええ、勿論です」
 執政官はそれを快諾した。
「今我々は軍を持っておりませんので。帝国に立ち向かわれる提督達の存在を待っていたのです」
 つまりギブ=アンド=テイクというわけだ。施設や物資を提供するかわりに自分達を帝国から守って欲しいと。政治家らしい要求であった。
 ジークムントは政治家ではない。生粋の軍人である。正直こうした駆け引きや交換条件は好きではない。だがここはそれを隠して快諾することにした。軍の維持に何が必要なのか、それがわからぬ程愚かでもなかったからだ。
「それじゃあ俺達は帝国とやらせてもらうぜ」
「はい」
 執政官は頷いた。
「私は軍事のことは疎いので。その件に関しては全てお任せします」
「まあ一応はあんたの下ってことでな」
「宜しいのですね、それで」
「俺は政治のことはわからねえからな。そっちは執政官が仕切ってくれ」
「畏まりました。それでは」
「宜しくな」
「はい」
 二人は手を握り合った。こうして多分に打算的であったが拠点と政治的な協力者を手に入れた。彼はそれをもとに勢力を築くことにした。
「まずはこれでいいな」
 彼はブレーメンの執政官官邸の横に置かれた臨時の司令部においてこう呟いた。
「足掛かりは得たぜ」
「ですが問題はこれからです」
 参謀の一人ヴィントガッセンが彼に対して言った。
「まだ我が艦隊は僅か一個です。これでどれだけあるかすらわからないメーロトの艦隊と渡り合うにな」
「相当な苦難が予想されるって言いたいんだな」
「その通りです」
 ヴィントガッセンは落ち着いた顔と声でこう述べた。
「まずは勢力を蓄えるべきだと思いますが」
「まどろっこしいやり方だな」
 ジークムントはそれを聞いて顔を顰めさせた。
「俺の流儀じゃねえ」
「ですが」
「しかしな」
 だがここでニヤリと笑って来た。
「御前の言うことは正論だよ。ここで俺がやらなくちゃいけねえことはわかっている」
「では」
「周辺の星系を勢力圏下に収めていくぞ」
「はっ」
「幸いこの辺りは帝国の連中と仲の悪い奴ばかりだしな。順調にいくだろうな」
「左様です。そしてまずは艦隊を増やしましょう」
「それだけか?」
 しかしジークムントはここでヴィントガッセンに問うてきた。
「といいますと?」
「それだけかって聞いてるんだよ。それだけなのかよ」
「はあ」
 ヴィントガッセンは戸惑った顔で彼に答えた。
「それが何か」
「それじゃあ半分しか駄目だな。もう半分ある」
「もう半分」
「なあヴィントガッセン」
 ジークムントは彼に顔を向けた。そして言った。
「御前はそうした軍政はいいが他のところで下手なところがあるな」
「申し訳ありません」
「謝る必要はねえさ。誰にだって得手不得手ってやつがある」
 立ち上がってこう述べる。
「戦争ってのはな、戦場に出てはじまりってわけじゃねえ。それより前からはじまっているんだ」
 窓の向こうに顔を向けて言う。その向こうには青い空と白い雲、緑の草木があった。
「そうして艦艇や兵隊を揃えるのも大事さ。だがもう一つ重要なものがあるんだよ」
「それは情報でしょうか」
 もう一人の参謀であるメルヒオールが問うた。
「そのもう一つとは」
「わかってるじゃねえか」
 ジークムントはズボンのポケットに手を入れたままの態勢で彼等に顔を向けた。身体はそのまま窓の方に置かれたままである。
「そうさ、情報だ」
「やはり」
「そうしたことはやっぱり御前だな」
 メルヒオールに顔を向けたまま言う。
「情報参謀としてな」
「はい」
「すぐにメーロトと奴が率いる帝国軍の情報収集にあたってくれ」
「はっ」
「他の情報もだ。今のノルン銀河の情勢も知りたい」
「わかりました。では」
 メルヒオールは敬礼で応えた。ジークムントはそれを受けた後でまたヴィントガッセンに顔を向けて来た。
「御前は占領していった星系の軍政にあたってくれ」
「はい」
「俺の方は執政官と細かい調整に入る。向こうも何かと俺に対して言いたいだろうからな」
「わかりました。では」
 メルヒオールと全く同じ動作で同じ言葉を述べた。敬礼も同じであった。
「今からすぐに」
「暫くは戦闘もないだろう。だが油断するな」
 ジークムントの顔が引き締まる。
「帝国の連中とは絶対にやり合わなくちゃならないからな。それを忘れるんじゃねえぞ」
「わかっております」
 二人はその言葉に頷いた。そして言った。
「メーロトの首、あげましょう」
「ああ、絶対にな」
 応えるその声が強いものになった。窓に戻したその目の光も同じであった。
 今ジークムントの目は青い空も緑の草木も見てはいなかった。その目は戦場を、そして無限の銀河を見据えていた。そこで行われるであろう戦いを見据えていたのであった。既に戦いは幕を開こうとしていたのであった。
 こうしてジークムントとその軍は暫くの間目立った動きを示さなかった。周辺星系の占領と軍政、情報収集に専念していた。結果多くの戦力が彼の下に集まり、それ以上に多くの情報が彼のところに入って来ていた。
 その中には興味深いものもあった。かっての上司であるローエングリンの動きもその中にあった。
「そうか、あっちはあっちで派手にやってるんだな」
 ジークムントはローエングリンがテルラムント率いる帝国軍と対峙していると聞いてそう呟いた。
「どうやら司令にとって有利みたいだがな」
「あのローゲという生体コンピューターの役割が大きいようです」
 メルヒオールがそれに応えて言った。
「作戦等は全てローゲの立案によるものだとか」
「そうか、それは凄いな」
 ジークムントはそれを聞いて素直にこう述べた。
「天才軍師ってやつか。それも生きた」
「はい、どうやら」
「それが俺のジークリンデにも搭載されているんだよな」
「データの上ではそうです」
 メルヒオールが答えた。
「今のところこれまでのコンピューターとは比較にならない程の情報処理能力及び収集能力を示しております」
「それだけでも大きな力だな」
 ジークムントはそれを聞いて呟いた。
「情報はかなり集まっているだろう」
「これまでの数倍程です」
 メルヒオールは言った。
「これにより銀河の情勢がかなり把握出来るようになっております」
「それじゃあその情勢を資料にまとめて持って来てくれ」
「はい」
 彼は頷いた。
「それでは然る後に」
「ああ、頼むぞ」
 数日後その資料がジークムントのところに持って来られた。それはかなりの量を持っていた。
「こんなにあったのかよ」
 ジークムントはノートパソコンに入れられたその膨大なファイルを見て言った。
「予想以上でしたか」
「ああ、それも遥かにな」
 戸惑いながら言葉を返す。
「ノルン銀河全てについて出されているといっても過言じゃねえな、これは」
「その中でも特記すべきことだけを出したのですが」
「それでこれか。それだけ今この銀河がややこしい状況にあるってことだな」
「そうですね、そしてその中心にいるのが」
「あいつってわけだな」
 ここでジークムントの目が光った。
「ニーベルングの奴が」
「あの男に関するデータは残念ながら」
「殆どないってわけか」
「かっての経歴とアルベリヒ教の司祭長でもあるということだけしか」
「アルベリヒ教か」
「はい。それが何か」
「いや、少し気になることがあってな」
 ジークムントは考えながら述べた。
「メーロトの奴も。アルベリヒ教を信じていた」
「そうだったのですか」
 アルベリヒ教とはこのノルン銀河にある宗教の一つである。決して大きな宗教組織ではなく、銀河においては主流ではない。そして破壊の神を崇める一神教であるとされている。一神教はノルン銀河においては極めて少ない。そうした面からもかなり異端な教義を持っていた。
「そしてニーベルングがその教団の司祭長でもあるなら」
「やはりメーロト=フォン=ヴェーゼンドルクはニーベルングと深い関係にあるということでしょうか」
「だろうな。だから今軍を率いてあちこち動き回っている」
「はい」
「アルベリヒ教についてわかってるのはこれだけか」
「残念ながら」
 ファイルに入っていたのはあまりなかった。ジークムントはそれを一通り見終わった後でそれを聞いた。
「そうか、ならいい。いや、待て」
「他には何か」
「このパルジファル=モンサルヴァートって男だけどよ」
「はい、彼が何か」
 メルヒオールはそれを受けて顔をあげた。
「今こっちに来ているのか」
「ローゲはそう示していますが」
「そうか、成程な」
 彼はそれを聞いてまた考える顔になった。
「わかった。じゃあそいつが来たら教えてくれ」
 そしてメルヒオールに対してこう言った。
「こいつとは直接会って話がしたくなった」
「何か思われるところがおありなのですか」
「ああ。理由は二つある」
 彼はそれに応えて言った。
「まず帝国と対立しているんだよな」
「はい」
「そして同じように帝国と敵対している勢力に武器を売っている。まずはこれだ」
 それは極めて現実的な視点からであった。
「そしてもう一つだ」
「もう一つは」
「こいつ自身についてだ」
「彼自身ですか」
「記憶をなくしているんだな」
「ええ、資料によりますと」
 メルヒオールはまた答えた。
「それだ。それについても聞きたい」
 彼は言った。そこに何かを見ていたのだろうか。
「いいな。こっちに来たら知らせてくれ」
「はい」
「何かと話を聞きたいからな」
 そして彼は仕事に戻った。手許にあるデスクワークをあまり面白くなさそうな顔で処理していく。実は彼はこうした机の上での仕事があまり好きではなかった。だがしないわけにはいかなかったのである。





いよいよ第四部。
美姫 「今回はどんなお話になるのかしらね」
最初から、追跡というか倒すために出た艦隊を率いる男。
美姫 「ジークムントに訪れるであろう運命は」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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