『リング』




            ローゲの試練  第七章


「ここまでは何もないな」
「はい。やはり人影一つありません」
 部下の一人がそれに答える。
「帝国軍は。ここにもいないのでしょうか」
「そう考えるのは早計だな」
 だがローエングリンはそうした楽観的な見方を否定した。
「潜んでいる可能性もある。注意しろ」
「わかりました」
 彼等は基地の奥へと進んでいく。しかし帝国軍の姿は何処にもなかった。
 彼等も奇妙に思いはじめていた。そして最深部である司令部に到達した時であった。
「よくぞここまで来たな、ノルンの民よ」
「何っ、ノルンだと!?」
「そうだ」
 ローエングリン達の周りに突如として謎の一団が姿を現わした。
「既にニーベルングの者達は死んだ。一人残らずな」
「ではクンドリーも」
「そう、あの女も死んだ。我等が殺した」
 その一団の中の一人が言った。
「何の為にだ」
「復讐の為」
 そして彼等はまた言った。
「復讐だと」
「そうだ。そして貴様等にも」
 ローエングリン達に対して一斉に銃が向けられる。
「待て、我々は御前達なぞ知らないぞ」
「貴様等が知らなくとも我々は知っている」
 それが返答であった。
「それはヴァルハラで知るがいい」
「ヴァルハラ・・・・・・」
 ローエングリンが呟いた時だった。その謎の一団の銃がビームを放った。
 無数の銃弾がローエングリン達を撃った。ローエングリンは自分が死んだことを知る間すらなくその場に倒れ込んだ。そして血の海の中で息絶えたのであった。
 こうして彼は死んだ。しかしそれは肉体だけのことであった。魂は肉体から離れた。今彼は無限の宇宙の中にその身を置いていた。
「ここは」
「よくぞ来られました」
 彼を歓迎する声が聞こえてきた。
「ローエングリン=フォン=ブラバント」
「私の名を知っているのか」
「はい、貴方がここへ来られるのはわかっていましたから」
 声は答えた。
「それが運命ですから」
「運命か」
 ローエングリンはそれを聞いて考える顔になった。
「私は死んだのだな」
「はい」
 声はまた答えた。
「おわかりでしたか」
「基地で謎の一団に撃たれてな。そこまでは覚えているが」
 彼は言った。
「あれは一体。何者だ」
「ホランダーです」
「ホランダー」
「はい。かって第三帝国があったのは御存知ですね」
「第四帝国の前の帝国だな」
「それを建国したのが彼等だったのです」
「そうだったのか」
 これはローエングリンもよくは知らなかった。実は第三帝国の歴史はよく知られてはいないのだ。それは第四帝国が建国される時の戦乱で多くの資料や歴史書、そして技術が失われたからである。今では第三帝国を形成していた者達すらもわからない状況となっていたのである。
「第三帝国は。そうした国家だったのか」
「はい。ホランダーによって作られた国家だったのです」
 声は語った。
「これは知らなかったと思います」
「第三帝国のことは私も全く知らない」
 ローエングリンもそれを認めた。
「遥かな伝説の時代のような気さえする程だ」
「ですが実際にあった国家なのです」
 それでも声は言う。
「このノルン銀河に。遥か昔に」
「そのホランダー達だったのか、彼等は」
「はい」
「まさか。生き残っていたとはな」
「第三帝国崩壊の時に多くのホランダーが死にました」
 声は遥か昔のことを語った。
「そしてその後。第四帝国にその力を狙われ」
「さらに多くが死んだのだな」
「そうです。そしてこのラートボートに身を潜めていたのですが」
「第四帝国がある間か」
「それでも彼等の力を知り狙う者がいたのです」
「誰だ、それは」
「ニーベルングの者でした」
 声は言った。
「ミーメ=フォン=ニーベルング。彼は独自の研究によりホランダーの存在を知りました。そして彼等を捕らえ己が研究の生贄としたのです」
「まさか」
「そう、貴方の戦艦ケーニヒに内臓されているローゲ。あれはホランダーの脳だったのです」
「そうか、だからだったのか」
 ローエングリンはここで今までどうしてローゲがあそこまで優秀なのかがわかった。
「あれは。ホランダー達の頭脳だったのか」
「はい」
 声は頷いた。
「ミーメは彼等の頭脳を戦艦のコンピューターに使うことを思いついたのです。そしてその為に多くのホランダー達が犠牲になりました」
「そうだったのか。何という男だ」
「そしてニーベルングの一族であるクンドリーは彼等に殺されました。そしてそれを使っていた貴方も」
「殺されたというわけだな」
「そうです。しかも貴方は第四帝国において艦隊司令官という要職にありました」
「狙われる要素は充分にあったということか」
「残念ながら」
「それで私は死んだのだな」
 彼は納得したように言った。
「それで宜しいのですか?」
「今更何を言っても仕方ないだろう」
 彼は言った。
「私は死んだ。それは変わらない」
 そう思っていた。
「それを今言ってもどうにもならないだろう。違うか」
「はい、違います」
 だが声の返事は意外なものであった。
「違うのか」
「貴方は。甦る運命なのです」
「それはどういうことだ?」
「ローエングリン=フォン=ブラバント、貴方は確かに死ぬ運命でした」
 声は言う。
「ですが。同時に生きる運命でもあります」
「どういうことだ、それは」
「そのミーメが作り上げた七隻の戦艦はそれぞれの運命を持つ者達に預けられることになっていました」
「その中の一人が私か」
「そう、貴方です」
「だが私は死んだ」
「しかし戻られるのです」
 声はまた言った。
「戻る!?」
「はい、それが貴方の運命なのです」
 声は語った。
「そしてクリングゾル=フォン=ニーベルングと戦われるのです」
「だが私は」
 ローエングリンは声に対して言った。
「もう死んでいる。死んでいるというのに」
「大丈夫です。それは間も無くです」
「間も無く」
「行きなさい、七人の戦士達よ」
 声は言った。
「自らの宿命を解決させに。そしてノルンとラインの戦いに、ニーベルングとの戦いに勝利されるのです」
 その時ローエングリンの身体を光が包んだ。
「!?」
「時が来ました」
 声はまた語った。
「貴方が戻られる時が。さあ行きなさい」
「待ってくれ」
 光は急激にローエングリンの身体を包んでいく。彼はその中で声を呼び止めた。
「卿の名は何というのだ」
「私ですか?」
「そうだ。卿は。一体何者なのだ」
 ローエングリンは問う。
「私ですか。私はローゲ」
「ローゲ!?まさか」
「いえ、貴方の艦にあるコンピューターとは違います」
 彼は言った。
「私は全てを知る者」
「全てを」
「炎の中において。今はそれだけしか言えません」
「そうか。どうやら人ではないな」
「はい」
 ローゲはそれを認めた。認めたうえで言った。
「私は全てを見ている者」
「全てを」
「その私が言いましょう。ブラバントよ、行きなさい」
 その声が大きくなったように感じられた。
「戦いに。そしてそれが終わった時にこそ私は再び貴方の、いえ貴方達の前に姿を現わすでしょう」
「そうか。ではまた会おう」
「はい」
「ローゲよ。ではまたな」
 ローエングリンの身体が光の中に包まれた。そしてローエングリンはその中に消えた。気が着いた時には彼はもうその場にはいなかった。宇宙から現実の世界に戻っていたのであった。
「気が着いたようだな」
「ここは」
 男の声がした。目を開けるとそこには茶色い髪に髪と同じ色の濃い髭を顔中に生やした男がいた。そしてその黒い知性の光がある目で彼を見ていた。白い服を身に纏っている。
「牢獄だ。卿は死体となってそこに横たわっていた」
「私は死んだのだったな」
「そうだ。だが今甦った」
 男は言った。
「私の作り出したイドゥンによってな」
「イドゥン。まさか卿は」
 それを開発していた者の名は知っていた。その人物とは。
「そうだ。私はトリスタンだ」
 髭の男は名乗った。
「トリスタン=フォン=カレオール。それが私の名だ」
「やはりな。卿があの高名なカレオール博士だったか」
「高名かどうかまでは知らないがな。そして卿は」
「私か?私はローエングリン=フォン=ブラバント」
 彼は自らも名乗った。
「このラートボートに兵を進めていた軍の司令官だ」
「卿がそうだったのか」
 トリスタンはそれを聞いて納得した様に頷いた。
「何かあったのか?」
「ラートボート周辺と惑星内の多くの地域で待機中の軍があったが。卿の軍だったか」
「そして卿もここに来たのだな」
「そうだ。クンドリーに救援を依頼されてな」
「クンドリーに?」
「彼女は私の助手だった」
 彼は言った。
「途中までイドゥンの研究、開発に協力してくれていたのだが。資料を持って逃亡してな」
「それは聞いている。災難だったな」
「そして彼女を探していたのだが。意外なことになってな」
「救援依頼か」
「罠だとも思ったが。私は行った」
「だが彼女は既にホランダー達によって殺されていた」
「私は命だけは救われたが。長老をバイロイトで救ったことがあった縁でな」
「ミーメの研究からだな」
「その通りだ。だが牢獄に幽閉されることになりその牢獄に卿の死体があった。腐臭に耐えられないので」
「イドゥンを使ってくれたのだな」
「そうだ」
「そうだったのか。あらためて礼を言おう」
 ローエングリンは頭を下げた。
「おかげで。戻って来ることができた」
「いや、礼はいいさ。私も耐えられなかったからな」
「私の匂いにか」
「今もまだ匂っているぞ」
「そうか。それは参ったな」
 ローエングリンはそれに応えて苦笑した。
「ではどうしようか」
「香水とかは持っていないな」
「生憎な。基地に置いてきた」
「そうか。ではここから出るしかあるまい」
 トリスタンは言った。
「脱出するぞ。いけるか」
「この程度の牢獄ならな」
 ローエングリンは何気ないといった様子でこう返した。
「造作もないことだ」
「ほう」
「伊達に軍にいるわけではない」
 言いながら懐から何かを出した。
「これで。どうにでもなる」
 それは一本のナイフであった。それで牢獄の扉のつなぎ目を切る。
「これでいい」
「大したナイフだな」
「特殊部隊用のナイフだ」
 ローエングリンは言った。
「他にも色々と使える。便利だぞ」
「そうか、ではここから出たら一本もらいたいな」
「そのかわり高いがな」
「何、金ならあるさ。それに」
「それに?」
「命を救った代償として。一本欲しいな」
「ここから帰れたらな」
 ローエングリンは笑ってこう述べた。その笑みは先程の苦笑とはまた変わっていた。
「それでいいか」
「うむ、では行くぞ」
「わかった、ではな」
 彼等は牢獄を出た。その途中で全ての牢獄を開け、そこにいる生き残りの部下達を救い出した。そしてサイレンと銃撃の中を何とか潜り抜けホランダー達の基地を脱出した。ローエングリンとトリスタンは何とか死地から逃れることが出来た。基地に帰った彼を待っていたのは思いも寄らぬ言葉であった。
「一月か」
「はい」
 出迎えたフルトヴェングラーがそれに答えた。
「司令が消息を絶たれて。一月が経っておりました」
「そうか、そんなにか」
 ローエングリンはそれを聞いて呟いた。
「その間。何があったかと心配しておりましたが」
「御無事で何よりです」
 カラヤンも言った。見れば皆心から安堵の表情を浮かべていた。
「心配をかけたな」
「いえ、それはいいです」
 だが部下達はそれには構わなかった。
「司令がおられぬ間は。我等が責を果たしておりましたし」
「ローゲの助けもありましたし」
「そうか、ローゲもか」
 ローゲが何であったのかわかった今となってはいささか複雑な気持ちもある。しかしそれは顔には出さない。
「御苦労だったな、皆」
「私もそのローゲの言葉に従ったのだ」
 ローエングリンの横にいたトリスタンがここで言った。
「言葉に」
「そうだ。同盟を打診されてな」
「ふむ」
「我々は共に帝国と戦う立場にある。是非共手を結びたいと」
「実際の交渉はワルター提督が行われましたが」
「それで私の軍とカレオール博士の軍が共にあるわけか」
 見ればそこにいたのはローエングリンの部下達だけではなかった。見たこともない顔の者達もいた。彼等はトリスタンに顔を向けていたのであった。
「成程な」
「司令」
「博士」
 部下達はそれぞれの上官に対して問う。
「これからどう為されますか」
「これからか」
「それはもう決まっている」
 二人はそのそれぞれの部下達に答えた。
「ラインへ向かう」
 二人は同時に言った。
「ラインへ」
「そうだ、そこで帝国を滅ぼす」
「そしてクリングゾル=フォン=ニーベルングを」
「ではすぐにでも」
「全軍補給と再編成が整い次第出撃する」
 ローエングリンは指示を下した。
「よいな」
「はっ」
 こうしてローエングリンはトリスタンと共にヴァルハラ双惑星の一つ、ラインへと向かうことになった。死から甦った彼は今運命の渦の中に入ろうとしていた。今その渦は彼だけでなく他の多くの者達も巻き込もうとしていた。
 その渦の先にあるものは何か、それはまだ誰も知らなかった。だが渦は確かに何かを導き、誘っていた。ローエングリンは今その中に入ったのであった。


ローゲの試練   完


                  2006・3・19





ローゲの試練はこれでおしまい。
美姫 「うーん、死んでいたとはね」
そして、蘇った!
美姫 「それもまた運命として、導かれるように様々な人たちが集うのね」
一体、どうなっていくのだろうか。
美姫 「次回もお待ちしております」
ではでは。



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