『リング』




           ローゲの試練  第三幕


 ミュンヘンの市民達はローエングリンとその艦隊を笑顔で迎えた。彼等も帝国軍を恐れていたのであった。
「司令、よく来られました」
 ミュンヘンの行政責任者であったホーエンが彼を出迎えた。
「おかげで。帝国の魔の手から逃れることができました」
「帝国軍の手、からですか」
「はい」
 ホーエンはそれに頷く。
「実はよからぬ噂が立っておりまして」
 彼は言う。
「帝国軍は。自分達に反対する者達に対して巨大な竜を差し向け何もかも破壊するそうです」
「竜ですか」
 ローエングリンにはそれが何かすぐにわかった。
「ファフナーですね」
「そう言われるのですか」
「ええ。ですが御安心下さい」
 彼はここで民衆を落ち着かせることにした。
「その竜はこの辺りにはいません」
「本当ですか!?」
「はい。どうやらニュルンベルグ方面にいるそうです」
 このミュンヘンとは全く違う場所であった。
「ですから。御安心下さい」
「わかりました。それでは」
 ホーエンもそれを聞いて安心したようであった。ほっと胸を撫で下ろしていた。
「市民にもそう伝えます」
「お願いします」
「そして暫定的にこの星系の責任者に推薦したいのですが」
「私をですか」
「はい」
 ホーエンはにこりと笑って頷いた。
「軍の司令官として。非常時として」
「ううむ」
 帝国においては非常時には軍の司令官若しくは執政官が行政と軍事の双方を統括する権限がある。だからヴァルターも軍を率いていたのであった。
「如何でしょうか」
「他に適任者はいないのですね」
「地位も。そして家柄も」
「わかりました」
 他にいないのでは仕方がなかった。彼は五個艦隊を率いる司令である。地位としては申し分はない。そして家柄であるが第四帝国においては議会制もあるが同時に封建制も残っている。家柄もまた重要な意味を持つのである。
 ローエングリンのブラバント家は帝国にあっては名門と言えた。叔父は皇帝の側近を務め、それ以前から代々高官を輩出している。数年前に亡くなったローエングリンの父もまた政府において重要な地位に就いていたのである。それを考えるとやはり彼は適任者であると言えた。
「では謹んで引き受けさせて頂きます」
「有り難うございます」
 ホーエンはそれを聞いて頭を垂れた。
「ではこのミュンヘンを宜しくお願いします」
「わかりました。このブラバントの家門にかけて」
 封建制にあっても家門は最も重要なものの一つである。とりわけブラバント家の様な名門にとっては。つまりこれは彼にとって強い誓いの言葉であったのだ。
「このミュンヘンと民達の命、守り抜いてみせましょう」
 こうして彼はミュンヘンの行政の最高責任者ともなった。そして本拠地をミュンヘンに移しそこから帝国を迎え撃つことになった。そしてその帝国軍が遂にミュンヘンの側にまでやって来た。
「帝国軍が来ました」
「うむ」
 既に彼は出陣していた。そして星系の外縁において陣を敷いていた。五個艦隊である。
「敵はそのままこちらに向かって来ます」
「一直線にだな」
「はい」
 艦隊司令の一人であるクライバーがそれに応えた。
「そのまま来ます。では予定通りに」
「うむ。あれで行こう」
「わかりました。では」
 すぐにローゲが起動させられる。
「作戦を発動させます」
「ローゲに異常はないな」
「はい、全く」
 フルトヴェングラーがそれに応える。
「いつも通りの動きです」
「わかった。では予定通り行こう」
「了解」
 こうして作戦が決められた。ローエングリンの軍はローゲのはじき出した作戦に従い動いていた。まずはそのまま前線に五個艦隊を展開していた。ありふれたごく普通の陣であった。
「思ったよりオーソドックスですな」
「ああ」
 ローエングリンは今度はカイルベルトの言葉に頷いた。
「だがこれがこのパターンで来た場合の最も効果的な作戦らしい」
「お手並み拝見ですか。コンピューターの」
「このローゲのな。我々は艦隊運用に徹するぞ」
「はい」
 こうして彼等はローゲの作戦に忠実に従うことになった。とりあえず今回はテストの様なものである。
「宜しいのですね」
 クライバーがローエングリンに問う。
「いい。何かあればすぐにローゲのスイッチを切る」
 ローエングリンは彼に答えた。
「そして私が直接戦術指揮を採る。よいな」
「わかいrました。それでは」
 ローエングリンにも自信があった。この程度の軍勢ならば勝利を収める自信は充分にあった。少なくともテルラムント自身が率いていないならば負ける気はしなかった。
「あの男はやはりまだ出て来ないか」
 そして彼はテルラムントに思いを馳せていた。
「出て来た時が決戦になるだろうが。果たしてそれは何時か」
 これからの戦局についても考えていた。
「司令」
 だがここで彼はその思考を中断せざるを得なかった。フルトヴェングラーが彼に声をかけてきたのだ。
「敵が来ました」
「うむ」
「ローゲの予想通りです。全速力でこちらに来ます」
「そうか。では下がる用意をしておけ」
「はっ」
 皆それに頷いた。ローエングリンは時計を見ながら次の指示を下すタイミングを待っていた。
「あと十秒」
 敵はその間にも突き進んで来る。
「九、八、七、六、五・・・・・・」
 カウントされる。一同の顔に次第に緊張が覆ってきた。
「四、三、ニ、一・・・・・・」
 いよいよであった。ローエングリンは右腕を高く掲げた。
「零!」
「全艦後退!艦首方向そのままで退け!」
「了解!」
 それに従い全ての艦が退いた。そして今までいた場所に敵のビームが襲い掛かる。
 そこへ帝国軍のビームが襲い掛かる。しかしそれはかわされた。これこそがローエングリンの狙いだったのだ。
「ビームは距離が遠くなれば威力が落ちる」
「はい」
 彼はそれをよく認識していた。
「そしてその間合いさえわかれば。楽なことだ」
「では今度はこちらから反撃ですね」
「うむ」
 彼は頷いた。
「そして今度は」 
 敵の攻撃をかわしたローエングリンの艦隊は前に出て来た。
「こちらの番だ。行くぞ」
「はっ」
 艦隊を前に出して来る。そして攻撃に移る。
「ミサイル発射だ!全艦攻撃!」
「全艦ミサイル発射!」 
 攻撃支持が下される。そして帝国軍をミサイルの群れが襲う。
 複雑な動きを示しそれぞれの獲物に襲い掛かる。そして敵を屠っていった。
「ミサイルは距離で威力は落ちない」
「はい」
「だが命中率は落ちる。ならばこうすればいい」
 彼は言った。質より量で攻めたのである。
 この攻撃で帝国軍はその戦力を大いに落とした。そこでローエングリンは勝敗を決する為に動いたのであった。
「全艦前へ!」
 彼は突入を指示した。
「空母艦隊を出せ!艦載機で勝敗を決する!」
「了解!」
 巡洋艦もビーム艦も艦載機は少ない。それを突いた戦術であったのだ。
 ローエングリンの艦隊から艦載機が次々に飛び立つ。そして敵の艦艇を沈めていった。ビーム攻撃の失敗とミサイルの一斉射撃を受け混乱していた帝国軍はこれで総崩れとなった。そして慌てふためいた様子でミュンヘンから壊走したのであった。勝敗はこれで決した。
「とりあえずは勝ったな」
「はい」
 フルトヴェングラーがそれに応える。
「見事な勝利でした」
「思ったよりもな」
 ローエングリンもそれに応える。
「これも全て。ローゲの立てた作戦は」
 彼は言った。ミサイルによる攻撃も空母による艦載機での攻撃も全てローゲが出した戦術なのであった。ローエングリンはそれに従っただけであったのだ。
「見事なものだな。予想通りだ」
「ですな」
「まるで。人間の考えた戦術の様だ」
「人間の」
 参謀達はその言葉に応えた。
「そう、人間のだ。考える内容がコンピューターのものとは思えないが。どう思うか」
「言われてみれば」
 これは彼等も感じていることであった。
「この思考はコンピューターのものとは思えないものがあります」
「そうだな。柔軟性も尋常なものではない」
 彼は言った。
「今回の戦術は。老練の軍人でもそう出せはしないものだ」
「はい」
「しかもそれが数パターンも。コンピューターのものとは思えないな」
「生体コンピューターだからでしょうか」
 参謀の一人が問うた。
「脳を使っているという可能性は」
「脳を」
 それを聞いた一同の顔に不吉なものが走った。
「ミーメ博士ならば。有り得ると思いますが」
 その参謀は言った。
「生きた人間から脳を取り出し、それをコンピューターに転用する。有り得ることです」
「馬鹿を言え」
 だがそれはベームによって否定された。提督達も艦橋に集まっていたのだ。勝利を祝う為に。
「幾ら何でもそれはない」
「それは法によって禁止されていたな」
「いや、待て」
 クナッパーツブッシュも言った。だがここでローエングリンが口を開いた。
「生きた人間の脳をそのままコンピューターに転用したか」
「はい」
「ミーメなら有り得るかも知れない」
 彼も言った。
「話に聞いた通りの男ならな。有り得る」
「有り得ますか」
「そうだ。そして若しそれが本当なのだとしたら」
「はい」
「このローゲは。普通の者の脳を使ってはいない」
 ローエングリンのその言葉が不吉な色彩を帯びてきた。
「どう思うか」
「並の知恵者の頭脳ではないと」
 クナッパーツブッシュが問う。
「そうだ。これだけの戦術戦略を立てられるとなると」
「かっての軍にもそうはおりませんでしたな」
「一体誰の頭脳を使ったのか」
 謎は深まるばかりであった。だが今はそれだけに構ってはいられなかった。ローエングリンは戦後処理を行い捕虜を補量収容所に送り、破壊した艦艇のうち使用できそうなものを収納した。そして行政に取り掛かりまずは地盤を固めることにしたのであった。
 それから暫くは比較的平穏であった。周辺星系は進んで彼の下に集まり勢力は拡大していた。そして彼はそれをもとに戦力を拡充させ軍をさらに進めることにした。今度の目標もローゲに調べさせた。
「今度の攻撃目標ですが」
「何処になったか」
「ゼダンです」
 報告に来たワルターがそう答えた。
「ゼダン星系か」
「既に敵が占領し、そこに攻撃拠点を築いております」
「我が軍に対する攻撃の足掛かりとしてだな」
「はい。ローゲはそこを攻略すべきだと出しておりますが」
「まだ早いのではないか」
 ローエングリンはそれには懐疑的な言葉を述べた。
「あの星系を攻略するには」
「ですが今が好機だとローゲは述べております」
「何故だ」
「今あの星系にはあまり戦力が残っていないそうです」
「そうなのか」
「はい。今帝国軍はラートボートに戦力を集結させております」
「ラートボートに」
「そこに向かっているトリスタン=フォン=カレオール博士の軍に対処する為の様ですが」
「トリスタン=フォン=カレオール」
 その名を聞いたローエングリンの眉が動いた。
「御存知ですね」
「帝国で知らない者はいないだろう」
 彼はワルターにこう返した。
「帝国きっての天才科学者だ」
「はい」
「確か不老不死の薬も開発していたというが」
「事の次第はわかりませんが」
「だが帝国科学技術院において顧問まで務めたかなりの頭脳の持ち主であることは確かだ。だがその彼が軍を率いているのか」
「何でも助手を追っているということで」
「助手!?誰だ、それは」
「クンドリーです」
 ワルターは答えた。
「あの女はかってはカレオール博士の助手であったそうです」
「そうだったのか」
 これははじめて聞くことであった。
「カレオール博士の助手をしていたのか」
「博士の下から身を消して。それからは行方不明でしたが」
「確かニュルンベルクにもいたのだったな」
「そのようです」
 ヴァルターの下にいた侍女が彼だったのである。これはローエングリンも聞いていた。
「そして我々の艦隊に対してテロを行ないヴェルズングに追わせた」
「その通りです」
「話ではラインゴールドに向かっていたというが」
「実はラートボートにいたということでしょうか」
「わからない。だが話を合わせていくとクンドリーは実に行動範囲が広い」
「はい」
「そして。明かに帝国の為に動いているな」
「そのカレオール博士の下にいた目的がその薬の奪取であったとするなら尚更」
「帝国の。最重要人物の一人なのかも知れない」
「ゼダンを占領したならばそこからラートボートへの道が開けますが」
「それもあるな。ではここは動く時か」
「私もそう思います」
 これはワルターの考えであった。
「後は司令の御決断だけです」
「よし」
 ローエングリンはそこまで聞いて頷いた。
「では行こう、次の攻撃目標はゼダンだ」
「はっ」
「そしてそこを攻略し、ラートボート侵攻への足掛かりとする。五個艦隊全軍で以って先に進むぞ」
「わかりました。では」
 ワルターはその命令に応えた。
「すぐに出撃準備を」
「うむ。だが」
 しかし彼はまだ思うところがあった。
「何か」
「クンドリーという女のことだが」
「はい」
「何者なのか。ニーベルングの手の者にしても」
 彼はそれについても思案を巡らせざるを得なかった。
「あまりにも動きが早く広い。そして不可解な部分も多い」
「言われてみれば」
 その通りである。これにはワルターも同意であった。
「果たして本当に帝国の者なのか。それも気になるな」
「あの帝国には実に謎が多いですから」
「ニーベルング自身もな。何もかもが謎だ」
 はっきりしていることは殆どない。クリングゾルにしろその素性は殆どが謎に包まれているのだ。だからこそ彼等は苛立ちも覚えていたのである。
「だがそれでも戦わなければならない」
「はい」
「情報を集めながらな。ではゼダンに向かおう」
「了解」
 ローエングリンは兵をゼダンに進めた。それまでの進撃は極めて迅速であった。一個艦隊が防衛にあたっていたが哨戒程度の艦隊でありさしたる脅威ではなかった。彼はそれを何なく退けるとそのままゼダンに向かった。だがその入口で敵が待ち受けていた。






おお!
美姫 「幾つか気になる所ね」
うんうん。特に、生体コンピュータの脳が誰のか。
美姫 「それが今後に関係してくるのかしらね」
どうなんだろうか。
ともあれ、次回も待っております。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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