『リング』




              ローゲの試練  第二幕


「まずはそこを抑えて拠点とする」
 彼は旗艦ケーニヒの艦橋でこう言った。
「そしてそこからまずは周辺星系を掌握していくことにする」
「畏まりました」
 その言葉に主席参謀であるフルトヴェングラーが頷いた。
「それではそのように」
「うむ。ではローゲのスイッチを入れてくれ」
「はい」
 フロトヴェングラーはそれに従い艦長にそれを伝える。するとモニターに巨大な銀河の三次元宙図が映し出された。その端には今の彼等の場所、そして周辺星系が映し出されていた。
「只今我が軍はここに展開しております」
「うん」
 フルトヴェングラーはレーザーで艦隊を指し示す。ローエングリンはそれを見て頷いた。
「そして目標であるミュンヘンはここです」
 レーザーがまた動いた。そして巨大な星系を指し示した。
「最短距離はこうなっております」
 また宙図が動いた。航路が青い線で映し出された。
「障害物等は事前に避けられております」
「いつもながら見事なものだな」
「いえ、これは私共の出したものではありません」
 だがフルトヴェングラーはここでこう述べた。
「これもローゲのものです」
「ローゲのか」
「はい。ローゲがなければここまで出すことはできませんでした」
 それは決して謙遜の言葉ではなかった。偽ることのない真実の言葉であった。
「全て。ここまで出したのです」
「西から来る緑の線もか」
「はい」
 彼は答えた。
「それが帝国軍、テルラムントの軍の動きだな」
「その通りです。ローゲはそれすらも出してしまいました」
「そうか」
 ローエングリンはそれを聞いて頷いた。見ればその緑の線は数条ある。予測される動きを全て出していたのであった。
「これが予想される全ての動きです」
「その全てが理に適っているな」
 ローエングリンは緑の線を見ながら言った。
「だが。我等の方がミュンヘンに到着するのは先のようだな」
「はい」
 彼は頷いた。
「それに少し遅れて帝国軍が到着する予定です」
「ではそこで迎撃に入る」
「はい」
「そしてその数は」
「五個艦隊」
「互角か」
「その内実も。艦艇の数もほぼ互角です」
「先遣と思われる軍でそこまで出すとはな」
「テルラムントの下にある艦隊の半分近くだそうです」
「彼の艦隊は確か十二個艦隊だったな」
「その通りです」
「その中から五個か。それでまず橋頭堡を築くつもりだったということか。彼らしいと言えば彼らしいな」
 ローエングリンはモニターを見上げながら言った。
「あくまで常道に乗っ取ったやり方だ」
「ではこちらも常道に乗っ取ることにしましょうか」
「そうだな。無闇に奇策を用いてもよくはない」
 彼もまた正攻法を好むタイプの将であった。奇策よりも常道を好む。そうしたタイプの男であった。
「まずは敵艦のそれぞれの性能を出してくれ」
「はい」
 言われるままにローゲが動かされる。そしてそこに帝国軍の各艦のデータが映し出された。
 戦艦に巡洋艦、そしてビーム艦にミサイル艦。空母や揚陸艦のものまであった。
「これだけか」
「はい」
「見たところ性能には違いはないな」
「元々同じ軍に所属していたこともあるでしょう。ですが帝国のそれは我等のものとは形が異なりますな」
「ニーベルングらしい。禍々しい外見だ」
 ローエングリンは帝国軍の各艦を見て言う。確かにそれは尖り、それでいて生物を思わせるシルエットであった。
「だが性能に違いがないというのはな」
「そして各艦艇のそれぞれの数ですが」
 またデータが出された。
「こうなっております」
「機動力を重視したものか」
「はい」
 見ればビーム艦と巡洋艦が主体であった。戦艦や空母は殆どなかった。
「ふむ」
 ローエングリンはそれを見てその整った眉を動かさせた。
「見たところあくまで機動力のみを意識した艦隊だな」
「はい。おそらくは我が軍より先にミュンヘンを狙ったものかと」
「我々より早くにか。考えはよかったが」
「間に合わなければ元も子もありませんな」
「だが戦力としては手強い」
 ローエングリンはそれでも敵を侮ることはなかった。
「巡洋艦もビーム艦も。戦力としては申し分ない」
「はい」
「だが。バランスはいいとは言えないな」
「では」
「まずはミュンヘンに入る」
「ハッ」
「それから迎撃に移る。よいな」
「わかりました。では」
「それにしてもだ」
 ローエングリンの分析は続いていた。
「敵が機動力を優先させた艦隊をこちらに向けて来たということは」
「はい」
「敵の本拠地は。ここから離れているのだろうか」
「その可能性は高いでしょう」
 フロトヴェングラーがそれに答えた。
「卿もそう思うか」
「はい。そうでなければ機動力の高い艦隊を派遣するとは思えません」
「うむ」
「我々の現在の本拠地であるブラウンシュヴァイクと比べて。遠いものと思われます」
「問題はそこが何処かだ」
 ローエングリンはそれに応える形で言った。
「それによって今後の戦略が決定する」
「はい」
「ミュンヘンに入り、先遣の艦隊を退けてから情報収集を本格化させるぞ」
「わかりました」
 フルトヴェングラーだけでなく他の参謀達もそれに頷いた。
「それではそのように」
「ローゲもある。通常よりはスムーズに情報収集が可能だろう。それを考えるとこのローゲという生体コンピューターは非常に役に立っているな」
「ですね」
「しかしだ」
 だがローエングリンの疑問はそこにこそあった。
「しかし?」
「このローゲとは一体どういう構造になっているのか」
 彼はそれに関して疑問を抱いていたのであった。
「ただ能力が高いだけではない。自己修復機能まで持っている」
「生体であるからではないでしょうか」
「それでもだ。まるで人間の様に考えているのではないか、と思う時すらある」
「それは」
「詳しいことはブラックボックスになっているのだったな」
「残念なことに」
 参謀の一人がそれに答える。
「詳しいことはわからないようになっています」
「開発した者ももういないな」
「第四帝国崩壊の時のバイロイト破壊で」
「死んでいるか」
「はい。ですが一つわかっていることがあります」
 別の参謀がここでローエングリンに対して言った。
「何がだ」
「ローゲを開発した科学者に関してです」
「一体どの様な者だったのだ?」
「何でも科学に関する知識及び才能は相当なものだったそうですが」
「他に問題のある部分があったのだな」
「その通りです」
 彼はこう答えた。
「人格破綻者だったそうです」
 よくあることと言えばよくあることであった。その才能と人格は全く別物である。天才的な音楽家が人間としては最低だということもある。人種差別主義者でも、浪費家でも、女癖が悪くとも音楽での才能はあるというわけである。無論その逆も両方備わっている場合もある。
「何でも人の命を全く何とも思わず、そして自らが最も優れた者だと妄信していたそうです」
 所謂マッドサイエンティストである。
「多くの者が彼の実験により命を落としたそうです」
「その男の名は」
「ミーメ」
 彼は答えた。
「ミーメ=フォン=ニーベルングといったそうです」
「ニーベルングだと!?」
 ニーベルングという言葉を聞いてローエングリンの顔色が一変した。
「ではその者もまた」
「はい。何でもクリングゾル=フォン=ニーベルングとは兄弟だったそうです。彼の弟だったとか」
「そうだったのか」
 はじめて知ったことであった。知ると余計に何かおぞましいものを感じずにはいられなかった。
「あの男の弟が、か」
「科学者としては天才だったといいます」
「科学者としては、か」
「人間としては。そうした男だったそうですが」
「だが死んだのだな」
 ローエングリンは問うた。
「はい」
「その男が死んだのは報いだが」
 ローエングリンの顔は喜んだものではなかった。
「バイロイトが崩壊し多くの者が世を去ったのは許せるものではない」
「ですね」
「そして陛下も我が叔父も死んだ。全てはニーベルングの為だ」
 その声に怒りが篭る。
「許せるものではない。だからこそ私は立った」
 それが彼が帝国に反旗を翻した理由であった。
「それにニーベルングという男にはよからぬものを感じる」
「よからぬもの」
「魔性だ」
 彼は言った。
「魔性」
「そうだ。以前はそうではなかった」
 彼は言う。
「最初はな。ごく普通の一軍人でしかなかった。だが事故から一人生還した後で」
「大きく変わっていたと」
「まるで別人だった」
 ローエングリンは言葉を続けた。
「性格も能力も。全く変わっていた。最初は後方で事務をしているのが最も似合っていた」
「それがあそこまで」
「変わった。何かあったのかもな」
「あの男については不明な点が多過ぎます」
 フルトヴェングラーが言った。
「あまりにも。その出生すら今では疑問視されている程です」
「軍人として記載されていたあれは偽造だったそうだな」
「どうやら」
「全てがそうだ、あの男は」
 彼はまた言った。
「その全てが不明だ。その正体は謎に包まれている」
「ですが一つだけはっきりしていることがあります」
「わかっている」
 彼はフルトヴェングラーのその言葉に応えた。
「この銀河を征服せんとしていることだな」
「はい」
 フルトヴェングラーはその言葉に頷いた。
「それだけは間違いないかと」
「少なくともあの男にこの銀河を渡すわけにはいかない」
 ローエングリンの声が毅然としたものとなった。
「そうなれば恐ろしい世界になるだろう」
 彼はそう感じていた。クリングゾルから放たれる魔性から。それを防ぎたくもあった。
「だからこそまずはミュンヘンを占領する」
「はい」
「それから帝国軍を退けこの辺りの星系を全て掌握する。そして力を蓄えるぞ」
 それが彼の戦略であった。
「帝国に対抗する為に」
「わかりました」
「ではこのままミュンヘンに向かう」
 彼の戦略はまずそこからであった。
「いいな」
「了解」
 こうして行動が進められていった。そしてローエングリンの艦隊は予定通りミュンヘンを占領したのであった。





ミュンヘンを占領。
美姫 「ゆっくりと、でも確実に動いて行く」
狂った科学者が残した生体コンピュータ。
美姫 「彼の弟が作ったものだけど、大丈夫なのかしらね」
まあ、その辺は…どうなんだろう?
美姫 「これから先の展開を待ちましょう」
だな。それじゃあ、また〜。



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