『リング』
エリザベートの記憶 第七幕
そこには一人の男がいた。鎧の様な服を身に纏った黄色の髪の男であった。残念だが顔は見えなかった。
「貴殿は」
「パルジファル=モンサルヴァートと申します」
男はそう名乗った。
「パルジファル=モンサルヴァート、確か」
「武器商人をしておりまして」
「ああ、そうだったな」
タンホイザーはそれに気付いた。
「闇商人だったか。帝国に反抗する者達に武器を売っているという」
「はい」
「噂には聞いていたが。まさかこんなところで出会うとはな」
「貴方にお話したいことがありまして」
彼はこう言った。
「それでお待ちしていたのです」
「私に話したいこと」
「はい」
パルジファルはまた頷いた。
「貴方の運命のことで」
「私の運命」
「そうです、貴方は帝国軍と対立関係にあられます」
「それは否定しない」
タンホイザーは答えた。二人はローマを後ろにして軍港において立って話をしていた。正対していた。
「あちらから仕掛けて来たからな」
「何故だと思われますか?」
「ヴェーヌスを狙ってとのことだったな。何でもヴェーヌスは本来はニーベルングの妻となる予定だったそうだが」
「その通りです。彼女はその為に造られた命なのです」
「そもそもが彼のものだったのか」
「そういうことです。何故ニーベルングが造られた命を必要としたか。御存知でしょうか」
「さてな」
これには首を横に振るしかなかった。
「あの男にどういった事情があるのかはわからない。気にはなるが」
「彼は生身の女性を愛せないのです」
「生身の女を?」
それを聞いたタンホイザーの眉がピクリと動いた。
「そうです。彼には男性としての機能がありません」
「宦官だとでも言うのか」
皇帝の後宮にいる者達である。去勢された男達だ。男性であって男性でない存在とも言える。
「いえ、違います」
「宦官でなくては何だというのだ」
タンホイザーにはわからなかった。あまりにもわからないので問うた。
「男としての機能がないなどとは」
「それは彼がアルベリヒ教の最高司祭でもあるからです」
「アルベリヒ教」
「はい」
パルジファルは答えた。アルベリヒ教とは銀河で信仰されている宗教の一つであり巨大な神を信仰する一神教である。
信者以外には教義を教えず謎の多い宗教とされている。
「彼はそれの最高司祭なのです。御存知ありませんでしたか」
「今はじめて知った」
タンホイザーは答えた。
「まさか。あの教団の首領でもあったとは」
「あの教団の最高司祭は今空席となっています」
「私はそう聞いていた」
「ですが。実は存在していたのです」
「それがあの男だったのか。だが何故」
また新たな疑問が出て来た。
「それを隠しているのだ」
「あの教団がニーベルング族のものだからです」
「ニーベルング族の」
「はい」
パルジファルはまた答えた。
「ニーベルング族とは。一体何だ」
「一言で言いますとクリングゾル=フォン=ニーベルングの一族です」
パルジファルは述べた。
「ニーベルングの」
「はい。ですが我々が普通に考えているような一族ではありません」
「血縁ではないのか?」
「いえ、血縁です。ですが」
「違うというのか」
「詳しいことは私にもまだわかっていませんがその通りです」
彼は答えた。
「ただ一つ言えるのはニーベルングは自身の一族の身体に自分の心を憑依させることができます」
「心を」
「それはもう御存知だと思いますが」
「確かにな」
タンホイザーはその言葉に頷いた。
「それを現実に目の当たりにした。私もヴァンフリートも」
「ジークフリート=ヴァンフリート氏ですね」
「やはり知っているか」
「あの方にノートゥングを提供したのは私ですから。ケーニヒ級の六番艦を」
「ケーニヒ級を」
「貴方が持っておられるローマは二番艦です」
「そこまで知っていたのか」
「ヴァルター級は今七隻あります」
パルジファルは言った。
「そのうちの一隻は私が乗っています。そしてあとの六隻は」
「私とヴァンフリート、そして他の者が乗っているのだな」
「その通りです。そして貴方達に共通するのは」
「何だ」
「帝国と戦っているということです」
彼はこう述べた。
「帝国とか」
「そうです。貴方もまたそうでしたね」
「私はただチューリンゲンとヴェーヌスを取り戻そうとしただけだ」
タンホイザーはこう答えた。
「チューリンゲンは陛下と民の為だ。ヴェーヌスは」
「その女性の方も私は知っています」
「卿は何でも知っているようだな」
タンホイザーのその言葉にはいささか皮肉も混ざっているように聞こえた。
「それまで知っているとは」
「またその方に御会いするでしょう」
「少なくともそれは今の世ではないがな」
シニカルに笑ってこう述べた。
「ヴェーヌスは。もう死んだ」
「ワルキューレは今ヴァルハラ双惑星に向けて進撃を開始しようとしております」
「ヴァルハラに」
「ヴァンフリート氏が。自身の運命に従い」
「そうか」
タンホイザーはそれを聞いて呟いた。
「彼の運命がどういったものかは知らないが」
「そして貴方もその運命に従うことになります」
「私もか?」
「はい。それはもうすぐです」
パルジファルの言葉には感情は見られなかった。だがそこには何かがあった。
「また御会いしましょう」
そしてこう言って踵を返した。
「女神に導かれて」
こう言い残すとパルジファルが姿を消した。後には呆然とするタンホイザーだけが残った。
「女神・・・・・・どういうことだ」
彼は何が何かわからないまままた呟いた。
「私がその女神に導かれて」
何のことか全くわからなかった。彼は狐に摘ままれた様な顔になっていた。だがそれでも戻らなければならない時が来ようとしていた。彼は一先艦隊を率いて一時チューリンゲンに帰ることにした。何はともあれこの一帯の帝国軍は退けた。そして今後どうするか、方針を定めなければならなかったからだ。ラインゴールド等に防衛の為の戦力を置いたうえで主力を率いてチューリンゲンにまで下がった。
彼はローマの自室でまどろんでいた。ベッドの中にその身を横たえていた。
その彼に声をかける者がいた。それは夢の中であった。だが彼はその声を確かに聞いていた。
「公爵様」
女の声だった。それが彼を呼んでいた。
「公爵様」
「誰だ?私を呼ぶのは」
彼はその声に対して夢の中で応えた。
「女のようだが」
「私です」
彼の目の前に一人の少女が姿を現わした。金色の髪と青い目を持った美しい少女である。タンホイザーは彼女の姿を見てすぐに驚きの声をあげた。
「ヴェーヌス!?」
だがすぐにそれはわかった。
「いや、違うな」
まず髪と目の色が違っていた。顔は全く同じであったがそこが違っていた。そして雰囲気も。ヴェーヌスには何かしら妖しさが漂っていたがこの少女からは清楚なものしか感じられなかった。姿は同じでもそこが全く違っていたのだ。
「私はエリザベートと申します」
その少女はこう名乗った。
「エリザベート」
「はい、エリザベートです」
彼女はタンホイザーに憶えてもらえる様にという為だろうか。繰り返した。
「そのエリザベートが何故私の前に」
「貴方にお伝えしたいことがありまして」
「私にか」
「はい」
エリザベートはこくりと頷いた。タンホイザーはそれを見て心の中で呟いていた。
(あのモンサルヴァートという男が言っていたのはこのことだったのだろうか)
心の中で考える。
(私の。運命とは)
「お気付きのようですね」
彼の心の中を読んでいるのだろうか。彼女は声をかけてきた。
「朧ですが」
「私の心は読まれているようだな」
「ある程度は」
彼女はそれを認めた。
「貴方のことは。知っていますから」
「そうか。私もそうかもな」
タンホイザーはそれに応えた。
「私も。知っているかも知れない」
「そうでしょう」
エリザベートはそれに返した。
「私は貴方に出会う為に生まれたのですから」
「では聞きたい」
タンホイザーはそこまで聞いてあらためて問うた。
「君は何故私の前に現われたのか」
「貴方を導く為に」
彼女は答えた。
「それはヴァルハラへか」
「そうです。貴方はそこを目指される方なのです」
「私がか」
「貴方だけではありません」
エリザベートは言う。
「ジークフリート殿も」
「ヴァンフリート首領も」
「あの方は今ラインゴールドにおられます。貴方をお待ちして」
「何故だ。何故彼もまた」
「あの方もまた。運命に導かれているからです」
「運命に」
「はい。あの方も貴方も。そして他の方々も」
「運命に導かれているのか」
「七人の運命に導かれた人々が」
エリザベートは言葉を続ける。
「ヴァルハラを目指す運命なのです」
「そのうちの一人が私だというのか」
「はい」
「何の為に」
「呪われし魂を持つ男を止める為に」
「クリングゾル=フォン=ニーベルングを」
エリザベートは黙ってこくりと頷いた。それが何よりの証であった。
「倒す為にか。それを知らせる為に私の前に現われたのか」
「どう為されますか」
「断ることもできないだろう」
タンホイザーはこう返した。
「運命にあがらうことはできない。それに」
「それに?」
「私は。あの男に借りがある」
彼は低いが怒りを含ませた声で言った。
「それを返す為にも。どのみち行かなければならない」
「ではお待ちしております」
エリザベートはそう言うとすうっとその身体を浮かした。
「来たるべき場所で。それではまた」
そして彼女は消えた。ここでタンホイザーは目が覚めた。
「今のは」
夢だとわかっていた。だがそれは夢とは思えぬ程現実の感触があるものであった。
「エリザベート」
そしてあの少女の名を呟いた。彼はベッドから出た。そしてその日のうちに王に面会に出た。
「行くのか、また」
「はい」
タンホイザーは応えた。王の前に跪いている。
「私の我儘を御許し下さい」
「我儘ではない」
だが王はそれをよしとした。
「ニーベルングはどのみち討たねばならぬ」
「はい」
「その為の兵を動かすのは我等の大義でもあるのだからな」
「では」
「うむ。公爵に五個艦隊を授ける」
彼はこう宣言した。
「その戦力でワルキューレと合流せよ。そしてヴァルハラ双惑星に向かえ。よいな」
「畏まりました。それでは」
「うむ。して公爵」
王は立ち上がったタンホイザーに対してまた声をかけてきた。
「はい」
「これからの戦いだが」
王はさらに言葉をかけてきた。
「武運長久を祈るぞ」
「有り難うございます」
こうしてタンホイザーはチューリンゲンを発った。そしてまずはラインゴールドに向かった。そこにはもうワルキューレの艦隊が集結していた。
「来ると思っていたぞ」
ジークフリートがローマのモニターに姿を現わした。
「ヴァンフリート殿か」
「行く先はわかっているな」
「無論」
彼は答えた。
「その為にここに来たのだからな」
「そうか、では行こう」
タンホイザーはまた言った。
「ヴァルハラにな」
「うむ」
二つの軍が一緒になった。そしてそのままラインゴールドを発ちヴァルハラを目指す。彼等もまたその運命に従い次の戦場に向かったのであった。
エリザベートの記憶 完
2006・2・25
こうしてまた、運命に導かれた者が。
美姫 「最後に待っているものとはなに?」
いやいや、楽しみだな。
美姫 「本当に、運命に導かれた者が集うのがね」
さて、次回の三部ではまた違う人物が主人公になるらしいぞ。
美姫 「一体、次はどんな物語が紡がれるのかしら」
次回も待っています。
美姫 「それじゃ〜ね〜」