『リング』




           エリザベートの記憶  第六幕


 艦内は迷路の様であった。道は曲がりくねり所々に部屋が存在する。そして物陰や部屋の隅から帝国軍の兵士が襲い掛かる。だがタンホイザー達はそんな彼等を各個撃破し、徐々に確保するエリアを広げていった。
 目指すは艦橋であった。だがその前に来てタンホイザー達はこれまでにない頑強な抵抗を受けた。そこに敵の精鋭達がいたのである。
「やはりここを通すつもりはないか」
「どうやらその様で」 
 ハインリヒがそれに応える。
 見ればバリケードを築き守りを固めている。そして皆破壊力のあるビームライフルを装備している。それでタンホイザー達を寄せ付けまいとしていた。
「一見堅固だな」
 タンホイザーはその敵陣を見て言った。
「どうされますか」
「何、あれはあれで攻略の仕方がある」
 彼は落ち着いた声でこう述べた。
「それでは一体」
「グレネードだ」
 タンホイザーは言った。
「それで吹き飛ばす」
「しかしそれでは」
 それにヴァルターが異議を唱える。
「我々にも被害が出ませんか」
「いや、大丈夫だ」
 だがタンホイザーはそれは否定した。
「この距離では。こちらに損害は出ない。精々爆風の残りが少し来る位だ」
 見れば結構な距離があった。そのグレネードにしろ手で投げたのでは届かない様な距離であった。
「いいな、ランチャーで撃つ」
 タンホイザーはまた言った。
「それで敵を一掃するぞ」
「上手くいけばいいのですが」
「安心しろ」
 タンホイザーの声は自信に満ちたものであった。
「必ず成功する。わかったな」
「わかりました。では」
 部下達も彼を信頼することにした。そしてグレネードを放った。
 グレネードは放物線を描いて敵の陣地へ飛ぶ。そしてその中で爆発した。
「ウワッ!」
 爆風がタンホイザー達を襲う。だがそれだけだった。
 爆風が去った時そこには敵の屍だけが残っていた。タンホイザー達は怪我一つなく、そこには敵の屍だけがあった。作戦は成功であった。
「上手くいったな」
「まさかとは思いましたが」
 部下達はまだ信じられないでいた。
「計算通りだったな」 
 しかしタンホイザーは自信があった様である。平然とした顔であった。
「距離も威力も」
「そうだったのですか」
「そうだ。こうなることは予想していた」
 彼はそう述べた。
「では行くぞ。そしてニーベルングを」
「はい」
 彼等は立ち上がった。そして先に進もうとする。だがそこで立ち止まってしまった。
「むっ」
 目の前に新たな一団が姿を現わしたのである。
「公爵、あれは」
 見れば軍服に身を包んだ彼等とは全く違う身なりの男達であった。粗野な身なりの者が多い。
 その手にはまちまちの武器がある。それを見ただけで彼等が正規軍ではないのがすぐにわかった。
「ワルキューレか」
 タンホイザーはそう呟いた。
「彼等も来ていたのだったな」
「どうされますか?」
 ヴォルフラムが問う。
「彼等は」
「いや、待て」
 だがタンホイザーはこう言ってまずは衝突を避けた。
「彼等とは今は共闘関係にある」
「ですが」
「いいな。攻撃をすることは許さん」
 タンホイザーは強い声で部下や兵士達に対して言った。
「まずは話をしたい」
「わかりました」
 タンホイザーはまずは話し合いをするつもりであった。見ればワルキューレの方でもそうらしい。彼等の中から一人の青年がゆっくりと前に出て来た。
 金色の髪に紫の瞳を持った端整な男である。緑の上着と黒いズボンの上から赤いマントを羽織っている。腰には拳銃がありその細い身体によく合っていた。そしてその顔立ちもまた精悍であり実にその端正さを引き立てていた。額にある紫のホクロが印象的であった。
「卿がワルキューレのリーダーか」
 タンホイザーも前に出た。そして彼に問う。
「如何にも」
 そして彼はその問いに答えた。
「私の名はジークフリート=ヴァンフリート」
 彼は名乗った。
「ワルキューレのリーダーだ」
「そうか」
 タンホイザーはそれを聞いて頷いた。
「卿がか」
「ああ。縁があってな」
 海賊の首領とは思えない程の穏やかな物腰であった。そして気品もあった。
 何処かの王族、そう言われても通じる程である。タンホイザーはそう思った。
「そして貴殿は」
「私か。私はタンホイザー=フォン=オフターディンゲン」
 タンホイザーもまた名乗った。
「これだけ言えばわかるな」
「チューリンゲンのオフターディンゲン家だな」
「そうだ。そして」
「貴殿の言いたいことはわかっているつもりだ」
 ジークフリートは答えた。
「貴殿の奥方のことだな」
「そうだ。何処にいるか知っているのか」
 暗に彼等が拉致しているのではないかと問うていた。だがジークフリートはそれを聞いても特に気を害したということはないようであった。
「知っている」
 ジークフリートは答えた。
「ほう」
 それを聞いたタンホイザーの眉が動いた。
「ではそこは何処だ?」
「上だ」
 ジークフリートは上、すなわち艦橋を指差して言った。
「上だと」
「そうだ。貴殿の奥方はそこにいる」
「何故それを知っている」
「我々もまた帝国と戦い、その情報を掴んでいたからだ」
 ジークフリートは言う。
「その中で。貴殿の奥方のことも聞いていた。ニーベルングの軍に捉われているということをな」
「ヴェーヌスが」
「知らなかったのか」
「その情報はこちらには入っていなかった」
「そしてここにいるのはどうやらクリングゾル=フォン=ニーベルングではない」
「違うというのか」
「私もここに入るまではニーベルングがここにいるとばかり思っていた」
「だが違うと」
「捕虜にした兵士から聞いた。ここにいるのはニーベルングではない」
「では誰だ」
「そこまではわからない。だが上に行けば全てがわかる」
「上に」
 タンホイザーはその言葉を聞き上を見上げた。
「上にヴェーヌスと。そしてその何者かがいるというのか」
「行くのか?」
 ジークフリートはタンホイザーに問うた。
「上に」
「当然だ」
 タンホイザーはその問いに対して強い言葉で答えた。
「その為にここまで来たのだからな」
「そうか。では行こう」
 ジークフリートは彼を誘った。
「そして貴殿の妻を救い出し」
「その何者かを確かめる」
 二人は頷き合った。そして艦橋へと続く階段に足をかけるのであった。
 階段を昇り上へ進む。昇りきるとそこには機械に覆われた黒い部屋があった。
「よくぞここまで来たと言うべきか」
 低く、それでいて張りと艶のある女の声が聞こえてきた。
「御前だったか」
 ジークフリートは彼女の姿を認めて言った。
 見れば黒い軍服とマントに身を包んだ女がそこにいた。金色の髪と瞳を持っている。その金色の目は美しく、そして妖しい光を放っていた。
「クンドリー」
「クンドリー」
 タンホイザーもその名に反応した。
「クンドリーといえば確か」
「そうだ。ローエングリン=フォン=ブラバントがジークムント=フォン=ヴェルズングに追わせていた女だ」
 ジークフリートが彼に答えた。
「そして。我がワルキューレにもテロを仕掛けた」
「その女が何故ここに」
「知れたこと。この女もまたニーベルングの部下なのだ」
「ニーベルングの」
「そうだ。違わないか。クンドリー」
「如何にも」
 そしてクンドリーもそれを認めた。妖艶な笑みを見せた。媚びる様に、それでいて誘う様に。
「私はニーベルング様の僕であり血族である」
「やはりな」
「そして同時に」
 だが彼女はまた言った。
「私でもあるのだ」
 ここで突如として声に男のものも混ざった。
「!?」
 二人はそれを聞いて思わず身構えた。
「これは一体」
「私にもわからない」
 ジークフリートも狼狽を隠せないでいた。
「この声は知っている」
 タンホイザーは言った。
「これはクリングゾル=フォン=ニーベルングのものだ」
「馬鹿な、ではあの女にニーベルングの心が」
「如何にも。私はこのクンドリーの身体を借りて諸君等の前にいるのだ」
 そう言って哄笑する。無気味な笑い声が艦橋の中に木霊する。
「では貴様が来ているということは」
「そう、こういうことだったのだ」
 クンドリーの声とクリングゾルの声が重なっていた。あまりにも無気味な声であった。
「わかったか。本来の私は別の場所にいる。だがここにいるのだ」
「クッ、計ったか」
「計ったのではない、ワルキューレのリーダーと」
 彼、いや彼女であろうか。クリングゾルはジークフリートに対して言った。
「私がここにいるのは事実だからな」
「ではヴェーヌスは」
 タンホイザーは問うた。
「ヴェーヌスは何処だ。ここにいるのか」
「ヴェーヌスか」
 クンドリーの身体を借りたクリングゾルはそれを聞いて不敵に笑った。
「彼女ならここにいる」
「何処だ」
 タンホイザーはそれを聞き一歩前に出た。その手には剣がある。
「何処にいる、早く出せ」
「そう慌てることはない」
 彼は笑いながらこう言葉を返した。
「言われずとも。ここにいるのだからな」
 クンドリーの手が翻った。そしてその中に一人の少女が現われた。
「ヴェーヌス!」
 見れば彼女は目を閉じていた。意識はないようであった。タンホイザーは飛び出そうとする。だがジークフリートがそれを止めた。
「待て」
「何故だ」
 タンホイザーはジークフリートの顔を見据えた。キッとして彼を見据える。
「おかしいぞ」
「おかしい?」
「そうだ。急に出してきた。何かあると考えた方がいい」
「そうか」
 タンホイザーも名の知られた男である。すぐにそれを解した。
「わかったな」
「ああ。ここは様子を見るか」
「心配は無用だ」
 だがクンドリーはそんな二人に対して言った。
「オフターディンゲン公、今私の手にあるのは紛れもなく卿の奥方だ」
「何だと」
「その証拠に。見るがいい」
 クンドリーはそう言うとヴェーヌスの顔に手を当てた。すると彼女はゆっくりと目を醒ました。
「公爵様」
「ヴェーヌス、目覚めたか」
「私は。どうしてここに」
 だがヴェーヌスは自分の身に何が起こったのかわかっていないようであった。
「あの時。乗っていた船が沈んで」
「馬鹿な。覚えていないのか」
「おそらくな」
 ジークフリートがそれに答えた。
「今まで。眠らされていたようだな」
「何故だ」
「全てはクリングゾル様の為」
「ニーベルングの為」
「そうだ。この娘は本来ニーベルング様のものとなる筈だったのだ」
「馬鹿を言え」
 だがタンホイザーはその言葉を否定した。
「ヴェーヌスは私の妻だ」
 そして言う。
「それ以外の何者でもない。戯れ言を言うな」
「どうやら我々のことを何も知らないようだな」
「何だと」
「我等ニーベルング族のことを。そしてニーベルング様のことを」
「ニーベルング族?」
 これにはタンホイザーだけでなくジークフリートも眉を顰めさせた。
「何だ、それは」
「知らぬのならよい」
 だがクンドリーはそれ以上言おうとはしなかった。
「知らぬのなら。それに卿等二人は」
「我等がどうした」
「フン、いずれわかる」
 クンドリーはそれも言おうとはしなかった。
「卿等はな。そしてその時こそ私は」
「待て、何が言いたい」
 彼女に対しジークフリートが問う。
「貴様がどうしたと」
「うっ」
 ここでクンドリーは自らが失言を犯したことを悟った。
「どういうことだ」
「フン、これも卿等には関係のないことだ」
 クンドリーはそれを咄嗟に誤魔化した。
「所詮な。卿等にとっては」
「よくわからぬが。どのみち貴様はここで死ぬ」
 ジークフリートは右に動いた。
「公爵、左を頼む」
「わかった」
 タンホイザーも動いた。そしてそれぞれ動く。
「逃がしはせぬ」
「ヴェーヌスを。返してもらうぞ」
 二人は左右に動きながら間合いを探っていた。ジークフリートが前、タンホイザーが後ろであった。二人掛かりでクンドリーを狙う気であった。
「小賢しい」
 だがクンドリーはそれでも余裕を見せていた。
「卿等に私を倒せるなどと」
「倒せるさ」
 タンホイザーは彼女に言葉を返した。
「私の腕を見くびってもらっては困る」
「では見せてもらおうか」
「公爵様!」
 ヴェーヌスが叫ぶ。クンドリーは彼女を抱いたまま懐から銃を取り出してきた。
「卿等で私は倒せぬ」
「それはどうかな」
 だがタンホイザーとジークフリートは臆してはいなかった。
「我々を侮ってもらっては困る」
 タンホイザーが銃を放った。それはクンドリーの肩を掠めた。
「ヌッ」
「一つ言っておくが今のは外したのではない」
 タンホイザーは言う。
「わざと掠めさせたのだ。その意味がわかるな」
「ヌウッ」
「そして私もいる」
 ジークフリートは剣を構えていた。ビームサーベルであった。
「ヴァンフリート」
「私は銃だけでなく剣も使える」
 そう言いながら前に出る。
「今それを見せてやろう」
「小癪なことを」
 クンドリーの整った顔が歪んだ。そして銃を捨て剣を取り出す。彼女もまたビームサーベルを出していた。
「私を。このクリングゾル=フォン=ニーベルングを倒すなどと」
「確かに貴様がニーベルングだったならばわからぬ」 
 ジークフリートはそれに応えた。
「ニーベルングならばな。だが今の貴様の身体は」
「クンドリーという女のものだ。どうやら彼女では我等二人の相手は難しいようだな」
「まだ言うかっ」
 男の声と女の声、両方で言った。
「私は。敗れぬ」
「いや、敗れる」
 タンホイザーはそれを否定した。
「今の貴様は焦っている」
「おのれっ」
 ビームサーベルを一閃させた。そしてそこから光を放ちタンホイザーを狙う。だがそれはあえなくかわされてしまった。
「今のもだ。おそらく貴様自身ならば私も危なかっただろう」
「だが今の貴様では。我々を倒すことはできぬ」
「ニーベルング、覚悟しろ」
 タンホイザーは銃の狙いを定めた。
「この一撃で、決める」 
 その照準はクンドリーの額に向けられていた。
「そしてヴェーヌスを」
「ヴェーヌスは、渡さぬ」
 クンドリー、いやクリングゾルの顔が歪んだ。
「これは。私の妻となる為に作られたのだ」
「何っ!?」
 それを聞いたタンホイザーとジークフリートの動きが止まった。
「今何と」
「ヴェーヌスは。作られたものだ」
「どういうことだ、それは」
 二人はクリングゾルに問うた。
「作られただと」
「では彼女は」
「卿等が知っても意味のないことだ」
 クリングゾルは二人が戸惑いを見せた間に剣を構えなおした。
「どのみちな。そして」
 その剣をゆらりと動かしてきた。
「私を侮ると。どういうことになるのか教えてくれる」
 そう言うと剣を派手に振り回してきた。そしてその光で二人を襲う。
「ムッ!」
 だが二人はそれをかわしていく。やはりクンドリーの身体では無理があった。
 しかしその中の一つが艦橋にある鏡の壁にあたった。それが光を跳ね返した。
「ヌッ!」
 これはクリングゾルにとっても計算外のことであった。その光はタンホイザーにもジークフリートにも向かわずクリングゾルの方に返って来た。そしてそれは思わぬ悲劇を生み出した。
 光がクリングゾルを襲う。だがそれはクリングゾルではなくヴェーヌスを襲った。そして彼女の身体を朱に染めた。
「ヴェーヌス!」
 タンホイザーは叫んだ。だが彼女は今クンドリーの腕の中にあった。そしてそこでその顔を蒼白にさせてしまっていた。
「馬鹿な、この様な」
 それを見たクンドリー、いやクリングゾルの顔にも狼狽の色が浮かぶ。
「ヴェーヌスを。撃ってしまうとは」
 その顔から狼狽と驚愕が見てとれた。明らかに彼の思わぬことであった。
「クリングゾル様」
 そのせいであろうか。クンドリーが心を戻した。そしてクリングゾルに話しかけてきた。完全に女の声であった。
「どうした」
 クンドリーの姿を借りたままそれに応える。この時は男と女、同じ声であった。
「ここは下がられた方が宜しいかと」
「何故だ」
「戦局は最早我等にとって覆せぬものです」
「だが」
「それにこの二人が相手では。私の身体では分が悪うございます」
「退けというのか」
「はい」
 彼女は答えた。
「ヴェーヌス様のことは。残念ですが」
「・・・・・・わかった」
 彼は熟考したうえで返答した。
「ではここは撤退する。ラインゴールドも放棄だ」
「はい」
「クンドリー、卿も退くのだ。よいな」
「畏まりました、それで」
「私は先に帰ろう。ではな」
「はい」
 クリングゾルの思念が消えた。そしてクンドリーも後ろに跳び退いた。その際血塗れになったヴェーヌスの身体を離す。
「行かせるか、待てっ!」
「ヴェーヌス!」
 ジークフリートはクンドリーを追おうとする。タンホイザーはヴェーヌスへ向かう。
「この勝負、預けておく」
 クンドリーは艦橋の一番端まで行くとこうジークフリートに対して言った。
「また会うことになる。ではな」
「クッ!」
 そしてそのままそこのボタンを押し扉の向こうに消える。その動きは思ったより早くジークフリートは為す術もなかった。こうしてクンドリーは二人の強敵から逃れたのであった。
「あの女、またしても」
「今はあの女のことはいい」
 だがタンホイザーはそれには構おうとしなかった。
「今は。ヴェーヌスの方が」
 彼は倒れるヴェーヌスを抱き起こしていた。そして彼女を必死に支えていた。
「ヴェーヌス、大丈夫か」
「公爵様・・・・・・」
 タンホイザーに応えるその声は弱々しいものとなっていた。そこから彼女の命が尽きようとしているのがわかった。
 だが彼はそれでも諦めたくはなかった。彼女に必死に声をかける。
「傷は深くはない、大丈夫だ」
「いえ、私にはわかります」
 だが彼女はそれを否定した。
「自分のことは。今の私は」
「気をしっかりと持つんだ」
 タンホイザーはまだ諦めなかった。
「もうすぐ医者が来る。そして」
「いえ、無駄です」
 ゆっくりと首を横に振ってそれを否定する。
「もう」
「馬鹿な、そんな筈が」
「公爵、悪いが」
 ジークフリートも彼に声をかけた。
「その傷では」
「そんなことはない」
 しかしタンホイザーは彼の言葉も否定する。
「やっとまた会えたのだ。それなのに」
「わかるんだ」
 ジークフリートはそれでも言った。
「もう。手遅れだ」
「クッ・・・・・・」
 ここまで言われてようやく認めた。認めたくはなかったが認めるしかなかった。
「最後にお話しておくことがあります」
「何だい?」
 タンホイザーは優しい声で妻に問うた。これが最後だと認めたからである。
「私は。本来はここにいるべきではなかったのです」
「どういうことだ」
「私は造られた命でした」
「人造生命だったのか」
「はい。クリングゾル=フォン=ニーベルングにより造られた」
 今にも消え入りそうな声で語る。
「彼の妻となる為に造り出されたのです。側にいる為に」
「何故御前を造る必要があったのだ」
 タンホイザーは問う。
「妻なぞ。幾らでもいるだろうに」
「私でなければならなかったのです」
「何故だ?」
「それは彼が。人と交わることができないから」
「人と?」
「はい」
 彼女は答えた。
「つまりあの男は男であって男でないのか」
 ジークフリートはそれを聞いて言った。
「男ではない。まさか」
「そうだ、わかるな」
 それ以上は言おうとはしなかった。だがそれだけで充分わかった。
「だから私を。妻にする為に造り出したのです」
「そうだったのか」
「しかし私はあの男のところから去りました。もう一人の私の声に従い」
「もう一人の私!?」
「はい。それは・・・・・・」
 だがここで言葉が途切れた。
「ヴェーヌス!」
「公爵様、ラインゴールドへ」
 彼女は最後の力を振り絞って言った。
「ラインゴールドへ」
「はい。そこで貴方を待っておられる方が。その方に御会いして」
 顔がさらに白くなった。それが彼女が間も無く死ぬということを何よりも雄弁に物語っていた。
「一体誰が」
「それはそこで・・・・・・うっ」
 血を吐いた。それでタンホイザーの軍服も血に塗れた。だがタンホイザーはそれに構わなかった。
「これで・・・・・・」
 それが最後の言葉であった。ヴェーヌスの頭が落ちた。こうして彼女はこの世を去ったのであった。
「公爵」
「わかっている」
 彼は答えた。
「ラインゴールドへ行く」
「そうか。私はこれで去る」
「行かないのか?」
「ああ」
 彼は答えた。
「おおよその見当はついているしな」
「誰がいるかか」
「行けばわかる」
 彼もまたヴェーヌスと同じことを言った。
「行けばな。ではな」
 そう言い残して艦橋を後にした。
「また会うこともあるかも知れない。その時はまた」
「宜しくな」
 こうしてタンホイザーはラインゴールド周辺での戦いに勝利した。帝国軍は壊滅し残った僅かな軍はそのまま帝国本土へと落ち延びていった。そしてラインゴールドも自動的にタンホイザーの軍の占領下に置かれることとなった。彼はヴェーヌスとジークフリートの言葉に従いラインゴールドに降り立った。






おおお。事態が二転三転。
美姫 「一体、ニーベルング族って?」
作られた生命とか。
一体、何がどうなる!?
美姫 「非常に気になる所で、次回〜」
次も楽しみに待っています。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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