『リング』




          エリザベートの記憶   第四幕


 流石にこの辺りは帝国の勢力圏となっている星系が多かった。だが艦隊はなくまずは順調に占領を進めていった。
「思ったより帝国軍の抵抗が少ないな」
「やはりワルキューレにも兵を向けているせいと思われます」
「ふむ」
「こちらの戦線には十二個の艦隊を置いていたそうですがそのうちの一個はあのチューリンゲンでの戦いでワルキューレに倒されてしまったそうです」
「そうか」
「そして一個は我々が撃破しました。これで十個です」
「まだ方面軍としてはかなりの戦力だな」
「そのうち我々にあらたに向けられているのは二つの様です」
「二つか」
「残る八個艦隊のうち五つは紫苑の海賊に向け、そして三個艦隊をラインゴールドに置いております」
「予備兵力か」
「それと同時にニーベルングの護衛かと」
「ニーベルングのか」
「はい。この三個艦隊はかなりの精鋭だと思われますが」
「しかも彼が直率している」
「おそらくは」
「彼はその艦隊で我々か紫苑の海賊には向かわないのか」
「何故か動く気配はありません」
「ふむ」
「何か。それよりも重大なことの為にあの星系にいるようです」
「その重大なことが何かまではわからないな」
「残念ながら」
「まあよい。まずはこちらに向かって来ている二個艦隊を叩くとしよう」
 彼はまずは向かって来ている敵を倒すことにした。
「敵はどういった航路で来ているか」
「少し変わった道を採っております」
「変わった道を」
「はい。ラインゴールドから大きく迂回してこちらに来ております」
「迂回してか」
「そしてアンスバッハ星系で動きを急に遅めております」
「アンスバッハでか」
 それを聞いたタンホイザーの眉が動いた。
「あの星系でか。成程な」
「何かあるのですか?」
「うむ、あの星系には巨大なブラックホールが二つある」
「はい」
「それを使って我々を迎え撃つつもりだろう。細かいことまではわからないが」
「では避けますか?彼等を」
「いや、そういうわけにもいくまい」
 彼はそれはよしとはしなかった。
「ここで彼等を叩かなければ後顧の憂いを作る。それに彼等はそのラインゴールドの通り道にいる」
「やはり戦いますか」
「そうするしかあるまい。それでは行くぞ」
「了解しました。ですが」
「最後の艦隊がまだか」
「どうされますか?」
「今彼等はチューリンゲンにいたな」
「はい」
「司令官は確かヴォルフラム=フォン=エッシェンバッハ提督だったな」
 彼が信頼する提督の一人である。老齢ながら堅実な采配で知られる人物である。タンホイザーの軍においては最長老でもある。
「そうだな」
 彼はここで暫し考えた。そしてそれから述べた。
「ここは彼に任せよう」
「任せるとは」
「無闇に合流を強制はしない。ここは彼には自由に動いてもらう」
「遊撃戦力ですか」
「そうだ。そして我々はこのままアンスバッハに向かう。よいな」
「了解」
 こうして方針が決定した。タンホイザーはそのまま軍を進めアンスバッハに向かった。そして同時にアンスバッハの調査を細かく進めるのであった。
「やはりこの二つのブラックホールが大きいですね」
「ああ」
 タンホイザーは艦橋に映し出される映像を見て応えた。その映像はローマの生体コンピューターを使って映し出されたものである。
「敵がこれをどう使うかです」
「考えられるのはここに我が軍を追い落とすことだな」
「ブラックホールの中に」
「そうだ。奇襲を使ってな。これなら兵力が多くとも勝てる」
「確かに」
 参謀達は彼の言葉に納得した。
「おそらくは我等を誘い出す。そして」
「ブラックホールに、ですか」
「それならばそれでこちらにも考えがある」
「どういったものでしょうか」
「まずはその誘いに乗ろう」
 彼は言った。
「ニーナに入るぞ」
「はい」
「そしてブラックホールの側まで行き」
「そして」
「反転だ。だがここで敵の艦隊の数に注意しろ」
「二つですが」
「そう、二つだ」
 彼は言った。
「ブラックホールは左右に並ぶ形で存在しているな」
「はい」
「左右にだ。我々がその間に来ると」
「前後から挟み撃ちも考えられます」
「若しくはそこで急襲を仕掛け混乱状況に陥れる」
「どちらにしろここで攻撃を仕掛けてくるのは間違いないだろうな」
「それでは」
「前以てエッシェンバッハ提督にはアンスバッハに向かうことを伝えよ」
「ハッ」
「まずはそれを行え。それから我等はアンスバッハへ入る。いいな」
「わかりました」
 こうして彼は新たに新編成された艦隊にそれを伝えた後でアンスバッハに向かった。そして予定通り二つのブラックホールの間に向かった。
「敵艦隊は」
 タンホイザーはローマの艦橋で問うた。
「今のところ姿も形もありません」
 無人偵察艇の通信を受けたビテロルフが応えた。
「そうか。だがそろそろ来るぞ」
 彼の読みが正しければ、である。
「いいな、来たならば」
「予定通りに」
「そうだ。わかったな」
「はい」
 彼等はそのままブラックホールの間に入った。それと同時に密かに戦闘態勢に入った。
「来ました」
 部下から報告があった。
「後ろからです」
「よし、後方の一個艦隊で迎撃しろ」
「了解」
「もう一個敵がいる筈だが」
「下から来ているようです」
「よし、そちらには残る二個艦隊で一気に潰す」
 彼はここで艦隊を二手に分け、それぞれの敵に軍を振り分けてきた。
 彼は二個艦隊を直接率いて下の敵艦隊に向かう。そのまま一直線に下った。
「火力を前面に集中させるぞ」
「了解」
「そして一気に突ききる」
 その言葉通り動いた。まずは下の敵艦隊に攻撃をありったけぶつけた。
 二倍の戦力の一斉攻撃を受けてその艦隊は忽ち崩れた。一個艦隊を崩すとタンホイザーはそれを突破した。そして防いでいた艦隊に向かう。これも一気に蹴散らした。
「まずはこれでよし」
 そして三個艦隊を素早くブラックホールから離す。タンホイザーはその上に布陣した。
「敵の戦力は半減したな」
「お見事です。まさか敵の動きを逆手にとられるとは」
「動きさえ読めればどうということはない」
 彼は答えた。
「これで敵と我々の戦力差は歴然たるものになったが。さて、どうするかな」
「公爵」
 ここで連絡将校が一人艦橋にやって来た。
「どうした」
「今アンスバッハに援軍が到着しました」
「そうか、いいタイミングだな」
 彼はそれを聞いてニヤリと笑った。
「これで四倍さ。さて、どうするかな」
「帝国軍の軍律は厳しいそうですな」
「クリングゾル=フォン=ニーベルングは冷酷で苛烈な男だ」
 タンホイザーは部下の言葉に応えて述べた。
「迂闊なミスに対しては厳しい」
「はい」
「処刑まではないだろうが。他にも冷徹な処罰があるだろうな」
 処罰といっても処刑だけではないのだ。流刑や強制労働等がある。クリングゾルの統治は徹底した法治主義で知られている。そこには情はなく、ただ苛烈さがあるだけであった。血の通った政治ではなかった。
「ではどうするでしょうか、彼等は」
「通信を入れろ」
 タンホイザーは一言述べた。
「通信を」
「そう、彼等にな。降伏勧告を伝えよ」
 静かな声でこう言った。
「降伏か。さもなくば」
「死か、ですか。果たしてどうするのか」
「それは彼等が決めることだ」
「彼等がですか」
「そうだ。どうでるかな」
 答えは暫くして返ってきた。帝国軍の一部の上級将校達が自害し、その他の者が投降したのである。これで戦いは終わりであった。
「意外な結末だな」
 タンホイザーは上級将校達の自害を聞いてこう呟いた。
「最後の抵抗を試みると思ったのだが」
「どうやら彼等は一斉に苦しみはじめたそうです」
「苦しんだ」
「はい。何か発作の様なものに襲われたそうで」
「発作!?」
 それを聞いてまた眉を顰めさせた。
「自害した全ての者がか」
「はい」
「有り得ないことだな」
 彼はそれを聞いて今度は首を傾げさせた。
「一体どういうことなのだ」
「何らかの薬の作用では」
「かもな。しかし一体」
 謎は消えはしなかった。また新たな謎が生まれる。だが今はそれに携わっている時ではなかった。この戦いにおいて勝利を収めたタンホイザーはラインゴールドへの道を確かなものとしたのであった。
「残るはラインゴールドだけですね」
「ああ」
 彼はアンスバッハにある惑星の一つナイゼンシュタインに駐留していた。そしてそこで休息をとっていた。
「いよいよだが」
「今ラインゴールドは我々以外からも攻撃を受けておりまして」
「ワルキューレか」
「はい、彼等もラインゴールドへの道を確保した様でございます」
「敵は同じというわけか」
 タンホイザーはそれを聞いて呟いた。
「彼等もまた敵であろうとも」
「帝国を敵とすることでは同じです」
 それを聞いてラインマルが言った。
「ですがその他では」
「そうだ。いずれそれもはっきりさせなければならないな」
「はい」
「ヴェーヌスのことも。何故彼等が」
「公爵」
 ここでヴォルフラムが彼に声をかけてきた。
「何だ」
 彼はそれを受けてヴォルフラムに顔を向ける。
「今はそれよりも」
「そうだったな」
 彼は老提督の言葉に顔を向けた。そして答えた。
「では行くとするか」
「はい」
「全艦に告ぐ」
 彼は立ち上がって言った。
「今より我が軍はラインゴールドを攻略する」
「ハッ」
「そして帝国軍を討つ。よいな」
「わかりました」
「一隻たりとも遅れることはならない。遅れることはそのまま敗戦に繋がると思え。よいな」
「了解」
 彼等は頷き合った。そして戦いに向かうのであった。
 四個艦隊二百隻に及ぶ大艦隊はそのままラインゴールドに向かった。
 ラインゴールドに入ると既に戦闘がはじまっていた。ジークフリート=ヴァンフリート率いるワルキューレもまたラインゴールドに侵攻していたのである。そして帝国軍と激しい戦闘を繰り広げていた。






いよいよラインゴールドへ。
美姫 「既に帝国との戦闘は始まっているわ」
さあ、どうなる!?
美姫 「緊迫した所で次回ね」
次回も待っています。
美姫 「待ってま〜す」



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