『リング』




      エリザベートの記憶  第二章


「トリスタン=フォン=カレオールか」
 帝国の誇る天才科学者の失踪もその中に入っていた。そして帝国に反旗を翻している宇宙海賊、謎の闇商人。彼は今このノルン銀河が大きく動こうとしているのを感じていた。
「何かが起こるか」
 彼は一通り送られてきた書類を見て呟いた。
 それがその日の最後の言葉であった。書類を机の中にしまい鍵をかけるとその部屋を後にした。そして寝室へ入るのであった。
 それから暫く経った。チューリンゲンに謎の一軍が向かって来ているとの報告があった。
「帝国軍か!?」
「どうやらそれだけではないようです」
 緊急事態を知らせる警報が鳴り響く中彼は軍の司令部に入った。周りでは制服の者達が慌しく動いていた。
「他にも来ているのか」
「はい」
 部下の一人が答えた。
「ワルキューレです。彼等も来ています」
「ワルキューレが!?何故だ」
 彼はそれを聞いて顔を顰めさせた。
「彼等は帝国だけを狙っているのではなかったのか」
「それがどういうわけか。チューリンゲンにも向かって来ているのです」
「帝国軍を追ってではないのか」
「その可能性もありますが。如何致しましょう」
「まずは市民達を避難させよ」
 彼はすぐに決断を下した。
「避難先は」
「ヴェールスベルク星系だ」
 彼はそう答えた。リスト王家が持つ星系の一つである。
「あそこならチューリンゲンにいる全市民の避難も可能だ。いいな」
「わかりました。それでは」
「帝国軍と海賊達がここに到着するまでにどれ位かかりそうだ」
「三日程かと」
「ではその三日の間に市民達を全て避難させるぞ。よいな」
「ハッ」
 軍人達が一斉に敬礼する。そしてそれぞれの仕事に取り掛かる。彼はそれを見届けた後ですぐに王宮へと向かった。
「公爵、帝国軍がこちらに向かっておるそうだな」
 ヘルマン王はタンホイザーが自分の前に来るとすぐにこう問うてきた。
「はい」
「そうか。そして今民達を避難させておるのだな」
「その通りです。陛下もお早く」
「いや、余は後でよい」
 だが彼はそれを断った。
「何故に」
「まずは民達を先に行かせてくれ。余は民達が全て安全な場所に去ってからでよい」
「宜しいのですか、それで」
「構わん」
 彼はそれに応えにこりと笑った。
「公爵、そなたも最後まで残るのであろう」
「はい」
 最初からそのつもりであった。彼は軍を指揮して最後まで敵を食い止めるつもりだった。そしてそれから自らも撤退する。そうした計画を立てていたのだ。
「ならば余とて同じだ。民を預かる者としてこれは当然のことだ」
「わかりました。それでは」
 それを拒むことはしなかった。彼はこの若き主の志を尊重することにしたのだ。
「陛下の御命、この身にかけても御守り致します」
「そなたには苦労をかけるな」
「いえ」
 だが彼はそれにはこだわらなかった。
「御気遣いは無用です。これもまた私の責務ですから」
「責務か」
「はい。陛下と民の為に私はあります。陛下が民の為におられるように」
「わかった。では互いにその責務を果たそうぞ」
「はい」
 こうして二人は別れた。王は最後の最後まで留まり民達を見送り、タンホイザーは軍を率いて民と王を守っていた。こうして二日が過ぎた。
 タンホイザーとその艦隊はチューリンゲンの周辺に展開していた。そして帝国軍とワルキューレ双方に警戒を払っていた。
「帝国軍の動きはどうか」
 彼はまず帝国軍に関して尋ねた。
「このチューリンゲンに向かってきております」
 参謀の一人ヴァルター=フォン=フォーゲルヴァイデがそれに答えた。
「そうか」
「はい。速度も予想通りです」
「わかった。では警戒を続けよ」
「はっ」
「続いてワルキューレの海賊だが」
「彼等の動きは今一つ掴めません」
 だが今度は帝国のそれとはうって変わっていた。
「掴めないか」
「はい。何か妙な動きです」
「妙な?」
「どうもチューリンゲンに向かっているようには見えないのです」
 参謀の一人の報告が続く。
「どういうことだ」
「これを御覧下さい」
 ここでモニターのスイッチが入れられた。
 そこにはチューリンゲンを中心としてタンホイザーの艦隊、帝国軍、そしてワルキューレの位置がコンピューターグラフィックで映し出されていた。それを行っているのは言うまでもなくローマの生体コンピューターであった。タンホイザーは映し出されたその映像を見上げた。
「問題のワルキューレの行動ですが」
「うむ」
「これが発見された時の位置です」
 その時の位置がモニターに映し出される。
「そして二日前」
 同じ色で違う場所に映し出される。
「次に昨日」
 また同じことが繰り返される。
「そして今日。どう思われますか」
「チューリンゲンには向かって来てはいないようだな」
 タンホイザーはその移動を見て言った。
「むしろ帝国軍に向かっているようだな」
「はい。彼等の狙いは我々ではない可能性があるのです」
 参謀はこう答えた。
「では帝国軍か」
「私はそうではないかと考えるのですがどうでしょうか」
「まだ即断はできないな」
 しかし彼はそれは避けた。
「だがその可能性は高いと見ていいだろう。元々彼等は反帝国の組織だ」
「はい」
「とりあえずは守りに徹する。我々の目的は帝国軍の撃破でも彼等への迎撃でもない」
 それは彼が最もよくわかっていることであった。
「あくまで陛下と市民達をチューリンゲンにまで避難させることだ。よいな」
「わかりました」
 こうして彼等は守りに徹した。その間に帝国軍もワルキューレもチューリンゲンに接近してきたが彼は全く動こうとはしなかった。ただ防御に徹するだけであった。
「今最後の船団が出ました」
「よし」
 彼はその報告を聞いて頷いた。
「そこに陛下がおられるな」
「はい」
 部下の一人であるラインマル=フォン=ツヴェーターがそれに応えた。
「そして公爵の血族の方々も」
「うむ」
 その中には当然ながらヴェーヌスもいる。タンホイザーはそれを聞いて内心安堵した。
「では我が軍も退くぞ」
「はい」
「その船団を守りながらな。撤退する。よいな」
「わかりました」
 こうして彼等もチューリンゲンから退きはじめた。そのまま船団と合流しようとする。だがその時であった。
 突如として帝国軍の艦隊が突出しだしたのである。
「ムッ!?」
 そしてタンホイザーの艦隊を無視して船団に向かいはじめた。彼はそれを見て狼狽した。
「どういうことだ、我々を狙わないとは」
「公爵、それよりも」
 部下達がそんな彼に対して言う。
「今は陛下を」
「う、うむ」
 その言葉に我を取り戻す。そして慌てて指示を出す。
「陛下を御守りしろ」
「はっ」
 この時彼はあくまで主の身の安全を優先させた。自身の家の者のことは後回しとした。
「陛下の乗っておられる船の周りを固めよ。そして御護りしたまま退くぞ」
「了解」
 こうして彼は王の身を守った。市民達は既に殆どが避難しており今いる船団の中でも市民達の船は既に安全な場所にまで避難していた。だからこそ下せた判断であった。
 だが彼はこの時それを知りながらあえてしなかったことがあった。その為に彼は奇異な運命に身を投じることとなるのであった。
 王への護衛に向かう際何隻かの船がはぐれた。どれもオフターディンゲン家の船であった。
「公爵!」
「クッ、仕方がない!」
 すぐに最低限の救援を向ける。だが一隻だけそのまま拘束されてしまった。既に帝国軍とワルキューレの戦闘がはじまって
いた。従って拘束したのはどちらかわからない。
「如何致しますか?」
「今は戦闘は避けよ」
 タンホイザーはここでは冷徹に徹した。あくまで王の家臣としての自らを優先させた。
「撤退だ。陛下を御守りしてな」
「わかりました」
 こうして彼は帝国軍と紫苑の海賊の戦闘をよそに戦場を離脱した。そしてヴェーヌスベルクに到着した。そこで彼は愕然とすることになったのであった。
「馬鹿な、そんな」
「いえ、残念ながら」
 キチェに着いた彼を待っていたものは驚くべき報告であった。
「あの船の中でヴェーヌスがいたのか」
「はい」
 部下達がそれに答えた。
「そうか」
 表情は押し殺していた。
「どうされますか」
「今は市民と陛下のことをまず考えよ」
 だが彼はここでも政治家としての判断を下した。
「宜しいのですか?」
「構わぬ」
 彼は毅然とした声で答えた。
「よいな。今はそれどころではないのだ」
「ですが」
「卿等の言いたいことはわかる」
 タンホイザーはそれでも言おうとする部下達に対して言った。
「だが。今は仕方のないことだ」
「わかりました。それでは」
「頼むぞ」
「はい」
 こうして彼はまずはヴェーヌスベルク星系、そして市民や王達のことを優先させた。市民達の生活や経済活動を保障し、そして王には仮の王宮、自身の別荘に入ってもらった。そしてそこで安定を取り戻そうとしていた。
 同時に軍事に関しても色々と手を打っていた。軍港を整備し、艦艇を修復したり、建造させたりしていた。そしてそれで周辺星系に偵察艦隊を送ったり等して情報収集に務めたのであった。
 こうして暫く時間が流れた。ヴェーヌスベルクも民生も落ち着いてきた頃彼のもとに一つの情報が入ってきた。
「それはまことか」
 彼は仮王宮にある自室で報告してきた武官であるビテロルフ=フォン=ヴォーゲルに顔を向けて問うた。
「はい、どうやら」
 ビテロルフは畏まってそれに答えた。
「まさかとは思うが」
「正確なことはまだわかりませんが」
「彼等がか」
 タンホイザーはそれを聞いて立ち上がった。そして窓の外を見る。
 ガラスの向こうに夜空がある。そしてそこには無数の星達が瞬いている。彼はそれを見ながら言った。
「ワルキューレがか」
「はい」
 ビテロルフは頷いた。
「どうされますか」
「今彼等は何処にいる」
「海賊なので本拠地も確かではないですが」
「この近くにいるのか」
「おそらくは」
 ビテロルフは答えた。
「その証拠にこの辺りで帝国軍と度々戦闘を行っているとの情報があります」
「そうか。ではこの近辺で間違いないな」
「どうされますか」
「まずはより正確な情報を集めてくれ」
 即断は下さなかった。彼はまずはさらなる情報収集に務めることにした。
「そしてそれから行動を決めたい。よいな」
「わかりました、それでは」
「その間軍備を整えておけ」
「ワルキューレの為にですか」
「必要とあらばな」
 その声が鋭いものとなった。
「倒す。そして」
 そこから先は言わなかった。だが彼は決意していた。必ずヴェーヌスを取り戻すと。





あちこちに広がる戦火。
美姫 「一体どうなってしまうの?」
えっと、あれがああなって、ああしたから…。
美姫 「いや、そこまで混乱するほどでもないでしょう」
そ、そうか?
美姫 「まあ、アンタの4bitの頭じゃ混乱するか」
むっ。バカにしてるな。
美姫 「ううん、してないわよ」
いや、明らかにしてるだろう、その顔は。
美姫 「うーん、次回も楽しみね〜」
って、やはり無視ですか…。
美姫 「それじゃあ、次回も待ってますね」
シクシク。



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