『リング』




        ファフナーの炎   第六章


 実際に戦ってみるとやはり呆気無く終わった。ヴァルターの軍は包囲陣形を組み瞬く間に敵艦隊を一掃した。敵の司令官であるグレイプは彼が乗っていた旗艦と運命を共にし、残った者達は皆投降した。彼はここで前から気付いていたことをまた気にした。
「不思議だな」
「何がでしょうか」
「帝国軍の将兵のことだ」
 彼は言った。
「といいますと」
「何か。洗脳にかかっている様な気がする」
「洗脳に」
「そうだ。捕虜になってみると急に大人しく従順になる。それまでは勇敢であってもな」
「そういえば」
 それに部下達も頷いた。
「それに上級将校、特に司令官クラスは全く投降しない。あくまで戦おうとするな」
「はい」
「最後には自害するかこちらに特攻することが多い。大抵はその前に倒してしまっているが」
「帝国軍の将兵も元々は第四帝国に属していた者達が殆どですが」
「だが司令官クラスは違う様だな」
「そのようですね」
 それに部下の一人が応えた。
「彼等はとりわけおかしいな」
「おかしいですか」
「ああ。洗脳、いや、それ以上のものを感じる」
 ヴァルターは言葉を続けた。
「まるで心自体がないようにな。これはどういうことだ」
「ニーベルングに絶対の忠誠を誓っているのでは」
「その忠誠の根拠は何だ。ニーベルングは確かに軍人としても名を知られた男だが」
「はい」
 これは事実であった。だからこそ若くして帝国軍宇宙軍総司令官となったのである。まだ二十代でありながらそれだけの要職にあったということが彼の非凡さを如実に表わしていた。
「それだけであれ程絶対的な忠誠を誓うだろうか」
「彼にそれだけのカリスマ性があるのではないでしょうか」
「ではそのカリスマ性の根拠は何だ」
 ヴァルターはまた問うた。
「それも司令官クラスにだけだ。どう考えてもおかしい」
「彼が何かしているのではないでしょうか、それでは」
「そうだな。それについても暫く調べてみるか」
「はい」
「ところで帝国軍の残存戦力はあるか」
「ナイティングに少し残っている様です」
 参謀の一人が答えた。
「ナイティングにか」
「そしてそこに降下したジークムント=フォン=ヴェルズング提督の軍と交戦中の様です。どうやらヴェルズング提督の軍が劣勢にあるようですね」
「そうか」
「どうされますか、司令」
「ここはヴェルズング提督を援護しよう」
 彼はそう決断を下した。
「彼もまた帝国軍と戦っているのだからな。言うならば同志だ」
「わかりました。それでは」
「陸戦部隊降下用意」
 すぐに指示を下した。
「私も行こう。そしてヴェルズング提督を助けるぞ」
「ハッ」
 こうしてヴァルターは軍を率いてナイティングに降り立った。そして各所を占領しながらジークムントのいる場所へと向かうのであった。
 陸戦部隊は順調にナイティングの各地を占領していった。その順調さにかえって不審なものさえ感じる程であった。
「妙だな」
 それを感じてヴァルターが呟いた。
「上手くいき過ぎている」
「おかしいですか」
「ああ。やけに手薄ではないか」
「確かに」
 陸戦部隊を率いるオルテルがそれに応えた。
「確かこのナイティングはこの辺りの帝国軍の拠点でしたよね」
「うむ」
「それなのにこの手薄さは。どういうことでしょうか」
「ある場所に戦力を集中させているのかもな」
「ある場所とは」
「ヴェルズングの方にだ。それで我々には兵をあまり向けてはいない」
「まずはヴェルズング提督を相手にしているということでしょうか」
「おそらくな。だが彼を倒せばその戦力はすぐに我々に向けられる」
「それは当然ですね」
「これはもう言うまでもないな。それでは我々が採る方法は一つ」
 彼は言った。
「ヴェルズング提督の部隊と合流するぞ。いいな」
「了解」
「詳しい場所はわかるな」
「はい」
 オルテルがそれに頷いた。
「ここから暫くの場所です。すぐに向かいましょう」
「よし」
「その際主力を前面に出して攻撃を仕掛けましょう。それで宜しいでしょうか」
「任せる。では行こう」
「はっ」
 こうしてヴァルターは兵を率いてジークムントの方へと向かった。そして暫くして盆地において包囲されている僅かな者達を見つけたのであった。
「どうやらあれのようだな」
 ヴァルターの兵はその盆地を取り囲む帝国軍の将兵をさらに見下ろす山地に位置した。そしてそこから両軍を見ていたのである。
「ですね」
 それにオルテルが頷いた。
「盆地にいるのがヴェルズング提督の軍ですね」
「かなり減っているな」
「それだけ敵の攻撃が激しかったということでしょう。あれではもう持ちませんよ」
「そうだな。ところで帝国軍はどうしている」
「ヴェルズング提督の軍に意識を集中させているようです」
 彼は答えた。
「その為か今も我々のことには気付いてもいないようです」
「そうか。好機だな」
 彼はそこに勝機を見ていた。
「それでは」
「うむ。一気に攻撃を仕掛ける。すぐに降りるぞ」
「はい」
「総攻撃を仕掛ける。それでかたをつける」
「わかりました。それでは」
「そして敵を殲滅した後でヴェルズング提督の軍と合流するぞ。いいな」
「了解」
「よし、では総員攻撃用意」
 指示が下る。
「射撃を浴びせながら駆け下りる。よいな」
「はい」
 こうしてヴァルターの軍は攻撃に取り掛かった。まずはサイレンサーをつけ一斉射撃を浴びせる。それで先頭にいる何人かが倒れた。
「どうした!?」
「敵襲か!?」
 敵軍はそれに浮き足だった。何処から攻めて来たのか、誰が来たのか最初は完全にわからなかった。ここに隙ができてしまった。
 ヴァルターはその隙を見逃さなかった。なおも攻撃を続ける。次はサイレンサーを外させて派手に音を鳴らさせる。
「敵だ!」
「後ろから来たぞ!」
「何だと!」
 帝国軍はこれにすぐに反応した。だがこれを叫んでいたのはヴァルターの軍であった。彼等は咄嗟のことであり誰が誰の声なのか確認を忘れてしまった。そしてこれもヴァルターの狙いであった。
「急襲を受けたぞ!」
「敵は後ろにもいるぞ!」
「後ろに兵を向けろ!遅れるな!」
 ヴァルターは部下達に次々と叫ばせる。これに帝国軍は乗った。すぐに後ろに兵を向ける。だがここで彼等はミスを犯していた。突然の奇襲で狼狽していた為皆それまで包囲していたジークムントの軍への注意を忘れてしまったのである。そしてここに付け入る隙がまたしてもあったのである。
「提督」
 包囲されていた軍の一人がその中心にいた赤い髪と目を持つ精悍な顔立ちの青年に声をかけていた。見ればこの青年は黒いシャツとズボンを身に着け、黄色いジャケットを羽織っていた。如何にも好戦的な表情が印象的であった。
「ああ、わかってるぜ」
 青年はその者の言葉に頷いた。
「すぐに反撃に出る、いいな」
「はい」
 若々しく、そして荒々しい言葉であった。ヴァルターの言葉とは全く違う、精悍な声であった。
「どこの誰かは知らねえが助かった」
「ですね」
「諦めかけてたけどよ、神様達は俺達をまだ見捨てていなかったてわけだ」
 そう言いながら銃を構える。
「行くぜ!そして帝国の奴等を一人残らず蹴散らしてやろうぜ!今までの分を込めてな!」
「はい!」
 彼の軍も反撃に転じた。帝国軍は挟み撃ちを受けた形になり散々に打ち破られた。こうしてナイティングの帝国軍は壊滅し惑星は完全にヴァルターのものとなったのであった。
 戦いが終わり盆地にいるのはヴァルターと青年の軍だけとなった。ヴァルターは青年の前に進み声をかけて来た。
「卿がジークムント=フォン=ヴェルズングだな」
「ああ」
 その青年ジークムント=フォン=ヴェルズングはそれに応えた。
「その通りさ。俺がジークムント、ジークムント=フォン=ヴェルズングだ」
「そうか。私はヴァルター。ヴァルター=フォン=シュトルツィングだ」
「マイン星系の執政官だったな、確か」
「知っていたのか」
「あんたのことも聞いてるぜ。ニュルンベルクのことは残念だったな」
「ああ」
 それを言われ一瞬だが暗い顔になった。
「大変だったみたいだな、そっちも」
「そちらでも何かとあったみたいだな」
「まあな」
 ジークムントも一瞬だが暗い顔になった。そして彼に応えた。
「連れをな。失っちまった」
「そうか」
「メーロトっていうんだがな。知ってると思うが」
「確かニーベルングの軍を率いて各地の帝国軍に反抗する勢力を殲滅していたのだったな」
「あいつは本来俺の連れだったんだ。だが裏切りやがってな」
「それで今まで追っていたのか」
「そうさ。あいつもニーベルングの一族だったんだ」
「ニーベルングの」
「ああ。あいつの姉貴もな。そうだったらしい。クンドリーっていうんだけれどな」
「クンドリー」
 それを聞いたヴァルターの顔色が変わった。ジークムントはそれを見逃さなかった。
「知ってるみたいだな」
「ああ。ニュルンベルクのことは知っていると言ったな」
「ああ」
「その時に私の婚約者も死んだ。エヴァといった」
「それも聞いてるさ。何て言っていいかわからねえが気を落とすな」
「済まない。そのエヴァの従者の一人がクンドリーだった」
「何!?」
 それを聞いたジークムントの顔色も変わった。
「それは本当のことかよ」
「ここで嘘を言っても何にもならないだろう」
 ヴァルターはそれが真実であると述べた。
「金色の髪に金色の瞳を持つ白い肌の女ではなかったか」
「その通りだ」
「では間違いない。クンドリーは私のところにもいた」
「そうだったのかよ」
 ジークムントはそれを聞いて目を顰めさせた。
「じゃああんたも俺も。最初から奴等と関わっていたわけだな」
「奴等」
「ニーベルングの一族だよ、クリングゾル=フォン=ニーベルングの一族だ」
 彼は嫌悪感を露わにして言った。
「ニーベルングの」
「メーロトの奴がな、最後に俺に言ったんだ」
 ジークムントはヴァルターに対して話しはじめた。
「自分もクンドリーもニーベルングの一族だってな。その長こそ」
「クリングゾル=フォン=ニーベルングというわけか」
「ああ。あいつの本拠地はヴァルハラ双惑星にあるらしい」
「ヴァルハラ。銀河の遥かにあるというあの星系か」
「そう。そこの一つに奴はいるらしい」
「そこにか」
「そしてそこで銀河を自分のものにしようと企んでいる。どうする?」
「それはもう言うまでもないだろう」
 ヴァルターは答えた。
「ニーベルングは破壊を厭わない。自らに歯向かう者は誰であろうと滅ぼす」
「じゃあ決まりだ」
「うむ。ヴァルハラに向かう」
 彼は言い切った。
「そしてクリングゾル=フォン=ニーベルングを倒す」
「俺も同じ考えだ」
 ヴァルターも言った。
「ここで会ったのも何かの縁だ。行こうぜ」
「同行してくれるのか」
「俺の軍もな。これからのことを考えると味方は多い方がいいだろう」
「そうだな。帝国軍は強大だ。おそらくこの程度の戦力ではないだろう」
「よし、行こうぜ。これから何が起こるかわからねえが若き執政官とエースパイロットがいればそうそうやられはしねえだろうしな」
「宜しく頼むぞ」
「ああ、こっちこそな」
 二人は手を握り合った。そしてナイティングを経ちヴァルハラに向かいはじめた。
 二つの星が今合わさった。そしてそれがニーベルングのもとへ向かう。戦いはまたこうして新たな局面に入るのであった。


ファフナーの炎  完


                                   2006・1・7






遂に出会った二人。
美姫 「新たな戦いが始まるのね」
一体、これからどうなっていくのか。
美姫 「銀河をかけての戦いがまさに始まるのよ」
次回も楽しみしてます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」
ではでは。



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