『リング』




         ファフナーの炎  第五幕


「また会う日までな」
 ヴァルターはモンサルヴァートの艦隊を見送っていた。その横にいた部下の一人が声をかけてきた。
「どうやら味方であったようですね」
「ああ、同志だ」
 彼は言った。
「同じものを求めている同志だ。そうした意味で戦友だな」
「そうでしたか」
 部下はそれを聞いて頬笑みを浮かべた。
「どうやら戦っているのは我々だけではないのですね」
「そうだな。それだけでもかなり心強い」
「はい」
「ニーベルングは敵もまた多い。それに付け込むこともできる」
「ですね」
「戦いはまだまだこれからということだ。では進撃を再開するぞ」
「はい」
「敵は今何処に展開しているか」
「ナイティングに集結しております」
「ナイティング。ナイティング星系のか」
 ナイティングとはナイティング星系の主要惑星である。星系の名と主要惑星の名が同じなのであった。
「はい。どうやら当初から帝国軍はあの星系に拠点を置いていたようです。そしてそこから艦隊及びファフナーを送り込んでいたそうです」
「ファフナーまで。ではあそこにファフナーがいるのか」
「はい。そして残る敵艦隊も」
「そうか。よくわかった」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「ではそこで決戦となるな」
「ナイティングにおいて」
「うむ。まずは周辺の星系を制圧していく」
「はい」
「そしてそれにより力を蓄え艦隊を増設する。もう二個必要だ」
「二個艦隊ですか」
「そうだ。三個艦隊で敵艦隊を迎え撃ち」
「はい」
「残る二個艦隊でファフナーを倒す。よいな」
「わかりました。それでは」
「ただ、私はファフナーに向かう」
「司令自らですか」
「そうだ。あれを倒せるミョッルニルはこのザックスにしか装填されていない」
 彼は言った。
「だからだ。私自身でケリをつけたい。エヴァの為にもな」
「左様ですか」
「ところで一つ情報が入っております」
「何だ」
「ジークムント=フォン=ヴェルズングがメーロト=フォン=ヴェーゼンドルクの艦隊と遭遇、そしてこれを殲滅したそうです」
「ヴェーゼンドルクの艦隊をか」
「はい」 
 巨大な戦力を率い帝国に歯向かう者達を次々と滅ぼしていっていると言われていたその艦隊が殲滅されたというのである。これは大きな情報であった。
「そして彼はそのまま壊滅した艦隊の掃討に移っております」
「そうか。これは帝国にとって大きな痛手だな」
「おそらくは。ただヴェルズング提督はまだ軍事行動を続けているそうです」
「今は何処に向かっているか」
「ナイティングです」
 幕僚の一人が答えた。
「我等と同じ星系に向かっているそうです。ただあちらの艦隊は空母が主体だそうですが」
「そうだろうな」
 これにはヴァルターも頷くものがあった。ジークムントは元々エースパイロットとして名を馳せた男である。ローエングリンの下にいた時も独立心が強くしばしば上司であるローエングリンとも衝突を繰り返していたと言われている。その彼が指揮する艦隊ならば空母が多いのが道理だと容易に想像がついたのである。
「どうされますか」
「衝突する可能性はない。気にしなくていい」
 ヴァルターはそれを不問とした。
「今はそれよりも帝国軍を叩くことを考える。いいな」
「はっ」
「了解しました」
 部下達がそれに頷き敬礼をする。
「それでは準備が整い次第出撃しましょう」
「うむ。この際補給路には気をつけるようにな」
「補給路を」
「そして反乱にだ。今民衆の不満はそれ程ないがな。それでもだ」
 ヴァルターはここで執政官の顔に戻った。
「帝国軍は今劣勢にある。ならば工作やゲリラ戦に切り替えてこちらの戦力を削っていくことが考えられる」
「正攻法ではなく、ですか」
「そうだ。勝つ為には手段を選んではいられないだろう。ならばそうした戦術も考えられる」
「わかりました。それでは」
「フランケンに残していた艦隊を補給路の防衛に向けよ」
「はい」
「そして各星系では治安維持を強化せよ。よいな」
「わかりました。それでは」
「まずは後顧の憂いをなくしてから先に進みたい」
 彼は静かに言った。
「よいな。まずは後ろからだ」
「はい」
「それが終わってからでいい。前に進むのは」
「わかりました」
 ヴァルターはまずは後方の足場を固めた。そしてそれが整ってからナイティングに兵を進めた。その数四個艦隊、かなりの戦力であった。
「ヴェルズングの軍はどうしているか」
 彼は進軍の途中で部下にこう問うた。
「はい。既にナイティングに侵攻しているようです」
「速いな」
「どうやらグレイプの艦隊はそちらにかなりの部分が向かっているようです」
「ふむ」
「ですがブリトラはこちらに向けて置かれているようです。そしてグレイプの艦隊も」
「つまり我々に対しては切り札を切ってきたというわけだな」
「おそらくは」
「面白い。ではこちらも切り札を切ろう」
 ヴァルターは知的に笑ってこう述べた。
「予定通りだ。ミョッルニルの用意をしておけ」
「はい」
「ナイティングに入ったならばすぐにファフナーが来るだろう。そこを倒す」
「わかりました」
「その際陣形は乱すな。グレイプの艦隊もいることを忘れるな」
 彼の指示は続く。
「両方を倒してはじめて我等の勝利となる。全てはそれからだ」
「はい」
 ヴァルターの軍もナイティングに入った。すると彼の予想通りすぐにファフナーがその前に無気味な姿を現わしてきた。
「ファフナーが来ました」 
「来たな」
 ヴァルターはそれを見て静かに呟いた。見れば確かに巨大な黒い竜がそこにいた。ニュルンベルクを破壊したあの竜であった。
 ファフナーは無気味な咆哮をあげるとヴァルターの艦隊に向かって来た。その後ろには帝国軍の艦隊がいる。
「グレイプの艦隊だな」
「おそらくは」
 部下の一人であるシュワルツが答える。
「どうされますか」
「ザックスを前面に出せ」
 彼はまずはこう指示を出した。
「先にファフナーを叩く。いいな」
「わかりました」
「ただ司令」
 だがここで別の部下であるファルツがヴァルターに申し出てきた。
「どうした」
「ファフナーをこれで倒せなかった場合は」
「その時は一度撤収する」
 彼は言った。
「また何か有効な可能性のある手段を発見するまで力を蓄えるしかない」
「左様ですか」
「だがファフナーはここで確実に倒せる」
 声が強いものとなった。
「あのモンサルヴァートという男」
「はい」
「信頼できる。彼が授けてくれたものならば確実に仕留められる」
「それでは」
「うむ。砲撃準備にかかれ」
 彼は命令を下した。
「全ての主砲を使う。よいな」
「はい」
「一撃で決まればいいがな」
「そうなることを祈ります」
 ヴァルター以外の者は皆殆ど信じてはいなかった。かって五十隻の艦艇による総攻撃を退けたファフナーが新型兵器とはいえ一隻の艦艇の攻撃で退けられるのか。とてもそうは思えなかったからである。
 だがヴァルターは信じていた。これでファフナーを倒せると。自信に満ちた顔でまた指示を下す。
「砲撃用意」
「砲撃用意」
「照準を合わせろ」
「了解」
 部下達が復唱し、照準を合わせる。照準は完全にファフナーは捉えた。そこで幕僚の一人がヴァルターにリモコンのスイッチを手渡した。
「主砲のか」
「はい」
 その部下は頷いて答えた。
「司令御自身で決めて下さい、決着は」
「済まないな」
 エヴァ、そしてニュルンベルクのことである。あの時最も無念の涙を飲んだのは誰だったのか、部下達は知っていたのである。守るべき星を、民を、そして婚約者を奪われたのだ。ヴァルターこそ最もファフナーを憎む者であった。
 そのファフナーが今目の前にいる。ならば何をするべきなのかわかっていた。
 彼は躊躇わなかった。そのスイッチを手に持った。そしてボタンに手をかけた。
「いいな」
「はい」
 幕僚達がまた頷く。
「何時でもどうぞ」
「わかった。では」
「お願いします」
 指に力が入る。思いきり押そうとする。今全てが決まる、ヴァルターの全身に稲妻が走った。
「撃て!」
「撃て!」
 命令が復唱される。艦が大きく揺れた。今ミョッルニルが放たれたのであった。
 数条の光が黒竜に突き進む。そして一撃を加えた。光が竜を包んだ。
「やったか!?」
 部下達はファフナーを見た。期待と不安の入り混じった顔であった。若し効果がなければ。だが一人冷静なままの男がいた。
「大丈夫だ」 
 ヴァルターであった。彼は自信に満ちた笑みを浮かべモニターに映るファフナーを見ていたのであった。
「司令」
「これで終わりだ。光が消えた時には奴はもういない」
「まさか」
「いや、そのまさかだ」
 レーダーを見ている部下の一人がそれに応えた。
「エネルギー反応が急激に消えていっている。このままだと」
「まさか」
「いや、ファフナーは消えようとしている。これは間違いない」
「これがミョッルニルの威力というわけか」
 ヴァルターはそれを聞きながら冷静に呟いた。
「ファフナーからの反撃は」
「ありません」
「ではそのまま消えようとしているのだな」
「はい。最早そのエネルギー反応は微力です。間も無く消えようとしております」
「音もなく、か。呆気無いものだな」
「はあ」
「バイロイト、そしてニュルンベルクを破壊した竜にしては。いや、これはファフナーのうちの一つでしかないのかも知れないな」
「一つだけとは」
「神々が争いを続ける巨人達は知っているな」
「はあ」
 部下達はヴァルターの言葉に頷いた。彼等の神話にある古い話である。
 神々と巨人族の激しい戦い。巨人達は何度負けても次の戦士を繰り出し神々と戦いを繰り返す。季節の移ろい等を表していると言われているこの戦いにおいて巨人達は決して諦めはしないのだ。。ヴァルターはそれについて言及してきたのである。
「それと同じことだ。あのファフナーもまた」
「復活すると」
「どうもそういう気がする。兵器ならば特にな」
「あれが兵器なのですか」
「おそらく人工有機体か何かだと思う」
 ヴァルターはここで自説を述べた。
「自分の意思も持っている兵器だ。クリングゾル=フォン=ニーベルングは何処かにあのファフナーを製造出来る惑星を持っているのだ」
「それが何処か、ですね」
「このノルン銀河の何処かにあると思うがな。問題はそれが何処かだ」
「宙図にも載っていないようですね」
「今の我々の勢力圏にはない。それを見つけ出すのも今後の課題だな」
「そうですね。ところでファフナーですが」
「うむ」
「エネルギー反応が消えました。完全に消滅しました」
「よし」
 ヴァルターはそれを聞いて会心の笑みを浮かべながら頷いた。
「これでニュルンベルクの仇は取ったな」
「はい」
 部下達もそれに頷く。
「エヴァ、見ていてくれたか」
 そしてその時になくした婚約者の名を口にした。
「ファフナーは今滅んだぞ」
「後はグレイプの艦隊だけですが」
「ファフナーを倒した今手の平を反す様なものだ」
 ヴァルターは素っ気なく述べた。
「すぐに攻撃に取り掛かるぞ。いいな」
「ハッ」
「四個艦隊で包囲殲滅を仕掛ける。それで終わりだ」
「終わりですか」
「どのみちファフナーに頼っていたのだろう。大した戦力でもない」
「確かに」
 見ればその通りであった。ヴァルターの艦隊が二百隻に達しようとしているのに対してグレイプの艦隊は精々五十といったところであった。もう既に勝負は見えていた感があった。 





ミョッルニルによってファフナーはあっさりと。
美姫 「これで、脅威は去ったわね」
その製造元がまだ残ってるみたいだけどな。
美姫 「ともあれ、当分は大丈夫なんじゃないの?」
どうなんだろう。
実は、同時に何体も作ってたとか。
美姫 「それは分からないわね」
うーん、どうなるのか。
美姫 「うんうん。次回はどうなるのかしらね」
楽しみに待つとしよう。
美姫 「そうしましょう」



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