『リング』
第一章 ファフナーの炎
ノルン銀河の戦乱と混沌は続いていた。その間多くの惑星、星系が戦乱に巻き込まれ多くの者の命と貴重なものを失っていた。その中でクリングゾル=フォン=ニーベルングは順調に勢力を拡大しており彼の覇権の確立は間違いないとまで言われていた。
だがその中で彼の支配を免れている星系も多く存在していた。辺境星系マインもその中の一つであった。
これはこの星系の執政官の力に拠るところが大きかった。彼の名はヴァルター=フォン=シュトルツィング。帝国崩壊直前にこのマインに派遣された若き執政官であった。
大学で法を学び帝国内務省に入った。そしてそこで忽ちのうちに頭角を表わし史上最年少の執政官となったのであった。
かっては将来の宰相とまで謡われていた。青い髪を分け、青いサングラスをかけた知性的な面持ちの若者である。その青い瞳にも知性がたたえられている。青い服に白いズボン、そして青のマントという執政官の服を常に身に纏っておりそれこそが彼のシンボルともなっていた。
彼は帝国崩壊とクリングゾルの反乱を知るとすぐに全てのヴァルハラドライブを封鎖し、通信規制をすることによってマインの安定を保っていたのである。そして銀河に安定が戻る時を待っていたのだ。
「あのクリングゾル=フォン=ニーベルングという男には何かよからぬものを感じる」
彼はふと側近達にこう言ったことがある。彼は文官であったがクリングゾルには唯ならぬものを感じていたのだ。
「よからぬものですか」
「そうだ」
彼は答えた。
「何というか。唯の軍人ではない」
「軍人ではないとすると」
「宗教家めいているものがある。何故かはわからないが」
「宗教家ですか」
「そうだ。帝国の崩壊から一年」
「はい」
第四帝国においてはエルダ暦が使われていた。帝国の崩壊は三七二一年九月であり今はそれからもう一年が経っている。その間銀河は混乱の坩堝にあった。
「その一年の間に驚くべき速さで権力基盤を確立し勢力を伸ばしている。不思議だと思わないか」
「唯の軍人ではないと」
「政治家としても優れているとは思うが。やはりそれだけではない」
ヴァルターはさらに言った。
「最近アルベリヒ教が流行っているな」
「はい」
以前から銀河にあった宗教の一つである。破壊と力の神であるハーゲン神を崇拝する一神教であり破壊とそれに続く再生をその教義の主幹としている。本拠地は惑星ギービヒにありクリングゾルの勢力の構成員の基盤の一つともなっている。
「あの教団とも関わりがあるかも知れない。とかく謎が多い」
「そうなのですか」
「とにかく今は情報も少ないせいで彼が何者かはわからない部分が多い」
「はあ」
「帝国軍宇宙軍司令官にまであった男にしては妙な話だがな」
これは確かにそうであった。宇宙軍司令官ともなれば皇帝の側にいることも多い帝国軍の最高幹部の一人である。その彼が謎多き人物というのも実に奇妙な話であった。
「それに」
「それに?」
「あのクンドリーという女だ」
崩壊前にこのニュルンベルグに来た女である。今はヴァルターの婚約者であるエヴァの側にいる。黄金色の髪に髪と同じ色を持つ神秘的な美しさの女性である。
「彼女も何か不思議なところがある。そもそも何者だ、あれは」
「バイロイトからの難民であった筈ですが」
「そうだろうか」
だがヴァルターはそれには懐疑的であった。
「ただ単なる難民だと思うか」
「といいますと」
「すぐに身元を洗いなおしてくれ」
彼はすぐに部下にそう命じた。
「身元をですか」
「そうだ。若しかするとクリングゾルのスパイかも知れない」
「まさか」
「そう断言できすか」
彼はそう言って部下を見据えた。
「それは」
「できないだろう。こうした時代だ。少しでも疑わしい場合は確かめておかなくてはならない」
冷徹とも聞こえる声でこう述べた。
「いいな、すぐにだ」
「わかりました」
こうしてクンドリーの身元が調べられることになった。だが命じたその日のことであった。
「クンドリーの姿が見当たりません」
「何っ」
それを聞いたヴァルターの青い目が光った。
「それは本当か」
「はい。何処にも。何処に消えたのやら」
「まずいな」
彼は顎に自分の手を当てて呟いた。
「まずいといいますと」
「すにぐマイン全域に戒厳令を敷け」
「戒厳令をですか」
「それだけではない。第一種戦闘配備だ」
彼は続けて指示を下した。
「それにより内外に備えよ。さもないと大変なことになる」
無機的な、機械があちこちに見られる執務室において彼は指示を続けた。
「私の危惧が正しければ」
言葉を続けた。
「クンドリーはスパイだ。クリングゾルのな」
「クリングゾルの」
「そうだ。だからこそ戒厳令を敷くのだ」
彼は言う。
「戦闘配備もだ。急げ」
「は、はい」
部下達は戸惑いながらも頷いた。
「敵が来る前にな」
だがそれは遅かった。軍服を着た男が一人ヴァルターの執務室に駆け込んで来た。グレーの、第四帝国の将校の軍服を着た男であった。
「執政官、大変です」
「どうした、ダーヴィット大佐」
ルシャナはダーヴィットに顔を向けて問うた。
「敵です、クリングゾルの軍が来ました」
「馬鹿な、そんな筈が」
ヴァルターはまずはそれを否定した。
「ヴァルハラ=ドライブは全て遮断している筈だ。それが何故」
「わかりません。ですが」
武官はそれでも言う。
「何かがこちらに向かって来ております。かなりの大きさです」
「かなりの」
彼はそれを聞いて首を傾げさせた。
「隕石か何かか」
「わかりません。とにかくとんでもないもののようです」
「わかった。今すぐ軍を出撃させよう」
ヴァルハラは決断を下した。そして周り者達に対して言った。
「駐留艦隊を出撃させる」
「ハッ」
「私も行こう。何が来たのかこの目で確かめたい」
「わかりました。それでは」
「ああ」
こうしてルシャナ自身も出撃することになった。思えばそれが運命の分かれ目であった。
このマインには駐留艦隊も存在していた。その数約五十。帝国の新型艦であったザックス級戦艦を旗艦としている。帝国崩壊前までは辺境地域の防衛艦隊であったのだ。
ルシャナはその指揮官も務めていた。彼はスードリの軍事、行政両方における統治者であったのだ。だからこそ今艦隊を率いていた。
このザックス級戦艦はバイオCPUを搭載していることで知られている。その為かなりの高性能を発揮しているのである。只の最新鋭艦ではなかったのである。
ヴァルターはその艦橋にいた。そして来るであろう敵を見据えていた。その彼のもとにまた報告が届いてきた。
「司令」
艦隊を率いている場合はこう呼ばれる。彼は軍人でもあるのだ。
「来たか」
「はい」
幕僚の一人ナハティガルが応えた。
「前方からやって来ます」
「前からか。また大胆なことだな」
彼はそれを聞いてこう述べた。
「一体何物だ。それともかなりの数だというのか」
「それが」
だがその幕僚は口を濁していた。
「何かあるのか」
「はい。何かおかしいのです」
「おかしい」
ヴァルターはそれを聞いてその知的な眉を顰めさせた。
「どういうことだ」
「これを御覧になって下さい」
幕僚はそう言うとモニターのスイッチを入れた。そしてそこにバイオCPUによるコンピューター映像が映し出された。
「これは」
それを見たヴァルターの顔が強張った。
「馬鹿な、有り得ないことだ」
「あれは一体」
「ファフナーだ」
そこには巨大な黒い竜がいた。どう見ても生物であった。その巨体の周りに青白い稲妻も覆っている。禍々しい異形の姿であった。半透明の姿に長い首の上にある邪悪な頭をヴァルター達に向けていた。
「ファフナー」
「バイロイトを崩壊させたあの」
「そうだ」
ヴァルターはその整った顔を強張らせたまま答えた。
「それが一体何故ここにまで」
「わからない。だが一つ言えることは帝国軍がここまで来たということだ。ヴァルハラ=ドライブをも無視してな」
「ヴァルハラ=ドライブをも」
「そうだ。そして」
言葉を続けた。躊躇いながらも。
「あれをどうにかしないと我等は滅びる。確実にだ」
「バイロイトの様に」
「すぐに総攻撃を仕掛けよ」
ヴァルターは指示を下した。
「そして叩き潰せ。よいな」
「ハッ!」
こうしてすぐに総攻撃が加えられた。五十隻の艦艇によるビームとミサイルの攻撃が加えられる。だがファフナーはそれを受けても全く動じてはいなかった。
「駄目です、まるで効果がありません」
「馬鹿な、そんな筈がない」
ヴァルターはそれが信じられなかった。
「これだけの艦隊の攻撃を以ってしても。どういうことだ」
「まさか我等の攻撃を無効化する新兵器を搭載しているとか」
「ならば撃破は不可能だと」
「そんなことは有り得ない」
ヴァルターは幕僚達の言葉を否定した。
「この世に破壊できない兵器なぞ存在し得ない。そんなこともわからないのか」
「ですがこのままでは」
「わかっている」
ヴァルターは戦いとは別の決断を下さざるを得なかった。
「住民をシェルターに入れよ」
「はい」
「全ての住民をだ。よいな」
「わかりました。それでは」
「バイロイトがどういった崩壊をしたのか詳しくは知らないが」
彼はファフナーを見据えながら言った。
「幾ら何でも地下深くまで潜り込んでは手出しの仕様があるまい。これでいい」
「艦隊は如何致しますか」
「一先後退する」
艦隊に対しても指示を下した。
「フランケン星系まで後退する。よいな」
「わかりました」
「住民はシェルターにいれば当分は大丈夫だ。そしてファフナーをやり過ごす」
妥当な案であった。しかしこれがヴァルターにとって最大のミスとなってしまうことにこの時彼は気付いてはいなかった。
「我が艦隊を囮にしてひきつけるぞ」
「はい」
「そしてファフナーからの目を逸らす。あれが何者かは知らないが」
彼はまだファフナーが兵器であると思っていた。そしてこちらの陽動に乗って来ると思っていたのだ。
「私がここにいることは知っているだろう。ならば私を狙ってくる筈だ」
「それでニュルンべルグから引き離すと」
「そのつもりだ。上手くやるぞ」
「了解」
幕僚達は頷いた。そしてあえてファフナーを挑発するように後退を開始した。
だがファフナーはそれには乗っては来なかった。どういうことかニュルンベルグの前で止まっていた。
「!?どういうつもりだ」
最初に気付いたのはヴァルターであった。
「攻撃を仕掛けないというのか」
「どういうつもりでしょうか」
「わからん。だが惑星への攻撃を優先させるとは思えん。そんなことは無駄なのはわかっている筈だ」
シェルターに逃げ込んでしまえば安全だと思っていた。バイロイトの崩壊は住民達が奇襲によって避難が遅れていたせいだと思っていたのだ。
「ですが実際に」
「何を考えているのだ、帝国軍は」
ヴァルターはファフナーの意図を読めないでいた。その間にファフナーはその大きな口を開けた。
「!?」
「司令、大変です」
今度は同席していた文官の一人フォーゲルザングが言ってきた。
「今度は何だ」
「ニュルンベルグで異変です」
「どうしたのだ」
「コアが異常に振動しております」
「何っ、コアが」
「はい。それによりニュルンベルグ自体が破壊されていますが」
「馬鹿な、そんな筈は」
「若しかしてファフナーは」
幕僚の一人が呟く。
「惑星自体を破壊する兵器なのではないでしょうか」
「まさか、そんな筈がない」
ヴァルターの顔が蒼ざめる。
「そんな兵器は。今まで聞いたこともない」
「ですから新兵器なのでしょう。惑星自体を破壊する」
「いかん、すぐに住民達を避難させろ」
「何処に」
「フランケンまでだ。急げ」
「駄目です、間に合いません」
部下の声が悲鳴に近くなっていた。
「間も無くニュルンベルグは」
「あそこには多くの住民達がいるのだぞ」
ヴァルターには普段の冷静さはなかった。狼狽しているのがはっきりとわかった。
「このままでは。彼等が」
「しかし」
「エヴァもいるのだ。急げ」
「港が今の振動で全て破壊されました!」
また報告が入る。
「地表も。これではもう」
「そんな、そんな筈が」
「駄目です、ニュルンベルグはもう」
「エヴァ」
ヴァルターは最後に呟いた。そして叫んだ。
「エヴァーーーーーーーーーッ!」
それが最後の言葉であった。今モニターには破壊され、四散していくニュルンベルグが映っていた。一個の惑星が今破壊され尽くしたのであった。
「ニュルンベルグが完全に破壊されました。同時にファフナーが撤退を始めました」
「ああ」
ヴァルターは部下の報告に力なく頷いた。
「ファフナーはどうしますか」
「どうしようもない。放っておけ」
「わかりました」
「そして先程のニュルンベルグ破壊ですが」
沈痛な色が含まれてはいるが淡々とした報告が続く。
「これによりマイン全体に被害が出ております。最早統治拠点としての使用は不可能かと」
「嫌でも移らざるを得ないわけだな」
「残念ながら。如何為されますか」
「悩んでいる時間もないだろう」
彼はもう我に返っていた。そしてこう答えた。
「フランケンに向かう。全艦を以ってな」
「はい」
「そしてそこで戦力を集中させ今後のことを考える。よいな」
「わかりました。しかし我々の手許にこのザックス級戦艦があって助かりました」
「うむ」
「独自でヴァルハラ=ドライブを作ることができるのですから。これがなくては今頃路頭に迷うところでした」
「不幸中の幸いと言うべきかな」
ヴァルターはそう応えた。
「銀河に七隻しかない最新鋭戦艦」
「はい」
「それがこのザックス級だ。これは一番艦のザックスだったな」
「その通りです」
「これのおかげで何とか生き残ることができた。まずは生存者がいるかどうか確認したい」
「ニュルンベルグは残念ながら」
「違う。マイン全体では」
彼は言った。
「かなりの被害を受けていても。まだ生存者はいるかも知れない。彼等を救助してフランケンに向かうぞ」
「わかりました。それでは」
「うむ。すぐに取り掛かってくれ」
こうしてヴァルターの艦隊は残った僅かの生存者を救助してフランケンに向かった。ヴァルターは最後にそれまでニュルンベルグがあった場所を振り返った。そして心の中で呟いた。
「エヴァ、仇はきっと取る」
ヴァルターとその艦隊はフランケンに辿り着いた。そしてそこで早速これからのことについて話をはじめたのであった。
何やら凄い平気が初っ端から登場している。
美姫 「惑星を潰し、こちらの攻撃が効かない兵器を前に、どう戦うのか」
これからの展開が気になるところ。
美姫 「一体、どうなるの!?」
次回も楽しみにしています。
美姫 「待っていますね」
ではでは。