土曜の午後、高校も終わり高町家へと帰宅した恭也。
これからの午後をどのように過ごすか悩んでいた。
「そろそろ今までおろそかにしていた盆栽に精を出して、その後釣りの雑誌を読むのも悪くない」
これから行う事に喜びを見せつつ門をくぐり、
まずは盆栽たちの具合を見ようと眼を向けてみると。
「――――――」
言葉を失った。恭也の目線の先には一つの盆栽が台から落ち無残に横たわっていた。
手塩をかけた盆栽はたとえどれであったとしても大切な恭也。
その一つが無残に横たわっていて言葉に尽くせない悲壮が彼を襲う。
無残に散り果てた盆栽。
落ちた盆栽に近づき、状態を見る。枝が一本ぽきりと折れていた。
(コノウラミハラサデオクベキカ)
かなり危険な気を発している恭也。高町家にいる小動物たちも震え上がっていた。
盆栽を壊すような人物を頭の中ですぐさまピックアップし、全員分のお仕置き方法に思考を巡らす。
その中で美由希だった場合のお仕置きは――――それはもう悲惨だった。
そんな危険思考を巡らせている恭也の背中に二つの小さな影。
恭也も二人の接近に気付き、後ろを振り向く。恭也の頭の中にこの二人が盆栽を割ったという可能性を考慮していなかった。
ダダ甘の恭也君である。
「ただいま」
家族であるからこそきちんとした礼儀を守る恭也。
一家の父性を担う恭也が二人の前では見本となるようにそれだけは貫き通していることである。
例え、心が乱れていたとしても。
そして、振り向いた先には涙を溜めているなのはと久遠。
「おにいぃーーーーーちゃーーーん」
「きょうや」
二人して涙を流しながら抱きついてきた。
泣いている末妹とその親友が何故泣いているか理解できなかったがきちんと受け止める。
ぽすんと小さな音を立てて二人は恭也の胸の中に収まった。
「えぐっ、おにっ、おにいちゃん」
「ぐすっ、きょうや〜」
「どうしたんだ? 二人とも」
先ほどの怒りなど何処かに行ったのかと問いかけたいほどの優しい言葉。
恭也にとって泣いているなのはと久遠をあやす事は壊れている盆栽の犯人探しよりも大切なのだ。
何よりもこの二人が盆栽を割った犯人だと恭也は考えていない。
現時点の犯人最有力候補は美由希である。
「ごめっ、ごめんなさい」
「きょうや、ごめんなさい」
泣きながら不確かにも謝罪の言葉を口にするなのはと久遠。
「どうしたんだ、二人とも。泣いていては何も分からないぞ?」
ぽんぽんと軽く頭を撫でながら二人を諭す恭也。その姿は兄ではなく何処までも父である。
ゆっくりと撫で二人の落ち着きを取り戻す。
「おにいちゃん、ごめんなさい。くーちゃんとボール遊びしてたらおにいちゃんのぼんさいを割っちゃいました」
「きょうや、ごめん」
その言葉にビシリと音を立てて固まる恭也。
予想外の人物が割ってしまった事が恭也の動きを止める。
「怒ってるよね」
「きょうや、おこってる?」
ギギギときしむ音を立てて首を動かし二人を見下ろす形となる恭也。
その視線の先には涙目で恭也を見上げているなのはと久遠。
涙目の二人を見ては、さすがに堪忍袋の緒もそう簡単に切る訳にもいかなかった。
限界ギリギリまで伸びきっているが。
「ごめんなさい、おにいちゃん」
「ごめん、きょうや」
涙目で謝り続けるなのはと久遠。
だが、恭也はなのはと久遠の手に握られている物を見咎めた。
ボンドだった。
「――――――なのは、久遠。その手に握っている物は何だ?」
「ぼんど」
久遠が簡潔に言葉をつむぐ。
もしや、二人はボンドで折れた盆栽の枝をくっつけようとしていたのだろうか?
だとしたらそれは最もしてはいけない事だ。
「もしかして、ボンドでくっつけて盆栽を割った事をなかった事にしようとしたのか?」
恭也の堪忍袋の緒は小さく切れ目が入る。
幾らなのはと久遠であろうともさすがにそれではブチ切れる。
兄として、父として間違った方向に進ませないために切れなければならない。
決して盆栽の恨みを発散させるわけではない。
「ちがうの。ちゃんとおにいちゃんに言うつもりだったの。でも少しでも直ってる方がおにいちゃんがよろこぶと思ったから」
「くおん、ちゃんときょうやにあやまる」
その言葉が嘘でない事を確かめる為に二人の眼をしっかりと見る。
そこには懺悔と後悔が浮かんでいた。
堪忍袋の緒が千切れる限界でもなのはと久遠相手になら冷静に見れる恭也は確実に甘い。
「じゃあ、どうして泣いていたんだ?」
自分でもその行為が甘いということを理解しつつ二人の頭を撫で必死にあやす。
「おにいちゃんが、ぼんさいを大事にしてること知ってたから」
怒られるのが恐くてないていたのか? 盆栽を割られた時の俺はそんなに恐かったか?
必死になって自問を繰り返す。二人に恐がられるのは堪えるらしい。
「恐かったか?」
「ちがう、きょうや、かなしむ」
「おにいちゃんが悲しいするのがいやだから、そんな悪いことをするなのはが……ヒクッ」
「くおん、わるいこだから……グスッ」
怒られるのが恐いのではなく、悲しませる事が嫌で、そんな事をさせた自分たちのことが悔しくて、恭也に嫌われたくなくて。
二人の涙は、二人の悲しみはとても純粋だった。
「なのは、久遠」
名前を呼ばれてビクンと震える二人。
だが、二人の態度とは裏腹に恭也の声はいつもよりも優しかった。
「俺は怒ってないぞ」
その言葉に半信半疑に頭を上げるなのはと久遠。
その瞳に優しさが満ちていることを理解しても二人は涙を流していた。
「もし、なのはと久遠が盆栽を割った事をなかった事にしようとしていただけなら怒っていたが、二人はきちんと謝ったからな。
だから、俺は怒らない」
「ほんとう?」
「ほんと?」
「あぁ、大丈夫だ。怒っていない」
「おにいーーーちゃんーーー!!」
「きょうやーーーー」
抱きついた二人をさらになだめながら喜びのため息を吐く。
なのはが人を思いやれる子に成長してくれて、
なのはと同じように人の心を思いやれる久遠がなのはの友となってくれた事に喜びを感じて。
「おいしーねー、くーちゃん」
「だいふく、すき」
泣きやんだ二人をお茶に誘い縁側で三人寛ぐ。
先ほどのしこりは一切見られない。
大福とお茶をのんびりと頂いている二人を微笑ましく見ながら緑茶をゆっくりとすする。
「ふわぁ――――にゃにゃにゃ」
なのはが盛大なあくびを上げ、そのあくびを恭也に見られた事を恥ずかしく思い奇声を上げる。
その隣では久遠がうつらうつらと頭を揺らしながら眠気に必死に耐えている。
沢山泣いて、お腹が一杯になったら子供は眠くなる物だ。
そんななのはと久遠の頭をちょんと軽く押して自分の膝に体を倒させる。
「おにいちゃん?」
「くーん」
なのはは普段はされない膝枕に戸惑いながらも恭也を見上げる。
久遠は限界なのか半分近く夢心地で恭也の膝を堪能していた。
「眠いのだろう? 少し寝た方がいい」
「でも、いつもはしてくれないのに、今日はなんで?」
「何、きちんと謝れるようになったご褒美だ」
それ以外にも色々とあるが端的に話し、それで終わりだと告げるようになのはの目元を手で覆った。
「えへへっ、ありがとうおにいちゃん」
ご褒美を喜びつつゆっくりと眠りに落ちるなのは。
眠りについた二人を起こさないように細心の注意を払いながら頭を撫でる。
慈しみを込めて、喜びを込めて、二人の髪をゆっくりと撫でる。
鉄面皮から僅かに見せる微笑。
二人を見守るその表情は何よりも優しかった。
「ただいま〜」
「お帰り、かーさん。随分と早いな」
なのはと久遠の髪を撫でる事を止めて桃子に出迎えの言葉をかける。
「松ちゃんに『たまには子供に料理を作ってあげな〜』て言われてね」
きっと松尾さんは偉人だ。最もにぎわう時間に休ませてくれるなんて普通に考えれば有り得ない。
桃子もそれを分かっているがその優しさを素直に受け取った。
一月以上家で料理をしていないのは母親として寂しかったのだ。
幾ら、晶とレンが朝昼晩を作ってくれるのだとしても。
「そうか、松尾さんには感謝せんといかんな」
「頭があがらないわ〜――――――あら? 珍しい」
恭也の膝で眠る二人を眺め心底珍しいと漏らす。
それだけ恭也が膝枕をする頻度は低いのだ。
「何、ご褒美だ」
他には何も告げずにまたなのはと久遠の頭を撫でる。
慈愛に満ちた表情で。
「ぶ〜、桃子さんにも教えなさい〜」
可愛らしく頬を膨らませながらしつこく聞きだそうとする。
それに動じずに何も答えない恭也。桃子の可愛い表情を見慣れているのと世界一の朴念仁故に動じない。
「あまりうるさくすると起きるぞ?」
静止の言葉に動きを止める。
さすがに桃子も今、幸せそうに眠っている二人を起こすのは忍びなかった。
「幸せそうに眠ってるわね」
「あぁ……本当に」
安心に満ちて幸せそうに眠っているなのはと久遠を見ながら微笑む桃子。
「お父さんしてるわね」
微笑ましく思う声なのに、申し訳なさが篭っていた。
高町家に男は恭也一人しかいない。
全てを恭也に任せてきた事を、まだ大人になっていない恭也に全て任せた事を申し訳ないと想う心が。
「だとしたら、嬉しいな」
桃子とは正反対に微笑みながら心底想う声。
それは本当に慈愛に満ちた父親の表情をしていた。
「ふぅ」
「高町母よ、何をしている?」
「何って休憩〜」
恭也が動けない事をいい事に恭也の背中に背中を預ける桃子。
その大きさに頼もしさを感じつつゆっくり眼を瞑る。
「背中……大きくなったね」
「体も大きくなったからな」
(そういう意味じゃないんだけどな〜)
一心に家族を守り、支える父としての背中。
心の大きさ、頼りがい、優しさ、慈愛の深さ、その全てが詰った大きな、大きな背中。
全てを委ねてしまえる逞しい男の背中。
(本当、いい男になっちゃって――――――――――――ちょっとぐらい甘えてもいいよね?)
背中に体重の全てを預け身をゆだねる。身も心も包まれているような心地よさ。
知らず知らずのうちにその背中にすりよってしまう。
「高町母よ、それではなのはと変わらんぞ?」
さすがに年上に擦り寄られては困る恭也。
桃子ぐらいの美人に猫のように擦り寄られては幾ら朴念仁と呼ばれる恭也でも耐え切れない。
「あら、それは出会ったときと変わってないって事かしら?」
「…………」
「ほらほら、正直に答えなさい。こんな若いお母さんが持てて嬉しいって」
背中に体重を預けつつも器用に恭也の頬を指で何度も押す。
「別に…………変わっていないわけじゃない、桃子おねーさんはあの時よりも綺麗になった」
「恭也、聞こえなかったんだけど?」
本気で聞こえなかった桃子は恭也がどんな事を言ったのか再度尋ねるが、
「気にするな」
はぐらかす。
さすがに恥ずかしい。年の事もあるがそれ以上に自分の母親に面と向かって綺麗と言うのは。
「うぅ、息子に隠し事をされるなんて母親失格なんでしょうか? 士郎さん」
微妙に墓前の方向を向いて腕を組み泣きまねをしている桃子。
「なのはがいないから俺にはその方法は効かんぞ」
「はぅ…………教えてくれたっていいじゃない、恭也のケチ」
「ケチで結構」
小さなじゃれあい。それはとても穏やかで。
少し前から聞こえ始めた背中を通しての微かな寝息。
後ろを見ずとも桃子が眠っている事は分かる。
この後、桃子は夕食を作るつもりなのだったのだが、恭也は背中を貸したままにする事にした。
恥ずかしいがいつも頑張ってくれている小さな女性に僅かでも安らぎを……
夕暮れに照らされて映し出されるのは一つの大きな影。
膝で眠る少女達に安らぎを与え、背中で眠る小さな女性に安心を与える大きな影が映っていた。
後書き
騒がしくもなく唯々、平穏な日々。戦いに身を投じる事のある恭也ですが、そんな彼にも穏やかな日があるはず。
そして高町家の父性を一心に背負う恭也のなのはと久遠に対する優しさ。
大黒柱として頑張っている桃子にも安らぎを与える恭也。
私は恭也がそれほどみんなの中心にいると思っています。
それだけ家族を思い、それだけ家族に頼られて慕われている。彼はきっと子供でいられないでしょうから。
ちなみにこのSS、なのは&久遠SSじゃなくて桃子SSですからね?
ざから「穏やかじゃな」
ん、私にしては珍しいぐらいに穏やかだ。
ざから「裏があったりとかせんじゃろうな?」
ないない。この話は唯これだけ終わる。本当に何もない。この後、誰かに見つかる事もなく静かに終わるよ。
ざから「珍しい」
まぁ、たまにはね。私もそういうのが書きたくなるし。
ざから「まぁ、いいじゃろ」
そだね、さて締めよう。
ざから「そうじゃな。これだけ穏やかであればここで長く話していても無粋じゃろう」
では、またいずれ書く短編でお会いいたしましょう。
後、告知。来週には『悲しくも気高き守護者』の新作が出せそうです。
こういう何気ないのんびりほのぼのとしたお話も大好きですよ〜。
美姫 「とっても落ち着くわね」
うんうん。こういうのもやっぱり良いよな〜。
美姫 「本当に。はぁ〜」
思わず癒される良いお話でした!
美姫 「ありがとうございますね」