「恭也ぁああああああ!!!」

 

 自分の身代わりとなり落ちていく恭也をみて泊龍は絶叫した。

 

 自らが好意を寄せている人物がいなくなるのだ。絶叫しないほうがおかしいといえるだろう。

しかし、目の前に敵がいるのにそれはあまりにも無防備。

 

 

「泊龍!!」

 

 赤龍が気を取り戻すように声をかけるが泊龍は取り合わない。

 

 

 

 

 

 そんな泊龍に狒狒はその凶悪なる爪を振り下ろそうとしていた。

 

 

 

 

 

グガガガァアアアアアアアアアアア!!!!

 

 

 

 

 突然、狒狒は苦しみだした。

 その原因は分からない。しかし、今ならば逃げる事が可能な絶好の機会だ。

 

 

 赤龍は泊龍を抱えて、狒狒から離れるように走り出した。

 

「恭也が、恭也が!!!」

 

 泊龍をその錯乱した状態で抱えているために赤龍も色々と厳しい。

 それに恐怖を感じているのは泊龍だけではない。

 

「黙ってろ!! あいつがこんな事でくたばるとでも思ってんのか!! 違うだろ!! あいつは何があっても生きてるはずだ!!

 あいつは必ず生きてる!!」

 

 赤龍の強い言葉に泊龍も黙った。

 赤龍とてそれが確信できているわけではない。

 むしろ、自分に言い聞かせているような状態だ。

 それでも赤龍は信じていた。

 

(恭也、護る者がいるお前がこんな所でくたばったりなんぞしないよな? 絶対にくたばるなよ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢幻残儚(むげんざんか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇の中で堕ちていく。

 奈落の底に堕ちる様に延々と堕ちていく。

 

 

 堕ちていく恭也にまるでその見せ付けるかのように映像が流れていた。

 

 

 それは恭也が今まで人を殺してきたシーンの再現だった。

 

 銃弾をかいくぐり、その咽元を八景で切り裂く。

 剣を跳ね除け、八景でその心臓を突き刺す。

 助けを請う人を無慈悲に切り裂く。

 逃げようとしてる人を容赦なく切り捨てる。

 

 

 

 

 延々と続く映像。まるでこれからお前は地獄に堕ちるのだと宣言されているようで。

 

 

 

 

 

 

 

 幾つもの映像が流れ、ついに母を殺したシーンが浮かんだ。

 

 苦しい、辛い、泣きたい。

 今、思い出しても泣きたくなるのに映像として見せ付けられては涙を堪えられそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その映像が途切れた後に映し出された物を見て恭也は凍りついた。

 

 

 そこには血の海に沈んでいる桃子、なのは、美由希。

 

 そしてその傍らには血化粧をして血に濡れた八景を持った恭也が・・・・・・・。

 

 

 

 

 

「あぁああぁああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

 

 その残酷としか言いようのない物から逃げ出すようにがばりと恭也は身体を起こした。

 

 

 

 目の前に見えたのは闇一色の奈落に堕ちる様な光景ではなく、暖かな光に溢れた日本家屋。

 

ドタドタドタドタッ

 

 廊下のほうから激しい足音が複数聞こえる。

 それはどうやらこちらに向かっている。

 そして障子が勢いよく開けられ、

 

「恭也!! 目ぇ、覚ましたのか!!」

 

 恭也に飛びつき、抱きしめてくる夏織(・・)

 

 柔らかくて、懐かしい感触がする。

 恭也の感覚的に随分と前に聞いた、とてもとても暖かい声。何よりも愛情を注いでくれる声。

 

「恭也!!」

 

 さらに障子のほうから声がする。

 それは桃子の声。

 

「恭ちゃん!!」

「恭也君!!」

「恭也!」

「恭也ちゃん!!」

「恭也君!」

「恭也!」

 

 そしてさらに複数、それは美由希、静馬、美沙斗、琴絵、一臣、美影の声。

 

 誰もが恭也を心配するように声を掛け、暖かく無事を喜んでくれている。

 

 

 その事実に恭也は戸惑うしかなかった。

 

 自分は、龍に入って崖から落ちたはずだ。

 御神は滅んだはずだ。

 夏織はこの手で殺したはずだ。

 桃子も、桃子に抱えられたなのはも、美由希も恭也の傍にはいないはずだ。

 

 

「なんで、みんなが・・・・・?」

 

 それしか恭也には呟けなかった。

 

 目の前の現状が信じられなくてただ、それしか呟けなかった。

 

「おい、恭也。どうした? 本当に大丈夫か? 士郎に吹っ飛ばされて頭打って少し混乱してるのか?」

 

 夏織の言葉はさらに恭也を混乱に導いた。士郎が生きている?

 そんな馬鹿な、士郎はフィアッセを助けて死んだはずだ。

 

「そんな、母さんも、父さんも、静馬さんも、美沙斗さんも、一臣さんも、琴絵さんも、美影さんも死んだんじゃ?」

 

 恭也のその言葉に誰もがぽかんと口を開けていた。

 

 恭也以外にはその言葉の意味は分からなかった。

 

 

 その中で夏織だけは鬼のような形相をしていた。

 

「士郎、恭也が頭打って大変な事になってるじゃねぇか。・・・・・・・・コロス」

「お〜い、恭也起きたんだってな?」

 

 

 夏織が呟いたと同時に入ってきた士郎。

 夏織は勢いよく士郎に襲い掛かった。

 

「おい、ちょっと待て!! 一体なんだ!」

「馬鹿野郎、お前のせいで恭也の記憶が混乱しちまっただろ!! 私を見て死んだんじゃ? なんて聞いてくるぐらい混乱してんだよ!!」

 

 その声と共に、夏織は刀を屋敷の中で振り回す。

 

「なっ、何!? いや、それは悪かった。でも鍛錬の合間にちょっと力が入っただけだろ!!」

 

 士郎の必死の弁解にも夏織は取り合わずに刀を振り回す。

 

 さすがにこの状態の夏織を説得するのは無理だと士郎は考え、周りに助けを、

 

「静馬!! 俺は普通に鍛錬してだけだよな!? 一臣!! ちょっと力が入っただけだよな!?」

「士郎さんが悪いよ」

「兄さんの責任だね」

 

 求めたが、その風景を見ていたであろう人物達は暗い笑みを浮かべながら士郎の責任だと言い切った。

 

「桃子っ!! 桃子なら分かってくれるよな!?」

「士郎さんの責任です」

 

 最愛の妻に助けを求めるも、簡単に裏切られる。

 

「なのは! なのはなら分かってくれるよな?」

 

 まだ生まれたてのなのはに助けを求めるくらい士郎は切羽詰っていたが、

 

プイッ

 

 不機嫌な表情でなのははそっぽを向いてしまった。

 なのはにさえ、裏切られて士郎は膝を付いてしまった。

 

 さすがに実の娘にまでこんな表情をされては士郎もくたばるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなくたばった士郎を誰もが放置して、美影が恭也に優しく微笑みながら近づいてきた。

 

 そして優しく、愛おしげに恭也の頭を撫でながら、

 

「恭也、きっと恐い夢でも見ただけだ。大丈夫、みんなここにいる」

 

 美影のその言葉が恭也の胸に沁みこんだ。

 

 そしてその言葉を肯定するように周りにいる誰もが優しく微笑んでくれた。

 

「恭也!?」

 

 美影だけでなく、周りの誰もの驚いた声。

 

 

 

 恭也の頬には涙が零れていた。恭也も気付かないうちにその頬は濡れていた。

 

「あぁ、恭也。どっか痛むのかい? 士郎ぉおおおおおお!!!! 夏織ぃ!! うちのロクデナシを粉みじんにしろ!!」

「分かってるさ、美影さん!!!」

 

 恭也が泣いた事によりさらに士郎の立場は悪くなった。

 

 

 

 

 

 

「恭也。ほら、もう痛くない。痛くない」

 

 桃子が恭也を抱えて頭を撫でてくれる。

 暖かい。

 本当に暖かい。

 

「恭ちゃん、本当に大丈夫?」

 

 美由希が心配そうに恭也の顔を覗きこんでくる。

 

「あぅあ〜」

 

 なのはがぺちぺちと恭也を気遣わしげに触れてくれる。

 

 誰もが心配をしてくれている。けれど、この涙は痛いからじゃなかった。苦しいからでも、辛いわけでもなく、

 

 今この時だけは、そのどれでもなくて・・・・・・、

 

 

 

 

 

「違うんだ。ただ・・・・・・、嬉しいんだ・・・・」

 

 恭也は涙を流しながら微笑んだ。

 本当に嬉しくて笑みが零れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紆余曲折あり、昼食の時間。

 

「ほら、恭也! たんと食え!」

「恭也、私もすこし手伝ったんだ」

「恭也ちゃん、私もがんばったんだよ!」

「恭也。ちょっと食べづらいかもしれないけど食べてね?」

 

 夏織が、美沙斗が、琴絵が、桃子がかわるがわる彼女達が自分で作った料理を食べさせてくれる。

 

 少し、困ったがそれでもここまで想ってくれての行動を邪険には出来なかった。

 

 夏織の料理は心に沁みた。

 美沙斗の料理は優しさに溢れていた。

 琴絵の料理は温かかった。

 桃子の料理は愛情に溢れていた。

 

 

 士郎や静馬、一臣と打ち合いをした。

 自分の技を見て驚いてくれる所や、嬉しそうな眼で見てくれることが嬉しかった。

 士郎の技を見る度、静馬の動きを見る度、一臣の戦術の組み方を見る度に喜びを感じた。

 

 美影と共に飲んだお茶はとても美味しくて、懐かしくて、嬉しかった。

 

 美由希やなのはと一緒に風呂に入った。

 なのはが嬉しそうに笑っていた。美由希が背中を流す事を楽しそうにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そのどれもが最早叶わないと思っていたもの。

 

 誰もが揃っていて誰も失われていない世界。

 

 亡くしたものだと思っていたものが、もう二度と触れ合える事がないと思っていたものがこの世界にはある。

 

 幸せだ。

 

 きっと今、この瞬間はなによりもかけがえなく、なによりも幸せだ。

 

 幸せであるとしか、本当に言えない。

 

 最上級の幸せであると・・・・・・・、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれど・・・・・・・・・、けれど・・・・・・、

 

 

 この手が朱に染まっているのが見える。

 この身が罪で穢れている事が分かる。

 この耳に呪う声が、怨みの声が聞こえる。

 この手に母を斬った感触が残っている。

 

 

 

 

 

 だから・・・・・、これが現実でない事が分かってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、これが夢でなかったとしたら・・・・・・・・、幻でなかったとしたら・・・・・、どれほど幸せだっただろうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界は崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き

ちびざから「切ないな」

 んだね。

ちびざから「なぁ、もう少し浸っておれんのか? こんなにも幸せそうに恭也は笑っているのに・・・」

 無理だよ。

 これは残酷なまで儚い幸せな悪夢。普通なら抜け出せないけど、泣けないほどに強くなった恭也じゃ浸っていられない。

 夢を捨ててまで、未来を捨てる覚悟を持ってまで護ろうとしている恭也は幸せな悪夢には浸れない。それに長ければ長くなるほど辛くなるだけさ。

ちびざから「悲しいな」

 

 で、ざから。どうして縮んだんだ?

ちびざから「お主が危険物を食わせたからじゃろうが・・・、禍神であり空に坐するものである我をこんなにするとは」

 それ位の危険物を私に喰わせていると自覚してくれ。

ちびざから「さて、次回は?」

 取り合えず残っている物の回収かな? 詳しく言っちゃうと話が見えちゃうから。

ちびざから「まぁ、いいわ。それよりも戻らんな」

 次回には戻っているんじゃないのか? では、次話も宜しくお願いします。

 





幸せな残滓。
美姫 「恭也の望むものが夢とはいえ」
夢だからこそ、余計に辛いかもな。
美姫 「現実では恭也はどうなったのかしらね」
とっても気になるな。
美姫 「次回も待ってますね」
待ってます。



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