湖南省の奥地、人が足を踏み入れる事も無き場所。

 人から見捨てられ、人から忘れ去られた場所。

 それ故にそこには・・・・・、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窮地への誘い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、こんな所に本当にあるのか?」

「うるさい、ぼやかずにさっさと歩け」

 

 いつものように軽口を叩きながら恭也と赤龍は道ともいえない道を歩いていた。

 この二人、別にハイキングや、トレッキングに来たわけではない。

 こんな密林としか言えない場所を進んでいるが、遊びに来ているわけでは決してない。

 そして、もちろん遭難しているというオチがあるわけでもない。

 

「くそっ、何で俺達はこんな任務を請け負ったんだ・・・・・」

「大老直々の任務だからだろうが」

 

 赤龍の愚痴にも恭也は全く取り合わない。

 恭也とてかなり疲れているのだ。本当は愚痴とて洩らしたい。

 しかし、目の前の男が恭也の変わりに何度も呟いてくれるので洩らすことさえ出来ない。

 

「あぁ、そうだな。しかし、泊龍は元気だな・・・・」

「あぁ、確かに。・・・・・泊龍とて年頃の娘だ。自然と触れ合えれば心も躍るだろう」

 

 恭也と赤龍の少し先には浮かれた様子で、しかし注意深く周りを見ながら先行している泊龍の姿が。

 その姿を見て、恭也は眩しそうに眼を細めながら微笑んでいた。

 

 

 

 

 

(こっ、こいつ・・・・、気付いてないのか!? 泊龍は明らかに恭也のことが好きだっていう事は周知の事実だぞ!?

それで任務とはいえ四六時中一緒に居られる事を喜んでいるっていうのに・・・・。泊龍が哀れだ)

 

 赤龍は恭也が、老人くさい事を抜かした事よりも、その事に驚愕した。

 

 

 恭也が龍に入ってからもう九ヶ月。

 その間に色々、本当に色々とあったのだ。泊龍とも、

 

 例えば、組織に尽くす事以外でも生きる事が出来る事を。

 生きていれば出会いがあり、その人と交流を深めて楽しく過ごせるという当たり前のことを。

 

 泊龍は子供の頃から龍によって育てられたために何も知らなかった。

 だから恭也は甲斐甲斐しく泊龍に色々な事を教えた。

 その事が泊龍に恋心を抱かせた。

 

 泊龍は淡い恋心を恭也に抱き、周りも何とはなしに恭也と泊龍をくっつけようと動いていたというのに。

 恭也はその事に欠片として気付いていなかった。

 

 

 そして、ここに来てこの老人発言。

 恭也は明らかに泊龍を手の掛かる年の上の子供としか見ていない。

 泊龍がかなり哀れである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 密林を抜けた先に白い建物が見えてきた。

 こんな密林の中には相応しくない人工物。

 断崖という危険な場所にわざわざ建てているというその不自然さ、

 病的なまでに真っ白なその姿は安堵よりも不気味さが際立った。

 

「漸く着いたか」

「あぁ、あそこが目標だ」

 

 恭也と赤龍がお互いに確認しあうように建物を見定める。

 その建物は二人の指令書に書かれていた通りの外見だった。

 

「あの・・・・、あそこの建物に一体何があるんですか?」

 

 その言葉に二人は唖然とした。

 

(恭也と外に出られるからって指令書をちゃんと読んでないのか!?)

 

 赤龍はその泊龍の言葉に変なところで驚いていた。

 

「私は二人の命令に従えとしか指令が来てないですから」

 

 その言葉を聞き、二人は納得した。

 

 泊龍の組織での位置づけからすれば今回の任務は教えられていないのが当たり前なのだ。

 今回の任務は赤龍と恭也の二人に直接来るぐらいの重要任務なのだから。

 

「今回はあの施設の殲滅だ」

「あそこでうちと敵対してる組織が遺伝子組み換えをしてバイオ兵士を造ってるって情報があったからな。

 それが表に出てくる前に潰せって言うのが今回の任務だよ」

 

 二人はきちんと泊龍に任務を話す。

 別に教えなくてもいいのだが、これから共に戦線を張るのだ。

 戸惑いがあっては困る。

 

「分かりました。私はバックアップという事ですね」

 

 泊龍の確認するような言葉に二人は頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 施設内に悲鳴が響き渡る。

 

こんな僻地に立っているだけに油断が大きかったのだろう。

 さして、困難な様子も見せずに恭也と赤龍は進入し内部を蹂躙していく。

 

 白衣を着た男や女を次々と斬り捨てていく。

 目の前にいる人物の頭が銃弾によって弾け飛ぶ。

 

 まさしく阿鼻叫喚の光景。

 

「たっ、たすけ・・・・て・・・・・・」

 

 銃弾が肩口に当たり、倒れ付している男が近くに居る恭也に向かって助けを請う。

 顔を苦痛に歪めながらも生を求めるその姿は、恭也の心に痛みを齎す。

 

 

 

 この数ヶ月で抗争などで人の命を奪うのには折り合いが付けられた。

 相手も殺しに掛かってくるから正当防衛だと割り切る事が何とか出来た。

 

 

 しかし・・・・、

 無抵抗の、戦う術も持たない人間を一方的に殺していくのは心が痛む。

 助けを請う姿には胸が軋む。

 

 

 されど恭也は無慈悲に、最大限の優しさを込めて殲滅対象を殺していく。

 それしか方法がないから。

 殺す事でしか、恭也は家族の未来を切り開く術を知らないから。

 盲目的に心を殺しながら、

 自分を騙しながら殺していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある程度殺した頃に恭也と赤龍は強い悪寒に襲われた。

 背筋がチリチリと焼き付く。

 皮膚があわ立つ。

 

 

 戦士としての本能が、動物としての本能が二人に告げる。

 

 己の最大限で、全力で、死力を尽くして逃げろと・・、

 

「氷狼!!」

「分かっている!!」

 

 二人はその本能に身を任せて逃げる体制をとる。

 

 粗方研究員は殺しつくした。

 ならば、後は外で爆弾を設置している泊龍に合図を送り逃げるだけでいい。

 

 

 

 

 

 

 二人は己の全力で持って逃げる。

 

 あと少し、あと少しで建物の外に出られる。

 

 人口の光とは違う自然光が安堵のゴールに見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人は無事にそのゴールテープを切った。

 

 

 

 

 

 しかし、世の中はそう甘くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 爆発音とは違う破砕音が建物の中から聞こえた。

 

 崩壊音ではなく、何かが建物の壁を破砕している音。

 

 何かが外に這い出ようとしている音。

 

 

 二人が逃げる間も無くその音は外にまでやってきた。

 

 

 そして現れる異形の存在。

 

 身体は黒く毛で覆われ、毛髪は自然のままに垂らしており、顔は人間に似ている。

 しかし、その大きさは人の比ではない。

 身の丈三メートル以上の化物

 

 その化物は恭也たちを見てその長い唇を吊り上げ、目を覆っていた。

 恭也達を見てその化物は嗤っていた。

 

 

「なっ、なんで狒狒がいるんだよ・・・・・」

「狒狒?」

 

 赤龍の呆然とした呟きに恭也は聞き返した。

 

「今は説明してる暇がねぇ!! とにかくあいつはヤバイ!! 逃げずに倒すぞ、密林なんかに入ったらあいつの独壇場だ」

 

 恭也も滅多に見られない赤龍の切羽詰った態度にただ静かに頷き、戦う準備をした。

 

 

 

 

 

 

 猛速度で迫ってくる狒狒。

 その巨体に反して恭也よりも早いその突進速度。

 突進を遮ろうと赤龍の精密な射撃をするがかすりもしない。

 

 赤龍の援護は期待できないと恭也も悟り、すぐに迎撃の準備をする。

 

 狒狒がその突進をいかした体当たり。

 しかし、そのあまりにも原始的な攻撃故にかわすことは簡単だった。

 

 二人が避けた後も狒狒はかまわず突進し続け、密林の樹にぶつかる。

 

ベキッ、メキメキメキメキ!!!!

 

 狒狒がぶつかった樹が勢いよく根元から倒れていく。

 その光景に二人はさらなる恐怖に襲われる。

 

 上手く避けたとはいえ、あんな物がかすりでもしたなら人の身体など木っ端微塵だ。

 

 二人は狒狒の攻撃だけは絶対に受けてはならないと理解してもう一度戦いに挑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狒狒との戦いは長引いている。

 相手の攻撃は絶対に受けられないために相手が攻撃のモーションに入ったら自らが有利な攻撃態勢であろうとも逃げなければならない。

 

 その上、攻撃が通じない。

 

 御神流の奥義も狒狒の分厚い皮膚の前には中まで通る事はできず、徹も効いている気配さえ見せない。

 

 赤龍の銃弾もその皮膚の前には貫通せず、眼や眉間などを狙いをつければ危険だと察知し狒狒が避ける。

 

 

 こちらの攻撃が効かず、相手の攻撃が一度でもかすれば終わりというすでに終わっている戦い。

 

 

 

 しかし、二人に後退はない。

 

 恭也には見えない後ろに護るべき人が居るから。

 何があろうとも引く事などで着ない。

 

 遠い昔から知っていた。

 絶対に勝てない敵なんて居ない。付け入る隙はある。

 恭也の手にある剣はたしかに殺す剣だ。

しかし、その心は歴代の御神の剣士の誰よりも護る為に存在している。

 ならば負けられない。

 ならば勝つしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「氷狼!!」

 

 戦況が硬直してる中で異物が入ってきた。

 

 それは今まで爆弾を設置して安全な場所に隠れていたはずの泊龍。

 

 

 それにより戦況が動く。

 

 狒狒の狙いが恭也と赤龍の二人ではなく泊龍に変わるという最悪の事態に・・・・、

 

 

 

 狒狒は泊龍に突進していく。

 恭也や赤龍など眼にくれず、

 

 

 

 その瞬間、恭也はモノクロの世界に入った。

 泊龍は恭也にとって憎むべき龍の一人だ。

 

 しかし、この数ヶ月。泊龍と過ごしてきた時間に偽りなどなかった。

 自らを騙していようともこの数ヶ月は偽りではなかった。

 

 だからこそ、恭也は泊龍を失わない為に走り抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 モノクロの世界で狒狒が泊龍に向かってその鋭利な爪を振り下ろそうとしている。

 

 近づくだけでかなり時間を使った。

 このまま泊龍を抱えて走りきる事はできない。

 

 ならばと恭也は自らの刃でもって迎撃する事を選んだ。

 

奥義乃肆・雷徹

 

 爪に重ね合わせるように恭也の手にある八景がぶつかり合う。

 

 神速の中では筋力も上がっているはずなのに抑え切れない。

 

 

 

 

 そして神速が解け、

 

「がはっ」

 

 狒狒の力に耐え切れずに恭也は吹き飛ばされた。

 

 白の建物の後ろにある断崖へと・・・・・、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 龍の一室

 

 その報告を聞き、大老は呆然とした。

 信じ切れなかった。信じたくなかった。

 

「まさか・・・」

 

 恭也の反応をロスト。

 それは恭也が死亡した事を意味する。

 

「まさか・・・・、あの施設で泊龍を贄として、恭也に比較的大切な者が傍で死に絶えようが進める強さを手に入れさせようとしていたのに・・・・・、

 まさか・・・、まさか・・・・」

 

 大老が思い描いていた結末とは違う結末。

 そんなものを信じきれるはずがなかった。信じたくもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町家

 

パリンッ

 

 高町のキッチンにて今日も使われない恭也の食器を磨いていた桃子の手の中で恭也の湯飲みが勝手に割れた。

 

 そして同時に桃子に襲う、強い喪失感。

 

「嘘・・・」

 

 桃子はその喪失感を否定した。

 偶然、恭也の湯飲みが割れただけだ。

 

 しかし、この喪失感は士郎のときにも感じた・・・、

 

「やだ・・・・、やだ・・・・・、やだ!! 恭也が居なくなるなんてヤダ!! 恭也は居なくならない。恭也は帰ってくる!!

 ちゃんと約束したもん。恭也が旅行に行く前に約束したもん!!

 ちゃんと帰ってくるって約束した・・・・、

 恭也・・・・・、居なくやっちゃヤダよ。

 帰ってきてよ・・・・・・・、無事じゃなくてもいいから、刀なんて握れなくてもいいから帰ってきてよ・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き

 色々と足りねぇ!!

ざから「なんじゃ唐突に」

 最近、桃子さん分とか、ノエル分とか、久遠分とか、リスティ分とかが足りない!!

 だから、ちょっと無理して桃子を出してみた。

ざから「だからちと後ろが長いのか・・・」

 そういう訳だね。という訳で今回の説明としては、あの建物は本当に他組織の建物で龍を潰そうとして狒狒、つまりは中国の魔物を研究していた。

 そして、その力を移植して強力な兵士を造ろうとしていたんだけど、施設破壊で兵士はカプセルから出られず死亡。

 しかし、研究員が死んだ事により投薬で抑えていた狒狒が暴れだしたという事です。

ざから「まぁ、筋道はまだたっておるから許すが、その前に話が終わっておらんぞ? 後、何じゃ冒頭のは」

 あぁ、今回は三部作になる予定。都合上四部作になるかもしれないね。

短編連作だけどこれが前編。そして冒頭のは次々回への布石

ざから「無茶をするな」

 この前、リクが一通も来なかったからね。だからこれも終盤に向かおうと思って。

ざから「終わらすのか?」

 その心算。

ざから「まだ色々と回収しきれておらんぞ」

 大丈夫。残ってる分は次々回で回収できる。

ざから「やけに断言するな」

 プロットは出来てるから。さて、それよりもざから、私や他の作者さんに謝る事はない?

ざから「はて? とんと見当がつかんぞ」

 フザケンナ。私はともかく、浩さんや、T.Sさん、FLANKERさんにあのパンを送りつけて問題起こしただろうが!!

ざから「咲殿の偉大なる研究のための犠牲じゃよ。それに浩殿は被害を被っておらん気がするぞ・・・」

 ふふふふっ、その反省のない態度。もう頭にきた!! お前に制裁だ!! 喰らうがいい独自改良したレインボー栄養ドリンクジャムブレッドを!!

ざから「ほう、妾に反抗するか。前回の反省が活かせていないようじゃな。ではこちらはパンとドリンクで対抗してやろう」

 ざからぁああああああああああ!!!!!!

ざから「くどいぞ、駄作者がぁあああああああ!!!」

 

 ぐふっ、

ざから「甘い・・・・・、はうっ」

 くっ、勝てた。勝てたぞ!! はははっ、甘かったな、私はすでに耐性が出来ていたんだよ!!

ざから「きゅうぅうう〜」

 なんか普段からは考えられないぐらいに可愛い倒れ方だな。少しというかかなり罪悪感が・・・・ぐふっ、

 うぅうう、まだ完全に耐性が出来ていなかった。

 倒れる前に次回予告・・・・、

 次回、『夢幻残儚(むげんざんか)

恭也はもはや届かない、とても幸せな、されど残酷なまでに儚い夢を見る。

彼はその夢の中で・・・・・・・・・・(バタッ

 

 





大老の思惑が外れ。
美姫 「しかも、恭也の存在がロストだなんて」
手に汗に握る展開!
美姫 「益々続きが気になるわね」
断崖へと落ちた恭也は?
美姫 「まだ生きている狒狒に対し、赤龍泊龍は?」
気になる状態で次回!
美姫 「続きを待ってますね〜」
ではでは。



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