「ゲホッゲホッ、グゥウウウウウウ」
深夜の雨の森の中、呻き声が聞こえる。
呻き声の主は、こんな深夜の雨の森にいるにしては不自然なぐらいの年の少年。
彼はこんな雨の中、地面にうずくまり膝を抱え呻いていた。
そんな少年の横にはスーツを着た大の男が横たわっていた。
雨によって作られた水溜りは夜だというのに紅く濁っている。
「殺した・・・・・、人を・・・殺した・・・・・」
少年の言葉を信じるならば横たわっている男は少年が殺したことになる。
それを証明するかのように、少年の手に握られた日本の小太刀は赤く染まっていた。
雨が彼の体にこびりついた紅を流していくが、その身に染み付いたにおいは消えない。罪は流れはしない。
初めて人を殺したということに途方もなく暮れている少年。そんな少年に数日前に死んだ父の声が聞こえたような気がした。
(恭也、俺にもしもの事があったら、桃子を、美由紀を、これから生まれてくる俺の子を頼むな)
その心のうちより聞こえた声に少年は、いや恭也は動かされた。
護らなければ・・・・、
そんな想いだけを胸に
悲しい決意の始まり
恭也が鍛錬の途中で襲い掛かってきた男の身元の確認できそうな品を調べ、目処が立ったと同時に恭也は証拠隠滅のために男を埋めた。
そして、途方に暮れながらも足を引きずり、護るべき家族がいる家へと向かった。
恭也の膝は男との戦闘の最中に砕けていた。今まで酷使していたことと、ついさっき行った死闘が原因で限界だった膝が砕けたのだ。
救急車を呼ぶべきかもしれない。しかし、一刻でも早く家族の無事を確認したかった。その思いに突き動かされ壊れた脚で家に辿り着いた。
「お帰り・・・・、恭也!! あんたなんでそんなにボロボロなのよ!!」
「ただいま。・・・・かあさん、大きな声だと近所迷惑になる」
深夜帰宅して桃子に迎えられた。気付いていなくともこんなに穢れている自分を温かく迎えてくれる母に恭也は感謝すると同時に、周りのことを気にした。
必死に痛む体を騙しながら・・・・、
「そっ、そんな事よりも救急車! 救急車!!!」
「少し転んだだけだ。大丈夫だよ、かあさん」
あくまでも何ともないと言い切る恭也。それに桃子は押し切られる形になった。
「でもっ、明日はきちんと病院に連れて行くからね!」
そんな桃子の優しい言葉。ぶっきらぼうな自分をここまで気遣ってくれる母を恭也は心底感謝した。
翌日、桃子に病院に連れて行かれ検査の結果は膝に重大な損傷をおっているとのことだった。
その事に恭也はただ、やはりとしか思えなかった。
だが、桃子は別だ。昨日の時点で恭也を病院に連れて行かなかったことを心底後悔した。一晩とはいえ、そんな痛みをずっと耐えさせたのだ。
その後、自分を頼ってくれなかった恭也を桃子は怒鳴った。悔しくて、悔しくて、怒鳴るしか出来なかった。それと同時に恭也のことを心配して怒った。
その思いは恭也に痛いほど通じていた。
その後入院が決まり、恭也は数日は病院のベッドにくくりつけられた。
美由希には病室であったときに泣かれた。その後は面会時間の最初から最後まで、美由希は心配そうな目で恭也に張り付き、安否を気遣ってくれた。
桃子も休み時間が取れるたびに病院へと足を運び、恭也の様子を見に来てくれた。
桃子と一緒に来たなのはの笑顔が無機質な病室を彩ってくれた唯一のものだった。
その間、恭也は家族に触れられなかった。血で汚れた、罪で穢れたこの手で家族に触れていいとはとても思えなかった・・・・・、
ベッドにくくりつけられている間、恭也は必死になって状況を整理しようとした。
まず、襲ってきた男は手の刺青により龍の手の者だと言う事が分かった。
裏世界のことなどは士郎などから知らされていたし、その龍が御神にテロを行った組織だということも士郎の寝言で知らされた。
そんな巨大な組織に狙われている。その状況をどうすればいいのか、恭也は必死になって考えた。考え抜いた。
さらに、数日がたちリハビリも順調に進み歩くことに支障がなくなった頃、恭也は黙って病院を抜け出し、士郎が眠る場所へと向かった。
恭也は桃子に見せたことない泣きそうな表情で墓石の前に立つ。
「なぁ、父さん。俺はどうすればいい? かあさんを、美由希を、なのはを護りたい。けれど俺だけでは護ることなんてできない」
恭也の表情は悔しさと己に対する憎悪で歪んでいた。
「以前、父さんが言っていた香港警防隊も当てにできない。今頼ったとしても餌にされてしまうだろう。
アルバートさんやティオレさんにも頼れない。こんな状況で俺はどうすればいい?」
縋り付くような、助けを求めるような弱い声。
恭也にはこの状況を打開する術が見つけられなかった。必死になって考えたというのに打開すべき案が何一つとして思い浮かぶ事がない。
家族を護りたい。しかし、それを行うための力が今の恭也にはなかった。
恭也の弱弱しい声に墓石は何も反応を示してはくれない。
「ふっ、答えてくれなくても当たり前だな。死者は何も語ってくれはしないんだから」
そんな事は恭也とて理解していた。しかし、それ以外に縋り付く物がなかったのだ。
桃子はすでに恭也にとっては護るべき存在になっている。相談できるはずもなかった。
恭也は諦めた表情で墓前から静かに立ち去った。
そして、墓石で思いを吐露した次の日に恭也は最低の方法を思いついてしまった。
そう、自らの家族とも呼べた人々を殺した憎き龍に助けを求める。
たしかにそうすれば家族は助かるかもしれない。しかし、それでは家族と呼べた人々を否定する事になる。
もう死んでいるのだから、生きているほうを優先すればいいと割り切れればよかった。
しかし、辛いともいえる士郎との鍛錬を支えてくれたのは間違いなく美影、琴絵、一臣、静馬のお陰だ。
裏切れるはずなどない。
だが、それ以外に恭也の脳裏に家族を護るための案が浮かばなかった。
恭也が二律背反に苛まれる今日も桃子たちは見舞いに来てくれた。
その笑顔を見て、家族だった人たちの笑顔が脳裏に浮かび、どうすればいいのか本当に分からなくなってしまった。
丁度、病室にいる桃子を医師が見つけ、話をしたいといい桃子を連れて行き、その数分後に美由希もお手洗いに行った。
残されたのは恭也となのはのみ、
なのはをないがしろする事は気が引けたが、恭也はこれからどうすればいいのか傍らにいるなのはに構わず考えた。
事は一刻を争うのだから、
「わあぁあああああああ〜!!!」
突然、なのはが泣き出してしまった。桃子もおらず、美由希もいない、傍にいる恭也が構ってやらないとあれば泣くのは当然だった。
その事に恭也は途方にくれた。抱きしめてやれば良い。しかし、こんな自分がなのはに触れていいのかと。
なのはの泣き声はさらに大きくなっていく一方だった。このままでは病院にも迷惑が掛かる。
だが、それでも恭也は自分から触れられなかった。
泣き続けるなのはは温もりを求めようと恭也に近づいてくる。
そして、恭也に触れたとたんに泣き声が小さくなった。
その事に恭也は困惑した。こんな自分に触れてどうして泣き止んでくれるのかと。
なのはは触れただけでは不満なのか、恭也に甘えるような視線で見上げてくる。
抱き締めてくれと、もっと温もりをくれといわんばかりの表情で恭也を見上げてくる。
恭也は震える手でなのはを抱き上げた。
「きゃっきゃっきゃっ」
なのはは、ただ抱き上げただけで笑ってくれた。
その笑顔が、何よりもかけがえのない笑顔が恭也に決意をさせた。
(あぁ、こんな事で喜んでくれるのか・・・、なのはの笑顔はこんなに綺麗なのか。
惜しくない。・・・・・なのはや、かあさん、美由希の未来と笑顔のためならば俺の未来なんて惜しくない。
血に汚れ、身が穢れることになろうとも、みんなに触れ合うことが出来なくなろうとも惜しくなどない。
静馬さん達の事を無碍にする事になるが、美沙斗さんの想いを否定する事になるが、それでも家族を護りたい。
御神の理など捨ててやる、不破の理などドブにでも捨ててしまえ。
護るんだ、
その為ならば、怨敵とも言える龍に首を垂れることも、尻尾を振ることさえもしてやる)
恭也の決意は固まった。もう、後戻りなどいない。
自分の全てを犠牲にしてでも護りきって見せると、決意した。
(地獄で御神のみんなにあったら叩き殺されるかもしれない、しかし、それでも護ろう家族の平和な未来を・・・・)
退院し、恭也はすぐにでも旅支度をした。
桃子には武者修行に行くと嘘をつき、一年の時間を貰うことができた。
そして、旅立つ当日
「恭也、旅先で怪我なんてするんじゃないわよ? この前みたいなことをしたら、ひっぱたいて商店街の真ん中で恭也に泣かされたって喚くからね」
「むっ、それは困るな。気をつけるとする」
桃子の想いが嬉しかった。
「恭ちゃん。ちゃんと帰ってきてね?」
「あぁ、きちんと帰ってくる」
美由希の言葉が胸に痛かった。
「あぅああ〜!」
なのはの悲しそうな表情が突き刺さった。
それでも恭也は止まる気などなかった。
(もう、二度と帰ってこれはしない可能性が高いが、俺を気にせず元気で暮らしてくれ。俺は、みんなの笑顔を必ず護るから)
もう、二度と見ることが出来ない光景を胸に抱き、恭也は高町家から旅立った。
死ぬ可能性が限りなく高い香港へと
(死にに行くんじゃない。仇討ちに行くんじゃない。・・・・・・・・護りにいくんだ。誰よりも、何よりも護りたい家族の笑顔と未来のために)
後書き
過去編、始動!!
ざから「ふむ、しかし氷瀬殿のリクエスト?はたしか、龍に入ってからじゃったと思うが」
うん、そうなんだけど。やっぱり龍に入るために恭也が決意した瞬間を書いておかないと変だと思ってね。
ざから「たしかにの。しかし、この頃から恭也は大人じゃったんじゃな」
そうだよね。士郎が死んだ時に美由希や桃子に泣けない自分の代わりに泣いてくれって言った時点で恭也は確実に大人だったと思う。
ざから「恭也は本当に悲しいぐらいに強いの・・・・・・・、して、氷瀬殿のリクエスト?の龍に入る過程やら入ってからは何時書く予定じゃ?」
週末までには頑張って書く予定。一応頭の中で筋書きが出来上がってるからね。そこで一区切りしてSchwarzes Anormalesを頑張る。
ざから「掲示板で直正さんが期待してくださるといっていたのにか?」
元々、これは突発的に書いたからプロットも何にもないんだよ。だから、まずはそこからなんだ。
それにSchwarzes Anormalesは予定では五十話を軽く超えるんだ。だから、かなり難しい。でも頑張ってみる。
ざから「ふむ、精進せい。しかし、なんというか急展開過ぎる気がするんじゃが?」
二時間で書き上げたから無理もなんだ。これで気に入ってもらえれば加筆するかもしれない。
ざから「曖昧じゃな」
すみませんね。まぁ、言い訳はここら辺にしようか。
では、出来れば週末にこちらで会えることを願っています。
おお、ぽつりと呟いた事が。
美姫 「まさか、このバカの意見を聞いてもらえるなんて」
バカは余計だよ。とにかく、それは楽しみが増えたな〜。
美姫 「本当にありがとうございます」
ありがとうございます。
今回は恭也が龍へと入るに至る決意。
少し悲しいな。
美姫 「とは言え、幼い恭也に他に手もなく、また相談できる人もいなかったんじゃ仕方ないかもね」
うんうん。悲しくも強いこの決意を持ち、恭也は龍へと。
美姫 「次もまた待ってますね」
ではでは。