コンフェッシオーの日

 

 

 リビングデット。

 生きている死体という何とも矛盾した存在がある。まぁ、ある意味でそれ以上に矛盾した存在が蛍火なのだが。

 それは置いておいてリビングデットとは具体的には…………

 

「はぁーい!ナナシはゾンビですのぉ!」

 

 そう、こんな感じである。実際彼女はホムンクルスであるのだが周りの認識と自身の認識がゾンビであるのならその通りになってしまうだろう。

 褐色の肌に、包帯を巻きつけただけの格好で、一見すると可憐な少女に見える。頭にはウサ耳のような髪飾り。

 手足や頭はセパレート…………取れたりくっついたりする。

 

「しかし、考えれば考えるほど馬鹿な話だぜ」

 

 今更ながら納得行かない顔をしているのは当麻大河。フローリア学園救世主科で初めてそのクラスに入った男性である。

 性欲旺盛、行動力過剰、そして無思慮無弁別(By リリィ・シアフィールド)と三拍子揃った大河はこのリビングデット少女を見据えながら夕食を取っていた。

 

「しかし、幾らファンタジーだっても、お前の体ってとことん出鱈目だよなぁ。具体的に言うと蛍火ぐらいに」

「酷いですねぇ」

 

 大河の発言に対して苦笑しながらも認めているのは新城蛍火。フォローリア学園救世主科に大河に次いで入った男性。

 人であるかどうかも疑わしい、静観主義、思慮分別(By ダリアの報告書)とそれ以外にも様々に揃っている蛍火は大河同様にナナシを見た。具体的には千年たってもあまり劣化が見られないホムンクルスの構成をのぞき見ようとしているのだが。

 

「そんなことないですのぉ、ほらほら、ちゃーんと、引っ張ってとれても感覚はあるですよ〜?」

 

 いいざま、自分の右手を引っこ抜き、左で手右手を持ったまま、右手の指をにぎにぎさせるナナシ。

 

「興味深いですね……神経が完全に切れているのに…………動かせるなんて」

「面白い」

 とそれを見て原理が分からないというベリオと理解は出来なくともこのシュールな光景を面白いというレン。

 

「いや、面白いか?まぁ、それにしても不思議だよな。離れてるのに自分の思い通りに動かせんるんだぜ?リモコン?」

「そうね、ある意味その通りだわ、ほら…………」

 

 と眼を細めるようにして、ナナシの右手の付け根を見るリリィ。それに合わせて魔法がある程度使えるものはリリィと同じように眼を細めている。

 

「よく見ると、魔力のラインが細く繋がっている。これで意思を伝達するってわけよね」

 

 魔法が使えるものはリリィの言葉に納得している。

 

「よく分からないけどそれってすごいの?」

 

 と、魔法がまったく使えないために理解できていないメリッサがドラ○もんのような扱いを受けている蛍火に話をふる。

 

「道具があればそれほど難しいことではないんですけどね。唯のゾンビにそんなものが施されていることのほうがすごいんですよ」

「そうですね。普通のゾンビは体の一部が取れたらそのままですから」

 

 蛍火の説明に続くように補足するリコ。リコとしてもナナシの存在は不可解なようだ。

 

「それはどうだっていいわよ。問題なのは召喚器も呼ぶことが出来ない、こんな変な子をお義母さまはなんだって救世主候補にしたのかしら?」

「それは愛の鬼籍ですの!」

「いや、それ、ぜんぜん使い方間違ってるし!!」

「いや〜ん、ダーリンに突っ込まれちゃったですのぉ」

 

 頬を染めて、もげた手でバンバン大河を叩くナナシ。非常にシュールな光景である。そして、もはや気にせずに食事を取っているメンバーもすごい。

 

「まぁ、バカ大河と、ノータリンゾンビならお似合いではあるわね」

「なんだとぉーっ!!」

「なによっ!!」

 

 いきなり火花を散らす二人。それももはやいつもの光景と止める気配すらないメンバー達。

 

「はいはい、いい加減落ち着きなさい。いつまでもそんな事していると明日の晩御飯は抜きですよ」

 

 母親的発言で諍いを止める蛍火。その動作は慣れているを通り越して体に染み付いているようだ。哀れである。

 

「しかし、ぞんびでござるか……………………なんとも不思議でござるなぁ」

 としみじみと呟いたのはカエデ。

 

「…………いや、血液恐怖症の忍者とかもかなり不思議だぞ?」

「そんな〜、師匠いじわるでござるよぉ〜」

 

 きりりと引き締まった表情を盛大に崩して涙目になるカエデ。凛々しい外見とは裏腹に、カエデは大層犬ちっくであった。

 血液恐怖症の忍者は不思議というよりも洒落にならないと思う。

 

「で、でも、仲間が増えるのは嬉しいよね」

 

 いきなり偽善めいた口調で明るく話したのは未亜。表情と口調がまったく一致していない。

 

「…………なぁ、未亜?」

「なに、お兄ちゃん」

「お前さ、なんか無理やり自分でそう思い込もうとしてないか?」

「う……………………」

 

 未だに抵抗感が未亜にはあるらしい。救世主候補以外の面々は大体受けいれているというのに。まぁ、蛍火という超例外が身近にいるためだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食も終わり今日は何故か男三人集まり酒を飲んでいる。たまにはこういう日もある。

 

「そういや、明日は例の日だよな」

 

 唐突にセルが口を開く。その顔は厭らしく笑っていた。

 

「礼の日?いったい何だってんだ?」

「はーっ」

 

 大河の言葉を聞いたセルは、大げさにため息をついた。

 

「何なんだ、一体?知ってるか、蛍火」

「さぁ?少なくとも祝日ではないですよね」

 

 大河質問に蛍火も首を捻りながら知らないと答えた。蛍火でも知らないことはあるらしい。

 

「無知なる者よ、それはだなこのセルビウム・ボルト様が特別に教えてやろう」

「聞いてやらぁ、言ってみろよ」

「明日はだな、コンフェッシオーの日だよ」

 

 それを聞いたとき、蛍火はあぁ、そういえばそんなのもあったなといった顔をした。どうやら知っているらしい。

 

「…………何なんだ、そりゃ?」

「一年に一日、恋心を秘めた可憐な女性がだな。好きな相手に告白してもいい日なんだよっ!!」

「へーっ、俺の世界のバレンタインデーみたいなものか」

「大河の世界にもそういうのがあるのか」

「おう、二月の十四日にはだな、女の子が好きな相手にチョコレートを渡してその好意を告げるという……………………」

「ほー、結構こっちと近いな」

「何かプレゼントを渡して好意を告げるんだ?」

「そうそう、そうしてそのプレゼントを受け取った男は絶対に拒否してはいけないという………………………………」

 

 酒が入っているためか何時にも無く饒舌に語るセル。それを呆れ顔で見つめる蛍火。セルの言葉に青くなっている大河という非常に面白い光景になっている。

 

「…………おいっ!そりゃ問題ありまくりじゃないのか?」

「いや、実際拒否は出来ねーんだよ契約の魔法が働くからな。授業で習ったろ?」

「あー、そういえば習ったような気もするな。」

「この世界は魔法密度が濃厚だからな。契約の魔法……………………ゲアスは絶対に等しいんだぜ?」

「ってことはうかうかとそのプレゼントを受け取っちまったら…………」

「もう絶対その子と離れなれねぇ、物理的に」

「具体的に、そのプレゼントをやらを受け取っちまって、その子と離れようとするとどうなるんだ?」

「…………そりゃもう、地獄の苦しみがそいつを襲う」

 

……………………か、勘弁してくれとばかりに大河は天を振り仰ぎ嘆息した。ハーレムを構築するのが夢と普段から豪語している大河にとってはそれはまさしく悪夢以外の何ものでもなかった。

 そして、大河は酒で鈍った頭でふと思い出した。

 

「なぁ、だとしてもさメリッサやマリーエリザやリタはどうしてそわそわしてないんだ? 俺たちの世界でもバレンタインデー直前の女の子はそういう態度をしてるっているのに」

「いや、実はだな、これは俺も最近知ったことなんだ。よく考えてみろよ?こんな明らかに危ない日がアヴァター全土で知られてたら法律で禁止されてても不思議じゃない。」

「たしかにな。だったら特別な日でもなんでもないじゃねぇか」

「知っているごく一部のものにとっては特別な日ということですよ。この世界に住んでいる魔法使いの秘密なのかもしれませんし」

「そうそう、蛍火の言う通り。俺も魔法科の奴から聞いたんだ。だから気をつけろよ」

 

 酒の残ったグラスを一気にあおり、用は済んだとばかりにニヤニヤと締らない笑顔を浮かべながらセルは寮から出て行った。そんなセルを見ながら蛍火は十字架をきった。

 

「何してんだ?」

「セルの冥福を祈っただけですよ」

 

 全てを知っている蛍火は明日セルに訪れる地獄を容易に想像できた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、食堂の入り口付近には酒盛りをしている男性陣におつまみを持っていこうとして、入れずじまいだった聞き耳頭巾が10人ほど。

 

「へーっ、知らなかった」

「うん、そんな日があるんだね」

 

 ちなみに今の会話はベリオと未亜。

 

「本当かしら? でもそういえば聞いた覚えがあるような気もするわね」

「拙者たちはこの世界の住人ではないでござるからな」

「私達はこの世界の住人ですけど知りませでした。魔術師の中でしか話されていないのなら納得が出来ます。」

「僕達の村には魔術師の人がいなかったもんね」

 

 リリィとカエデ、エリザ、アムリタの会話。

 

「魔法科の人にも友達がいるけど、そういえば何だかそわそわしてたような?」

「うちも知らんかったわ、まさかそんな日があるなんて」

「私もこの世界の住人ですが殆んど独学ですし、私だけが知らないのかもしれません」

 

 とメリッサ、マリー、リコの発言。

 

「うわーい、それじゃ明日ダーリンにプレゼント贈ればずぅーっとラブラブですのぉ」

「蛍火とずっと一緒になる」

 

 邪気の無いナナシとレンの一言により一同は氷付く。

 

「ダッ、ダメだよレンちゃん!!そんな魔法で人の心を自由に使用だなんて」

「そ、そうよっ!お義母さまだってそんなのダメって言うに決まってるわ」

「主の御心にも背くことだと思います」

「そうでござる!やはり人の心は自然のままが一番かとっ!」

「マスターの心を魔法で縛るつけるなんて……………………」

「蛍火の心を優先せんといかんで!」

「そうだよ、蛍火君が戦争が終わるまで待ってって言ってたのに」

「レンちゃん。それは少し卑怯だと思うわ」

「そうだね。僕もエリザさんの言う通りだと思うよ」

 

 口々に言い立てる女性陣。

 

………………………………さて、ここで彼女達の心を少しだけ覗いてみよう。

 

(ああああああ、そんな素敵なイベントがっ!この前の告白で断られちゃったけどこれなら!!できればお兄ちゃんとも!!!!!)

 

 とっても自分の欲望に忠実な未亜。

 

(あいつを支えられるのはたぶん私だけだから、私がいつでも傍にいられるようにしたほうが、そうよ。これはあくまでも蛍火のためなんだから)

 

 心の中で未だに素直になれないリリィ。

 

(…………でもきっかけはどうあれ、大河君が一人の女性にだけ誠を尽くすのというのはいい事ですね。その女性はもちろん私ですけど)

 

 色々問題ありな事を考えているベリオ。

(師匠が…………師匠が拙者だけのものに……………………あんなことやこんなことや、あまつさえそんなことまでやってもらえる出ござるよ〜。拙者はもういったいどうすればいいのでござるか〜っ?)

 

 炸裂する妄想。カエデもまた自分の欲望に忠実だったり。

 

(マスターの心を魔法で縛るのは心苦しいですが、マスターの心が私だけに向くなんて……………………はうっ)

 

 謙虚ながらも自分の欲望に従おうとしているリコ。

 

(この前は断られちゃったけど、今回なら大丈夫だよね。ふふっ、蛍火君と結ばれて結婚してそれで、それで・・・、あぁああああ幸せすぎるよぉ)

 

 もはや、贈った後の未来まで考えて危ない状態になっているメリッサ。

 

(蛍火が誰かと引っ付いたら蛍火に対して好意を抱く奴が増えんようなるわな。もちろん、それはうちやけど)

 ベリオと同じくかなり問題ありで腹黒い事を考えているマリー。

 

(魔法で蛍火さんの心を縛ったりするのは別に悪いことじゃないですね。この思いは本物ですから、あなた……………………私のことを応援してくださいね)

 

 自分の思いを盾に行動を正当化しているエリザ。草葉の陰彼女の旦那は泣いていた。

 

(僕の思いは本物だから、そこにちょっと魔法とかが混ざっても大丈夫!!あくまでも僕の思いが蛍火さんに通じるだけだから)

 

 エリザと同じく行動を正当化しているアムリタ。それでいいのか?

 

 

 

「あっ、ちょっと私用事を思い出しちゃった! それじゃこれで失礼するわね」

 

 リリィが唐突に腰を上げる。

 

「あ、それじゃ私も…………」

 

 唐突に次々と彼女達は腰を上げた。そりゃもう、まるで申し合わせたように。表情にぎこちない笑顔が張り付いているところまで共通している。そして彼女達はいっせいに行動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ケース1 リリィ・シアフィールドの場合

 

「あー、イライラするっ!!」

 

 自室に備えられた小さな厨房でリリィはじたばたしていた。いや、もう文字通りに、小さな子供が地団太を踏むことがあるが、そんな感じで

 

 さて、その日の夜、ご覧の通り、リリィは機嫌が悪かった。

 

「包装はこれでいいわよね?」

 

 小さなテーブルの上には、持ち主の本性を現すようにかわいらしくラッピングされた小さな箱。それをじっとみつめたリリィは、不意に頬を染め、小箱から視線をはずした。

 

「ま、まぁあれよね?これはあくまでも蛍火のためなんだから」

 

 自分自身言い訳しながら、リリィは作りたてのクッキーに眼をやった。今が夜の十一時半。後三十分で件の日になる。あれから、全速力で生地を練り、砂糖を混ぜオーブンで焼き上げた香ばしいクッキー。いわばこれはリリィの血と汗の結晶であった。

 

「ついつい、作りすぎちゃったわよ。全く…………」

 

 手にクッッキーの入った小箱を取り、弄びながらリリィは言った。

 

「…………こんなの私らしくないかなぁ」

 

 魔法の力で蛍火の心を縛るというのが、なんともリリィのやり方にはそぐわない。

 

「でも、蛍火のためよ」

 

 かなり無理のある言い訳をしながら、でも少しだけ嬉しそうにリリィは言う。

 蛍火に渡す小箱とは悦に、作りすぎたクッキーが大皿に盛られている。一つ掴むと、リリィはその薫り高い焼き菓子を形のいい口に放り込んだ。

 

「ふふ…………美味しいじゃない。我ながら上出来」

 

 得意そうに微笑みながらリリィは部屋を後にした。

 

 

 

ケース2 ベリオ・トロープ

「プレゼント、プレゼント…………」

 一人呟きながら、ベリオは部屋を物色していた。

 いかにも彼女の資質に相応しく、飾り気は何もない簡素な部屋。小物入れをあけ、中を見る。そこには……………………

 

「なっ!なんでこんなものがこんな所に!!」

 

 そこにあったのは女性用の下着。しかも明らかに実用には程遠い、なんというか口にしてはいけないそれ。

 

「…………私にはこれを購入した記憶がありませんね。…………という事は」

 

 不意にこめかみを押さえ、ベリオはその下着を握り締めた。

 

「また、あの子の仕業?もう、すっかり大人いくなってくれたと思っていたのに」

 

 ぼやくベリオの脳裏に、小さな声が聞こえた。

 

(ほら…………プレゼントにはぴったりでしょ?きっと喜ぶわよ? 大河の奴なら……………………)

「そ、そんな…………だってこんなものを贈っても、大河君の役には立たないでしょう?」

 

 端から見るとベリオが一人でブツブツ言っているようにしか見えない。しかし、彼女にとってはこれは会話であった。……………………彼女の中に住まう、もう一人の彼女、ブラックパピヨンとの、

 

(何カマトトぶってるのさ?これを渡して『私に穿かせてね』とか言って迫ればもー絶対よ、絶対!)

「そんなの無理、無理です、絶対にダメ!!」

 

 とかいいながらも彼女の手にはその薄い布きれをしっかりと握り締めている。

 

「でも他にめぼしいものはないし…………」

(そうそう)

「インパクトはありますよ、これって」

(バッチリ、バッチリ)

「綺麗にラッピングしてリボンでもかけて渡せばそんなに辺じゃないかも」

(その通り、極普通のプレゼントさ)

 

 そこに第三者がいれば、突っ込みどころ満載あのだが、いい感じに扇動されたベリオには、すでにこれを大河にプレゼントする事は決定事項になっているようだった。

 

「はっ、もうこんな時間!!」

 

 ベリオが視線をやった先には今まさに日付が変わろうとする時計があった。

 

「ぐずぐずしてはいられませんわね」

 

 微妙に間違った方向に、決然と頷くベリオは手に持った下着を起用にラッピングしてから、部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

ケース3カエデ・ヒイラギ

 

 気配も無く、カエデは森の中に潜んでいた。

 

「はぁ…………ぷれぜんとでござるかぁ……………………」

 

 樹上にたたずみながら思案顔のカエデ。 何故木の上にいるかというとそれにさしたる理由は無い。強いて言えば習慣であろうか。

 

「師匠が喜びそうな贈り物…………何がいいでござるかなぁ……………………」

 セルの話では、プレゼントの内容は何でもいいようではあったが、カエデの思考からすると、やはり贈り物は贈られて嬉しいモノがいいのであった。暗殺術を叩き込まれた忍びの割にはしみじみといい人なカエデである。

 とカエデは急に鼻をひくつかせた。

 

「くんくん・…………この匂いは……………………」

 

 風に乗って漂ってきたそれは、かぐわしきアルコール飲料の香り。フローリア学園では未成年にはアルコール飲料は販売されていなかった。蛍火は外から勝手に持ち込んでいるのだが。

 

「ふむ…………酒はいいかもしれんでござる。師匠も中々にいける口でござるし…………」

 

 カエデはしばらく考え込むとやがておもむろに走り出した。枝から枝へ跳ぶ、跳ねる、駆ける。その超人的な身体能力をフルに生かし、カエデは動きだした。

 

「くんくん…………こっちからお酒の匂いがする出ござるよ!!」

 

 忍者として訓練を受けたカエデは嗅覚も犬並みだったのである。……………………いや、本人が犬のよーだという話もあるのだが。

 

 

やがて辿り着いたのは、学園の外れにある倉庫群。ここには有事の際に使われる保存の聞く書9区寮や武器、そして医療品などが備蓄されている。大河が買い出しに行かされて買った医療品はこの中に安置されている。

 

「ふふっ、魔法の掛かっていない鍵など、ちょちょいのちょいでござる」

 

 さっくりと倉庫の鍵を開けるとカエデは中に入っていった。しばしの時間。カエデは中から幾つかの壷を持ち出してきた。タプンタプン音がする、その素焼きの壷にはカエデの嗅覚どおり、極上の酒が入っているようだ。

 

「うむ、これでバッチリでござるよ! 後はこれを師匠に私だけでござるな!」

 

 ニコニコ顔のカエデは壷を抱えると、夜の道を走り始めた。

 

 

 

 

ケース4 リコ・リス

 

「プレゼントなんて今まで贈ったことがないですから、どうしましょう?」

 

 今までプレゼントという物をリコは贈ったことがないらしい。そのためにこういう時にどういう物を贈ればいいのかわからなかった。 部屋を漁るが殆んど物が無い部屋ではプレゼントとするべき様なものは見つからない。

 

「となると料理にするのが一番ですね。」

 

 備え付けのキッチンに向かい、包丁を取り出すリコ。食材はいつの間にかまな板の上に召喚されていた。つまり何処かからパクッてきた。恋する乙女は告白のためならば犯罪さえも厭わないようだ。ところでリコは料理が出来るのだろうか?

 

「以前、レンさんが私は食べる専門だと言っていましたが私自身はミュリエルよりも料理が上手いんですよ?」

 

 唐突にリコが呟く。ミュリエルにでもその事を聞かされたのだろうか?

 

「マスターはオムライスが好きだと未亜さんに聞いたことがありますからそれにしましょう」

 

 リコは、メリッサと比べても遜色の無い包丁さばきで食材を切っていく。レンはどうやら勘違いしていたようだ。レシピを見ることもなく、手が止まることも無く調理していく。これが長く生きた精霊の力なのだろうか?

 

「完成です」

 

 リコはオムライスが完成すると時計を見た。視線の先には日付が変わろうとする時計。リコは慌ててオムライスの上にケチャップで模様を付けていく。その模様がどのようなものかは各人の趣味に任せる。

 

「誰よりも先に渡さないと」

 

 それだけを呟いてリコは部屋から出て行った。部屋には後片付けされていない調理場だけだった。

 

 

 

 

 

 

ケース5 当麻 未亜

 

 夜も更けて、時計はそろそろ長針と短針が真上で重なろうとしている時刻。

 未亜は一人、寮の厨房に立っていた。

 

「…………もう……………………後戻りは出来ないっ!」

 

 悲痛ともいえる表情で、ボールに入ったとろりとした液体を見る未亜。

 

「ここからは時間の勝負よ。未亜、がんばっ!」

 

 自分自身を励ますように声を上げる。

 

 

……………………さて、 ここで時間は少し遡る。

 今からおよそ二十分ほど前のこと、未亜は自室をこっそり抜け出し、寮の厨房へとやってきた。大河のことは知り尽くしているが蛍火のことはあまり知らないということに思い当たり、とりあえずコーヒーを入れることにしようとした。なのに、厨房に入るといつもは常備されているはずの珈琲豆が一粒残らず消えていたのだ。

 必死になって探したのだが、本当に一粒も見つからない。

 

「うぅうう、どうしよう。珈琲豆が一粒も見当たらない。蛍火さん、前に紅茶はのめないって言ってたからなぁ。こうなったら、オムライスにしよう。お兄ちゃんも好きだし、蛍火さんもきっと好きだよね?」

 

 言うが、早いか、未亜は手早くボールに卵を割り入れ、溶液を作る。かき混ぜるのもなかなかに見事な手際である。

 

「でも、オムライスにしたいのにご飯が見つからないよ。晩御飯のときにはあったはずなのに」

 

 すでに根こそぎリコが米を奪っているとは露知らずここまで準備してしまった未亜。料理をするときには事前に食材を見なければ。

 

「いっか!ここは発想の転換!オムパンってどうだろ?」

 

……………………ただのエッグサンドのような気もするが、ともあれ、未亜はパンを細かく千切り、軽くミルクに浸した。オートミールのような物を作った。そして……………………

 

「…………もう……………………後戻りは出来ないっ!」

 

 悲痛ともいえる表情でボールに入ったとろりとした液体を見る未亜。

 

「ここからは時間の勝負よ、未亜、がんばっ!」

 

 自らを励ますように声を上げた未亜は、手にしたボールから卵黄液を一気にフライパンにぶちまけた。じゅうじゅうと卵の焼けるいい香りが広がる。

 

「ここでかき混ぜて〜、一気に返す!」

 

 ポンっと祇園が見えそうな美しさでオムレツはパンの上に乗っ掛かった。

 

「誰にも負けない!!」

 

 未亜は小さく呟くと、ほかほかの料理を手に取り、寮の廊下を小走りに走り始めた。

 

 

 

 

 

 

ケース6 メリッサ・トンプソン

 彼女は学園の食堂に向かうために学園の中を爆走していた。その手にはダリアから借りてきた食堂の鍵。

 ダリアは快くメリッサに鍵を渡してくれた。その時のことを詳しく話すと

 

「ダリア先生!!食堂の鍵を貸してください!!!!」

「え?ちょっと嫌よぉん。そんな事出来るはずが…………」

「さっさと渡してください」

 

 据えた目つきで包丁を何処からとも無く取り出したメリッサがダリアにもう一度お願いする。プロの眼からしても何時武器を取り出したのか分からない早業に汗を流すダリア。従うほか無くダリアは鍵を渡した。

 

「ダリア先生ありがとうございます!!」

 

 先ほど包丁で脅したとは思えないぐらいにさわやかな笑顔で去っていくメリッサ。

 

 

 

 

 

 ということがあったのだが、その事は置いておいて、

 

「ここは食堂にある最高級の食材を使っての料理だよね!!リボンを私に巻いて私がプレゼントって言うのが一番だと思うけどたぶん蛍火君が困るよね」

 

 とんでもない事を考えていたメリッサ。妄想で結婚までしていただけはある。食材を取り出して調理を始める。いつもよりもその動きは早い。体はクネクネと不気味な動きをしているにもかかわらず。頬も紅潮している。やはり赤いと動きが三倍になるのだろうか?

 炎もメリッサの気迫に押されていつもよりも強い気がする。

 焦らず、間違いも犯さずに料理を作り上げていくメリッサ。ところで今やっていることが犯罪だという事にメリッサは気付いているのだろうか?

 

「完成!!」

 

 フランス料理のフルコースがテーブルの上に並んでいた。どうやってこの料理を蛍火のところまで持っていくつもりなのだろうか?

 

「あっ、作りすぎちゃった。どうしよう?」

 

 どうやら、熱中しすぎていたらしい。

 

「まぁ、一品だけ持ってきて後は蛍火君にここまで来てもらって食べてもらえばいいよね」

 

 自分自身を納得させるようにメリッサは頷き、出来上がった料理の中からメイディッシュであろうローストビースを手に取り、再び救世主クラスの寮に向かって爆走した。

 

 

 

ケース7 マリアンヌ・ヒルベルト

 

「はぁ、どないしよか?」

 

 プレゼントを何にするのか学園の広場で真剣に悩んでいるマリー。王都まで行って買い物をしてくるには時間が掛かりすぎるために彼女はどうするか本当に悩んでいた。

 ここはマリーのホームグランドと言うわけではない。だからこそ渡すべきものが自分の手にない。今、彼女の手持ちは蛍火に貰った秋桜と予備の短剣が数本などなど武器しか持ち合わせていない。

 武器を贈るのは流石に情緒にかけると判断し、さらに悩んでいる。

 

「あっ、そういえば蛍火ってかなりの酒好きやったはずやな。せやったら」

 

 思い立ったら吉日とばかりに走り出すマリー。目指す先はこんな夜更けにもかかわらず明かりのついている学園長室。

 

 

バンッ!!と破砕音にも似た音を立てて学園長室の扉を開けた。そこには扉の音と必死な形相をしたマリーを見て驚いているミュリエルの姿があった。

 

「マリー?いったいどうしたのですか?」

「ミュリエル、なんも言わんと最高級の酒をくれ!!」

 

 困惑しているミュリエルに詰め寄りまくし立てるように用件を話すマリー。目が血走っているように見えるのは気のせいだろう。

 

「唐突にそんな事を言われても……………………」

 

 さすがに最高級の酒を出すのに難色を示すミュリエル。たしかにミュリエルは最高級の酒を持っている。それも王宮御用達の年間に数本しか市場に回らないような本当の最高級品を。

 しかし、理由も告げずにそんな物を簡単に他人に譲れるはずがない。

 

「蛍火のためなんや!!蛍火を助ける手段やと思って譲ってくれ!!」

 

蛍火のためという、蛍火を助ける手段という言葉を聞いてさすがのミュリエルも表情を変える。もしかしたらマリーは蛍火の呪いを解く方法が見つかったのかもしれない。そして、それは行える時刻が限られている特殊な方法なのかもしれないと思ってしまった。

 そのためにミュリエルは急いで秘蔵の百年物のワインを取り出してきた。

 

「サンキュ、ミュリエル!!」

 

 それだけを言ってマリーは入ってきたときと同じようにせわしく出ていった。

 

 

 

 

 

 

ケース8 エリザ・カルメル&アムリタ・フォルスティ

 

 他の女性陣と違いエリザとアムリタは手を組んでいた。

 さすがに自分達単体では勝てないと踏んでタッグを組むことを決めたようだ。独占は出来ないがそれでも二人で蛍火を独占できるのなら許せるようだ。

 

「これで珈琲は大丈夫ですね」

 

 寮の食堂にはなかったはずなのだがエリザは当たり前のように珈琲を入れている。

 エリザはセルの話を聞いたあとすぐに食堂に備蓄してある珈琲豆を一粒残らず回収した。他の者が珈琲を淹れる事がないようにした徹底振り。

 

「こっちも終わったよ」

 

 そしてオーブンから焼き菓子を取り出したアムリタの姿。エリザが珈琲豆を回収している間にリリィと同じく生地を作っていたアムリタ。アムリタは得意のお菓子を作ることに集中したようだ。

 

「これで、他の人よりも先に渡せば大丈夫ですね」

「うん、お菓子もエリザさんの淹れた珈琲も完璧だし、誰にも負けないよ」

 

 もはや勝ちを確信している二人。しかし、そこで慢心するような二人ではなかった。壁にかけてある時計で時間を確認する。もうすぐ日付が変わる。

 

「行きましょう」

「うん、負けないよ!」

 

 これから戦場に赴くような覇気を見せながら部屋を出て行く二人。

 

 

 

 

 

 ここは蛍火の部屋の前。そこで日付が変わらぬうちから部屋に人が集まっていた。

 日付が変わると同時に部屋に押し入って蛍火にプレゼントを渡そうとしていたらしいが考えることは皆同じようだ。

 扉の前で火花を散らす恋する乙女達。微妙に牽制しあいながら一歩でも扉の前に行こうとしていた。

 何処からともなくカチッと言う音がして日付が変更されたことを告げる。さぁ、乙女達の舞踏劇が始まる!!

 

 と思いきや、蛍火の部屋の扉が唐突に開いた。戦闘体勢に移行していた乙女達はそのまま扉から出てきた人物に襲い掛かる。

 

「何してるの?」

 

 だが、それさえも止められてしまう。そこには彼女達の求めている愛しの男性ではなく、その娘のレン。

 

「レンちゃん、蛍火さんは?」

 

 偽善めいたというよりもそれが張り付いた表情でレンに問いただす未亜。レンも目の前の人物がライバルだという事は認識している。しかし、今は別だった。

 

「いない。いつも夜には何処かにいってる」

 

 レンの言葉を信じきれずに部屋の中を見た数人が蛍火が部屋にはいないことを確認する。ここにいないとすれば何処だろうと考える乙女達。そして、考えている端でレンの姿が奇異だと思った。普段はしていない黒いリボンを首筋に巻いている。

 

「レンちゃん、それ……………………」

「蛍火に渡すプレゼントは私」

 

 微妙に頬を染めながら宣言するレン。それに対してしまったという顔をする乙女達。その中でもメリッサが酷かった。自分も考えていたが実行に移せなかったために余計に悔しかったようだ。

 悔しがっている皆を置き去りにしてレンは階段に向かって歩き出した。それに慌てていく乙女達。一番危険因子であり、一番蛍火に近いレンが行く場所であるならば蛍火もいるだろうと判断したためだ。

 このとき蛍火はガルガンチュアにいるのだがそれを知るものはここには誰一人としていない。

 

 

 

 一方場面は変わって救世主寮の最上階、つまり天井裏、大河の部屋しかない場所。セルの話を聞いて大河は不貞寝をしていた。何気に部屋の中は散らかっている。まぁ、大河らしいとしか言いようがない。そして大河しかいないはずなのだが、大河の部屋にはベリオ、リコ、カエデの三人がいた。

 

「こうなったら、実力勝負ですね」

「マスターを起こして、誰の贈り物を貰うか決めてもらうことにしましょう」

「異論はないでござるよ」

 

 様々な口論の末に大河に全てをゆだねることになったらしい。彼女達は口々に自身あり気に賛同した。

 

「ん〜、うるさいですのぉ〜、あんみんぼうがいですのぉ〜」

 

 間の抜けた声が緊迫した部屋に響く。

 

「この声は…………!?」

「ナナちゃん?いったい何処に?」

「しっ、師匠のベッドの中!」

 

 カエデの指差すとおり大河の愛し元でまるで猫のように丸くなっていたナナシが目をこすりながらむっくりと起き上がった。

 

「ふぁ、おはようですのぉ〜、……………………はにゃ?なんでみんなここにいるですの?」

 

 キョトンとした顔で辺りを見回すナナシ。

 

「ナナシさんこそ、どうしてマスターのベッドにもぐりこんでいるのですか?」

 

 微妙に青筋を浮かべながら詰問するリコ。小さく、自分でさえもしたことがないのに恨めしいといっていたが気にしてはいけない。

 

「ナナシは、ダーリンにプレゼントしようとここにいるですの」

「聞くだけ野暮でござったな」

 

 どこまでも能天気なナナシは、ベッドサイドにずらりと並ぶ少女達の陰険な視線にもまったく気がついた様子がなかった。

 そして、これだけの喧騒の中大河は起きる様子を欠片として見せなかった。どこまでも大物である。

 

「あ、みんなも何か持ってるですのっ!きっとプレゼントを持ってきたですのぉ〜」

「そういうナナシ殿は何を持ってきたでござるか?」

「ナナシはですねぇ、これですの!」

 

 得意そうに言うとナナシは懐からなにやら小さな小瓶を取り出した。

 

「…………香水?」

「薬…………みたいにも見えますが」

 

 得意げに、その綺麗ながらすのこビンを持ったナナシは、ベッドから起き上がると小瓶の蓋を抜いた。

 

「ナナシはダーリンに娘の香りをプレゼントするですの〜♪」

 

 ふわりと部屋中に広がる、かすかな花の香り。

 

「ほーら、みんなにもプレゼントですのぉ〜♪」

 

 ビンの中に入っていたのは、香水の類だったのだろうか?その香りは一瞬にして部屋中を覆いつくした。

「…………魔力流れを感じます」

「そ、そうですね……………………この香りから?」

 

 顔を見合わせて、眉をひそめるリコとベリオ。

 

「あるけみーのひじゅつをを使った調合したですの」

「いったい何を調合したんですか!?」

「そんなのナナシがわかるはずもないですの」

「…………最悪です」

 

 表情が険しくなっていくリコ。かなり怒髪天なようだ。

 

「た、ただの香水ではないようですね」

 

 ベリオも涙ぐみながら同意している。

 

「そういえば、このプレゼントを受け取ってしまった、拙者たちはどうなるでござる?」

「別にどうにもならないの…………あっ!ちょっと聞きますけど、ナナちゃん。……………………私たちのことも好きなんですよね?」

「はーい、ダーリンもみんなもだーい好きですのぉ♪」

 

 その場に居合わせた全員の表情が凍りつく。

 

「セルビウム君の話では、あれって別に同性異性の区別が付いていなかったですよね?」

「好意を持つ乙女が相手にプレゼントすれば…………だったような気がするでござるよっ!?」

「か、香りを受け取らないなど不可能です」

「くっ、眩暈がしてきました」

「こ、これは……………………幻覚剤のたぐいでござるかっ!」

「失礼ですのぉ、ナナシのぉ、つぎはぎだらけの知識から作り上げた錬金の香水ですのにぃ」

 

 ナナシの言葉を聞き終わらないうちにばたばたと倒れていくリコ、ベリオ、カエデ。

 

「あれれ〜?みんなお休みですの、それじゃナナシも…………外がうるさいですのぉ〜!!」

 

 先ほどの口論とは別に外から物音が聞こえてきた。

 ナナシはその騒音を排除するために部屋を出た。そこには蛍火に恋する乙女達が。ナナシはそこにいる女性達ももちろん、リコ、ベリオ、カエデと同じぐらいに好きだった。ならばこの後の行動は?

 ナナシはお決まりのように香水を廊下に振りまけた。

 

「ちょっと、何するのよ!!」

「ナナシちゃん、いったい?」

「みんなにもナナシからプレゼントですのぉ〜♪」

 

 その言葉で全てを悟ってしまった女性陣。香りを嗅ぐまいと口や鼻を押さえたりするのだがさして意味はなかった。

 すぐに耐性のない一般人達は倒れていった。

 

「なんか危ない感じがするんだけど!!それは一体何よ!!というより何入れたのよ!!」

「ペラドンナとマンドラゴラと…………え〜と?」

 

 その二つの植物名前を聞いたリリィは絶句した。

 

「…………ってあんた!そんな危険な魔法植物を…………あっ、私、朦朧としてきた」

「もしかして、うちらもナナシと離れられへんてことになるんか?」

 

 マリーの問いかけに応えるものはなく。

 

「いや〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!せめて恋愛相手は生き物でありたい!」

 

 リリィの悲鳴が夜の救世主寮を引き裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日になって漸く眼を覚ました大河。

 眼を開けてすぐに広がっている光景にさすがの大河も絶句した。

周りを見渡す前にごそごそと人の気配がするからそこに大河が眼を向けてみれば

 

「ふふふ……………………もー、これで邪魔者はいなくなったですのぉ〜」

 

 地獄のそこから響いてくるような、愛らしい声が大河の背後から聞こえた。ゾクリと悪寒に身をすくませながら背後を振り返る。

 そこには・…………ガラスの娘ビンを捧げ持ったナナシが、にこやかに微笑みながら大河の肩に手をかけていた。

 

「素敵な香りをプレゼントですのぉ〜♪」

「うわっ!一体こりゃ何があったんだよ!おい、みんな起きろよ!」

「もー、逃げられないですの〜。このプレゼントを受け取って、ダーリンもナナシとラブラブになるですのぉ〜」

「うわぁああああああああ!!」

 

 大河の悲鳴も寮に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キーンコーンカーンコーン

 何故か地球の学校と同じような音が鳴り響くのここはフローリア学園。

 

「やれやれ、救世主クラスは全員欠席ですか」

 

 少し不満げな態度で名簿にチェックを入れている蛍火。久々の授業を始めてみれば救世主クラスは誰一人として出席していなかった。

 

「一体、どうしたんだ、蛍火?」

「こら、セルビウム君。以前も言ったように授業中は私にはきちんと敬語を使いなさい。それと救世主クラスというよりも救世主寮に住んでいる人と、トンプソンさんが未だに寝ています。大方夜中まで騒いでいたのでしょう。まぁ、気にせずに授業を始めましょうか。あっ、セルビウム君。後で地獄を見る心構えをしていたほうがいいですよ?」

「は?」

「グラキアスさんと幸せになっているセルビウム君に裁きの雷が下るだけですから、では授業を始めましょう」

 

 

 

 

 

 夕方になってへろへろになった大河。そこにすすっと近づく影が一つ。

 

「よぉ、セルじゃねぇか?」

「おお、大河。今日はどうしたんだよ。一緒に昼飯食おうと思って待ってたのによ」

「いや…………昨日の夜は散々でさ」

 

 と機能の事の顛末を自分の知っている限りセルに話した。それを聞いたセルは不意に口元を押さえた。

 

「ぷぷぷ…………」

「なんだよ。」

「き、昨日のアレな…………アレ…………冗談……………………冗談だったんだわっ」

「…………おいおい」

「お、おかしい。おかしすぎる…………そっか、そんなことが……………………」

 

 二人の会話を少しはなれたところから聞いていた乙女達。

 

「セル君!」

 

 未亜を筆頭にこの学園の綺麗どころがずらりと顔を並べた。普段見たならば幸せだろうが、今の彼女達の表情は般若の如く恐ろしかった。

 

「あ…………あの…………みなさん?何か私に御用でしょうか?」

 

 情けない声を出すセルに答えたのはもはや声にならない声を上げている乙女達の言葉だった。

 

 

 

 

 これから訪れる悲惨な事象に十字を切りながら避難する大河。背中をそむけた大河の耳に聞きなれた人物達の叫び声が聞こえてきた。

 

「シルヴェステル!!」

「紅蓮衝!!」

「ヴォルテカノン!!」

「テトラグラビトン!!!!!!」

「ジャスティ、力を!!」

「喰らえ、神の裁きをっ!」

「セル君の馬鹿―!!!!」

「全壊やで、秋桜!!!!」

 様々な攻撃が繰り出されていた。これほどの攻撃を受けて無傷であったのだったら蛍火以上に異常な存在だ。

「あ〜れ〜〜〜〜」

 嫌いと星になって消えてゆくセル。その日の出来事は学園の黒歴史として、永遠の人々の記憶から封印されたことである。

 

 

 そんな中幸せの絶頂期にいたナナシに声をかける人物が。

 

「フローリアスさん。知っていて悪乗りしましたよね?」

「はえ?ナナシはフローリアスなんて名前じゃないですの〜」

「惚ける気ですか。まぁ、かまいませんけどね」

 

 ニコニコと笑みを浮かべながらナナシに対してアイアンクローをかました。

 

「いたっ、いたたたたたっ!! 痛いッですの〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」

 

 

 

 

 星となったセルを見送り、魂のぬけたナナシを傍らに蛍火は空を見上げて嘆息し、

 

「やれやれ、まぁ。こういう日があるのも悪くはないかも知れませんね」

 

 僅かに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 


後書き

 今回は公式ガイドブックの後ろ側に載っているコンフェッシオーの日、SA verです。

 まぁ、原作とさして変りませんが、各キャラの意外なシーンを見れて面白かったのではないのかと。ちなみに、蛍火は記憶の片隅にセルが嘘をつく日があるという事を知っていたので気付いただけです。

 尚、リコがだまされたのは、知らない千年の間に何かあったのではないのか? 自分が司る領域でない為に知らないのではないのかと思ってしまったからです。冷静であれば、リコは確実に気付いていたでしょう。まぁ、そこが恋する乙女心というヤツなのです。

 

 

 しかし、随分と久しぶりにメリッサとか、エリザとかアムリタを出した気がする。うぅ、戦争が始まったらこの三人、めちゃくちゃ出番が減っていくというのに…………あっ、レンもですからね?

 戦闘シーンに参戦できないから当たり前といえば当たり前なんですけどね〜。ジレンマです。

 

 では、次は本編で。




あははは。いや、セル、今回は君が悪い。
美姫 「本当よね。乙女心を弄んだに等しいしね」
にしても、誰も気付かないとは。本当に盲目ですな。
美姫 「蛍火は一人、何とか無事に逃がれたわね」
だな。今回の外伝も楽しませてもらいました〜。
美姫 「本編も楽しみにしてますね」
ではでは。



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